●波止場近くのジャズバーにて
とある倉庫の地下へと続く階段の先に、小さなジャズバーがある。年代物のお洒落な佇まい、地元のジャズバンドの演奏もそうだが、若いながらも店を切り盛りしている女性バーテンダーも魅力の一つ。その街の穴場スポットとも言える場所だった。
けれど、ここ三日ほど理由なく閉めていて。バンドメンバーもバーテンダーの心配をしているものの――とくに大きな騒ぎにはなっていなかった。
理由は、バベルの鎖のせい。昼間だというのにテーブルの上にあらゆる銘柄の酒瓶を無造作に並べさせ、良質のソファーに気だるげに身を預けている淫魔のせいで、この異常が大きく伝達しないのだ。
『しっかし、麗しの大淫魔サマは何をしてんだか……』
グラスを煽りながら、回るシーリングファンを意味無く見つめ、呟く男の淫魔は、奇抜な恰好をしたバンドマンのようないでたち。
どうやら大淫魔サイレーンの配下であるらしいが、その主とも仲間とも連絡が取れず、ひとまず適当なねぐらを作り、潜伏している最中の様だ。
『目ェ覚めたはいいが、今がいつで、何がどうななっているかもあんまりわかってないのは俺だけじゃねェってことか……』
それならそれで、今の生活を楽しめばいい。幸い、この場所は自分好みでねぐらにも適している。海も近いし、何かあればすぐにサイレーンの元へと駆けつけられる。
『――それまでせいぜい養ってくれよ、年増ァ』
お酌をさせられているバーテンダーの頭を鷲掴みするなり、天板へと押しつける――そんな暴力にすら何も感じないほど、彼女は気力も意思も鈍化していた。
●波紋のシンバル
「テメーの方がクソオヤジだろうがと言ってやりたい」
ダークネスって言うだけで実年齢絶対バーテンダーのお姉さんより年取ってると仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は小さく悪態付いたあと。
「サイキック・リベレイターの使用によって、大淫魔サイレーンの配下の一体を見つけたんだ。事が大きくなる前に、灼滅をお願いしたいんだよね」
沙汰の話によると、淫魔は現在の状況を把握しておらず、サイレーンの現状がどうなっているのかもつかめていない。つまり命令なども出されていない為、単純に命令が来るまで淫魔の本能に従って行動しているようだ。
「この波止場のジャズバーをねぐらとし、バーテンダーの女性を捕えて奴隷のように扱っている。淫魔の性質もそうだけど暴力的なものも思うがまま発散させているのか、完全な籠絡とは至らず、まだまだ救う余地はあるよ。つまり、淫魔にとっては人質としての利用価値もあるという事」
だから、どうにか淫魔から彼女を引き離さなければならないのだが――。
「バベルの鎖を掻い潜る時間目掛けて突入し、淫魔・ザンダの隙をついて女性を救出するのが一つかな。普通に行けば鍵がかかっているから開かないんだけど、ブレイカーボックスにバンドメンバー用の鍵があるからそれを利用して侵入して。女性はカウンターで酒を作らされているから、ボックス席でふんぞり返っているザンダとは離れているからなんとかなりそうだよ。ただ突入時にうまくザンダの気を引かなければ撃たれる危険に晒されるかもしれないから注意。けど、店内での戦闘になるから、ザンダを灼滅しやすい利点がある。そしてもう一つ、バベルの鎖に引っ掛からないように、だれが一人だけ店を訪ねて他のメンバーは隣の倉庫の中で待機して、女性を逃がす方法。ザンダは女性を行かせて訪問者を追い払わせるはずだから、その時どうにかして女性を店内から外へ連れ出す。まだ強化一般人にされてはいないから、ESPの類は効くよ。最悪、気絶させてというのもアリかな。ただ異変を察知してザンダが追ってくるだろけど、その時には距離が稼げているから、安全に連れだすことができる。難点があるとすれば、不利を悟れば逃げられるかも……っていうところかな」
