函館ブルーモーメント

    作者:那珂川未来

    ●藍色時間
     ――ブルーモーメントって知ってる?
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)に、そう尋ねられた君。
     ブルーモーメントとは、日没後の数分から数十分間に現れる、深い青空のこと。茜に染まる夕焼けとは対照的に、辺り一面が青い光に照らされてみえる現象のことを言う。
     ブルーモーメントの現れる時間帯は、所謂「逢魔時」とも呼ばれている。
     日が沈み次第に藍が濃くなり、闇に飲まれゆく世界は、今のように光の乏しい時代には、それは禍々しい時間でもあったのだろう、と。
     けれど、沙汰が誘うその山からの景色に、この時間に潜む魔を感じるとするならば。それこそ、人の目を引き付けるような絶景ではなかろうか。
     藍の色が濃くなるるにつれ、湾曲に流れる光の帯。漆黒の海とのコントラストに、美しく際立つ。
     その変わりゆく輝きをその目に焼きつけたくて――美しさに魅了された人々が最も訪れる時間。函館山からの夜景が、もっとも素晴らしいとされる時間だ。
     誇れる程の美しい夜景を見に――。
    「良かったら、君も一緒に函館山の夜景を見に行かない?」


    ■リプレイ


     誕生日プレゼントを着こなす葉を見れば、千波耶の口元が綻ぶのも無理はなくて。
     硝子越しの空、まるで水彩絵の具を薄く重ねてゆくように深くなる蒼。一緒に夜景も三度目だなと、葉はその光の記憶を脳裏に巡らせながら。
    「なあ、千波耶」
     呼べば微かに揺らいだ琥珀の瞳。
     おかしいと思ったのだ、千波耶は。御礼なんてお互いさまなのに、と。『あの時』のリフレインにも似た『今』、頭の中で旋律ごと壊れてゆくような眩暈を覚え――。
    「もっかい俺のこと好きって言ってくれね? 夜景の中に隠れてるって文字を見つけられたらでいいからさ」
     葉の囁いた言葉は明けの色。
    「――すきよ」
     震える声、目は逸らさずに――滲む視界に、文字など探せるわけがない。
     誰かを好きになるという感情に未だ葉自身疎くて。けれどせがまれたならそうしてあげたいという気持ちは確かにあるから。
     彼女の小指に、イヴの日に渡した金色のリボンを。
    「――こんな俺で良ければ」

     藍の空と宵の気配、海の陰影という名のグラスに注がれた輝きを下に。
     絶妙な速度で上昇してゆく世界を見つめながら、まるで飛んでいるような不思議な感覚を覚えた理利。
     刹那、
    「うわっ、マジで飛んでるみたいじゃん!」
     感嘆をあげる錠は、ロープウェイの窓から身を乗りだしそうなほど興奮していて。しかも同じことを思ったものだから、思わず笑み零し――。
     ブルーモーメントという言葉は初めてでも。理利はこの藍の空は知っている。
     知っているのに――。
     ふと。空の色と同じ目をしている理利に、錠は気付いて。
     逢魔時の悪戯にまるで浚われそうな気がして、手を伸ばす。現実の温もり逃がさぬよう、繋ぎとめるように。
     何でもない瞬間だからこそ、何でもないようなことが大切なのだと気付いて、理利もぎゅっと握り返し。
    「今日の星はいっそう綺麗に見えますよ」
     ――勿論、きみと一緒だから。

     深い青から藍色へと変わる神秘の時の中。振り返る、空と同じ色をした藍の瞳と髪。
    「統弥さん、夜景が見えてきました」
    「この景色は藍にとても似合う。両方見られる僕はとても得した気分です♪」
     統弥はこの上なく美しく愛おしい二つの藍を独り占めしている自分に、幸せを感じずにはいられなくて。
     限られた時の中、ハート探し。
     輝く道を指で辿り、光の瞬きを星座のように結ぶ、そんな二人の共同作業は楽しくて。
    「あ……もしかして「ハ」でしょうか?」
    「間違いないでしょう♪」
     一緒に喜んでくれる統弥の笑顔を見て藍は、
     ――この時間がいつまでも続けばいいのに。
     そう、思わずにはいられない。
     最後の「ト」は、統弥の辿る指先に。やったと手を取り合ったなら、
    「私もとても幸せな気分です」
     柔らかに。煌めきの海に寄りそう君の笑顔と宵の空。
    「早速、ハートのご利益を貰ったかな」
     その光景を、統弥は両目にしかと焼き付けて。

