断崖絶壁から、這い上がり

    作者:波多野志郎

     夕日が沈む、海が見せる断崖絶壁。それは一日の終わりを心に染み渡らせる、絶景であった。
     しかし、問題は陸から海を見た時のそれではない。海から陸を見た時にこそ、見つけられた。
    「よっ、はっ、とっ」
     断崖絶壁を、軽々と這い上がる女が居た。見た目の年齢は二十歳前後、栗色の長い髪に褐色の健康的な肌。引き締まった体躯は、中世的な魅力に満ちている。だが、その黒いパーカーにハーフズボンといういでたちの体は人を引き寄せる魅力があった。
     そして、もう一つ。体を動かす事に長けた者なら、目を見張ったかもしれない。そのバランス感覚、反射神経、瞬時に掴むべき岩を選ぶ選定眼――どれもが高いレベルで、備わっている事に。
    「うんしょっと――!」
     腕の力だけで一気に這い上がった女は、そのままクルリと空中で回転。断崖絶壁に、着地する。そこの思わず拍手が上がる、たまたま夕日を眺めていた青年達だ。
     その青年達に、女はニコリと笑っていった。
    「ちょうどいいや、君達、ボクのモノになってよ!」


    「そんなナンパが成功するんすから、淫魔の魅力ってすごいんすね」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の的外れなのか、逆に的確すぎるのか不明な感想は別にして。
    「サイキック・リベレイターを使用で、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化してるんすけど、今回はその内の一件をみんなに担当してほしいんす」
     現状、復活した淫魔は状況を把握していない。だからこそ、淫魔の本能に従ってハーレムを作成しようとしている。今なら、そうなる前に対処も可能だ。
    「このままだと、上位の淫魔が現れればその命令で集まって来る可能性が高いっすからね。削れる時に、戦力は削っておかないとっす」
     夕暮れ、問題の断崖絶壁に待ち受けていれば相手は這い上がって来る。光源の用意こそいらないが、青年達がやって来ないようにESPによる人払いは必須となるだろう。
    「ここでしっかりと倒しておけば、一般人が犠牲になる前に終わらせられるっす」
     とはいえ、相手もダークネス。こちらの全員が力を合わせ、ようやく互角――その事を忘れず、挑んでほしい。
    「不意打ちとかはバベルの鎖に察知されるから、真っ向勝負っすね。確実に敵の戦力を削っておくため、よろしくお願いするっす」


    参加者
    ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    央・灰音(超弩級聖人・d14075)
    オリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)
    蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ


