●バトルフィリア
ビジネススーツ姿の女が裏路地を歩いていた。
悪魔のような尻尾がふわりと持ち上がる。そのことから分かるものも居るだろうが、彼女は復活した淫魔なのだ。
「命令も無い以上、待機するほかないか。ならまずは……」
待機に適した自分の居場所を探すのが定石。
本来なら人間を誘惑してハーレムでも見繕うところだが。
彼女の趣向は一般的な人間の抱くそれと大きく違った。
「おい、そこの連中」
裏路地でたむろしていたガラの悪い男たちに声をかける。
不思議そうに見る彼らへ予告も無く駆け寄ると、淫魔はリーダーらしき男の顔面を靴のつま先で蹴りつけた。
「なっ、テメェ……!」
思わず掴みかかろうとする別の男。しかし淫魔が素早く繰り出した肘が腹にめり込み、前屈みになった所へ鼻めがけての膝蹴りが入った。
これを完全な戦意と見なしてナイフを抜く男たち。四方八方から繰り出されるそれを指や拳を使って高速ではねのけ、舞うように全員をたたきのめす。
「うん……フフ、悪くは無いが、これじゃあイけないな」
折れたナイフを投げ捨て、淫魔は歩き出す。
「もっと強い奴が欲しい」
彼女の性趣向は、『戦うこと』。
●
「バトルジャンキーってのはいるが、バトルフィリアってのは聞いたことが無いか? まあそうそういるもんじゃないが、感覚としては戦闘行為がギリギリになればなるほど興奮していく状態だ。それが人よりずっと激しいと考えてくれ」
そういう奴も、ここらには少なくないかもしれないが。などと付け加えてから、大爆寺・ニトロ(大学生エクスブレイン・dn0028)は説明を続けた。
サイキックリベレイター使用にあたって大淫魔サイレーンの動きが活発化した。今回の依頼はこれによって復活したサイレーン配下の淫魔を灼滅することだ。
今はまだ単独行動をとっているが、より上位の淫魔が復活すれば軍隊化するだろう。今のうちに灼滅することが重要となる。
「奴は手当たり次第強そうな相手を見つけて戦って過ごすつもりだろう。だから、バベルの鎖による予知を気にすること無く堂々と挑みかかることができる」
とはいえ余計な被害は望ましくない。ニトロは一般人が寄りつかないタイミングと場所を提示してくれた。
まわりの心配をせずに戦うことができるわけだ。
「あとは任せたぜ。気持ちよく戦ってこい」
参加者 | |
---|---|
瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192) |
久織・想司(錆い蛇・d03466) |
蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
鈴鹿・美琴(蒼月を映す刀・d20948) |
ヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289) |
氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485) |
七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540) |
これは戦いの記録である。
よって前置きの全てを省く。
●歪
日本刀が革靴の底を貫き、足の甲を抜けていく。
鈴鹿・美琴(蒼月を映す刀・d20948)は刀身の半分までをねじ込んでから、もう一本の刀を首めがけて繰り出した。
足を捻ることで強制的に美琴の体勢を揺さぶる淫魔。美琴の刀が頬の横五ミリの空間を掠めていく。
筋を張って刀身を固定。刃を無理矢理足場にすると淫魔は美琴の顔面を蹴りつけた。
あえて刀を手放して飛び退く美琴。
ジャストタイムで背後をとる小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)。
