海辺の淫魔、目覚めて

    作者:波多野志郎

    「ん~、あ~」
     むっくり、と浜辺で起き上がったのは、一人の女性であった。栗色の髪に、碧の瞳。整った顔立ち、出るところは出て、くびれるところはくびれる――十人が十人、魅力的な女性だと答えるだろう。
     ただ、その服装は紺色のジャージ姿であり。その眠そうな表情は魅力的とは言い難い……はずだというのに、その視線には見るものを魅了する何かが確かにあった。
    「えーと……みんな、連絡つかないだろうなぁ。まだ……ふあ……しっかたないなぁ」
     女は、起き上がる。浜辺から見えるのは、疎らだが街のイルミネーションだ。
    「この格好楽なんだけど、男が釣れてくれないのが難点だよね……じゃあ、着飾ってとにかくハーレムでもこさえて情報収集するかー」
     面倒だけど、と呟きながら、女は浜辺を歩き出す。紺色のジャージという服装でさえ颯爽と見える、優雅な足取りで街へと消えていった……。

    「それを脱ぐなんて、とんでもないっす」
     ジャージ愛好家であるところの湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の言葉は、別にして。
    「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化しているのが確認されたっす」
     今回、翠織が察知したのはその復活した大淫魔サイレーン配下の淫魔だ。
     復活した淫魔は、状況を把握しておらず命令なども出されていない。だからこそ、淫魔の本能に従って行動するようだ。
    「上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って軍団を作り上げる可能性があるっす。今の内に、灼滅できるだけ灼滅しておく必要があるっす」
     この淫魔とは、夜の海辺で接触できる。そこで倒す事ができれば、犠牲者が出る前に終わらせられる。
    「光源は必須。人払いのESPもよろしくお願いするっす」
     相手は、淫魔一人。目覚めたばかりだが、こちらと同等の戦力を持つ強敵だ。油断すれば、返り討ちにあいかねない。しっかりと、戦術を練って挑んでほしい。
    「こうして、地道に倒していくのが勝利への近道っす。みんな、よろしくお願いするっすよ」


    参加者
    ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    ヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)
    上里・桃(スサノオアルマ・d30693)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
     

    ■リプレイ


     夜の海は、闇の向こうから押し寄せる。その波の音が、力強い気配の接近が、見通せないからこそ背筋を凍らせるほどの圧迫感を秘めていた。
    「おお~」
     それがましてや、ダンボールの中からならなお更だ――感心したように、被ったダンボールの中から外を覗いて、ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)が声を漏らした。
    「いや、ものすごく目立ってるよ」
     そのダンボールに、ヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)は思わず指定する。何せシーズン前、ましてや夜の浜辺だ。ダンボールは明確な異物であり、すぐに気付く。
    「淫魔がジャージですか、確かにあれは動きやすかったりして良いものですがどうも色気がありませんね」
    「ん?」
     神宮寺・刹那(狼狐・d14143)の感想に、その女はふと足を止めた。刹那の感想通りの女だ、紺色のジャージ姿をした美女――淫魔だ。
    「ありゃ? 同類じゃないみたいだし……灼滅者、とか?」
    「灼滅者の人狼、上里桃と申します。もし、あなたが淫魔の力を使い一般人を虜にするなら、それを阻みます」
     真っ直ぐに返す上里・桃(スサノオアルマ・d30693)に、淫魔はうーんと小首を傾げる。その仕種は、その魅惑的な外見と違って幼くさえあった。そのアンバランスさが、異様に目を惹くのが淫魔の淫魔たる由縁か。
    「それは、ちょーっと無理かな。それ、ニンゲンに息をするなとかと一緒だし?」
     ニコリ、と無邪気に笑うその笑顔にこそ、背筋が凍った。そこに悪意などない、ただ淫魔の本能のままに息をするように人を破滅させるだけ――そこに、遠慮も呵責も存在するはずがなかった。
     それがダークネス、それが淫魔。見た目こそ奇妙だが、この女も根っからそ淫魔なのだ。
    「……なら、この先に行かせるわけにはいかないんです」
     土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)が、複数のサイリウムを周囲にばら撒いた。ポスポスポス、とサイリウムが砂浜に落下した、その刹那。
    「久し振りだけど、ちょーっと踊ってみよっか♪」
     ザン、と一つ足音がした、そう思った瞬間には淫魔の激しいダンスが灼滅者達を連打していった。


