心の拳

    作者:九連夜

     宵闇のなかに無数の羽音が響いた。
     鳥たちが空へと飛び去った直後に、それらがねぐらにしていた10本を越える木々が一斉に傾ぎ、轟音と共に倒れ伏す。まるで誰かに頭を垂れるかのように。
    「……ふう」
     伏した木々の只中にただ一人立ち尽くす少年……この異常な事態をただ一人で引き起こしたらしき道着姿の少年は、生真面目な表情のまま両の拳を腰の横で構える残心の構えをとった。
    「ぐ……が、がが!」
     だがその直後に口から異様な声が漏れ、彼は頭を抱えてその場にうずくまる。
     そして数秒。
    「大丈夫……大丈夫だ。まだいける」
     自分に言い聞かせるように呟きながら、少年はふらりと立ち上がった。
    「そう、今なら絶対に、あいつに勝てる」
     何かを誓うように顔の前で拳を握った少年の目には、危険な光があった。
     
    「お集まりいただき、ありがとうございます。闇堕ちしそうな少年の救出をお願いします」
     集まった灼滅者たちの顔ぶれを確認し、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はペンギン型のメモ帳を開き、サイキック・アブソーバーの解析結果の説明を始めた。
    「鬼灯・柾(ほおずき・まさし)君というのが彼の名前です。空手に近い古武術を習っている、落ち着いたまじめな子ですね。ですが……」
     彼には武術を習い始めた頃からの親友兼ライバルがいた。
     以前は腕はほとんど変わらず、共に切磋琢磨を重ねてきたが。
    「……最近、明らかに強さに差がついてきてしまいました。でもどうしても親友に追いつきたいと、また対等の立場で修行したいと一途に思い詰めて、それで闇に魅入られてしまったようです」
     通常ならば闇落ちしたダークネスからは人間としての意識は即座にかき消えるが、彼には灼滅者としての素質があったらしく、まだ元の人格を保ったまま行動している。ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきってはいない。
    「皆さんには言うまでもないことですが、一般の方々にサイキックの力を振るうのはルール違反です。もし親友を相手に力を解放し、殺してしまうようなことがあれば、彼は本当の意味で終わってしまうでしょう。そうなる前に彼を闇堕ちから救い出して下さい。逆にもし、完全なダークネスに堕ちてしまうようなら……」
     その前に灼滅をお願いします。
     その言葉を飲み込んで姫子は説明を続けた。
    「彼は別に逃げも隠れもせず、単に『障害があれば排除する』というつもりでいるので、接触に関しては気遣いは不要です。彼が街道場に乗り込んで友人と戦い始めるまでの間ならどこでも戦いを挑めますが、途中で人があまり通らない雑木林を通るのでそこで待ち受けることをお勧めします」
     バベルの鎖による隠蔽効果があるので人目に付いたところで大騒ぎになることはないが、灼滅者とダークネスの戦いは、一つ間違えば周囲に甚大な被害が及ぶ。人が来ない場所を選ぶに越したことは無い。
    「彼はその身にバトルオーラをまとい、ストリートファイターと同様の力で攻撃してきます。学んでいる流派の問題かもしれませんが力よりも速さを重視し、またその速さを活かした技を振るうことを好むようですね」
     逆に言えば、闇に堕ちてまで身につけた技には絶対の自信を持っている。
    「そのため、自信のある技が防がれると心が揺らぎます。また元の性格がまじめな分、おそらくは言葉での説得もかなり有効なはずです」
     何もしないと彼は灼滅者10人程度を相手に互角の戦いができるが、動揺すればその力は格段に落ち、むしろ皆さんの方が有利になる。そう解説すると、姫子は灼熱者たちに向かって軽く頭を下げた。

    「闇堕ちする前にKOしてもらえれば、彼は元の心を取り戻すはずです。力を求めて道を踏み外し、誰も望まない未来が訪れる前に、どうか皆さんの力で彼を救ってあげて下さい」


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(愛の戦士・d00151)
    アリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)
    朝山・千巻(毒入りロリポップ・d00396)
    華菱・恵(中学生ストリートファイター・d01487)
    星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)
    上尾・正四郎(確固不抜・d06164)
    皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)
    宮島・愉快(ファニーサニーガール・d09248)