そのさい、連れ出した一人は淫魔を背にして動かなければならず、当然のようにその背を狙ってくるだろう。
隣の倉庫に待機していたメンバーはフォローが必要かもしれない。人手は必要だろう依頼であるから、レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)も同行する。
ザンダは加虐的思考。そして人質が使えないとなれば、そこに拘らない。
ザンダは自身の周囲に幾つかの波紋の様な音響装置を展開し、攻撃してくる。さながら魔力で出来たドラムパット。それらを叩いたり放ったりするらしい。それを用いてサウンドソルジャーと、バイオレンスギターとリングスラッシャーのものに酷似したサイキックを使う。
「今なら、人命の被害を出さぬうちに灼滅することができるから」
どうかお願いするよと、沙汰は頭を下げた。
参加者 | |
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夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) |
森田・依子(緋焔・d02777) |
汐崎・和泉(碧嵐・d09685) |
野乃・御伽(アクロファイア・d15646) |
黄瀬川・花月(月を模す琥珀・d17992) |
織部・霧夜(ロスト・d21820) |
興守・理利(竟の暁薙・d23317) |
片桐・巽(ルーグ・d26379) |
●
微かに聞こえるスウィング・ジャズの名曲を耳にしながら。黄瀬川・花月(月を模す琥珀・d17992)は、息を殺しながら階段を下りてゆく。
目覚めた輩は、これまた面倒臭そうな奴だというのが正直な感想だが――昔の名曲を耳にしているのは、淫魔といえど知らぬ歴史の音より、馴染み深いものに安堵を得ていたりするのだろうか。
(「ま、いつだって人と闇の『ボーダーライン』、守っていくだけだ」)
その為に自分は此処にいる。今までも、これからも、これは自分たちにしかできないことだと――花月がとある先輩の言葉に共感してから、いつもそれを胸に抱いている。
樫の扉の向こうから聞こえる、跳ねる様な旋律の中に潜む魔のバベルの鎖の隙間を見定めるかの様に。片桐・巽(ルーグ・d26379)は丁寧に細い鍵穴へと銀色の先端を運んでゆく。
それを見守ることで集中を保つ興守・理利(竟の暁薙・d23317)は、ドアノブにかけたその手が汗ばんでいるのを感じた。
(「淫魔の……リベレイターの犠牲を増やさない為にも……」)
此の道を往くならば、守るべきものは守る決意。
それは、理利の中で、無意識に抱く責任という名の重荷にも似ていたのだろうか。
ちらと視線をずらせば女性のサポート買って出てくれた錠の輝く様な瞳。
さとの刃(おと)がクソドラマーに負ける筈ねェという信頼が滲んでいるのがわかった時、理利は無意識の力みがいつの間にか消えていた事に気づいた。
突入まで一分を切りました――巽が主である織部・霧夜(ロスト・d21820)へと、そう視線を送れば。
カウントを取れ、と無表情ではあるが信頼故の端的な視線で、それを任せて。
カウントが刻まれるたびに、今回も前線を守り抜く自信と意欲に満ち、輝き深くなってゆく、汐崎・和泉(碧嵐・d09685)の、夏の碧を感じるような目。隣に添う霊犬・ハルも、突入に備えばねのように身を低くして。
扉を開け放つと同時、波のようになだれ込む。
『なんだ?』
強襲したにもかかわらず、淫魔・ザンダが浮足立つことは無かった。そもそもどういった理由で目覚めたのかも、大淫魔サイレーンからの指示も無いという、おかしな状況であるなりの警戒心はあったのだろう。
