南アルプス壬生狼行~邂逅に見(まみ)ゆ

    作者:夕狩こあら

     愛知県から長野県に入った山岳地帯――南アルプスの麓で、清涼なる微風に木陰が揺れる獣道を、或る一行が影を隠して歩いていた。
    「敗走して南アルプスに逃げ込んだうずめ様……彼女が持つ刺青を狙って、依が動き出すと思うんだ」
     そう言う比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)をはじめとした、刺青羅刹『依』の動向を追う灼滅者達である。
     一行は小鳥の囀りより微かに声を交わし、
    「南アルプスに逃げ込んだうずめ様の持つ予知能力を欲して、朱雀門高校がうずめ様に接触する可能性が高い」
    「朱雀門高校には刺青羅刹の鞍馬天狗や、こういった交渉ごとが得意な本織・識音などがおり、うずめ様との接触を試みる筈だ」
     小声の会話にも、有力敵の名が次々と上がれば、身を包む緊張は否応にも高まる。
    「鞍馬天狗とうずめ様が接触するようなことがあれば、天海と外道丸の2つの刺青を持つ『依』が黙ってはいないだろう」
     2体のダークネスの邂逅を察知した『依』が動く――。
     一同の進む足は自ずと慎重になるが、それでも臆さぬのは、彼等以外にも同じ考えを持った仲間が南アルプスでの捜索活動を進めているからだ。
    「――」
     時に、連絡用の携帯端末が身を震わせる。
     仲間からの着信だ。
     
     ――南アルプスで捜索している別のチームが、スサノオ壬生狼組の精鋭を連れた、刺青羅刹の依を発見したらしい――。
    「連中の目的は、おそらく、うずめ様の刺青だろうね」
     液晶画面に目を落としたまま、柩達は語る。
    「でも、予知能力を持つうずめ様が簡単に居場所を特定されるとは思えない」
     考えられるのは、朱雀門高校の鞍馬天狗らがうずめ様に接触しようとしたのを、依が察知したという可能性――その確度は高い。
     頷き合った灼滅者達は、行動を確認する。
    「先ずは、依とスサノオ壬生狼組が向かっている場所に向かおう」
    「敵の戦力は脅威に違いないが……依の狙いは、うずめ様や鞍馬天狗を襲撃し刺青を奪う事だろうから、その戦いに乗じる事ができれば……」
     目下、南アルプスにいる灼滅者だけでも対応は可能――。
     動くべきだと擦り合わせた意思が、その足を進ませる。
     
     漸う踏み入れた処で、研ぎ澄ませた聴覚は戦闘音を捉えた。
     ここで再び携帯電話は身を揺らし、一同は伝えられた内容に息を呑む。
    「――ッ」
     依とスサノオ壬生狼組100体の勢力が、旧日本軍風の羅刹30体と、交渉にやってきていたらしい鞍馬天狗と本織・識音、護衛のクロムナイト20体に襲い掛かった――。
     戦況はスサノオ壬生狼組が優勢。
     このままの勢いなら、依はうずめ様と鞍馬天狗の刺青を手に入れることになるだろう。
    (「……どうすれば」)
     戦闘中に乱入した場合、依の勝利は防げるかもしれないが、ダークネス達が灼滅者を脅威と考えれば、彼等は一時的に同盟を組んで、灼滅者を先に攻撃してくるという状況に陥る可能性もある。
    (「躊躇っている時間はない――」)
     どのタイミングで、どのような行動をするべきか――。
     投げられた賽を前に、灼滅者の刃が、光条を差し入れた。
     


    参加者
    桃山・華織(白桃小町・d01137)
    大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)

    ■リプレイ


     音もなく、密やかに。
     陽光に輝る緑葉をそっと揺らす微風は、蓋し灼滅者であった。
    「到着が早いに越したコトぁねえ。急ぐぞ」
     迷彩色を纏って滑る影――赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は木立を縫う爽風の如く、聡い耳に僅かな戦闘音を拾って魁けていた。
     同じく斥候を務める桃山・華織(白桃小町・d01137)は逆側を警戒しつつ、
    「名のある強者が斯くも揃えば、稀に見る乱戦となろうが、怖気づいてはならぬぞ」
    「わふっ」
     鋭い嗅覚をスンと研ぎ澄ませる相棒・弁慶を撫でて言った。

