かつての美貌を求めて

    作者:波多野志郎

     外部記憶、という考え方がある。それは人間の記憶の場合、自身の脳以外の記憶媒体を指し示す。例えば、日記。例えば、スケジュール帳。それらの外部記憶を目にする事により脳が刺激され、過去を鮮明に思い出せるのだ。
     ここにあるのは、一枚の写真だ。そこに写ったのは、3人の女性だ。誰もが美しく、自信に満ちた笑みを称えていた。
    「……過去の栄光ってやつよねぇ」
     自嘲気味に笑うのは、老いた女性だ。その写真に写っていた女性3人は、かつてはバーを経営していた――ぼったくり、そう呼ばれる類のお店だ。
     彼女達は美貌を餌に、多くの男たちの人生を狂わせお金を得た。いくつもの家庭が壊れ、不幸が生まれた……しかし、それも過去の栄光。愛のない関係は老いた彼女達に何も残さず、誰も留まらせなかった。既に、彼女達にはその頃のお金も残っていない。
    「ああ、サイレーン様! あの日の美貌を……栄光を私達に……!」
     あまりにも自分勝手な祈りに、返答があった。海がピンク色に光り、彼女達が不意に苦しみ出す。
    「ああ、あああああああああああああああ!!」
     ミシリミシリと軋む体――瞬く間に、そこには写真に写ったのと同じ3人と同じ、いやそれ以上の美貌へと若返っていったのだった……。


    「何と言うか……うん」
     何とも言葉に困った、という表情で湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は語り始める。
     サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されている。その事件の一つとして、一般人が海に呼び集められ、一斉に闇堕ちするという事件が発生しているのだが……。
    「何やら、集まった人達は男の人達を美貌でだまして不幸に陥れていたみたいなんすけどね? こう、寄る年波に勝てなかったというか……」
     老いによる凋落、そういう意味では彼女達はふさわしい罰を受けたのかもしれない。しかし、淫魔化によって全盛期を超える美貌を手に入れて、過去の栄光を取り戻そうとしている。
    「彼女達が淫魔に闇堕ちする直前に到着する事は可能っすけど、攻撃を仕掛けようとすれば、防衛本能からかすぐさま闇堕ちしてしまうんす。闇堕ちする前に攻撃する事はできないっすね」
     時間は夜、3人が浜辺にいて海が光るまでに時間がある。その間に、説得は可能――なのだが。
    「うまく説得する事ができれば、闇堕ちを防ぐことができるっす。ただ、根っからの悪人っすからね。そんな人達が衰えた美貌を全盛期以上にしてくれるという、サイレーンの呼び声に対抗する事は困難っす」
     だから、説得の難易度は高い――戦闘は避けられない可能性が高いだろう。だからこそ、戦う準備はしっかりとしておいてほしい。
    「リーダー格だったアケミさん、それにマユコさんとユカリさんの3人っす。全員、かつてアケミさんがママをしていたバーで言い寄ってくる男の人達からお金を搾り取って、いい生活してたんすけどね?」
     今となっては、夢の話だ。何でも、バブルの頃の話らしいので翠織も生まれる前なので、ちんぷんかんぷんだ。
    「みんな淫魔のサイキックを使うっす。加えて、アケミさんがエアシューズ、マユコさんがダイダロスベルト、ユカリさんが魔導書のサイキックを使用してくるっすね」
     翠織は重いため息と共に、こう締めくくった。
    「重ねて言うっすけど、戦闘を仕掛けたりESPをかけたりすれば、すぐに闇堕ちして戦闘になっちゃうっす……説得する場合は、要注意っすからね」


    参加者
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    羅睺・なゆた(闇を引き裂く禍つ星・d18283)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)
    ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)
     

