紅のツンデレ淫魔

    作者:小茄


    「何よここ……私、いつから……って言うか、今はいつ?」
     波打ち際。寄せる波につま先を濡らされて目を醒ましたのは、燃える様な紅い髪の少女。
     多少ツリ目気味で気は強そうだが、ツインテール、もしくはツーテールと称される髪型で、整った顔立ちをしている。
     特筆すべきは、彼女が纏って居るのがいわゆる旧式スク水である事だろう。ちなみにその胸は平坦である。
     学年までは書いていないが、刺繍された名札には「あかね」とあった。
    「サイレーン様……それに他の子達は……?」
     それが彼女の名前だとすれば、あかねは周囲を見回して呟き、うぅんと思案気な表情。
    「あの」
    「えっ?」
    「キミ、大丈夫? もしかして迷子とか?」
     そんな彼女に声を掛けたのは、浜辺をランニングして居たらしいユニフォーム姿の球児達。
     部活中だろうに、わざわざ一団を離れて三人の男子が歩み寄る。
    「は、はぁ?! アンタ達、私が迷子になる様な歳に見えるワケ?!」
    「え……いや、ゴメン」
    「じ、じゃあ、友達とはぐれたとか?」
     見えると即答しない程には空気を読む三人。大人の対応である。
    「アンタ達には関係無いでしょ……で、でもまぁ……困ってる事は確かだし、どうしてもって言うなら手助けさせて上げても良いわ」
    「へ?」
    「だ、だから……私を助けなさいって言ってるのよっ! この鈍感っ!」
     やや俯き気味にそっぽを向き、頬を赤らめる。
     二次元の仕草を三次元に導入すると高確率で痛々しくなると言うが、この場合そうはならなかった。
    「お、おう」
     部活一筋の硬派な球児達を、胸キュン(死語)させるだけの萌え力を秘めていたのである。
     それもそのはず、あかねは淫魔であった。
     

    「サイキック・リベレイターの使用によって、大淫魔サイレーン配下が各地で活動を活発化させていますわ。今回もそんな淫魔の事件ですわね」
     有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)によると、現場は和歌山県の白良浜。
     本州では最も早く海開きし、近畿地方屈指の海水浴場としても知られている。
    「で、そのサイレーン配下の淫魔は、現時点では何の指令も受けて居らず、仲間との連絡を取る手段も持っていない様ですわ」
    「右も左も解らない状況という訳か。武蔵坂の事も知らないのだろうな」
     相槌を打つのは、海が似合わない女。三笠・舞以(鬼才・dn0074)。
    「命令が届くまで大人しくしている……と言う事もなく、一般人を籠絡して手籠……手駒にしようとしている様ですわね」
     偶然通りかかった高校球児が、淫魔に魅了されつつある。
     また、夏本番ともなれば、更に多くの海水浴客が県外などからも訪れるだろう。今のうちに手を打たねばならない。
     
    「淫魔……あかねはサウンドソルジャーのサイキックに似た力と、魔導書の様な物を扱うようですわ。赤髪ツインテでツンデレと来れば、やはり炎を使うと」
    「長らく封印されていた淫魔に、そんなトレンドは無いと思うが」
     加えて、野球部員三人が今まさに籠絡されつつある。
     このままだと、彼らも強化一般人として手先にされてしまうだろう。
    「割って入り、これを阻止出来れば戦闘には有利だろうな?」
    「えぇ。もっとも強化一般人になってしまった後も、KOするか淫魔を灼滅すれば、正気に戻るでしょう。そこまでシビアに考える必要は有りませんわ」
     出来ればラッキー、出来なくてもリカバリーは可能と言う程度の認識で良いだろう。
     
    「ともあれ、夏に向けて海水浴場を淫魔のテリトリーにされるワケにはいきませんわ。吉報をお待ちしておりますわね」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達の背を送り出すのだった。


    参加者
    竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)
    富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)
    安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)
    ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)

