冥府の穴から貪るモノが這い出る

    作者:波多野志郎

    「あの路線にトンネルあるじゃん?」
    「あー、山越える長いのな? 知ってるに決まってるだろう」
     それは一つの噂話だ。深夜、電車も通らない丑三つ時にそのトンネルは冥府へと繋がる、というものだ。
    「……何だよ? それ。心霊スポット?」
    「んー、どうなんだろうな?」
     その冥府から這い出るのは貪るモノ――体長五メートルに達する巨大なムカデなのだという。そのムカデは命を貪り殺し、冥府へと帰っていくのだ。
    「もう、モンスターだな、それ。後、俺、ムカデ嫌いなんだけど?」
    「だから、してる」
    「おい、こら」
     死んだ霊魂も、生きている者も関係ない――その貪るモノと出会えば、ただ命を食い殺される、それだけだ。
    「……週末に、あそこのレールを検査すると知っての狼藉か?」
    「だから、してる」
    「おい、こら」

    「都市伝説が出た、洒落にならないのが」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がそう厳しい表情で語り始める。
     その都市伝説はとある山奥の路線、そのトンネルに関するものだ。深夜、丑三つ時に冥府の穴と化すそのトンネルから這い出す貪るモノと呼ばれる体長五メートルの大ムカデが目に付く者を殺し喰らい尽くす――そんな都市伝説だ。
    「厄介なのは週末にレールの検査をするためにここに人が訪れる、その事実だ。その作業中に襲われれば……確実に犠牲者が出る。その前に何としても倒して、犠牲が出る前に終わらせてくれ」
     遭遇するのは簡単だ、ただ時間通りにそこへ向かい出て来た貪るモノを倒せばいい。深夜の二時だ、光源は必須になる。周囲は斜面に囲まれているが単線ながら電車は通れる場所だ。戦う分には問題ないだろう。
    「この貪るモノはその強靭な牙による攻撃と精気を貪る黒い霧を使う。加えてとにかくタフな相手だ。どれだけダメージを与えられるか? そういう勝負になるだろうぜ」
     タフであり、攻撃と回復を同時にこなす敵だ。だからこそ、相手の回復を上回る攻撃で叩き潰すのが上策だろう。
    「相手は一体のみ、それでも油断だけはしないでくれ。場合によっては、こっちも押し切られかねないからな」
     頼むぜ、灼滅者――そうヤマトはサムズアップで締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    九条・鞠藻(図書館のヌシ・d00055)
    天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)
    叶・維緒(機馬拳士・d03286)
    滝谷・潤(蠍火の殺人鬼・d03317)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)
    山花・楽(色々と無理が出てきた年頃・d09197)
    リリー・ティー(高校生シャドウハンター・d09237)

