初夏の浜辺でつかまえて

    作者:飛角龍馬

    ●海辺の淫魔
    「うん、なにもわからない!」
     大淫魔に呼応して復活したばかりの淫魔――海野メアは少々混乱していた。
     気付いた時には、どこか南の海辺の町。文字通り、右も左も分からない。
     そんな状況の淫魔が賑わうビーチを見つけてしまったのは、彼女にとって幸運だったし、海水浴客にとっては不運と言えた。
    「ふっふっふ、いい場所はっけーん♪」
     早い海開きを終えた海岸は、淫魔にとって格好の狩場だ。
     淫魔こと海野メアは、自らの本能と能力に従って早速狩りを開始した。
    「ねえそこのお兄さん、わたしと一緒に泳ぎませんか……?」
     取り敢えず適当に見つけた青年に声をかけるメア。海を思わせる青いショートヘアに露出度の高いビキニ姿――上目遣いで窺うように誘う少女に、男はそれだけで魅了されていた。
    「わたし海初めてだから、良かったら色々教えてもらえたらなって……」
    「い、色々って」
    「泳ぐことと……そ、れ、とぉ」
     ちょいちょい手招きして、屈んだ青年の耳に唇を近づける。
    「ぼそぼそひそひそごにょごにょ」
    「え、呪文?」
    「耳打ち! ひそひそ話! 察しなさいよこの馬鹿!」
     押し倒して青年を足蹴にしはじめる淫魔。
    「踏んでやるっ! こうかこうなのかー!」
    「ぎゃぁぁごめんなさいごめんなさい服従しますからやめてっていうかなんか目覚める、目覚めちゃうー!」
     騒ぎを聞いて周りの海水浴客が野次馬的に集まってくる。
     彼らを見てメアが妖しげに口を歪めた。
     海岸の人々に被害が拡大するのは時間の問題と思われた。
     
    ●イントロダクション
    「早速だが、淫魔により引き起こされる事件の情報を掴んだ。諸君に解決をお願いしたい」
     教室に集った灼滅者達に琥楠堂・要(大学生エクスブレイン・dn0065)が告げた。
    「復活した淫魔が起こす事件ね」
     橘・レティシア(大学生サウンドソルジャー・dn0014)が言うと、要は首肯して、
    「ああ、既に承知のことかも知れないが、サイキック・リベレーターの照射により、大淫魔サイレーンが復活し、伴ってその配下の淫魔が活動を活発化させている。今回、灼滅をお願いしたいのはそのうちの一体だ」
     要はそこで黒板に記したデータを皆に示しながら、
    「灼滅対象となるのは、海野メアと名乗る淫魔だ。復活したばかりであるためか、この淫魔は、まだ状況を十分に把握しておらず、従って起こそうとしている事件も小規模なものに留まっている。今のうちに撃破しておくべきだろう」
     続いて要は黒板に貼り付けた現地の航空写真を指して、
    「現場は、早い海開きを終えた、海水浴客で賑わう浜辺だ。灼滅対象の淫魔は、淫魔としての本能に従ってここで人々を魅了し、当座をしのぐつもりのようだ」
    「放っておいたら大勢が巻き込まれてしまいそうね……」
    「敵の予知を掻い潜る為にも、海水浴場での戦闘は避けられない。一般人の被害を抑えるためには、少々工夫が必要だろう。今回の淫魔は自らの籠絡術を駆使して、目についた者から誘惑を仕掛けるようだ。基本的には男女問わずという感じだが、どちらかと言えば男性が狙われる可能性が高い」
    「その辺りをうまく利用できれば……ということ?」
    「付け入る隙にはなると思われる。これは工夫次第というところなので、やり方は諸君にお任せしたい。今回の淫魔は自らの籠絡術に自信を持っている模様で、いわゆるジャマーとしてサウンドソルジャー系、解体ナイフ系、エアシューズ系のサイキックを使用するようだ。淫魔とは言え戦闘力は侮れないと思われるので、注意を要する」
     一通りの説明を終えると、要は灼滅者達を見渡して、
    「これは淫魔の勢力を打破する為の重要な一歩だ。諸君の力で事件を解決に導いて欲しい」


    参加者
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)
    獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)
    二荒・六口(ノクス・d30015)
    田中・ミーナ(高校生人狼・d36715)

