●されど淫魔は蘇る
死者は蘇らない。分かってる。そんな当たり前の事、言われなくても分かってるんだ。
でも、彼女は現にここにいる。マオは俺の傍らで微笑んでいる。
彼女は麻央ではない。当たり前だ。でも、同じように笑うんだ。靴を履く時のつま先で地面を叩くちょっとした仕草まで、よく似ているんだ。
傍にいる事さえできず、麻央を失ったという現実を突きつけられたあの恐怖が忘れられない。もう、あの無力感を味わいたくない。
いずれ、彼女は俺の元から去るのだろう。それまでの間だけでいい。彼女の力になりたい。彼女の為に何かがしたい。
そうだ、これは自己満足だ。それも分かってる。
だから、満足いくまでやらせて欲しいんだ。
●淫魔マオ
「サイキック・リベレイターの起動による、新たな大淫魔サイレーン配下の淫魔が復活したみたいなんだ」
灼滅者達が教室に集まると、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が説明を始める。
「ある海辺の町で目覚めた淫魔は、浜寺・勇大(はまでら・ゆうだい)っていう一般人男性の元に身を寄せて、密かに町の男の人達を配下にしながら状況を窺っているんだ。状況を把握しきれていない今の内に、この淫魔を灼滅しないとね」
仲間達と連絡も取れていない孤立状態で、武蔵坂学園の存在も知らない今が灼滅する最大の好機だ。
「浜寺さんは大学生で、1年位前に佳山・麻央(かやま・まお)さんっていう恋人を事故で亡くしているんだけど、淫魔は麻央さんによく似ているみたいなんだ」
これに関しては全くの偶然のようだ。淫魔が意図して麻央に化けたわけではなく、また麻央の母親や姉妹が闇堕ちした、というわけでもない。
「目覚めたばかりのところで浜寺さんと遭遇した淫魔は、記憶喪失のフリをして浜寺さんに保護を求めて、そのままマオという仮名で浜寺さんの住むアパートに身を寄せているんだ。情勢を把握するか、主である大淫魔の命令が下るまでの暇つぶしのゲームとして、浜寺さんを淫魔の力を直接は用いずに魅了しようとしているみたい。並行して、浜寺さんが寝静まった後とかに、町に繰り出して男の人を誘惑して即席の配下にしつつ情報を集める、っていう生活をしているよ」
既に、淫魔に魅了され潜在的な配下となった男達が町中におり、普段は通常の生活を送っているようだ。
「今回は時間に結構余裕があって、接触可能な日の日付が変わるまでの間ならいつでもバベルの鎖で予知される事無く淫魔に接触して攻撃を仕掛けられるよ。ただし、1日の殆どを浜寺さんと一緒に過ごしているから注意してね」
まりんは灼滅者達に淫魔の具体的な行動スケジュールを書いた紙を配る。
接触可能な日の午前0時時点では勇大のアパートで就寝しており、起床後も午前中は出かける事は無い。
午後1時、アパートで昼食を摂った後は2人で外出し、駅前の商店街に向かう。
2時30分頃に買い物を済ませ、喫茶店へ。喫茶店内では勇大がトイレに行く為、数分だけ淫魔が1人きりになるタイミングがあるが、有効活用するのは難しいかもしれない。
約1時間後、喫茶店を出た後は浜辺に向かい、到着するのは3時40分頃になる。
浜辺周辺で過ごし、5時過ぎにはアパートに帰宅。その後は夕食を摂って勇大が就寝する11時まではアパートに居て、勇大が寝付いたのを確認してからアパートを抜け出し駅前へ向かい、日付が変わるまで男達を誘惑する。
「大きく分けて、浜寺さんといる時に仕掛けるか、アパート抜け出した後に仕掛けるかで淫魔の対応が変わってくるんだ。町のあちこちに淫魔に魅了されて強化一般人となった男の人達がいて、アパートを抜け出した後に戦いを仕掛けた場合は淫魔のESPを用いた特殊な呼び声に応えて戦闘に加勢してくるよ」
仕掛けるタイミングにもよるが、戦闘開始から数分で5人前後は駆け付けると思っていい。戦闘が長引けば、更に配下が集まってくる可能性もある。
なお、強化一般人はあくまで即席で戦闘力は低く、KOするか淫魔を灼滅すれば元の一般人に戻れる。
「浜寺さんといる時は、浜寺さんを魅了するゲームを優先する為に強化一般人の召集はしないんだ。ただし、戦闘になれば浜寺さんは淫魔を守る為に行動する可能性が高いよ。洗脳されているわけではないから、説得は可能ではあるんだけど……」
