人魚姫と小さな王子様

    作者:篁みゆ

    ●人魚姫と慕われて
     東北地方にある小さな海辺の町で、セツカは今、安定した生活をえることができていた。
    「にんぎょひめさま、もうあしはいたくない? のどもへいき?」
     この家に一つだけの三人がけのソファの真ん中に座ったセツカの前に立つのは、5歳の男の子。名はすぐる……優流だったきがする。海辺で状況もわからず仲間との連絡も取れずに座り込んでいたセツカは、この少年に救われたようなものだった。何故か優流はセツカを陸に上がった人魚姫だと思い込み、父親に助けるように頼み込んだのだ。
     あとは簡単。優流の父親を籠絡して母親のいないこの家を根城にし、町の男どもを次々と手にかけてハーレムをつくり上げるまでそう時間はかからなかった。今、ソファの両端や彼女の足元には、そうして虜にした男たちが跪いている。
    「ねぇあなた、なんで私が人魚姫だってわかったの?」
     幼子の思い込みに付き合ってやるのも悪くはない。セツカは自分を人魚姫として男たちにも扱わせていた。
    「だって、ママが読んでくれたご本の人魚姫にそっくりだもん!」
     そう告げて優流が差し出したのは、くたびれるほどに読み込まれた人魚姫の絵本。彼の父いわく、その本は優流の母親の宝物で、生前彼女がよく優流に読み聞かせていたらしい。確かに描かれている金髪で青い目の人魚姫は、セツカの容姿に似ていた。
    「こえがもどったなら、いつでもおうじさまにすきっていえるね!」
    「そうね……」
     無邪気に笑う優流はセツカを人魚姫だと信じて疑わない。町の男たちは殆ど籠絡したので、セツカの意のままだ。このままここを出て行くつもりは今のところない。
    「優流が私の王子様かもしれないわね」
     そう徒に告げて、セツカは妖艶に微笑んだ。
     

    「よく来てくれたね。サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化しているのは知っているよね?」
     神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は集まった灼滅者たちを前に、続ける。
    「皆には、復活した大淫魔サイレーン配下の淫魔の灼滅をお願いしたいんだ」
     復活した淫魔達は状況を把握しておらず命令なども出されていない為、淫魔の本能に従って行動している。しかしより上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って軍団を作り上げる可能性があるので、今のうちに灼滅できるだけ灼滅しておく事が重要になるだろう。
    「どこへ行けばいいのですか?」
     向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)が問う。瀞真は和綴じのノートのページを繰った。
    「東北地方にある小さな海辺の町に、その淫魔セツカはいる。優流という5歳の男の子に人魚姫だと勘違いされたのを否定せず、彼の父を筆頭に町の男たちを虜にして、ハーレムを作り上げているよ」
     優流は勘違いから元々好意的なので籠絡はされていないが、セツカを人魚姫だと信じて疑っていない。
    「男たちがセツカに夢中になってしまったことを、もちろん町の女性たちは知っているし、憂えている。中には旦那や息子の人が変わってしまったと、セツカに悪意を向ける者もいるくらいだ。そんな彼女たちがある夜、セツカを襲おうとする」
     武器になりそうなものを手に、優流の家に入り込んでセツカを闇討ちするつもりだ。だが、セツカのそばには男たちがいて、彼女を守ろうとすることは想像に難くない。
    「強行に及ぼうとする女性たちは10人ほど。君たちには彼女たちの強行を止めた上で、セツカを灼滅してもらいたいんだ」
     女性たちは優流の家の向かいの空き地に一度集まる。そして皆の決意を確認してから優流の家へと突入する。気が立っているので、簡単な説得では引かないかもしれない。
    「だが、もし女性たちが優流君の家へと押し入った後のほうが都合がいいならば、そちらのタイミングを狙っても構わないよ。それでもバベルの鎖には引っかからない」
     ただ、一般人に怪我人が――運が悪ければ死人が出る可能性が高い。
    「時刻は深夜。セツカは優流君の母親の位牌や写真の飾ってある仏間で、母親の使っていた布団を使って眠っている。狭い家だから、他に部屋がなかったんだろう。優流君は両親と使っていた寝室で眠っているが、物音や声で起きだす可能性は高いよ」
     仏間に入る襖の前には、優流の父が門番の様に座り込んでいる。異変を感じればセツカを起こすだろう。
    「家の中にいる数人の他の男達は、戦闘になれば逃げ出すだろう。セツカが灼滅されれば正気に戻るだろうね。でも……優流君のお父上だけは違う。セツカとともに戦いに参戦するだろう」
    「お父様は……倒せば正気に返るのですよね?」
     恐る恐る問うユリアに、瀞真は目を伏せた。それが、答え。ユリアの顔色が青白くなる。
    「優流君のことを考えると、心苦しいかもしれない。けれども、君たちはやらねばならない」
     強く告げる瀞真。だが続いた言葉は。
    「……頼むよ、君たちにしかできない」
     弱々しいものだった。