    ■リプレイ

    ●浜辺のDOKI☆DOKI大作戦!?
     初夏の浜辺は、波音と喧騒に満たされていた。
     この時期にしては日差しも強く、砂浜は熱を帯びている。
    「……暑いな」
     無表情のまま二荒・六口(ノクス・d30015)が誰にともなく呟いた。
     その流し目が龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)に向けられる。黒地に赤が目を引く和服風の水着に身を包んだ巫女は、先程からカメラの調整に余念がない。
    「上手くいくといいのですが」
     田中・ミーナ(高校生人狼・d36715)が目を凝らす。
    「そういえば、前回はビキニ美女なアンブレイカブルさんで、今回は露出度の高いビキニ姿の淫魔さん……何故かビキニ水着に縁がありますね」
     灼滅対象の淫魔――海野メアの姿を遠目に眺めてミーナが言った。
    「水着の季節としてはまだ早めなのだろうけれど……」
     橘・レティシア(大学生サウンドソルジャー・dn0014)が微苦笑して、
    「それにしても、望遠レンズで監視なんていいアイディアよね」
    「やーね、後で個人的に愉しむ為よ」
     巫女がファインダーを覗き込みながら返した。
     ファインダー越しに捉えているのは、物色するように辺りを見回す淫魔。
     そこからゆっくりと横に視点移動させていくと、水着姿の見知った少女達が見て取れた。
     
    「これも灼滅者の務めですからね! そんなわけで……」
     ビキニ姿の香祭・悠花(ファルセット・d01386)が手をわきわきさせながら目をキラーンと輝かせて、
    「さぁさぁ逃げないと捕まえちゃいますよー!」
    「はわーっ!」
     綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)が背を向けて砂浜を駆け出す。
     悠花が口元を釣り上げ、目をきらーんとさせながら、
    「捕まるといっぱい堪能されちゃいますよー?」
    「ちょ、本気で怖いのですがー!?」
     脱兎の如く逃げるスク水姿の狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)。
    「……ぎるてぃは捕えるしかない」
     黒ビキニ姿のミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)は残念ながら幾ら走っても揺れない。青で統一されたビキニ姿(下は長めのパレオ)の一美とは対照的だ。何がって? お察しください。
    「ぎるてぃなその胸、もらったっ」
    「はわっ!?」
     後ろから鷲掴もうとしたミルドレッドの手が空をかすめる。
     無理に避けた勢いでつんのめる一美。
     足をくじいた子鹿にも等しい彼女に悠花とミルドレッドが飛びかかった。
    「はわ~らめぇぇ~」
     それを背に翡翠が身震いしながら更に逃げ続け、目標地点でようやく足を止めた。
     獲物を物色していた淫魔――海野メアの前で、である。
    「どうしたの? そんなに息を切らして」
     はぁはぁ息を弾ませる少女は淫魔にとって格好の獲物であったらしく、
    「えっと、あの、ですね……」
     翡翠が息を整えながら何とか言葉を口にする中、何とか解放された一美がフォローに入る。
    「はわ、よろしければ一緒に泳ぎませんか? さっきステキな泳ぎのポイント見つけたんですよ!」
     メアは品定めするように二人を見て――八重歯を見せながら言った。
    「面白そう。連れて行ってくれるの?」
     