     霧夜は、普段ならば気にも留めない輝きにある魔性をぼんやり眺めていて。
     隣に腰掛ける巽は、藍に包まれてゆく見事な景観を見ながらふと思う。夜景は宝石箱とも形容される意味もわかるけれど――、
    「それよりも、まるで……」
    「それよりも、何だ?」
     巽の微かな独り言を拾い、霧夜は問い掛ける。
    「流れる光が血管のようで……怪獣に飲み込まれたようだな、と」
     巽は少し冗談めかして微笑んで。あの色を辿った先、逢魔時の名の如く、別の生き物に会えるかも、と。
     冷静たる普段とは幾分違う巽を見、そしてその指の行方を追って――成程と瞼伏せつつ一つ頷いたなら。
    「……案外、もうこの世界は別の世界の闇へと呑まれていっているかもしれん」
     銀色の双眼を、ついと何でもないような場所へと流したかと思えば。其処を指差す意味を、巽は汲み取ったものだから。
     思わず視線をやり、何かの姿を探したものの――。
     冗談と悟り若干脱力した笑みを見て、霧夜も口元を仄か緩ませ。
     昼の蒼でも、宵の濃紺でもない、独特な藍こそ――人が抱く不安や心の隙間を映す鏡という、魔であるのかもしれないと。


     夜景のかくれんぼ。ハートを探し街並み辿りながら、深い青の中に際立つ光芒の美しさを眺めていた陽桜だけど。硝子に浮かぶ見知った顔に振り返って。
    「素敵な夜、ですね?」
     微笑む陽桜へと、沙汰も微笑み挨拶返して。
    「沙汰おにーちゃんのハートは見つかりましたか?」
    「んー、まだ見つかってないかな。陽桜ちゃんは?」
     あてしも、です。と苦笑零したあと、
    「えと、それじゃあ、ハートの代わりにはならないかも、ですけど」
     丁寧にラッピングされたハート型のチョコとクッキー。ありがとうと笑う貴方の一年が幸せでありますように、と。

     樹はミッドナイトブルーのワンピースと、プレゼントの蜂蜜色クロスのネックレス揺らし。大人っぽい藍紫の装いの拓馬に手を引かれ、藍と光の滝を一望できる窓辺へと。
    「こうやって外で食べる機会はあんまりないわね」
    「確かに、色んなとこへ二人でデートしてたけど外食は珍しいね」
     勿論樹の手作りが、拓馬にとっては最高のごちそうではあるけれど。こうやって、いつもとは違う雰囲気でディナーを楽しむのも悪くはないから。
    「小さい頃はこの空の色が怖かったわ――」
     今では眺める余裕さえあって、少しは大人になれたって思っていいのかしらと柔らかく笑う。その理由は視線の先の拓馬であるから、と。
     そんな樹の微笑みが、光陰に際立ちいつもより大人っぽく見えた。拓馬も、出会ってから俺も何か良い方に変われているならと、自らの歴史を辿りながら。
     改めて夜景をバックに、拓馬と樹はグラスかわして。

     藍の空と、光を抱く海に出迎えられたなら。奢りにはしゃいでいたことも忘れ魅入る和葉と、雅輝。
    「――俺の世界を壊してくれた和葉に、ずっと感謝してる」
     グラス傾けながら、雅輝はあの時の鮮明に思い出し。
    「大袈裟ぁ! 君の世界を壊したのは気まぐれだよ?」
     改まったように言うものだから、くすくす笑っていた和葉、だったのだが。
    「好きだよ、和葉」
     雅輝が形を改めたと思った刹那、真面目な顔でそう告げるものだから。
     反芻する唇、一瞬呆然。お洒落な所に誘われたと思えば、告白だったなんて――。
    「まったく、君はいつも唐突に驚かしてくれる」
     ぷっと吹き出す和葉に、雅輝はちょっと拗ねるように。
     けれど眩しい笑顔は、あの時見た輝きそのもので。自分の世界をひっくり返したその輝きを――今は守りたいと。
     現実は、この空のようにうつろいゆくから。そんな顔で見ている和葉。
     先は見えずとも。只一緒にいたい、雅輝はその揺れる指先、今は繋ぎたくて。

