その笑顔のために

    作者:光次朗


    「ありがとう、ありがとう、カナ」
     母の笑顔を見るのはいつぶりだろう。
     カナは、目の前で起こった出来事に恐怖するよりも、その笑顔に見入っていた。
     母が笑っている。
     カナを見ている。
    「お母さん、とっても嬉しいわ。お母さんのために、連れてきてくれたのね」
     その口元からは、血が滴っていた。足元に転がっているのは、カナの友人であったひとたち。
     カナの母親が、血を吸ったのだ。
     彼女たちは、ただ、遊びに来ただけだった。
     みんなで一緒に、おしゃべりをしていて──いつものようにお菓子とジュースを持って、母が部屋に入ってきて。
     カナの耳に、悲鳴がこびりついて、離れない。
    「お母さん、いま、とっても幸せだわ」
     カナに父親はいない。カナが三歳のころ、病気で死んでしまった。
     カナにはもう、妹もいない。一年前に死んだ。交通事故だった。
     二人きりになってから、カナの母親は、あまり笑わなくなった。
     カナを愛しているといってくれるその瞳が、どこか寂しそうだった。
     その母が、いま、こんなに幸せそうに笑っている。
    「カナは本当に、いい子ね」
     カナの心もまた、幸せに満たされていった。 
     母の望みがなんであるかを、理解した。
     カナは静かに、決意する。
     大好きな母親が、笑ってくれるのなら──


    「十歳の少女が、闇落ちしてダークネスになろうとしています」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は沈痛な面持ちでそう告げた。
     少女の名は、三石カナ。母親がヴァンパイアとなったことで、その近親者であるカナもまた、ヴァンパイアになろうとしているという。
    「カナさんの父親は七年前に亡くなっており、三年前に妹も事故で他界……カナさんの母親は、心を病んでいたのでしょう。カナさんは、そんなお母さんをなんとか元気づけようとしていたのでしょうが……」
     そんなときに、母親はヴァンパイアとなってしまった。
     ヴァンパイアとなった母親は、寂しさを紛らわすためか、たくさんの人間の血を欲しているのだという。
     カナは母を喜ばせたい一心で、一般人を襲い、母親の元へ連れて行こうとしているのだ。
    「カナさんはまだ、迷っています。自分のしようとしていることが、本当に正しいのかどうか。ですが、もしこのまま手を染めてしまったら……そして母親が笑ってくれたのなら、迷いも消え、完全なダークネスとなってしまうでしょう」
     もし彼女が灼滅者としての素質を持つのならば、彼女を闇落ちから救い出して欲しい。もう手遅れであれば、殲滅を。二つの道を、姫子は示した。
    「カナさんは今夜、人の多い繁華街で、ターゲットを捜すはずです。残っている彼女の良心が、良くない行いをしている人間をターゲットにしようとしています。そんな人間ならば、連れて行ってもだいじょうぶだと思っているのでしょう」
     姫子はゆっくりと首を左右に振った。どんな人間であっても、その身に何かがあれば、悲しむ者がいる──それは、あたりまえのことだ。
     しかしカナは、それを考えられる状況にはない。なによりもまだ、十歳の少女なのだ。
    「みなさんは繁華街へ行き、まずはカナさんと接触を。一般人の多い場所では被害が拡大する恐れがありますので、人気のない場所へ誘い出したほうが良いでしょう」
     少し離れれば、あまりひとの訪れない路地裏や公園もあるという。
    「カナさんは小さな身体を活かし、素早く動きながら、自らの血を刃として攻撃を仕掛けてきます。これに当たってしまうと、体力を吸い取られるので、注意が必要です。まだ完全なダークネスになってないとはいえ、ヴァンパイアは強敵ですが……カナさんの人間としての気持ちに訴えることができれば、勝機はあるはずです」
     姫子は穏やかな瞳の中に、強い意志を宿して、灼滅者たちを見据えた。
    「危険な任務になると思います。ですがどうか、カナさんを止めてください。皆さんの活躍を、心から祈っています」
     


