サイレーンの儀式塔～淫魔の領海

■リプレイ

●南の海で
　沖縄南西部。
　独特の濃い青が広がる海の上を、１台のボートが進んでいた。
「フォルネウスといい、海とか水に縁があるっすねオレ達」
「そうだな。サイレーンは……なんかすごいインパクトだったが」
　いつも通りに飄々とした獅子鳳・天摩（ゴーグルガンナー・d25098）に返す白石・明日香（教団広報室長補佐・d31470）は、心なしか遠い目なっていた。
　予兆で見えた淫魔のボスの姿を――その予想外さを思い出してしまったらしい。
「まさか海上都市なんてものが出て来るなんて思いもしなかったよ。……戦闘さえ無ければ、ゆっくり上陸して見て回りたいところだけどね」
　凪野・悠夜（闇夜に隠れた朧月・d29283）は敢えて遠くを見ようと、視線を向ける。
　この先の海に浮上したと言う海上都市は、既にその影はここからでも見えていた。
　と言う事は、そろそろか。
　灼滅者達が気を引き締め直した直後、ズンッと突き上げる様な振動がボートを襲う。
　直後、ザバァッと大きな水音を立てて大きな影が海から飛び出してきた。
　ガキンッ！
「っと」
　いきなり飛びかかって来た鱗を持つ淫魔の硬いヒレを、住矢・慧樹（クロスファイア・d04132）が愛用の大槍で受け止める。
『……アナタ達、灼滅者ねぇぇぇ？　なぁぁんでこんな所にいるのかしらぁぁぁ』
「来たな。相手になってやるっ！　着いて来い、ぶんぶん丸っ！」
　慧樹は淫魔の言葉には答えず、自ら船を蹴って淫魔ごと背中から海に飛び込んだ。
『――え？』
　予想外の行動に驚く淫魔の背中に、ライドキャリバーの機体が圧し掛かる。
『なっ、なによ』
「学園の総意に従い、これより我全力を尽くすのみ」
　海上に顔を出した淫魔の目の前には、船から飛び出した影守・討魔（演技派現代忍者・d29787）の姿。
　討魔は鬼の拳を淫魔に叩き込むと、そのまま海に押し込むようにして自らも海に飛び込んでいく。
　派手に上がった水飛沫を避けようとせず、黒木・唄音（藍刃唄叛・d16136）はパーカーのフードの中で携帯のボタンに触れた。
「Ａチーム、海の淫魔と遭遇。戦闘開始だよ」
　そう告げている間にも、近江谷・由衛（貝砂の器・d02564）が何も言わずに、海へ飛び込んでいく。
「ボク達はこのまま戦い続けるから――あっちはよろしくね」
　戦い続ける。どこか嬉しそうにそう伝えると、唄音は聞こえてきた返事を聞き終える前に携帯をしまい、代わりにいつもの甘味を口に放り込んで海に飛び込む。
「……メイヨールの襲撃の時も、今回も、露払いばかりだなぁ、僕」
「だが上陸作戦の橋頭保とも言える重要な作戦だ。中途半端な戦いは許されないな」
　悠夜の呟きにエリザベス・バーロウ（ラヴクラフティアン・d07944）が返し、２人も船の縁を蹴って飛び込む。
「さぁて、俺らもいくっすよミドガルド」
「逃がすわけにはいかないしな……」
　ゴーグルをかけた天摩も飛び込み、明日香も続いて飛び込む。無人となった船の上からもう１体のライドキャリバー・ミドガルドも海に飛び込んでいった。
（「水中だからって、俺の炎の勢いは弱まらないぜ！　焼き尽くされろ！」）
　次々と仲間が飛び込んでくるのを見上げながら、慧樹は身体から出した炎を大槍に纏わせて淫魔に叩き付けた。
『ギッ！？』
　焼かれて苦悶の呻きを漏らす淫魔の背中を、唄音の振り下ろした刃が斬り裂いた。
　淫魔が身を翻した所にエリザベスのコートから伸びたベルトと、螺穿に回した悠夜の槍が突き刺さる。更に巨大な十字架と、大鎌が淫魔を襲う。
　そんな中、由衛は１人深くへと潜っていた。
（「結構深いわね。でも、流れは殆どないから、流される心配はなさそうね」）
　そして由衛は適当な所で潜るのを止め、標識を掲げて、黄色い輝きを頭上の仲間へ向けて放った。

