復活、クライムペイン

    作者:空白革命

    ●痛みは快楽
     自動車の音すらも遠く聞こえる静かな夜。
     一人の女を複数の男たちが取り囲んでいた。
    「あぶねえなあ、こんな時間に一人でいちゃあ」
    「俺たちが安全なトコロまで送ってやるよ」
    「そのあと一緒に遊ぼうぜ……ヘヘッ」
     女が黙っていると、男はナイフを取り出した。折りたたみ式の、果物でも切るようなナイフである。
    「おい、怪我したく無かったおとなしく――」
     その途端、女は男に向かって大きく詰め寄った。ナイフを突き出した男に詰め寄れば、当然ナイフは身体に刺さる。ナイフを持つ手を、女はぎゅっと握った。
    「ン、アア……」
     手首を強制的に捻り、ナイフをねじ込ませようとする。
     気味の悪さにおびえ始める男たちに、女は微笑んだ。
    「もっとよ。まだ痛みが足りない。こんなんじゃ気持ちよくなれないじゃない」
    「ヒ、ヒイッ!」
    「続けてくれないの? しょうがないわね」
     逃げようとする男の首を掴み、懐から取りだした裁縫バサミを突き刺す。
    「じゃあ、こっちで楽しむことにするわ。『あげる』方も好きなの」
     女はダークネス。かつて『クライムペイン』と呼ばれた淫魔である。
     その趣向は単純至極。
     痛みを快楽とすることである。
     

    「俗に痛みに喜ぶ人をマゾヒストと呼ぶが、あれは根本的に色々間違っていてな、本来痛みを喜ぶ人間は痛覚快楽といって、また別のものなんだ。この淫魔はその部類に入るようだな」
     サイキックリベレイターの使用によって大淫魔サイレーンの配下が活発化しはじめた。
     そのひとつとして、配下の淫魔『クライムペイン』が復活したのだ。
    「まだ俺たちが一チームを組んで倒せる程度の淫魔だが、より上位の淫魔が復活すれば軍団化するおそれがある。事態が深刻化する前に、この淫魔を倒してくれ」
     クライムペインは淫魔系および断斬鋏系のサイキックを使う淫魔だ。
     彼女は現在、自身の欲求を満たすため、人に痛みを与えたりわざと与えられたりという行動を繰り返している。
     当然ダークネスに痛めつけられた人間が無事で居られるはずはない。
     このままではいたずらに被害が拡大してしまうだろう。
    「次の出現地点は予測できている。そこへ襲撃をかけ、淫魔を倒すんだ。頼んだぜ、皆!」


    参加者
    錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)
    立湧・辰一(カピタノスーダイーハトーブ・d02312)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)
    冬城・雪歩(高校生ストリートファイター・d27623)
    カルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)

    ■リプレイ

    ●クライムペイン
    「淫魔か……苦手なんだよな」
     夜道をゆく立湧・辰一(カピタノスーダイーハトーブ・d02312)の呟きに、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)は目線だけをよこした。
    「ご当地ヒーローですからね。自動的に人質をとる淫魔は確かに苦手でしょう」
    「いや、そうじゃなくてさ……なんでもない」
     気まずそうに目をそらす辰一。優雨は首を傾げた。
    「はあ。まあ、私も宿敵とはいえ今回の敵は嫌ですね」
    「クライムペインか。どこで道を間違えたんだろうな」
     戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)はスマートホンをポケットにしまった。
    「人の痛みがわかる大人になりなさいと教わった筈なんだが。どういうことなんだろう、痛覚快楽というのは」
    「筋金入りの変態だよね。どん引き」
     苦々しい顔で錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)は言った。
    「性癖が人それぞれだとしても、人に押しつけたらダメだよ」
    「ボクも苦手だよ、こういうの。サドマゾとどう違うんだろう」
     余った袖をふるふるとやってぼやく冬城・雪歩(高校生ストリートファイター・d27623)。
     黙って聞いていたカルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)が眼鏡を外してケースに入れた。
    「適切な形での痛みが好きなだけらしいな。熱くない蝋燭とか」
    「私も痛めつけられるのは好き。けど、さげすまれたりふまれたりも好きなので、違うんですかね、たぶん」
     ほう、と息をついて茂多・静穂(千荊万棘・d17863)が言った。
    「えっと……」
     雪歩と琴弓はそろって愛想笑いを浮かべた。
     ロシア語における方言の差異みたいなものだ。どちらもわからぬ。
     カードを翳す一色・紅染(料峭たる異風・d21025)。
    「ダークネス、なら、死ぬ、痛みも、変わる、ので、しょうか……」
     本当に死んでしまいそうな痛みを受けたら、どうするのだろう。
     逃げてしまうのだろうか。


