夜の海は、ただその波の音だけをさせていた。
「さて、どういたしましょうか?」
そうこぼすのは、浜辺に立つ美女だった。年の頃なら二十台も半ば。長い黒髪に、整った顔立ち。スレンダー、そう思えるほどに細いのに要所要所はしっかりと女性らしい曲線を帯びている。白い着物姿の彼女は、どこか楚々とした魅力に満ちていた。
しかし、それはあくまで印象の話。その仕種や視線には、暴力的な色気があった。
「何がどうなっているのか、さっぱりですが……サイレーン様の命令もございませんし。これは、自由にしてよいという事なのでしょうね」
頬に手を当てて、はふ、とため息をこぼす女。そのまま振り返ると、迷う事のない足取りで歩き始めた。
行き場所は決まっていない、しかし、すべき事は決まっているのだ。何せ彼女は、淫魔なのだから……。
「結局、ハーレム形成が目的なんすよね」
どこまでいっても淫魔っす、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の談だ。
「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化してるんすけどね。その大淫魔サイレーン配下の淫魔の灼滅をお願いするっす」
復活した淫魔達は、状況を把握しておらず命令なども出されていない。そのため、淫魔の本能に従って行動する――それがハーレムなのは、淫魔の淫魔たる所以だろう。
「でも、そんな連中も上位の淫魔が復活すれば集まって軍団を作り上げる可能性が高いっす。戦力を削るのは、今のうちっすよ」
夜の浜辺に佇んだ淫魔と接触するのは、簡単だ。場所が場所なので光源必須、念のためにESPによる人払いもしておくとよい。
「敵は淫魔一人、強化一般人は連れてないっす。今なら、犠牲者は出さずにすむっすね」
ただし、その実力は低くない。淫魔一人でもこちらと同等かそれ以上の戦力と考えていい。
「とにかく、油断せずに。コツコツした積み重ねが重要っすよ」
参加者 | |
---|---|
近江谷・由衛(貝砂の器・d02564) |
葵璃・夢乃(黒の女王・d06943) |
北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681) |
成田・樹彦(禍詠唄い・d21241) |
七篠・零(旅人・d23315) |
ロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ(ゆがんだアイ・d36355) |
●
「やあ、美しいお姉さん。付き合って貰っても良いかな?」
七篠・零(旅人・d23315)の呼びかけに、女は振り返る。年の頃なら二十台も半ば。長い黒髪に、整った顔立ち。スレンダー、そう思えるほどに細いのに要所要所はしっかりと女性らしい曲線を帯びた白い着物姿の女だ。
これが街中であったなら、単なるナンパに見えただろう。しかし、ここはまだ季節には少々早い夜の海だ。
「私の事、でしょうか?」
「ええ、こんばんは。貴女も散歩ですか? 夜にお一人で出歩くのは危ないですよ」
黒髪を揺らして小首を傾げる女へ、近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)が微笑む。さりげなく、そう心掛けても心がざわめく。それは、本能が目の前の女の危険性を察しているからだ。
「お気遣い、ありがとうございます。そうですね――」
花が綻ぶように微笑む女は、鮮やかに色を変えるようにその念を内側から染み出させた。
「――あなたたちのような、危険があるようですから」
「――――」
それは、白い花が一瞬にして血のように赤く染まるような怖気を覚えさせる色気だった。毒とわかっていても手にせざるを得ない――そう決意させてしまいそうな、蕩けるような色気。
しかし、それに溺れる者などここにはいない。
「ああ、とても綺麗だねぇ。だけどダークネス。とてもじゃないけど愛せない。ボクにはあの子だけで十分だ」
歌うようなロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ(ゆがんだアイ・d36355)が言い放った。ダークネスという決定的な単語に、女も目を細める。
「目覚めたばかりの所を失礼します、ね」
「寝ぼけてるところ悪いけど、あなたには海の泡になってもらおうかしら?」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる北沢・梨鈴(星の輝きを手に・d12681)に、葵璃・夢乃(黒の女王・d06943)は見敵必殺の意志を込めて告げた。
「どうやら、何の手加減も必要ないようで――」
「来るぞ」
身の丈ほどある龍砕斧を手に、成田・樹彦(禍詠唄い・d21241)が呟く。ゆらり、と踏み出した女――淫魔は、その名にふさわしい艶やかな声で囁いた。
「それでは、失礼致しますね?」
音もなく浮かび上がる鬼火の数々、淫魔の細い指が指し示すのに合わせて灼滅者達へと襲い掛かった。
●
鬼火の群れの中を、迷わず夢乃は駆け抜けた。ザザン、とリズムカルに砂浜を蹴ると、跳躍。踵落としを淫魔へと落とした。
しかし、それを淫魔は緩やかに見える動きで紙一重で見切る――だが、着地の寸前で夢乃が身を捻り後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「激しいビートは嫌いかしら? まさか、リズムについて来れないなんて言わないわよね?」