    ■リプレイ


    「……わぁ」
     何気なく月を探して夜空を見上げた滝谷・潤(蠍火の殺人鬼・d03317)が思わず感嘆の声を漏らした。
     月はすぐに見つかった。都会では見られないほど大きく見える、冴え冴えとした美しさを放つわずかに欠けた月が、山へと白い月光を注いでいる。
     都会暮らしの者は驚くだろう、月光とはここまで明るいのか? と。そして、それに合わせて知るのだ――山に横たわる闇とは、想像以上に深いのだと。
     古来、人々が山を異界と呼び畏敬の念を抱き続けた理由の一端を竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)は知った。その長く美しい黒髪を掻きあげながら山吹は思う。
    (「怖くない怖くない……気のせい、気のせい――怖くないったら、怖くないのよ!」)
     その凛とした表情の下で山吹は必死に内からこみ上げる恐怖と戦っていた――まさに、白鳥のごとき努力である。仲間達は誰も気付かない。
     月光――おそらく、太陽の光さえ拒む闇の向こう。人はその未知の領域を想像し、わからない事に始原的恐怖を抱く。
    「真夜中の二時……えっと、丑三つ時だっけ?」
    「あー、そろそろだな」
     リリー・ティー(高校生シャドウハンター・d09237)の確認に、山花・楽(色々と無理が出てきた年頃・d09197)がそう答える。
     その時だ――トンネルの向こうから感じた気配に楽がその表情をガラリと変えた。
    「くっくっくっ……どうやら冥府の彼方より、我等に誘われ来たようであるな?」
     トンネルの中の闇が蠢く――九条・鞠藻(図書館のヌシ・d00055)は肩に羽織った白い羽織をひるがえし、リュックから大量のケミカルライトをばら撒いた。
    「さて、お仕事開始ですね」
     鞠藻は刀の柄へ手を伸ばす。その無数のケミカルライトによって照らし出された都市伝説の姿に叶・維緒(機馬拳士・d03286)が表情を引きつらせる。
    「うっわぁ……」
     強い敵と戦える、その事は心が弾んだ。虫も決して大の苦手ではない――しかし、その都市伝説の姿には維緒もドン引きした。
     一言で言えば、その姿は巨大なムカデだ。ただし、その巨大さは尋常ではない――その体長は五メートルにも及ぶ。その足の一本一本さえ、幼子の腕ほどの太さがありそれをうごめかし体をくねらせるその姿は生理的嫌悪感を抱かせるのに充分だった。
    「デカくて固いムカデかー、相手にとって不足なしってやつだなー」
     それを見てなお、八重歯を見せて海藤・俊輔(べひもす・d07111)が笑う。音もなく鋼糸を操り、堂々と言い捨てた。
    「猟犬らしく、被害が出る前に節ごとにバラバラに解体して灼滅してやるぜー」
    「まぁ、後は後日点検される方々の為に、極力路線は傷付けずに戦いたい所ですね」
     飄々と笑みを浮かべ、天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)は無敵斬艦刀を右手だけで軽々と横へ振るい、その肩へと担いだ。
     大ムカデ――貪るモノが灼滅者達へとその視線を巡らせる。チキチキ、と歯を鳴らせば、潤がスレイヤーカードを頭上に掲げ叫んだ。
    「甦れ! 炎よ、わが手に!」
     解除コードと共に潤の手の中に愛用の刀が握られる――それを潤が腰へと帯びた直後、貪るモノが動いた。


     貪るモノはその巨体から想像も出来ない敏捷さで迫る――灼滅者達も陣形を組んでそれを迎え撃った。
     前衛のクラッシャーに皐と俊輔、山吹、維緒のサーヴァントであるライドキャリバーのあんどれ、ディフェンダーに維緒、中衛のキャスターに鞠藻、ジャマーに潤とリリー、後衛のキャスターに楽のサーヴァントであるナノナノのハッピータン、スナイパーに楽といった布陣だ。
    「――ッ!」
     ムカデの顔面が高速で迫る――瞬く間に間合いを詰め、俊輔の胴をその牙で挟んだ。
    「売られたケンカは買って倍返し――それが私のモットーよ」
     その顔を踏み込んだ山吹がバトルオーラを集中させた右拳で殴打する。鈍い打撃音が鳴り響くも、その巨大な顔は微動だにしない。
    「あんがとー」
     だが、その衝撃の瞬間、牙から抜け出した俊輔が後方へ跳ぶ。そして、その手から放たれた細かい大量の鋼糸が貪るモノの胴へと絡みついた。
    「やだやだー! ムカデ超嫌い!! 害悪の塊!!」
     リリーが言い捨てる。だが、その表情には嫌悪感に勝る闘志に満ちていた。
    「こんなでっかい奴はほっとくわけにいかないっ。必ず仕留めてやるっ!」
      リリーの無敵斬艦刀へと影が宿る――そして、渾身の力を込めて横一閃、振り抜いた。
    「このサイズなら斬りがいがありますね」
     そして、鞠藻と皐が同時に貪るモノへと飛び掛る。鞠藻のその物干し竿のごとき長刀が刃を形成し、皐は砂利を踏み砕きながら両腕で振り上げ、鞠藻と皐は戦艦斬りを放った。
     ザザン! と貪るモノの甲殻を重く鋭い刃が切り裂く――そこへ潤が続いた。
    「――フッ!」
     指先で愛用の刀、その鍔を撫で潤は刀を引き抜いた。そして、大上段に構えるとそのまま流れるような動きで全体重をこめた雲耀剣を叩き込む!
    「動かねば、楽に冥府へと送り返してくれよう」
     楽が右手を振り払う。その動きに合わせ、影の刃が走り、ハッピータンがぱたぱたとその翼をはためかせ風を起こした。
    「……なるほど、これは確かにタフですね」
     横に右手一本で斬艦刀を振るい、皐がこぼした。手応えはあった、その手にも生々しく斬った感触が確かに残っている。
     しかし――貪るモノはそれさえも歯牙にもかけないように体をくねらせていた。
    「うん、強敵は大歓迎ですよ」
     維緒が龍砕斧を肩に担いで構え龍因子を解放、あんどれもまたエキゾースト音を鳴り響かせフルスロットで自己強化を施した。
    「やられる前に倒す。攻撃は最大の防御なり、ね」
    「ムカデを叩き潰すコツはしっかり頭をガツンとだよ」
     山吹は端的に言い捨て、リリーが言い切る。無用な小細工は無用――灼滅者達は武器を構え直し、襲い来る貪るモノを迎え撃った。


