トキメキだよ、おじいちゃん

    作者:雪神あゆた

     海辺の町を一人の少女が歩いていた。外見は、16歳くらい。セパレートタイプの赤い水着をつけている。
    「……ここはどこだろ? うーん? どうしたらいいのかなー」
     少女――淫魔のコミネアは歩きつつ、首を捻っていたが――ぱっと笑顔になる。
    「うん、とりあえず、男の人を誘惑してから考えましょう」
     コミネアの視線の先には前方からコミネアの方に向かって歩いてくる男性、杖ついた80代の老人の姿があった。
    「おじいちゃん♪」
     コミネアは老人に近づき、声をかける。
    「んん、なんじゃな、お嬢ちゃんや」
    「お嬢ちゃんじゃなくて、コミネア」
     そしてコミネアは老人の腕をとる。たわわな胸に腕を挟む。
    「お、おじょう――コミネアちゃん、は、はしたな」
    「はしたなくなんてないの。だって――私、おじいちゃんのこと、一目で好きになっちゃったんだもん。……おじいちゃん、愛してる」
     老人の顔は赤く染まる。
    「な、なんじゃ。こ、この胸のどきどきは――」
    「それがトキメキだよ、おじいちゃん。――さあ、もっと私にときめいて」
     
     学園で。
     姫子は困った顔をしていた。
    「年をとっても元気なのはいいことですが、今回のこれは、違う気がします……。
     失礼しました。説明を始めます。
     サイキック・リベレイターを使用した結果、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化しています。
     皆さんには、復活したサイレーン配下の淫魔のうち一体を灼滅してください。
     この淫魔は、状況を把握していませんし、命令を受け取ってもいないようです。今は淫魔の本能に従って行動しているようです。
     しかし、より上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って軍団を作り上げる可能性があるので、今のうちにできるだけ灼滅しておく事が重要でしょう」
     現場は石川県の海辺の街。
     淫魔コミネアは目覚めたばかりで、状況を把握していないが、とりあえず、出会った男性――80歳の男性を誘惑し、強化一般人にしてしまう。
    「皆さんが介入し、コミネアに戦闘をしかけるのに最適なタイミングは、午後二時。場所は石川県の町はずれの地点です」
     その時には既に老人は強化一般人と化している。コミネアと戦おうとすれば、老人も襲い掛かってくるだろう。
     コミネアは戦闘では、クラッシャーの位置に立ち、次のような技を使いこなす。
    「さあ、私にときめいて」等と歌い相手を惑わせる、ディーヴァズメロディ相当の技
    「私に痺れちゃえ」などと言いつつ麻痺させる結界を発動させる、除霊結界相当の技。
    「貴方の心射止めちゃうぞ」と言いつつビームを放つ、バスタービーム相当の技。
    「こんなにも輝いてるでしょ」と言いつつ光を爆発させる、サイキックフラッシュ相当の技。
     また、強化一般人と化した老人はロケットハンマーに相当する力で、灼滅者に襲い掛かってくる。
    「コミネアを倒せば、老人は元の一般人に戻ります。できれば、助けてあげてください」
     説明は終わったようだ。姫子は灼滅者たちの顔を見つめて、言う。
    「老人にも人にときめく心は残っているのでしょうが、それを悪用するなんて許せません。どうか、淫魔の討伐を。ですが、敵もダークネス。油断だけはなさらないように」


    参加者
    古室・智以子(花笑う・d01029)
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    中川・唯(高校生炎血娘・d13688)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    メロディ・フォルティシモ(太陽のバイオリニスト・d28472)
    楯無・聖華(悪夢の伝道師・d35708)
    国永・喜久乃(とっても長い・d35814)
    十六夜・朋萌(これでも巫女なんです・d36806)