自身の意思で行動しているからこそ、説得は難しい。無論、淫魔の方は勇大を盾とすることに何の躊躇いもない。勇大が死亡するという結末もありうると覚悟しておいた方がいいだろう。
浜寺は完全な一般人であり戦闘力は皆無だが、失神やESPによる排除を試みれば淫魔が対抗してくる。言葉による説得以外に勇大を安全に戦場から排除する方法があるとすれば、淫魔の本性を勇大に理解させるくらいだろう。それとて容易ではないが。
「いつ仕掛けるか。浜寺さんにどう対処するか。判断はみんなに任せるよ」
勇大を戦闘に巻き込むのが危険なのは当然だ。しかし、勇大の知らぬところで淫魔を灼滅すれば、手の届かない場所で恋人を亡くした事がトラウマになっている勇大に、大きなショックを与える事は間違いない。
ただ、知らずにとは言えダークネスに肩入れした時点でどのような結末を迎えようと自業自得、とするのもまた1つのスタンスではある。
「淫魔のポジションはキャスターで、サウンドソルジャーの3種とマテリアルロッドもヴォルテックスとフォースブレイクに相当するサイキックを使うよ。配下は全員ディフェンダーで、クルセイドソードの3種に相当するサイキックを使うよ」
相手は本来であれば、サイキックアブソーバーの影響で休眠せざるをえないレベルの力を持つダークネスだという事を、忘れてはならない。そこに複数の配下が加われば、配下の戦闘力自体は低くともかなり厳しい戦いになるだろう。
説明を終えたまりんは、最後に激励で灼滅者達を送り出す。
「大淫魔との直接対決の前に、まずは前哨戦だね。派手な決戦ではないけれど、ここで敵の戦力を削ぐ事は後々大きな意味を持ってくる筈だから、頑張ってね!」
参加者 | |
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天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165) |
夏雲・士元(雲烟過眼・d02206) |
冴凪・翼(猛虎添翼・d05699) |
乃董・梟(夜響愛歌・d10966) |
迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801) |
柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607) |
荒谷・耀(罅割れた刃・d31795) |
穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442) |
●
マオ。それが目覚めた淫魔に与えられた名だ。布団からそっと起き上がったマオはその仮の名を与えた男、浜寺・勇大(はまでら・ゆうだい)が隣の布団で眠っている事を確かめる。
身支度を整えたマオは、玄関脇に伏せられた写真立てを手に取る。
「ちょっと出かけてくるね、勇大」
眠る勇大に写真の女性を真似た笑みを向け、マオはアパートを抜け出した。
人気のない夜道を歩くマオは、自身が休眠から目覚めた理由を訝しんでいた。
仲間が自分を復活させたならば、既に連絡がある筈だ。そうでないなら、これは偶発的なイレギュラーか、それとも敵勢力による意図的な物か。
「そろそろ手掛かりの1つでも――」
マオの独り言を中断させたのは、背後で突如膨れ上がる強烈な殺気だった。
「――取った! でゴザル」
辛うじて反応し振り返る事だけはできたマオを、天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165)が振り抜くカレドヴルッフの斬撃が直撃した。
後退るマオは暗がりから飛び出した夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)の対応は間に合い、クルセイドソードをガードで受ける。
穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)は手錠を模した断罪輪の虜囚者ミゼーアの刃を、手の甲に滑らせ傷を作る。白雪が旋転しつつ踏み込むと振り撒くファイアブラッドの血潮が燃え上がり、炎の渦潮さながらの連撃をマオは後退しつつ受け捌く。
