南アルプス壬生狼行~その一刻を

    作者:来野

     前を仰ぎ見ると、灰褐色の岩肌に青葉の緑色が滲んでいる。山間を行く灼滅者たちは、それぞれに足を止めた。
    「うずめ様が逃げ込んだというのは、この辺り?」
     持参した地図が示すのは、愛知県から長野県に入った辺りの山岳地帯。南アルプスの麓である。
    「そのはずだ。朱雀門高校がうずめ様に接触を図る可能性が高い。急ぐぞ」
     レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)の言葉を受けて、同道する他の灼滅者が呟く。
    「あー、うずめ様の予知能力なあ。ちっと厄介だよな」
    「だからダークネスも欲しがるのだろう。朱雀門には刺青羅刹の鞍馬天狗や交渉の得意な本織・識音がいるしな」
    「知ってる。その辺りが接触をしたら、動くのは刺青羅刹の依だな」
    「天海と外道丸、二つの刺青を持っているんだものね。見過ごさないと思う」
     レイが地図から目を上げ、周囲を見渡した。
     それなりの範囲となるために姿は確認できないが、考えを同じくする灼滅者たちは彼らだけではない。他にも南アルプスの探索を行う者たちがいる。
     その証拠に――
    「あ……。着信」
     連絡用の携帯電話が、小さな光を明滅させた。液晶へと指先を触れさせる。
    「依、発見。やったわね。え、スサノオ壬生狼組の精鋭を連れている? ええ、目的はうずめ様の刺青でしょうね」
     読みは正しかったらしい。皆が顔を見合わせる中、別の一人が自分の携帯電話でメモを取り始める。
     しかし、予知能力を持つダークネスがそう簡単に居場所を特定されるだろうか。
     胸に兆す疑問は回線の向こうの仲間も同じらしい。
    「うずめ様に接触しようとした側を、依が察知した可能性が高いのね? 確かに、朱雀門高校の鞍馬天狗などが相手ならばそれも可能だわ」
     大きく頷き電話を切った仲間が、皆へと眼差しを上げる。
    「敵の戦力は脅威的ね。でも、依の目的はうずめ様や鞍馬天狗を襲撃して刺青を奪う事でしょう」
    「十中八九な」
    「その争いに乗じることが出来れば、今、南アルプスにいる灼滅者だけでも対処できるのじゃないかな。まずは、依とスサノオ壬生狼組が向かっている場所に向かおう」
     異を唱える者は無かった。足が急く。
     
     問題の場所へと向かうと、風がざわりと騒いだ。激しい戦乱の物音が運ばれて来る。
     また液晶が光る。ふわりと音もなく。回線を繋いだ仲間が先のメモへと新たな情報を書き足す。
     交渉に訪れた鞍馬天狗と本織・識音が連れているのは、旧日本軍風の羅刹30体と護衛のクロムナイト20体。一方、これに襲い掛かったのは依とスサノオ壬生狼組100体の勢力。戦況はスサノオ壬生狼組が優勢。
    「このままいけば、依はうずめ様と鞍馬天狗の刺青を手に入れることになりそうよ」
    「乱入する?」
    「そうすりゃ依の勝利は妨げられるかもしれねえな。けど」
    「ダークネス達が私達灼滅者を脅威だと考えれば、一時的にでも手を組む可能性もある」
    「そうしたら、こちらが先に攻撃を受けそうね」
    「どうしよう」
     一人一人が目を見交わした。
     風が向きを変えるように、陽が天で傾くように、戦況は刻一刻と変る。
    「考えるしかない」
     さっと靡く足元の草が、深く頷いているかのように見えた。


    参加者
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    雛護・美鶴(風の吹くまま・d20700)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ

    ●予兆
     芽吹きの季節を迎え、南アルプスの麓は豊かな緑で溢れている。眺めている分には美しい新緑は、しかし、灼滅者たちの侵攻の妨げにしかならない。