    ■リプレイ


     地面のアスファルトにはところどころにひびがあり、そこから雑草が伸びていた。空気には、潮の香りが混じる。
     楯無・聖華(悪夢の伝道師・d35708)は仲間とそんな町の外れを歩いていたが、足を止めた。
     前方に、老人と赤い水着姿の女。女――淫魔コミネアは体を老人にくっつけている。
     聖華は顔を顰め、吐き捨てるように、
    「なにこいつ? 滅茶苦茶趣味悪っ……」
     軽蔑の表情を隠そうともしない聖華。
     コミネアの耳がぴくんと動く。聖華の方を向き、頬を膨らませる
    「失礼ね? おじいちゃんは素敵なのにっ」
     コミネアが老人の頬にキスをする。すると、
    「胸が、胸がばくばく……これがトキメキかっ」
     老人の細腕が、筋肉で盛り上がる。目を大きく見開き、顔を紅潮させ、鼻息を荒くさせている。
     比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は冷静そのものの顔を老人に向ける。
    「胸の動悸か。何らかの疾患かもしれないね。そういうのはあまり詳しくないけれど、一度病院に行っておくことをオススメするよ」
    「いいえ。おじいちゃんの病気はお医者様じゃ治せないのよ。だって――恋の病なんだもの!」
     どや顔で柩に反論するコミネア。
     メロディ・フォルティシモ(太陽のバイオリニスト・d28472)は呆れたように肩をすくめた。
    「多分違うよ。それに……ときめかせると言っても、相手は選んだ方が良いと思うよー」
     メロディは封印を解き、魔曲大辞典を開く。
    「それから、おじいさん。少し痛いと思うけど、我慢してね」
     メロディは赤の瞳を老人へ向け、申し訳なさそうな声色で言う。


     コミネアは怯えた声を作る。
    「あの人たち、私を虐めるつもりみたい。おじいちゃん、助けてっ」
    「任せよ、コミネアちゃんはワシが守るんじゃい!」
     コミネアに応じ、灼滅者へ駆けてくる老人。
     古室・智以子(花笑う・d01029)はがむしゃらに迫ってくる老人を無表情で見つめ、
    「咲け、黒光司」
     封印を解除。改造和服、黒光司を纏った姿で、老人の前へ。
     老人が腕を振る。拳が智以子にあたる。
     智以子はふきとばされた。が、顔色を変えず、足をそろえて着地。拳を握りワイドガーダーで防御を高め、痛みを消す。
     コミネアは目を丸くする。
    「むむ。今のが平気だなんて。でも負けない。だって私、輝いてるでしょ」
     大きな光の球が現れ巨大化、爆発。爆発は、前衛の智以子や中川・唯(高校生炎血娘・d13688)を襲った。
     国永・喜久乃(とっても長い・d35814)は後衛から声を張り上げる。
    「安心してくださいっ! 石川県のベンチが心を癒してくれるように、私も皆さんを癒しますからっ!」
     喜久乃は黄色い標識を掲げた。標識から放出された力が皆の体に注がれる。
    「ありがと、助かった!」
     唯も喜久乃の力を受け取っていた。元気いっぱいに声を張り上ると、老人の腹へ、
    「安心してっ、おじいちゃんっ! 峰打ちだっ!!」
     クルセイドソードをフルスイング! 老人はたまらず数歩後退。
     灼滅者たちは勢いに乗って攻撃を続けるが、コミネアと老人もやられっぱなしでない。
     一分後には、コミネアが音波で前衛を襲い、老人が拳で大地を揺らしてくる。
     灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)は揺れる地面に足を取られ、膝を突いていた。
     フォルケは老人の顔を見上げ、告げる。
    「若い子に誘惑されて暴力を振るってたら……おじいちゃんを慕う子供たちが凄く悲しみますよ……?」
     が、老人は雄たけびをあげるばかり。
     フォルケは口を閉じ、立ち上がった。片足をあげ、一閃。老人の顎を蹴りぬく。
     バランスを崩す老人。フォルケは視線を横に向けた。
    「……後一撃、お願いできますか?」
     そこにいたのは、十六夜・朋萌(これでも巫女なんです・d36806)。朋萌は、フォルケの言葉に頷く。
    「ええ。――老いらくの恋、とはいいますけれど、作られたトキメキは害悪でしかないですし……だから、おじいさん……」
     ため息をつき、大鎌の柄を握る。
    「おじいさん、ごめんなさいー!」
     振る。柄の部分で老人の後頭部を叩く。その打撃が老人の意識を刈りとった。

