おばりよん

    作者:海乃もずく

    ●スサノオの呼びしもの
     山のふもとの過疎の村、街灯もないあぜ道の、耕作放棄地の奧のほう。
    『……おばりよん……』
     藪の中から影が揺れ、何者ともいえぬ声がする。
    『……おばりよん……おばりよぉん……』
     ――じゃらりと鳴るは、鎖の音。

    ●おばりよん
    「……と、こんな光景だそうですよ」
     ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)、曰く。
    「『おばりよん』は、新潟の説話に登場する妖怪です。薄暗い藪の中から、『おばりよん』――『負ぶさりたい』と言いながら、飛びかかってきます」
     無理矢理に背中におぶさってくる『おばりよん』は、どんどん重くなる。
     誰の背にもおぶさっていない『おばりよん』は、ぼんやりとした影で、実体はない。攻撃の命中は困難を極めるという。
     ただし、『おばりよん』は、人におぶさると姿がはっきりしてくる。
    「最寄りの相手か、『おぶさらばおぶされ』と声をかけた者におぶさってきます。おぶさっている状態なら姿が現れ、攻撃が命中しやすくなります」
     ただし、おぶさられた者は数分で押し潰され、身動きができなくなるという。別な者が同様に声をかければ、その相手に新たにおぶさる。
     うわさをつなぎ合わせた限り、『おばりよん』はプレッシャーや足止めなど、自重を生かした状態異常重視の攻撃をしてくるという。
    「おぶさり中は、おぶさった相手の頭をかじろうとするらしいです」
     説話では、金鉢を頭にかぶって対策にしたという。とはいえ、『古の畏れ』に対しては、気休め程度だろう。
    「場所はこの先のあぜ道です。曖昧な点は多いですが、あとは行ってみて、実際に確認するほうが早そうです」
     そう言って、ジンザは耕作放棄地の先を指さした。


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス七センチ・d00662)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131)
    志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    静堀・澄(魔女の卵・d21277)

    ■リプレイ

    ●おぶさりの怪
     夕闇包む村はずれ。月の明かりがぼんやりと、休耕田を照らし出す。
     ――畏れが出てくるまでの待ち時間、ひとつ怪談話でも。
    「……その後、行方不明になる幼児は、誰もいなくなったそうです」
     ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)が語り終えた頃には、日はとっぷりと暮れていた。
     どうしました、と首を傾げるジンザ。
    「……だんだん暗くなってきて、いかにも、何か出そうだよね……」
     彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131)はヘルメットをしっかりかぶり、落ち着かなそうに辺りを見回す。
    「だ、大丈夫だ、彩瑠先輩。正体は畏れのはずなんだ。いつも通りにすれば大丈夫、大丈夫……」
     志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)もびくびくと、明かりの近くへ身を寄せる。
     夜の藪は一層暗く、いかにも何かが出そうな雰囲気。古の畏れとはまた違った意味合いで、怖い。
    「いい頃合いです。行きましょう」
     にこやかにジンザが言う。
    「フム。暗いところで本を読むと、目を悪くするわよ」
     静堀・澄(魔女の卵・d21277)は、ナノナノのフムフムに声をかける。フムフムが見ていた子供向けの妖怪事典は、子泣きじじいの項目が開かれていた。
     これから戦う『おばりよん』は、子泣きじじいに似たカテゴリに入るという。
    「おばりよん、お持ち帰りしたら金になるんか! えぇな、お金持ち!」
     東当・悟(の身長はプラス七センチ・d00662)が、目を輝かせる。
    「持って帰るには重すぎますよ、多分」
     若宮・想希(希望を想う・d01722)の声音は、苦笑交じり。想希は鉄で出来た兜をかぶり直す。
    (「気休めでも、殲術道具なら違うかもしれませんし」)
     準備を整える仲間達。高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)がすっぽりとかぶるのは――金ダライ?
     悟が軽く吹き出した。
    「薙先輩ダイナミックや」
    「効果の程は不明ですが、お約束的にね」
     そう答える薙の頭上の金ダライは、ゆらゆらと何ともバランスが悪い。ジンザが楽しそうに目を細める。
    「金ダライって、ヒトの頭上に落とすものじゃないんですか?」
    「薙先輩、こっちにしとき。てんこもりあるで」
     悟は、薙に金鉢を渡す。金鉢は金鉢で、かぶるにはすわりが悪い――何しろ、本来は帽子ではないのだから――が、伝承によれば、対策になるとか何とか。
     成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)はヘルメット付きのヘッドライトを装備。いつでも点灯できるようにスイッチの位置を確認する。
    「おっしゃ、準備万端だぜ! 古の畏れがナンボのもんよ!」
    「そ、そうだな。成瀬先輩の言うとおりだ、怖がることは何もない」
     力強く宣言する圭。心もち引きつった口調で、友衛が同意した。

