戻れ、栄光の日々よ

     彼らは、海を目指していた。
     4人の男女。いずれも、壮年から老年期に差し掛かっている。
     お世辞にも身なりがよいとは言えず、この世の全てを恨むような、負の念を瞳に宿している。
     そんな4人がかつて美貌を誇っていたなどと言われても、誰も信じる者はいるまい。
     彼らを同じ場所に呼び寄せたのは、声、であった。
    「サイレーン様……私に、かつての若さを、美貌をもう一度お与えください……」
    「私をゴミのように捨てた連中を、見返す力を!」
     海水が膝まで浸かった事など構わず、呪詛の如き言葉をつぶやく4人。
     しわがれた声は、空しく海辺に響くだけかと思われた時。
     海がピンクの輝きを放ったかと思うと、それに呼応して、人々が変貌を遂げていく。
     みるみる皺が消え、肌がハリとつやを取り戻し、活力が全身にみなぎる。
     男性はスマートで壮健な肉体を、女性は豊満で艶めかしい姿を取り戻す。
     人である事を捨て、淫魔としての新たな生を受けたのだ。
    「どうだ、これが本当の俺だ! 地べたを這いつくばる人生とはおさらばだ!」
    「うふふ、これなら、またバカな男連中を手玉に取る事ができるわ!」
     次々上がる歓喜の声は、いずれも若さ、そして野望に満ち満ちていた。

    「サイキック・リベレイターの起動により、大淫魔サイレーンの力の活性化が確認された。早速その影響によって、海に呼び集められた一般人が一斉に闇堕ちする事件が発生するようだ」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、この一般人は無作為に集められたわけではない。いずれも、ある程度の年を召した男女。
    「若い頃は、美貌のお陰で派手な暮らしを送っていたようだ。しかし、外見で得た人望や名声は、その衰えとともに失われ……その後の人生は、推して知るべし、だな」
     もっとも、美貌を利用した彼らの行いは、あまり褒められたものではなかったらしい。ある意味、自業自得とも言えるが、一度味わった美酒の味は忘れられぬもの。そこを淫魔につけこまれ、闇堕ちしてしまうのだ。
    「彼らが淫魔化する直前……海がピンクに輝く前に駆け付ける事は可能だが、攻撃やESPで干渉しようとした時点で闇堕ちしてしまうため、不意打ちや先制攻撃は無理だ」
     それから杏が、今回闇堕ちする一般人について解説を加えていく。
    「1人目は、40代半ばの鈴原。一時、イケメン料理人としてもてはやされたが、調理師免許を持っていない事がばれて糾弾され、今は閑古鳥の鳴くラーメン屋の店主。闇堕ち後は包丁を振るい、解体ナイフのサイキックを使うようだな」
     60代の熊野と50代の小泉は、結婚詐欺師仲間。
    「豪奢な生活のために、食い物にした女性は数知れず。今も詐欺師だが、若い頃と同じ手が通用するはずもなく、貧乏生活だ。闇堕ち後は、契約の指輪のサイキックを使用する」
     4人目は、この中で唯一の女性である藤島だ。元の年齢は50代。
    「彼女は元モデル。美貌を利用して仕事を得ていたが、寄る年波には勝てず、と言ったところか。自堕落な生活を続けた結果、ゴミ屋敷の主となっている」
     ライバルを蹴落とすためには手段を選ばなかったというから、とても善人とは言えない。
     淫魔化状態では、その肢体に唯一まとった赤いリボンを操り、ダイダロスベルトのサイキックを用いるという。
    「闇堕ちを防ぐ事はできないと言ったが、海が光り、闇堕ちするまでに説得を行う事は可能だ」
     だが、相手は元々悪徳を積んだ人間。しかも、全盛期以上の美貌をくれるというサイレーンの呼び声に対抗できるほど、強い意志は持ち合わせてはいまい。
    「というわけで、説得にこだわる必要はない。彼らの欲望を止めるのは難しいだろうしな」
     一通り説明を終えた後、杏はこう締めくくった。
    「これはいわば淫魔との前哨戦……しかし、相手は4人。くれぐれも油断しないで欲しい」