     聖華は仰向けに倒れた老人の胸を見、彼が呼吸をしているのを確認。そして聖華はコミネアへ一歩踏み出す。
    「爺さんの毒は取り除いた。次はお前の番だ。このド変態め!」
     聖華は杖を持った腕を突き出す。相手の体を突きかかる。聖華の突きに、コミネアの肌や水着に傷ができる。防御を斬り裂くティアーズリッパー。
     コミネアは後ろにジャンプ。聖華から距離を取った。
     が、そのコミネアをメロディが低い姿勢で追う。
    「逃がさない。人の心を弄んだ報いだよ、ここで倒れてしまえー!」
     メロディは半獣化させた腕を振る。爪がコミネアの肌を抉る。流れる血。
    「もーっ」コミネアは苛立った顔。
     掌を灼滅者に向け、光線を放ってくる。
     標的になったのは、柩。
     光線を浴びた柩は、己の体を見下ろす。体は痛むが、耐えられる範囲と判断。
    「若干威力はあるようだが……指揮する者がいなければ並の淫魔と変わらない」
     柩は藍の瞳をコミネアに向け、細い腕を振り上げた。柩の手には『死者の杖』
    「取り敢えずサイレーンとやらが復活する前に、間引いておくとしようか」
     相手を殴打し、フォースブレイク! 柩の魔力が淫魔の内部を傷つける。

    「とりあえずで間引くとか、とんでもない子たちね!」
     叫ぶコミネアに、唯が反論する。
    「とりあえずで誘惑したのはおばさんでしょ! そんなのいくないんだからっ」
     コミネアは数秒黙った後、
    「私はおばさんじゃなくて、おねえ……」
    「ほら、お・ば・さ・んっ! こっちこっち!!」
     唯はコミネアの反論なんて聞かない。鋏をコミネアの方に突き立てた。錆を傷口に流し込む。
     コミネアは目を剥いた。唯の言葉と錆に怒っている。一分後には、
    「私にときめきすぎて、死んじゃえばいいのよ!!!!」
     喚き、音の塊を唯にぶつけてくる。唯は苦悶の表情を浮かべてしまう。音波が心を乱したのだ。
    「しっかりしてください、唯さん! いま治しますっ」
     この声は喜久乃のもの。喜久乃は結に駆け寄る。祈るような顔で、ベルトを握りしめた。
     ラビリンスアーマーを行使し、唯の体から敵の力を払う。
     喜久乃はコミネアへ叫ぶ。
    「コミネアさんの想い通りにはさせません! 私がいる限り、誰も死なせたりしません!」
     コミネアは、喜久乃を見返してくる。コミネアの殺気のこもった視線を、喜久乃は橙の瞳で受け止める。
     その後も、喜久乃はその時々で適切な治療を行い、戦線を支え続けた。
     数分が経過した。喜久乃の努力の甲斐もあり、倒れているものは誰もいない。
     聖華は奮戦する仲間達を見回す。
    「(みんなやるじゃないか、あたしも負けてられないね)」
     口の中で言い、疾走。腕を巨大化させ、
    「あたしのパンチは銃弾より痛いよ!」
     拳でコミネアの腹を打つ。ぶん殴る。聖華の拳は正確に鳩尾にめり込んだ。コミネアの体はくの字におれまがる。
     敵の動きが止まった隙に、メロディと朋萌は戦況を観察する。
    「……。敵にだいぶダメージは与えてるけど、こっちもディフェンダーの二人がけっこう傷ついているみたいだね。早く終わらせないと。――朋萌さん」
     メロディが視線を向けると、朋萌はこくんと頷いた。
    「はい、メロディさん。早く終わらせるためにも、最後まで全力で攻撃しましょう」
     二人はコミネアの左右に移動。
     メロディは金の髪を揺らしながら、畏れを宿した手刀を振り落す。
     ほぼ同時に、朋萌は影を実体化させ、コミネアの足を襲わせる。
     メロディの手刀がコミネアの肩を打ち、朋萌の影が足に喰らいついた。
     コミネアの膝が大きく震えた。
     メロディと朋萌は追い打ちをかけようとするが、
    「ま、まだまだ私のときめきロードはここからなんだからっ」
     コミネアの口から音があふれ出る。朋萌が音をまともに浴び、悲鳴を上げた。
     柩は彼女の治療を仲間に任せると跳躍。朋萌の頭上を飛び越え、コミネアの間近に着地する柩。
    「いいや、それがどんなものであれここまでだ。さあ、大人しくボクが『癒し』を得るための糧となってくれたまえ」
     柩は体を横回転させた。巨大化した拳の甲をコミネアの顔に叩きつけた。柩の技の威力が、コミネアの小柄な体を吹き飛ばす。
     コミネアは地面に転がる。倒したか? 否、コミネアはふらつきつつも立ち上がる。
    「糧になんてならないの。だって、わたしは、わたしは、わた、わたしは」
     コミネアは灼滅者に一歩二歩と近づいてくる。
     彼女が向かっている先には、フォルケと智以子。
    「迎撃します……古屋さんは畳みかけを」
    「了解なの」
     短く会話するフォルケと智以子、二人の前でコミネアは腕を振り上げた。その手が眩く光る。全力で、光線を撃とうとしている。
     が、コミネアが動作を完了するよりはやく、フォルケが手を突き出した。握っているのはナイフ。切っ先をコミネアの脇腹に突き立て、ジグザグの刃で肌を切り刻む。
    「いたあああああ!」
     コミネアは、首をそらし絶叫。
     智以子は抑揚のない声で言う。
    「うるさいの」
     智以子は上空にいた。智以子はフォルケの攻撃の直後跳びあがっていたのだ。
     智以子はスターゲイザーを実行。立金花の刺繍が施された贅沢な黒で、相手の顔面を上から踏む!
     コミネアは崩れおち、二度と立ち上がることなく消滅した。