●水中戦闘
　水を蹴り飛び出した天摩が、きらめきを纏った足で重たい蹴りを叩き付ける。
『ギッ……この程度』
　身体を広げて水の抵抗を利用し、大きく蹴り飛ばされるのを防いだ淫魔。
（「背中が隙だらけだぜ」）
　だが、その背後には既に明日香が回り込んでいた。
　対ヴァンパイア用に鍛えられた刃が、ズブリ、と淫魔の胸を貫いて切先を覗かせる。
　その直後だ。
「――ァァァァァァァ」
「がっ……ごぼっ」
　水中響き渡った歌声が、明日香に浴びせられたのは。
　刃に貫かれた淫魔は既に消えている――つまり、新手がいる。
　天摩が視線を巡らせると、海面近くに１体。気をつけていたが見逃していたか。更に同じく魚類型淫魔だと見分けられる距離にも、もう１体。
（「これはなかなか……エリザベスセンパイ向きの雰囲気っすね……良い意味で。良い意味で」）
　３体目まで迫っている事を手で合図する天摩と、エリザベスの目が合う。
「ふむ。数は判ったが……何か言いたげだな？」
　その様子に何かを気づきながら、エリザベスの黒いコートのベルトを操って天摩に巻きつけた。
（「魚類融合型って言うだけあって、魚っぽい連中ばかりかな」）
　最初に襲ってきたモノとさして変わらない２体目の姿を眺めて、胸中で呟く慧樹。
（「まぁ、どんな形態だろーと俺の好みじゃねーし」）
　水を蹴って泳ぎ出しながら再び大槍に炎を纏わせ、淫魔に突き立てる。
　サイキックの炎が水中でも燃え上がるのなら、雷も然り。
（「集まるペースが早い……もたもたしていられないでござる！」）
　拳で雷気がバチリと爆ぜると同時に、討魔がぐんっと両足で水を蹴って飛び出す。一気に距離を詰めると、雷気を纏った拳を淫魔に突き出した。
『くっ……灼滅者が泳ぎで、私達に勝てると思ってるの？』
　だが、拳が完全に入る寸前、淫魔はぎゅんっと猛スピードで討魔から距離を取った。手応えはあったが――浅い。
　ギュルルルルッ！
　ならばと地を駆ける為のタイヤがスクリューの代わりに使って、猛然と突撃するミドガルドとぶんぶん丸。
『直線すぎるわね』
　だが、淫魔は余裕の笑みを浮かべて右に左に泳ぎ回ってそれを避け――。
『っ！？』
　魚の尾のような足に、光の刃が突き刺さった。
　振り向いた淫魔が見たのは、笑みを浮かべた唄音の姿。魚類と融合したような姿だけあって泳ぐのは速いが、狙えない程ではない。
　地上でも、もっと速い敵はいた――その程度だ。
「甘ぇんだよッ！」
　泳ぎ回る淫魔を追っていた悠夜は、動きが止まったところを見逃さずに鈍色の巨大な鋏を振り上げ、鱗ごと斬り裂く。
　だが――。
『なぁぁにやってるのぉぉぉぉっ』
　声が聞こえると同時に、鈍い金属音が海中に響く。
　猛スピードで現れた３体目の淫魔は、勢いのまま鋭いヒレで悠夜に斬りつけると、更に２体のライドキャリバーと灼滅者達に、踊るように泳ぎ回ってヒレを叩きつけていく。
（「そう簡単に早期殲滅させてくれるほど、甘くはないか」）
　胸中で呟いて、由衛は標識を掲げる仲間の傷を癒し耐性高める黄色い輝きを放つ。
　明るくなった海の向こう、此方に近づいている２つの影が写し出されていた。

●集う淫魔
　淫魔が集まるペースが灼滅者が敵を倒すペースを上回り、今は４体の淫魔が灼滅者達の前にいた。
　パキッ。
　軽い音を立てて、淫魔のヒレがエリザベスの刀に斬り落とされる。
　身を翻して距離を取ろうとした淫魔の目の前にも、刃があった。死角から迫っていた唄音の氷華藍心が、吸い込まれる様に淫魔の身体を通り抜ける。
『サ、サイレーンさまぁ……っ』
　２枚に断ち切られ、海に溶けるように消えていく淫魔。
「次は……コイツにするか」
　６体目の最後を見届けると、明日香は別の淫魔へ向けた手で逆十字を描いた。赤く輝く光の逆十字が生まれ、淫魔を引き裂く。
「人間の癖に私達の海に入った事、後悔させてあげるわぁ」
　だが淫魔の精神を裂くには足りず、逆に頭上から淫魔の歌声を浴びせられてしまう。咄嗟に庇った天摩と２人、衝撃で海底の方へ押し戻される。
　どちらも顔色はあまり良くなかった。体力の消耗もあるが――２人ほど体力を失っていない唄音の顔色も、隠してはいるが似たようなものだ。
『溺れたって死にはしないけど、苦しいでしょぉ？』
　嘲る様に言う淫魔の言葉通り、酸欠はバベルの鎖のおかげで灼滅者にとってダメージとはならない。ならないが、酸欠にならないわけではないのだ。
　そして淫魔達は、灼滅者全員が水中で呼吸出来ているわけではない事に気づいて――敢えて、海上を遮るような位置にいた。
　この状況で浮上して呼吸するのは、無理と言うもの。
　上下前後左右、ありとあらゆる方向に泳いで動ける環境では、包囲も難しい。盾役を務めたライドキャリバー達が消滅しているのだから、なおさらだ。
　だが――。
『フフフ。呼吸させてあげてもいいわよ？　空気を吸いだっ！？』
　更に嘲るつもりだったのだろう。近寄った淫魔を、飛び出した天摩が蹴り飛ばした。
　水中で呼吸できなければ、息苦しさは着いて回る。だが、それだけだ。
「お前らの敵はコッチもいるぜ！」
　怒りを露わにした淫魔を振り回した大槍でなぎ倒した慧樹は、更に槍を振り回して泳ぎ回り他の淫魔たちも纏めてなぎ倒す。
『おのれ――沈めてやるわっ』
　瞳に更なる怒りを宿した、淫魔の泳ぎ方から優雅さが消える。代わりに激しさを増して踊るように泳ぎ回り、慧樹にて鋭いヒレで斬りつけた。
　それでも止まらず泳ぎ回ろうとした淫魔を、突如飛来した魔力の矢が撃ち抜いて、動きを止める。淫魔が矢が飛来した方を見ると、由衛が縛霊手の指先から癒しの霊力を放つ所だった。
『ぎゃっ』
「ハハッ、斬り裂かれたい奴から掛かって来い！」
　淫魔の隙を逃さず、悠夜が繰り出した鈍色の刃が淫魔の鱗を切り裂いて、腕を断つ。
『灼滅者のくせに、水中で呼吸できるなんて、生意気っ！』
「そのくらい、忍者の嗜みでござる」
　痛みと怒りで歪んだ淫魔の顔に、討魔の鬼の拳が容赦なく叩き込まれる。
「この辺りの海に、私達の同属が何人いると思っているのっ！」
「サイレーン様の海域に入り込んだ事、公開させてやるわ」
（「そう来なくっちゃ♪」）
　息苦しさを楽しげな狂気の笑みで隠して、唄音が上段に構えた刃を振り下ろす。
「私は恐怖を語る者である。真実を語る者である。私は神意である」
　深いところに戻ったエリザベスが、淫魔の１体が弱ったと見て語り出した。
「I am Providence！　海の支配者を騙る哀れな者達よ――知るがいい。深淵なりし真の支配者の存在を」
　エリザベスが語る七不思議が取った姿は、淫魔たちをはるかに凌ぐ巨体。一言で言い表すなら、烏賊魚人、とでも言うべきか。
『！？』
　驚きに目を見開いた淫魔の身体は、烏賊魚人の拳に引き裂かれていた。

