昨今色々と複雑な状況に置かれている武蔵坂学園である。だが、学園であり学生がいる以上、日本に普遍的に存在する学生同様に学校行事は行われる。
これもそうした学校行事のひとつ。
6月5日、日曜日。
運動会である。
学園生は9つの組連合に分かれ、各種一般競技、応援、お弁当、一般的ではない競技あれこれに心血を注ぎ、優勝という栄冠を奪い合う。
この教室の黒板にでかでかと板書された文字は『むかで競争』。
運営委員を担当する埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)がファイルを開いた。
「経験のない方もいるかもしれんので、一通り説明させて貰う」
競技は4人一組で行われる。
縦一列に並び、既定の紐で全員の足首を結んでペースを合わせてゴールを目指す。掛け声は一、二、などの番号を繰り返す、「うさぎとかめ」などリズムの取りやすい歌を歌う、など自由。
コースはグラウンドトラックの200メートル。直線からスタートしコーナーを回って、再び直線を抜けた先がゴールだ。
スタートから最も短い時間でゴールしたチームがMVPとなり、組連合に得点が入る。
「練習量と成果が比例しやすく、チーム全員が同じ歩幅、同じスピードで動ければ、成績上位は期待できる……ふうん。俺の故郷にはこういうのなかったなあ。面白そうだ」
「まさにここに経験のないのがいたか」
競技詳細の書かれたプリントを読み込む宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)を、玄乃が驚いた顔で振り返った。咳払いして説明を続ける。
「他チームへの妨害、危険行動、ESPやサイキックの使用、校舎・コースの破壊など、よもやあるまいとは思うが。発見された場合、減点並びに何らかの処罰があるらしい」
「何らか、とか、らしいって一体」
さらりと問題行動へ釘をさして、玄乃はラズヴァンの疑問をスルーした。
これは事前練習が重要な競技で、仲間と親睦を深める側面もある。声援を送ってくれる仲間がいれば参加者の気合もより入るというもの。
「運動が不得意でも上位を狙えるという利点もある」
「チームで息の合った連携とか、ゴール前の追い込みとか楽しそうだな!」
「それは良かった。ゴールの担当作業を任せる」
身を乗り出したラズヴァンにゴールテープを渡し、玄乃は眼鏡のブリッジを押し上げた。
「以上。諸兄らの健闘を祈る!」
●合わせるべきは歩幅、テンポにみんなの気合い
気持ちのよい晴れの空は運動会にうってつけ。
各種競技の行われているグラウンドで、むかで競争はスタートを迎える。
仲間と気持ちをひとつにして、四人一組でゴールラインの向こうへ!
●スタートラインにて
スタート位置で円陣を組んだのは仲良し女子からなるチーム【羽】だ。
「よーし、いくぞっ」
「4人の長所を生かし、弱点を補い合いながら協力して駆け抜けましょう」
気合い十分のアンゼリカ・アーベントロート(d28566)に次いで、シャノン・リュミエール(d28186)が仲間を鼓舞するように声をあげる。
「……がんばる……おー」
ちょっぴりとろーんとしているのはルチル・クォーツ(d28204)。マイペースな彼女も彼女なりに気合いが入っているようだ。知的に眼鏡のフレームを押し上げた宮代・庵(d15709)も頷いた。
「サウンドソルジャーとして培ったリズム感で音頭をとりますよ!」
今日まで放課後や空いている時間を合わせて、四人で練習してきたのだ。
走り込みは4人で並んで走って歩幅を矯正。
グラウンドの硬さに近い砂質の道で訓練。
声かけと歩幅のタイミングを合わせる反復練習。
曰く、庵の競争必勝メソッド!