    参加者
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)
    二荒・六口(ノクス・d30015)
    ペーター・クライン(高校生殺人鬼・d36594)
    森中・湖(頑張りたいお年頃・d36816)
     

    ■リプレイ

    ●夜の静寂は
     小さな町が迎えるのは静かな夜のはずだった。とある家の向かいの空き地に、物騒なものを携えた女性たちが集まったりしなければ。
    「失礼、こんな夜中にこんな所で何を? 少しお話を聞かせて頂けますか?」
     プラチナチケットを発動させて集まった女性たちに近づいたのは文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)だ。突然、しかもこんな時間に集まっているところを見知らぬ人に声をかけられた彼女たちは驚き、そして手にしていた凶器を咄嗟に隠す。それは自分たちがこれから行おうとしていることが、決して良い手段ではないとわかっている証拠。だが彼女たちはその手段を選ばざるをえないほど追い詰められている。
    「あなた達は……なんですか?」
     一人の婦人がおずおずと問うた。直哉の後ろには、三つ揃いのスーツをラフに着こなした物部・暦生(迷宮ビルの主・d26160)と武装をしていないエルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)が立っている。加えて最初に発した直哉の口調はまるで職務質問だ――彼女たちは彼らを警察関係者だと、そうでなくとも自分たちの行動を抑制する、あるいは非難する存在であると思い込んでくれたようで。
    「我々は向かいの家に滞在している女性に用がありまして」
    「あの女っ……あの女が悪いのよ!」
    「そうよ! 町の男たちをたぶらかしてっ……」
     セツカの事を口に出せば、女達から次々と不満の声が上がる。彼女たちに声を落とすよう、エルメンガルトは動作で示した。
    「その女は手配中の詐欺師で、逮捕の為に我々警察も動いています。今騒げば警戒され取り逃がしてしまう」
    「詐欺師! やっぱり……」
     直哉の説明に、女性たちがざわめく。
    「ここはオレたちに任せて欲しい。それにセツカは悪い女だから、騙された男たちも被害者であることをわかってほしいんだ。すぐには難しいかもしれないが、家族が戻ってきたら、受け入れてやってほしい」
    「警察の方がそうおっしゃるなら……」
     女性たちが視線を交わし合い、しぶしぶと頷く。彼女たちにとってはセツカがいなくなり普通の生活が戻ってくればそれ以上望むことはないのだ。
    「憤りはすぐに静まらぬとは思いますが、ここは警察に任せて、静かにご帰宅ください」
     告げる直哉の後ろで、腕組みをして彼女たちを見つめていた暦生が初めて口を開く。
    「あの女にはちと、落とし前つけてもらうつもりだよ。巻き込まれただけの連中は、帰してやるから安心しな」
     続ける言葉はいたずらっぽく。
    「ま、帰ってきたら……煮るなり焼くなりお好きに?」
    「暦生!」
     折角フォローしたのに、そんな意を込めてエルメンガルトが声を上げる。そのやり取りが彼らの『同じ事件を担当している警察のチーム』としての関係性に信憑性を与えたようで、そして彼女たちの怒りを、この場に集った時よりも和らげることになったようだった。
    「一発ひっぱたくくらいいいわよね」
    「お小遣いカットよ」
     穏やかな『お仕置き』に花を咲かせながら、彼女たちは空き地を後にしていく。
    「どうぞ宜しくお願いします」
     最後に残って三人に頭を下げた中年の婦人に、エルメンガルトは声をかけた。
    「あの家のご主人も騙されていたと知ったら、子どもの世話をする余裕がなくなるかもしれない。その時は様子を見てもらえないだろうか?」
    「優流ちゃんね。わかりました、注意しておきますね」
    「ご協力感謝します」
     直哉が告げ、最後の一人の後ろ姿を見送る。
     これで、残るは家の中だけだ。