●戦果
（「出迎えもできなさそーだけケド、せいぜい粘って減らしとくぜっ！　ここを攻略できたらサイレーンに手が届く！」）
　ボロボロの身体を気力で支える慧樹の背中から、炎の翼が広がる。
『そんなの、元を断てば消えるでしょ！　――ァァァァァッ♪』
　淫魔の歌声が海に響き、慧樹の意識を刈り取る。広がりきった炎の翼が、霧散する。
（「ちっ。耳障りだ！」）
『アハハハッ！　もう限界でしょ？　沈んじゃえ！』
　胸中で舌打ちして大鎌を手に飛び出した明日香だが、淫魔が歌声を止めて泳ぎ出す方が僅かに、しかし確実に早かった。
「っ」
　咄嗟に前に出た天摩が、強かにヒレを撃ちつけられて意識を失う。
　更に淫魔は踊るように泳ぎ続け、灼滅者達にヒレを強かに打ちつけて回る。
「くっ……まだ沈んでられんでござるよ」
　ヒレに斬られた傷を抑えながら、討魔は泳ぎ回る淫魔を見やる。
　この淫魔で、11体目。
　灼滅者達も遂に２人倒れたが――他のメンバーは、まだ余力がある者が多い。
「任せて」
　だから、由衛が短く言って浮上すると、泳ぎ回る淫魔の行く手を遮るために前に出た。　戦線、特に、前線を維持しなければ、と言う判断。
　追い越そうとする淫魔だが、由衛の表情が変わらないせいか、今までの２人とタイプが異なるからか、攻めあぐねて動きが止まる。
　そこに今度こそ、明日香は大鎌を振り下ろした。
『ギィィッ！？』
　恨みがましい呻きを漏らした淫魔だが、下から急浮上して来る唄音に気づいて距離を取ろうと上昇を始める。
「させんでござる」
　だが、既に上に討魔がいた。煌きと不死鳥の炎を纏った足で、深い方に蹴り飛ばす。
　キンッ。
　氷華、一閃。
「沈むのは手前の方だったな、他の奴と同じ様に！」
　鱗ごと斜めに斬り裂かれた淫魔に、悠夜が傷を広げるように鋏でもって引き裂いた。斬り落とされたヒレが鈍色の刃に喰われるように、消えて――残る体も、他の淫魔と同じように海に溶けるように消えていった。
　シンと、それまでが嘘の様に海の中が静まり返る。
　10秒――20秒――25――30！
　それだけ経っても、新たな淫魔が現れる気配はなかった。
　決めた撤退条件には、まだ少し余裕がある。
　まだ戦えない事もないが――戦った時間と倒した数を考えれば、上陸したチームの退路も確保出来ている筈だった。
　灼滅者達は顔を見合わせ頷くと、儀式塔の攻略が無事に進んでいる事を願い、負傷者を連れて船に戻り、その場を後にするのだった。

作者：泰月	重傷：住矢・慧樹（クロスファイア・d04132）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年6月17日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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