     異常なし――。

     5分後に戦場への介入を図る一行が移動の速さにも増して戒心を走らせるのは、既に動いている戦況の機微を捉える為だろう。
    「アイツ等の最も嫌がるタイミングで殴り込もうぜ」
     先行するディフェンダーとハンドサインで交信しつつ、進軍の緩急を整える大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)は金瞳を漸う犀利に、
    「可能なら、うずめ様に他の再生した人達の事を聞き出したいけれど」
    「必ず追い詰める。奴の予言には種々苦労させられたが、もう一度殺してやるよ」
     久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758)は有用な情報、嚮後の糸口を手繰るべく先ずは接触を、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)は難敵を屠らんと灼眼を赫々とさせながら、草木が象る小路を駆け抜けた。
     狙うはうずめ様――予知と刺青を持つが故に潰しておきたい曲者は、依の獲物でもある。
     手元の地図にて正確な現在地を把握しつつ、最適なルートを選んでチームを案内していた紅羽・流希(挑戦者・d10975)は、
    「草那岐さんのチームが右方に居るようですねぇ……」
     別ルートより移動中の草那岐・勇介(舞台風・d02601)より位置情報を受け取り、彼のチームとの合流を目指すと、
    「介入タイミングが同じチームと、足並みを揃えられそうですね」
     耳に宛がったハンドフォンで月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)と連絡を取り合った蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)は、到着前に合流ができそうだと仲間に伝えて足を速めた。
     斯くして洞窟前に到着した灼滅者は3チーム24名。
    「3班で連携して、他班が依陣営を抑えている裡に、うずめ様の下へ一気に攻め入ろう」
     比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)達が考える策戦は、先に突入した仲間が依らを引き付ける間、混戦の最中に一点突破して標的を討ち取るというもの。
     5分後――戦局によっては前哨戦は終わり、スサノオ壬生狼組の半数が洞窟内にいる可能性もあったが、耳に拾う剣戟より未だ洞窟前で戦闘が行われている事を確認した彼女は、岩陰より華奢を覗かせ、
    「――!」
     眼前に飛び込む景に藍瞳を瞠った。


     洞窟前に辿り着いた24人の灼滅者が刮目して視る。
     彼等の眼前に広がるは、先に戦場へと踏み込んだ仲間の苦境。
    「、どういう事?」
     柩の佳声が鯨波に掻き消える。
     洞窟の外には、喊声を吼ゆスサノオ壬生狼組と、その指揮を執る依。そして灼滅者達が敵の圧倒的戦力に押されている。
    「予想外の展開だ。どう読む?」
    「……かなりの劣勢かと」
     不意に声色を落とす月吼に、瑠璃が唇を噛んで軍庭を見遣った。
    「標的を狩るにも、うずめ様の姿が見えませんねぇ……」
    「スサノオ壬生狼組が洞窟内に進入した気配もなし――」
     つまり、と流し目を合わせる流希と統弥の予想は厳しい。
     うずめ様や鞍馬天狗、本織・識音の姿が見えないとなると、彼等は恐らく洞窟内部。
     外で依の軍勢と交戦するチームは、このままの勢いでは各個撃破され、敗北は必至――。
     そう考えるのは他班も同じで、左より踏み出た無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)は、柳眉を顰めて戦場を凝視する。
    「……スサノオ壬生狼組と戦っているチームの救援に行くか?」
     灼滅者達が彼女の声を聴く一方、洞窟内からも烈しい戦闘音が耳に届き、灯の躍る様な揺らめきも見える。即ち、内部でも激戦が繰り広げられているのだ。
    「スサノオ壬生狼組の数からいって、洞窟には侵入していないようですよ。先に到着した灼滅者の一部が、洞窟内に攻め込んでいるという事でしょうか」
    「戦力を分散して、二正面作戦を行っているのか!? 無謀だぜ!」
     仙道・司(オウルバロン・d00813)の分析に、布都乃は鋭い声を割り入れた。
     3者の戦力を鑑みるに、自軍は敵同士を戦わせて漁夫の利を得るのが上策――そう考えていた彼の言に、華織も是を合わせる。
    「敵を分断して各個撃破を狙うつもりが、逆にされるとならば一大事じゃ」
     無論、仲間達も吃驚を隠せずに視線を集めていた。
     確かに無謀――。
     だが、選ばざるを得ない理由があったのかもしれない。
     ダークネス同士が共闘を図り合流しようとする、その阻止に動いた確度が高いか。或いは、洞窟に撤退して守備を固めた敵を釣り出し、乱戦に巻き込もうとしているのか――。
    「……」
     とはいえ、思案する間にも時は流れ、戦局も変わる。
     場に焦燥が奔る中、ルフィアの銀髪と柔肌を一陣の風が撫でて過ぎた。
    「あれは――」
     別チームの灼滅者達が、依の軍勢と対峙するチームの加勢に走ったのだ。
    「ふむ。ならば」
    「、だな」
     ――然れば、己が進む道は、ひとつ。
     誰からともなく互いを見合い、頷きを重ねた24人の灼滅者は、一斉に駆けだす。
     向かうは、もう一つの戦場――洞窟内部だ。