    ■リプレイ


    「え、えっと……それで、どうすれば?」
    「はぁ? それを私に聞く訳? ったく、この時代の男子はどうなってんのよ……」
     その子は終始ツンツンとした態度。助けられる側とは思えない程偉そうで、有り体に言えば生意気な少女だった。
     今はアニメやゲーム、せいぜいコスプレでしか見ない様な、旧いスク水を着ていて、しかもツインテール。黙って居れば小学生に間違えられてもおかしくない様な容姿だ。
    「しょうがないわねぇ、ヘタレなアンタ達に教えてあげるわよ。こう言う時、女の子がどうして欲しいのか……」
     けれど、そんな風に意味深なセリフを口にしながら、ジリジリとにじり寄ってくる彼女は、その辺の大人の女性よりもずっと色っぽく思えたりもするわけで……。
    「さっさと目、つむりなさい」
    「えっ、う、うん……」
     言われるがまま、目を瞑る。きっと隣の矢野君や鈴本君も、目を瞑っているはずだ。
     彼女は何をするつもりなのだろう。まさか、キスとか……?
     いやいや、会ったばかりで名前も知らない(お互いスク水とユニフォームに名前が刺繍してはあるけれど)同士だって言うのに、そんな急展開有り得るか?
     確かに僕達は部活中なのに抜け出して、彼女を助けようとはしているけれど、そのお礼にしてもいきなりキスというのは考えにくい。
     でも、そんな事を考えて居る間にも、息づかいが感じられる程お互いの距離が近づいて――


    「君達、練習をサボっちゃダメだぞ?」
    「えっ?!」
     目を瞑ったままの間抜けな顔で、為すがまま身を任せている男子達。
     ルイセ・オヴェリス(高校生サウンドソルジャー・d35246)は間一髪のタイミングで彼らに声を掛けた。
    「監督に見つかったら大変だよ。内緒にしとくから」
     水泳部に所属する優しい先輩風のスタンスで、ウィンクを飛ばすルイセ。
     野球部やテニス部ではなく、なぜ水泳部と伝わるかと言えば、彼女もまた紺色の水着を着用していたからである。ただ、心なしか学校指定の水着にしては、デザインが大胆過ぎる気がしなくも無い。
     そして何より、彼女の胸部は豊満であった。
    「(ほら、三笠さんも一緒に)」
    「……そ、そうそう。私達と君達だけのナ・イ・ショだゾっ♪ ……コホン。ところで、その子は?」
     ルイセに促され、こちらもスク水(と白衣と眼鏡)姿の三笠・舞以(鬼才・dn0074)があざとく告げる。
    「あ、そうなんです。この子、迷子って言うか、困ってるみたいで」
     主にルイセの胸をガン見しつつ答える男子。
    「へぇ、そうなんだ。だったら、後はボク達に任せて良いよ」
    「ん……じゃあ、俺達は戻るか?」「そう……だなぁ」
     多少心残りを見せつつも、後を水泳部(?)に任せて立ち去る素振りを見せる男子。
    「待って!」
    「「ほぁっ?!」」
     むぎゅっと、三人に抱きつく様にして捕まえる旧スクツインテ。
    「だ、誰でも良いって訳じゃないんだから……私は、アンタ達が良いって言ってんのよっ」
     平坦とは言いつつも、彼らの腕を思いきり自分の身体に密着させて、相変わらずのツンデレ口調で言う。
    「そ、そっか……最初に声を掛けたのは俺達だし、ここは責任を取って最後まで……」
     身体が触れあった相手には、好意を抱きやすくなると言う心の働きは、心理学的にも明らかになっている。男子は、鼻の下を伸ばしながらその場に留まろうとするが――
    「ツンデレなんて都市伝説だよ!」
    「!?」
     堕ちかけていた男子に、現実を突き付けるのは竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)の声。
    「こいつは色んな意味で危ないから離れて」
    「え、危ない……?」
     そして赤髪ツインテと男子三人を引き離すべく、注意を促す。
    「えぇ、ここはアニメの世界ではありませんよ。誘惑して来る女の子はツツモタセだと思った方がいいです」