    ●背負うもの
     休耕田の藪の中、ごそりとうごめく、薄暗い影。
    『……おばりよん……』
     澄がさくらえを見返し、頷く。顔を上げ、さくらえは呼吸を整える。
    (「……まぁ、誘い出さなくちゃあ先に進まない。やりますかー」)
     さくらえが『その言葉』を口に――するより一瞬早く、薄暗い影が飛び出した。
    『……おばりよぉ……』
    「……っ、おぶさらばおぶされ!」
     同時、ずしん、と、背中に衝撃。重さは大人1人程度。まだ余裕。
     ひょろ長い腕が、さくらえの体に巻きつく。全身を貫く激しい痛みと共に、急速に重みが増していく。大人10人分、20人分……30人分。
    「う、わ、これ……」
     さくらえの膝がぐらつく。
     音を遮断し、人避けの殺気が放射される。数条の明かりが、実体化した影を照らし出す。
    「よし、見えてさえいればっ!」
     友衛の声音から、怯えはきれいに消えている。目の前にいるのは『古の畏れ』、今日の相手。
     眼鏡を外す想希。悟の両拳から、炎がほとばしる。
    「伝承の産物でも、その力がサイキックやったら防げるやろ」
    「さくらえさん、しっかりい!」
     声をかけながら、澄は断罪輪を振りかぶる。下から上へと、すくい上げるように投擲。
    (「さくらえさんに当たらないよう、よく狙いをつけてから……」)
     澄の攻撃を受けてなお、黒い影はますますしっかりと、さくらえの背中にしがみつく。そこへたたみかける、悟と想希のダイダロスベルト。
    「新潟で婚活とか、さすがジンザ先輩新しいな。こいつ先輩の嫁やろ」
    「あいにく、条件が折り合いませんでした。でも、僕もおぶさりたいなぁ、勝ち組な人生とかに」
     人におぶさるとか羨ましい話で、とジンザは涼しい顔。
    「俺には……婚活相手には見えませんけどね?」
     さりげなく口を挟みつつ、想希の視線はさくらえへ。
    「さくらは、まだ大丈夫ですか?」
    「まあ、一度背負うと言ったからには、なん、だけど、さ……」
     力みすぎて語尾が揺れている。時間の経過と共にどんどん重くなる、物理的な『重さ』とは違う、超常の重力。伝播するように、想希や澄にも強力な荷重がかかる。
    「ナノナノー!」
     フムフムの飛ばすハートと、霊犬シフォンの浄霊眼が、重さと痛みとを和らげる。
    「オレの喧嘩殺法で、ブチのめしてやるぜ!」
     圭の一撃がクリーンヒットし、ジンザの弾丸も黒い影へとめり込む。
     ふと、想希がさくらえに言った。
    「そういえば……さくら、運動会の時にお姫様抱っこ披露してましたけど。おんぶも上手ですね?」
    「運動会とは相手が違うし、おんぶなんぞ顔も見えな……って、想希、見てたんかー!」
     さくらえの顔が朱に染まる。どうにか気持ちを立て直し、さくらえは玻璃の小盾で自身を回復。
    「交代どきですね。どんどん背負いまわして、損害を抑えていきましょう」
    「賛成です。せっかくですから、ちょっと背負わせて頂きたいところですし」
     澄と薙が頷き合う。友衛が一歩進み出た。
    「ならば、次は私が背負う役目を担おう――『おぶさらばおぶされ』!」
     両足を踏みしめた友衛の背に、いきなり大人数十人分の重みがかかる。黒い影は、ばかりと大きな口を開き、友衛の頭めがけ……。
    「お、重……しかしこのくらいなら……ふぎゃっ!? み、耳は……!」
    「友衛さん、動くと余計危ないですよ。そのまま我慢していてくださいね」
     ジンザは数歩下がり、友衛と相対する位置から照準を合わせる。
    「こう、刀や槍や斧では背面に有効打は難しいですけど、銃ならば肩越しでも撃てるのですよね」
     狙うは味方ギリギリ。敵が頭を狙うとわかっていれば、狙いはつけやすい。
     圭が飛び出したのは、ジンザの射撃と同時。
    「『古の畏れ』だろうと何だろうと、ケンカのセンスじゃそこらの連中には絶対負けねー!」
     友衛の頭上を大きく飛び越えた圭が、エアシューズの噴射で方向を変え、黒い影めがけて蹴りを落とす。
    「こちとら、最新鋭の灼滅者様だっつーの!」

