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少年がふと目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
「う……」
短く唸って体を起こす。夜の町を歩いていたところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶がなかった。気づいたらここにいたのだ。
広い部屋には数人の少年がいた。
そして部屋の中央に置かれたソファでは一人の美女がくつろいでいる。
端正な顔立ち。悪魔のような灰色の角。黒い翼。その外見からも分かるように彼女は淫魔だった。
「あら、目が覚めたの?」
淫魔は長い銀色の髪を手で弄びながら、立ち上がって少年のそばまでやってきた。そして少年の顎をそっと掴んで持ち上げ、自分のほうに顔を向けさせる。
「あなたは今日からここで暮らすのよ」
事態が飲み込めずにいる少年に、淫魔は暗い笑みを向ける。
「心配しなくていいわ。生活に必要なものは全て私が用意してあげる。悪くない提案でしょ?」
そう囁くと、淫魔は少年の肩に両手を回して頬にキスした。
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「サイキック・リベレイターを使用した事で、このところ大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化している」
海辺の町に灼滅者を集めたヤマトが切り出した。
「早速だがお前たちには、復活した大淫魔サイレーン配下の淫魔の灼滅を頼みたい」
その淫魔は詳しい状況を把握しておらず命令なども出されていない為、ただ本能に従って行動している。
しかし、より上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って集団を作りあげる可能性があるので、今のうちに灼滅しておく事が望ましい。
「もちろん今回の淫魔も先日復活したばかりだ。今のところ他の仲間とは連絡を取っていないようだから、この機会をみすみす逃す手はない」
淫魔は一般人の少年を何人か抱き込み、海辺の館で一緒に暮らしている。彼らを助け出すためにも淫魔を灼滅する必要がある。
「俺が導き出した予知によると、奴が使ってくる技は日本刀のサイキックに準拠している。それと奴は夜中になると定期的に町を徘徊しているようだ。おそらく好みの男を探すためだろう。お前たちは夜の町で張り込みをして標的を見つけ次第灼滅してくれ」
ヤマトは最後にこう言って灼滅者を送り出す。
「くれぐれも淫魔の外見に惑わされないようにな。それじゃ、頼んだぜ」
参加者 | |
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佐倉・彰嗣(紫桜神風・d01840) |
小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991) |
エレナ・フラメル(ウィザード・d03233) |
宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203) |
荒谷・耀(罅割れた刃・d31795) |
「このくらいの所業で魔女を名乗られちゃ、本職が黙っちゃいないわけよ。たかだか誘惑の魔法一つ使ってるくらいでね」
淫魔が出没しているという海沿いの町で、エレナ・フラメル(ウィザード・d03233)は箒にまたがり上空から辺りを見渡している。遠くの路地にちらりと仲間の背中が見えた。
灼滅者たちは事前の打ち合わせ通り、三手に別れて敵の捜索にあたっていた。今のところ淫魔の姿はないが、もし敵が現れたら即座に対応しなければならない。エレナは気を引き締めて眼下に広がる町を見下ろす。
「佐倉先輩、例の淫魔は少年が好みのようですが、私……ゴホン、ぼくでも釣れるでしょうか……」
荒谷・耀(罅割れた刃・d31795)は顔を赤らめて咳払いをする。耀は女子高生なのだが今回は淫魔を釣るために剣道少年風の格好をしていた。耀は慣れない男装に落ち着かないのか、もじもじと野球帽のつばを弄っている。
「少年好きの淫魔らしいから釣れるんじゃないか? まぁ……兄弟にでも見てもらえたら御の字かね」
佐倉・彰嗣(紫桜神風・d01840)がそう答えると、耀の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!? 良かった。では立ち振る舞いとかはどうですか? 違和感はないでしょうか」
「そうだな……少年ならもうちょっとこう、オラついた感じを出したほうがいいな」
