海岸で舞い誘いて

    作者:飛翔優

    ●情熱的に踊るモノ
     ――仮に、彼女たちが異国の踊り子というだけであったなら、一夜の夢で済んだのかもしれない。
     月明かりに映しだされ、艶やかに輝く褐色の肌。なびく髪は水面のごとく煌めいて、彼女たちを飾り立てていく。
     腕を力強く動かすたび、シャリンとリングがぶつかり合う。眩い足が上がるたび、薄布は妖しく翻った。
     岩礁の上で描かれる、褐色美女たちのダンスは情熱的。ビキニのトップスに前掛け程度といった踊り子風衣装で紡がれゆく、非日常を描いているかのような熱い時間。
     飾られていく歌声に誘われ、一人、また一人と砂浜へとやって来た。
     一人、また一人と増えるたび、美女たちの舞踏もより激しく、より艶やかなものへと変わっていく。
     より激しく、より艶やかなものへと変わるたび、砂浜へとやって来た者たちの瞳に熱が宿り……。
     ……やがて、変貌する。砂浜へとやって来た人々は、ヒレと鱗を持つ半魚人の姿へと。
     全ては美女たちが……淫魔たちが願うがまま。歌声が、人々を闇へと導くまま……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、変わらぬ表情で説明を開始した。
    「サイキック・リベレイターを使用したことで、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されています」
     その事件の一つとして、サイレーン配下の淫魔達が一般人を集め、半魚人のような不気味な姿をした配下に変えてしまうという事件が発生する。
    「皆さんにも向いてもらうのは、この九州の海水浴場。すでに営業を開始している場所、ですね」
     時間帯は夜八時ごろ。
     灼滅者たちが到着した時点で、集まった一般人は変化を始めていない。しかし、淫魔を灼滅者たちが攻撃しようとすると、淫魔を守ろうと、半魚人のような姿に変化し戦闘に加わっています。
     阻止するためには、淫魔に対して歌や踊りによって一般人に訴えかける必要がある。
    「歌や踊りの分野で淫魔と対抗するのは難しいかもしれません。ですが……うまくすれば、一般人が配下となることなく、有利に戦闘を行うことができるかもしれません」
     また、半魚人化した一般人は、淫魔を灼滅しても救出することはできない。半魚人化してしまえば、灼滅する以外に方法はないだろう。
    「続いて、戦闘能力などについて説明しますね」
     淫魔の構成は三体。三体とも、ビキニトップと薄布の前掛け……といった踊り子風衣装に身を包んでいる褐色美人。
     情熱的かつ艶めかしいダンスを刻み、一般人を魅了している。
     戦いになれば隙のない舞踏を刻みながら、パッショネイトダンスに似た力を差し込みながら、アクセサリーを飛ばしリングスラッシャー射出やセブンスハイロウに似た力を放ってくるだろう。
     一方、戦うことになる半魚人達の力量は高くなく、攻撃力もさほどない。しかし、淫魔たちを守るように立ちまわるため、純粋に邪魔な存在となる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「全てを救うことはできないかもしません。しかし、それでも……多くを救うことはできるはず。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    央・灰音(超弩級聖人・d14075)
    成田・樹彦(禍詠唄い・d21241)
    ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)