    ●狂騒の浜辺
    「来たな」
     六口が淫魔を連れてくる二人を遠目に認めて殺気を放った。
     ミーナが続いてサウンドシャッターを展開。
     広い浜辺だ。事前に見定めていた場所までたどり着くと、一美は作戦通りの台詞を口にした。
    「こんな場所で『ライヴ』やりたいな~。……でも今日はお客さん少ないんですよね」
     それが合図。
     メアとて事ここに至って察しがつかないわけがない。
     辺りから人の気配が薄れていき、あからさまな戦意を漂わせる者達に囲まれたとなれば。
    「……騙してすみません」
    「ふぅん、そういうコトね」
     余裕そうにさえ見える淫魔を前に、翡翠が胸に手を当て、そして詠うように言葉を紡いだ。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     封印が解除され、その手に鞭剣とひときわ目を引く斬艦刀が現れた。
    「殺る気満々ってワケ。……いいわ、遊んであげる」
     一斉に力を解き放つ灼滅者達を前に言い終えるや否、メアの体がきらきらした霧に包まれた。
     目を閉じて輝きに身を任せるその足先は、サンダルから青い流線型のフォルムに。水着にはひらひらしたパレオがはためき、両手に出現したナイフは禍々しい鋭い魚のヒレの如く、
    「そこまでだー!」
    「ぐえ!?」
     悠花のスターゲイザーが炸裂してごろんごろんと砂浜に転がる淫魔。
    「ちょ、ちょっとくらい待ちなさいよっ! って危なっ!?」
     立ち上がるやびしりと指を突き付けて抗議したのも束の間。細脚を切り飛ばす勢いで飛んできた六口のダイダロスベルトに、メアは悲鳴を挙げて飛び退いた。
    「……外したか」
    「揺れた。ぎるてぃと認定」
     避けた拍子に弾んだメアの胸に、ミルドレッドが殺気をみなぎらせながら大鎌を握る手に力を込める。
    「怖い怖い。そんなに殺気立たないでよ」
     不敵な笑みとともにメアの構えたナイフから霧が噴出。
     ミーナが緊張の面持ちで断斬鋏を構える。
     直後、霧の中に不意の一撃が閃いた。
    「獅子堂、さん……?」
     覚えのあるその気配にレティシアが呼んだその先。
    「獅子堂永遠……? 違うな」
     青色の髪は腿に流れるほど長く、秀麗な顔立ちは敵を侮るような色を湛えている。霧の中から返したのは、エイティーンの効果で見違えるほどに成長した姿。
    「世の中には姿形や行動の変化によって、幾度も堕ちそこねている癖に堕ちているように見える半端者が居るという……」
     それは獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)であり、そうでないもの――闇斬剣・キングカリバーを構えながら『彼女』は告げた。
    「それが私だ。行くぞ!」
     青い長髪を翻して巨剣を振るう。
    「なんだって言うの……!?」
     二振りのナイフを閃かせて応戦するメア。霧の中に火花を散らしながら金属質の硬音が響き渡る。巨大な剣が短剣を受け、払い、圧倒する。
     コイツは危険だ――メアの淫魔としての本能が警告。
     ナイフに込められた怨念を一斉に解き放った。
    「来ます……!」
     ミーナが断斬鋏を手に防御姿勢を取る。
     それはさながら海を彷徨う亡霊の群れ。
     砂を巻き上げて迫る呪いの多重奏。
     爆風とさえ見えるその攻撃に進んで身を晒したのは防御を担うミーナと巫女、そして悠花とコセイだった。
    「……耳障りだ」
     六口が清らかな風を起こして、禍々しく呻く亡霊を吹き飛ばす中、
    「対策済みよ。残念だけどね」
     巫女が強く踏み込んで炎を纏う回し蹴りを放った。両手を交差させて衝撃を殺すメア。その体めがけて太陽を背にした翡翠が落ちてくる。
     鬼に変じた豪腕がメアを巻き込んで砂浜を穿ち、砂を巻き上げた。
     その砂埃の中に刃が奔る。刺突を避けながら流麗な剣を振るう一美。
    「はわっ!? このーっ!」
     捌くメアが一撃ごとに鋭さを増すその剣に舌打ちして一美を蹴り飛ばし、その勢いで重力などないかのように後ろへ飛んだ。コセイが追うように六文銭射撃。
     着地の瞬間、ミルドレッドが滑り込んでくる。弧を描く大鎌をナイフで受けるメア。
     瞬間、パレオっぽく偽装したダイダロスベルトが展開、淫魔の脇腹を切り裂いた。
    「油断大敵だよ?」
    「がっ……な、なにそれ、新しすぎるんですけど……!」
     喉元を狙ったカウンターをミルドレッドはバックステップで回避。
     真横から迫った殺気にメアは咄嗟に身を引いた。その胸元を注射針がかすめる。
    「外した……! いえ、まだです……!」
     尖端の輝く注射針を連続して突き出すミーナ。
    「ちょ、なんて危ないもん持ちだしてんのよ……!」
     紙一重で避けながら牽制の回し蹴りでメアが攻撃を退ける。
     更に攻め寄せる灼滅者達をメアは歌で迎え撃った。
     揺蕩うような、波のように意識を揺さぶる歌声。
    「音は音で対抗しますよー!」
     悠花がロックテイストの奏法で弦を響かせる中、
    「ぎるてぃはえぐる」
     ミルドレッドの鞭剣が蛇の如く宙を駆け――。
    「きゃあっ」
    「はわわっ……!?」
     メアに斬りかかろうとした翡翠と一美をかすめて飛んだ。
    「あれー? もう歌が効いてきたの?」
     嘲笑を含んだ邪悪な声に、平然とミルドレッドが返した。
    「残念、ちょっと狙いが逸れたんだよ」
     その残念の意味がどちらなのか、確認する間もない。
     舌打ちしたメアが前衛めがけて蹴り一つで竜巻を起こしたからだ。
    「派手だけど……これくらいならまだ許容範囲よ」
     攻撃を防ぎながら巫女が起こした涼やかな風が、自身を含めた前衛を癒やし、包み込む。
    「なっ……」
     今度はメアが驚く番だった。
     流れるように青髪をなびかせながら流星の如き蹴りを叩き込む永遠。翻る赤のスカート。
     直撃を受けて砂浜を転がったメアが、立ち上がりながら憎々しげに毒づいた。
    「下履いてるなんて卑怯な……!」