それに、こいつら灼滅者かと呟いて得物を展開している様子からみても、バベルの鎖による命中予測で、一般人ではないとすぐに気付いたらしい。
猶予などないことは、野乃・御伽(アクロファイア・d15646)自身すぐに感じ取る。王者の風を纏いながら女性へと伏せろとの指示を飛ばす霧夜の声を隠すかのような影の業炎はためかせ、フロアーへといの一番に踊り出て。
「よぉ、女王サマ探しサボって何してんだ?」
挑発的な笑みと、影より這い出る幻獣の片鱗ちらつかせ。唐突に切りだす『真実』。
『あん?』
「サイレーンが動き出したと言うのに呑気な方ですね……」
「こんなところで油売ってて良いのかねぇ?」
片眉を跳ねあげたザンダへと、畳み掛ける様に。理利は呆れたように言ってやり、和泉は何かを含むような視線と口元で煽る様に。
「ご機嫌よう、ザンダさん? 貴方と、その主……サイレーンさんに用がございまして」
そこへ、その深緑の様な瞳を向ける森田・依子(緋焔・d02777)が、丁寧な物言いで、しかも名を呼び問い掛ける。
何も知らない相手へ、これだけ決定的な単語かつ、何かを曖昧に臭わせるようなセリフを並べれば、ザンダが僅かに目を剥くのも必然。
『俺の素性知ってるとか、ストーカーかよテメーら……』
武蔵坂学園やサイキックアブソーバーの存在を知らない、目覚めたばかりのザンダにはかなり有効だったらしい。何者だこいつらという気持ちと、情報不足の苛立ちが重なり、熱風の様な勢いを伴うパッショネイトダンスの波動を前衛へと。
「――問答無用ってか」
「なり損ないとは、話をする気にもなりませんか?」
衝撃の幾つかを反らし、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)はザンダを見据えながら冷やかに。依子は短絡的扱いをされようとも、あくまでも真面目で冷静な顔付きで静かに呟く。
「大淫魔だか何だか知らねーが、手下は思ったより弱いんだな。付け加えるなら、頭の方も」
治胡は、この程度の傷クソでもねーしといわんげな、燃え盛るほどに輝く瞳を向けながら。背中より噴き出す炎は翼を成す。
「そんじゃ、起き抜けの運動といこうぜ!」
粉塵をクロスグレイブで振り払いながら、けらりと冗談めかす御伽。波動に受けた傷から噴き上がる炎の勢いそのままに、影より飛び出す獣の鋭さ。
フロアーとカウンター裏は分断されているに等しく、おかげで安全な確保ができた事は言うまでも無く。
「大丈夫か」
霧夜は痛々しい傷を見せる女性をいたわる様に声をかけた。指示には緩やかに頷くもののやはり動きが緩慢で、人手が必要そうだ。
怪力無双で抱えようとするレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)へと、錠は、
「さとたちのところへ行ってくれ。俺がついてっから」
笑い掛け、軽々と女性を抱え上げ戦線復帰促す錠の好意に、霧夜は静かに頷き。
「奥でゆっくり休むといい」
肩越しに女性へと視線送ると、颯爽と翻る霧夜の姿を、巽は見とめて。
「霧夜様」
琥珀の様な煌めきを瞬かせる、シャープな杖。乱雑な音色が響き渡るフロアーに、鎮める様な鈴の音鳴らし。
「駄犬の躾、お任せ致します」
戒めを禁ずる力を更に後衛に巡らせつつ、胸に手を当て、頭を垂れる。
「ああ、任せろ」
霧夜にこの様な品位の無い相手に興味はなくとも、放置する理由も無い。まるで氷の結晶のように蒼く、透明な、繊細ながらも絶対零度の厳しさを纏う車輪に乗って。
「好き勝手はさせん」
壁を走り、死角へと回りこむと。巽の幻想影樹に描かれる麗しき庭園の様な世界にその爪先で鋭月描き、あかを呼ぶ――。
●
『望み通り潰してやる、ドブネズミどもがァ!』