     やや極端な思想でこれに同意するのは、安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)。
    「つ、つつもたせ?」
    「はぁ? 何なのよコイツら、突然出てきて……私が美人局な訳ないでしょ!? そのつん、でれ……? とか言うのは良く解らないけど」
     妙な連中が絡んできた、と迷惑そうな表情で反論する旧スクツインテ。
    「大体、まだ海水浴をするには時期が早いですよ。今、水着で居ること自体おかしいと思いませんか?」
     そこへ更なる常識論を展開する、富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)。
     白良浜の海開きは本州最速の5月初旬である。が、この日の気温は二十度前半。当然のことながら、泳ぐには水温が冷たい。
     そんな日に、水着姿で海岸に居ると言うのも確かに妙な話である。
    「……確かにな」
    「うん」
     目を逸らしつつ短く同意する舞以とルイセ。水泳部は水着がユニフォームだからノーカンである。
    「意味分かんないんだけど! 突然因縁つけてきて、アンタ達は何なのよっ。私はただ、この人達と仲良くなりたくて……あっ!」
     言いかけてから、ツインテはハッと気付いて口元を抑える。あざとい。
    「え、えっと落ち着いて下さい。この子は、別に悪い子じゃない……と思います」
    「そ、そうっすよ。いきなり疑うのは可哀相って言うか……」
     男子達は、そんな彼女にあっさり魅了されて庇い始める。
    「惚れた弱みと言う奴か、キュンキュンきてるみたいだね」
     やれやれと腕組みをするルイセ。ただでさえ豊かな胸が圧迫され、谷間が強調される。
    「ごくっ……」
     哀しいかな、ツインテを庇いつつも視線は谷間に吸い寄せられる球児達。
    「考えて見て下さい。ここがもしアニメの世界だとしても、その人がニンジャだったらどうするんですか? あっさりあの世行きですよ」
    「に、にんじゃ? ……にんじゃなんで?」
     その隙に、ジェフは更に説得を試みる。日本についての知識はアニメと時代劇によって得たと言う彼。かなりの偏りが有りそうである。
    「とにかく、おかしな人には関わらないのが賢明ですよ」
     こちらも根気強く、球児とツインテを引き離そうとする良太。
    「おかしさなら、そっちの方がおかしいでしょ!」
     しかしツインテもすかさず反論。
    「じゃあこうしよう、この三味線の中棹を長く胸に挟んで居られた方が」「却下!」
     男子の意識がツインテに行きそうになる都度、その意識を逸らすルイセ。
    「ぐぬぬ……」
     両者一歩も譲らず、激しい火花が散る。
    「おいお前ら! 何してんだよ! 先輩がキレてるぞ!」
     膠着状態を破ったのは、彼方から声を張り上げる野球部員。
    「やべぇ!? すぐ行く!」
    「えっと、申し訳ないけど俺達は行かないと」
     これ以上は命に関わると、再び立ち去ろうとする三人。
     灼滅者達とツインテが言い合いをしている間に、タイムリミットが来てしまったのだ。
    「大丈夫、後はオレ達が何とかするから」
    「くっ……ま、待って」
     邪魔が入ったとは言え、狙った獲物に逃げられるのは淫魔としての矜持に関わると考えたのだろうか、ツインテは駆け出した三人のうち一人の手を捕まえ、なんとそのまま強引に口付けしたのである。
     ――ズキューン!
    「あっ。しまったな……まぁ仕方ない」
    「そうだね」
     立ち去ろうとする彼らの為に、道を開ける形になっていた灼滅者も、位置的にこれは阻止出来なかった。
    「だ、誰にでもこんな事するって思わないでよね……アンタだけなんだから」
     顔を赤くして俯きながら言うツインテ淫魔。
     捕まった男子の方はその数倍赤い顔をしていたが、やがて瞳からは光が消えてゆく。


