ピグマリオンアンダーグラウンド

    作者:空白革命


     ある町に、長らく人から忘れられた扉がある。
     ほこりっぽい石の階段を下っていく先にある、スチール製の扉だ。
     扉を開けば、光があふれる。

     淫魔がバイオリンを奏でている。
     きらびやかなシャンデリア。
     氷水で冷やされたシャンパンに、宝石をぶちまけたようなテーブル。
     豪奢なカーテンに彩られた部屋の中央で、瞑目して弦を弾く。
     彼女の周囲には無数の人影があった。
     ひと、ひと、ひと。
     しかしその誰もが動かず、誰もが喋らず、誰もが生きておらず、そして誰もが元々生きていた。
     蝋や樹脂で表面を塗り固め、化粧を施し綺麗な服をきせ、椅子に座らせてあるのだ。
     淫魔は自らの作り上げた人形のハーレムに囲まれ、今夜も一人夢を見る。
     

     サイキックリベレイターの使用によって大淫魔サイレーンの配下が活発化している。
    「今日受けてもらう依頼は、復活した配下の灼滅だよ。この淫魔たちはまだ周囲の状況を把握していないし、命令も出されていないから、本能に従って自己の欲求を満たしているだけなの。でもより上位の淫魔が復活すれば、命令に従って軍団化する可能性があるからね、今のうちに灼滅しておこうって話なの。けれどそうでなくても、淫魔っていう個体を放置すればどうなるか……だよね」
     今回標的とする淫魔の仮称は『ピグマリオンメーカー』。
     人間の配下を持たないが、それだけ個体戦闘力も高めの淫魔だ。
    「もしこの淫魔を放置すれば、より多くの『人形』が作られていく。死より重い冒涜が繰り返されるよ。勿論それを止められるのは、みんなだけだよ」


    参加者
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)
    病葉・眠兎(奏愁想月・d03104)
    村山・一途(硝子細工のような・d04649)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    夏目・凛子(ミミの元気な吸血娘・d20891)
    水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)
    栗須・茉莉(助けてくれた皆様に感謝します・d36201)

    ■リプレイ

    ●生命の絶望、生命の欲望
     通り過ぎるヘッドライトと風をきる自動車の音。
     橋の上を歩く村山・一途(硝子細工のような・d04649)は、手書きの地図に目を落とした。
    「死体を飾って人気者気取りですか。他人の趣味を否定はしませんが……」
    「これ以上被害が増えないようにしませんと」
     栗須・茉莉(助けてくれた皆様に感謝します・d36201)にそう言われて、一途は不自然に頷いた。
     そのやりとりに違和感を感じたものの、水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)はよくあるやりとりだと考えて彼らに同意した。
    「趣味の悪い人形師には廃業していただきましょうね」

     カラスがゴミ袋をつついている。
     野良猫が何かの死体をくわえて横切っていく。
     杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)はスマートホンをポケットにねじ込んだ。
     横目でその様子を見やるレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)。
    「死より重い冒涜、か」
    「セイレーンの配下ってみんなこんな感じなのかな」
    「さあ。ただの人形で我慢できなかったのか」
    「それこそ『さあ』だよ。とりあえず、厄介なことになる前に倒しておかないとかな」

     コンクリートの階段を下る。
     足下を見知った昆虫が駆け抜けていくのを、病葉・眠兎(奏愁想月・d03104)は詐欺師のような笑みで見送った。
     前を歩く水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)が小さく呟いている。
     豪奢なお部屋。静かな聴衆。奏でる音楽。
     ここはあなただけの理想の空間。
     けれど暖かい夢はさめるもの。
    「さあ……」
     最後になんと言ったのかは聞き取れなかった。
     夏目・凛子(ミミの元気な吸血娘・d20891)が腕を回しながら声を上げたからだ。
    「地下室の人形なんて恐いよ。皆で粉々にしてあげようね!」
     眠兎は目を細めた。
     ああ、普通はそう考えるのか。