     夕日が沈む、海が見せる断崖絶壁。その絶景を前に、蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)がしみじみと呟いた。
    「断崖絶壁を這い上がってくる女淫魔さんですか? 腕の力だけで一気に這い上がったという事は、流石ダークネスといったところでしょうか?」
     覗き込めば、崖はかなりの高さで急勾配だ。しかし、自然の崖だけあって掴める場所や足掛かりだけは多い。確かに、ダークネスの身体能力なら登って来れるのもうなずけた。
    「えっと、ナンパさんが成功しちゃうのですか……すごいのですけど……その、男性の方は引いちゃったりしないのでしょうか? 崖を登って来ちゃった方でも……」
     それを実際に目にしたからこその、アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)の感想だ。ユエファ・レィ(雷鳴翠雨・d02758)も、その事実に感嘆の表情を見せる。
    「運動が出来る事や、強さというものにも魅力があるする……は理解できますけれど、それで配下を増やせてしまう辺りは、さすが……と言うべきなのでしょ、か?」
     それが淫魔のすごいところなのか、男達の単純さなのかはわからないが。
    「今は1つ1つの事件を丁寧に潰して相手の力を削がないと」
     早く原因を断ち切りたいという思いもある、しかし焦りは禁物だと忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)が呼吸を整えたその時だ。
    「先手必勝です!」
     ニホンオオカミの姿から一気に元の姿へ戻った央・灰音(超弩級聖人・d14075)の蹴りが、薙ぎ払われた。しかし、崖から登ってきていた相手は既に宙に跳んでいた――読んでいたのだ。
    「なーにか、嫌な予感がすると思ってたんだよねっと」
     クルン、と空中で前転して着地したのは一人の女だ。見た目の年齢は二十歳前後、栗色の長い髪に褐色の健康的な肌。引き締まった体躯は、中世的な魅力に満ちている。だが、その黒いパーカーにハーフズボンといういでたちの体は人を引き寄せる魅力がある――淫魔だ。
    (「どんな姿でも、淫魔であり、ダークネスであるなら灼滅する。僕が強くなるためにやることは、それだけだ……容赦はしない」)
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)の瞳に、力が宿る。それに気付いて、淫魔もニコリと笑った。
    「もしかしなくても、ボクに用かな?」
    「ええ、私、ちょうど肉のサンドバックが欲しかったところなので」
     それに、満面の笑みで返したのはオリシア・シエラ(アシュケナジムの花嫁・d20189)だ。それに、淫魔はムっと眉根を寄せる。
    「ボクは、そういう趣味はないなー。サイレーン様ほど、振り切れてないし」
    「それそれ、サイレーンってどんな人なの?」
     ちょうどいい、と玉緒が問いかけると、淫魔はうーんと考え込んだ。両腕をくねくねと、軟体生物のように動かしながら淫魔は言う。
    「こう、なんていうか……ボクの言語能力じゃ表現できないというか、曖昧模糊というか……?」
     その表情から、真剣に言葉を探そうとしたのは確かだろう。あまりにも要領を得ない表現だった。
    「私達は、灼滅者……運動神経やバランス感覚も、1つの魅力の形と言うするなら、私たちにそれを見せていただければ……と」
    「ああ、うん。それはわかりやすいねー」
     ニコリ、と淫魔は、屈託なく笑う。軽々と体重を感じさせない動きで屈伸する淫魔に、苺はペコリと頭を下げた。
    「よろしければ、名前を教えていただけますか? 私の名前は蒼井・苺です」
    「あ、名前? ボクはスサンナ。よろしくね?」
     淫魔、スサンナはあっさりと答える。しかし、富士川・見桜(響き渡る声・d31550)は真剣な表情のままゆっくりと青白く燐光を発するリトル・ブルー・スターを構えた。
    「私はそんなに身軽じゃないし、そんなに力も強くないけど私には歌があるからね」
    「いいね、自分の一番があるっていうのが最高だ」
     スサンナは見桜の呟きにそう言い放つと、両手を振るった。そのオーラが、瞬く間に翼のごとく広がる――。
    「――――」
     グ、と胸元で、玉緒が両親から貰った鍵を握り締める。玉緒の意識が戦闘へと切り替わった直後、オーラの翼が灼滅者達を薙ぎ払うように繰り出された。


