潮風は、何も語らず

    作者:波多野志郎

    「――そりゃあないだろ、サイレーン様」
     途方に暮れた表情で、一人の女が呻いた。暗闇の海、その浜辺に立つ女は一言で言えば颯爽としていた。一八十近い長身。スラリと長い手足、ショートカットの黒髪、顔立ちは中性的に整っている。
     しかし、その勝ち気な表情も曇っている。あるいは、途方に暮れているというところか。
    「あー、みんなにゃ連絡取れないし、サイレーン様からの命令もなしっと……どうしろっての、これ」
     肩をすくめ、女は踵を返した。こうなっては、仕方がない――出来る事は、時間を潰す事だけだ。
    「まったく。じゃあ、まずは――」

    「颯爽としてても、淫魔は淫魔なんすねー」
     しみじみと、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はそう切り出した。
    「もう、多くの人が知ってると思うっすけど、サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化してるっす」
     今回は、そんな状況で復活した大淫魔サイレーン配下の淫魔の灼滅してほしいという依頼だ。
    「ハーレムでもこさえて暇潰しっていうのも、人生狂わされちゃう人が出るっすからね。それに、より上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って軍団を作り上げる可能性が高いっすから、今の内に数を削っておくのは有効な手っす」
     今回、淫魔が目覚めた浜辺で、接触できる。今なら配下などは存在せず、単独の淫魔と戦えるだろう。
    「光源は必須、ESPによる人払いもお願いするっす。今なら、全員が力を合わせれ勝てるはずっす」
     敵は目覚めたばかりとはいえダークネス、強敵だ。油断せずに、対処に当たってほしい。
    「こういうコツコツとした積み重ねが、先で役立つっすから、しっかりとよろしくお願いするっす」


    参加者
    アンカー・バールフリット(彼女募集中・d01153)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    立花・奈央(正義を信ずる少女・d18380)
     

    ■リプレイ


    「サイレーンで海、ねえ。乙姫だとか竜宮だとかニライカナイだとかそういうのの原型だったりしてもおかしくはなさそうだが」
     夜の海、その漣を耳にしながら淳・周(赤き暴風・d05550)が呟いた。海というのは、多くの伝承の舞台となるものだ。確かにその伝承にダークネスが関わっていないとは、限らないだろう。
    「しっかし竜宮なら浜辺の配下を苛める形になるよなー。童話だったらアタシら実に悪人だな!」
     そんな風に、周が開き直ってしまうのも仕方がない。何にせよ、放置出来る相手ではないのだから。
    「淫魔って異性が好みそうな容姿ととりあえず肌見せておけばいいみたいな連中ばっかりな印象だったけど、ああいうタイプもいるんですね」
     立花・奈央(正義を信ずる少女・d18380)はこちらへ歩いて来る人影を見て、そうこぼした。スラリと長い手足の、一八十近い長身。ショートカットの黒髪。中世的な整った顔立ちの、颯爽とした美人だ。
    「よぉ、淫魔のねーさん。暇してんなら、俺らと遊ぼうぜ」
    「……あん?」
     ナンパの常套文句でありながら、野乃・御伽(アクロファイア・d15646)の表情には好戦的な笑みが浮かんでいる。それに眉根を寄せた女に、アンカー・バールフリット(彼女募集中・d01153)は軽快に捲くし立てた。
    「お姉さん、絶対種族間違えてるって。今なら種族替えが安くできるし、アンブレイカブルとかお勧め! ちなみに最近のトレンドは六六六人衆だよ!」
    「んだよ、それ」
    「そういやラブリンスターが現役引退して普通の女の子になったよ」
     ぼそりと付け加えたアンカーの言葉に、女が小首を傾げると奈央はスマホを見せた。
    「こんばんは、古い時代の淫魔さん。あなたの時代にはこんな物なかったでしょう?」
    「お、世の中進歩してんだなー」
     壁紙のラブリンスターの顔には、女は反応しない。その表情に、森沢・心太(二代目天魁星・d10363)は合点がいった。
    (「おや、彼女を知らないみたいですね」)
     彼女だけがそうなのか、あるいはサイレーンの配下全員がそうなのかは不明だが、どうやら少なくとも女はラブリンスターの事を知らないらしい。
    「……まぁ、アレだ。戦いに来たんだろ? お前ら。いいぜ、やろう。どんだけ体が動くか、確かめてみたいしな」
     コキリ、と肩を振ってストレッチする女に、心太はESPサウンドシャッターを発動させながら言った。
    「こういうときはなんて言えば良いんですっけ? ――ああ、そうだ。初めまして、死ね」
    「わかりやすくていいねぇ……!」
     ザザン、と砂場で女――淫魔がステップを刻む。まるで踊るように、否踊り始めた淫魔はその長い手足で灼滅者達へと襲い掛かった。


