南アルプス壬生狼行~新緑の襲撃者

    作者:三ノ木咲紀

     新緑が眩しい南アルプスの麓に、灼滅者達が集まっていた。
     登山道から少し入った山の中で休憩する月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は、同行の仲間達を見渡した。
    「……もう一回、状況を整理するね。敗走して南アルプスに逃げ込んだうずめ様の刺青を狙って、依が動くと思うの。それに……」
     うずめ様の持つ予知能力を欲して、朱雀門高校がうずめ様に接触する可能性が高い。
     朱雀門高校には刺青羅刹の鞍馬天狗や、こういった交渉ごとが得意な本織識音などがおり、うずめ様と接触しようとするだろう。
    「……鞍馬天狗とうずめ様が接触する、なんてことがあったら。天海と外道丸の2つの刺青を持ってる、刺青羅刹の依は黙ってないよね」
     玲の説明に、仲間たちは頷いた。
    「私たち以外にも、同じ考えの灼滅者達がいるの。南アルプスで探索活動を進めてるみたいだよ」
     言い終えた玲がペットボトルの水を飲んだ時、連絡用の携帯電話が鳴動した。
     連絡を受けた玲は携帯を切ると、仲間達を見渡した。
    「近くを探索してる他のチームが、スサノオ壬生狼組の精鋭を連れた依を発見したみたい」
     彼らの目的は、おそらく、うずめ様の刺青だろう。
     だが、予知能力を持つうずめ様が、簡単に居場所を特定されるとは思えない。
    「朱雀門高校の鞍馬天狗たちが、うずめ様に接触しようとしたのを、依が察知したっていうのがあり得るんじゃないかな」
    「そうだな。その可能性が高いだろうな」
     頷いた仲間に頷き返して、玲は立ち上がった。
    「まずは、依とスサノオ壬生狼組が向かっている場所に向かおう。敵の戦力は脅威だけど、依の狙いは、うずめ様や鞍馬天狗から刺青を奪う事だと思うの」
    「その戦いに乗じる事ができれば、今、南アルプスにいる灼滅者だけでも、対応は可能だろうな。……急ぐか」
     続いて立ち上がる仲間たちと共に、玲は指定されたポイントへと急いだ。


     玲達が戦場へ近づくと、戦闘の音が聞こえてきた。
     交戦するダークネス達に気付かれないように木陰に身を寄せた時、玲の携帯が再び鳴った。
     通話を終えた玲は、近くにいる仲間達に状況を伝えた。
    「依とスサノオ壬生狼組100体の勢力が、旧日本軍風の羅刹30体と、鞍馬天狗と本織識音、護衛のクロムナイト20体に襲い掛かったそうよ。鞍馬天狗達は、やっぱりうずめ様と交渉にやってきていたらしいわ」
     戦況はスサノオ壬生狼組が優勢で、このままいけば、依は、うずめ様と鞍馬天狗の刺青を手に入れることになるだろう。
     戦闘中に乱入した場合、依の勝利は防げるかもしれないが、ダークネス達が灼滅者を脅威と考えれば、一時的に同盟を組んで、灼滅者を先に攻撃してくるという状況になる可能性もある。
    「……私たちはどのタイミングで、どんな行動をしよう? 皆の考えを、聞かせて欲しいの」
     玲の問いに、灼滅者達はそれぞれの意見を口にした。


    参加者
    咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)
    黒影・瑠威(悪と闇を内包した刃・d23216)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)

    ■リプレイ

     眩しい新緑を湛えた緑が、灼滅者達に行く先を譲っていく。
     先頭を走る御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)を迎え入れるように開ける視界に、百々は後ろを振り返った。
    「行き先はこっちでいいかの?」
     振り返る百々の問いに、宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)は地図とスーパーGPSを重ねて見ながら頷いた。
    「間違いありません。流石、私ですね。このまま行けば……」
    「待って!」
     自信満々な庵を遮って、月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)が全員を制止した。
    「戦闘の音がするわ。気を付けて!」
     玲の声を裏付けるように、空飛ぶ箒で進路を確認していた海川・凛音(小さな鍵・d14050)が、仲間の元に降りて来て報告する。
    「前方で、スサノオ壬生狼組と灼滅者が交戦中です! 急ぎましょう」
     凛音の声に頷いた灼滅者達は、戦場へと急いだ。

