歌声は夜の海へ誘う

    作者:湊ゆうき

     欠けた月に照らされたほの暗い海。
     誰もいないはずの夜の海から、美しい歌声が聞こえてくる。
     本州最速の海開きを5月上旬に迎えたここ南紀白浜の海水浴場に遊びに来ていた若者たちが、その歌声に導かれるようにふらふらとした足取りで砂浜に集まっていく。
     彼らの視線の先には、見目麗しく魅惑的な女性が3人。夜の海の上に浮かぶ岩礁で蠱惑的な視線をこちらに投げかけている。
     3人の中央で腰まで髪を伸ばした女性が手にした竪琴を奏でながら、美しい歌声を響かせる。残る二人は踊りながら衣装を脱ぎ捨てては、美しい肌を惜しげもなくさらし、魅惑的なダンスを踊りつづける。
     若者達は、息をするのも忘れたようにその光景に見入っていた。ダンスは徐々に激しさを増し、見る者を淫靡な世界に引きずり込んでいく。
     うっすらと月明かりに照らされた若者達の影が、次第に異形のものへと変化していく――。 
     歌と踊りに魅了された若者達には、鱗やエラが現れ、気付いたときには全員が半魚人へと変わり果ててしまっていたのだった。
     
    「みんな、集まってくれてありがとう」
     橘・創良(大学生エクスブレイン・dn0219)が、全員を見回し、微笑みながら説明を始める。
    「学園の総意として、サイキック・リベレイターを使用したことはみんなも知ってるよね。今回、淫魔の勢力に向けて使用したことで、早速各地で大淫魔サイレーンの力が活性化していることが確認されたんだ」
     早速のリベレイターの効果に、灼滅者たちも真剣な表情で情報に耳を傾ける。
    「その事件の一つとして、サイレーン配下の淫魔達が一般人を集めて、半魚人のような不気味な姿をした配下に変えてしまうという事件が発生することがわかったんだ」
     今回創良が予知した場所は、和歌山県の白良浜海水浴場。ひとあし早く海水浴を楽しみに来ていた若者達が半魚人に変えられてしまうという。
    「みんなが現場に到着した時点では、まだ集まった人達は半魚人へと変化していないんだけど、こちらから淫魔を攻撃しようとすると、淫魔を守ろうとして半魚人へと変わって戦闘に加わろうとするからね」
     半魚人化を阻止するには、淫魔に歌や踊りで対抗して、若者達に訴えかける必要がある。淫魔の得意とする歌や踊りで対抗するのは難しいかもしれないが、うまくいけば無関係の一般人が配下となることなく、有利に戦闘を進めることが出来るかもしれないと創良は説明した。
    「ただ、半魚人化してしまうと、淫魔を灼滅しても救出することは出来ないんだ……残念だけど、一度半魚人化してしまうと、灼滅する意外に方法はないみたいなんだ」
     創良は悔しそうにそう付け足した。
    「敵の情報だけど、淫魔は3体いて、歌っている淫魔は、サウンドソルジャーに似たサイキックを、踊っている2体は、それに加えてエアシューズに似たサイキックで攻撃してくるよ。若者達は10人いて、全員男性。半魚人化すると、全員がディフェンダーとして命がけで淫魔を守ろうとするので、戦闘力は高くないけど厄介な相手になるから気をつけてね」
     また、淫魔達がいる岩礁は戦闘を行うのに充分な広さがあるので、戦闘に支障はない。淫魔の歌は、初めは子守唄のような優しい響きから、徐々に力強く激しいものになり、ダンスもそれに合わせた男性の心をくすぐる蠱惑的なものだという。以上を踏まえて、淫魔に歌やダンスで対抗する手段を考えてみるのもひとつの手だろう。
    「サイキック・リベレイターが動き出したことで、また忙しくなるけど……みんなでひとつひとつ前に進んでいこう。みんななら出来るって信じているから。全員で協力して、必ず無事に帰って来てね」