    参加者
    灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)
    八千穂・魅凛(シャドータレント・d00260)
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    天上・花之介(残影・d00664)
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    月宮・白兎(月兎・d02081)
    九曜・亜門(白夜の夢・d02806)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)

    ■リプレイ

    ●接触 side A
     繁華街は、光に溢れていた。
     空は闇だ。しかし闇などものともせず、店からは灯りが漏れ、看板は光り輝き、等間隔に並んだ街灯が町を照らす。通り抜ける車は光だけでなく音も提供し、道行く人々の喧噪がそれに負けじと飛び交っている。
     ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)──ミリーは、猫を抱いて道の脇に立っていた。正確には猫ではなく、キャットスーツで猫に姿を変えた、月宮・白兎(月兎・d02081)だ。
     まだ小学四年生のミリーは、夜の繁華街でさすがに浮いていたが、それでもこうして待つ必要があった。もし第三者が近づいてくるようなことがあれば、仲間たちが遠ざけてくれるだろう。
    「おじょーちゃん、ひとり?」
     不意に、声をかけられた。天上・花之介(残影・d00664)が、高圧的に見下ろしながら、近づいてくる。
     ということはつまり、作戦開始だ。ターゲットである三石カナが近くにいるのだろう。ミリーは、怯えた表情で後ずさる。
    「あの、なんですか?」
     普段とはまったく違う口調で、震えた声を絞り出した。花之介と一緒に歩み寄ってきたホスト風の大男、安土・香艶(メルカバ・d06302)が、にやにやと下卑た笑みを浮かべる。
    「こんな時間にこんな場所で、危ないんじゃねえの?」
     あまりにも堂に入っているので、ミリーは一瞬本気で身を引いた。
    「おっと、可愛いの連れてるな」
    「あ……っ」
     花之介が猫の首根っこをつかみ、ひょいと持ち上げる。ニャーニャーと鳴きながらミリーにすがる猫を、花之介はおもしろそうにつついた。
    「これで遊ぶか」
    「やめて、返して!」
    「やだね。オレらヒマしてんだよ」
     ミリーは取り返そうと手を伸ばすが、そもそも身長差がありすぎる。高く掲げられてしまえば、届くはずもない。
    「俺、猫よりこのガキがいいわ。ちょい遊んでやろうぜ」
     香艶がミリーの頭をつかみ、押さえつける。
    「猫で充分だろ。行くぞ」
     しかし、花之介はあっさりとミリーに背を向けた。見せつけるように猫をぶらぶらと揺らしながら、灯りの少ない裏路地へと入っていく。
    「ま、待って! 返して!」
     ミリーは香艶の手を振り払うと、涙声で叫んで駆け出した。すぐうしろから、慌てたように香艶が追いかけてくる。
     ちらりと、背後に目線を投げた。
     こちらをじっと見つめている少女がひとり。その足が、ミリーたちのあとを追おうと動いたのを、ミリーは見逃さなかった。

    ●接触 side B
    「お、来たで。おうおう、花之介くんも香艶くんも、悪い顔しとるわ」
     電信柱の裏で、ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)は目を光らせた。手にはなぜか、アンパンと牛乳。正しい待ち伏せスタイルだ。
    「いまのところ、順調にいっているようじゃのう」
     ベルタの隣で、老成した雰囲気で深くうなずくのは、九曜・亜門(白夜の夢・d02806)。外見はベルタと同じく十代前半だが、口を開くとずっと大人びている。足元には、白い霊犬、その名もハク。白いからハクと名付けられたのは想像に難くない。
    「まんまと誘いに乗ったか。彼女の残った良心につけこもうというのも、悲しい話だが……」
    「それって、救う余地があるってことだよ」
     少し離れた位置から様子をうかがっていた八千穂・魅凛(シャドータレント・d00260)が眉間に皺を寄せ、灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)が穏やかにいう。
     メルは、手にしていたメモを折りたたんでポケットにしまった。事前にこの裏路地の位置を調べ、皆に示したメモだ。すべて、予定通り。
     路地裏へと、四人──三人と一匹が、入っていく。遅れて、一人の少女が続いた。
     三石カナだ。
    「よっしゃ!」
    「行くぞ」
     ベルタと魅凛が率先して、路地裏へと向かう。先の四人とこちらの四人で、挟み撃ちだ。
    「一応、事前準備もね」
     メルは目を閉じると、意識を集中させた。
     時間をかけて息を吐き出していく。赤い目を見開くと、音もなく銀髪が舞い上がる。
    「殺界形成!」
     殺気を放った。これで、半径三○○メートル以内の一般人は、意識せずここから遠ざかるはずだ。
    「堕ちてしまった者は仕方ないが……救える者は救ってやらねばのぅ」
     メルが行き、最後に亜門が路地裏へと入る。
     薄暗い電灯の下では、カナが立ちすくんでいた。
     自分が追っていたつもりが、突然現れた四人に背後を突かれ、動揺しているようだ。見開いた目をこちらに向けている。
    「そこまで」
     そんなカナに、亜門は鋭くいい放った。
    「悪しき因果、ここにて断ち切らせて貰おう」