     戦場は、予想しない状況となっていた。
     洞窟の外にいるのは、依とスサノオ壬生狼組のみ。洞窟内に撤退したのか、うずめ様や鞍馬天狗達の姿はない。
     それだけならまだしも、スサノオ壬生狼組は全軍が洞窟の外にいるように見えた。
     スサノオ壬生狼組約百体が、十六名の灼滅者達を囲んでいる。
     いくら何でも、分が悪すぎた。
    「馬鹿な!」
     驚きの声を上げる庵に、咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)も驚きの声を上げた。
    「なんでこんなことになってんだ!?」
    「とにかく、援護しなきゃ。……今行くね! だからもう少しだけ頑張って!」
     カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)の声と共に、灼滅者達は駆け出した。
     素早く駆け寄り間合いを取った凛音は、最後尾で指揮を執ってた局長へと迫った。 
     凛音達のやるべきことは、危地にいる仲間達を援護すること。
     そして、洞窟内へ突入するであろう後続の仲間のために、スサノオ壬生狼組を入れないこと。
     想定していた事態とは違っているが、やるべきことは変わらない。
    「多少の危険は、覚悟の上です……!」
     螺旋を帯びた鋭い穂先が、油断していた局長の背中を深くえぐった。
    「何!」
     驚き、振り返った局長の腹に、狼の腕が突きたてられた。
    「あんた達全員、真っ赤に染めてあげる」
     凛音と共に駆け出した虹真・美夜(紅蝕・d10062)の腕が鳩尾をしたたかに強打し、局長の口からうめき声が漏れた。
     間近に迫った美夜に、局長は口の端から血を流しながらもにやりと笑った。
    「貴様……灼滅者か!」
     カウンターのように放たれた剣が、美夜の腹を捕らえる。
     衝撃を受けながら勢いをつけて一旦前線から離れた美夜に、白い帯が放たれた。
     庵のダイダロスベルトが放射状に広がり、美夜の傷を癒していく。
     顔を上げた美夜は、周囲の状況を確認した。
     ほぼ同時に到着したらしい他班が、戦闘を開始したようだ。
     多数のスサノオ壬生狼組に阻まれて、ここからでは依の姿は見えない。
     激しさを増す戦場に、美夜は眉をひそめた。
    「刺青の完成とか、そういう厄介事さえなければダークネス同士の潰し合いなんて、勝手にやってって感じなんだけどね……」
    「依さん、と言うべきか迷いますが……」
     美夜の傍らに立った庵は、激しさを増す戦いに小さくため息をついた。
    「かつての仲間といえ羅刹の好きにさせるのはわたし達神薙使い……いえ灼滅者全てにとって不利益ですから。……なんとかとめなくてはなりませんね」
    「そうね」
     庵の言葉に頷いた美夜は、癒えた傷を確かめると土を蹴って戦場へと駆け出した。
     美夜が局長格から離れた直後、氷の嵐が吹き荒れた。
    「……っ!」
     局長格を巻き込み放たれた黒影・瑠威(悪と闇を内包した刃・d23216)のフリージングデスが、後衛の隊士を巻き込み氷結させていく。
     氷に埋め込まれたように動きを止めた局長に、千尋の腕が迫った。
     腕に現れたデモノイド寄生体が、クロスグレイブのLily for Unknownと千尋の腕を融合する。
     体の一部のようになったクロスグレイブを局長に向けた千尋は、赤い破壊光線を解き放った。
     突き刺さる破壊光線に、局長は苦々しい目で千尋を睨んだ。
    「こ、の……小娘が!」
    「その小娘にやられてたら、世話が無いね?」
     吠えながら灼滅された局長に、隊士達の間に動揺が走った。
     その隙を突き、二つの祭壇が同時に展開された。
    「我が前に爆炎を」
    「ここは援護に徹するとしよう」
     声と共に現れた玲の縛霊手から放たれる除霊結界が、隊士達の動きを止めていく。
     百々の放った結界が隊士達の霊的因子を強制停止させていく。
     麻痺を引き起こす二連撃に、後衛は凍り付いたように動きを止めた。
     そこへ、玲のライドキャリバーのメカサシミの機銃が掃射される。
     ダメージの深い後衛を放置して、前衛が二体こちらへと回り込んできた。
    「まずは一人ずつ仕留めろ!」
     隊長の指示が飛び、隊長が美夜へ向かって剣を振り上げた。
     振り下ろされる強烈な剣を寸前で避け、体勢を崩したところへ二体目の攻撃が切り裂いた。
     傷ついた腕を押さえる美夜の耳に、美しい歌声が響いた。
     カーリーの美しく澄んだ歌声が、美夜の傷を癒していく。
    「皆で帰れるように、頑張らないとね!」
    「そうね」
     癒しの歌に力を得た美夜は、立ち上がると改めて殲術道具を構えた。


