運動会2016~引く綱あまたのナノナノの旗

    作者:三ノ木咲紀

    「今年もやるで! 組連合対抗9方綱引き!」
     ワクワクした様子を隠そうともせず、くるみは真ん中を起点に九方向に線が書かれた紙を黒板に貼りだした。
     紙の中央を中心に円が描かれ、放射状の線の真ん中にはナノナノ型のマグネット。
     線の先には組連合の名前が1A梅から9I薔薇まで時計回りに書かれている。
    「ルールは簡単や。組連合毎に別れて自分の綱を引いて、真ん中にあるナノナノの旗を自分の陣地まで引っ張っていければ勝ちや」
     9方向に別れて引くため、最初は自陣と隣にいる組連合と共闘して引き寄せたり、掛け声を決めて皆で呼吸を合わせて引っ張ったりという作戦も有効だ。
     自陣を出なければ良いので、人数が多い方に寄ったりするのも作戦の一つ。
     人数が多ければ有利だが、それだけでは勝敗が分からないのも面白いところ。
     教室の片隅での参加表明も、参考になるかも知れない。
    「ですがこの綱。灼滅者が大人数で九方向に引っ張って大丈夫なんですか?」
     少し不安そうな葵の問いに、くるみはびしっと親指を立てた。
    「特殊な魔術処理を施してあるさかい、大丈夫や! たぶん!」
     何故か自信ありそうな様子で胸を張ったくるみは、手にしたプリントを集まった生徒達に配って回った。
    「最近はいろいろ物騒な事件も多いなぁ。せやさかい、運動会くらいは平和に・明るく・大胆に大騒ぎしような!」
     くるみはにかっと笑うと、親指を立てた。


    ■リプレイ

     晴れ渡る五月の空の下、九方向に伸びる綱が用意された。
     それぞれの組連合に割り当てられた綱の前に、生徒たちが並んでいく。
     4D椿連合の綱に集まる強者達に戦慄を覚えた興守・理利の肩を、白星・夜奈は力づけるように軽く叩いた。
    「大丈夫。友達にだって、手加減しない、よ」
     夜奈と、その隣で応援するビハインドのジェードゥシカの握りこぶしに、理利は表情を緩めて頷いた。
    「白星と一緒なのは心強い。それと……」
    「ちょっと待って3C桜わたしだけ!? 孤軍奮闘じゃないの……」
     隣の綱で一人途方に暮れたように空を見上げた城守・千波耶の声に、理利は手を差し出した。
    「城守先輩にも力を借りたいですね。4D椿の大学組に張り合える力を持つ城守先輩に……!」
     期待に満ちた理利の声に、千波耶は驚いたように自分を指差した。
    「……え、協力? いいわね、やりましょう」
     快く頷いた千波耶に頷き返して、三人は一斉に4D椿連合を見た。
     4D椿連合は今回最大の人数を集め、そのメンバーの実力も折り紙付きだ。
     だが、負ける訳にはいかない。
    「4D椿にゼッタイ、負けない!」
    「打倒4D椿!」
    「技術と瞬発力で勝負です! それと……」
     宣戦布告する夜奈と千波耶に、理利は隣の8H百合連合に歩み寄った。