    ●淫魔の棲家
    (「理由はどうあれ、片親がいないなんていうのはよくある話だが、今回は流石に酷だな……」)
     優流の家を見つめて、二荒・六口(ノクス・d30015)は思う。父親が配下にされてしまった以上、優流に待っているのは別離。それだけは変えようがないのだ。
    (「淫魔……か。面倒……だが、今回はより面倒そう……だな。すでに一人配下としてしまっているのも、許しがたいが」)
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)もまた、この家の中の狂ってしまった部分を思い、そして思う。
    (「うーんすっきりしないし関わりたくナイ事件だけど、こいつらが起きちゃったのってオレたちの選択のせいなんだよなー。どーにか収めるしかないか!」)
     そう、エルメンガルトの考えの通り、これは武蔵坂学園の下した選択によって引き起こされた事件の一つ。だったらなんとか解決させることで責任を取るしかないのだ。
    「森中さん、向坂さん」
    「はい」
    「了解しております」
     ペーター・クライン(高校生殺人鬼・d36594)の声掛けに森中・湖(頑張りたいお年頃・d36816)と向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)が短く返事をする。3人の役目は、優流を説得して連れ出すことにある。
    「行くか」
     暦生は全員が頷いたことを確認し、玄関の引き戸を開ける。男たちが自由に出入りできるよう、鍵をかけていないのだろう。音を立てて開いた扉に、玄関を上がったところの廊下にいた青年が振り向いた。そして遠慮無く入ってきた男女に見覚えがないことがわかると、当然のごとく誰何の声を上げた。
    「お前らなにもんだ!!」
     夜中に見知らぬ者たちが無断で家に入ってきたら、それは驚いて当然だろう。その誰何の声は大きく、左手にあるリビングの方からバタバタと足音が近づいてくる。
    「!」
     六口は廊下の右手へと視線をやった。手前の襖が仏間、奥の襖が寝室へ繋がっているはずである。手前の襖の前に座っていた男が、ゆっくりと立ち上がり、玄関に集まりつつある男たちの騒ぎに隠れて襖を開けた。恐らくあれが優流の父親で、仏間で寝ているセツカを起こしに行ったのだろう。
     おあつらえ向きに優流の父以外のセツカを慕う男たちは、怪しげな若者たちに対応すべく自分たちから玄関前まで出てきてくれている。引っ張りだす手間が省けたというものだ。
    「お前たちに用はないんだ。さっさとお家に帰りな」
     暦生の発生させた王者の風が、集まった男たちの気力を奪っていく。
    「帰り道はこっち、だ」
     灼滅者たちは出入り口を塞がぬように移動する。葉織が開いたままの扉を示すと、気力を失った男たちはふらふらとそちらへと向かい始めた。
    「今のうちに行きましょう」
     ペーターの声に湖とユリアが反応する。3人は移動する男たちの合間を縫うように廊下へと上がり、そして優流の父が仏間から出てくる前にその前を通過して寝室へと向かう。他の灼滅者たちが仏間への出入り口を固め、父親とセツカが部屋の外へと出てこないようにしていく。
     仏間では間もなく戦闘が始まるだろう。こちらも素早く動く必要があった。
    「優流さん、起きていますか?」
    「……だれ?」
     そっと寝室の襖を開けて湖が中を覗く。暗闇の中、布団に半身を起こした少年が眠い目をこすっていた。大きな声や物音で起きてしまったのだろう。
    「ここは危険なので、少しの間だけ一緒に移動してもらえますか?」
    「いどう……?」
    「はい。寂しくないように、私がずっとついていますから」
     湖とユリアが寝ぼけ眼の優流を、ラブフェロモンを使って説得する。まだ頭がぼーっとしているのだろう、優流は状況はわかっていないだろうがこくりと頷いてみせた。
    「急ぎましょう。森中さんはあちらに合流して下さい。俺もすぐに行きます」
     ペーターが優流を抱き上げ、寝室を出る。ユリアがその後に従い、湖は仏間へと向かった。
    「向坂さん、お願いします」
    「はい。そちらもお気をつけて」
     優流が寂しかったり不安にならないように、そして戻ってきたりしないように側についてて欲しい、事前にそう言われていたユリアはペーターから優流を預かり、そして抱いたまま家から離れていく。ペーターはその後姿を少しの間見送ると、再び家の中へと戻った。