    ■リプレイ

     秋分を過ぎた秋の陽の傾きは速い。白い陽射しは正午を過ぎるとすぐに弱まり、秋に特有の金色の色彩を次第に帯びていく。
     そんな光が降り注ぐ首都圏某所の雑木林――紅葉が目立ち始めたまばらな木々の合間で。
    「親友に勝ちたいが為に闇墜ちか」
     柔らかな光に横顔を照らさせたまま、星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)は誰にとも無く呟いた。脳裏にあるのは今回の任務目標たる鬼灯・征(ほおずき・まさし)少年のことだ。
    「そんな力で勝っても意味はないし、その人を失えばどんだけ辛いかわからないんだろうか」
    「まったくじゃ。武道本来の意味を履き違えておるようじゃのぅ……」
     その傍らで彼の言葉を耳に留めたアリシア・ウィンストン(美し過ぎる魔法少女・d00199)は、長い黒髪を掻き上げながら軽く溜息をついた。
    「ああ、武道家が理不尽な暴力を振るうのはいただけない。必ず止めてみせる!」
     上尾・正四郎(確固不抜・d06164)は握った右拳をパン、と左の掌に叩き付けた。
    「そんなに意気込んでいると、空回りしちゃうかもよぉ~」
     ひょいと顔を出した朝山・千巻(毒入りロリポップ・d00396)が、本気か冗談かわからない台詞で混ぜっ返す。わずかに顔をしかめた正四郎を横目に、華菱・恵(中学生ストリートファイター・d01487)は微かな笑みと共に言い放った。
    「構わない。私たちにできるのは、正面から挑むことのみだ。全力でな」
     彼が落ちた心の闇は自分たちの中にも存在する。ならば真っ直ぐに今の自分たちの思いを叩き付けるのが為すべきことだと、恵は思った。
    「……心を込めて、だね」
     握りしめた己の右の拳を見ながら、加藤・蝶胡蘭(愛の戦士・d00151)は遠い過去に思いを馳せる風だった。
     それまで黙って林の向こうを見つめていた皐月森・笙音(山神と相和する演者・d07266)が、ふと右手を上げて林の一定を指さした。
    「来たようだね」
    「来ましたね、来ましたねぇ」
     妙に嬉しそうに宮島・愉快(ファニーサニーガール・d09248)が身を乗り出す。最もこれが彼女の普段の調子なのだが。
    「気を引き締めて行こう。今回の依頼は倒して終わりってわけにはいかないからな」
    「無論じゃ」
     優輝とアリシアが短く言葉を交わし、沈黙が訪れる。
     さらに数秒。
     木立を抜けた相手の姿が皆の目にも露わになった。短めに切った髪、実直そうな顔立ち。だがその目だけが明らかに異様な色に染まっている。
    「闇か」
     恵が呟いた。
    「ちょいとそこ行くお兄さん、頼もーう! いやさ、ちょこっと腕試ししてかない?」
     千巻が威勢良く声を張り上げるが、少年はちらと視線を向けただけでそのまま歩み続ける。千巻の声のトーンが一段高くなった。
    「こらっ、シカトすんじゃ……」
    「やあ、あなたが鬼灯柾くんだな」
     彼女の剣幕を遮るように、蝶胡蘭が名指しで声をかけつつ少年の前方に進み出た。
    「鬼灯柾君ですね?」
     さらに愉快が道の真ん中、進路を塞ぐように陣取る。流石に無視もできずに少年は足を止めて迷惑そうに言った。
    「そうですが、どなたですか? 用事があるので手短にお願いします」
     諭すように優輝が応じる。
    「闇の力を手に入れた君にはもうわかっているよね。……君を止めに来た」
     少年はことさら無表情だった。
    「無用です。通して下さい」
    「闇堕ちしたそんな姿を、師やライバルに見せるために行くのか?」
    「キミキミ、鏡は見たぁ? すっごい顔してるよぉ?」
     笙音の冷静な指摘と千巻のからかい8割の言葉が飛ぶ。少年は一瞬怯んだ様子を見せたが、なおも抑えた声音で反論した。
    「個人の事情に立ち入らないで下さい」