     三人で作戦を立てる2B桃・3C桜連合に、北南・朋恵は首を傾げた。
    「戦うときは、組にわかれなきゃいけないんですよね、です……」
     同じ武蔵坂軽音部の仲間と競い合うことに少し不安そうな朋恵に、万事・錠は握りこぶしを作った。
    「同じ部活仲間が相手でも、綱引く時はガチ勝負!」
    「あ? ガチでやんのはあたりめぇだろ? 2B桃と3C桜にも負けねぇかんな」
     けだるそうに伸びをした一・葉は、笑顔ではためくナノナノの旗を見つめた。
    「俺は錠や葉と同じ4D椿か。へへっ、二人と一緒なら負ける気がしねぇぜ!」
     楽しそうに笑みを浮かべる北条・葉月に、葉はにやりと笑った。
    「お、葉月とともちゃんも同じチームか。よっしゃ勝つぞテメェらー! おら、オメーの無駄にでけー図体を役立てる時がきたぞ。しっかり引けよ」
    「お、おう……」
     背中を叩く葉のガチなやる気に若干動揺した錠は、武蔵坂軽音部以外から参加した同じ連合の二人を振り返った。
    「おう、お前らもよろしくな!」
    「はい! 皆さん、よろしくお願いします! 一緒に頑張りましょう!」
     笑顔で会釈した羽柴・陽桜は、隣に立つ榎木・葵を振り返った。
    「葵おにーちゃんも、今年もよろしくお願いしますね!」
    「こちらこそ、よろしくお願いします」
     やる気満々な陽桜の笑顔に、葵も自然と笑みがこぼれる。
    「せっかくですから、皆で声掛けを揃えませんか?」
    「あたし、声掛け役やります!」
     葵の提案に元気よく手を挙げた陽桜に、葉月は頷いた。
    「頼むぜ。ならかけ声は、定番のオーエスとかが良いんだろうか」
     思わず考え込む葉月に、錠は豪快に笑った。
    「掛け声は、皆が言いやすいヤツで合わせようぜ」
    「ナノナノ!」
     絶妙なタイミングで掛けられたロッテの声に、4D椿に笑いがあふれた。

     打ち合わせを終えて綱の横に立った8H百合連合の雲・丹は、寮の風呂場で思い付いた作戦を確かめていた。
     あまり体が大きくなく、それほど力も強くない自分。その自分が如何にして綱引きに貢献できるのか。
     普段ウニウニしている丹が得た結論。それは。
    「地面にとげ刺したらええんやー」
     楽しそうに笑みを浮かべた丹は、運動靴の裏を見た。
     靴の裏は、反則にならない程度のスパイク。ウニ化した時ほど鋭くはないが、その分しっかりと地面を踏み締めそうだ。
     変なところからトゲが出ないようにと着て来た厚手のジャージの袖をまくった丹は、綱の感触を確かめた。

     6F菊連合の野老・ヒナは、立てた作戦を胸に綱引き開始の時を待っていた。
     隣の隣は、最大人数を誇る4D椿。
     人数の不利は否めないが、そこに勝機があるはずだ。
     ヒナは注意深く他連合を観察しながら、綱引きの綱に手をかけた。