    ●悪女・人魚姫
    「あなた達何者なの?」
     仏間になだれ込んできた灼滅者たちにセツカは問う。ただ彼女も優流の父もわかっているのだろう、彼らが自分たちの味方ではないことを。
     その証拠に、父親が手にしていたナイフから毒の風を放ち、前衛を覆わせる。続けてセツカが踊りながら前衛を攻撃してきた。
     殺界形成が展開された場で、エルメンガルトは父親を見ながら思う。
    (「必死で向かってくる相手をどーやって殺すのがイイんだろうね。ホントはこんなことにかかわらずに生きてけたかもしれないのにな」)
     謝罪の言葉は口に出さず、帯を射出して父親を貫く。
    (「神様ってのは残酷だ。どうしてこのタイミングで、どうしてこの親子なんだろう」)
     手にした標識を赤色に変え、直哉は父親との距離を詰める。そして強力な打撃!
    (「優流がセツカを助け父に会わせたのは、ただ優しかっただけなのに。何一つ悪くないのに」)
    「巻き込んでしまってごめんな」
     小さな呟きは、戦闘音に混じって溶けていく。
    「何故、優流を配下にしなかった?」
     鞭剣で防御を固めながら六口が投げかけた問いに、セツカは一瞬驚いたようだ。だがすぐに、呆れたように笑ってみせる。
    「そんなの、ただの気まぐれよ。私に協力的でなくなれば配下にしたかもしれないわ。何もしなくても親切にしてくれるから、どこまでやったらその態度が変わるか、見るのも面白いかと思って」
     あは、と愉しそうに笑うセツカの様子は、灼滅者達の心を逆なでしていくようだった。
    「無念、人魚姫は王子様に告白出来ず泡となって消えてしまいましたとさ……ってのが童話の終わり方だ、ハーレム作るなんて結末はねーっての」
     曲がった結末はそのままにしておけねぇな――声を荒げるわけでもなく、むしろ飄々とした声色なのに、暦生の言葉には怒りに近いものを感じる。暦生が展開した法陣が前衛に天魔を宿らせている間に、葉織が父親との距離を詰めた。そして『忘却』の鋭い一撃を与える。
     ふらついた父親が直哉を狙うも、その刃は暦生によって阻まれて。セツカは美しい歌声で葉織の意識を混濁させようとしてきた。
    「お待たせしました!」
     その時駆け入ってきたのは湖だ。彼女の到着により、優流の避難がほぼ上手く行ったのだと他の灼滅者たちは理解する。懸念が、一つ減った。
     湖の帯が、最も傷の深い暦生を包み込んで癒やす。程なくペーターも駆けつけるだろう。ならば。エルメンガルトは標的をセツカへと変え、その死角へと入り込んで大胆に斬りつける。直哉は炎を纏った蹴撃で父親の体勢を崩した。
     その時、体勢を立て直そうとする父親を鋭い光条が襲った。彼を貫いたそれは常よりも高い精度・威力で発せられたようで、父親は体性を立て直す事ができずに畳の上へと倒れ伏した。
    「――やはり、殺す相手は悪人でなければ」
     最後尾から放たれた光条、そして言葉。それは駆けつけたペーターのものだった。
    「求める結果は、見えています。脅威は摘み取りましょう」
     伏した父親は動かない。これで一同は全力でセツカを狙うことが出来るようになった。父親にはできるだけ苦痛を与えず、外傷も少なく、そして短時間で倒したい――その思いを皆で共有し、そして実現できるように調整していたのだ。だが相手がセツカのみになれば、遠慮はいらない。
    「アンタには遠慮するつもりはないんだ」
     告げた六口は万全に攻撃が行えるよう、エルメンガルトの傷を癒やし浄化する。前衛の殆どが傷の他に悪い効果に蝕まれている。列ごと浄化できる手段があればよかったのだが、ないなら攻撃手を優先して浄化するのが戦闘を早く終わらせる一つの手段。
    「放置して、被害を広めるわけにはいかんからな」
     母はすでに亡く、ここで父親を失う優流に後ろめたさがないわけではない。けれどもこうなってしまった以上、出来る限りの最善手を選んできたはずだ。暦生はセツカとの距離を詰め、勢いのままに殴りつける。追うように動いた葉織が、一瞬の抜刀でセツカを斬りつけた。
     直哉を癒やす湖を、セツカの歌が狙う。だが六口がそれを阻み、エルメンガルトの帯がセツカの胸を貫いた。ペーターと葉織が合わせるようにして後方から攻撃を放つ。
    「純粋な少年と町の方々を、私欲のために利用した罪は重いです!」
     湖もまたその中に加わり、セツカを指差して裁きの光条を放った。
    「たす、けて……」
     セツカが庇護欲をそそるような声色と動作で言葉を紡ぐ。だが、ここにいる誰がそれに騙されようか。
    「お前には遠慮する義理もなにもないんでね」
     暦生の動きを六口が追って。そして、懐に入った直哉の無数の拳を受けた彼女は、ピンク色の靄になって、消えた。