    参加者
    神虎・闇沙耶(修羅刹獸・d01766)
    聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)
    八千草・保(蒼天輝緑・d26173)
    黒百合・來琉(御伽の国の空想少女・d29807)
     

    ■リプレイ

    ●白き砂浜にて
     温泉や海水浴をはじめ、観光スポットがたくさんある和歌山県は南紀白浜。白良浜海水浴場はさらさらの白い砂と、青い海が美しい人気の海水浴場だ。
     日中は温かくなったとはいえ、夜になると少しひんやりとしている。月明かりを頼りに、5人の灼滅者達が予知のあった岩礁へと向かう。
    「やれやれ、故郷に出るとはな……」
     神虎・闇沙耶(修羅刹獸・d01766)がため息混じりに呟く。淫魔たちは沖縄や九州など海開きをしている場所に多数確認されているが、ここ和歌山も早めの海開きが行われるため淫魔に狙われたのかもしれない。
     どこからか微かな歌声が聞こえてくる。淫魔のものだろう。
     声の聞こえた方へと歩みを進めると、月明かりに照らされた岩礁の上に3体の淫魔の姿が見える。そしてその歌声に誘われるように、砂浜を歩いていた若者達がふらふらと淫魔の方へと引き寄せられていく。
    「わたくしたちの演奏と舞で、出来る限り被害を食い止めましょう」
    「半魚人になる前に、少しでも食い止められるといいんやけど……」
     奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567) の言葉に八千草・保(蒼天輝緑・d26173) も頷く。
    「歌合戦は任せた。俺は戦闘に集中して、淫魔を抹殺する」
     聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)の赤い瞳に闘志が燃える。大の女好きの凛凛虎だが、淫魔に対して容赦するつもりはない。
    「これ以上巻き込まれる人がでないように、人払いしとくね」
     黒百合・來琉(御伽の国の空想少女・d29807)が百物語で人払いを行う。
     まずはできる限りの力を尽くして一般人を救出する。
     5人は頷きあい、月明かりの下、白い砂を蹴って駆けだした。

    ●月下の舞台
     岩礁の中央には、腰まで髪を伸ばした美しい淫魔が、竪琴を奏でながら子守唄のような優しい声色で美しい歌声を響かせている。その両脇にはゆっくりとした動作で踊り始める淫魔が2体。
     誘われるように海辺へと歩みを進める一般人に向け、狛は愛用のコーレーグースギターで演奏を始める。島唐辛子の形をしたご当地愛のつまったギターから、沖縄民謡をベースとした明るく陽気なアップテンポの曲調があふれる。
    「淫魔への煩悩を振り払えるといいのですが……」
     その旋律はゆったりとした子守唄のメロディをかき消し、若者の何人かは、はっとした様子でこちらを振り返った。
    「今宵は……特別な、舞を披露させていただくよ」
     視線を淫魔からこちらへと移動させたのを確認したところで、保が優雅な所作で動き出す。
     月下の舞台に佇むは、白の舞装束。 華奢な身体つきながら、動きはしなやかに力強く、だがゆるやかな緩急を舞う。動く度、舞扇の綾紐も踊り、目にも鮮やかだ。
     笙の音も、鼓の音もない。狛の演奏も保の舞を邪魔しないように動きに合わせて小さく奏でられている。そして舞に合わせ、夜よりも深く透き通る歌声が響く。
     歌舞。保の実家の神社で御神楽を原型に発展したもの。動きは涼やかな風の如く。歌声の響きは賛美歌の如く。
     こちらを向いた若者達はその歌舞に心奪われたように見入っていた。
     淫魔達も若者達をこちらに引き寄せようと歌と踊りで対抗する。子守唄のような緩やかな曲調から、徐々に力強く激しくなっていく。舞い踊る淫魔たちも踊りに合わせ、少しずつ衣装を脱ぎ捨てていく。
    (「此方に戻って来て……貴方達の居る場所はそこじゃない」)
     淫魔の魅力に引きずり込まれそうになっている若者達に心で呼びかけながら、狛が今度は力強くアップテンポの曲調を奏でる。
    「『海狐』、武骨ですがご覧あれ」
     舞のため、着物を着てきた闇沙耶が、狐の面を当て一礼。大柄な体つきながら、保とは違ったまた別の優雅な舞を披露する。
     しばらく淫魔と灼滅者による歌と踊りの攻防が続くが、淫魔に魅入られた者たちは、その姿を徐々に半魚人へと変えていく。
    「ここまでのようですね……」
     悔しそうに狛は呟き、急ぎ半魚人化を免れた者たちの避難誘導を始める。ラブフェロモンを使い、安全な場所へと移動するように誘導する。
     保は一般人に攻撃の手が行かないよう気を配りながら、サウンドシャッターを展開。
     半魚人化した一般人は5人。なんとか半数は助けることができた。様々な思いを抱きながらも、灼滅者達は淫魔と半魚人に向き合う。

