衰えし者は魔に縋る

    作者:邦見健吾

     ふらふらとおぼつかない足取りで海にやってきたのは、やつれた様子の中高年の男女達。何かに誘われるかのように、ゆっくりと、けれど躊躇いなく海に足を踏み入れていく。
    「サイレーン様、私に在りし日の輝きを取り戻してください」
    「サイレーン様、俺を見下す奴らに裁きを」
    「サイレーン様、渇いた私の生に潤いを」
    「サイレーン様……」
     膝まで海に浸かりながら口々にサイレーンへの祈りを捧げ続ける。やがて海が一瞬青ではなくピンク色に光り、祈っていた人々が若返りだす。
    「おお……!」
     そして己の顔を水面に映し、かつての、いやそれ以上の美貌に歓喜の声を上げた。

     教室に集まった灼滅者達に最初に伝えられたのは、サイキック・リベレイターによって大淫魔サイレーンの力が活性化しているということ。そしてその影響を受け、一般人が海に呼び寄せられて一斉に闇堕ちするという事件が起こるという。
    「その集められた人達なんだけど、昔はとっても見た目が良くて、そのおかげで良い思いをしてたみたい。けど年を取るとそうでもなくなって、今は惨めな生活をしているらしいんだ」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)の調べによれば、彼らは若い頃、恵まれた容姿を利用して悪事を働いていた。そのため落ちぶれているのは自業自得といえるのだが、淫魔に闇堕ちすることによって全盛期以上の美貌を手に入れようとしているらしい。
    「闇堕ちする前に到着することは出来るんだけど、攻撃したりESPをかけたりしようとすると、それに反応してすぐ闇堕ちする。一応、闇堕ちする前に攻撃は出来ないから気を付けて」
     さらにまりんは、今回闇堕ちすると予知された人物のリストを灼滅者に渡していく。
     1人目は浅野・舞子、42歳。20代の頃は大手企業に勤めるサラリーマン相手に結婚詐欺を働いていたが、一度逮捕されてからは失敗続きだった。
     2人目、浦部・淳吾。44歳。手口は浅野・舞子の男版といったところだろうか。特に男性経験の乏しい女性に付け込んで食い物にしていたらしい。
     3人目、海原・みゆき、39歳。家庭を持つ資産家の男性と不倫を重ね、崩壊させた家庭は数知れず。しかし歳を取ると浪費癖が祟って捨てられた。
     そして4人目が江川・麗美、52歳。人の金を自分の物にすることしか考えない生粋の詐欺師だが、美貌を失ってうまくいかなくなるあたり詐欺師としても二流なのだろう。
    「闇堕ちするのはこの4人。けど海が光って闇堕ちするまでは説得を試みることが出来るはずだよ」
     説得が成功すれば、何人かは闇堕ちを防げるかもしれない。しかし元々が救いようのない悪人であるうえ、再び美貌をもたらしてくれるというサイレーンの呼び声に抗うのは困難だ。説得の難易度は高く、無理に試みる必要はない。
    「4人は戦闘になると、サウンドソルジャーのサイキックと解体ナイフのサイキックを使って戦うよ」
     それぞれの戦闘能力は決して高くない。しかし数が多いので油断は禁物だ。
    「……彼らを助けるかどうかはみんなに任せるよ。それじゃみんな、お願いね!」
     まりんは一瞬複雑そうな表情を見せるがすぐに明るい笑顔を作り、灼滅者を送り出した。


    参加者
    黒守・燦太(影追い・d01462)
    神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    不破・和正(悪滅断罪エドゲイン・d23309)
    日向・一夜(雪歌月奏・d23354)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    楯無・聖羅(鮮血の銃刀・d33961)