    ●物語の終焉
    (「父親も優流も、セツカに人魚姫に、奥さんであり母親であった人の面影を重ねてしまったのかもしれない」)
     事切れた父親の側に膝をついたペーターのそばで遺体を見下ろしながら、直哉は思った。
    「仮初の命でも――」
     ペーターは父親に走馬灯使いを行使しようとしてみる。
    (「決して生き返ることはないもの、父親と会話できた、と――俺には得られなかった機会だから。だからこそ、与えたい。不意の悲劇の中に、一片でもいい、希望と癒しがあれば――」)
     しかし、その願いは無残にも打ち砕かれることになる。走馬灯使いは父親に仮初の命を与えることはなかった。
    「なぜ……!」
     走馬灯使いを使用して優流のケアをするために、戦闘時も注意を払った。それでも父親に走馬灯使いは使えない。一同の間に衝撃が走る。
    「――強化一般人だから……だろうか」
     葉織の呟き。確かに他に思い当たるフシはない。走馬灯使いは一般人に仮初めの命を与える。だが、セツカから力を与えられた強化一般人である優流の父親は、ただの一般人ではないのだ。
    「そんな――」
     決して表には出さないが、ペーターは優流の事を心配し、トラウマにならないようにと気にしていた。だからこそ、衝撃も強い。
    「闇堕ちしたりしねーといいんだが……」
     こういう時、武蔵座からアフターケアが出来る体制があればいいのにと、暦生は思う。
     優流にこの状況をどう説明するか――それが一番の問題だ。問われて、適切な、彼が納得する答えを返す用意はない。エルメンガルトは携帯でユリアへと連絡を取り、状況を説明した。
    「優流はまた寝てしまったらしい」
    「寝室に寝かせて、わたくしたちは姿を消すしかないでしょうか?」
     湖がやり切れない表情で告げる。目覚めた優流は父親の遺体を発見し、そして人魚姫を探すだろう。彼が受ける衝撃を想像すると胸が痛い。
     ユリアが連れ戻った優流を布団に寝かせる。その寝顔に六口は語りかけた。
    「セツカを本物の人魚姫だと信じているのなら、優流にとってのセツカは人魚姫なんだろう。だがオレの知っている人魚姫は、他者を思いやれる。そんな存在だった」
     いつか彼もそれに気づくだろうか。
    「この遣り切れない思いは、俺達が背負って行くべきモノなんだと思う」
     家を出て、空を見上げる。直哉の呟きを否定する者は誰もいなかった――。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月7日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