     残った隊士達を裂いて合流した灼滅者達は、その惨状に息を呑んだ。
     洞窟前で戦っていた2チームは、半数以上が戦闘不能となり地に伏している。
     仲間を庇い、大きなダメージを負っていた他班の仲間の姿に、庵はラビリンスアーマーを解き放った。
     包帯のように傷ついた体を保護する帯から、癒しのオーラが溢れ出す。
     その様子に満足そうに頷いた庵は、迫り来るスサノオ壬生狼組にベルトを掲げた。
    「うずめ様を助けるつもりはありませんが、貴方がたはそれ以上に危険な存在です。覚悟してください」
     仲間と合流を果たし、安堵の息をついた灼滅者達に眉をひそめた依は、無傷の部下に指示を出した。
    「まずは、倒れている敵を狙って止めを刺しなさい。仲間を殺されれば灼滅者は動揺する。そこを狙って全滅させます」
     非情な命令に、スサノオ壬生狼組は駆け出した。
    「させない!」
     迫り来るスサノオ壬生狼組に、黒腕剛鎧【影煌破】を構えた瑠威の腕から除霊結界が放たれた。
     最前列を駆けていた二体の隊士が、麻痺したように動きを止める。
     その後ろから駆け出した隊士が放つ剣を縛霊手で受け止めた玲は、睨み合う隊士に口の端を歪めた。
    「いくら天海が従えって言ったからって、あんなのに付き従うの? しょーじき、正気を疑うね」
    「黙れ」
     ぎり、と歯ぎしりをこぼす隊士に、玲は続けた。
    「嫌じゃないの? あんな成り上がりの裏切り者?」
    「黙れ!」
     大きく刀を振り抜いて後退した隊士の後ろから、隊長が駆け寄ってきた。
     唸る剣圧を放とうとする隊長の手元に、メカサシミが突っ込んで軌道を変えさせる。
     戦闘不能の仲間を守る灼滅者達を嘲笑うかのように、隊士達は襲い掛かってくる。
     目標は、あくまでも倒れた灼滅者。
     他のチームの仲間も、大勢のスサノオ壬生狼組の襲撃を凌いでいて、援護は望めそうにない。
     カーリーは唇を噛むと、ヴァンパイアミストを放った。
    「皆、死なないで!」
     魔力を帯びた霧が、自分と後衛を包み込む。
     傷を癒し、魂の底から沸き上がる力を得た千尋は、迫る隊士の懐に突撃をかけた。
    「はぁぁぁぁぁっ!」
     裂帛の気合と共に、鮮血のように赤いバトルオーラを身に纏い駆ける。
     高速の拳打が隊士の体を宙に浮かせ、止めの一撃と共に空に浮かんだ。
     地面に落ちようとする隊士の体が、鋭角に沈んだ。
    「ここを、通す訳にはいきません」
     炎を帯びた凛音のエアシューズから放たれた踵落としが、隊士を地面へと沈める。
     敵の灼滅を確認した凛音は、続けて襲い来る他の隊士に目を見張った。
     こちらを倒そうと襲ってくるのならば、まだ対処のしようはある。
     だが、倒れた仲間に止めを刺すという一貫した行動は、数の暴力をいかんなく発揮できるのだ。
     襲い来る敵に、美夜は紅蓮斬を放った。
     紅蓮のオーラを纏ったScarlet Kissが、局長に突き刺さる。
     同時にダメージを癒す美夜に、局長は剣を突きたてた。
     強烈な一撃に、癒しきれないダメージが累積する。
    「……っ」
     膝をついた美夜は、続く隊士の攻撃についに意識を手放した。
    「まずはお前から、殺してくれよう!」
     振り上げられた白刃が、美夜に迫る。
     振り下ろされる攻撃に、百々は目を見開いた。
    「死ね! 灼滅者!」
    「させぬわ!」
     白刃が美夜を捉える寸前、隊士の動きが止まった。
     禍々しく見える祭壇から放たれる霊力が、隊士の動きを止める。
     慣性の法則さえ無視したように動かない隊士達に、百々は嫣然とした笑みを浮かべた。
    「結界による束縛と魂までも凍てつく焔により、壬生狼組は封じてやろうぞ」
     言い終わるが早いか、氷の炎が吹き荒れた。
     魂を削り放たれる氷が、壁のように隊士達を一時足止めする。
     美夜を最後尾に避難させた庵は、変貌した百々の姿に目を見開いた。
    「馬鹿な……!」
     優しい笑みを浮かべる瞳に闇を宿し、身体を包むオーラが闇色に染まる。
     闇に魂を傾けた百々は、目を見開く仲間の姿にむしろ楽しそうに口元に手をやった。
    「百々さん……!」
     悲痛な声を上げた瑠威は、動揺する気持ちを押さえるように唇を噛む。
     百々から目を逸らすように周囲を見渡すと、他チームの灼滅者達が闇堕ちしている姿が目に入る。
     瑠威の心中を知ってか知らずか、百々は一歩前へ進み出ると瑠威と目を合わせた。
    「落ちつけ。敵はまだまだ、居ようほどに」
     百々が言い終わるのが早いか、甲高い音を立てて氷壁が崩れ去る。
     数を減らしたスサノオ壬生狼組の向こう側に姿を見せた依は、更なる指示を出していた。