    ■リプレイ

    ●邪なる祈り
    「サイレーン様、私に在りし日の輝きを……」
     夜の海に足を踏み入れ、大淫魔サイレーンに祈りを捧げる者達。海岸に到着した灼滅者は遠巻きにその様子を眺める。
    「溺れる者は藁にも……いえ、魔をも掴む、ですか」
    「正直、闇堕ちする前でも焼却してやりたい気分ですよ。こんな屑ども……」
     呆れや侮蔑を込めてぼやく新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)と神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)。今はまだ人間とはいえ、美貌を利用して悪事を重ねてきた者達だ。罰することはあれ、助けようという気はあまり起きない。
    (「人なら年はとるし、どうせならカッコいい年の取り方したいな。校長先生みたいに」)
     今回闇堕ちする人間達の年齢は聞いていたが、黒守・燦太(影追い・d01462)の目にはそれよりも老けているように見えた。サイレーンに祈る人達の顔は皆一様に皺だらけで、若い頃美貌を誇っていたとはとても想像できなかった。
    「サイレーン様、俺を見下す奴らに裁きを」
    「サイレーン様、渇いた私の生に潤いを……」
    「誰かの力で美貌を手に入れて、同じこと繰り返して。また挫折したら、また何かに頼るの?」
     一心に海を見つめ、欲望という名の祈りを口にする者達。そこに透き通る声で訴えかけたのは日向・一夜(雪歌月奏・d23354)だった。
    「ずっと繰り返し変わらないのは寂しいよ。まだ貴方達には自分があるんだよ」
    「うるさい! 小娘に何が分かるのよ!」
     あどけない顔に真剣な表情を浮かべて呼びかける一夜。しかしサイレーンに祈りを捧げていた1人、海原・みゆきはヒステリーを起こしたように叫びを上げて呼びかけを拒絶する。
    「……」
     一夜が懸命に説得を試みる中、天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は傍観を決め込んでいた。わざわざ救うべき相手とは思えないし、そもそも彼らを改めさせる言葉など結城は持たない。
    「力を手に入れたらもう戻れない。人間ではなくなってしまう。本当にそれでいいの? 貴方達の欲しいものは本当に手に入れられるの?」
     彼らにだって、愛されたい、幸せになりたいという願いが心の奥にはあるのだと一夜は思う。綺麗事だって分かっている。自分がそう信じたいだけかもしれない。それでも訴えかけずにはいられなかった。
    「当然だ! 俺はこんなところで終わるつもりはない!」
     だが彼らには届かなかった。浦部・淳吾はくたびれた顔に鬼気迫る表情を貼り付かせて一夜の言葉を一蹴する。
    「……これは最終確認です。本当に『その選択』で良いんですね?」
    「もちろんよ。ああ、サイレーン様、あるべき輝きを私に……」
     説得が失敗したことを悟り、七波が丁寧な口調で、しかし淡々とした声で確認する。やはり返答は聞くまでもなく、江川・麗美はまたサイレーンの名を呼んだ。
    「待って、まだ――」
     カッ。
     説得を続けようとした一夜の頑張りも虚しく、海はピンク色に輝き、悪人であった者達は闇の化身へと変貌を遂げた。

