サイレーンの儀式塔～切り開け、その先へ

■リプレイ

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　南海の潮風が頬を叩く。
　灼滅者たちは船に乗り、サイレーンの海上都市にある儀式塔のひとつ、東塔へと向かっていた。
　Aチームの役割は海上都市周辺を回遊する淫魔と戦い、後続するBチームとCチームのために突破口を開きまた彼らが撤退する時の支援。
　波を蹴立てて駆ける船上で防水無線機へ向かい、迦具土・炎次郎（神の炎と歩む者・d24801）とフェイ・ユン（侠華・d29900）が逐次他チームと連絡を行う。
　天原・京香（信じるものを見失った少女・d24476）が要請した速度と装甲、そして武装のある船舶は手に入らなかったが、接近するという目的を果たすには充分だった。
「（同じクラブの知り合いが多いのは心強いね）」
　黒揚羽・柘榴（魔導の蝶は闇を滅する・d25134）は思いながら、迷彩服の上に羽織った藍色の着物をはためかせる彼女を見つめた。
　大事な友人を喪った京香の心は千々に乱れ危うい。それ故に、彼女が無理をするのではないかと心配だった。
「（私が立っている限り誰一人、倒れさせたりしない）」
　周囲を警戒しながら高峰・紫姫（辰砂の瞳・d09272）はそう心に刻み込む。
　彼女は自分よりも他人が大切という異常者。だがそれが自分を保つ誇りでもある。故に彼女は、強くあることを望む。
「――！」
　鋭い一声に灼滅者たちの注意が向けられた。
　ざ、あっ。海中で何か躍る。
「あれは……」
　誰ともなく声がこぼれ、正体に気付いた暴雨・サズヤ（逢魔時・d03349）が素早く簡潔に無線機へ「戦闘開始」と告げる。
　今にも飛びかかりそうな勢いでこちらへと向かってくる、魚類に似て魚類でないそれは異形。魚類融合型淫魔だ。
　Bチーム、Cチーム両方から応答が来る前に、牧瀬・麻耶（月下無為・d21627）は気だるげな目を敵に向け得物を手にした。
　船上から水面へと向かって京香が激しい銃撃を浴びせるが、水中にいる相手には届いていない。
　魚類融合型淫魔は、姿は見せても戦場に上がろうとするそぶりも見せない。
　であれば、戦闘は必然的に水中となる。
「よろしいわ」
　ざっ、と船のへりに手をかける。
「天翔黒凰シロビナ……さぁ、断罪の時間でしてよ！」
　黒衣を羽織り白と黒の炎を纏いながら、ヒーローとしての名乗りを高らかに上げる黒嬢・白雛（天翔黒凰シロビナ・d26809）の言葉と共に、灼滅者たちは海中へと身を滑らせた。

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　飛び込んだ勢いにうねる水を払って京香が淫魔へと狙撃銃の照準を合わせる。
　爆炎の魔力をまとい周囲の海水を瞬間的に蒸発させ銃口から吐き出す弾丸は、淫魔の身体を激しく叩きつける。
　重量のある武器を持っての海中での行動は、一般人であれば死に至る。
　だが灼滅者には致命的なダメージになり得なかった。
　誰ひとりとして水中呼吸のESPを持ち合わせておらず、うまく呼吸ができず苦しくてつらいが、灼滅者が死ぬことはなく戦闘行動に支障はなかった。
　激情にも似た攻撃に、彼女が無謀な戦いをしないか案じながらも柘榴は淫魔の死角へと身を滑らせ、一息に斬り裂く。
　あふれ出た血でばっと濁った水を薙ぎ繰り出されたサズヤの拳打が、負傷に身じろぐその身を打った。
　魚類融合型淫魔はぶるりと身を震わせ、痛みを払うようにうねり踊る。
　その熱情は形なき波となって灼滅者たちへ襲い掛かる。海水を巻き迸る攻撃に紫姫が前へと躍り出てその身を盾にして防ぎ、勢いに押されながらも水中で何とか踏み留まった彼女へ白雛が癒しと守護を与えた。
　体勢を整えようとする淫魔へフェイの放つ炎撃と无名の攻撃が続けて放たれ、その動きが次第に鈍くなる。
「海上都市言うても所詮はただの泥舟や。規模にビビっても始まらんで！」