     戦いは続いた。
     闇堕ちした灼滅者達が正面に立ち、スサノオ壬生狼組と戦っている間に他の灼滅者達は防衛線を張る。
     連携した戦いで猛攻を凌ぐが、多勢に無勢。
     灼滅者達は徐々に押されていった。
     だが、スサノオ壬生狼組も徐々に数を減らしていく。
     そして、ついに灼滅者達の前に依が現れた。
     混戦の中、他班の攻撃を避けたのだろうか。予想外の相対に驚く依に、玲は炎を帯びるエアシューズで回し蹴りを放った。
     前腕で受け止めた依は、迫る玲に口の端を上げた。
    「よく……ここが分かりましたね」
    「まー、たまには地道な調査が役に立つときもある、って事だね」
    「指揮官のあんたを倒せば、仲間の撤退が楽になるからね。倒させてもらうよ!」
     動きを止めた依に、間髪を入れずに千尋の螺旋槍が放たれた。
     反対の腕で槍を受け止めた依は、大きく腕を振ると玲と千尋を振り払った。
     そこへ、凛音が駆けた。
     味方は変わらず敵に囲まれ、危うい状況は変わらない。
     だが、うまくいけば依を灼滅するチャンスだ。
    「あなたはここで、倒します!」
    「依様!」
     凛音の放った閃光百裂拳はしかし、間に割って入った隊長の腹へと叩き込まれた。
     吹き飛ばされ、倒れた隊長の穴を埋めるように、別の隊士が依との間に割って入った。
     鋭い刃が、後衛へと放たれる。
     続く隊士の後列攻撃に、庵は清めの風を解き放った。
     視線の先に入る依は、既に隊士達の向こう側。
     全体を見渡している依に、庵は手を握り締めた。
    「必ず、ここで止めてみせます!」
    「難しいけど、頑張ろう!」
     カーリーが元気づけるようにヴァンパイアミストを放った。
     戦闘がまた続き、攻防の末に依が動いた。
     闇堕ちした灼滅者のダメージが深いと見た依は、自ら前線へと向かった。
     着崩した振袖が、円弧を描いて宙を舞う。
     闇堕ちした灼滅者の中でも最もダメージの深いレイ・アステネスへと、巨大な腕が振り上げられた。
     灼滅者達の防衛に、誰にも止めを刺せないスサノオ壬生狼組を顎で指した依は、まるで見本を見せるかのように巨大な拳をレイへと向けた。
    「止めとは、こう刺すのですよ」 
     声と共に、手の甲が唸りを上げる。
     回転をつけた巨大な手の甲が、レイへと迫る。
     レイの額に落ちた影が、徐々に大きくなっていく。
     うまく動けず膝をつくレイに勝利を確信した依が口の端を歪めた時、その動きが止まった。
     小柄な体を翻して依の懐深くに入り込んだ百々は、素早い動きで依の急所を抉り腱を断つ。
     具現化されたナイフは依の体に深く鋭く突き立てられ、まるで糸で吊られたかのように身動きを取れなくした。
    「お主の存在は厄介だ。何としてもここで討ち取る!」