間合いを取ろうとするマオの背後を、迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)が展開する除霊結界が遮る。同時に飛び掛かる冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)が大上段から振り下ろすクロスグレイブが、マオを結界の中へ叩き込んだ。
「キミに恨みはないんだけど、ねっ!」
光の格子に絡めとられたマオを、乃董・梟(夜響愛歌・d10966)が掻き鳴らすバイオレンスギター『絶唱』の音撃が襲う。
「大人しく何も事件起こさず居てくれたら、放っておいても良かったんだけどね」
呻いたマオが片膝を着くと、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)がダイダロスベルトを飛ばし、荒谷・耀(罅割れた刃・d31795)の護法の鶴翼がそれに続く。2本の帯はうねり、よじれ、絡み合って1つの槍と化しマオを直撃、空地へと弾き飛ばした。
吹っ飛ぶマオは地面に手を着いて制動を掛けつつ着地し、即座に体勢を立て直す。
「渡りに船……だけど、随分と大船団でお出迎えしてくれるのね」
マオの衣服が溶けるように消え、滴る水を弾く素肌とそれを僅かに覆う鱗で編んだ水着姿を露わにする。髪の隙間から動物の耳のように生え出たヒレを震わせたマオは、挑発的な笑みを形作る唇を舌先でなぞった。
「訊きたい事は色々あるの。1隻残して、後は沈めてあげる」
濡れた唇が紡ぐ歌声は、海の底まで届くほどに透き通っていた。
●
マオの歌声に応え、強化一般人らしき男が民家から飛び出す。道の向こうからも2人の若い男が向かってきているのが見える。
「行くぜ、クトゥグァ。臨戦態勢だ。今日も燃え尽きよう」
ライドキャリバーのクトゥグァは白雪に応えて発進、男達を迎え撃つ。
マオに向き直る白雪の傷口から溢れる炎が色白の腕を照らし、影を地面に落とす。直後、のたうつように歪む影から、黒縄影が飛び出した。
縄状の影業でマオを捕えた白雪が飛び出し、握り込む掌から伝う血で炎の輪を作る虜囚者ミゼーアをマオ目掛けて叩き付けるように振り下ろす。
「狂犬は死ぬまで止まらない。殺す気で来いよ」
「犬掻きするわんちゃんは好きよ。とっても無様で」
右手に具現化させたロッドで白雪の一撃を受けたマオは、鞭の様にしならせながら振り抜く左腕で黒縄影ごと白雪を弾き飛ばす。
ステップを刻むマオの前に、クルセイドソードのエクゼキューショナーズを構えた炎次郎が霊犬のミナカタを伴って立ちはだかる。
「浜寺さんを惑わして、一体どうするつもりや」
「あら、色々ご存知なのね」
炎次郎は足元の影から刃を成した影業を具現化させ、くすくすと笑みを転がすマオに飛び掛かった。
マオは正眼からの打ち込みをロッドで打ち捌き、半瞬置いて左右から来る影の刃を仰け反り躱し、そのまま上体を捻じって繰り出すハイキックで炎次郎の側頭を叩いた。
「さて、どうしようかしら。深ぁーい海の底まで沈めちゃうかも」
「ああ、そうかい!」
ミナカタの浄霊眼で踏み堪えた炎次郎は刃を返して斬り上げ、螺旋で突き上げる影の刃で追撃する。
マオが空中で身を翻すそこに、士元が飛び掛かる。体勢不利ながら士元のクルセイドソードをロッドで捌くマオを手数で押し切り、体重を乗せた斬撃でマオを地面に叩き付けた。
エアシューズで駆ける玲奈が、起き上がるマオの背後へと大きく回り込みを仕掛けていた。
玲奈を止めようと、配下の男が束ねた水で形成した剣を手に突進する。が、黒い霧として具現する殺気を纏った耀が配下に抑え込み、鏖殺領域に引きずり込んだ。
アイコンタクトで耀に感謝を伝えた玲奈はパワースライドで散らす火花でエアシューズに点火、直後に跳躍し一気に間合いを詰めて飛び蹴りで強襲した。
マオが振り向きロッドで蹴りを受け、激しく火の粉が舞い散る。
「覚えておきなさい。人を惑わしたり誑かしたりするなら、灼滅者はどこにでも現れる」
玲奈はロッドに左足を掛けたまま右足でマオの顎先を蹴り上げ、体を捻じりつつ倒れ込み廻し蹴りに繋いでマオを吹っ飛ばした!