     格闘技のそれとは明確に違う、異様な角度と速度から繰り差される打撃の数々は、確かにダンスと呼ぶしかない。パッショネイトダンス、淫魔は激しいその情熱の踊りを続けたまま、あははと笑った。
    「うんうん、体は覚えてるもんだねぇ。久し振りすぎて、ギックリ腰とかなんないか心配だったけど……あら?」
     艶やかに微笑む淫魔の目の前に、夜霧が立ち込めていく。筆一の夜霧隠れだ。
    「支えます、治療は任せてください」
     霧の向こうで筆一がそう告げると、ぼふ! と霧の一部が内側から爆ぜた。桃が、銀色の獣腕と化した右腕を振りかぶる。
    (「目覚めたばかりの淫魔なら、きっと情勢も知らないのでしょう。いま灼滅者がどれほど成長しているのかも、それで組織を作っていることも、きっと知らないのでしょう」)
     もしそれらをよく理解したとき、彼女たちは灼滅者と人間に対してどのような想いを抱くのか? 桃はそんな疑問を抱いていた。
     だからこそ、次々に目覚めようとしてくる淫魔たちが、どんな性質で性格なのか? よく見極めていかないと行けない――そう思っていだが、桃は察していた。
    「少なくとも、あなたは駄目です!」
     桃の放った幻狼銀爪撃を、淫魔は両腕でブロックして受け止めると後方へ跳んだ。その顔には、楽しげな笑みがある。アンブレイカブルが戦いに喜びを見い出すのや、六六六人衆が殺人技巧を磨くために戦いを求めるのとは違う。ただ、手段として命を奪う事に躊躇しない――そういう意味で、危険な存在なのだ、この淫魔は。
    「貴方に一切の恨みはありませんが被害者を出される前に倒させてもらいます」
     刹那は、波打ち際を疾走する淫魔と追走する。それは、まさに狼の疾走だ。淫魔はすぐに追いついてくる刹那に、身構える。
     下段から振り上げるように放たれる刹那の幻狼銀爪撃を、淫魔は踏みつけるように足を振り下ろし――それを足場に、宙へと跳んだ。ジャージ姿が見事に空中で弧を描き着地する。
    「湾野さんのお仲間を倒すのは心苦しいですが、世界の混乱を防ぐためにジャージ教徒を灼滅します……」
     ミリアの足元から伸びた無数の影が、刃となって着地したばかりの淫魔を切り裂いた。ジャージが切り裂かれ、そこに艶やかな白い肌が露出するのに筆一は思わず視線を逸らす。
    「――ん? 見たい?」
     その視線の動きに気付いて、淫魔がからかう。しかし、すぐさま淫魔は振り返り様の回し蹴りを放った。ビハインドのエスツェットが、その手の剣で蹴りを受け止め、斬りかかる。
    「やっぱり、強いね」
     淫魔の連続蹴りに防戦に追い込まれるエスツェットを見て、ヴィンツェンツが掲げたWOKシールドを展開した。
    (「放置はできないね」)
     灼滅者達自身すら効果を把握していないまま、早急にリベレイターを撃ったのが果たして良い事だったのか、正しい事だったのかヴィンツェンツにとっては疑問を抱いていた。それは取り返しのつかない失策に繋がるのではないか? そう引っかかっていたのだ。
     だからこそ、わざわざこちらから起こした淫魔を問答無用で灼滅するのは気が進まない――が。
    「武蔵坂の行動に責任は取らなくちゃね」
     この淫魔を放置すれば、多くの人々の人生が狂わされ犠牲となる――それだけは、見過ごせる事ではなかった。