    参加者
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(そして陽は堕ち闇夜が訪れる・d08003)
    新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)
    白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)

    ■リプレイ

    ●みなぎる若さと野望
     ピンクに輝く海に呼応し、淫魔へと変貌していく一般人達。
     しかし、その場へと駆け付けた灼滅者は、引き止める事はあえてしない。ただ、白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)の百物語、そして古海・真琴(占術魔少女・d00740)のサウンドシャッターが、海辺を戦場へと塗り替える。
     やがて現れる、若く見目麗しい男女。しかしそれは人である事を捨て、闇へと堕ちた淫魔。
     新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)は思う。この淫魔達は、悪人だ。それも、事情があってしょうがなく、ではなく、悪事だと自覚した上で行動しているタイプのようだ。
     桃子とて、自分達灼滅者が善人だとは思っていないし、裁きなどと言うつもりもない。だが、彼らが迷惑をかける前に、灼滅しなければ。
     歓喜に沸き立つあまり、4体の淫魔は、灼滅者に気づくのにしばしの時間を要した。
    「最後の最後で願いが叶って良かったですね。もうこれで思い残すことはないでしょう」
    「ああん、なんだお前ら」
     砂浜へと上がって来る新人淫魔達へと、アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(そして陽は堕ち闇夜が訪れる・d08003)が、静かに告げる。
    「どうせこのまま生きていても、いつの日か今日と同じ気持ちを抱いてしまいますから、今この瞬間のまま、終わらせてしまうのはいかがでしょうか? 宜しければ私達が送って差し上げますよ」
    「はあ? 喧嘩売ってんのか?」
     所詮、美しいのは外見だけか。汚い言葉遣いの小泉に、真琴が言う。
    「世の中には、年相応の深みと叡智を兼ね備えた方や、老いてなお知的好奇心に溢れた方もおられます。『若くあるだけ』を求めるだなんて、軽薄にも程があります!!」
    「聞いた風な口を利くなよ、ガキが」
     鼻で笑い飛ばす熊野。
     もっともその反応は、真琴も承知の上。これ以上の問答は無用、と構えを取る。
     アルベルティーヌもまた、スレイヤーカードの解除コードを唱えた。
    「……トーチャータイム・ドミネイトソウル!」
     向けられた敵意に、小泉が、ぽきり、と指を鳴らす。
    「やろうってのか? 若い頃は腕っぷしの強さでならしたもんよ、なあ熊野」
    「今ならそん時以上にやれる気がするぜ」
    「まあまあ」
     いきりたつ詐欺師組を、鈴原がいさめた。かと思いきや、
    「ここでサイレーン様の恩恵を受けたのも何かの縁……一緒にこの子達を料理してあげませんか?」
    「ふうん……いいわよ、お兄さん。若い子達に、世の中の厳しさを教えてあげるわ」
     鈴原の意をくみとった藤島が、舌なめずりする。
     そして4人は一斉に、灼滅者達に襲い掛かったのである。