     競技開始を告げるピストルの音が鳴り響き、九方綱引きが始まった。
     開始直後、ナノナノ旗が向かったのは2B桃・3C桜連合の方だった。
     スタート直後にmaxの態勢・力で綱を引く千波耶に合わせて、理利と夜奈も綱を引く。
    「こういうのは、最初のタイミングが勝負!」
    「ファイト!」
     綱をしっかり持って、体を後ろに倒すようにして引く千波耶に合わせて、夜奈は体重をかけるべく空を向いた。
     初めての綱引で、負けず嫌いモードを発動した夜奈は殺気だっているように見えて恐い。
     夜奈の後ろでは、ビハインドのジェードゥシカが三人目の参加者のように応援している。
     後ろから感じる殺気と応援に、理利は掛ける声に力を込めた。
    「おれも白星に倣いましょう……!」
     夜奈と同様に空を向き体重を掛ける理利に、ナノナノの旗は2B桃・3C桜連合へと動いた。
     ナノナノ旗が境界を超える前に、動きが止まった。
    「あんまそっち引っ張んなよ。ナノナノさんかわいそうだろコラ」
     凄む葉の声に驚いたように、ナノナノの旗の動きが止まった。
     ロープを脇の下に挟み、しっかり両腕を締めて固定しながら全身を使って引く葉に、4D椿連合のメンバーが呼応した。
    「引くぜぇぇっ!」
     女子が転ばないように気を使いながらも、最後尾の錠が思いっきり綱を引く。
    「俺も細く見えっけど、しっかり鍛えてるかんな」
     周囲と呼吸を合わせながら、重心はしっかりと落として綱を引く葉月の力強さに、朋恵は負けじと綱を引いた。
    「ぜったい頼りっきりにはなりませんです!」
     力あるメンバーばかりだが、朋恵なりに役に立てるように力いっぱい綱を引く。
     朋恵の頑張りを後押しするように、陽桜は率先して声を上げた。
    「ナー、ノ! ナー、ノ!」
     陽桜の声に合わせて引かれる綱に、ナノナノの旗は少しずつ4D椿連合の陣地へと動いた。
     だが、一気に勝負は決まらない。
     引き合う両組連合の丁度中間点、重心に来る位置付近にいる8H百合の丹が、重しのようにバランスを取っていた。
     2B桃・3C桜連合と呼吸を合わせて綱を引く
     脇を締め、重心を低く、足は広く踏みしめ。
    「勝つのだ」
     真剣な意思を見せながら引かれる綱は、勝負の行方を分からなくさせる。
     ナノナノの旗が、動きを止めた。
     真剣に引き合った綱が止まり、緊張感の中でパワーバランスが拮抗する。
     張り詰めた呼吸がぴたりと合った瞬間、ヒナが動いた。
    「本番、キュー!」
     場違いなほど明るい掛け声に、緊張が一気にほどけた。
     その瞬間を、ヒナは待っていた。
     今まで温存していた力を全解放し、思い切り力を入れて綱を引っ張る。
     余力を十分に残していたヒナは、他連合が力を取り戻す前にと一気に綱を引いた。
     ナノナノの旗が、6F菊へと動く。
     4D椿連合の近くまで来ていたナノナノの旗は、向かう角度を少し変えただけで6F菊連合へと向かう。
     これで勝負が決まるかと思われたが、その動きを読んでいた生徒がいた。
    「させるか!」
     横合いの力に持っていかれないよう十分注意していた葉月が、陣地を超えようとしていたナノナノの旗を引きとめる。
     次に我を取り戻したのは葉だった。
     ナノナノの旗のために運動会に参加した葉は、持っていかれそうなナノナノの旗に綱を一気に引いた。
    「一気に引き寄せっぞッセーイ!」
     掛け声と共に、全員が最後の力を振り絞った。
     とにかく引っ張るのみ! とばかりに2B桃・3C桜連合も抵抗する。
     その流れを変えたのは、錠の激励だった。
    「あともーちょいの辛抱だ、イケるぞ!」
     その声に、ばて気味だった葵も力を振り絞る。
     ナノナノ旗は動き、ついに4D椿連合の陣地へと入って行った。
    「競技終了! 勝利チームは4D椿連合!」
     審判の教師が鳴らすピストルの音に、綱にかかっていた力が一気に抜けた。
    「わわ……!」
    「大丈夫ですか?」
     バランスを崩した朋恵を葵は支えたが、一気に来る慣性の法則に足をもつれさせる。
    「怪我しちゃ、ダメです!」
     転びそうな葵のクッション役に支えようとした陽桜の体を、力強い腕が支えた。
    「お前さんが怪我するぞ!」
     陽桜達を支えた錠は、三人がバランスを取り戻したのを確認するとナノナノの旗を拾い上げた。
     砂を払って破れてないのを確認し、通り抜けざま葉へと手渡す。
    「お疲れ」
    「……おう!」
     ナノナノの旗を受け取った葉は、ガッツポーズの葉月や朋恵達と健闘を称え合う相棒の背中に旗を振った。

    「負けたぁー!」
     綱から手を離した夜奈は、しゅんとしながらも勝利チームへ拍手を送った。
    「あーん、悔しいけど! 悔しいけど!!」
     夜奈の隣で千波耶もまた、健闘を称え拍手を送った。
     そんな二人に、拍手を送っていた理利は手を差し出した。
     三人でハイタッチ。
    「全力を出すのは、気持ち良いですね」
     全員で共有する心地よい疲労感に笑顔を浮かべた理利の耳に、アナウンスが流れた。
    「九方綱引きのMVPを発表します。綱引きの戦術に優れていただけでなく、連合の垣根を超えて連携を提案し、白熱した勝負に貢献した2B桃連合の興守・理利さんです! おめでとうございます!」
     発表されるMVPに、会場を埋める拍手。
     誰よりも驚いた理利は、照れたように頬を掻いた。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月5日
    難度:簡単
    参加:10人
    結果:成功!
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