     オーラによるイカロスウィングが、岩場を豪快に削っていく。その石が舞い上がる中、苺は黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るった。
    「私がみなさんをお支えします!」
     苺のイエローサインと同時、霊犬の胡蝶の夢が六文銭を射撃する。それを左手で払ったスサンナに、見桜が踏み込んだ。
    「私が先頭に立ってみんなを勇気づけるんだ――がんばらないとね」
     隕鉄製の無骨な両手剣が破邪の輝きを宿して、横一閃放たれる。見桜のクルセイドスラッシュを、スサンナはオーラを宿した右腕で火花を散らしながら受け止めた。
    「では始めましょうか。「血霧の十字架」が奏でる、朱血肉躙(シュチニクリン)の宴をね……」
     そこへ、オリシアが続く。サンテミリオンを手に鋭く襲いかかるオリシアの連打を、スサンナは後退しながら受け流していく。
    「――結構、はしたないね、キミ!?」
     オリシアの上段回し蹴りのフェイントをしゃがんでかわしたスサンナが、思わずツッコミを入れる。何を見たのかスサンナが言うより早く、断斬鋏を手に回り込んだ玉緒が、斬撃を放った。
     玉緒の殺刃鋏は、身の捻ったスサンナの脇腹をわずかに捉えるに留まる――しかし、それこそが玉緒の狙いだ。
    「お願い」
    「ああ」
     短いやり取りで、雄哉が答える。雷を宿した拳が、身を捻ったスサンノの顎の位置へ正確に繰り出されていたのだ。冷静に相手の動きに見計らったコンビネーション――雄哉の抗雷撃が、スサンノの顎にクリーンヒットした。
    「――いや、浅い」
     だが、スサンナは即座に自身で上に跳んで威力を殺している。雄哉も、拳に残った手応えの軽さにそう判断。即座に、その場を跳んで後退した。
     直後、スサンナの牽制で放った暴風が周囲を薙ぎ払った。その暴風を刺し貫いてスサンナに届いたのは、アイスバーンの射出したレイザースラストだ。
    「んと、タリーアさん、ありがとうございます……」
    「お見事です」
     アイスバーンを賞賛しながら、すかさず灰音が跳ぶ。銀色の半獣化したその右腕を、灰音は強引にスサンナへ振るった。
    「っと――!」
     それを、空中のスサンナは両腕でブロック。しかし、灰音は構わない。
    「叩き落してあげます!」
     そのまま幻狼銀爪撃で押し切り、スサンナを岩場へと叩き落とした。スサンナは叩き付けられる寸前で横回転、猫のようにバランスを取って両腕も利用して着地に成功した。
    「ははは、すごいすごい! これは、ちょーっとマズいかなー」
     ニヤリ、と笑いながらスサンナは立ち上がる。自身が置かれた状況を理解してなお笑う――楽しむ気概が、彼女にはあった。
    「魅力勝負をする気はないですけれど、(物理)と付く方の女子力なら多少心得あるします……ね。いざ尋常に勝負……言うやつです、よ」
    「うんうん、いーね、それ♪」
     銀雷を掲げ、ドラゴンパワーを発動させるユエファに、スサンナは目を細める。それは、どこか猫を思わせる愛嬌ある仕種だった。
    「リズムが読まれるなら、もっともっと加速するよ? ちゃーんと着いてきてね?」
     ガン! と岩が砕かれ、舞い散る。四肢を利用して加速したスサンナの、激しいダンスが灼滅者達を襲った。