    ■リプレイ

    ●踊り子たちは月の下
     揺れる、揺れる、水面に月が。
     波が運んできた風に踊らされ、空で煌めく星と共に。
     岩礁地帯で舞い踊る、異国風の踊り子たちと共に。
     月のスポットライトを浴びながら、踊り子たちは舞う情熱的に。
     シャラリと腕輪がかち合うたびに、一人、また一人と海岸に足を運んできた。
     美しい褐色の肢体をこれでもかと魅せつけるビキニ風衣装が月光を浴びて輝くたび、一人、また一人と熱い視線を送り始めた。
     人知れず開かれていた踊り子たちの饗宴。遠目に眺めていたペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)は、きつく瞳を細めていた。
    「……見てくれも俗物の極みですが、随分とふしだらな踊り子達ですね」
     唇を硬く結んだ後、踊り子たちとは趣きを異にする異国の舞手。神聖な巫女の姿へと返信する。
     さなかには、先だって人々に近づいていった央・灰音(超弩級聖人・d14075)がジョリアナ風の扇子片手にセクシーな舞を描き高らかなる歌声を響かせ始めていた。
     既にもう、この海岸へと近づいてくる者はいない。
     後は踊り子たちに、淫魔たちにいざなわれてしまった者を一人でも多く救うだけ。
    「さあ、ゲリラライブといこうか」
     同様の思いを抱きながら、成田・樹彦(禍詠唄い・d21241)もまた歌う高らかに。
     二重に響く歌声に、耳を傾け始めたものは片手の指で数え切れるほど。しかし、踊り子たちが負けじと舞踏の激しさを増したなら、その者たちも再び意識を向こう側へと飛ばして行った。
     だから、ペーニャはカリンバを構える神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)に視線を送りつつ、ラジカセのスイッチを入れていく。
     海岸を、自らの世界に変えるため。
     演奏が高鳴るとともに、描き始める古典舞踊。しゃらり、しゃらりと足首の鈴を鳴らしながら、軽やかに厳かに舞いを描き続けていく。
     指先に、足先に、視線に瞳にすらも感情を込め、人々に指揮を伝え始めた。
     踊り子としての矜持を胸に、月下に描き続けていく。
     我に返ったかのように、きょろきょろと周囲を見回し始めた者がいた。すかさず、佐祐理が演奏しながら歩み寄り、帰還を促していく。
     妖艶と神聖、主に二つの舞踏がぶつかり合うこの海岸で……。

    ●舞踏と武闘
     五人目となる一般人を見送った直後、佐祐理は空気の変化を感じ取った。
    「……皆さん、気をつけて下さい」
     振り向けば、海岸に残り続けていた者たちが全身を震わせ始めている。
     半魚人への変化を始めている。
     なおも歌い、舞い続ける灼滅者たちへ向けたかのように、淫魔たちが歌を紡ぎだした。
     ――妖艶な舞踏と神聖な舞、楽しい気持ちと強い怒り、どちらが心を掴んだのか、どちらが彼らを魅了したのか。全ては、残された人々の胸の中……。
     救えたのは五人。半魚人へと変化したのは十一人。
     灰音はため息とともに跳躍し、武装しながらロケットハンマーを振り上げる。
    「まずは彼らを……」
     半魚人たちの中心に振り下ろし、激しき衝撃波を浴びせていく。
     たたらを踏んでいく半魚人たちの周囲をめぐるかのように、樹彦は飛び回りオノを振り回した。
    「少しでも早く、終わらせる事ができるように……」
     ――私たちは踊り続ける月の下。全てをサイレーン様に捧げるため、サイレーン様を守るため。
     直後、強き意志を秘めた歌声とともに幾つものリングが放たれた。
     腕を、足を切り裂かれながらも、灰音は腕を獣化させていく。
    「この程度……」
     血を拭うことなく近くにいた半魚人の懐へと踏み込んで、獣化させた爪を突き出した。
     貫かれた半魚人が消滅していく中、ペーニャはウイングキャットのバーナーズ卿に伝えていく。
    「治療を頼みます。私は……攻めます」
     頷くバーナーズ卿がリングを輝かせる中、ペーニャは鈴をしゃらりと鳴らしながら虚空に向かって回し蹴り。
     発生した突風が半魚人たちを後方へと押し返す中、佐祐理もまた姿勢を低いものへと変えていく。
    「Das Adlerauge!!」
     形取る姿は、翼を持つ双尾の人魚。
     淫魔たちに負けず劣らず、肢体を最大限魅せつける格好だ。
    「さあ、早く眠らせて上げましょう」
     地面を泳ぐかのように虚空をなぎ、新たな突風を巻き起こす。
     打ち据えられた半魚人たちが一人、また一人と消滅し、その数を減らし続けていく……。