    「く……っ」
     動かない巨腕を反対の腕で支えた依はしかし、攻撃を諦めた訳ではなかった。
    「厄介とは、どちらのことですか」
     突きたてられたナイフを無理やり引きちぎった依は、レイへ向けて再び鬼神変を振り上げた。
     振り抜かれた腕に、巨体が飛ぶ。
     咄嗟にレイとの間に割って入った巨勢・冬崖が、全身の重みをもってレイを突き飛ばす。
     冬崖は自分の赤い刺青ごと胸板を切り裂かれ、共に地を二転三転しながらも、仲間を守り通す。
     そこへ、氷の嵐が吹き荒れた。
     一気に氷の彫像と化した依の姿に、誰よりも驚いたのは瑠威だった。
     予想よりも、遥かに威力が高い。
     続く戦闘と目の前で重ねられる闇堕ちに、曖昧になる境界線。
    「させぬよ」
     不安定な瑠威の心は、突いて出た言葉に目を見開いた。
     凍り付いた依に、もう一人の闇が迫る。
     闇堕ちした土屋・筆一が、握った筆を奔らせる。
     真っ直ぐに突き込む一撃は、血と闇の色を吸って虚空を引き裂き依へと迫る。
    「僕達は、貴方を止めます、ここで!」
     筆一の――いや、筆一と呼ばれていた存在が、闇の力を持って依に止めを刺す。
     長く鋭い衝撃が羅刹の女の胸を貫いた。
     瞠ったままの赤い瞳が、空の青さを見上げて瞬く。
    「よもや、ここまで……天海さま、どうやらあなたの方が正しかったようで……」
     何かを求めるように伸ばされた依の腕にあった二つの刺青が力を失い、消滅する。
     その手に何も掴むことの無いまま、依は静かに消えていった。


     依が灼滅されたのを見たスサノオ壬生狼組は、それ以上の攻撃の意思を見せずに散り散りに撤退していった。
     身動きができない灼滅者達は、目の前の現実と向き合った。
    「百々……ちゃん?」
     放心したように呟く玲の声に、百々は着物の袖口を口元へと運んだ。
     周囲に舞う古びた巻物が、意思を持っているようにゆらりと動く。
    「瑠威まで……」
     千尋の声に、瑠威は自分の両手を見下ろした。
     そこにあるのは、氷のヴァルキュリアの手。息を呑んだ瑠威は、逃げるように新緑へと駆け込んだ。
     微笑んだ百々もまた、南アルプスの森へと消える。
     二人を呼ぶ声は、その背中には届かない。
     満身創痍の灼滅者達は、救助が来るまでそこから動くことができなかった。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:黒影・瑠威(闇の観測者・d23216) 御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264) 
    種類:
    公開:2016年6月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