「オラついた感じですか……こんな感じでしょうか」
耀は両手をポケットに入れてヤンキーのように肩をいからせて歩き出す。
「ぶはははっ、何だその変な歩き方」
「先輩が言ったんじゃないですか!」
「ていうか何やってんだよ俺たち! いいから敵の捜索に集中するぞ」
「……はい」
一方、路地裏では二人組の灼滅者が周囲に目を光らせていた。
「長い眠りから覚めて、何をするのかと思えば……何のことはないただの人攫いか。これ以上、厄介事になる前に仕留めさせて貰う」
小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が静かに呟いた。
「それと屋敷に囚われている少年たちも助け出さないとな」
八雲の言葉にうなずくのは、その隣を歩く宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)である。
「うんうん。中には俺より小さい子もいるかもしれませんし、早く助けないと……」
と、そこで陽坐は八雲の顔をまっすぐ見上げた。
「何だ? 俺の顔に何かついてるのか?」
「あっ、いや~……先輩たちって軒並み高身長だな~と思って。残念ながら今回のメンバーには淫魔の好みの『少年』はいないですね!」
中三の陽坐は屈託のない笑顔で言うのだった。
「……そ、そうだな」
八雲はとりあえずそう返しておいた。
それからしばらく路地裏を歩いていると、携帯電話のバイブレーションが鳴った。電話はエレナからだった。
『淫魔を見つけたわ。あなたたちの居場所もこちらから見えてるわよ。そのまま突き当りを右に曲がって直進して。そこで合流しましょう』
八雲と陽坐はすぐに走り出した。角を曲がるとちょうどエレナが上空から地上に降り立ったところだった。
「こっちよ、ついて来て」
三人は路地裏を抜けて表通りに出ると街路樹に身を隠してこっそり辺りの様子をうかがった。エレナが指差す先、百メートルほど先に淫魔の姿があった。淫魔はまだこちらには気づいていないようだ。
少し遅れて耀と彰嗣もやってきた。全員が合流したのを確認すると灼滅者たちはすぐに淫魔の後を追った。
「さぁて、お姉さん。俺たちにちょーっと付き合ってくんない?」
彰嗣が背後から声をかけると淫魔はようやく振り向いた。銀色の髪がふわりと揺れる。
「あら……あなたたち、もしかして灼滅者?」
淫魔は少し驚きつつも不気味な笑みを浮かべて刀を鞘から抜き放った。そして鞘を投げ捨て、片手で刀を掲げて構えを作る。
「たった五人で私を倒すつもり? いいわ、返り討ちにしてあげる」
「ふーん、よく見るとなかなかいい男がいるじゃない。生け捕りにして連れて帰ろうかしら」
淫魔は刀を構えたまま灼滅者たちを一人一人値踏みしている。
「仲間をアナタにあげるわけにはいかないのよ。 邪魔させて貰うわね?」
すかさずエレナが先手を取り、カオスペインを放つ。淫魔の体に原罪の紋章が浮かび上がった。
息が詰まったのか淫魔の動きが一瞬止まり、その視線がエレナのほうに向けられる。
「動きが鈍いな……まだ寝ぼけているのか?」
続いて別の方向から飛び出した八雲がトラウナックルを放った。黒い影を宿した剣が振り下ろされる。
「久当流……外式、禍津日ッ!」
淫魔は一歩も動かず正面から刀で受け止めた。金属音が鳴って火花が飛び、辺りに黒い飛沫が撒き散る。
少しの間、鍔迫り合いが続いたが淫魔は腰を沈めて力を込め、強引に刀で押し込んで八雲を後方に弾き飛ばした。細身な見た目に反して凄まじい腕力だ。
そして淫魔は刀を大きく横方向に振り抜いた。鋭い一閃から三日月のような衝撃波が発生し、前列の灼滅者に襲い掛かかった。
衝撃波は地面に着弾して炸裂し、爆風と煙が舞い上がる。
「まさかもう終わりじゃないわよね? もっと私を楽しませてちょうだい」
淫魔の甲高い声が響いた。
辺りを覆う煙がようやく薄れかけたその時、彰嗣が煙の中からデッドブラスターを放った。視界は悪いが彼にはかろうじて敵の姿が見えていたのだ。
暗い思念を宿した漆黒の弾丸が一直線に淫魔のもとへと飛来する。
相手の意表をついた完璧な一撃に見えたが、淫魔は手にした刀で黒い弾丸をこともなげに真っ二つに斬り裂いた。
「なっ……」
彰嗣は苦々しげに舌打ちを漏らす。
「ふふっ、今のは惜しかったじゃない」
淫魔は楽しげに微笑みながら、ちらりと灼滅者のほうを見やった。その視線の先にいるのは耀。
「決めたわ。まずはあなたからよ」
耀の男装が琴線に触れたのか淫魔は耀に狙いを定めたようだ。助走をつけて跳躍し、空中で刀を上段に振り上げる。
かわしきれないと判断した耀は迎撃しようとするが、その前に陽坐が立ちはだかった。
陽坐は手にした武器を掲げて刀を受け止めた。武器が壊れてしまいそうなほど重い一撃だった。