    ●重さに耐える
     薙の発する癒やしのオーラが、友衛の傷を塞いでいく。
    「友衛さん、交代しましょうか」
     薙の言葉に、友衛は少し考える。他の皆の負担を軽くするため、長く背負うつもりでいたが……。
    「そこまで粘ることもないか……では高瀬先輩、次を頼む」
    「はい、頼まれました。『おぶさらばおぶされ』でしたか」
     薙の背へと、黒い影が移動。
     友衛は後退しながら自身を回復させ、呼吸を整える。……敵は弱体化し始め、味方には余裕がある。無理をすべき局面ではないだろう。
    「何だか……背後から攻撃ってのも落ち着かないですね?」
     薙の真後ろから、水晶の矛を繰り出す想希が苦笑する。
    「気にするなって、想希。ケンカは勝ってナンボだぜ!」
     圭はマテリアルロッドをフルスイング。
    「いくぜ、振り子打法! 月までブッ飛べ!!」
     ドッカーーーーン、のかけ声と共に『古の畏れ』の内部で魔力が爆発。
     周囲を覆う重力波が薄れ、黒い影の存在感が、少しずつ失われていく。早め早めに背負う係を回し、背負う者はひたすら重さに耐え続ける。
    「これぞ肉を切らせて骨を断つ……でしょうか? ちょっと違いますかね」
     黒い影を背負った想希は気を引き締め、武器を握り直す。想希の背に居座ったおばりよんへ、悟は憤然と炎の一打を叩き込む。
    「俺の想希に何すんねんそこは俺専用や!」
    「って悟……」
    「想希君と悟君は相変わらずの仲で何よりです」
     ヴァンパイアミストで援護をしながら、楽しそうに言う薙。
    「想希さん、次、私が背負います。……さぁ来なさい、逃げも隠れもしないわよっ!」
     想希に声をかける澄の片手は、頭の金鉢をしっかりと押さえている。
    (「灼滅者としてタフなほうではないけれど、務めはきちんと果たしてみせます!」)
    「おぶさらば……」
    「澄さん、いいですよ。それ僕が代わります」
     と、澄の肩にそっと手が伸ばされ、軽く後ろへと引かれた。
    「えっ?」
     一瞬目をぱちくりさせる澄。素早くジンザは『その言葉』を口にする。のしかかる重みと、全身を襲う重量級の攻撃。
    「まったく。コレやると眼鏡がズレるから嫌なのですけれど」
     体勢を整え、ジンザは、ずれた眼鏡を元へ戻す。あえてヘルメットは外して、重みに耐える。
    「大丈夫って言ったのに。信用ないんだなあ」
     こみ上げる感情を胸のうちに抱えたまま、澄は頭を戦闘へと切りかえ、リングスラッシャーの狙いをつけ直す。
     黒い影をたらい回しにしつつ、灼滅者はどんどん攻撃を命中させていく。
    「もういけそうかな?」
     さくらえが呟いた言葉に、悟がひょいと顔をあげた。その目が好奇心にきらりと光る。
    「おぶさられたらどないなるんやろな? おーい! おぶさらばおぶされ!」
     ぎょっとするさくらえや友衛の間を、黒い影がヒュッと抜ける。悟の背に出現する黒い影。耐えがたい重み、骨も内臓も砕けよとばかりにのしかかる。
    「力勝負やったら任せろや! 全然へーきや! 背におるんは珈琲タンブラーや!!」
     催眠術ふうに悟が叫ぶ。『古の畏れ』は大口を開け、悟の脳天にかぶりつく。金鉢は本当に気休め程度らしい。首がきしむ。
    「そこは俺の席ですから」
    「想希? 俺の上で争わんといてや!」
     想希の蹴りが叩き込まれ、黒い影がにじみ、消え始めた。
    「キミの居場所はここじゃない。在るべき場所へ帰るんだ」
     さくらえの足下から影が伸び、千変万化に変化する。黒い影を絡め取り、すくい上げ――打ち砕く。
    「おやすみなさい」
    『……おばぁ……』
     粉と散った黒い影は、夜の闇へと溶け消える。