    「一体、何処で形勢が傾いたのか……」
     読み違えたか? と3班の進軍に足を合わせる統弥は、光源の揺れる薄闇に言ちるが、彼等が練った戦術は寧ろ剴切であったろう。
     惜しむらくは緒戦か――、
    「あれだけの戦闘痕です。序盤から押し返されたのかもしれません」
     混乱の最中にも瑠璃は洞察に優れ、戦域に残された爪痕より戦況を読めば、導き出される結論は月吼と同じく、
    「こりゃ負傷者を沢山運ぶことになりそうだ」
     限りなく粘る為に用意した怪力無双の使途変更も考える。
    「戦闘音が近くなってきましたねぇ……」
    「見えた。――クロムナイトが相手か」
     穏やかで間延びした流希の口調は、解放を得た冴刀【堀川国広】を手に冷酷に染まり、ルフィアは淡然を崩さぬ儘、繊麗なる両脚に【Proof of 7.D.C[code:He]】を駆って戦場に迫った。
     剣戟を散らすは、クロムナイト約20体と相対する灼滅者3チーム。
    「戦闘不能者はまだ出ていない……どうやら指揮に迷いがあるようだね」
     状況を読みきれずか、本織・識音の消極的な戦陣を捉えた柩は、兵力で上回るだけのクロムナイトらが迫るのを見て回復に支えると、仲間より現況が簡潔に伝えられる。
    「うずめと鞍馬天狗は更に奥――、本織がコイツらを率いて防衛線を張っているのか」
    「……目的を成すには、奴等を蹴散らさねばならぬとは」
     楯と踏み出た布都乃と華織は、敵群に隠れる深部に視線を遣る。
     うずめ様に辿り着くに邪魔な巨壁は、狭隘の洞窟にあって突破は難しい。寧ろ戦力を倍にした今、駆逐するのが最善か――。
     致し方なし、と決意した一同は、厚みのある黒叢に颯爽と身を躍らせた。