玲奈は着地から地面に弧を描いて回転の勢いを殺し、残心を宿したまま構え直す。
「……ま、ここで灼滅される貴方には関係ないけどね」
吹っ飛びながらも側転からバク転に繋いで体勢を立て直したマオを、灼滅者達が包囲する。
対するマオは一撫でしたロッドで地面を突く。と、マオの周囲の地面が泡立ち、噴き出した無数の水柱がマオを象った。
散開した水人形が灼滅者達に襲い掛かる。水人形達は圧縮した水弾で炎次郎を狙い撃ち、くるりと舞って玲奈の迎撃をいなして蹴り飛ばし、援護しようとした耀の背中を蹴り飛ばす。
乱戦に乗じて飛び出した配下の前にウルスラが躍り出て、水の剣にカレドヴルッフをぶつけて鍔迫り合いに持ち込む。
「そうそう好きにはさせぬでゴザルよ」
ウルスラは水の剣を叩き落とし、ワンステップから相手の喉元へ足刀を突き込む横蹴りで配下を蹴り飛ばす。
「消し飛べ、デース!」
即座に振り返り、ウルスラがカレドヴルッフを振り抜く。巻き起こる旋風は灼滅者達を癒し、同時に水人形を吹き飛ばした。
見通しの良くなった戦場を、梟の赤イ糸が翔る。梟はマオの腕に巻き付いた鋼糸を手繰り、マオの動きを封じ込める。
「大事な人がいなくなった苦しみを利用するのは、オニーサン許せないな」
「あら心外。私は忘れさせてあげようとしてるのに」
梟が赤イ糸を引き寄せるとマオは抗わずに自ら跳び、突き出したロッドから水弾を散弾の如く放つ。
カレにまた、好きな子がいなくなる寂しさを味わわせるのは心苦しいけど……!
梟は刹那の葛藤は頭の隅に追いやり、迫るマオを見据える。周囲に着弾して飛沫を撒き散らす水弾の衝撃にも体勢は崩さず、突っ込んでくるマオにハイキックのカウンターを炸裂させた。
翼は握り込んだオーラを炎に変換して拳に宿し、後退するマオを追撃する。
「面影ぶら下げて目の前うろちょろされてちゃ、吹っ切れるもんも吹っ切れないからな。ここで退場してもらうぜ!」
迎え撃つマオの水弾を翼が叩き落とす度、スチームが小爆発する。一直線に間合いを詰め切った翼の助走を乗せた右ストレートはマオのスウェイバックに追い付き、その肩口を捉えた。
マオは上半身をしなやかに泳がせ、翼のラッシュを凌ぐ。深くステップインした翼の右フックをマオは腕を上げてガード、即座にロッドを突き出したマオの零距離水弾を翼は紙一重のヘッドスリップで躱しアッパーを返した。
即座に翼はスタンスを踏み替えて溜めを作る。顎をカチ上げられて伸び上がったマオの胸を翼の拳打が捉えた瞬間、拳に宿した炎が爆裂した!