    ●仮初の若さに溺れ
     牙を剥く淫魔達に、アルベルティーヌが『Marman-ccheda』……クロスグレイブの照準を定めた。
     神経を研ぎ澄まし狙いを定めると、引き金を引く。全ての砲門が光を放ち、淫魔達を貫いていく。
     立ち上る砂煙の中、発光するエネルギーフィールド。真琴の展開した障壁が、仲間を守護していくのだ。
    「くっ、なんだ手品か?」
     アルベルティーヌの砲撃が止み、熊野がふらついたのを見ると、皆はそちらへと攻撃を集中させた。
     真琴のペンタクルスのネコパンチに、熊野がたじろぐ。
    「猫!? こっちは、ちっこいガキか。金になりそうにねえなあ。おうちに帰んな」
     駆けてくる雪緒をあしらおうとする熊野。しかしその表情が、歪んだ。
     雪緒の腕が、鬼のごとく、膨れ上がったからだ。
    「イケメンが台無しになると思いますが、ご容赦を」
    「げふっ」
     思わぬ反撃を受け、仰け反る熊野。その腹を、桃子の拳がとらえた。
    「ボクもしっかり頑張るよ!」
     弾ける雷撃。熊野の体ごと、桃子は空中へと舞い上がる。
    「ひぃっ、やめてくれ、なんでもするからよ……って、アレ?」
     尻餅をつき、情けない声を上げた熊野だったが、思いのほか傷は浅かった。
    「これがサイレーン様から授かった力ってわけか……よくもビビらせてくれたな!」
     センスの悪い指輪が、弾丸を射出した。桃子へと逆襲の一撃。
    「こんなこともできるなんて、サイレーン様、サイコーだぜ!」
     雪緒に呪いを放つ小泉。腕が石化され、自由が奪い取られる。
    「女の子は優しく扱うもんだよ、お2人さん。……最初はね」
     ぺろり、鈴原が舐めた包丁が、疾風を起こす。砂浜に吹き荒れるその色は、毒々しい。自身が味わった辛酸を含んでいるかのよう。
    「可愛いお嬢ちゃん達ね。そういうのをいたぶるのが私の趣味なのよ!」
     藤島の身を覆うリボンが、蛇のごとく空中をうねると、アルベルティーヌの肩を切り裂いた。
     淫魔達の笑い声の中、灼滅者達が蹂躙されていく……。

    ●果てなき欲望、その行く末は
    「おきつさま、おいでませ」
     雪緒の言霊は、赤い隈取りと金の装飾が華やかな、白く大きな五尾の狐。
     もふぁー、と神々しい空気が漂い、仲間の傷を癒す。
    「一度失敗したんなら、それを教訓に真っ当に生きるとか、人に迷惑をかけないようにするとか、そういう考え方は出来なかったのかな?」
     WOKシールドの硬度を高めつつ、問いかける桃子。藤島と鈴原は顔を見合わせた後、同時に噴き出した。
    「どうしてあたし達が頭を下げるような真似しなくちゃいけないのよ? 悪いのは世間の方じゃない」
    「僕達にも、プライドってもんがあるんだよ」
     一ミリたりとも悪びれる素振りのない淫魔達に、冷めた視線を注ぐアルベルティーヌ。
    「闇堕ちすれば己の自我意識など闇に食われて消え失せるというのに、そこまでして叶えたい望みなのでしょうか。栄光とは過去に栄えるものだというのに……」
    「たとえ消失の事実を知らずとも、堕ちたのは彼ら自身の望みであり選択。自業自得です」
     雪緒の言葉に、アルベルティーヌも異論はないようだった。
     懸命に癒しの光を与えるペンタクルス……しかし、傷を癒したそばから、敵のサイキックが再び体力を削り取っていく。
    「へへっ、どうだガキ共……?」
     自分達の優勢を信じて疑わない小泉。
    「これで仕舞いだ……な、かわしやがった!?」
     桃子を撃ち抜くはずの魔弾は、しかし砂浜をえぐっただけだった。
     無理もない。淫魔達の攻撃は、まるでバカの一つ覚え。同じような攻撃ばかりでは、見切られるのも道理。
     それはちょうど、若さと美貌にあぐらをかき、精進を怠った彼らの人生そのものであった。
    「ちっ、なら!」
     守りに回り、態勢を整えようとする淫魔達。しかしそんな時間を、灼滅者達が与えるはずもない。
    「彼らが人を食い物にする前に、此方が彼らを喰らってやりましょう」
     雪緒の宣言は現実となり、熊野は影の中。
    「こんなもん……」
    「これでもくらえっ!」
     影が引いた瞬間を狙い、桃子の拳が熊野を打ち抜いた。一点に集約された打撃力は、空気すら震動させる。
     数回のバウンドの後、ようやく停止した熊野には、気づく余裕などなかった。忍び寄る影に。
    「うおっ」
     真琴の影が食らいついたところに、アルベルティーヌの日本刀『クロツルバミ』が閃く。
    「ウソだ、サイレーン様の力はこんなもんじゃねえ」
     頭を振る熊野。
     だが、思うように動かない体は、桃子が懐に入り込むのを許してしまう。手近な流木を蹴ってエアシューズに着火すると、足で弧を描く。キックの終着点は、熊野。
    「いっくよー! せーのっ!」
    「ぐはっ!」
     体をくの字に折った熊野を、火が包む。
    「ウソ……だろ……この俺様が……」
     燃え尽き倒れる熊野を、他の3体の淫魔は、呆然と見つめる事しかできない。
    「……うっ」
     小泉がうめく。彼をとらえる灼滅者達の視線が攻撃に変わったのは、その直後の事である。