「お姉様が好む理想の少年ってどんなタイプなのでしょうね……そ、その……俺なんてどうですか?」
少しでも気を抜くと淫魔の力に押されてしまいそうだったが、陽坐は敵の注意を引くため何とか声を絞り出す。
「戦う少年は好きよ? でもその程度の力じゃ私には勝てないわ」
「少年!? それってやっぱり俺のことですか?」
傷心の陽坐へ追い討ちをかけるように淫魔は全身全霊で刀に負荷をかけた。あまりの腕力に陽坐は体勢を崩されかけ、思わず飛びすさる。そこへ淫魔が追撃をかけに行き、陽坐は肩を斬りつけられてしまった。
血飛沫が上がる中、淫魔はさらに刀を振り上げる。だがその背後から耀が迫っていた。
耀は淫魔の死角から切り込んで黒死斬を放った。容赦ない一撃がもろに淫魔の背中に叩き込まれる。
陽坐も傷を負いはしたものの、これで痛み分けとなった。灼滅者たちは一旦敵から距離を取って体勢を立て直す。
「そろそろ諦めたらどう? あなたたちじゃ私には勝てないわよ」
淫魔は刀を担ぎながら余裕ありげな笑みを浮かべている。
「あら、それはこっちのセリフよ。君のほうこそだいぶ消耗しているように見えるけど?」
エレナは挑発しつつクルセイドスラッシュを放つ。邪悪な白光をまとった強烈な斬撃が繰り出される。
淫魔は斬撃の軌道を完璧に見切って刀で受け止めた。しかしこれもエレナにとっては想定内だった。
エレナはニヤリと笑って飛び上がった。そして彼女が上に跳んだ瞬間、耀が淫魔の懐に飛び込んでクルセイドスラッシュを叩き込む。刃の部分がジグザグに変形した脇差が淫魔の右ひじから手首の辺りまでをえぐり込むように切り裂いた。
負傷した淫魔は突然顔色を変えた。先ほどまでの余裕が消え、その顔が怒りに染まっていく。
眉をひそめて歯をギリリとかみ締め、淫魔は凶悪な表情のまま脇差の刃を乱暴に掴んだ。耀は振り払おうとしたが脇差はびくともしない。淫魔の手に刃が深々と食い込んでいくが、それでも構わず握り続けている。
淫魔は握った脇差を引き寄せて耀の腹部に膝蹴りを入れ、体ごと吹き飛ばした。そして、攻撃を仕掛けようとしていた陽坐へと斬りかかる。
陽坐は武器を盾にしてかろうじて防いだが、先ほどよりもかなり重い斬撃のように感じられた。
「ううっ……凄い力です……」
肩を負傷しているため思うように力が入らない。
それでも片ひざをついて何とか耐えたが、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げていた。このまま押しつぶされてしまいそうだ。
「宮儀、踏ん張れ――!」
その時、彰嗣が陽坐の背中に向けて癒しの矢を打ち込んだ。治癒の力を秘めた矢は陽坐の傷をたちどころに癒していった。
またたく間に肩の傷が塞がり、陽坐は体の底から力が湧き上がってくるのを感じた。あらん限りの力を込めて、そのまま淫魔を力づくで弾き飛ばす。
後方に吹き飛ばされた淫魔はふと背後に気配を感じて振り返った。だが気づいた時にはもう遅かった。
「よくやった陽坐、後は任せろ」
淫魔の死角から隙をうかがっていた八雲が助走をつけて飛び上がる。空中の淫魔は飛びすさり体勢を立て直す余裕もなかった。
「久当流……襲の太刀、喰兜牙!」
八雲はすれ違いざまにティアーズリッパーを放つ。淫魔も何とか片手で刀を振って応じ、刀と刀が打ち合わされた。
一瞬鍔迫り合いになったが、繰り返し灼滅者の攻撃を刀で防いできたためか、淫魔の刀は鍔元から豪快にへし折れた。
八雲は、武器を失って完全に無防備になった淫魔を斬りつける。傷口から血飛沫が舞い上がり、淫魔の体が青白く発光し始めた。
やがて爆散し、その体は跡形もなく消え去っていった。
敵の消滅を見届けた灼滅者たちはほっと胸をなでおろす。
「人数少なかったけど、なんとかなったわね。あとは浜辺にある館の方も開放すればお仕事完了かしら」
エレナが言った。
「ああ。淫魔も片付けたことだし、とっとと行こうぜ」
彰嗣が答えると、エレナは冗談交じりに言った。
「囲われてた子達、裸にひん剥かれてたりして。それで正気に戻ったらトラウマよねぇ」
「裸!? そ、それはぼくとしてはちょっと困りますね……」
耀が少し顔を赤らめて困惑していると、
「荒谷さん、もう淫魔を倒したので少年のふりしなくて大丈夫ですよ」
陽坐が苦笑する。
「そうでした……」
灼滅者たちはその場を去り、少年たちが囚われている館へと向かった。
作者:氷室凛 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年5月26日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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