    「事情は個人のかも知れませんけど、闇に堕ちて手に入れたその力自体は柾君自身の力ではないと思うのですよ」
     あくまでも元気に、しかし真摯に愉快が説得する。
    「それに知ってますかぁ、完全に闇堕ちしてしまえば、柾君という人間は消えてしまいます! 友情もライバル関係も全部です!」
    「そうじゃ。その力は本物か? そして必要か?」
     さらにアリシアの問いが畳みかけ、柾少年は言葉に詰まったように沈黙する。蝶胡蘭がふっと息を吐き出し、一歩近寄った。
    「その力を欲したのは何のためだ? 心の欲するままに暴力をふるうためか? 違うだろう! 見返したい奴がいる。認められたい者がいる。並び立ちたい人がいる。そうだろう?」
    「……その通りです。でも力がなければ認められることもできない」
     少年の答えを受けて恵が詰め寄った。
    「その力は、これまでのキミの努力すら踏み躙る力のはずだ。その力で一体何を成すと言うのだ?」
    「あっは~。痛いところを突かれて真面目くんが悩んでるぅ」
     言い返せぬ少年を見て千巻がさらに茶化す。
    「例え話だが、目標にしてる人に勝つにはどうすればいいと思う?」
     優輝が落ち着いた調子で問いかける。
    「俺ならどうすればいいのか考え、その人を超えるような努力をする。何かに頼ってその人に勝っても意味はないし、達成感なんてない」
     征が弾かれたように顔を上げた。その目の危険な輝きは、やや弱まりこそすれ消えてはいない。
    「……努力で勝てるのならそうする。ただの努力ではどうにもならないから……」
    「待て」
     真顔の正四郎が割り込んだ。
    「俺も道場に通っている身だ。挫折だって、数え切れないほどある。だが、たとえ時間がかかっても、受け入れて前を目指してきたつもりだ」
     真正面から柾の顔を見つめる。
    「理解するんだ、今日の勝ち負けがこれまでを否定するものじゃないって事を! そして気づいてくれ。残念だが、その力で戦うのはフェアじゃないと」
     木漏れ日の中に正四郎の声が吸い込まれ、しばし静寂の時が過ぎた。やがて柾少年が口を開く。
    「きっと貴方たちが正しいのだと、思う。でも」
     拳を握りしめる。
    「でも」
    「拳で語れってことかな? いいだろう、納得がいくまで付き合おう」
     蝶胡蘭が己の獲物――長大なロケットハンマーを喚び出し、構える。
    「ダークネスになんて絶対させません!」
     ギターを手にした愉快の宣言は明快だった。
    「ハンディキャップマッチになるけど、構わないね?」
     屈みこんで己のパートナーたる霊犬の阿吽の耳の後ろを撫でながら、笙音が軽く問う。
    「10人……もとい、8人と2匹組み手だな。昇段でも目指してみるか?」
     空手の呼吸法たる息吹の構えをとった正四郎の軽口に、柾の目が鋭くなった。
    「ああ、全員を倒して僕は新たな段階に昇らせてもらう!」
    「まぁったく、真面目君はこれだから」
     はあ、とわざとらしく溜息をついた千巻がさりげなく後ろに下がり、待ってましたとばかりに恵が楽しげに笑う。
    「さぁ、ゴングを鳴らそうか。その力を打ち砕く為の、戦いのゴングを!」
     その両手から紫の焔、いや強烈なオーラが迸り、全身を覆うように渦巻いた。
    「ミッション・スタート!」
     高々と宣言したのは優輝。指に挟んだスレイヤーカードが煌めき、直後に彼の正装にして戦闘服たる豪奢な衣装が現れる。
    「ふむ、仕方ないのぅ……それ!」
     アリシアは手にしたロッドをくるくる回して可愛くポーズ、その直後にロッドを大きく上空に放り投げた。皆の視線と秋の陽の輝きを受けてロッドはきらきらと輝きつつ舞い上がり、やがて宙で一瞬静止したとみるや、試合開始を告げるコインのようにくるくる回転しながら落ちていき。
     タン。
     軽い音を立ててアリシアの掌に収まった瞬間、全員が一斉に疾った。