     老人は意識を失い、地面に崩れ落ちていた。
     フォルケは老人の横でひざまずき、必要な治療を済ませる。
    「命に別状はなく、後に残るけがもないでしょう。一般人への被害を食い止められてよかったです……」
     体から力を抜き、安堵の笑みを浮かべるフォルケ。
     彼女の視線の先で、老人は目を開く。辺りをきょろきょろと見回し、不思議そうに灼滅者八人の顔を見る。
     智以子が老人が起き上がるのに手を貸しつつ
    「わたしたちが来た時には、お爺さんがここに倒れてたの。急に暑くなったから、日射病か何かだと思うの。大丈夫? 痛いところはないの?」
     と言葉を並べた。
     老人は立ち上がりながらまばたき。
    「う、うむ。大丈夫じゃが……? うむ、たすけてくれたなら、礼をせねばなるまいの、ありがとうのぉ……いやしかし……」
     頭を下げつつも釈然としない顔の老人。
     朋萌はにっこりと笑顔で、
    「何か釈然としない気がするとしたら、きっと悪い夢を見ていたからですよ――あ、それより、おうちはどこですか? 送っていきますよ?」
     と、老人の意識をそらす。
     喜久乃も老人の顔を心配そうにのぞき込んだ。
    「おじいさん、大丈夫ですか? 歩けますか? おうちに帰る前に、ベンチで休憩していったほうがよくありませんか? あ、ここにはベンチがないから私に座ってもいいですよ?」
    「?」
     一生懸命に提案する喜久乃。顔にはてなマークを浮かべる老人。
     唯は老人を見つめていた。不思議なセリフに混乱している様子だが、元気で立っている。
    「(おじいちゃんの余生が取り戻せてよかった!!)」
     満面の笑みを浮かべる唯。
     唯たちの上では、初夏の太陽が輝き、灼滅者や老人の体に光を落としていた。灼滅者の勝利をたたえるかのように。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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