    ■リプレイ


     それは、あまりにもおぞましい光景だった。
    「自業自得の婆さん達か、俺は説得しようとも思わねえけどなぁ」
     切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)の言葉に、皮肉にも異を唱える者はこの場にはいなかった。三人の女性に対する灼滅者達のスタンスは、全員が一致していたものだった。
    「……何よ、あんた等」
    「よくこんな事をする気になりましたね? 海に入ってどうするおつもりでしたの?」
     ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)の問いかけに、女達は鼻白む。そこにあるのは、警戒ではない。ただただ不愉快だ、という感情を前面に押し出した拒絶だけだった。
     それ以上、告げる言葉がなかった。探す気にさえならなかったのは、彼女達への嫌悪感からだろう。
    「自分達が被害者になる覚悟はあるのか?」
     無いのなら、過去の栄光なんか望むものじゃない――そう言外に告げた吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)に、女達はヒステリックに叫んだ。
    「はん! 何が被害者だい!」
    「もう十分、被害者だよ。私達が、どんな思いで――」
     自分が、自分が、自分が――そこに他人は、存在しない。自分で行ないで不幸になった者は自業自得だが、自分達に降りかかったそれは理不尽だ……そういう自分中心の考え方しか、できていないのだ。
     もう、灼滅者達にもかける言葉はなかった――否、かける思いも尽きた、と言うべきか。
    「ああ、サイレーン様! あの日の美貌を……栄光を私達に……!」
    (「説得は失敗か。いや、別に失敗してくれて構わんが。小悪党だし――正直言って……救いようがないな」)
     自分達に構わず祈りを捧げる女性達の姿に赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)は、内心で吐き捨てた。
    「ああ、ああああ、ああああああああああああああああああああ!!」
     海がピンク色に光り、彼女達が不意に苦しみ出す。ミシリミシリと軋む体――瞬く間に、かつての3人と同じ、いやそれ以上の美貌へと若返っていく姿を無感動に見やり、羅睺・なゆた(闇を引き裂く禍つ星・d18283)が言い捨てた。
    「お前達はお前達の力……美貌とやらで多くの人間を不幸にしてきたんだろ? それを取り戻したら、またお前達は弱者を踏みにじる。だから、ここで殺してやるまでさ」
    「はは、ははははは! 何さ、私達がされた事を仕返してやろうってだけじゃないか!」
     すがすがしいまでに、自身の行ないを忘れた物言いだった。だからこそ、なゆたは眉根を寄せる。
    「正直、生かすとか殺すとか、そういう選択肢の埒外にいる奴らだ」
    「何を言ってるのさ! 私達はただただ、やり返してやるだけだよ!」
     3人の女が、身構える。それに、碧は一歩前に踏み出した。
    「咲け≪黒百合≫」
     灼滅者達が、武装していく。もはや、彼女達は人間ではない。人に仇なすダークネス、淫魔なのだ。
    「過去の栄光に酔いしれ、磨く事も忘れた愚かな方々。大したことはありませんわよ? 磨かれた魅力の引き出す舞踏、最後に見ていくとよいですわ?」
    「さっきから言いたい放題だけど――」
     ウィルヘルミーナの言葉にアケミが言い捨て、ザン! と跳躍する。そして、マユコがダイダロスベルトを翼のように広げユカリが魔導書を開く――!
    「殺される前に、殺してやる!」
     吹き荒れる暴風が、迫る布が、鈍い爆発音が――夜の浜辺に、開幕を告げた……。