     トンネルを歩くクライムペイン。反響する足音が、途中で増える。
     足を止める。
     眼前に紅染たちが並んで道を塞いでいるからだ。
     後ろから声がする。蔵乃祐だ。
    「仮の話ですが。僕はサイレーンが灼滅者を使役するつもりがあるなら、乗ってみるのもいいと思っています。上司が責任をとってくれる組織のほうが重荷も少ないと思うんですよね。ともかく」
     蔵乃祐はどす黒いシミの付いたチェーンソーを取り出すと、紐を引いてエンジンをかけた。
    「獲物を快楽のためになぶり殺すあなたのやり口は不快です。ひとりでやってろ。もしくは――」
     目を見開き、かけより、チェーンソーを叩き付ける。
     刃が首筋にめり込み、えぐり取りながら骨を削っていく。
     クライムペインは避けもしなかった。
    「ハァ……ア」
     熱い吐息。逆手に持った裁縫バサミが蔵乃祐へ伸びる。
     狙いは首筋。
     接触の寸前でハサミを掴むものがあった。雪歩の手だ。
     ねじり込むように掌底を繰り出す。電撃を纏った打撃に、クライムペインは突き飛ばされた。
     トンネルの床をよろめくように進む。
     側面へ回り込んだカルムが、冷静な顔でオーラを拳に溜めた。
    「痛くするのもされるのも嫌いでな。さ、はじめよか」
     カルムの狙い澄ましたようなパンチが脇腹に直撃し、クライムペインはトンネルの壁に肩から激突した。
    「ンッ……」
     そのままずりずりとうずくまる。
     よく分からないものを殴った感覚に、雪歩もカルムも心に苦いものを浮かべた。
     だが戦いの手を止める理由にはならない。
     紅染は腕を即座に異形化。
     滑るように接近し、頭を掴んで釣り上げる。
     もう一方の手を獣化。おもむろにクライムペインを殴りつけた。
     持ち上げ、壁に押しつけ、殴りつける。
     それだけでトンネルの壁にヒビが走り、クライムペインは血を吐いてうめいた。
     顔をしかめる琴弓。だが追撃のチャンスだ。
    「いくよ、御影様……!」
     袖の下から影の鎖を滑り出すと、腕にぐるぐると巻き付けていく。
     溶けた鎖がかぎ爪のように変化し、琴弓はクライムペインへと突撃。
     紅染が放り投げてきたそれに向けて、思い切り腕を叩き付けた。
     クリーンヒットだ。 
     琴弓の打撃に宙を舞ったクライムペインはトンネルの天井にぶつかって、地面をはねながらころがった。
     優雨がダイダロスベルトを展開。クライムペインに投射しつつ、槍を構えて妖冷弾を連射。
     その全てがクライムペインへおもしろいくらい直撃していくのだ。
    「……」
     もちろん優雨は手を止めない。ベルトをソードモードに固めると、ダッシュアンドキック。
     浮き上がったところを思い切り切りつける。
    「ン……ふう」
     むっくりと起き上がる。裁縫バサミを握り直し、雑に繰り出した。
     目を見開いて飛び込み、ハサミを自らの胸元で受ける静穂。
    「決して倒れませんよ。痛みになんて、まけない」
     拘束ベルトを無数に展開すると、クライムペインへ次々突き刺していく。
    「トドメだ!」
     辰一はダッシュパンチをクライムペインの背骨のラインに叩き込み、流れるように襟首を掴んで背負い投げにシフト。
    「猊鼻渓ダイナミック!」
     地面に叩き付け、マウントをとる。
     両腕にさらなるオーラを集中。腕の感覚がなくなるくらいめいっぱいに殴りつけた。
     殴って殴って、クライムペインが動かなくなったくらいの段階でようやく立ち上がった。
    「やった……か……」
     既に息が上がっている。
     相手を殴ることに疲れたのではない。
     クライムペインが『一切の抵抗をしない』ことに不気味さをぬぐえないのだ。
     やっていることは戦闘である。攻撃があって防御があるものだ。
     だというのに相手がやっていたことは、ハサミを持って二度三度振り回しただけ。あとは無力な一般人のごとく蹂躙された。
     淫魔などこんなものなのだろうか。
     自分たちが強くなりすぎたのか。
     そう考える彼らに、『その時間』はやってきた。