     ズバン! と水柱が波間に立った。
    「さすがは、サイレーンの配下と言うか……」
     どこか感心したように、ミリアが呟く。海へと着水した淫魔はすかさず更に跳躍、こちらへと戻ってきた。
    「この時期でも、意外に海水浴悪くない!」
    「で、ですか……?」
     ……ジャージ教徒じゃなくてフライングジャージでしたっけ? などと、ミリアは操られてジャージのままお風呂に入る翠織をイメージするミリアだが、すぐさま正気に戻る。空中の淫魔へと、手中に生み出された漆黒の弾丸を投擲した。
     ドン! と放たれるデッドブラスター、その一撃を淫魔は右手で受け止める。鈍い爆発を起こした漆黒の弾丸を強引にねじ伏せ、淫魔は砂浜に見事に三点着地。
    「よく動きますね」
    「体のラインを維持するのに、運動は必須だからね」
     刹那がオーラを集中させた拳を、連打する。それを淫魔は、真っ向から迎え撃った。上下に振り分ける拳を、左右の手で受け流し、払っていく――しかし、手数で勝った刹那の閃光百裂拳が淫魔の脇腹に、胸元に強打される!
    「――っと!」
     たまらず、淫魔が後方へ跳ぶ。その間隙に、桃がマテルアルロッドを振るいズドン! と一条の電光を淫魔へと落とした。
    「あいたたた。思った以上にやるね、灼滅者」
    「ええ、まずは灼滅者のことをしっかりと見直してもらいます!」
     桃の宣言に、淫魔はズサァとその場で急停止。生み出した無数の光輪を灼滅者達へと放った。
    「まぁ、確かに見直したけど。勝ち誇るのはちょーっと早いかな♪」
     ザン! と荒れ狂うセブンスハイロウに、淫魔が笑う。その指先が虚空を撫でるようにすると、光輪が付き従う従者のように縦横無尽に飛び回った。
    「アルファーさん」
    「うん」
     断罪輪を振るった筆一が巨大なオーラの法陣を展開、呼びかけられたヴィンツェンツがチェーンソー剣を振りかぶり地を蹴る。その動きに合わせ、エスツェットの指先が突きつけられ霊障波が大気を震わせて走った。
     それを淫魔は、かざした右手で受けとけ、衝撃を殺す。そこへ、ヴィンツェンツのチェーンソー剣が、切り払われた。
    「く、今の私の一張羅をー!!」
    「むしろ、チェーンソー剣で破れるだけのジャージというのもすごいけどね」
     ジャージの腹部が大きく裂かれた事に嘆く淫魔に、チェーンソー剣を構え直してヴィンツェンツはこぼす。
    (「圧してはいる、と思うんだけど――」)
     ヴィンツェンツとしても、見切れていない部分だ。何せ、相手に悲壮感も必死さも感じられない。暖簾に腕押し、とはこの事だろう。ただ、ダメージはしっかりと積み重なっている。それは、確かだ。
    「もう少し、と信じたいです……」
    「そうですね」
     隣で深い吐息でこぼすミリアの言葉に、筆一も同意する。目の前の淫魔は強い、攻撃力や耐久力、速度や技量など高いレベルの強敵だ。加えて、その爪先から栗色の髪の毛一本に至るまで計算されつくしたような体術は目を見張るものがあった。だからこそ、思う――あの姿を勝った後に、しっかりとスケッチブックに残しておこう、と。
    (「とはいえ、目のやり場に困るのですが……」)
     既に、ジャージもボロボロだ。しかし、それでも追い詰めた気がしないのは淫魔の明るい表情と、その活気からだ。
     だからこそ、先が見えない。見えないからこそ、その終わりは当事者達にとってさえ、唐突に訪れたと感じるものとなる――。
    「――フッ!!」
     大きく跳躍した淫魔が、その長い足で燃え盛る回し蹴りを放った。淫魔のグラインドファイアに、ヴィンツェンツは横回転――遠心力をつけたチェーンソー剣の斬撃で淫魔の蹴りを相殺、斬り落とした。
    「――あ」
     ふと、淫魔が目を見張る。チェーンソー剣を振り抜いたヴィンツェンツの懐に、小柄な人影が忍んでいたからだ。
    「エスツェット!」
    「ッ!?」
     ヴィンツェンツの呼びかけの直後、淫魔の体が大きく弾き飛ばされた。零距離でのエスツェットの霊障波が、淫魔に直撃したのだ。
     吹き飛ばされながら、淫魔は空中でバク転。両手を砂場を殴るようについて、大きく宙へと自ら跳んだ。
    「お返しだよッ」
     淫魔は、そう自らのオーラで大量の符を生み出す。その符を縦横無尽に投擲する――その目前だ。
    「やらせません」
     まさに獲物の喉笛に食らいつく狼がごとく、刹那が跳んでいた。そのまま淫魔の上を取り、鋭くマテリアルロッドの一撃で淫魔を地面へと叩き付ける!
     ドン! と夜の大気を震わせて、砂浜に叩き付けられた淫魔を襲撃が打った。刹那のフォースブレイクに、淫魔はすかさずヘッドスプリングで起き上がる。
     ――その目の前に、ミリアの姿があった。
    「ここです……」
     放たれるのは、炎を宿した解体ナイフの刺突――レーヴァテインの一撃だ。突き刺さった刃から、炎が伝播する。初めて見せた淫魔の苦痛の表情、そこに筆一の放ったレイザースラストが突き刺さった。
    「ぐ……ッ」
     左右の肩に突き刺さったレイザースラストに、淫魔が操り糸に振り回されるように動く操り人形のように体勢を崩す。
    「今です!」
     筆一の言葉に、駆け込んだのは桃だ。その疾走に、淫魔は体勢を立て直そうとしたが――遅い。
    「これが今の私達、灼滅者の実力です!」
     畏れが風のようにその足へと集い、炎に燃える! 桃の後ろ回し蹴りによるグラインドファイアが、淫魔を捉えた。
    「あー……負けた、かぁ……」
     吹き飛ばされ、淫魔が空中で笑う。そのまま、全身を炎に包まれると淫魔は一瞬で燃え尽き、潮風にかき消されていった……。


    「大丈夫でしたか?」
     筆一の言葉に、仲間達は大きな息と共に笑みを見せる。全力を出し切った、その果てでの勝利だ。深い傷を負っている者はいても、倒れた者はいない。そういう意味では、完勝と言ってもいいだろう。
    「……サイレーンの配下ですし、海のほうがいいですよね……?」
     潮風に掻き消された淫魔を思い出して、ミリアはそう呟いた。
    「これからが本番だね」
     ヴィンツェンツの言葉は、これがまだ始まりに過ぎないのだと言うみんなの心の想いを代弁するものだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月24日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