    「なりたてでは、この程度ですか?」
     白と黒のローブ・デコルテのスカートを優雅に揺らし、ウィルヘルミーナはクルセイドソードを振るい、セイクリッドウインドを吹かせた。清浄なる風が、砂塵を払う――それに背を押されるように、村正が踏み込んだ。
    「言ってもわかんねえとは思ってたけどな……とりあえず地獄に送ってやるから反省してきなぁ!」
     村正が、刀を横一閃に振るう。ユカリはその刃に反射的に後方へ跳んだ。しかし、村正はそこで更なる加速――本命の逆手で握った鞘をユカリの脇腹へと叩き込む!
    「ぐ、ふ!?」
     そのまま、ユカリの体が吹き飛ばされた。ダークネスとなり、身体能力は大幅に上昇した――が、それだけなのだ。バシャン、とユカリが波打ち際にかろうじて着地すると、碧が右手をかざす。
    「月代!」
     グィン! と碧の右腕と妖刀《黒百合》がデモノイド寄生体に飲み込まれ、砲門を化した。ビハインドの月代が、それに合わせてユカリへと駆け寄る。
    「――ッ!?」
     碧のDCPキャノンと月代の霊撃が、同時にユカリを捉えた。傷を負いながら必死に逃れようとするユカリを、昴が許さない。
    「俺は断罪者じゃない、加害者を狙う、ただの人斬りだ。一線を越える者は――斬る」
     ドォ! と昴の鏖殺領域が、視界を黒く染め上げた。それは、まさに夜の波のように、3人の淫魔を飲み込み――。
    「かつての美貌を求めて……それが叶わないまま、死ね!」
     ジャラララララララララララララララララララン! とそこへなゆたの放つ蛇腹の刃が襲い掛かる! 切り裂かれながらも、3人の淫魔達は止まらない。
    「ようやく、ようやく取り戻したのよ――!」
    「どこまでも、救いのない奴等だ」
     マユコの言葉に、なゆたが言い捨てる。自分が犯した罪には、この女達は目もくれない。この女達の挫折は、罰などではないのだ――人の醜さをむき出しにしたその姿は、どんなに美しくても心には届かない。
    「もう、何も語るな」
    『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
     感情を押し殺した昴の台詞に、女達の狂ったような哄笑が重なる。取り戻した若さと美貌、その先にあるかつての栄光を求め――3人の淫魔は、灼滅者達へと襲い掛かった。