いつの間にか女性まで確保されて、後手に回ってばかりのザンダは、明らかに怒っていた。
波紋のように展開する音響装置から放たれる、切裂く様な高音の鋭さは易くない。けれど即座、和泉が無色の波動を飛散させるくらいの勢いでせき止めるなり、逆に壊れた旋律の中に混じるパーカッシブな音に合わせ、ハルと連携を繰り出すくらいの余裕と機転は持ち合わせている。
「流石ダークネスと言うか、女の子を大事にしねーのな。気に入らねぇの」
「コソコソ地下に隠れて人のモンかじり付いてるしか能のねーテメーに言われたかねー」
すれ違うハルの刃の向こうから、和泉は不敵に笑って見せながら。着地ざま更に踵を閃かせ。線を結ぶように、治胡が炎帯びる拳を振るったなら。
その連携は、煌めく尾を引く彗星の如く。軌跡が戦を描いたなら、追いかける様に刻む旋律は、イエローサルタンの花言葉。
レキの援護を受けながら、花月が放つ花弁混じる破邪の一撃にて、すぐさま相手のジャマー効果を吹き飛ばしつつ、
「どうせ原始時代から生きてて、頭の中も原始時代なんだろ。自分の胸に手当てて、何年生きたか数えてみろよ。 オ ッ サ ン ?」
かなり、悪意たっぷりに言ってやったなら。
『クソガキが、調子に乗ってんじゃねーぞ』
殺意浮かせ、ぐしゃりと音響装置の一つを握りつぶすなり、叩きつける様な投擲。
「へー、オ ッ サ ンなのは認めるんだ」
反撃食らおうとも、反論はないものだから、花月はしれっと言い放ってやった。
『その口にお似合いの汚物でもつっこんでやんなきゃ黙んねぇようだなァ?』
この物言いに霧夜も、さすがに若干眉を寄せた。目に余る程の無作法と、無抵抗な女性に対する所業、そして下品。
(「配下の不心得は上に在る者の品性が知れる――」)
思うところ山の如しだが、そこに対して、巽は顔色一切変えることはないものの、
「霧夜様、彼……殴っても宜しいでしょうか」
お任せ致しますといった手前、許しを頂く様子は控えめに。
「好きにしろ」
と、適切な場所で思うがまま行くがいいと。
マチルダと息の合った連携で死角を狙ってゆく花月の影から、更に多角的に攻めてゆくのは依子の矛先。時計草が綻ぶかのような幻想的な畏れを振るったなら。荒々しく弾け飛ぶ火花の如く連続で打ち込む御伽の杭の先端、したたかに。ザンダは鬱陶しいとばかりに、音響装置で首を跳ねんが如く殴ってくる。
「ハッ、やるな。そうこなくっちゃ面白くねぇ」
離脱する間もなく反撃を繰り出す相手のリズムの良さに、御伽はマチルダのふんわり尻尾に揺れる輝きから癒しを貰いながら、休む間もなく次なる一手。
爆音を弾き返す様に花月が解き放つ螺旋の隙間、五濁回帰の遊環、凛音響かせ色魔の煩悩砕く様に付き放たれる矛先は。汚れきった血飛沫も、祓い清めるが如く閃いた。
『ちょこまかウゼェんだよドブネズミどもが。とっととテメーらに似合いな下水に沈めや!』
理利の矛先に浮いた血を舐めながら、大人しく潰れろやと、下衆の嘲笑けたたましく。
垂直に払いあげられた波紋、理利の肩を砕く程の重低音を響かせて。
「その姿は見掛け倒しではなかったか……」
暴走する音符の羅列。
鼓膜を貫く程の旋律。
どんなに怒らせても、何かしらの音やリズムでテンポを保とうとしているのは――さすがバンドの屋台骨とも言うべき、ドラムを抱く淫魔であると。腐っても音を操る術には長けているのだと理利は思う。
咄嗟、その手に六弦寄せて。
「こんな、独り善がりな音に屈したりはしない……!」
こちらにリズム隊の音はない。
けれどそう。理利の耳には聞こえるのだ。ドラムセットなどここになくても――。
(「錠さん――貴方の音色が聞こえます――!」)
指を滑らせれば。煌めく旋律、数多の音色を奏でる星屑の様な。