右側面を蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)。
左側面を瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)が追い込むように囲っていく。
三人ともがカードから武装を展開して攻撃するまでがワンストロークだ。
「フラガッハ――!」
「濃州閃雷藤千代――!」
「D/I――!」
鎖状に展開された優雨の剣が淫魔の心臓部めがけて高速発射。
敬厳の手から伸びたエネルギー体が淫魔の足首めがけて繰り出される。
恢の足下から影の大バサミが淫魔の顔面を切断しにかかる。
対する淫魔はそれら全て似たいしノーガード。
心臓部を貫いた剣を握って強制的に優雨を引き寄せ、切断された足首を無視して敬厳の顔面を掴み取り、首が飛んだのも構わず上唇をちろりと舐めた。
敬厳の顔面を凄まじい握力で固定。強制的に振り回して恢へと叩き付ける。
もつれて転がる二人をよそに、宙の首が死角から高速で忍び寄る久織・想司(錆い蛇・d03466)を目視。
想司はそれを一瞥。繰り出される手刀を防ぐべく引き寄せられかけた優雨をタックルでおしのけ腕で受けた。
血しぶきとそこに生まれた陰影が影業と混ざり、大量の硬質破片となって淫魔へ放たれる。
このときの衝撃は『刺さる』で済むものではない。ショットガンを零距離で撃たれた人間のように吹き飛び、閉じたどこかのシャッターを突き破って商店の屋内へと転がり込んだ。 なぎ倒される商品棚。外側から突き破られる窓。
飛び込んできたのはヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)だった。
「楽しもうぜお嬢さん!」
ヴォルペのハイキック。指の三本とれた手ではねのける淫魔。
反撃。腰を狙った蹴りが来る。ヴォルペは膝を追ってそれをギリギリでガード。
流れるように淫魔の胴体に突き飛ばすような蹴りを繰り出す。
直撃。
日本酒の積み上がった棚へ突っ込み、大量の瓶を破壊した。
「やれ、蛇女」
「五月蠅い」
淫魔の背後にある壁が突如崩壊。巨大な白蛇が壁ごと淫魔に食らいついた。氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)である。
が、その直後に蛇の上半身が空気を入れすぎた水風船のように破裂し、液状化した影業をぶちまけた。
壊れた壁から外に飛び出し、隣家の壁を蹴るように駆け上がる淫魔。
二階ベランダから金属棒を一本もぎ取ると、再び構えた恢へと重力を込めて突き立てる。
金蔵棒が胸部を貫通。と同時に恢の放った影の槍が淫魔の腹を貫通。
お互いをいびつに固定した所で、淫魔の手元に自らの首が落ちてきた。
強制的に首元に押しつけ、あえぐような声をあげる。それだけで淫魔の全身は修復された。
恢の頭上へと優雨と敬厳がそれぞれ跳躍。優雨は銀の車輪が高速回転する靴で回し蹴りを、敬厳は拳に集めたエネルギー体で殴りつける。
吹き飛ばされ、進入禁止の道路標識をいびつに歪める形で淫魔の身体は停止した。
金属棒が地面にまで突き刺さって抜けない恢に七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)は悠然を歩み寄り、酷く乱暴に金属棒を引き抜いた。
その間蒼生は援護射撃だ。
ギラリと笑い、穴の空いた胸部に手を突っ込む。
激痛に顔を歪めた恢を無視して、紅音はオーラを展開。背部から蝶の羽根が広がり、恢の幹部を小さな蝶が埋め尽くした。
手を引き抜いた時には傷口が肉で埋まっている。
ふと振り向けば、上半身を無くした侑紀がヴォルペに引きずられる形でやってきた。
「無茶してんじゃねえぞ蛇女が」
『黙っていろ、尾っぽ』
「口もないのに口の減らねえやつだ……頼むぜ」
ヴォルペの投げてきた侑紀に、紅音は抜刀。
凄まじい速度で侑紀を一センチ大に切り刻むと、刀を納めた。