    ●狂騒は砂のように
     砂浜に戦闘音が響き渡るが、その非日常の音響が戦場外に届くことはない。
     ミーナの展開したサウンドシャッターが音を遮っているためだ。
     宙を飛び大鎌を振り被るミルドレッドが、意識を蝕む歌に不快そうな顔を呈しながらもメアとの間合いを詰めた。円を描くように死角に回り込み足を切り裂く。
     ぐらついたメアに永遠が巨剣を構えて突っ込んでくる。その胸に浮かんだスペードのスートは先程より更に色濃く浮かんでいるように見え、二刀を構えて迎え撃つメアが思わず目を見開いた。
    「押されてる……? まさか、有り得ない」
     直感的に浮かんだのであろう畏れをメアが即座に打ち消す。ダークネスである彼女に、それは欠片も許されてはならない思考だ。
     不安を打ち消すようにナイフに力を込め、亡霊を解放。迫る灼滅者達を圧倒しながら迫る暴風めいた力を永遠は巨剣を構えて防ぐ。
     しかし『彼女』は飽くまで余裕を崩さなかった。
    「甘い!」
     大喝一声、それだけで取り巻いていた亡霊が吹き飛ばされる。
     軽く後退して間合いを図り、居合い的に巨剣を振り抜く永遠。
    「……ぐぅっ!」
     斬撃と剣風を浴びて淫魔が胴を裂かれながら吹っ飛んだ。
    「安心するといい、堕ちていないぞ」
     六口の祭霊光に癒やされながら、胸にスペードを宿した永遠がレティシアに言った。
     尚も激しい白兵戦を繰り広げる淫魔と灼滅者達。
    「そんな通り一遍の攻撃が当たるわけないでしょう」
     連続して繰り出される不可視の剣、その剣筋を遂に見切ってメアが一美に蹴りを見舞う。
    「はわわっ……!?」
     追い打ちをかけようとするメアの前に、オーラを纏った巫女が割って入った。肩口を斬り裂かれながらも渾身の右手で百烈拳を叩き込む。
    「翡翠ちゃん!」
    「行きます!」
     巫女を飛び越え、宙を蹴るような勢いで翡翠がよろけたメアに大剣で斬り掛かった。
     その時だ。
    「うぅぅ……ぎるてぃはもがなきゃ……」
    「きゃー! ミリーさんご乱心っ!?」
     大鎌を振るって襲い掛かってくるミルドレッド。悠花がぎりぎりのところで刃を避けつつ指先に力を込めて癒やしの光を飛ばした。
    「はっ、ボクは何を!」
     ……今度は本当に危なかったらしい。
    「隙あり!」
     どたばたした隙に乗じてメアが蹴りで竜巻を起こす。
    「大丈夫です、このくらい……!」
    「援護する」
     防ぎきったミーナに六口が癒やしの光を飛ばして、
    「今度は外しませんっ!」
    「……ッ、ぐ!?」
     紅蓮のオーラを纏わせた鋏の刺突がメアの首筋をえぐり飛ばした。
    「レティシアさんっ!」
    「ええ!」
     悠花がギターを掻き鳴らしてリバイブメロディ。演奏に乗せてレティシアがメアを錯乱させるような歌を奏でる。
     一気に畳みかけようとする灼滅者達の攻撃を防ぎながら、メアが再び歌を放った。
     縋り甘えるような歌声を向けられた六口はしかし、僅かに不快そうな顔をしたのみで、
    「……どうでもいい」
     渦を巻く風の刃が殺到、メアの全身を切り裂いて飛んだ。
     尚もメアは歌を響かせる。
     一人でも多くを催眠状態に引き入れ、逃走の隙を作ろうとするかのように。  
    「翡翠ちゃんに触れようとする者は私の敵……」 
    「わわ、こっちもですかー!」
     言った悠花が、巫女の目配せに、あ、と小さく声を挙げた。
    「……今のうちに!」
     包囲を突破しようと靴に風を纏わせるメアだったが、
    「馬鹿ね、そう簡単に惑うわけないでしょう?」
     六口の祭霊光に後押しされながら巫女が跳躍、メアの前に着地。
    「なっ……!?」
    「あなたも可愛いと思うけど……ここまでよ」
     鬼と化した右手を振り抜いた。
     吹っ飛ばされながら尚も逃げようとするメアに、
    「逃がさん!」
     疾駆する永遠。援護するようにレティシアの歌がメアを包み込む。
     振り抜かれた闇斬剣・キングカリバーが淫魔の胴を両断。
    「これでおしまい。じゃ、バイバイ?」 
     ミルドレッドの大鎌が淫魔の首を切り飛ばし、瞬く間に霧散させた。
     