    ●残された良心に
    「どういう……こと……」
     カナは力なく呻いた。
     繁華街の裏へ一本入れば、そこはもう人通りのほとんどない路地だった。使われている様子のないポリバケツが端に転がり、街灯が申し訳程度に道を照らしている。繁華街の喧噪はすぐそこにあるはずなのに、随分遠くに聞こえる。
    「悪い大人を追ってきたはずだったのに、か?」
     花之介は、そっと猫を放した。肩をすくめて、カナを見る。
    「もう解放したぜ。あいにく、オレはこいつらに危害を加えるつもりはない」
    「ま、そういうことだ。悪ぃな」
     香艶は敵意がないことをアピールするように、両手を挙げた。ますます混乱した様子で、カナは後ずさる。しかし、すぐうしろにもまた、四人が控えている。結局、立ち止まるしかない。
    「でも、猫が……」
     逃げる様子のない猫を不審に思ったのか、それともどうすればいいのかわからないのか、カナが猫に視線を落とす。そして、表情を変えた。
     猫は静かに発光していた。輪郭がふくれあがるようにして、人の姿を形作っていく。
     数秒の後には、そこに猫の姿はなくなっていた。
     代わりに、首からゴーグルをかけた、落ち着いた風貌の少女。白兎の、本来の姿だ。
    「私たちを助けようとしてくれたんですよね。ありがとうございます。でも……」
     白兎は、首を左右に振った。
    「そんなあなたなら、わかっているでしょう。良くないことしたからターゲットでいい、そんなはずないです」
    「なんで……猫が……! 騙したってこと? あ、あたし……騙されたってこと……」
     カナが唇を噛む。その身体が小刻みに震えていた。恐れなのか悔しさなのか、それとも怒りか。不穏な空気が、小さな身体を覆っていく。
    「待って。ボクたちは、キミと話がしたいんだ、三石カナちゃん。キミとボクは似てる。キミのこと全部はわからなくても……話せるよ、きっと」
     ミリーは懸命に、語りかけた。不用意に刺激してしまわないよう、言葉を選ぶ。
    「だから、聞いて」
    「そういうことや。ボクらは敵やない。まずは落ち着いて……あ、アンパン食うか?」
     ベルタが緊張した空気をほんの少し和らげる。しかし、カナの震えは止まらない。
     メルは、意識的にゆっくりと、口を開いた。
    「悪人を連れて行っちゃったら、カナちゃんも同じ悪人になっちゃうよ。一人じゃ大変なら、私も手伝ってあげる。だから……ね?」
     立場が変われば正義も悪も変わる、それをわかっているからこそ、カナの目線に立とうとする。その場にいる全員が、同じ気持ちだっただろう。
     しかし、カナには、届かなかった。
     カナはひどく震えていた。自らの腕を抱きしめるようにして、唇を噛む。
    「だって……でも……そうしないと……そうすれば……──お母さん……お母さん……」
     彼女を纏う空気が変わっていくことに、魅凛は気づいた。
    「戦闘しながらの説得、となりそうだな」
     そっと間合いを取る。カナはもう、いつ襲いかかってくるかわからない状態だ。
     白兎は眼鏡を外すと、首から提げていたゴーグルを当てた。息を吸い込み、意を決する。
    「ほな、行こか……」
     それを合図とするかのように、全員が武器を構える。ほぼ同時に、赤い光を全身に帯びたカナが、奇声と共に跳躍した。