     木漏れ日の下で森田・供助(月桂杖・d03292)が地図を睨む。効率の良い侵入ルートはどこか。
    「ここからだと速そうだ」
     供助が地図の上でトンと指先を動かすのを見て、九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)が覗き込んだ。
    「行きましょうか。二人がかりならば後から来る方たちも動きやすいでしょう」
    「ああ、切り拓くぜ」
     二人の前で梢が騒ぐ。隠された森の小路の威力が灼滅者たちの前に進路を作り始めた。
    「方角は……」
     地図に視線を落とすと現在地を表す点が静かに明滅する。巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)のスーパーGPSの力だ。
    「こちらだろう」
     しっかりと指し示された方角には枝葉が影を落としているが、一瞬後には真っ直ぐな明かりが投げかけられた。土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)が、手にしたライトを揺らして皆を見る。
    「急ぎましょう」
     身を揉み騒ぐ梢の下、灼滅者たちは進む。目指すのはダークネスたちが争う洞窟。
     その最中もレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)は他班との連絡を途切れさせない。他も皆、それぞれの戦いに集中していると思えたが、ふと耳元をかすめたのは通信とは別の生々しい響きだった。
     打ち合う刃の音。地を揺るがす爆音。それらは聞きなれた争いの響きだ。目標地点は遠くない。音は風に運ばれて来ている。
    「これは、洞窟の外か。まだ戦いが続いているようだな」
     急いで確認する他ないだろう。伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が行く先を見据えて首を捻る。
    「移動にどれくらいかかった?」
     皆無が木製の懐中時計を掲げた時、一気に目の前がひらけた。雛護・美鶴(風の吹くまま・d20700)が紫の瞳を大きく瞠る。
    「え」
     ぽっかりと黒い穴を見せているのは洞窟の入り口。その前には十数名の灼滅者たちがいた。依と彼女の率いるスサノオ壬生狼組に取り囲まれ、目の前に迫る敗北に決死のさまで抗う灼滅者たちが。
     自分たちの移動時間は予定の通り。しかし、うずめ様や鞍馬天狗の姿はなく、壬生狼組に至っては全軍が洞窟の外にいるようだ。
     それを素早く見て取って、ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)が声を落とす。
    「まずいことになっているようだ」
     どうする。
     八人が顔を見合わせる。悩んでいる暇はあるのか。
     ない。
    「私は私に出来る事をするだけ」
     美鶴が巨腕の影を落としながら地を蹴る。
    「どんな結果でも後悔なんてしない。しちゃいけない」
     その一言に否を言う者はない。八つの影が包囲された灼滅者たちの元へと駆ける。

    ●道程
     彼らを出迎えたものは、ぶんっ、という重たい太刀風だった。
     囲まれている班の許に向かおうにも、浅葱羽織を身に付けた狼たちがそれを阻みに来る。
    「そこを退け」
     蓮太郎がWOKシールドの輝きを広げる。それを浴びて駆け込む仲間の護りは固い。行かなければならないのだ。先陣を切って踏み出す。
    「護りから崩す」
     冬崖がロケットハンマー・Beelzebubを振りかぶる。前に出てきた白狼を屠るべく蝿の王の噴射を逆巻かせ、重たい一撃を叩き落した。ヴンッという羽鳴りを浴びて、敵の刃が甲高い悲鳴を上げて折れる。
    「グァッ!」
     一体が後ろへと退ると、別の一体が脇をすり抜け出て来ようとする。その胸に襲い掛かるのは供助のダイダロスベルト。