    ●帰還
    「今日のは快勝ってやつだよな! 最小限のダメージで勝てたんじゃねえか!?」
     圭は上機嫌で、外したヘルメットをくるくると回している。
     戦場からやや離れたところに、しばし休めそうな野原があった。見通しのいい斜面に立ち、友衛は周囲を見回す。
     『古の畏れ』を生み出したスサノオの痕跡なり、遭遇の機会なりは、やはり得られないようだった。
    「……エクスブレインの予知なしでは足跡すら掴めないか。難しいな」
     漂うサイキックエナジーもなくなり、超常の気配は、きれいさっぱり消えている。
    「お疲れさまでした」
    「ナノナノー」
     澄は負傷の残るジンザやさくらえにヒールをかける。フムフムがハートをふわふわ飛ばしながら、澄の後に続いている。
    「オツカレサマデシタ……?」
     さくらえはぐったり寝転がる。いろんな意味で、疲労感が半端ない。
    「珈琲入りタンブラーより重いもの持った事なかったんだけどね、ワタシ…」
     その言葉に笑みを浮かべる薙を、さくらえが恨めしげに見上げる。
    「おつかれさまでした。いえ、別にさくらえさんが重そうにしてらっしゃった様子を、眺めて楽しんだりしてませんでしたよ?」
     薙は持参のカンテラを点ける。帰りのしるべ程度の明かりが、ぼうっと優しく灯った。
    「こんな良い月夜には夜警で一杯頂きたいものですねえ、店長」
    「えっと、まだ背中に重いのとか残ってませんよね?」
     ウチの店、おばりよんは入店禁止ですよ?
     軽い口調で言って、薙の背をのぞき込むジンザ。
     そんなジンザの耳元に、澄の声が届く。
     ――さっきはありがとう。嬉しかった。
     ジンザにちらりと笑みを見せた澄は、くるりときびすを返し、回復のために圭や友衛へと向かう。
    「……さくらと肩を並べてちゃんと戦うの、久しぶりだったな」
    「廃校の悪魔の事か」
     想希の呟きに、悟が振り返る。頷く想希の脳裏に、かつての記憶が蘇る。たくさんの支えに気づいた日。あの日があるから、今の自分がある。自分の足で立って支え合いたいと思える今がある――。
    「いつ迄も昔話にしがみついとるんとちゃうで」
     想希の額を軽くつき、悟は笑顔で手を出す。
    「行こか」
    「……うん」
     繋がる手と、手。
     空には優しい夕月夜。藪に揺れる影はなく、村は静けさが残るだけ――。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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