    ●戦いの中で
    「もう知らない! もう考えない! お母さんが笑ってくれるなら、あたしはそれで、いいんだもん!」
     カナは路地の壁を蹴り上げるようにして高い位置へ飛び出すと、両手を前に突き出した。カナの身体を覆っていた赤い光が、まるで意志を持ったようにうねりを帯びる。
     否、それは光ではなかった。血そのものが、凶器となっているのだ。
    「おっと」
     前衛に躍り出て、香艶が龍砕斧の刃でガードする。まだ、説得の余地がある。仲間達が説得をしている間は手を出さないと、香艶は決めていた。
    「速いのはわかっとるでぇ。鏖殺領域!」
     先手を打とうと、ベルタが鏖殺領域を展開する。放出された黒は赤を捉えるべく一気に広がるが、カナは素早く後方へ引き、それをかわした。
    「ほんまに速い!」
    「わかってたんだろ。これでどうだっ」
     隙をついて、花之介が回り込む。完全にカナの死角に入っていた。抜刀し、打刀を振り下ろす。
    「こんなの!」
     しかしそれすら、ダメージを与えるには至らなかった。カナは身をよじり、転がるようにして前へ跳ぶ。瞬きの間すらなく体勢を立て直し、そのまま突っ込んでくる。
    「邪魔しないで──!」
     声と同時に血の刃を飛ばす。それは彼女の前方のみならず、四方すべてに及んだ。
    「ぐっ」
    「ああっ」
     香艶はとっさに防いだが、まさに攻撃を放とうとしていたミリーは腹部に刃を受ける。もっとも近づいていた花之介もまた、深く傷を負った。果敢に飛びかかろうとしたハクも、血の刃が生み出した風にあおられるように吹っ飛ばされる。
    「ダメ、このままじゃ……!」
    「流れを変えないといけませんね。こちらはダメージを与えていないのに、カナさんの力はどんどん上がっていきます」
     ミリーが膝をつき、白兎はゴーグルの下から冷静にカナを見据えた。攻撃を繰り出すだけでは、捉えられない。加えてカナの血の刃は、こちらの力を吸い取っていくのだ。
    「誰も倒れなければ、我らの勝ちじゃ。そうじゃろ?」
     後方から戦況を見守っていた亜門は、的確に防護府を飛ばした。まだ、焦るべき段階ではない。花之介とミリーの傷口に、防護府がひらりと舞い降りる。
    「やることが変わるわけではないな。──カナ、聞け!」
     日本刀を構えつつ、魅凛が声を張り上げた。冷静な目が、彼女の落ち着きを示している。
    「私たちがなにをいおうが、『本当』は見えてこないのだろう……母に喜んでもらえればそれで幸せなのではないかとも、思う。だが、おまえにとっての真実は、おまえの中にあるはずだ。考えることを、放棄するな」
     母という言葉に、一瞬、カナが反応した。動きが鈍る。
     その隙を見逃すはずもなかった。構えた日本刀の下、魅凛自身の影がうごめき、直線を描いてカナに伸びる。
    「…………っ」
     飛び退こうとしたカナの右足を、影が絡み取った。
    「キミの母親は優しかったか? 誰かを手に掛けて喜ぶ人だったか?」
     影に力を込め、魅凛が問いを重ねる。
    「今の母親に、疑問は、無いのか?」
    「──う、うう、煩い!」
     カナは頭を大きく左右に振った。血の刃が影を切り裂く。
    「逃がさないよ! 制約の弾丸!」
     紙一重──まさにカナが動き出すその隙間に、メルの放った弾丸が飛び込む。カナの小さな身体は、はじけ飛ぶ光に包まれた。動きが重くなる。
    「本当はわかってるんだよね?」
     立ち上がり、ミリーはカナに呼びかけた。
    「キミの母親はもう、堕ちてしまった……人じゃなくなったんだ。ボクもそうだったから、わかるよ。でも、人であった頃の本当の母を思うのなら、一緒に堕ちちゃだめだ!」
     カナの顔が奇妙に歪んだ。ミリーはカナと同じ年代の少女だ。心を動かされたのか、苦悶の声を絞り出し、胸元を押さえる。