    ●拳で
     雷光。
     皆の目にはそう映った。
     己の身体全体を弾丸と化した少年の突進は、接敵の瞬間に下から上へ突き上げる紫閃の一撃へと変わる。
    「はっ!」
     受けたのは正四郎。前羽と称される構えから軌道を読んでの払い技は、わずかに及ばず肩の辺りに強烈な一撃を突き込まれた。
    「っっ!! ……まだ浅い。そんなのでは一本取れないぞ!」
     耐えて挑発したその声に乗るように、矢と弾丸が、アリシアと千巻の魔力の結晶が少年を襲う。
    「む!」
     かわしきれずに受け止めた少年の表情が歪み、そこへ瞬間の隙を突いて恵が組み付いた。
    「自慢の速さも、その力に頼る時点で価値は無いと知れ!」
     剛能く柔を断つ。その言葉のままの強引で強烈な投げは、受け身を許さず相手を大地に叩き付けた。
    「拳で語り合いたい所だが、あいにく俺の得物は銃器なんでね」
     言い放った優輝の弾丸が少年を襲い、笙音が喚んだ風の刃が、愉快のギターの音色の魔力が、さらに霊犬の阿吽にキャリバーの天地上下までがまとめて殺到する。
     しかしそれらの悉くが飛び起きた彼の身体に届く前に捌かれ、弾かれ、さしたる傷を負わせずに消えた。
    「くらえ!」
     反撃とばかりに繰り出されたのはオーラを集束させた凄まじい連撃、回避も間もなくまともにくらった天地上下がほぼ一瞬で消滅した。
    「流石にやるですね!」
     愉快の声は天使の歌声と化して正四郎を癒し、その力に押されたように彼は前に出た。
    「さあ、一本いこうか!」
     繰り出された拳は鋼の一撃。しかし相手の虚を突いて水月にまともに入れたにも関わらず、未だ少年に揺らぐ気配はない。
    (「まず心を砕く必要がありそうだね」)
     笙音は心の中で呟き、ダークネスならではの異常な速度で動き回る敵に向かって影を伸ばしながら声を張り上げた。
    「その姿や力こそ武道家が打ち勝たねばならない敵なんじゃないのか!?」
     そしてしばし一進一退の攻防が続く。
     柾少年の力は強烈ながらも仲間の援護を受けた蝶胡蘭と正四郎の壁を崩せず、しかしこちらも少しずつ傷を負わせながらも決定だには至らない。
     そんな戦況を動かしたのは、意外にも後方から治癒の力と茶化した台詞を送り続けていた千巻の言葉だった。
    「柾クン。その力ってさ、本当に親友と対等になれる力? 何か、違くない? アタシ、武道はよく分かんないケド、親友と戦うには逆に、邪魔な力なんじゃないかって思ったよ」
    「なに!?」
     意外な相手からの言葉にわずかに気を逸らしたか、繰り出された連撃に蝶胡蘭は隙を見た。
    「今のあなたの拳には愛がない。想いがない……」
     呪文のように口にしつつ、揺らいだ拳をハートの形のハンマーで受け、弾き、いなす。
    「そんな心ない拳が私を捉えることが出来るものかっ!」
     全てを捌ききったとき、蝶胡蘭と対した少年の表情には、紛れもない動揺の色が浮かんでいた。
    「バカな! この力が!」
    「己の心にもう一度問いかけてみろ。今使おうとしてる力は、間違っている」
     単に事実を告げるように優輝が放った技は『裁きの光』。まともに受けた少年は、その名におののくように初めてその身を揺らがせた。
    「心乱れたの」
     アリシアの魔力が氷と化して少年を覆う。さらに飛びかかった阿吽の刀が胸を切り裂き、恵の拳が肩を打ち抜く。
     千巻がちょっと悪戯っぽい調子で叫んだ。
    「ほら、今ここで、アタシたち相手にばーっと吐き出して、また明日からは、親友と一緒に笑って鍛錬だ! 辛いときに誰か頼るのも、強さなんだぜ?」
    「おおおおっっっ!」
     少年は絶叫した。千巻に向かって突進しようとしたその前に蝶胡蘭と正四郎が立ちはだかる。
    「愛は強さ、想いは強さだ。少なくとも私は、愛する人がいたから、この強さを手に入れた!」
     高らかな宣言と共に巨大なハンマーが唸りを上げて旋回する。
    「お前は、ただ相手をぶちのめしたいのか? お前が志している武の道は、そんな安っぽいものじゃないだろう!?」
     正拳中段突き、空手の基礎にして最大の武器たる拳には鋼鉄の輝きが宿っていた。
     息を合わせた攻撃に打たれた少年はよろめき、何とか顔を上げた。
    「それでも、力は力で」
    「勝てよ、自分に! アンタが今戦ってるのは僕達じゃない! アンタ自身の闇だ!」
     広がった符が結界を築き、静かに歩み寄った笙音のそれに触れた少年の膝が震える。
    「闇に堕ちれば、いつか望みが叶う可能性も消えてしまうのです!」
     愉快の言葉と共に癒しの音色が響き渡り、ついに大勢は決したに見えた。
     だが。
    「なら付き合ってくれ。これが僕の、今の心の、全力の」
     何かを決意したらしき少年の拳に、再び雷光の輝きが宿る。
    「受けた!」
     笑いながら突進した恵の右腕が、オーラと共に同じ色の光を発した。
    「「ハッ!」」
     強烈な拳が互いの顎にほぼ同時に炸裂した。恵は腰を落として踏みとどまり、対する少年は支えを失ったように崩れかけた。それでも首を振りながら両の拳を構えようとする。
    「ま、まだ……」
    「大いなる力には大いなる責任が伴う……身の程を知るがよい!」
     アリシアの叱咤が響き、マテリアルロッドが唸った。影を宿す一撃に幻影でも見せられたのか、少年は宙空を見据えて何かを呟き……そのまま前のめりに崩れ落ちて意識を失った。