そしてその残響に色を添える、巽の指先からめくられてゆく、上品に描かれた符のひとひらは麗しげな蒼。
霧夜の振るう、シャープな刃に噴き上がる紅蓮を際立たせるかのように。
『チィ!』
ダメージもたまってきているのだろう。上から目線の物言いは、性質的に決して途切れることは無いにしろ、音響装置による障壁で一部の傷口を塞ぎに動いたことからいっても間違いないはずだ。
治胡の背よりうねるベルトの先端は、弾丸のように空を劈き。その弧の上を風の様に渡る依子の車輪は、紅蓮の虹を描いて、波紋を砕く。
果敢に突撃する花月に連なる様に、血炎たなびかせ恐れなく懐へと飛び込む御伽が。
「つーかお前、マジでサイレーンに会ったことあんのかよ?」
バベルブレイカーを鼻っ面にぶち当てんくらいの勢いで繰り出しながら。御伽はちょっぴり舐めた様な口調で煽ってみる。
『しらねーダークネスの下につくお目出度い奴なんているのか?』
逆に冷めた様な目を向けるザンダ。
「だったら証拠出せ証拠。只の『自称』かよ?」
何か一つでも零せばもうけもの。であったが。
『証拠ォ? なら受け取れや!』
神じゃなくても予想できてしまう下衆な切り返しは、したたかに鳩尾狙う、オルタナティブクラッシュ。
御伽は翻り、かわす。しかし即座な返しの刃を繰り出してくるあたりは、やはりあらゆるところが腐っても目覚めし淫魔、なのだろうか。
咄嗟割り込む影は赤色。衝撃に弾け飛ぶ血飛沫。ダウンライトの店内に、獣の毛並みのように火影が揺らいだ。
気に食わねェ――声にならない声で血と一緒にそう吐き出す治胡。
敵も。
このやり方も。
かといって先延ばしにしても、アブソーバーの停止は訪れる事は否めないし、解決が見つからなければいずれ溢れかえる封印ダークネスに蹂躙されるだけだろう。その理屈は嫌という程わかるのだが、自分の選択によって起こらなかった悲劇を生みだしているのではないかという感触が拭いきれなくて――。
時が流れることは止まらない。
起こったことは止められない。
だからこそ。
「一人も殺させはしない。殺させちゃァならない――」
ただ闘志と意思だけは潰えぬ光を瞳に湛え、全身から噴き上がる炎はダメージの欠片よりも生き生きと燃え盛っている。
『ドブの分際で、調子に乗ってんじゃねー』
忌々しげな様子のザンダ。強烈な殺意と一緒に発生させる荒れ狂う暴音。
切裂くような風の中、依子は打ち終えた体勢のザンダを押さえる様に、Passifloraを付きたてるようにして迫る。
その刃は、キンと甲高い音と共に、波紋のようで、或はバズソーのような刃とかちあった。
鍔迫り合いながら依子は問う。
「貴方にとって、私達はただの敵でしょう。でも……もし、主がそうしたら――貴方の主がなり損ない達と話をする……その先に。人に、こういうことをしない未来はあると思いますか?」
『強い者同士で組むのはありえなくもねぇだろ――』
物騒な笑みを浮かべたかと思えば。
『だが夢見がちなドブネズミと組む程お気楽な思考の持ち主を、主人にした覚えはねーんだわ!』
ザンダは、武蔵坂学園が数々の勢力と渡り合い、勝利してきた事を知らない。
まさか、一部の勢力と同盟を結ぶことがあったことも知らない。
故に、未だ少数で徒党を組むのが限界の存在であるという認識しかなく、依子が思う可能性すら見ようとしない、無知ゆえの傲慢さで、別の音響装置をぶち当て吹き飛ばすなり、迷いと苦しみに濡れた、その心の臓目掛けて歪な波紋を突き立てんと。
目的を見失いったかのように思い悩み、迷う依子の様子は、ザンダから言わせれば隙だらけに見えたのだ。
依子自身、決意、或は理由が淀んだままの気持ちで、闘えるかと問われれば――己が振るう太刀筋の「軽さ」となって見えてしまうのではと予感はしていた。