ピンと柄頭を爪弾くと、細切れになったはずの侑紀が上半身もろとも修復されている。
「ン、ンン……」
淫魔は肘を打ち付けて道路標識をへし折るとごとりと地面に落下した。
頬は高揚し、瞳の奥はとろんと溶けている。
「気持ちいい。もっと――!」
苦笑する美琴。
「なかなかどうして、戦いというものは、こうも――!」
淫魔が道路標識を握って駆け込んでくる。
美琴は刀を投擲。標識を投擲してぶつける淫魔。
衝突地点を飛び越える美琴。
空中を高速回転しつつ淫魔の腕を肘から切り落とす。
対する淫魔は腕の外れた反動を乗せて身を回転。美琴の側頭部に蹴りを叩き込んだ。
常人なら。いや灼滅者ですら首がボールのように吹き飛ぶ衝撃だ。
が、美琴の背後から飛びかかった紅音が逆方向から蹴りつけてダメージを相殺。衝撃がそれぞれ死に、三人は一瞬だけ宙に浮いた。
だがたった一瞬だ。次の瞬間には淫魔が側面方向に吹き飛んでいた。
ガードレールと電柱を足場に高く駆け上がったヴォルペがムーンサルトキックを繰り出し、淫魔を蹴り飛ばしたのだ。
窓ガラスを突き破り、どこかのオフィスへと突入。淫魔はスチールデスクを掴み上げ、明後日の方向にぶん投げた。飛んできたデスクを真っ二つに切断して突っ込んでいく優雨。
「理解できませんね、あなたのことは」
「全く、度し難いですよ」
想司が後に続く。切断したスチールデスクの一片を槍で刺し、瞬間凍結させる優雨。強く握り込み、踏み込み、氷塊とかしたデスクをスイングショット。
飛来したそれを淫魔は拳を叩き付けて破壊。
とはいえ今の拳はたった一本だ。
隙を突いて滑り込んだ想司が影業とオーラを複雑に混ぜ合わせて展開。モザイクガラスのようなナイフを作ると、淫魔の顔面に叩き込んだ。
眼球をナイフが貫通。
「アア゛……ッ!」
淫魔が鳴いた。それも嬉しそうにだ。
二本指を立て、想司の顔面へ繰り出す。
想司のかけていた眼鏡がへし折れ、砕けたレンズと共に飛んでいった。
淫魔は指をひっかけ、想司を窓の外に投擲。
それを影業でキャッチしつつすぐに捨て、恢が窓から侵入してきた。
恢と優雨がアイコンタクト。
優雨は剣を鎖状に展開して乱射。自らを生きた壁とすると、逃げ場を塞ぐようにして恢が突撃していく。
影業を大バサミに変えて切りつける……と見せかけ。
「セット、イレイザー」
大量に分離した小さな影業のテープが淫魔へ殺到。
肉体を無数に貫通。先端をアンカー状に変化させると、自らに引き寄せた。
逃れようなどとはしない。淫魔は腕を振りかぶり、殴りかかる姿勢を見せる。
そこへ強引に飛び込む侑紀。
人間形態で殴りかかろうとし、インパクトの寸前で腕を蛇へ変化。淫魔の腕を肩から喰い千切る。
両腕を失った淫魔は侑紀と恢の頭上を飛び越え、抵抗もできぬまま窓の外へ。
影業が千切れ、宙を舞い。向かいのビルの屋上フロアに着地した。むろん顔からコンクリートの地面にである。
首がへし折れたが、それは無視している。なぜなら屋上フロアで待ち構えていた敬厳がエネルギーをリング状に固めて握り込み、淫魔を切断しようと切り込んでくるからだ。
淫魔は蹴りでそれを打ち払う。が、敬厳はスピンして再び攻撃。エネルギー体を茨状に変えて打ち込み、さらなる打ち払いをしようとした足に絡みつけた。
否、螺旋状にぐるぐると巻き付けたのちに足を無理矢理膝関節から引きちぎったのだ。
転倒――する寸前、屋上から片足跳びだけでダイブ。
転落の途中でオーラを練り込み、自らの四肢を無理矢理生やして着地した。
息を荒げているが、疲労ゆえとは思えない。
なぜならまるで激しい性行為の最中であるかのように目を見開いているからだ。口元から涎のようにたれる血の糸をぬぐう。
今やほぼ裸体に近い淫魔だが、全身くまなく何らかの傷跡が残っていた。
それを見て恢は苦笑する。
「バトルフィリアか。気持ちは分かるつもりだよ」
「気持ちよさも分かってくれるか」