     賽は投げられたのだ――
    (「いま何もしなきゃ、学園は朱雀門の会長が言うよな此方に同意しねえ勢力は壊滅させる勢力、だ」)
     虚空を走る帯の先が浅葱羽織りを赤く染めた。ズッ、という貫通の手応えが返って来る。
    「違うだろうよ」
     供助は前方を見つめる。そこでは敵に囲まれてなお仲間たちが抗い続けていた。
    (「護りたくて始めたんなら、今、道を探すよ」)
     更に一歩前へと踏み出す。襲い来る白狼の刃は鋭い。それを跳ね返す勢いで突き込まれるのは美鶴の鬼神変。
     ゴッという一撃にスサノオの鉢金が軋み、蜘蛛の巣のような亀裂を走らせて弾け跳んだ。
    (「幹部に首魁級まで、一度に4人も……」)
     あの黒い洞。これから殴り込もうという先には恐るべき敵がいる。美鶴は飛んできた欠片を拳で払い除ける。
    「でも、ここまで来たらやるしか……!」
     まずはこの立ちふさがるスサノオたちを退けて。
     しかし、目を血走らせて襲い掛かってくる白狼たちは、迷い無く切っ先を突き込んで来る。
    「……!」
     巨腕で一体を葬った皆無の視界に、想定外の向きから白刃が迫った。そこに割り込む冬崖と、仰け反る狼へと襲い掛かるヘイズの紅蓮のオーラ。
    「立ち塞がる敵を全て喰らえ、禍月!」
    「クッ……ア」
     雷華禍月の一閃はスサノオの生気を奪い、その膝をへたらせる。ひるがえる緋の軌跡が血煙をも払い除けた。
     仲間を逃して腕を傷つけた冬崖には、筆一が癒しの矢を放つ。弦を高鳴らせ、刻まれた痛みが薄れていくのを見守る。
     が、その耳元に嫌な気配があった。ぜぇ、と掠れた獣じみた息遣い。全身血塗れの白狼が決死で斬り込んで来るのが眼鏡の隅に窺えた。
     落ちて来る。そのはずの切っ先が輝ける放射体に触れて逆に跳ね上がる。胸に直撃を受けたスサノオは真後ろへと吹っ飛んだ。
     オーラキャノンを放った手をレイが真っ直ぐに上げる。指差す先に進路が出来ていた。
    「行こう」
     塵芥と化していく浅葱羽織を踏み越えて、灼滅者たちは惨劇のさなかへと踏み込む。
    「支えます、任せてください」
     筆一の声が凛と響いた。
     まだ、終るわけにはいかない。

    ●窮地
     辿り着いてみると仲間の多くが倒れていたが、怒号や苦鳴の間を縫って他班の牧瀬・麻耶の気怠い声が聞こえてきた。
    「鬱陶しいタイミングで邪魔しに来る。いつもの事ッスよ」
     そしてその向こうに垣間見えたのは、宮代・庵の白い髪。
    「ここから先は行かせませんよ。うずめ様を助けるつもりはありませんが、貴方がたはそれ以上に危険な存在です。覚悟してください」
     駆け付けたのは自分たちだけではないらしい。庵たちは別方向から合流を果たした班だ。心強い。
    「うずめ様も気にはなるけど、まずはこっちを何とかしなきゃな」
     ここまで包囲を耐えて来た東雲・悠の声だった。
     聞き付けて冬崖が前へと出る。相手がどうであれうずめ様を追い続けてきたという内心があった。それがあるだけで強くなれるというのなら、頭痛の酷さと共に広がる自身の刺青も同じであれば良いのに。それら全てを胸の内へと飲んで、今、為すべきことは仲間の身を守ることだった。
     左右を固めるのは供助と蓮太郎。阻むという意味でも癒すという意味でも護りに着く。ここに辿り着くまでに出た被害の大きさは一瞥して分かったが、ゆえに手を休ませる暇はなかった。
     しかし、敵も黙って見ているわけがない。美鶴、皆無、ヘイズが各々のキリングツールを構える。背後に筆一が控え、斬り込もうとしたその時。
     それまで壬生狼組を暴れさせていた依が、静かに唇を動かした。
    「まずは、倒れている敵を狙って止めを刺しなさい。仲間を殺されれば灼滅者は動揺する。そこを狙って全滅させます」
     ものの一瞬、全てが動きを止める。癇に障るほど落ち着いたその声を反芻し、そして、全身を巡る血の熱さに従った。