淫魔の腕でブロックされたものの、ズン……! と砂塵を巻き上げながら夢乃のスターゲイザーの重圧がかかる。その瞬間、目の前を桃色の魔力の霧が覆っていく――梨鈴のヴァンパイアミストだ。
「皆に、力を……」
その霧の中から、零が飛び出る。右腕を振るう動きに反応して、影が伸びていく――その影が淫魔のすらりと伸びた足へと絡みつき、動きを縛った。
「あら、強引ですのね」
「――ォオオオオオオオオオオオオ!!」
そこへ、樹彦の龍砕斧の一撃が振り下ろされる。重く鋭い、龍の骨さえ断つ一撃を淫魔はその場から動く事なく刃の腹に掌打を放ち、紙一重で軌道を逸らした。浜辺を抉る樹彦の龍砕斧、淫魔はそのまま裏拳を放とうとするが樹彦は龍砕斧を振るった勢いで跳躍してその拳をかわす。
「厄介な敵ね」
黄色標識にスタイルチェンジした交通標識でイエローサインを発動させ、由衛はこぼす。淫魔の動きは、緩やかではないが遅くはない。むしろ、実際に交戦すればこちらより体感的には速く感じるぐらいだ。
「日本舞踊、というかアレよね。動きに無駄がないのよ、一切」
ダンスを嗜む者として、夢乃としてはその正体は初見で見抜けた。予備動作の無さ、それがあの緩やかな動きに速度を与えているのだ。だからこそ、速度で勝る相手よりも結果として速く動作を終えられる――どうやら、目の前の淫魔は踊りにおいてそれなりの力量を持っているらしい。
「目が覚めてばっかりで悪いけどまた眠ってもらうよ。永遠に。大丈夫。もう二度とないくらいの刺激的な夜になるから」
そこへ、ロードゼンヘンドがレイザースラストを射出する。ヒュガ! と放たれた布の射出を淫魔は着物の裾で受け払い、微笑んだ。
「まぁ、少し眠っていた間に本当に強くなられたのですね、灼滅者の方々」
す、と滑るように踏み出した淫魔に夢乃が反射的に叫ぶ。
「来るわよ!」
「ええ、参ります」
ふ、と淫魔の姿が視界から消えた――そう思った直後、吹き上がる炎がごときパッショネイトダンスが灼滅者達を打ちのめしていった。
●
夜の砂浜に、無数の影が躍る――それは、彼ら持つ無数の光源が生み出した影だ。
その光源の中心、照らされる場所には悠然と淫魔の姿がある。全員の視線を集めるその優美な立ち姿――だが、それは見惚れた者に死をもたらす美しさだ。
「私が行くわ」
そこへ、由衛が踏み出した。縛霊手によるバックハンドの拳打、淫魔はそれを後ろにわずかに下がり回避――だが、その視界を鋭い炎が走る。縛霊手を振るう勢いを利用した後ろ回し蹴りによる由衛のグラインドファイアだ。
「あなたのペースに付き合わないわよ」
「こちらのリズムでいかせてもらうよ」
紙一重で由衛の蹴りを受け止めた淫魔へ、ロードゼンヘンドが駆ける。レフィアの白い斬撃が、一つ二つ三つと重ねられた。淫魔はそれを火花を散らし、手刀で受け止め――。
「――ッ!」
ロードゼンヘンドの六つ目の斬撃が、淫魔の手刀をすり抜ける。非実体化したレフィアが、魂を切り裂く――ロードゼンヘンドの神霊剣を受けて、淫魔が後退する。
「お見事」
バババババ、と素早く印を組んだ淫魔の九眼天呪法がヴン! と灼滅者達を呪う。ス、と砂の上を滑るように急停止した淫魔は、そのまま帯を射出した。
「おっと」
零が、そのレイザースラストを体を張って受け止める。突き刺さる布、しかし、それよりも優しく零を包み込むものがあった。梨鈴のラビリンスアーマーだ。
「ご無理はなさらず」
「ありがとう、愛を感じるよ。淫魔なんかに負けてられないねー」
梨鈴の心配には、あえてへらりと笑って零は返す。その横で、夢乃は頭を左右に振る。
「また、この悪夢を見るのね……。生きている限り、逃げられないってことも解ってはいるけど……」
かつて救えなかった仲間の幻影が語りかけるのを、夢乃は静かに受け止める。トラウマ――確かに、そう呼べるのならこれだろう、と夢乃は納得する、するしかない。
「今は、後悔の時じゃないわ」
夢乃がSSW-11B “スイフト”を手に、駆け込んだ。その逆から、樹彦は指先で逆十字を刻む。そのギルティクロスを淫魔は、左手で中心を穿ち掻き消した。
「やれ!」
樹彦の言葉と同時、夢乃が引き金を引く。9mmを淫魔が右手で受け止め、その間隙にナイフを振るっていく――ギギギギギギギギギギギギギギギン! と薄暗闇に散る、火花、火花、火花。それは互いの魂を削りあうような激しい踊りだった。
「大丈夫、守りきるの」
梨鈴は、自身に言い聞かせるように一人呟く。淫魔は、強い。個々で戦えば、戦いにならないだろうぐらいに。だが、一人で届かなくてもみんなが力を合わせれば、届く――それを、全員が自覚していた。
「俺もなるべく倒れないよう頑張るから、ほら、少し肩の力を抜いてねー」
「……はい」
零の言葉に、梨鈴はうなずく。普段とは違う戦い方をしている、その意識のためにいつも以上に頑張ろうと少し力が入っている梨鈴に、零が気づいてか否か、その普段の笑みからは窺い知れないが。
力を合わせれば届く、それは逆を言えば欠ければ負ける、という意味だ。だからこそ、全力で仲間を守り、そして敵を倒すのだ。
「さて、そろそろかな?」
ロードゼンヘンドが、前に駆け込む。淫魔は、それにヒュガン! とレイザースラストの撃ち込んだ。ロードゼンヘンドは、構わず加速。レフィアを構え、そのまま真っ直ぐに突き出す!