     洞窟内の戦闘は、他班と戦場を近くする為、剣戟と気勢は否応にも士気を高める。
     火球の如く迫る鉄塊、その射線に正対した布都乃が緋色の逆十字を刻んで邀撃すれば、続く華織が赫灼たる業火を合わせて焦熱に押し返す。両者の相棒であるサヤと弁慶は間断を許さず弾幕を張り、闇を躍るルフィアと月吼の攻撃を直前まで隠した。
    「オォオヲヲッ!」
     振り上げた巨腕に影が蝕み、激痛を叫ばせた瞬刻――歪に膨張したそれは爆音を唸らせて散る。
     烈風が波動となって戦場を駆ける中、苦渋に蠢く魁偉は瑠璃より伸びる黒影に縛られ、
    「ォ、ッ!」
     絡め取られた半身を見るか、上部に迫る殺気を見るか、逡巡に微動した邪眼に差すは二振りの冴刃。
     咄嗟に反応した猛爪を受けつつ、流希と統弥は左右の袈裟掛けに創痍を走らせ、
    「嗚オ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ッ!」
     絶叫を耳に敵躯を駆け抜けた頃には、その傷も柩とアオが紡ぐ清風と幽光に優しく塞がれて痕はない。
     そして、後衛より戦況を見極める瞳は恐ろしく静かに、聳える『障壁』を破らんと煌き、
    「オレ達も続くぞ!」
     その鬼神の如き戦いぶりに、他班も力を盛り返す。
     繁吹く血煙が頬に染み、激痛を叫ぶ狂者の声が生々しく骨肉に響く――凄惨たる戦場にあって、彼等が差し射る光は燦然と道を切り拓いていた。
    「クロムナイトよ、怯むな! 前進せよ!」
     黒叢は尚も不気味な金属音を窟内に響かせつつ、鋭い号令を背に轟然と迫るが、
    「御主達に構っている暇は無いのじゃ!」
     瘴気を吹きつつ驀進する魁偉を、除霊結界にて掣肘するは華織。
     小柄ながら巨躯と衝撃を散らして抗衡を成せば、竟ぞ後退することなくその勢を削ぎ、
    「弁慶!」
     更に相棒が魔眼を開けば、漂う毒気に蝕まれる筈の柔肌もその儘、クロムナイトの鈍色の体液を戦功に滴らせるのみ。
    「前座はここで仕留めさせて貰うぜ。全力で抗え! せめて楽しませろ!」
     不測の事態も、いやそれだからこそ、月吼の好戦的な微笑は愈々冴えて美しい。
     彼は狭隘の岩壁を猫の如く跳躍しては、重力を乗算した剛拳に敵躯を穿ち、或いは閃拳に射抜いて四肢の動きを掠め取る。
     彼に翻弄された後、苦渋を叫ぶ躯が流希の長躯に影を差せば、
    「雑魚に構ってる暇はねぇ。立塞がる奴だけ切り伏せる」
     残像も見せぬ刀身が巨塊を両断し、血飛沫の間より覗く冷徹が骸を組み敷いた。
     押し通る――と、殺意の波動を覚醒させる彼が睨むは、眼前の異形ではなかろう。
     これまでの因縁を断つべく、また天海大僧正の敵討ちと翻る切先は、うずめ様を黄泉路へと送るべく鋭さを増し、
    「見えるのは久しぶりだな、うずめ……。
     あの時ぶり……そう、今回は冗談ではなく本当に名古屋ぶりだ」
     七大決戦にて彼女と交戦したルフィアは、自ずと湧き上がる鏖殺衝動に嫣然を湛えつつ、峻烈なる黒風に巨躯を斬り裂いて退かせた。
    「くっ、……灼滅者め……!」
     攻守に優れた布陣と、鉄鎖連環の如き感情の絆。
     傍らに敵を殲滅する仲間の力も大きかろう、彼等は勢を得て波濤の如く、
    「直ぐに会えるよ……うずめ様。ボク達は必ず辿り着く」
     柩が差す活殺の光条は宛ら大海嘯。
    「キミには、ボクが『癒し』を得る為の糧となって貰うよ」
     自陣を癒し、或いは敵群を薙ぐ灼罪の光芒は、クロムナイトの怪腕を次々に手折って宙に躍らせ、漸う優勢を突きつけていく。
     但しこの攻勢も無傷で得た訳ではない。
     2人と2匹で一枚岩と相成った楯の損耗は相応に烈しく、
    「神話のうずめは岩戸開く側なんだがな。こっちは引籠る側たぁ皮肉なモンだぜ」
     引き摺り出してやる――と、悪態を吐いて闘気を弾く布都乃は、己か敵か分からぬ血量に滑る足を堪えつつ、尚も敵懐へと潜ってはしとど血汐を浴びた。
    「サヤ、頼む」
    「ニャア」
     阿吽の呼吸で翻る双翼は、声を重ねると同時にカウンターアタックの魔弾を撃ち込み、熱血なる主人とは対照的な沈着が敵の挙動を楔打つ。
     痛撃に膝折る異形の咆哮を断ったのは、瑠璃のレイザースラスト。
     相棒の翼猫アオが注ぐ光に強靭を増し、また自らも照準を絞った白刃は頭部を貫穿し、
    「敵陣の厚みが削れた処で突破できるかもしれません。あと2体倒せば……」
     その余力はある、と続けた刹那、統弥が之に応じるよう天翔けた。
    「これで、あと1体! もう少しでこの戦局は切り抜けられる」
     己が愛刀を寄生体に飲み込ませ、颯の如く駆け抜けた一撃は、胴より上下を切り離すと、音もなく着地した足元にゴトリと肉塊を転がす。
     斯くして巨壁を打ち砕けば、見えなかった景が一同の瞳に迫り、仲間の凄撃に灼滅される識音――その今際の声が洞窟内に寂寞と響いた。