     倒れた仲間たちの元へとスサノオが駆け込んで来る。
     その動きを阻もうと縛霊撃を放つのは、蓮太郎。
    「お前と直接会うのは初めてだが、それでも言いたいことはある」
     投げかける声は撃ち合う音にかき消され、どれだけ傷を負おうとも狼たちは止まらない。
    「それはお前自身の望みか? 依としてじゃなく中で抗うお前がいるなら耳をすませ聞いてくれ」
     振り下ろされる切っ先を自らの刀・一颯で受け止め、供助は他班の仲間を庇おうと倒れ込む。群青の飾り紐がひるがえり、キンと響く刃の音は無銘でありながら濁りがない。全身を強打しつつも声を上げる彼の喉笛へと狼が無情の牙を剥く。
    「グゥオッ!」
     黄色く濁った牙は、だが、美鶴の槍が跳ね除けた。倒すことを一途に求めた動きに無駄はない。その柄の下をくぐり抜けようという一体には、皆無の金剛錫杖・三昧耶形がフォースブレイクを炸裂させる。
    「いい加減戻っていただかないと、加賀さんの友人の天原さんが落ち込んだままでしてね」
     ここを越えられなければ、皆無が目的とするうずめ様にも辿り着けない。
     喉の奥から声を振り絞った。あらん限りの力で阻もうとした。
     それでも落とされる斬戟は、ヘイズが雷華禍月の刃で受け止める。
    「いくら来ようが、片っ端から叩き斬るだけなんだよっ!」
     ギチッ。歯噛みにも似た音を立てて刃同士が噛み合う。しかし、その横を抜けようとする一体がいた。
    「まずい!」
     ここまで抗ったというのに、振り上げられた刃は倒れた仲間の胸板を狙っている。間に合わない。
     殺される。
    「君の……」
     駆け込むレイの声が、ふっと途切れた。
    「帰りを待っている人がい、るの、で……しょう?」
     何かがおかしい。口調が変っていく。
    「帰ることができる内に、早く帰った方が良いですよ」
     固い音を立てて刃を弾き返すのは、彼の大鎌。ひるがえった前髪が目許に落ちる。薄く動く唇は、もはや普段の親しげな声音を発さない。
    「戻れなくなる前に」
     ザンッという強烈な一閃が、寸でのところでスサノオの首を刈り飛ばした。太い血の帯が飛ぶ。
     これはもう、灼滅者の力ではない。
     ――闇堕ち。
    「レイ!」
     誰が叫んだのか、彼の名。それを受け止めるものは仲間を守ろうとしたシャドウの耳だった。
     クラブのスートが浮き上がる。

    ●決断
     倒れた者を葬るはずのスサノオたちは、その行く手を阻む闇堕ち灼滅者へと貪りついた。
    「グァッ、ウゥッッ!!」
     真っ赤な霧が大気を染め、肉に埋まる牙の音と刃の太刀風が全ての耳を圧する。シャドウであるレイは大鎌の柄でそれらを押し返す。
    「取り巻きは俺が……っ」
     何とか一体を引き離したヘイズの胸板も、一閃、鮮血に染まった。バリリッという不気味な音が響く。
    「刺青など捨て、いい加減に……っ、目を覚ませ!」
     仲間の身を守ろうと分けた蓮太郎の盾に深い傷の走る音だ。敵の刃が護りを引き裂き迫ってくる。
     それを弾き返すのは、皆無と美鶴の鬼神変。ワンッと風を鳴かせるが。
    「きり、が……っ、な」
     戦力差が大きい上に、依は癒しの風を持つ。怖気ず迫る狼の牙の下を掻い潜り、冬崖がヘイズを担ぎ出した。
    「後戻りできねぇってことはさ、生きてる限りねぇんだから」
     待ち受けた筆一が、刻まれた深い傷を癒し始める。
    「……貴方のお帰りを待っている方は、大勢いらっしゃいますよ」
     彼らの声は依の耳に届いたとしても、そこで弾き返される。灼滅者である加賀・琴に届かない。
     彼女が返してくるものといえば、傷付いた者を逃すまいとする不気味な土蜘蛛之糸だった。
     そして、粘り絡みつくその失望は次第に絶望へと姿を変えようとしていた。