    「死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
     ユカリの放つアンチサイキックレイの魔法光線が、降り注ぐ。その中をまっすぐに昴が駆け抜いていく。降り注ぐ光線を左手の籠手で逸らし、ステップでかわし、掻い潜り――ザン! とその姿が消えた。
    「な!?」
    「遅い」
     消えた、そう錯覚するほどの速度で死角へ滑り込み昴はユカリの足を毛抜形太刀で切り裂いた。大きく体勢を崩したユカリに、碧が迫る。
    「どれほどの美貌を手に入れようと、その腐った魂じゃ直ぐに老いが露見するだろうさ」
    「言いたい放題、ムカつくガキだね!!」
     ユカリの言葉と共に放った拳は、空を切った。碧は零距離でDESアシッドを放ち、たまらず下がったユカリを月代の霊障波が吹き飛ばす!
    「く、あ……ッ!」
     宙を舞ったユカリの首を、なゆたの異形も怪腕が掴んだ。必死にもがくユカリへ、なゆたは言い捨てる。
    「良かったじゃないか、最後に願いが叶って、まぁ、せっかくなら死なないようにとも祈っておくべきだったな」
    「た、たすけ――」
     ユカリの懇願は、届かない。なゆたは、首を掴んだままユカリを振りかぶった。
    「それじゃ、死ねよ」
     ドゴン! と高く砂柱が立ち昇る。その一撃に、ユカリの体に亀裂が走りガラス細工のように砕け散った。
    「ったく、使えない女だねぇ!」
     その刹那、吐き捨てたアケミのパッショネイトダンスが灼滅者達を襲う。その踊りと共に放たれる蹴りが、拳が、荒れ狂い――ヒュオン! とそれを縫って、マユコのレイザースラストが射出された。
    「させるか!」
     しかし、そのレイザースラストごと、村正の太刀筋が巻き起こした烈風がマユコを飲み込む。そして、ウィルヘルミーナはその天使がごとき歌声を響かせた。
    (「押し切れます」)
     ウィルヘルミーナのそれは、既に確信に近い。例えダークネスであろうとなりたて、ましてや戦い方など知らない女達だ。いくら身体能力でこちらを上回ろうと、脅威ではない――そして、何よりもだ。
    「ちょっとマユコ、しっかりやんなさいよ! 本当にグズね!」
    「ああ!? うっさいわよ、クソアケミ!」
     そこに、連携などと言う言葉はないのだ。あるのは、ただ自分本位なスタンドプレーだけ。自分さえよければそれでいい、他人に手を差し伸べるどころか互いの足を引っ張り合っているのだ。
    (「こっちから仕掛けられる気分は悪くないな」)
     なゆたが、そう思う。そのぐらいには、この女達に救いはなかった。この女達が、何の力も持たない人々を更に破滅に導く未来など、認められるものではない。
     同情の欠片もないからこそ、ダークネスとして全力で屠れる。灼滅者達の猛攻に、淫魔達はなす術もなく追いやられていった。
    「何だい、何だい!! どこまで、人を馬鹿にすりゃあ気がすむんだ、このクソな世の中は!!」
     ヒステリックにわめき立てるマユコに、昴は無感動に間合いを詰める。腰が引けて逃げようとしているマユコの逃げ場を塞ぐように、回り込む昴。そこへ、マユコはダイダロスベルトを放ち――昴は、その布を袈裟斬りに切り捨てた。
    「ひ、い――!!」
    「――――」
     無言のまま、涙目で逃げようとするマユコの目の前に昴がコマ送りのような一瞬の動きで間合いを詰める。無拍子、そう呼ばれる予備動作を限界まで削った技術を持って、回り込んだ瞬間には大上段に構え――昴の斬撃が鎖骨はもちろんの事、マユコを両断した。
    「化け物、化け物どもが! あんた等の人殺しは、構わないのかい! あんた達と私達の、何が違う――!」
    「それが遺言か?」
     一人残されたアケミの言葉を、なゆたは一言で切り捨てる。アケミは、必死の形相で燃え盛る回し蹴りを放とうとしてなゆたのオーラの砲弾により、その蹴りを相殺され吹き飛ばされる。
    「い、いやだ! 私は、取り戻したんだ、取り戻すんだ、奪われた分まで……!」
     這うように逃げ出したアケミを、再びなゆたのオーラキャノンが捉えた。ドォ! という爆発を背中に受けて、砂を転がるアケミの姿に美しさなどない。ただただ、己の事だけを求める醜悪さだけしか残されていなかった。
     それでも、ダークネスだ。跳ね起きたアケミは、そのまま砂浜を駆けて逃亡しようとする――だが、ウィルヘルミーナはそれを許さない。
    「何かに隠れて生きてきたゆえに、力など得ても隙はいくらでもありますの……ほら、そこも隙だらけですわ?」
     ダン! と撃ち込まれたのは、絡む白蛇のリングから生み出された魔法弾、制約の弾丸だ。脇腹に弾丸を受けて、アケミの動きが止まる――そこへ、村正は腕に巻きつけた包帯を伸ばしてアケミを串刺しにした。
    「終わりだ」
     そして、再行動――村正は居合いの構えでアケミへと駆け込んだ。その横を碧と月代が同時に迫る。
    「死ぬ時ぐらい穏やかに。心が綺麗な状態で逝ってくれ。奥義玖拾捌式――常世ノ闇――」
     碧の妖刀《黒百合》の居合いと月代の霊撃、そこに村正の抜き様の一閃――アケミは、断末魔の叫びもなく刹那でその命を断ち切られた。
     碧の慈悲は届いただろうか? その答えは、永遠に失われた……。


    「これで終わりか……墓くらいは作っといてやるよ」
     ドス、と村正は己の刀を砂場に突き立て、黙祷する。なゆたは、落ちていた写真をその刀の墓の横へと捧げた。
    「……何も起きませんわね」
     ウィルヘルミーナは、彼女達の真似をして祈りを捧げてみるものの、何の反応もなかった。こちらが灼滅者だから応えないのか、それとも求める素質がある者だけなのか、それは不明だが。
    (「あなたの事を知りたいと思いますわ。一度会ってお話したいです」)
     その時が訪れるかどうかは、わからない。ただ、一つの戦いが終わり、彼女達によって人生が狂わされ命が奪われる者が現れずにすんだ……その結果だけが、残された……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月25日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
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