    ●全力で
    「鬼灯よ、目は覚めたか」
     戦いが終わって数分後、彼の意識が戻ったのを見計らってアリシアが声をかけた。
    「余計なモノ、全部吐き出せた?」
     続いたのは千巻の問い。
    「うん。……ありがとう、ご迷惑をおかけしました」
     いきなり向き直って路上に正座し、頭を下げる征に、蝶胡蘭がちょっと慌てたように手を振った。
    「いいって、そんな堅苦しくしないでも。それに、さっきまでのあなたと今のあなたは、もう別人だろう?」
     彼の身体からすでに闇の気配が消え去っているのを確認し、蝶胡蘭は微かに笑った。
     一方、笙音の微笑は苦笑混じりだった。
    「経験者だからね、僕……師に闇堕ちした姿を見られるのって、かなりキツイんだ。ライバルにだってそうだろ? これでも結構気を遣ったんだからね」
    「失礼しました。もう大丈夫と思います」
     あくまでも礼儀正しい柾に、恵は大きく頷いてみせた。
    「今までとは違う力をその身に感じているのでは無いか? それこそが、キミに備わった本当の力だ」
     そして恵は説明する。自分たちの力と任務のこと。武蔵坂学園のこと。柾の目が大きく見開かれた。
    「そんな組織があったのか……」
    「ああ。では聞こう。キミはまだ、友に闘いを挑むか?」
    「もちろん」
     意外な即答に恵の目が丸くなる。だが続く言葉を聞いて安堵の笑みを浮かべた。
    「本当の自分の力で挑んで、邪念も雑念も全てぶつけて戦って、玉砕してきます。もしそれからでよければお世話になりたいと思います」
    「決まったな。……修行の相手が欲しければ言ってくれ。組み手ならいつでも付き合おう」
     正四郎が軽く拳を握って見せた。
    「灼滅者としての戦いの作法も憶えてもらわないといけないしな」
     一瞬浮かんだ満足げな表情を消し、優輝が真面目な表情で告げた。
    「それじゃあ」
     秋の午後の、降り注ぐような木漏れ日の中、進み出た愉快が顔一杯に笑顔を浮かべて手を差し伸べた。
     彼女らによって魂の危機から救われた少年は、少し恥ずかしげな表情でその手を握り返し。

     そんな風にして、武蔵坂学園に新たな仲間が加わったのである。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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