     仲間の前に立ちはだかったレイの全身で、オーラの輝きが鈍り始めている。
    「……っぅ」
     腕にも脇にも太腿にも深い傷を縦横に刻まれ、それでも灼滅者の護りであろうとする彼は両脚を踏み締めたままぐらり、と顎を上げた。
     あまりにも敵の数が多いのだ。
     虚空にたなびく血の軌跡は、まるで赤黒い虹だった。
     それを見た依が静かに一歩を踏み出した。彼女の掲げる片腕は異形の稜線を持つ。
     豪奢な袖をひるがえし、羅刹の女は巨腕を振り上げた。白狼たちへと掲げて見せる顎先は、まるで退けとばかり。
    「止めとは、こう刺すのですよ」
     拳を固めた手の甲が、闇堕ちしたレイの額へと黒い影を落とす。しかし彼の喉から溢れるものは、ただ掠れた息遣いのみ。
     頼みの綱の膝が落ちようとする。何もかもが崩れ落ちていく。
     冬崖が地を蹴った。
    「まだ……っ!」
     その声を聞き、片手を掲げたのは筆一。レンズの内で瞳を瞠り、握ったペンを虚空へと走らせる。
    「支え切れないのなら」
     さ、と走った水茎は、墨の黒ならぬ血の紅蓮。今の今まで仲間の傷を癒していたはずの指先で大気を毛羽立ち震えさせる。
     そこに、どこか気弱そうだった少年の面差しはない。
    「こうします!」
     闇に堕ちた。そこにいるのは、今や『筆一だった者』だ。
     その時、止めに及ぼうとしていた依の巨腕が急に失速する。
    「お主の存在は厄介だ。何としてもここで討ち取る!」
     御伽・百々。他班で闇堕ちした仲間が急所を狙い麻痺の一撃を入れていた。
    「く……っ」
     思惑を外された依は傷の痛みに身を強張らせながらも、それに抗って何とか腕を振り抜いた。切り刻まれて宙に舞うのはレイの髪と冬崖の鮮血。
     全身の重みをかけてレイを突き飛ばした冬崖が赤い刺青ごと胸板を引き裂かれて吹っ飛び、地で二転、三転しながらも仲間を庇い通す。間に合った。
    「厄介とはどちらのことですか」
     依は逆の手で肩を掴み長い髪を散り乱して、まだ傷付いた腕を持ち上げる。止めを諦めていないのだ。
    「させぬよ」
     百々に続いてその身を闇に投じた他班の黒影・瑠威の声。そちらを振り向いた依の赤い瞳が、さっと凍えて瞬きを失った。開きかけの唇もただ戦慄くのみ。フリージングデスの冷気をまともに浴びて氷像であるかのように立ち尽くす。
     筆一がペンを握った手を振り降ろした。走る一閃。
     真っ直ぐに突き込む一撃は血と闇の色を吸って虚空を引き裂き依へと迫る。
    「僕達は、貴方を止めます、ここで!」
     長く鋭い衝撃が羅刹の女の胸を貫いた。瞠ったままの赤い瞳が、一度、かちりと瞬く。
    「よもや、ここまで……天海さま、どうやらあなたの方が正しかったようで……」
     揺らめきながら依が両手を掲げる先は天。指先は何もつかめない。その腕にあった二つの刺青が力を失い、消滅する。
     刺青を追うかのようにして、息絶えた依もまた静かに消えていった。
     依、灼滅。
     光に目を細めた蓮太郎が周囲を見回す。
    「スサノオたちが」
    「引いていきますね」
     皆無が得物を降ろす。
     引き潮のように去る白狼たちを見送って、灼滅者たちは佇んだ。息は荒れ、風は血なまぐさい。
     敵を退けたという実感すら、今はまだ遠い。
     大きな犠牲の成果は、微かな残光として彼らの元へと降り注いでいた。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:レイ・アステネス(虚実・d03162) 土屋・筆一(つくしんぼう・d35020) 
    種類:
    公開:2016年6月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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