     ――貪るモノを中心に周囲を黒い霧が覆う。その霧は容赦なく前衛達の精気を奪い取っていった。
     その黒い霧から一台の鋼の馬が飛び出す――あんどれだ。
     ゴン! という鈍い衝突音――そのキャリバー突撃に合わせ、駆け寄った維緒も渾身の力でその龍砕斧を振り抜いた。
    「奪われた分は、奪わせてもらう!」
     そして、維緒の龍骨斬りで切り裂かれたそこを潤の刀の一閃――ティアーズリッパーが更に切り裂いた。
    「そこ!」
     そこへリリーは生み出した漆黒の弾丸を射出、デッドブラスターの一撃が貪るモノを撃ち抜く。
     ザザザッ! と貪るモノが無数の足を蠢かせ、間合いをあけようと試みる――しかし、それは予想を越えた場所から阻まれた。
    「どこにも行かせないぜー?」
     斜面を蹴り、俊輔が先に回り込んでいる。貪るモノが振り向くより早く、その鋭い爪を形成したバトルオーラでの手刀がその足の一本を切り飛ばした。
     その一本のために貪るモノは体勢を崩す――皐が右手の無敵斬艦刀を振るい逆十字を宙に描き、貪るモノの巨体をギルティクロスで切り刻んだ。
    「よくよく考えると、本当にパニックホラーの様な状況ですねぇ」
     しみじみと呟き、皐は笑みと共にこぼす。
    「まぁ、尤も狩るのは此方側ですが」
     貪るモノは体勢を立て直す。それを見て、楽が喉を鳴らし笑った。
    「くっくっく……我が遣いハッピータンよ、飛び立ちて仲間の血肉を癒せ」
     ハッピータンはそれにコクコクとうなずいてくれる優しさがある――それはあえて見なかった事にして楽は頭上に右手を掲げた。
    「我が一矢は、汝を違わず撃ち抜くぞ?」
     楽の右手が振り下ろされた瞬間だ、マジックミサイルが放たれた。それは貪るモノの体に突き刺さる――そして、鞠藻が白い羽織をひるがえしその無敵斬艦刀を貪るモノの頭に振り下ろした。
    「――今です」
    「任せて」
     振り下ろしたまま言った鞠藻にハッピータンのふわふわハートの癒しを受けた山吹が電光をまとう拳を振り上げた。
     ガン! と山吹の抗雷撃が貪るモノの顎を強打する。揺らぐ貪るモノに、山吹は言い捨てた。
    「倍にはまだまだ程遠い――生きて帰れるなんて思わない事だね」
     ――貪るモノと灼滅者達の戦いは、一進一退の攻防となっていた。
    (「いやー、すごい頑丈だぜー」)
     レールに足を取られないように軽快に駆けながら、俊輔はどこか呆れたように思う。
     貪るモノの強味はその巨体に見合うタフさと攻撃力だ。しかし、貪る牙によって守りを固めようとする貪るモノを灼滅者達は許さない。鋼鉄拳をはじめとした攻撃で、その守りを打ち砕いていく。そして、着実に攻撃を重ね貪るモノの着実に追い詰めていった。
    『――キチキチ』
     ザザザザザザッ! と貪るモノがその身をくねらせ鞠藻へと迫った。その巨大な牙でその身を突き立てようと襲い掛かり――それを鞠藻は真正面、戦艦斬りで相殺した。
     ギギギン! と牙と刃が火花を散らす。フワリ、と白い羽織が翼のように広がる――鞠藻は横に一回転、澱みない動作で刀を鞘に納めると横回転に合わせて居合い斬りを放った。
    「こちらに貴方の居場所はありません、冥府へと逆戻りして下さいね」
     ザン! と片目を切り裂かれ貪るモノが身をくねらせる。この戦いで初めて見せた、苦痛のそれとわかる動きだ。
    「そんじゃ、行こうかー」
    「うん、ですね!」
     ガガガガガガガガガガガッ! とアンドレの弾幕が貪るモノへ降り注ぐ。その中を俊輔が跳躍し上から、維緒が砂煙を突っ切り下から、そのオーラを両の拳へ集中させて二人が拳での連撃を叩き込んだ。
     閃光百裂拳――俊輔と維緒、二色のオーラが闇に無数の軌跡を描き、貪るモノを殴打していく。それを振り払うように貪るモノがその顔を振り上げれば――空中に山吹が控えていた。
    「――ッ!」
     声にならない裂帛の気合と共に山吹が貪るモノの頭を斜面へと叩き付けた。その地獄投げに合わせ、リリーがガトリングガンの銃口を向ける。
    「かつての恨み、返すわよ?」
     ちなみにこのリリーが言う恨みとは、かつて普通のムカデに刺された経験の事を言っている。彼女にとってムカデとは居たら殺る――そういう関係なのである。
     恨みを込めてリリーがガトリングガンの引き金を引くと、ドンッ! とブレイジングバーストの炎の銃弾が貪るモノを撃ち抜いた。そして、その身が炎に包まれる!
     皐がその左手で刀の鍔から切っ先まで滑らせるとその刃に鮮血の如き緋色のオーラを宿し、潤がその愛用の刀の刃に炎を宿す。
     二人が同時に構えたのを見て、貪るモノは身を退こうとした――しかし、それは尾を飲み込む影が許さない!
    「ククク……冥府より出し害蟲よ……我が術中に嵌ったか」
     それは楽の影縛りだ。ハッピータンは今は良しとしよう、という表情でそれを見ていた。
     皐が斬艦刀を肩に背負い跳び、潤が刀を下段に構えて踏み込む。紅蓮斬とレーヴァテイン――その連撃についに貪るモノの巨体が地響きを立てて倒れ伏した。
     潤は懐紙で刃の汚れを拭うと右手でクルッと刀を一回転――カチン、と鞘へと刃を納めた。
    「ボクはまだ……強くなれるよね」
     他の誰にでもなく、その手応えに潤は誓うように言った。