    ●初夏の浜辺で
     見上げればそこには何事もないような青空が広がっていた。
     静けさの中に潮騒の音が響いている。
    「後片付けをする必要は……なさそうですね」
    「特にないだろうな」
     辺りを見回すミーナに六口が応えた。
     殺気によって遠ざけられていた海水浴客も、間もなく戻ってくるだろう。
     六口は軽く溜息に似た息を一つ。
     涼しく、誰もいない夕刻の浜辺であれば、或いはここからでも見事な夕焼けが望めただろうか。
    「他愛のない相手だったな」
    「逃げられそうになった時には少し冷やっとしたけれど……」
     腰に手を当てた姿勢で紡がれた落ち着いた女声に、レティシアが返した。
     永遠であって永遠ではない――その顔立ちにはどこか上機嫌そうな雰囲気が湛えられていたが、理由は判らない。
    「広い戦場だ。淫魔程度であれば逃亡を図るのも当然だろう、が」
     鼻で笑い、彼女は続けた。
    「危機に陥るまで戦い続けたのは――ダークネス故といったところか」
     冷笑するような口調に、レティシアは先程までの戦闘を思い出す。小柄ながら軽やかな動きで巨剣を扱う永遠とは違う、異質にさえ思える、力。
     波打ち際では、コセイが打ち寄せる波に後ずさりながらうきうきと目を輝かせていた。
    「レティシアさーん」
     手を振って呼ぶ悠花。
     レティシアがスカートをはためかせながら小走りに駆け寄る。
    「お疲れさま」
    「水着着てくればよかったのにー」
    「ええと、一応持ってきてはいるのだけれど……どうしようかな、と思って」
     ……ミルドレッドからすればレティシアも問答無用でぎるてぃである。
    「折角の海だし遊んでから帰りましょう」
     巫女の提案は同じクラブの面々も考えていたことだった。
     と、悠花が悪戯っぽく口元にひと指し指を添えて、
    「初海ですー!」
     嬉しそうに言って波打ち際に立った一美の背後に、ひたりと影が忍び寄る。
    「コセイさんも一緒に遊びましょうか」
     翡翠が言いながら膝を折って頭を撫でた。きらきらと見上げてくるコセイ。
     巫女が笑みを含んで、
    「……そう、色んな意味で遊んで、ね」 
    「もらったぁー!」
     悠花が後ろから一美の胸を鷲掴みにする。
    「はわわ~、ひゃうんっ、らめぇぇ~」
     しゃがんでいた翡翠もまた背後に殺気を感じて口元をひきつらせた。
     見上げるコセイの瞳に映っていたのは、
    「ぎるてぃー!」
    「きゃー!」
    「あら、翡翠ちゃんに手を出していいのは私だけよ」
     守るかと思えば寧ろ翡翠を追いかけそうな巫女。
     初夏の浜辺に、少女たちの楽しげな声が響いていた。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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