「そこらの奴よりは」
影業が人型に盛り上がり、恢の両手に槍や大バサミを握らせる。
ゆっくりと後退する淫魔。
逃げるためでないことは、顔つきから明らかだ。
そして後退した先に何があるかも、明らかだった。
行き交うエンジン音。
煌々と輝くヘッドライトの群れ。
「Come in」
指で『おいで』のジェスチャーをして、淫魔は高速で行き交う自動車の群れへと飛び込んだ。
追わないのが正解だ。勝手にミンチにでもなれ。
優雨はそう思った。
「度し難い。なぜそんなことをする必要があるのか」
想司もそう言った。そう言って、全速力で自動車の群れへと飛び込んだ。
アスファルトに立つ淫魔に膝蹴りを叩き込む。
顔面直撃。直後、ワゴン車に撥ねられ二人は回転しながら宙へ舞い上がった。
離脱はできない。淫魔が膝を握り込んでいるからだ。
地面に顔面から叩き付けられる想司。
そこへ駆け込んできた紅音が、想司の頭を思い切り踏みつぶした。
直後、潰れたトマトが新鮮なトマトに変身した。
新規建設のための取り壊し。ダナイマイトを使った消火。ガン腫瘍の外科的切除。たとえなどなんても良いが、紅音なりの理にかなった回復術である。
そこへ突っ込んでくる大型トラック。
紅音は回し蹴りで強制停止。
飛び出してきた運転手をキャッチした。
一方で淫魔はトラックの上に飛び乗り、側面道路へとダイブした。
した瞬間、すれ違う軽トラックの荷台にのった侑紀がダークネスフォームの大蛇へ変化。淫魔へ食らいつく。
脇腹を食いちぎっていく侑紀――のボディを掴んで引きずり下ろしアスファルトに押しつける。
激しく削れたボディが液状化した影業となって飛び散っていく。
が、それも途中で止まった。軽トラックをキック一発で止めたヴォルペによって車体が急激に傾き、侑紀と淫魔はもろとも宙を舞ったのだ。
急ブレーキをかけるバイクの直前に転がり落ちる。
運転手だけを放り出して、巨大な影業の腕がバイクを持ち上げた。
恢だ。腕はバイクごと握り込み、巨大な氷塊の拳となって淫魔に叩き付けられる。
拳を叩き付けて相殺。いや、淫魔の拳はこの一撃で砕け、肘から骨が露出した。
身を転がして離脱し、走り出す淫魔。
「追え!」
「了解――」
恢に応えて追跡を始める優雨。
淫魔が次に飛び込んだのは線路だった。
それも地面が小刻みに振動する線路だ。踏切のアラームが遠くで鳴っている。
だというのに、線路の中央で淫魔は振り向き、手招きをした。
普通なら行かない。普段なら足を止める所だ。しかし優雨は飛び込んでいた。
剣を複雑に変形させ、切りつける。
振動と風圧が近づいてくる。
淫魔の肩をズタズタに切り裂いていく。
轟音がする。びりびりと耳鳴りがする。
光。
激しい金属音。
火花。
無音。
闇。
――瞬間覚醒。
「アハッ……!」
淫魔が拳を振り上げている。自分は仰向けに寝ている。
転がってよける。地面が爆発した。
吹き飛ばされる。
優雨の上を飛び越え、ヴォルペが蹴りかかる。
反対側から駆け込む敬厳。
エネルギー体を複雑に変形させ、淫魔を背中から貫く。貫いてすぐに変形し、胴体を強制固定。
ヴォルペがその顔面を強烈に蹴りつけた。
そして淫魔の頭はサッカーボールのように飛び、電柱のボルトへと突き刺さって止まった。
「……アァ……イけそう……」
仲間たちが集まっている。
誰かが彼女の名前を聞いた。
淫魔は至福の表情で、こう言った。
「バトルフィリア」
それが、彼女の最後の台詞であった。
淫魔、灼滅完了。
後日談など、必要ない。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年6月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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