    「スッキリしたわ。こんなでっかい獲物、久しぶりだもの」
     やり遂げた、そんな気分爽快な顔で告げるリリーに仲間達は苦笑した。比喩だ、さすがに体長五メートルのムカデがぽこぽこいるとは思いたくない。
    「他愛無いはずの噂話が実体化してしまうとは、皮肉と言うか何と言うか。中々どうも厄介な世の中ですね」
     皐は小さく溜め息をこぼす。都市伝説とはそういう存在だ――笑い話で終わらない、だからこそ面倒な存在なのだろう。
    「次に生まれる時には人なんて食うなよ。ほら、あの黒光り食え」
     手を合わせそう冥福を祈る楽に、数人が身を振るわせた。あまり想像して愉快なものではなかったからだ。
    「それでは、帰ろうか」
    「ええ、ですね」
     ポーカーフェイスを崩さない山吹の呼びかけに、鞠藻もようやく笑みをこぼしてうなずく。少なくとも都市伝説によって命が奪われる危険は避けられたのだ。
    「心霊現象なんて、まやかしよ。生きている人間の方が怖いから」
     山吹はそう告げる。早くその場から立ち去りたい――自分に言い聞かせているのだとバレないように、無表情で。
     山とは無音ではない。風の音。木々のざわめき。そして、そこに生きるもの達の気配――濃厚に絡まる気配は闇の内で息づき、ただそこに何も生まず何も語らず横たわり続けた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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