「流石ですね!」
行事記録用のカメラを見つけてえらい至近距離にフレームインした庵がキメる。
「おーい、足を結ぶぞーっ」
「あっ、今行きます!」
アンゼリカに呼ばれて庵が急いで駆けていった。
一方、チーム【TG研】。こちらは男子だけで結成されたチームである。
「去年は口に出したので不覚を取りましたが、今年は抜かりません。黒服から逃げる競技を全力で頑張ります」
のっけから競技を盛大に勘違いしている富山・良太(d18057)である。チームメイトが誰も訂正しないあたり、チームとしての団結を感じる気がしなくもない。
「でも組連合の件は大丈夫ですか?」
「気にしたら負けですよ……」
負け以前に参加資格がないのだが、紅羽・流希(d10975)は溜息をついただけで済ませた。代わって答えたのが竹尾・登(d13258)である。
「大丈夫、その辺はジェフに任せてあるから」
「紅羽先輩と僕を別人として登録して、7G蘭連合のチームにしてあります。……バレるのは時間の問題ですが」
こともなげに安藤・ジェフ(d30263)が応えた。
学園内ではイベントに際し組連合を移動することも多い。確認すればわかることだが、競技がスタートするまでの時間ぐらいは稼げる。
「元より優勝よりも狙いは……おっと、もうスタートだね」
男たちも立ち上がる。
今日は負けられない戦いなのだ。
●初夏の風と共に
青空に空砲の乾いた音が響き渡る。
チーム【羽】のスタートダッシュは快調だった。チーム内で20センチもの身長差があったが、綿密な調整で進むタイミングはぴったり合っている。庵がふっとニヒルに笑った。
「パーフェクトな練習プランでしたが、練習中の懸念は何といっても、ルチルさんのやる気を引き出すことでしたね!」
「がんばってリズムと歌、覚えた……」
アンゼリカの口ずさむ歌に合わせて歩きながら、ルチルがこくこくと頷いた。
なにしろ4人一組。準備体操の柔軟でも練習でも、チーム中一番の長身のシャノンが最年少のアンゼリカとバランスを取ろうと組んだら、ルチルと組むのは庵だ。
「いいんちょ、疲れた……おぶって?」
「いいでしょう! 休んだら頑張りましょうね!」
河川敷での練習で準備が必要となれば、
「いいんちょ、居ると、百人力……いける、いける」
「ええ、わたしがいれば何でもイケますよ! 流石ですね!」
ひとやすみのルチルをおいて、ストップウォッチに白線引きにと庵が駆けまわる。
もはや庵の耐久力テストのようなものだったが、ルチルがやりすぎないことは知っているシャノンはスルーしていた。殲術病院時代からコンビを組んでいるからだ。
武蔵坂学園に来て知り合ったシャノンにとってアンゼリカは一番の親友であり、闇堕ちした際もアンゼリカの声で帰ってこれたことを思い出す。
その情熱は不利を覆し努力する力。
「よし、コーナーだ! 皆、息を合わせて頑張っていこうぜ!」
アンゼリカの気合に、異口同音に同意の声があがった。
スタートから気合を入れていたのはチーム【TG研】も同じだった。しかしイマイチスピードに乗れず、どんどんチーム【羽】に引き離されていく。良太が生真面目に数え、登も数えながら頸を傾げた。
「1、2、1、2」
「おいっち、に、おいっち、に……うーん、合わないねえ」
「one,two,one,two……どうも合いませんね」
ジェフが唸ったが、そもそも数え方がバラバラなのでまとまるものもまとまらない。しかし気が合っているという点では自信がある。テーマ音楽に合わせていた流希が唸った。
「どうにも上手くいきませんねぇ……」
「紅羽部長、僕達にはこの掛け声は合わないのかもしれません」
良太の進言を受け、重々しく頷く。
「では掛け声を改めまして、魔人生徒会の皆さんに捧げる言葉で音頭をとりましょう……」
光の加減だろうか。彼の目がぎらりと底光りしたように見えた者がいたという。
ぼそぼそともれ聞こえるのは彼が提案する掛け声だ。
「やはり、それですね」
「あ、それはいいねえ。それで行こう!」
「成る程、歌ですか。いいですね」
即断即決で良太が頷けば、登も景気よく賛成の声をあげ、ジェフも心得たとばかり頷く。
次の瞬間高らかに、テンポのよい流希の掛け声がグラウンドに響き渡った。
『もしもし魔人生徒会! 毎年、地獄をやるくせに! 今年は期待に答えない! どうする我らのこの無念!』
●4人で駆け抜けろ
リズミカルに歌う軍隊式ランニングソング風味のそれが余程に合ったのか、四人はぐんぐん速度を上げた。順調でたいへん結構だが、もちろんそれでは終わらない。
グラウンドの端からクラウチングスタートで、弾丸のように黒服が疾走を始めた。
「地獄合宿に不満と異を唱え、中止したら期待外れとは一体どういう料簡だ!」
「先輩、黒服さんが登場しました。本番ですよ」
「勝負です、今年は負けません」