     ヒュ――ガガガガガガガガガガガガガガガガ! と淫魔のパッショネイトダンスが、瀑布のように連打を放つ。情熱的な激しいダンスは、即恐るべき攻撃へと変わる――だが、その中を周が一気に駆け抜けた。
    「寝起きに悪いがもう一回永い眠りについて貰うぞ」
     炎に燃えた周の拳が、一直線に夜に軌跡を刻む。それを淫魔は、左手で受け止めた。ジュ、という肉の焼ける音、しかし、淫魔は更に壮絶な笑みを浮かべるのみだ。
    「さあ、この戦いを楽しみましょう」
     そこへ、心太が迫る。横回転で遠心力をつけてからの、異形の怪腕。心太の薙ぎ払うような鬼神変の一撃を、淫魔は砂地を蹴って跳躍。その腕に乗るように足の裏で受け止めると、そのまま後方へ跳んだ。
    「いや、いいね。悪くないリズムだ」
    「お姉さああああああああああああああ、げふ!?」
     着地した淫魔へ、アンカーのルパンダイブからのフライングボディプレスが襲う。淫魔はそれを反射的にハイキックで迎撃、蹴り飛ばした。
    「気色悪い!?」
    「ありがとうございます!」
     ご褒美です、と言わんばかりにのたまい、白のケミカルライトをばら撒きながらアンカーは見事に着地する。その間隙に、右腕の縛霊手を燃やし御伽が迫った。
    「厄介な種は芽吹く前に燃やせ、ってな。俺のモットー、今考えた」
     ヴォン! と豪快な風切り音と共に、御伽のレーヴァテインが放たれる。その一撃をブロックするも、淫魔は耐え切れない。そのまま宙を舞った。
    「ったく、強引な連中だ!」
     空中で身を捻り、淫魔はズザン、と砂を巻き上げ着地する。奈央はすかさずガトリングガンの銃口を向けて、引き金を引いた。
    「すごいバランス感覚ね」
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン! と砂浜に次々と着弾する銃弾の雨、その中をステップを刻みながら駆ける淫魔に、奈央は感心する。その姿は、淫魔という印象からは程遠い――むしろ、憧れさえ抱きそうな凛々しさがある。
    (「長身で颯爽とした美人とかちょっと憧れるわ」)
     とはいえ、魅了などされない。されてやらない。憧れるからこそ、認めるからこそ強敵として敬意を払って全力を倒すのみだ。
    「そうそう、本気で来てくれないとね――こっちも、ギアを上げていくよッ!」
     銃弾の雨をかいくぐり、淫魔はその足で横一閃に薙ぎ払う。それと同時、月光衝の衝撃が夜の浜辺を穿った。