　気合いを吐いて炎次郎が得物に炎をまとわせ、必要以上に派手に振り回して斬撃を放つ。
　大振りの攻撃を淫魔は何とか避けようとするが、間隙を縫って襲い掛かった霊犬ミナカタの一撃に身をよじらせた。
　ごぶりと大きく泡を吐いて動きを止めた淫魔は、緩やかに海の底へと沈んでいき、浮かび上がってくることはなかった。
　それを確かめ誰からともなく視線を交わす。
　1体であれば難敵ではない。そしてこれは緒戦だ。この戦いはすぐに他の淫魔に知られることになるだろう。
　彼らAチームの役割は、そうしてできる限りの敵を引きつけてB・Cチームの負担を減らし、退路を確保し撤退を支援すること。
　水を裂きこちらへ急行する新手の淫魔を認め、麻耶は息を吐く。
「さっさと片付けて、さっさと帰りたいんスよ。自分は」
　その為の帰り道。
　それを邪魔する輩には、容赦する気はありませんね。
「……さぁ、道をあけて貰いましょうか」
　ぎゅ、と得物を握りしめる彼女の肩でウイングキャットのヨタロウが短く唸る。
「ん……負けない」
　戦争の前に、退路を潰す。
　こくり頷きサズヤが次の戦いのために身構えた。
「（俺達は、大物狙いじゃない）」
　だが、この作戦に関わった全員が帰る為には、大事な役目。
　敵は全て、薙ぎ払う！
　まっすぐに向かって来る敵を深く海中に身を滑らせ待ち構え、勢いよく回し蹴りを放ち、水中で巻き起こる暴風をもろに受けた淫魔は流れに翻弄され体勢を崩した。
　その一撃を皮切りに、灼滅者たちは得物を手に再びダークネスと相対する。

　三度、四度。敵を討ち倒しては新たな敵を迎え撃つ。
　高火力とバッドステータスの付与で迅速な各個撃破を戦闘方針としたこともあり、戦闘にもたついているうちに増援が来るという下手を打つことはなかった。
　だが、時に離れた場所から向かってくる途中に合流してきたと思われる複数体の敵を相手することもあり、すべてが順調、楽勝ということはなかった。
　心霊手術が行えるほどの余裕はなくても消耗戦となるほどひどくはないが、それでもダメージが蓄積されていく。
　加えて水中での戦闘が続く。気を抜けば押し負けてしまいかねなかった。
　京香の戦い方が前へ、前へと出たがるのも懸念だった。
　無論こちらが不利になるような戦い方はしていない。ただ、哀しいまでに激しい。
「今の私は虫の居所が悪いのよ……敵は全て……滅ぼす……！！」
　悲鳴じみた言葉と共に、アンチマテリアルライフルの砲口が淫魔へ向けて火を噴く。
　喪った。助けることができなかった。名前は、加賀・琴。
　京香の羽織る藍色の着物は、羅刹『依』として灼滅された彼女の形見だった。
　それと知る柘榴は京香が無理な戦いの果てに闇堕ちすることを警戒し、彼女に注意を払いながら大釜を振るう。
　凶刃は、収縮された銃撃が直撃し苦痛にのたうつ敵をかすめるにとどめ、間隙を入れずにサズヤが振るう鞭剣の刃が絡め取る。
　紫姫の戦いも危うさを孕んでいた。
　メディックである白雛の手を煩わせないように自身でも回復を行っているが、決して少なからぬダメージを負っている。
　柘榴へと向かった攻撃を防ぎ、ミナカタの治癒を受けながら短槍を扱き撃ち出した冷撃はかわされてしまう。
　護るために堕ちるのなら、それは迷うべきことではない。
「この身体が砕けようと、護ると決めたら護りきるんです」
　強い決意にフェイが頷いた。
　ボクもいるよと笑ってクロスグレイブを構える。淫魔へと狙いを定め、開かれた銃口から光の砲弾を一息に撃つ。
　一矢報いようと襲いかかる淫魔の攻撃を受けとめた无名の霊撃と、麻耶が振るうマテリアルロッドの強打がダークネスへと叩き込まれた。
　トドメにと炎次郎は拳を閃光の勢いで次々と拳を繰り出し、もはや避けることもできない淫魔は力尽き消滅する。
　堕ちるとしても、すぐに堕ちさせないから。
「必ず、皆を無事に帰す」
　新たに姿を見せた2体の淫魔に、サズヤは異聞を刻む剣を構え直す。