    ●賜りし美
    「アハハハハ! そう、これでこそアタシよ! サイレーン様万歳!」
     水面に映った自分の顔を見て歓喜の声を上げる浅野・舞子。その若々しい美貌はかつてと同様、いやそんなものと比べるまでもない。魔性の妖艶さを得た彼らなら、普通の人間などいとも容易く魅了することだろう。
    「……無様だな。己の罪を悔いず、己の美しさを保つ努力もせず、のうのうと生きてきた報いだ。てめぇらの醜い姿は、魂の醜さの顕れでしかない」
     しかし今まで闇に潜んでいた不破・和正(悪滅断罪エドゲイン・d23309)が一歩踏み出し、姿を現すや否や醜悪だと吐き捨てる。
    「ダークネスになろうと魂が醜いのは変わらねぇ。ダークネスを灼滅するのは俺達の使命。これはてめぇら自ら選んだ選択だ!」
    「知るか、サイレーン様の邪魔をするなら貴様らこそ死ね!」
     和正が日本刀を抜き放って一閃。淳吾も鋭く伸びた爪で応戦し、刃がぶつかり合う音が響いた。
    「闇落ちした奴らにあちこち荒らされてもらっちゃ困るからな。きっちり罪を償わせてやる、小悪党ども!」
     楯無・聖羅(鮮血の銃刀・d33961)もライフルを構え、口径の大きい銃口から円盤状の光線を発射。淫魔と化した淳吾達をまとめて薙ぎ払う。
    「改心しないのであれば、手心を加える気が起きるわけもありませんよね」
     呆れたように呟き、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)がダイダロスベルトを展開。翼のように広がったベルトがさらに伸びて淫魔に届き、四肢を絡め取った。
    「話は済んだな? ならば終わらせてやる」
     バベルブレイカーのジェット噴射を起動し、三成が一気に距離を詰める。至近距離から杭を突き付け、強烈な一撃で淳吾を撃ち抜いた。
    「子どもが偉そうにしないでよ!」
     声が若返ろうとも性分は変わらないらしく、みゆきが甲高い声で叫ぶ。凶器と化した爪を突き立てるが、結城は顔色を変えずに受け止め、破邪の九字を唱えて敵を内部から破壊する。
    「しっかり備えておきましょうか」
     七波の腕が狼のそれに変じさせ、銀の爪がわずかな明かりを反射して光る。深々と突き刺さった爪で力任せに引き裂き、同時に異状への免疫を自身に与えた。
    「叩き落してやるよ、もう登れないぐらい深いところにな」
     燦太が大鎌で虚空を切り裂くと、何もないはずの空間から小さな無数の刃が出現する。そして鈍く閃く刃が一斉に敵へと降り注ぎ、淫魔をズタズタに切り刻んだ。

    ●美を取り戻そうとも
    「ヒャッハー! 手前らのその唯一の『価値』、そいつを綺麗さっぱり抉り取ってやるよぉ!!」
    「!?」
     三成が顔を狙うそぶりをすると、予想通り淳吾は動揺した様子を見せた。けれどその動揺は戦闘を有利にするほどでもなく、無骨な斧を豪快に振り下ろして強烈な一撃を見舞った。
    「この……!」
    「回復するね」
     余裕のない淳吾はがむしゃらに腕を振るって毒の霧を巻き起こすが、一夜が満月を思わせる光の法陣で毒を浄化、さらに破魔の力を仲間に与える。彼らを救うことは出来なかったが、それでも戦いで手を抜くつもりはない。
    「あまり動かないでくださいね」
     紅詩が言うが早いか、いつの間にか辺りに鋼の糸が張り巡らされ、糸の結界が敵の動きを封じる。夜闇にうっすらと浮かび上がる鋼糸は鋭い刃となり淫魔を切った。
    「こいつで……終わりだ!」
    「が、はっ……」
     そして和正の刀が淳吾を捉え、刃が素早く閃く。真っ直ぐ振り下ろした一太刀が容赦なく淫魔を切り裂くと、淳吾は血を吐きながら倒れ、大きな水音を立てて浅瀬に沈んだ。
    「アンタたち、私達の美しさに嫉妬してこんなことしてるのね。そうね、きっとそうよ!」
    「妄言はそこまでにしておけ。そもそも他者から与えられた魅力に何の価値がある?」
     同朋や仲間という表現は不適切か、みゆきは同類が倒されたことに動揺して滅茶苦茶なことを口走る。聖羅はみゆきの妄言を切り捨て、黒く濁った殺気を放って淫魔達を包み込む。
    「そこが弱そうですね!」
     膝まで海水に浸かりながらの戦闘だが、水に足を取られる灼滅者ではなかった。七波は砂利を強く蹴って瞬時に背後に回り、すれ違いながら槍を振るって足を切った。
    「逃げ場はない」
    「ヒッ……」
     動きの鈍ったみゆきに結城が迫る。自身から生じた影を断罪輪に宿して一閃すると、漆黒の影が敵に乗り移ってトラウマを刻み付ける。
    「まあ、自分に自信があるのは良いことだろうけど、人を傷つけるなら相応に……ってやつだろうね。今度は這い上がれないよう、落として、縫い付けてやるよ。どれだけもがいても無駄なように」
    「あっ……」
     続けて燦太が追撃。逆袈裟に振り上げた大鎌が半月を描き、みゆきは悲鳴を上げるより先に事切れて、海に沈んだまま起き上がってくることはなかった。