ガ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギン! とレフィアの切っ先とレイザースラストが激突、相殺され布が両断された。ズン! と背後で立ち昇る二つの砂柱――そのまま、ロードゼンヘンドはジャッジメントレイを繰り出した。
「――くッ!」
裁きの光条を、淫魔はギリギリで受け止め、後ろへ跳ぶ。空中に浮かぶ、歩法の行えない隙。そこを、梨鈴は見逃さなかった。ザン、と砂地を蹴って梨鈴は跳び、そのまま星を描いた白いニーハイブーツを弧を描いて蹴りを放つ!
「いきますっ」
Shooting star compassによる、その名がごとく流星の一撃が淫魔を捉えた。そのまま、地面に叩き付けられた淫魔へ、樹彦は全体重を乗せた龍砕斧を振り下ろした。
ズガン! と大きな砂柱が上がる。しかし、樹彦は厳しい表情で叫んだ。
「そっちだ!」
胸元を切り裂かれながらも、淫魔は強引に動いていたのだ。砂柱を突き抜け、浜辺を駆ける淫魔を、由衛は回り込んで道を塞いでいた。
「通さないわよ?」
逃がしはしない、そのために警戒していたからこそ回り込めたのだ。振りかぶった交通標識がガシャンと赤色標識にスタイルチェンジ、ヴォン! と唸りを上げて横回転による薙ぎ払いが淫魔を切り裂く。
「ああ、本当にサイレーン様の敵になるほど強くなったのですね。あなた達は」
淫魔の表情に、険が宿る。百歩譲って一般人を侍らせているだけならまだ良い――しかし、そのサイレーンへの忠誠心は危険だ。そう、その一瞬の表情で由衛は悟る。
「さぁ、そろそろお終いといこうか」
ギリ、と愛用の縛霊手の右手で器用に弓を引いた零が、ヒュオ! と彗星がごとき一矢を射放った。その矢が肩に突き刺さり、淫魔の体が泳ぐ。そこへ、夢乃が踏み込んだ。
「なかなか情熱的な踊りね。だったら……私も、死の舞踏(ダンス・マカブル)をプレゼントしてあげるわ!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン! と夢乃のオーラを宿した拳が、淫魔へ放たれる。淫魔は、それを真っ向から受け止める。向かい合わせの鏡のように手が、激突する。しかし、鏡と違ったのは徐々に夢乃の拳打の速度が上回っていく点だ。
それは、まさに死の舞踏――踊りについていけなくなった淫魔に残されたのは、死のみだった……。
●
「ああ、神秘的でいい光景だね」
蛇腹カメラで、その光景を映していく。夜の闇、その向こうに確かにある海と空、地平線と星々――それは、心に染み込むような美しさだった。
「人魚のお姫様は、泡にならないと人間として天国に行けなかったのよね。人でない者に対する禊は、いつの時代も冷たくて残酷だわ……」
あの淫魔の姿を思い出して、夢乃はこぼす。まだ悪事を働いてない相手を倒す、その事に思う事がない訳ではないのだ。
それでも、放置すれば必ず人に害をなす――淫魔とは、ダークネスとはそういう存在なのだ。少なくとも、この戦いの結果で救われた未来もある、そう思えば正誤はいざ知らず無意味ではないと思える。
夜風が、吹き抜けていく。まだ、潮風は肌寒い。それでも、そう遠くなく訪れる夏の気配を十分に感じさせる夜風だった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2016年5月26日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|