「俺も……必ず、帰る」
　どれだけの数を相手にしても、生を諦めない。この戦いが学園の皆を助けるから。
　海中で身を躍らせた麻耶がダイダロスベルトを疾らせ、攻撃を防ごうと身構えた淫魔の身体を貫いた。
　後ろに位置していた淫魔は負傷したものを盾にするようにして声ならぬ歌を紡ぐ。
　フェイに向けられた歌は彼女の心を絡め取ろうとするが、彼女を救い添う武侠に支えられ振り払い、籠手に炎をまとわせ前衛に位置する淫魔へと拳を強かに打ちつける。
　だが、当たりが浅かったか今度は防がれてしまった。
「今は他の皆が目的を達成することを信じて戦うしかないで」
　金錫を前に掲げ、炎次郎は力を込める。
『ノウボウ、アキャシャ、キャラバヤ、オン、アリキャ、マリボリ、ソワカ』
　詠唱される真言により生み出された氷柱がずぁっと走り淫魔を狙った。
　襲い掛かる魔弾はゆらとかわされて、次の攻撃をさせまいと戦舞を舞い放つ。
　負傷の度合いを確かめながら白雛は交通標識を掲げて仲間たちを癒し、傷付いた者を庇い紫姫が一歩前に出て黒翼から浄化の光を輝かせた。
　五芒星を展開させ、柘榴は魔氷を傷を負った淫魔へと撃ち放つ。
　ダークネスは攻撃をかわそうと身をよじるがかわしきれずに貫かれむしろ傷を広げることとなり、ぐらと体勢を崩し沈みかけたと思うと泡となり消える。
　1体だけになった淫魔は引く様子を見せず、灼滅者へと襲い掛かる。
　ヨタロウが身を呈して攻撃を防ぐと海中にあってなおまとわりつく雨を繰りサズヤが放った一撃は、ダークネスの身体を貫き抉る。
　京香は選抜狙撃銃を構え、避けも防ぎもする隙を与えずありったけの弾丸を淫魔の全身に叩き付け、
「炎獄に呑まれなさい！」
　ぐあっと水を薙ぎ白雛の放った炎を避けることができず、淫魔は水中にいながら炎に焼かれた。
　熾熱に激しく泡が吹き淫魔の姿を隠し、消えた後にダークネスは影形もなかった。
　油断せず灼滅者たちは次の敵に備えるが、限界だった。
　他のチームに注意が向かないように、自分たちだけで襲撃しているよう見せかけて戦ってきた。
　彼らが戦うことで、周囲を回遊していた魚類融合型淫魔の注意を引きこちらに集まってきているはずだ。
　そして自らを囮として敵を集めたことで、B・Cチームが敵に発見される可能性は充分に低くなったはず。
　どれだけいるかは分からないが、そう多くいたわけでもないだろう。
　であれば、この辺りが退きどころだろうか。
　迷い、しかし撤退を決意し他のチームへと連絡をする。
「大丈夫かな」
　无名を従え、誰に問うでなくフェイが口にする。
「退路は確保できたと思うッス」
「後は、他のチームが失敗しないことを祈るだけですね」
　ヨタロウをぽふぽふと撫でながら麻耶が応え、紫姫は少しだけ気難しげに眉をひそめた。
　どの作戦も、ひとつ間違えれば他の塔の攻略チームをも巻き込むことになってしまう。
「少しゆっくりして心霊治療ができればよかったのですけれど……難しそうですわね」
　愛らしい顔に悩ましい表情を浮かべる白雛。
　倒した淫魔の数はどれほどだっだろう。8体か、9体か。10体だったかもしれない。
　重傷者も闇堕ち者も出ずに済んだ。
「闇堕ちすることにならなくてよかった」
　微かに苦笑する柘榴に、京香は視線を落とす。
　戦いはまだ終わっていない。
　行こうとミナカタを抱いた炎次郎に促され、サズヤが静かに頷いて応える。
　監視塔襲撃を担うBチームと、転移塔破壊を担うCチームの成功を祈りながら、Aチームの灼滅者たちはその場を後にするのだった。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年6月17日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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