マオの危機を察知したかのようなタイミングで、戦場に駆け付けた3人の配下達が灼滅者達の後方から襲い掛かる。
増援にいち早く反応した士元が広く展開した鏖殺領域が、配下達を纏めて飲み込んだ。1人は難を逃れるも、その足を白雪が投げた虜囚者ミゼーアが捕える。
「今だクトゥグァ!」
直後、応えて突っ込んだクトゥグァが足を取られて転倒した配下を撥ね飛ばした。
これ以上の増援には対処し切れない。
灼滅者達の脳裏を過った危機感は、前のめりの攻め気が押しやっていた。
●
マオが生み出した水人形と共に配下達が前に出ると、クトゥグァが突撃し配下の隊列を乱す。白雪が虜囚者ミゼーアの刃を指先でなぞると、炎血に縁取られる刃とシンクロして地表に円陣が展開、噴き出す火柱で水人形を吹き飛ばした。
玲奈が前に出ると、纏うように鏖殺領域を展開した耀が追い越して先行する。耀は飛ばした護法の鶴翼で飛び掛かる水人形を撃墜し、マテリアルロッドの御雷で配下を叩き伏せ、マオに至るまでの障害を排していく。
耀の露払いでできた道をエアシューズで一気に駆け抜けた玲奈がマオに肉迫する。助走からの飛び蹴りはマオが飛び退き躱されるも、即座に放つダイタロスで追撃する。
執拗に襲い来るベルトをマオは後退しつつロッドで受け捌き、水弾で撃ち落とす。その時既に、士元はマオの背中をバベルブレイカーの射程圏に捉えていた。
士元は点火したブーストの爆発的な加速で突撃、バベルブレイカーで振り向いたマオをガードごとブチ抜いて突き倒した。
「魅了せずとも淫魔は淫魔……なら、こうなるのも仕方ないね」
マオの胸に捻じ込まれたバベルブレイカーが立て続けに撃発、薬莢を吐き出しながらありったけの鉄杭射突を叩き込む!
配下が集まってくる前に士元が飛び退き、追いすがる配下を梟が赤イ糸で捕縛する。『絶唱』を掻き鳴らす音波は赤イ糸を伝って共振増幅、衝撃波と化して配下に炸裂した。
炎次郎は縛霊手を盾に、マオの水弾の迎撃を蹴散らしながら突進する。
「最初に戦う時は戸惑ったわ。ほんまにお前を倒してええんかって。でも、今はもうためらわん! お前を倒して浜寺さんを現実に連れ戻したる!」
炎次郎が突進の勢いのまま縛霊手でマオを鷲掴むと、縛霊手の祭壇機構が放出する光の網でマオを絡め取った。
炎次郎はそのままオーバースロー気味にブン投げ、
「翼さん!」
その先に回り込んでいた翼が突き出したクロスグレイブでマオを迎え撃ち、
「返すぜ炎次郎!」
マオを突き刺したまま翼は上体を捻じり、天を衝いたクロスグレイブ先端が開き砲口を展開、零距離砲撃でマオを上空へ打ち上げ、
「せやァああああっ!!」
跳躍した炎次郎がエクゼキューショナーズを大上段から振り下ろした!
すかさず追撃を叩き込もうとウルスラが飛び掛かる。
しかし、マオはまだダウンしていなかった。既に生み出されていた水人形達が、ウルスラに殺到する。
が、その直後水人形が水蒸気と化して爆散し、マオを驚愕させた。
くゆるスチームの中で、とぐろを巻くようにウルスラを包み守っていたのは、燃え盛る白雪の血鎖トゥールスチャだった。
「かたじけないでゴザル!」
ウルスラは今度こそマオに飛び掛かり、居合いよろしく抜き放ったマテリアルロッドの“花束”をマオの懐に打ち込む。注ぎ込まれた魔力に応えて“花束”の先端で彩光の蕾が膨らみ、フルスイングで振り抜く瞬間――、
「吹っ飛べ、デース!」
――爆裂した!