     ズザァ! と砂柱が高く立ち昇る。
    「ああ、そうだ。今の時代の事情を知らないでしょうし、教えてあげます」
     心太の零距離からのショートアッパーが、淫魔の顎に放たれる。しかし、淫魔はそれを肘打ちで受け止めた。
    「灼滅者があなた達と戦えるほどに強くなったと」
    「みたいだねぇ、ワクワクする話だ」
     ギリギリギリ、と拮抗する肘と拳、しかし、すぐさま心太は一歩下がる。バチン、と雷を走らせ再行動した。
    「木生火、木気は火気を生む」
     燃え上がった回し蹴りが、横一閃に走る。心太のグラインドファイアを、淫魔はガード――そのまま、横へと素早く跳んだ。蹴られる勢いに逆らわず、否むしろ利用して高速で跳ぶ。
    「逃がさないわよ」
     ドドドドドドドドドドドドドドドン! と背後に生み出した魔法の矢を、雨のように奈央が撃ち放った。あるものは弾き、あるものは受け流し、だが圧倒的数の前に淫魔の足が止められる。その瞬間に黒い影糸が、影の茨が、淫魔の手足に絡み付く――周の睦月による影縛りだ。
    「そういやサイレーン配下の淫魔って海の方から来るの多いみたいだけど昔他のダークネスに陸から追いやられたのか? そんなに強くはないみたいだからそうであっても不思議じゃないけどな」
    「見え透いた挑発は止めなって」
     周の挑発を淫魔も笑い飛ばす。強引に振り切った淫魔は、そのままオーラを宿した拳で周へ向かって連打、連打、連打――だが、その閃光百裂拳を受け止めたのは素早く庇った御伽だった。
    「ハッ、そう簡単にやられると思ったか?」
     展開したシールドを業火に包み、御伽は凶暴な笑みを浮かべそのまま突撃した。
    「燃えろ」
     そのカウンター気味のレーヴァテインに、淫魔が砂浜を吹き飛ばされ転がっていく。すぐさま起き上がる淫魔を前に、御伽は言ってのけた。
    「守りは任せとけって。攻撃の手は緩めんなよ、思いっきりブチ込め」
     仲間が攻撃に集中出来る状況を生み出すための決意と覚悟が、そこにはあった。そこへ、アンカーは光輪を投げ放ち盾の守りとして回復させる。
    「そんなものかい? こっちはまだまだ行けるよ?」
    「そうかい、なら最後までいってみようか!」
     アンカーの言葉に、立ち上がった淫魔が笑う。好戦的な笑みではない、ただただ全力を引き絞る快感を楽しんでいる、そういう笑みだ。
    「淫魔にも、ああいうタイプもいるのね……」
     おそらくはダンスが、体が動かすのが好きな淫魔なのだろう。そう、奈央は納得する。ただ、それが進んで破壊的な方向に向かわないだけで振るう事は躊躇しない、という危うさを秘めてはいるが。
     武闘も舞踏の一種だとすれば、今夜のこの戦場で行われた戦いこそがそうだろう。敵も味方も、誰もが加速する戦闘のリズムを全身に浴びていく。一瞬でも気を緩めれば置いていかれる――この場では、それは敗北を意味する。
     めまぐるしく入れ替わる攻防、互いが互いを高みへと押し上げていく舞踏の流れを大きく変えたのは――。
    「はははは! いいねぇ、いいねぇ、楽しいねぇ!」
     砂場を蹴って、淫魔が心太へ迫った。オーラを宿した左右の拳から放たれるコンビネーションブロウ、その閃光百裂拳が――空を切る。
    「ッ!?」
    「いち、にの、さん!」
     いつか見たアンブレイカブルに教わっていた淫魔のステップ、相手のリズムに乗って上を取る回避で拳の連打を心太はかいくぐった。ほんのわずか、当たらなかったから空を切る拳が淫魔の体軸を歪める!
    「そこだよ!」
     ヒュガガガガガガガガガガガガガガガ! とその一瞬を見逃さず、アンカーのマジックミサイルが降り注いだ。防御が間に合わない、ならばと攻撃を受ける事も構わずわずかな狂いを修正しようと淫魔の腹部を巨大な拳が捉えた――心太の鬼神変だ。
    「この隙は逃しません」
     一瞬の踏み込みから放たれた異形の拳打が、淫魔をのけぞらせる。自ら跳んで威力を殺す余裕もない、強引に踏ん張った淫魔へ御伽の足元から影が伸びた。
     そのまま、影が淫魔を飲み込む。淫魔は影の内側から必死に這い出るが、御伽は壮絶な笑みを浮かべるのみだ。
    「やっちまえ、本命」
     そこへ、周と奈央が同時に駆け込む。周の拳を皐月の焔のごとく、血のごとく、どこまでも紅い闘気が包み。奈央もまた、自らのオーラを全力で両の拳に込めた。
    「やられる――か!!」
    「それでもやるのが、正義のヒーローだ!」
     淫魔もまた、閃光百裂拳で相殺しようと連打を繰り出す。周が吼え、奈央も言い切った。
    「あなたを、超えていくわ!」
     ダダダダダダダダダダダダダダダダ! と無数の火花と激突音が鳴り響く。最初は、二人と淫魔の中心で起きていたそれが、徐々に圧されていった。威力で劣ろうと、手数で勝っているのだ。一発、二発、三発と淫魔へと周と奈央の拳が届く数が増え――やがて、オーラの花が淫魔を飲み込んだ。
    「は、はは、は……悪くは、なかった、ね……」
     淫魔の体躯が、ゆっくりと崩れ落ちる。その笑顔には、全力で踊り抜けた……その実感と達成感に満ちていた。


    「……手がかりは、なしか」
     周が周辺を探してみたが、手がかりは何も残っていなかった。否、最初からセイレーンに繋がるような手がかりがあれば、この淫魔がそれを辿ればよいだけだったのだが……。
    「まぁ、結構楽しめたぜ」
     御伽が、そう満足げに言い捨てる。誰もが、無傷ではない。全力を尽くして、お互いに暴れあった――どこか心地よい気分でさえあった。
     こうして、一つの戦いは幕を閉じる。これから行われていくだろう、サイレーンとの戦い。この戦いの結果が、その結末に確かに繋がるものなのだ、そう思いながら灼滅者達は戦いの熱気が残る砂浜を後にした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月8日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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