     淫魔たちの描く熱き舞踏をバーナーズ卿が、時にペーニャが佐祐理がいなしながら、戦い続ける灼滅者たち。
     半魚人たちを撃破した後、海岸へと上がってきた淫魔たちと対峙する。
     されど、繰り広げられし景色に違いはない。
     月の下、砂浜に刻まれしは舞踏と武闘。互いに、相手を打ち倒さんとするための軌跡だけ。
     潮の匂い薫る中、佐祐理は体を反らし右側に位置していた淫魔の拳を回避する。
     流れるように体を捻り、胸を隠していた程に長い艶やかな髪を振り乱す。
     鋏を硬く握りしめ、拳を引き戻そうとしている淫魔に強い視線を送り……一閃。
     淫魔に横一文字の傷跡を刻みこみ……。
    「……一体目」
     波打ち際へと吹っ飛んでいった淫魔は、泡へと代わり消え去った。
     次の相手を示すため樹彦が斧を振り上げ歩み寄る。
    「最後まで油断せず、確実に……」
     間合いの内側へ踏み込むと共に振り下ろせば、誤ることなく淫魔の肩を斬り裂いた。
     されど、腕輪はなる足あとは華麗に刻まれる。
     淫魔の舞は止まることなく、世界を彩り続けていく。
     ――夜は終わらない、夢は覚めない。いつまでも、いつまでも……現と幻想の間にて、私たちは踊り続けていく。
     紡がれゆく歌声に従うかのように、戦場を駆けまわるリングの群れ。
     身をかがめて避けながら、灰音は懐へと踏み込んだ。
     突き出すは、騎士剣。
     力そのものだけを貫けるよう、非物質化させた聖なる刃。
     踊り子は、力だけを傷つけられて動きを止める。熱い吐息を紡ぎながら、空を仰ぎ始めていく。
     月を見ることすら許さぬと、ペーニャは跳ぶ月を背負うため。
     踊り続けていた淫魔へと、月を背負うキックを放ち……。
    「……私達は主婦じゃありません!」
     強い怒りと共に踏み越えて、波打ち際で着地する。
     淫魔は空を仰いだまま、仰向けに倒れ始めていく。
     一瞥した後、ペーニャは残る淫魔へと向き直り……。

    ●月下の宴に終焉を
     淫魔の舞は止まらない。
     仲間が消えて一人になっても、傷つけられ続けても。
     呼応し飛び交うリングの群れをくぐり抜け、灰音は懐へと入り込んだ。
    「そろそろ終わりにしましょう、この宴も」
     雷を込めた拳を放ち、二歩、三歩と後方へと退かせた。
     さなかには樹彦が背後へと回りこみ、斧を振り上げていく。
    「これで……」
     振り下ろされた斧は淫魔の右肩へと突き刺さり、か細い両膝を沈ませた。
     押し返すこともできず、舞踏を中断させられた淫魔。されど笑みは絶えることなく、歌声もまた響き続けていく。
     ――ああ、夢が終わる夜が明けることもなく。けれど……。
     響く歌声に耳をかさず、ペーニャが青々としたトゲトゲの怪物を模した籠手を握りしめて踏み込んだ。
    「元祖舐めんなコラー!」
     怒りのままに振り下ろされた拳を受け、淫魔はうつ伏せに倒れていく。
     されど笑みが絶えることはなく……。
     ――サイレーン様は目覚めゆく……私達が眠った後……この……世界に……。

     淫魔が泡と化して消えた後、訪れたのは波と風の音だけが聞こえる静寂。
     潮の香りだけが運ばれてくる、今はまだ何もない海岸線。
     月明かりを浴びながら、佐祐理は街の方角へと視線を向けた。
     誰ひとりとして、この海岸に戻ってきた者はいない。帰還した者たちは、これから変わらぬ日々を過ごしていくことだろう。
    「……あ」
     小さく頷いた時、眩い肌色が目に映る。
     戦うために、ダークネスのものへと姿を変えた自分の体。戦うに連れて乱れた髪は、肌を隠すには頼りなく……。
    「――!」
     声にならない悲鳴を上げながら、人間の姿へと戻っていく。体を軽く抱きながら、各々の治療へと移行した。
     これから何が起きるのかはわからないけれど……今宵、救うことができた者がいる。そのことを、胸に強く抱きしめて……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月5日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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