「耀ちゃん!」
「玲奈さん!」
爆発に打ち上げられたマオを見上げ、玲奈と耀が呼応する。
「使ってください!」
同時に耀が伸ばした護法の鶴翼に、助走を付けた玲奈が飛び乗る。玲奈はエアシューズが火花を散らすレールスライドで更に加速、護法の鶴翼をカタパルト代わりにマオ目掛けて飛び出した。
「勇大さんの中で、綺麗な思い出としてだけ、生きるといいよ」
矢の如く突っ込む玲奈が、怨京鬼の銘を持つクルセイドソードをマオの土手っ腹に突き立てる。
「だから、貴女はここで終わりなさい!」
玲奈がマオの腹を蹴って飛び退き、雷光を迸らせる御雷を構えた耀の隣に着地する。並び立った2人は呼吸を重ね、同時に飛び出した。
「これで――」
「――トドメ!」
マオの落下点に突入した2人が、鏡合わせの抜き胴で駆け抜ける。
「きっと勇大は忘れないでしょうね。私の事も、麻央の事も」
剣閃と雷光が炸裂し、マオの最期の言葉を掻き消した。
マオの灼滅を確かめ、緊張を解いた炎次郎が呟く。
「この戦いに勝者も敗者もおらん。おるのは犠牲者だけや……」
●
「なんだかんだ理由を考えても、やっぱ割り切れないなぁ……」
梟は複雑な心境をそのままに吐き出す。
「せめてカレが前向きに明日を迎えられるといいけど……」
灼滅者達の思いは、勇大に届くのだろうか。ウルスラは願いを込めて、勇大に会いアパートに向かう仲間達を見つめる。
「怖くても悲しくても、人はただ耐えるしか出来ねぇのデース…。耐える事だけが、人間に出来る最も人間的な事かもしれんでゴザルなぁ」
忽然と姿を消したマオ。深夜に来訪した見知らぬ客人達。
「はじめまして。俺が誰かって? 想像に任せるよ。どうせ二度と会わない」
扉を開けて白雪達を迎えた勇大の胸中には、既に確信めいた不安がざわめいていた。
「大切な人を失って、無力に悩み、自棄になる。そんなバカを知っててな。他人に思えなかったんだ」
白雪はぶっきらぼうに言いながら、謝罪と別れ、感謝の言葉が短く綴られた手紙を差し出す。
「だからと言って、幻想に縋ったおまえに同情はしない。死者は蘇らない。もう一緒には歩けない。だが、それは立ち止まる理由にはならない」
それは先立ってアパートに忍び込んだ耀が持ってきた、マオの物らしきメモ書きの筆跡を真似て書いた偽の手紙だ。
「無力を言い訳に立ち止まるな。後悔が重くても前へ進め。俺達は生きてるんだから」
手紙が勇大に何をもたらしたのか、硬い表情から窺う事はできない。だから白雪は、言いたい事を言い切った。
「……また俺は、さよならさえ言えないのか」
「あんたが好きやったんは本当にその人なんか? 彼女はきっと、あんたの心にまだ前の恋人がおることを察したんやないやろか。だから、別れた。きっとその人は昔の恋人の面影やのうて、本当の自分を愛して欲しかったんちゃう」
炎次郎は問いかけるように言葉を投げかけながら、胸に手を当てた。
「あんたの大切な人はきっと生きとる。どこにって? そりゃ、あんたのここにな」
翼は言葉の代わりに、伏せられたままだった写真立てをそっと起こす。ただ、そこに写る人を忘れて欲しくなくて。
「麻央……」
愛する人の名を呟く勇大の頬を、一筋の涙が伝っていた。
作者:魂蛙 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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