    ●歌声は夜の海に響く
    「勝負は終わったか? なら、皆殺しの時間だ」
     凛凛虎が待ってましたと淫魔に迫る。逃げ遅れた一般人に攻撃がいかないようにするためでもあるのだ。
    「紡ぐは御伽噺。さぁ、物語を始めようか」
     スレイヤーカードを解放し、來琉はフードをかぶった御伽話の少女のような姿に。口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
    「海にはぴったりだね……『人魚姫』」
     來琉の足元から影が伸び、本の形となって開かれる。
    「海には、美しいお姫様がいました。綺麗な声を持ち、歌声は清らかで人々の心に響くものでした……」
     七不思議のひとつ、『人魚姫』が怪奇現象を呼び、敵を襲う。
    「さぁ参ろうか」
     半魚人化したものは、命がけで淫魔を守ろうとするという。まずは半魚人たちを片付けようと、闇沙耶は自身から噴き出た炎を拳に乗せ、叩きつける。身体を燃やされてもなお、半魚人は淫魔を守るために立ち向かってくる。
    「雑魚共が、粋がるなよ!」
     今度は雷を拳に宿した凛凛虎が向かってきた半魚人にアッパーカットを繰り出す。たまらず倒れ伏す半魚人。
    「邪魔をするのなら……眠らせてあげる」
     竪琴を持っている淫魔が、夜の海に神秘的な歌声を響かせる。聞く者を惑わせる妖しい旋律。
     そうして舞い踊っていた淫魔も灼滅者めがけて跳び蹴りを仕掛けてくる。闇沙耶が盾となり攻撃を防ぐ。
    「一般人の避難は無事済んだグース」
     避難誘導を済ませた狛が戦闘に加わる。スレイヤーカードを解放し、その姿は、沖縄はシーサーのご当地怪人・シサリウムに。
    「前衛から各個撃破していきましょか」
     同じく避難誘導の手伝いをしていた保が戦列に戻り、仲間に呼びかける。先ほどとはまた違った舞で、踊りながら前衛に攻撃をしかける。
    「全員を救えなかったのは心残りではありますが……だからといって淫魔に操られるのを見過ごすわけにはいかないグース!」
     シークヮーサーの皮状の帯を鎧から射出し、狛は思いを振り払うように半魚人を攻撃する。
     半魚人化した一般人は淫魔を倒しても救えない。これ以上被害を受ける人が出ないように……その思いで戦うのだ。
     半魚人の攻撃は大したことはなかったが、予知の通り命がけで淫魔を守ろうとするので、淫魔の攻撃を凌ぎつつ、弱った半魚人から順番に撃破していく。そう多くの時間を要さず撃破できたのは、少数ながらも連携して戦った灼滅者達のチームプレイのおかげだろう。
    「悪いが、時間を掛ける気はない」
     淫魔達の攻撃から仲間を守りきった闇沙耶が鋭い視線を投げかける。
     自らを守る取り巻きを失った淫魔達は悔しそうにこちらを睨みつけていたが、諦めず歌と踊りを武器に襲いかかる。
    「敵陣を掻き乱してくる。闇兄ぃ、後ろ頼むぞ」
     兄貴分と慕う闇沙耶に声をかけ、凛凛虎が暴君の名を持つ深紅の大剣・Tyrantを振りかざし、超弩級の一撃を繰り出し、体勢を崩しにかかる。
    「任せろ凛凛虎。お前1人だけじゃない。皆を守ってやる」
     淫魔から放たれる炎を纏った激しい蹴りを、巨大な刀で受け止め、いなしながら力強く言い放つ。
     淫魔の歌と踊りに対抗するように、來琉がアンティーク調の鋏を舞っているかのごとく差し出し、目標を切り刻む。淫魔の苦悶の呻きにも余裕の笑みを浮かべたまま、冷静に戦況を見据える。
     しばらくはそんな攻防が続き、傷つきながらも淫魔の体力を徐々に奪い追い詰めていく灼滅者達。
    「彼女たちの音楽に、興味がないわけではないけど……人を惑わせるために歌う歌が、人を魅了できるはずはないやろうね」
     天使の歌声で味方を癒す保。同じように美しい歌であっても根本が違うのだ。それは表面上の美しさに過ぎない。たとえ彼女たちの見かけが見目麗しくとも、保は魅力を感じない。愛らしい恋人の顔を思い出し、保はますます目の前の戦いに集中する。
    「音楽は楽しむものグース!」
     普段から音楽を聴くことや楽器に触れることが好きな狛も淫魔達のやり方に怒りをぶつける。踊り子淫魔のひとりを高く持ち上げ、ご当地パワーを爆発させ、シーサーダイナミックで地面に叩きつける。力尽き、倒れる淫魔。ようやく淫魔達に動揺が走る。
    「隙だらけだ! 合わせるぞ凛凛虎!!」
    「悶えろ、そして踊り狂え!」
     一瞬の隙を突き、闇沙耶と凛凛虎が息を合わせ、残った踊り子淫魔に襲いかかる。オーラを纏った闇沙耶の拳が凄まじい連打を繰り出し、淫魔を宙に浮かせ、続く凛凛虎が鍛え抜かれた拳を叩き込み、淫魔の身体を吹き飛ばす。あたかも踊っているかのような動きを見せた後、淫魔は動かなくなる。
     残ったのは、楽器を奏でていた淫魔1体。
    「ここでキミのステージは終わりだよ」
     來琉の足元から伸びる影が、淫魔を飲み込む。トラウマに囚われた淫魔はその目に何を見るのだろう?
     余裕の笑みを浮かべた來琉の言葉通り、淫魔達の月夜のステージは終幕を迎えたのだった。