     路上で仰向けに倒れる女を想像して欲しい。
     オレンジ色の街灯が明滅し、口や鼻からアスファルトに垂れた血を照らしている。
     手にはハサミが握られているが、指にすら力は入っていない。
     しかし。
    「うふ」
     唇がいびつに動いた。
    「ひひ、ひひひひひ、ひひひはははははああああははははあははははあはははははははははは!」
     だらしなくもつれた前髪がぶわりと浮き上がり、血走った目が限界まで見開かれた。
     クライムペインが立ち上がる。上から糸で吊っているかのように、巻き戻し映像のように立ち上がった。
     そして最初に行なったことは、裁縫バサミを開き、自分の手首に押しつけ、思い切り両の持ち下を握り込むことであった。
     血まみれの手で辰一の胸元を掴む。
     咄嗟に拳を繰り出す。顔面にヒット。避けもしない。
     クライムペインはそのまま辰一を引き寄せると、彼の首に食らいつこうとした。
    「うっ……!?」
     危ない。直感的に辰一は飛び退き、クライムペインから距離をとった。
    「もっと!」
     叫ぶクライムペイン。静穂が割り込みをかけ、盾を展開して殴りつける。
     避けない。顔面で受け、伸ばした手を静穂の胸元に押し当て、押し込み、えぐり込んだ。
     爪によって切り開かれた肉を滑り抜け、あばら骨を指でなぞる。
     クライムペインは両目を見開き、舌を出して笑った。
    「ハアッ、ハアアッ!」
     次々に腕を捻り込み、静穂を『引きちぎり』始める。
    「さすっ、がに、痛みのプロ……かなり、キますね……ああ、やっぱり縛りながらは、たかぶりますねえ!」
     同じく目を見開き、複雑に展開した拘束ベルトをノコギリ状にして切りつけ始める静穂。
     が、そんな彼女の後ろ襟を掴む形で琴弓が強制離脱させた。
    「やりすぎ! しんじゃうよ!」
     琴弓は既に正視に耐えないという様子だ。エンジェリックボイスを連続して静穂に注ぎ込む。
     損傷部分がみるみる修復されていく。
    「意味がわからん、なんなんだ、こいつ……!」
     辰一は一度息を整えると、更に距離をあけるために跳び蹴りを繰り出した。
    「厳美渓キック!」
     蹴りは直撃。クライムペインが宙を舞う。蔵乃祐が飛びかかり、チェーンソーを再び叩き付けた。
     地面に叩き付けるように繰り出したチェーンソーが、狙い通りにクライムペインを地面に押しつけ、肉体をがりがりと削っていく。
     対して、クライムペインはそんなチェーンソーを胸に抱きしめ、更に押し込ませた。
     チェーンソーが地面を削り始める。
    「イッ、い……ガッ、ハッ!」
     言語能力を物理的に失っているのだろう。クライムペインは蔵乃祐の顔面を鷲づかみにした。
     爪が食い込み、更に力がこもる。
     いっそセクシャルなほどの狂気が蔵乃祐を包み込んだ。
     頭蓋骨を握って砕くつもりか。蔵乃祐は歯を食いしばった。
     引き離さなくては。
     そう思った瞬間、枕元に紅染が立った。
     膝を折って座る。
     そして両腕を変化させ、指を君で振り上げた。
    「それすら、快楽、ですか」
     狙いはクライムペインの顔面。
     全力を持って叩き付ける。
     相手は避けない。
     粉砕した。
     アスファルトが砂となって飛び散っていく。
    「ア、アッ……ガ!」
     まだ手が離れない。
     紅染は再び両手を振り上げた。
     祈るように掲げ、殺すように叩き付ける。
     今度はアスファルトの下にある砂が噴水のように舞い上がっていく。
     やっと手が離れた。
     蔵乃祐の肩を鷲づかみにすると、紅染はクライムペインの前から離脱した。
     交代するように立ち塞がる優雨。
    「氷の花はあなたへの手向けの花」
     槍をライフルのように構え、妖冷弾を乱射。
     クライムペインを厚い霜が覆っていく。
     それをばきばきと砕くように、クライムペインが立ち上がる。
     このフォルムだ。もはや無害な人間と間違えて襲われることはなかろう。
     カルムと雪歩が視線を合わせた。
    「難儀なこっちゃ。合わせられる?」
    「即興ですか? いいでしょう、そちらからどうぞ」
    「ならちゃっちゃと」
     カルムは冷静に接近。
     相手に掴まれる寸前の位置からドグマスパイクを叩き込んだ。
     打ち出された杭がクライムペインを貫通。
     背後にあったトンネルの壁に突き刺さり、ピン留め状態となる。
     そこで深追いするカルムではない。
     素早く飛び退き、助走をつけて飛びかかっていた雪歩とチェンジ。
     雪歩の強烈な突き蹴りがクライムペインを貫通。引き抜くと同時に肘、手刀、掌底、と連続で叩き込んでいく。
     流れるようなコンボだ。
     その全てをよけることなく、クライムペインは手を伸ばした。
     回避運動。バックスウェー。
     鼻先をかすめる爪。それだけで血が吹き上がった。
     肝心な押し込みができない。
     そう考えた途端、静穂がクライムペインに抱きついた。
     否、自らの拘束ベルトを巻き付けて強制的に固定したのだ。
     同じく抱きついたクライムペインの腕が静穂の両腕をべきべきとへし折っていく。
    「ア、アアッ……」
     目を瞑る。
    「私たちが、痛(ばつ)を終わらせます。最後の罰(いたみ)で……消えてください」
     べきん。
     最後に何かが折れた音と共に、クライムペインは今度こそ脱力した。

     淫魔クライムペイン。
     彼女が何を言いたかったのか、正確に受け取れたものは少ない。
     もしかしたら一人もいないかもしれない。
     けれど……。
    「こんな淫魔が、あと何体もいるんだ」
    「あ、ああ……」
     どっと疲労の押し寄せた琴弓たちはその場を離れながら呟いた。
    「これから、どんな戦いが待ってるんでしょう」
     足下に落ちていたハサミを、静穂は拾った。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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