     夕暮れに染まる絶景で、戦いがただ加速していく。
    「まったく、足癖が悪いですね」
     ギギン! と騎士剣で火花を散らしながら、灰音はスサンナの牽制の蹴りを弾く。そして、返した刃で魂を断つ斬撃を繰り出した。
    「おっと」
     しかし、灰音の神霊剣を、スサンナはのけぞって回避。そのまま跳ね上げた足で、騎士剣を大きく蹴り上げた。スサンナが体を捻って後ろ回し蹴りを放とうとするが――灰音は、むしろ笑みをこぼした。
    「速度勝負、じゃないから……!」
     そこへ、タイミングを合わせてユエファの緋色のオーラをまとった銀雷が振り下ろされる! 紙一重でそれを受け止めたスサンナへ、ユエファは銀雷に全体重を乗せた。
    「えっと、ジンギスカンさん、食べちゃって下さい」
     そこへ、デフォルメされた数匹の羊の影が襲い掛かる――アイスバーンの影喰らいだ。影の羊の群れにスサンナが飲み込まれた、そう思った瞬間だ。
    「メルヘンすぎるよ!?」
     ゴォ! とスサンナを中心に巻き起こった旋風が、灼滅者達を飲み込んだ。しかし、その風の音にも負けない確かな歌声が、絶景の中に響き渡る――見桜のディーヴァズメロディだ。
    「さあ、みんな勇気をあげるよ」
     その歌声に背を押されるように、雄哉は一気に踏み込んだ。
    「何を考えているか知らんが、ここで見逃す理由はない」
     その手に生まれたオーラの砲弾を、至近距離でスサンナへと叩き込む。ドォ! という爆発が、ヴォルテックスを打ち消していく。
    「この程度、問題ありません」
     そして、苺のイエローサインが、胡蝶の夢の浄霊眼が仲間達を回復させた。ダメージを受けた分、素早い回復だ。
    「まだまだ、速度は上げられるのでしょう?」
     死角から滑り込み、ガローティア・サルバドール・クエリオをオリシアは振るう。禍々しい真紅の軌跡がスサンナのふくらはぎを切り裂き、玉緒は背後から振るった鋼糸でスサンナを切り刻んだ。
    「もう1度聞くわ。サイレーンのことを教えなさい」
    「だからぁ、言葉で説明できるレベルじゃないって言ってるじゃん!」
     スサンナは、そう吐き捨てると大きく間合いを開けた。その言葉には、一切の誇張も嘘もない――彼女の語彙が残念なのか、あるいは本当に言葉で表現できない相手なのか、判断に難しい。
    「んと、何者なんでしょう……サイレーンさん……」
    「ここまでくる、と……逆に、興味深い、ね……」
     アイスバーンの疑問に、ユエファも唸った。いずれ見える事になるサイレーンに、どんな印象を抱くのかは未来の彼女達しか知らない事だ。
     そのためにも、今を勝つ必要がある――そのために、灼滅者達はただ全力を尽くすのみだった。
    「よいしょっと!」
     ギュオン! とスサンナの放ったオーラキャノンがアイスバーンへ放たれた。それに、アイスバーンが反応した刹那――ヒュガン! と一直線に放たれたSleeping Beautyがオーラの砲弾を撃ち抜いた。
    「うっそ!?」
    「あ、あの……タリーアさん今日も綺麗ですね?」
     驚くスサンナに、思わずご機嫌伺いするアイスバーン。当然、と言いたげにオーロラ状のリボンが揺れる。その瞬間、一気に灰音が飛び込んだ。
    「隙有りです!」
     放たれるのは、鍛え上げられた拳――灰音の鋼鉄拳が、スサンナのガードの上から強引に振り抜かれた。足場の岩に背中から叩き付けられたスサンナは、それでもなお立ち上がる。そのまま、後方へ下がろうとするスサンナを、ユエファが許さない。
    「逃がすする、ない……!」
     バチン! と雷を宿したユエファの拳が唸りを上げ、スサンナの顎を打ち抜いた。反応は間に合わずそのままスサンナは宙に浮かされ、雄哉の冷たい炎がその細い体躯を飲み込んだ。
    「ダークネスなら大人しくここで灼滅されろ」
     そして、再行動。雄哉が一気に駆け込み、ウロボロスブレイドを振るう。冷気に染まるスサンナの急所を的確に、冷酷にかつ荒々しく切り刻んでいった。
    「繋げます!」
     そこへ苺が燃え盛るグラインドファイアの回し蹴りを放ち、胡蝶の夢の斬魔刀が突き立てられる! スサンナは、それでもなお笑い、体勢を立て直そうとした。
    「まだま――ッ!?」
     しかし、言葉が途中で途切れる。その体を影が、ダイダロスベルトが、そして鋼糸が縦横無尽に走り空間全体を封じ込めるようにスサンナを絡めとった。
    「私のイトからは逃げられない。アナタはここでお終いよ」
     玉緒の宣言と共に、オリシアと見桜が同時に動く。
    「……さあ、宴も闌です。何が何だか状況が分からないでしょうけど、貴方は此処で血に濡れ沈んでいただきます――私はオリシア・シエラ。冥土の土産に覚えておくといいでしょう」
     オリシアが紡ぐ、空飛ぶ幾多の十字架を語る血霧の十字架の奇譚が。
    「これで、終わりよ」
     傷つき、なおも味方を守り抜いた事を誇りながら見桜は回転しながら下段からリトル・ブルー・スターを振り上げ。
     血塗られた十字架の連撃が、青白い軌跡の一閃が、スサンナを打ち倒した……。


    「……大丈夫?」
    「ああ、問題ない」
     玉緒の問いかけに、雄哉は短く答え起き上がった。意識の断絶、それを自覚しながらもそれ以上は語らない。
    「飲み物、どうぞ」
     見桜は、そう仲間達へドリングを差し入れていく。喉を潤せば、体に疲労が戻ってくる――それほどまでに、激しい戦いだったのだ。
     夕日が、海に沈んでいく。夜は、すぐにやって来る。それは、この海のどこかにいるだろうサイレーンの訪れを予感させる光景だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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