    ●動かぬ双眸、動かぬ欲望
     閉ざされた地下室で、『ピグマリオンメーカー』はバイオリンを奏でていた。
     弦の音色を残した静かな時間。
     唐突にはじけ飛んだスチール扉。腕を翳して受け止める。
     一拍置いて室内に飛び込んだ凛子が、部屋の中央で止まった扉を更に殴りつけた。
     拉げて折れる扉。小さく眉を上げた凛子のすぐ脇に『ピグマリオンメーカー』は現われた。
     踵にオーラを纏わせて蹴りつける。バイオリンにぶつかり、歪んだ音をたてる。
     直後、和傘を槍のように構えた詩乃が突撃をかける。
     突入の衝撃で跳ねたワインボトルが傘の接触だけで砕け散り、中身が周囲に散っていく。
     舞い散るガラスの中でバイオリンの弓を翳す『ピグマリオンメーカー』。ワインボトルを難なく破壊した傘の先端部が弓の糸だけで止められた。
     即座に傘を開く詩乃。衝撃が走り、『ピグマリオンメーカー』はその場から吹き飛ばされた。
     いや、飛んだのは人形だ。
     まるで瞬間移動でもしたかのように凛子の背後に現われた『ピグマリオンメーカー』が、彼女の首筋にバイオリンの弓を当てた。
    「……」
     何も言わずに弓を引く。
     首筋から噴水のように血が吹き上がった。
     本能的に手で押さえそうになるが、あえて無視して肘を振り込んだ。
     軽快に飛び退く『ピグマリオンメーカー』。
     それ以上の追撃を避けるべく、茉莉が槍で突撃を仕掛ける。
     相手が軸移動でかわした所で、肩から飛ぶウイングキャット・ケーキ。
     魔術を込めた手で殴りつける。
     バックステップでかわしにかかった所へビハインド・モトイが切り込んだ。真っ赤な剣が振り下ろされ、ミニテーブルを粉砕する。
     距離は充分に稼いだ。レインは詩乃にかけより、首の傷口に手を当てる。
     祭壇を展開し、手に光りを集めていく。
    「人形はなにも言わない。だからこそ……」
     吐き捨てるように言って、部屋の中を見回した。
     いまにも動き出しそうな人形ばかりだ。
     当然かも知れない。つい最近まで動いていた人たちなのだ。
     横を駆け抜けていく眠兎。
     『ピグマリオンメーカー』はバイオリンに弓を構えた。
     バイオリンを奏でると、茉莉たちに衝撃が走る。
     割り込みをかけた眠兎の腕が筋にそって切り開かれていくが、それを無視して飛び込んだ。
     演奏中の『ピグマリオンメーカー』へ手を伸ばして飛びかかる。
     頬に触れかけた手。
     袖から滑り出る手術バサミ。
     頬から首にかけてを切り裂き、すり抜ける眠兎。
     『ピグマリオンメーカー』の視線は彼女を追わなかった。
     視線は天井。
     一途が両足で天井から『跳躍』してきたのだ。
     殺意の塊が血しぶきのように降りかかり、殺意を纏った籠手が繰り出される。
     飛び退いた『ピグマリオンメーカー』のすぐ後ろの壁がえぐれてはじけ、壁材がバラバラになって飛んでいく。
    「『わたしが生きる、証明を』」
     滑るように走る『ピグマリオンメーカー』。
     軌道をおうように放たれた無数のダガーが壁に突き刺さり、殊がナイフを握って距離を爪にかかる。ナイフは逆手握りだ。
     手首を狙って切り込む。
     バイオリンの弦とぶつかって、びりびりと火花をあげた。
     ただの弦じゃない。これ自体がダークネスの一部なのだ。
    「綺麗な箱庭」
     ささやきが聞こえた。ゆまの声だ。
     脈絡も意味も、誰も知ること無く、ゆまはガラス細工のような剣を構え、『ピグマリオンメーカー』へと突き立てた。
     刺さったのは手首だ。バイオリンが手首ごと千切れ飛び床を転がった。
     踏みつける凛子。
    「人形遊びは凛子も大好き。でも趣味悪いと思うな。音楽もウルサイ!」
     一度足を振り上げ、バイオリンを踏み砕いた。
    「物言わぬなにかに想いをはせるのはあなたの勝手です。だけどあなたは人を殺した」
     縛霊手を翳したまま、一途が間合いを計るように歩いた。
     ぴたりと足を止める。
    「都合で殺したのです。都合で殺されて、まさか文句もないですよね?」