     洞窟に行き渡った衝撃が招いたのは、旧日本軍風羅刹軍と、それを率いる鞍馬天狗。
    「それほど親しかった訳では無いが、仲間の仇は取らせて貰う」
    「鞍馬天狗――!」
     既に交戦態勢を整える敵勢に対し、今しがた激闘を制したばかりの灼滅者達が息を飲むのも仕方ない。
    「仇討ちに気炎を吐く連中を相手取るには些か分が悪いかの」
    「各班に2~3名の戦闘不能者が出ているとならば、まぁ、劣勢か」
     突如逆巻く旋風を巨杭の切先に往なす月吼も、自陣を見れば楯役のサーヴァント2体を既に消失し、聖風に守壁を作る華織とて、朱に染まりきった片腕はブラリと下がった儘――限界は近付いていた。
     血の海に膝折った布都乃は、端整を歪めつつこの戦況を読み、
    「本織を灼滅された鞍馬天狗が報復に出るというなら、ここで俺達が撤退すれば、奴は怒りを足に洞窟外まで追ってくるだろう」
     ――連中を巧く引き付け、外に居るスサノオ壬生狼組の軍勢に突き合わせれば、鞍馬天狗、そして、その奥にいるうずめ様を討ち取るチャンスがある筈――!
    「その策戦、皆に伝えます」
     未だ光を失わぬ灰色の眸を見た瑠璃は、静かに頷いて各班に伝令した。

     ――鞍馬天狗勢を外に居るスサノオ壬生狼組と戦わせるべく、
     敵との戦闘を避けて距離を取りながら、洞窟から撤退を――。

     元より洞窟内の敵を外へ釣り出す為に突入した彼等である。その意する所を酌んだ6チームは伝令を受けて撤退を始め、
    「巧く両軍を引き付けて、混戦の隙を見て――刺すよ」
     それ迄に立て直そうと言うのか、柩はアオと共に皆を癒して陣を整え、頓て溢れる自然光に敵勢を炙り出した。
     然し――。
     洞窟より出た彼等が見た光景は余りに殺伐。
    「スサノオ壬生狼組が……撤退している……!」
     誰ともなく挙がった声が、全員の眸を引き付ける。
     異形の咆哮はそこになく、洞窟前に取り残された仲間達は酷く負傷して膝を付き、
    「……幾人か闇堕ちして、彼等も戦場を離れたか」
     人数が足りないのは、そういう事だろうと抜身を降ろす――流希の挙動が今の事態をよく表していた。
     この状況で鞍馬天狗とうずめ様を相手取るのは――不可能。
     蒼き異形と化した拳を強く握り締めた統弥は、直ぐさま負傷者に駆け寄って肩を担ぎ、
    「今、すべきは……仲間を守りながら撤退する事……!」
     己を犠牲にしてでも皆を守りたいと、その炯眼にも優しさを隠せぬ彼は、背に追撃の風刃を受けつつ後退する。
    「最低限の戦果は上げた。傷口は広げない方が賢明だろう」
     暴風に距離を取って殿を駆るルフィアは、そう冷静を口にするものの、灼滅者として胸奥が疼くのは至極当然。
    「……神々の理を崩せなかったか」
    「未だ永らえるとは、つくづく悪運の強い奴……!」
     うずめ様を討ち取ると決めた彼等は、その想いの強さに比例して悔しさも一入。
     己が身を楯に戦場より撤退した灼滅者達は、抜けるような蒼穹を仰ぎながら、南アルプスの樹木の陰に影を消していったのだった――。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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