    「ふうっ、妙な邪魔を入れてくれちゃって……まぁ良いわ。アンタ達もついでに私の虜にしてあげる。情報収集するにも何するにも、頭数は必要だし」
     唇を手の甲で拭うと、今度は灼滅者の男性陣へ照準を定める淫魔。
    「ただし水着のアンタ達は覚悟しておきなさいよ。特にそっちの、ちょっとくらい胸が大きいからって、私の獲物にちょっかい出してくれちゃって」
     どうせこの場に居るのは、これからしもべにする男と、始末する女だけ。そう考えたのか、淫魔は本性を現す様に言う。
    「誘惑合戦は苦手ジャンルなんだけどね。大小さまざま取り揃えていたこっちが有利だったかな」
     しかし相手の正体は既に見通している灼滅者。ルイセは軽く受け流す様に応える。
    「……大……小?」
     対照的に、こちらは何か引っ掛かる様子の舞以。
    「悪いけど、ツンデレブームも過ぎて、もう、あんまり受けないと思うよ」
     まして自分達には。
     登はスレイヤーカードを解放し、その手に装着しているアイアスの盾を展開する。
    「えっ?」
    「寝てた割には、最近の流行りなど良く知ってましたね。その点は感心します」
     続いて、サウンドシャッターを展開する良太。
    「寝起きのところを申し訳ありませんが、灼滅しに来ました」
     ビハインドの中君が、音も無く球児の背後へ回り込むのに呼応し、自身は真っ向から距離を詰める。
    「ふ、防いで!」
    「君達……あかねを虐める事は許さないぞ!」
    「すぐに目を醒まさせて上げます」
     淫魔の命令を受けて、ようやく戦闘態勢に入る球児。しかしワンテンポ早く、良太の拳がその頬へと炸裂する。
    「ぐはっ!」
    「タンゴ、集中攻撃です」
     良太と中君の挟撃から間を置かず、更なる連続攻撃を仕掛けるジェフ。彼のウィングキャット、タンゴも魔力を集中させる。
    「ニッポンの伝統文化。淫魔で無ければ、最後まで見たいところだったのですが……」
    「くっ、そう簡単にやられてたまるか……俺があかねを守るんだ!」
     バットを振り回し、抗戦の意思を示す球児。しかし炎を纏ったダイダロスベルトは、不規則な軌道を描いて球児の身体へと食らい付く。
    「あ、アイエエエ!!」
     バットが空を切り、タンゴの放った魔力の結晶が球児の顔面で爆ぜる。
     あわれ球児は見せ場も無く倒れるが、命があるだけマシだと思って貰おう。キスもしてたし。
    「な、何なのよアンタ達! 最初から、と言うか……私がここに居るのも知ってたって事? それにその力……まぁ良いわ。私も久しぶりに少し暴れたい気分だし、半殺しにした後でゆっくり楽しんでやるんだから!」
     魔道書を手に、詠唱を始める淫魔。
    「灰になりなさい!」
     膨大な魔力が巨大な火球を形成し、瞬間的に灼滅者を呑み込む。
     サウンドシャッター内に、ドズンッ! と、地を揺るがす様な爆発音と衝撃波が走る。
    「……って、やりすぎたかしら。久しぶりだから力加減が上手くいかないわ。それにしても、あんな力を持った人間が五人も群れてるなんて……っ?!」
     小首を傾げ、思案する淫魔。
     だが、それを中断させるのは、爆煙の中から響く力強い旋律。
    「やれやれ、ツンデレとは御しがたいね」
     煙が次第に晴れれば、ギターを掻き鳴らし復活の歌を紡ぐルイセの姿。
    「あ、あれを食らって無事だなんて……」
    「炎使いですか。僕も得意ですよ」
     同じく煙を払ったジェフはそう告げると、拳に炎を宿して急速に間合いを詰める。
    「ち、ちょっと待ちなさいよ! アンタ達、なんか結構強いみたいだし、どどどどうしてもって言うなら私の仲間にしてあげても良いわよ。でも勘違いしないでよね、誰にでもこんな事言ってる訳じゃないんだからっ!」
     想像を遥かに上回る灼滅者達の力に、方針を変更する淫魔。
    「確かツンデレは知的キャラが苦手ですよね」
    「くっ……あぁぁっ!」
     タンゴの肉球パンチを辛うじて防ごうとする淫魔だが、それもジェフには予想の行動だったのだろう。燃えさかる縛霊手を、ガードの空いた彼女の腹部へと叩き込む。
    「ツンデレ……リアルで考えると単なる面倒臭い人なんですが」
     冷静な口調で言いつつ、クロスグレイブを構える良太。
     淫魔の深い業を凍結させる、断罪の閃光が迸る。
    「それに、テンプレって事は、やることも読みやすいよ!」
     キャリバーのダルマ仮面、中君に続き、登も地を蹴る。
    「だ、だから何なのよ! 私はそのつんでれ? とか言うんじゃ、全然ないんだからぁっ!」
     ツンデレは自分がツンデレである事は断固として否定する。お約束に忠実な淫魔ではあるが、それはそれとして集中攻撃によりもはや瀕死の状態。
    「これで、終わりだ!」
     その身体を掴んだ登は、急角度をつけて地面へと叩きつける。
    「ひゃあぁぁんっ!!」
     断末魔の悲鳴を上げ、倒れ伏す淫魔。
     やがてその姿は、跡形も無く霧散した。


    「うーん、赤というと戦隊もののリーダーの印象なんだけど……これも時代なのかなあ……」
     複雑な表情で呟く登。
    「それでも、やはり赤は主人公やヒロインの色になるケースが多い様ですね」
     自身が鑑賞してきたアニメを思い返しつつ、相槌を打つジェフ。
     ジャンルは違えど、やはりレッドの存在感は大きいのかも知れない。
    「ところで、そこの男子はまだ起きないのか?」
    「もしもし、起きて下さい。部活が終わってしまいますよ」
    「ん、ぇ? ……あれ、俺は一体何を……?」
     良太が揺さぶると、ようやく意識を取り戻す球児。
    「そうだ、ツインテの女の子は……?」
    「さぁ、ボク達が来たときには居なかったけど……夢でも観てたんじゃないかな?」
     ルイセは球児の問いに微笑んでそう答えると、持参した三味線を弾き始める。

     こうして、生まれる時代は早すぎ、目覚める時代は遅すぎたような淫魔を無事灼滅した一行。
     命は救われたものの、相当怒られる事が確定した球児を見送った後、武蔵坂への帰途に就くのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月7日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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