    ●『ピグマリオンメーカー』
    「はあ……」
     ため息だった。
     『ピグマリオンメーカー』は重く深い、黒い排気ガスのような息をついた。
    「何年経ったのかしら。一年、十年、百年、一万年、なんでもいいけど、がっかりだわ。ゴキブリはいつまでもゴキブリなのね」
     『ピグマリオンメーカー』はバイオリンの弓を自らへし折ると、豪奢なテーブルに腰掛けた。
    「地球の王様みたいなツラして鬱陶しい。人間になるかダークネスになるかハッキリしたら? 気持ち悪いし、死体にすら触りたくない。勝手に地下室にでも潜って自殺してくれないかしら」
     フィンガースナップ。それだけでレインたちを衝撃が襲った。
     モトイとケーキが剣を翳して彼女たち庇い、対抗するようにレインはセイクリッドウインドを展開した。
     その隙をついて妖冷弾を乱射する茉莉。
     『ピグマリオンメーカー』は人形の足を掴むと、飛来する氷の槍に叩き付けた。
     砕け散る氷。砕け散る人形。
     内容物が飛び散る。レインは口を押さえて後じさりした。
    「きゃは」
     眠兎が飛びかかる。
     いつの間にか握られていた注射器を逆手持ちにして、『ピグマリオンメーカー』へと叩き付けた。
     胸元に突き刺さる。
     と同時に『ピグマリオンメーカー』は眠兎の額を掴んだ。
    「訂正しないといけませんね」
    「なにが? ゴキブリが喋らないで。喋っていいのはダークネスと人間だけよ」
    「こちらの話です」
     手術バサミも握り込み、相手の脇腹に突き立てる。
     しかし『ピグマリオンメーカー』は痛がることすらせず、眠兎を無理矢理振り回した。
     人形の群れへと投げつけられる。
     その横をすり抜け、殊はナイフで突進の構えをとった。
     周囲の人形が一斉に自分を見たような気がした。
     いや、正確に述べよう。
     人形が自分に見えた。
     殊は意識的にそれらを振り払い、『ピグマリオンメーカー』へと突撃する。
     突きは手のひらに受け止められる。
     手のひらを貫通していく刃。
     柄ごと殊の手を握り込む。
     あまりの握力に手を離せない。
     凛子が滑り込んできた。
     『ピグマリオンメーカー』の顔面を殴りつける。
     と同時に一途が制約の弾丸を連射。相手の身体に次々と穴を開けていった。
     すべて直撃だ。さらなる攻撃をと殴りかかるが、『ピグマリオンメーカー』はまるで幻のように消え去った。
     いや、一途の後ろに現われたのだ。
     握っていた何かを一瞥し、汚いものを触った顔をして地面に捨てた。
    「……」
     凛子や殊たちが一斉に崩れ落ちる。
     何をした、とは聞かない。見ただけで分かるからだ。
     彼女たちに守られる形になったゆまと詩乃が、ほぼ同時に飛びかかる。
     ゆまの剣が『ピグマリオンメーカー』を腹から貫き、詩乃の傘が首の後ろに押し当てられた。
     瞑目。詩乃は傘をひき、『ピグマリオンメーカー』の首は地面に落ちた。
     首を押さえてむせながら、殊はゆっくりと起き上がった。
     部屋は元の美しさをかけらも残すこと無く、無残に破壊され、汚されていた。
     どすぐろい液体に半分つかった『ピグマリオンメーカー』の首が言った。
    「あんたたち、本当に狂ってるわ。気持ち悪い」
     すぐさま、首は踏み砕かれた。


     ゆまがバイオリンを奏でている。
    「ここは、似てる」
    「……」
     殊は手を合わせて瞑目していた。ゆまの呟きは聞こえはしたが、意味を問うことはしなかった。
     きっと自分と同じだろうと、思った。
     ふと見ると、凛子が灯油タンクを逆さに振りながら部屋を回っていた。ゆまに言われてやっているが、粉々に砕くより燃やした方が簡単だ、くらいに考えているのかもしれない。
     一通りの演奏を終えたころ、レインが二度とはまらなくなったスチール扉の縁にてをかけて言った。
    「ここに肉体の留まる意味はない」
     ふとモトイの横顔を見たが、モトイはなにも応えることなく姿を消した。
    「行こう」

     地下の楽園から黒煙が登っていく。
     いずれすべてが焼け落ちたあと、偶然気づいた誰かがこの場の事実を知るだろう。
     しかし真実をしることはきっとない。
    「私は……」
     唐突に口を開いた眠兎に、一途は視線だけを送った。
    「あの演奏は、好きでしたよ」
    「そう、ですか」
     一途は炎に包まれた地下室を思って目を閉じた。
     狂っている。あの淫魔はそう言った。
     どちらが狂っているのだ。おそらく誰もがそう言うだろう。
     けれどその『誰も』は、人間の物差しでしかない。
     自分は人間なのだろうか。
     首を振って、目を開き、一途は歩き出す。
    「おやすみなさい。さようなら」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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