どこまでも不透明な歴史という流れの中。真実は未だ見えず、天も地も、確かな事もわからなくなる様な混沌とした今。目指す方向さえ見つからぬとなれば当り前だと、言われなくてもわかっている。
だけれど――。
(「自分達以外に傷つくものは出したくない――」)
そう、依子はPassifloraに願い。
(「――全部引き受け無けりゃァ、落とし前付けられねーんだ」)
そう、治胡は不変の火に決意する。
犠牲を出したくない――その思いだけは、きっとここにいる誰もが同じで。絶対に助けるという決意は、間違いなく一つだった。
それを見抜けなかったザンダに、唯一つの淀みない決意の刃をかわせるはずもない。
「貴方は、貴方自身の頑なな思想に足元を掬われるのよ」
カウンター、零距離で押しこむ依子の日之影が。驚くほど精密に急所へと吸い込まれる。
『ギッ――』
胸のど真ん中に走るモノに、ザンダは目を剥く。しかもそれを理解する間もなく、
「テメーは俺達が倒す。無様だろうが這いつくばってでも止めてやる」
吠え猛る治胡が拳振るいあげ、幻獣の炎を解き放つ。
煉獄は弾丸のように大気を奔り、淫魔らしいその黒翼をぶち抜いた。
絶叫が響いた。
決定的に近い一打を無かったものにしようと、懸命に回復をしようとしながら、せわしく動く目はどうにか脱出を試みようとしているそれだった。
けれど、地下フロアーというこの店に逃げ道があるとしても一つだけ。 それを塞ぐ選択をしている灼滅者に隙などあるわけもない。
「逃がしません」
「行かせてやる義理はねえよ、アンタは此処で死ね」
理利の六弦が描く森羅万象。花月の操る螺旋の刃が描く、ヤグルマギクの様な歯車の残影。マチルダとハルの解き放つ魔法と刃のアーチを、流麗な足さばきで駆けゆく巽。刹那、氷晶零す流星の様に軽々と宙を翻り、鋭く腱を狙おうとする霧夜。
「構わん、やれ」
言い終わるより早く、ザンダの足元に閃く爪先。その主の好意に応えるべく、巽は体制の崩れたザンダへと、鮮やかなルビーの輝き抱く力を呼びこんで。
「因果応報といいましょう?」
天板へと叩きつける勢いで振り下ろす、赤き一撃。女性に対して行った暴力を、そっくりそのまま刻みこむ。
『このクソが――!』
屈辱的な攻撃に血まみれになりながら、怒声を漏らすザンダにかける慈悲など無いから。
御伽は先鋭を手に。和泉は炎雷を纏いながら。
「さァて、ここらで二度寝してもらうぜ?」
「子守唄も鎮魂歌も用意してねーけど。ま、余計なお世話かねー?」
二つの刃が、荒れ狂う波の様な血炎を伴いながら奔る。
『ふ、ふざけんな! ふざけんな! ふざ――!!?』
耳を押さえ、全身から割鐘のような騒音響かせながら。まるで五線譜を刻みこまれた様に、赤き鮮血の筋にその身を切り離され、ばらばらと崩れ消えゆく。
か細く煙を残している、音の残骸を見つめ、
「終わりましたね……」
安堵に息をつく理利。
「マチルダもお疲れさん」
よくがんばったぞと、花月は労う様に。
改めて思い耽る者たちへと気の利いた言葉をかけるとしたら、それは何だろうか。
未だ見えず、けれど如何様にも変えられるものが未来であるというならば。
歴史の荒波にもまれることが人生というならば。
「ま、笑えねー世の中だけどよ……」
護るために戦い、灰となるなら――己が誇りの中に果てるのもまた一興。ぽつり呟く御伽の言葉が、もしかしたらしっくりくるのかもしれない。
ひとつひとつの決意や願いは、音階のように違えども。
その願いだけはいつか、形ある未来を描いた楽譜を描けたならば――と。
作者:那珂川未来 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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