    「……わか……わかって……そんなこと……」
     声のトーンが変わりつつあった。迷いが生じているのだ。依然として血の刃が動こうとするが、すでに先程までのスピードはない。
    「悪いが、止まってもらうぞ」
     そこへ花之介が滑り込んだ。黒死斬を打ち、カナの両足を斬りつける。
    「母親の笑顔のために、他の誰かを泣かせて、お前はそれで良いのか? 母親が泣いてたら、おまえはどう思う?」
     花之介は、カナを見つめた。
    「そういう気持ちを他人に強いちゃダメだよ、カナ」
     声に、優しさが滲む。カナの表情が、どんどんくしゃくしゃになっていく。
     混乱と、不安と、欲望と──
     後悔。
    「もう一押しじゃな。神薙刃!」
    「こちら側へ帰っておいで! ギルティクロス!」
     亜門とベルタがそれぞれ攻撃を仕掛ける。カナの瞳はそれを捉えたが、迷いの生まれた動きでは間に合わなかった。直撃を受け、ぐらりとよろめく。
    「そろそろだね──カナちゃん、お願い! 一人で悩まないで、悲しまないで──!」
     メルが叫び、カナの意識がメルを捉える。
     その隙に、白兎と花之介が、うなずき合って前へ出た。
    「──はっ!」
    「これで、どうだ!」
     白兎はWOKシールド、花之介は鞘で、それぞれ急所を避けて打撃を与える。
    「ぐ……う……!」
    「まだ終わっていない」
    「こっちもだよ!」
     のけぞったカナの目前へ躍り出て、魅凛とミリーが武器を振り上げる。魅凛は日本刀で斬りつける直前に、うしろへ跳躍した。ぎりぎりの力加減で斬り込み、ほぼ同時に回転を止めたミリーのチェーンソー剣がうなる。
    「悪ぃな」
     彼らが攻撃を終えるよりも速く、背後には香艶が回り込んでいた。
    「俺には、力尽くで止める事しか出来ねぇんだ。幼かろうが、女子供であろうが、手前ぇで考えて、答えを見つけな」
     香艶は、武器を放り出していた。
     代わりに己の拳を握りしめ、思い切りたたきつける。
     自身の手にも、伝わる衝撃。
     それが、仲間となるべく人間を救う礼儀だと、信じていた。
    「……ああ……!」
     カナは、膝から崩れ落ちた。

    ●その笑顔のために
     どれほどの時間が経ったのだろう。
     カナはゆっくりと、目を開けた。
     自分がしたことは、覚えていた。戦いを繰り広げたことも、そのときの思いも、苦悩も、なにもかもを。
     身体を起こし、両手を見る。
     あちこちが痛む。しかし、不快ではない。
     明らかに、いままでとは違う、自分。
    「目が覚めたかね?」
     声がかけられた。亜門が静かに微笑んで、カナを見下ろしていた。
    「さて、君は常ならざる力を得た訳じゃが……その力を持ってやらねばならぬ事は、他にあるのでは無いか?」
    「あたし、は……」
     カナは目を閉じた。
     思いは、変わっていない。
     母親のために。
     大好きな──大好きだった母親の、笑顔のために。
     目を開ける。
     八人が、こちらを見ている。
     カナの瞳から、涙が流れた。しかしカナは、すぐにそれを乱暴に拭った。 
    「良かったらここを訪ねると良い。力になるぜ」
     花之介が手をさしのべる。もう片方の手には、学園の住所が書かれたメモ。
     カナはきゅっと奥歯を噛みしめた。差し出された手を、握る。
    「──はい」
     決意していた。
     すべては、その笑顔のために。
     

    作者:光次朗 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