ジェフが警告を飛ばせば良太も近づく黒服相手に気合いを入れる。例年黒服に挑み続けてきた流希も、今こそ本気モードにスイッチが入った。
そう、負けられない相手とは、黒服だ。
「さぁ、ここからが、競技の本番ですよ……。気合を入れて逃げましょうねぇ……!」
「むかで競争の本番はスタートから始まっているが。ではなく、両者、ちょっと待て!」
玄乃が身を乗り出すと、横合いからにゅっと黒服が現れた。
「彼らは同一連合として参加申請しているが、うち二名が別連合であると判明した。参加資格に該当しない。彼らの対応は任せ、委員は運営を続行したまえ。では」
玄乃の眼鏡がずり落ちる。
折しもチーム【羽】はコーナーを曲がり終え、ゴールめがけて直線を進んでいた。
「いくぞ! 転ばないようにな……っと!」
意志統一のためアンゼリカが声をあげたが、後ろからのチーム【TG研】の追いあげに思わずバランスを崩した。咄嗟にシャノンが支え、顔を見合わせて微笑みあう。
「皆の息が完璧に合えば完璧に勝てるはずです!」
「いいんちょ、もっと、大声で曲、口ずさめば、良いと、思う」
「もっとですか?!」
ルチルの言葉を真に受けた庵が、大きな声で『うさぎとかめ』を歌い出す。その甲斐もあってか、庵の残存体力に反比例してチームのスピードは上がった。
「もっと、大きな声でー……もっと?」
「げ、限界、です……」
「いやルチル、庵で遊ぶのは後にするんだ! 私たちらしく動けば勝てるさ!」
ふらふらの庵にぎょっとしたアンゼリカがツッコんで、シャノンがペースを修正する。
「ラストスパート、行きましょう」
「……おー」
ルチルも仲間に合わせて頑張った。ここで成果をみせなくていつ見せるのか。
【TG研】はすぐ後ろ。ゴールラインはもう目の前。
紙一重。
一瞬の差で、チーム【羽】が先にゴールに倒れ込んだ。わずかに遅れて【TG研】が駆け抜ける。彼らはもちろん足を止めたりはしなかった。
『もしもし魔人生徒会~!』
軍隊式ランニングソング風味の歌をリフレインしながら方向を変えて逃走を始める。もはや地上ばかりでなく、どこからともなくウイングスーツで黒服が高速飛来してきた。
「まだその歌を続けるとは、生徒会を愚弄するか!」
「我々べつに生徒会の者ではないが!!」
先ほどまでの速度が嘘のようにゴールを駆け抜けグラウンドを逃走する四人と、追撃する黒服たちを見送る参加者と観戦者たちであった。
●MVPは
若干ざわつく場内を制して、マイクを握った玄乃は咳払いをした。
「……では競技は以上とし、MVPの発表に移る」
呆気にとられて見送っていた周りの人々が我に返った。
参加受付ボードを見下ろした玄乃が宣言する。
「MVPはチーム【羽】、アンゼリカ・アーベントロート! 堅実に歩を進め、息のあったランだった。おめでとう!」
目を瞠ったシャノンとアンゼリカが、思わず手を取り合って声をあげる。
「えええ、私かっ?!」
「おめでとうございます、アンゼリカさん」
「やったー! でも皆でとったMVPだろー、これはっ!」
声を弾ませたアンゼリカが仲間たちにとびつく。シャノンが嬉しそうに目を細めた。
「わたしの必勝メソッドの勝利ですわ! 流石ですね!」
行事記録用のカメラを再び見つけた庵がびしっとカメラ目線で笑うと、横からふわっと顔を出したルチルがマイペースな祝意を示す。
「みんな、おめでとー……」
「ルチルさんもです!!」
庵のツッコミに思わず笑いがおきた。優勝を喜びあう少女たちの様子でなごやかな空気が流れ――たところに、再び不穏なざわめきが混じった。
どうやら逃走した四人が連行されてきたようだ。
「いい勝負でした。来年もやりましょう」
「昨年も説明したが、これは違反もしくは非推奨行動に対する追跡・捕縛及び指導である」
めっちゃイイ笑顔で言い放つ良太を連行しながら、黒服がめっちゃ冷徹にツッコむ。
「よく考えたら、足の紐をほどいたらよかったですねぇ……」
「ずっと歌ってたから見つかったと思うんだけどなあ……」
ぐるぐる巻きにされながらもやりきった笑顔の流希と、一緒に巻かれた登がぼやいた。頭と足を抱えられて黒服二人に連れ去られていく。連行される宇宙人状態のジェフが、両脇をとられながらも見送る他参加者や観客に会釈をした。
「お騒がせしました。どうぞお気になさらず」
かくしてむかで競争は終了した。
一方で競技終了の点呼時に戻ってきた件の四人が、やたらカクカクした挙動だったという噂も残っている――が、細かいことはおいておこう。
運動会の競技はまだ続くのだから!
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年6月5日
難度:簡単
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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