    ●栄光は泡と消え
     次々とサイキックを浴びた小泉を、雪緒がウロボロスブレイドで縛り上げた。
    「俺がお前らに何したってんだ! まだ何もしてねえだろ!」
    「『まだ』、ですか。そういうところに本音が透けて見えますね」
     刃の織りなす螺旋の中、小泉は闇の塵と化し、消えていく。
    「己の美は本人の意思と時間の流れが進化させるもの。進化せず経年劣化しまくったのは自業自得でしょうに。他人任せの力で若返るなど開いた口が塞がりません」
    「ひっ」
     雪緒の、年齢にそぐわぬ冷静な言葉とまなざしが、淫魔達をたじろがせる。
    「この若さは誰にも渡しやしない!」
     淫魔達は、完全に浮足立っていた。包丁を腰だめに構え、雪緒へと向かう鈴原。
     しかし、遅かった。
     頭上から降って来た桃子が、鈴原を砂に沈める。
    「元は私の両親と同じくらいの歳かしら? でも、若返っても軽薄そうな表情は隠せてませんね」
     真琴の挑発めいた言葉に、体を起こす鈴原。
    「僕には女どもをだましてきた実績があるんだよ!」
    「その分だと、シェフとしての腕前を評価されたモンじゃなさそうですね!」
    「黙れ……!」
     なりふり構わず包丁を振り上げた鈴原の胸に、真琴の両手が当てられる。
     至近からのオーラ砲が、鈴原の見た最期の光景となった。
    「ったく、使えない男ども。やっぱり頼りになるのは自分だけね」
     最後に残った藤島が、髪をかき上げた。
     妖艶な手つきでリボンを操り、飛空するペンタクルスを撃墜する。
    「今度はあなたよ、飼い主さん」
     真琴の方へ振り返った藤島が、ぴくんと肩を震わせた。
    「こ、これは何……?」
     藤島には、成人女性サイズの日本人形が、長い髪を振り乱し日本刀で斬りかかる様が見えているかもしれぬ。雪緒が語る奇譚、『蟷螂』に囚われたのだ。
    「自慢の美貌をズタズタにしてやりなさい」
    「顔はやめて! 謝る、謝るわ! これからはまっとうに生きていく! だからこんな事はやめてちょうだい」
     髪を振り乱し、慈悲を請う藤島。
    「……なんてねっ!」
     邪悪な笑みと共に射出したリボンが、切断される。
    「その程度の演技しかできないのでは、もう誰もだませませんね」
     アルベルティーヌがクロツルバミを納刀したのと同時、藤島の全身が血を噴きあげた。
    「嘘よ、こんな終わり方ってないわ……っ!」
     闇へと還っていくその姿を、雪緒が看取る。同情は、一片もないが。
     海に目をやれば、既に奇妙な輝きはやんでいた。サイレーンとやらの力の残滓もない。
    「さあ、これからサイレーンはどう出てくる事やら……」
     肩にペンタクルスを乗せ、腕組みしながらつぶやく真琴。
     しかし、海はただ、沈黙を保つのみだった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月21日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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