    ●潰える邪心
    「イヤ、イヤッ! せっかくキレイになったのに……!」
    「犯罪者の最後の悪あがきなど見苦しいにも程がある。悔やめ、己の弱さを!」
     追い詰められて泣き叫ぶ舞子だが、望んで淫魔に堕ちた者にかける情けなどない。聖羅のライフルから光線が放たれ、鮮烈に輝く光条が夜を切り裂いて淫魔を焼いた。
    「焼き尽くせ」
    「きゃああっ……!」
     そして七波が肉薄。エアシューズのローラーは高速で回転して摩擦熱で海水を蒸発させ、海から飛び出した炎を淫魔にぶつけた。舞子は赤く燃える炎に包まれ、短い断末魔を残して崩れ落ちた。
    「……もうあなただけだよ」
    「そ、そうだ、お金をあげるわ! すぐに稼いでくるからそれで許して!」
     表情を押し殺し最期を宣告する一夜。1人残された麗美は詐欺師らしい陳腐な提案をしてくるが、一夜は静かに首を振るだけ。透明な声で歌を響かせて麗美の精神を揺さぶる。続けて紅詩が近づき、揺らめく炎に覆われたギターを横薙ぎに振るって叩き付けた。
    「もう無理だろ。諦めたら?」
     燦太が砂利を蹴って跳ぶと、バベルブレイカーのジェット噴射を利用して急接近。力強く足を踏み込むと同時に杭を撃ち込み、バベルの鎖の薄い点を一気に撃ち貫いた。和正は死角から迫って鋭く刀を突き出し、斬り抉って深い傷を刻む。
    「もう嫌ぁっ!」
    「逃げられると思ったかぁ? ヒャッハー!」
     麗美は背を向けて逃げようとするが三成の方が速かった。バベルブレイカーに赤く燃える炎を纏わせ、烈火を帯びた杭が熱とともに淫魔を穿った。
    「熱い、痛い、熱いぃっ!? あ、あああっ……!」
    「……断罪完了」
     麗美は悲鳴を上げて燃え上がり、和正は最後の淫魔が絶命したのを見届けて刀を鞘に収めた。

    「社会の塵でも塵は塵だったな。俺様の炎で綺麗さっぱり消毒してやったぜぇ!」
     大きな斧を担ぎながら豪快に笑う三成。ダークネスになったとはいえ、戦闘経験がある灼滅者を詐欺師が相手取るにはさすがに無理があったのかもしれない。
    「何か落ちてないかな……と」
     足元を見ながら海岸を歩き、サイレーンの手掛かりになるようなものがないか探す燦太。何かそれらしいものが見つかると良いのだが……。
    「消えてしまいましたか」
     淫魔となった4人の所持品を調べようとした紅詩だったが、4人の遺体は消えてしまい、残念ながら所持品も見当たらなかった。一方、結城は望遠鏡で海を観察し、ピンクの光の正体を探る。
    「失った物を嘆くより、残された手札をどう使うか考えるべきだったと思いますけどね」
     平穏を取り戻した海を眺め、残念そうに呟く七波。結局のところ悪党として、そして人としても二流の相手だったと、そう思わざるをえないのだった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