    ●静寂をたたえて
    「この地に合うのは、この海を楽しむ人々の笑い声だけで良いのだ」
     闇沙耶の呟きが、静かな夜の海岸に響く。
    「サイレーンか、探す必要があるな」
     平和な海水浴場が戻ったとはいえ、一般人が犠牲となってしまった。大淫魔サイレーンの力が活性化した今、こういった事件をひとつひとつ解決していくことが今は近道なのかもしれない。
    「尻尾を掴むにはまだ大きすぎる相手かもな」
     凛凛虎の言葉に応えるように、闇沙耶は遠くを見やりながら呟く。けれど、灼滅者達の活躍により、確実にその存在へと近づいているのだ。
    「これからの物語は、今までにないものになる。……楽しませてくれるものがたくさんあればいいけれど」
     海風に髪をなびかせ、來琉は踵を返し、一足先に帰路につく。その口元には笑みが浮かんでいる。その表情は未だ見ぬ物語を待ち侘びる少女のように純粋なものだった。
    「とりあえず帰りますか」
     大切な恋人の顔を思い浮かべながら保。
    「これが弔いになるかはわかりませんが……」
     狛は犠牲になった一般人に哀悼の意を表するため、ギターを奏でる。
     月明かりが静かな夜の海を照らす。彼らの足跡のついた白い砂を波がそっと消していった。

    作者:湊ゆうき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月26日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
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