     大人っぽい装いの二人を迎えるのは、函館山から臨む煌びやかな輝きと、神秘的な藍色。
    「おお、凄い! 遠くまでよく見渡せるな!」
    「わ、お空に浮かんでいるような気分になるですね!」
     硝子から覗きこめば、山の高さと空の近さに、清十郎も雪緒も、感嘆を漏らさずにはいられなくて。
     星屑をグラスに注いだかのような輝きを受けて輝く、薬指の約束。
     けれど愛の証の澄んだ輝きは何よりも美しくて。清十郎が思わず笑顔を零せば。雪緒は頬を幸せ色に染めて、
    「ふふー、落っこちないように席にちゃんと座らないと、ですね!」
     ふんわりとした足取りで、寄り添いながら席へと。
     着座したなら、清十郎はテーブルの上で雪緒の手に自分の手を重ねて軽く握り締め。
    「ちゃんと座って、ちゃんと掴まえておかないと、だねー」
     愛しい温もりに、どきりと高鳴る胸の音。
     煌めきが際立ってゆく光の世界に重ねる二つのグラスと、重なる日常に二人の笑みは絶えなくて。

     黒髪赤目に黒スーツ。対面は白半袖シャツに灰色ズボン。修学旅行生も多い場所故、教師と生徒が居てもおかしくないのですが。
     教師には程遠い人を喰った様な雰囲気纏のシィと。何かしら場の異色感を拭いされない守。
    「デハ、守ノ振ルワナカッタ成績ニ乾杯」
    「っておま、そこ乾杯するとこ!?」
     やや芝居がかった仕草のシィに、守は言いたい事函館山の如しだが御馳走の方が気になるわけで。乾杯後速攻で前菜ぺろり。
    「何でシィはスーツきまるの。女子口説き用かよ、いい加減コツ教えて、外見以外で」
    「成績ヲ上ゲテカラ……」
     そこまで言って、感じる性質の違いにシィは。景色や人々一瞥しつつ。
    「……学生ノ集団ニ混ジラズデ良イノデスカ。オ前ハモウ少シ学生ヲ楽シメル者デショウニ」
     すると守は不思議そうに、
    「楽しめるっていうか楽しんでるし、シィだって黄昏てる暇無いぜ?」
     続く学校祭の誘いにも軽口叩きつつもまんざらでもないシィ。
     ソノ人好キスル性質コソ守ノ武器デショウニ、と思いながら心の中、今はしまって。

     黄昏てゆく街並みは、金色に輝いていて。
     御伽と茅花は、今日の事、明日の計画、他愛のない話――食事を楽しみながら。
    「おさかな美味しい、わ!」
    「さすが北海道って感じだよな」
     刺身に夢中の茅花を、御伽は微笑ましげに見ながら幸せ感じ。
     視界に映る景色に、御伽は目を見張ったあと、
    「茅花さん、外」
     御伽に見てと促され、顔をあげれば。一面に広がる透明な青い絵の具の様な空。漆黒の稜線に際立つ色は神秘的で――大地はまるで光を海に流したように美しい扇を描いていく。
    「こんな綺麗な空の青、今まで見たことねぇかも」
     ほんの一時だけの空から目が離せずに、御伽は柄にもなくその瞳に微かな興奮を浮かべて。
    「貴方の色と一緒ね」
     茅花がその紫の瞳に微笑を浮かべながら告げる。
    「こんなに綺麗な色してるか?」
     御伽が肩を竦めたのは、照れ隠し。
    「私、空を眺めることが多くなったの」
     僅かな囁きを耳にして、御伽がその言葉の意味を問うも。どうしてかしらとはぐらかされ。今は答え、秘められたまま――。


     和守とのデートに緊張して、華夜は日常に似たバスの中ではおろおろしていたけれど――降りれば出迎える函館の冷たい潮風に、華夜はくすぐったそうに目を細め。そして広がる、糸のように細く消えゆく茜が消えてゆく空に訪れる藍色の空と、次第に際立つ輝きは地上の天の川のよう。
    「神秘的な風景だな……ここまで出てきた甲斐があった」
     和守は華夜と欄干へ向かい、時を忘れそうなほどの藍に魅入れば零れる感嘆。
    「そうですよね――こういう風景をもっと沢山見てみたいです。生きている限りは出来るだけ……」
     隣へ視線落とせば。藍の陰影に浮かぶ華夜の横顔は、いつもよりも大人っぽく見えて、どきりと。
    「あれ? どうかしました?」
     何の気なしの微笑。和守は誤魔化す様に夜景に視線戻し、
    「いや、綺麗だなと思ってな」
     華夜が、とまでは照れくさくて。ただ誤魔化す様に抱き寄せながら――宵へと移る変わる大気に二人、溶けてゆく。

     逢魔が時に魅せられに。
     ひんやりした北国の夜風に出迎えられながら、篠介と依子は青の時間を。
     欄干から宵の溜まった海を臨めば、
    「見て、きれい」
     漁火の流星群、緩やかに大海原という空を流れる灯を、依子は指差しながら。
    「ああ、綺麗じゃな……」
     篠介から無意識に零れる感嘆。ただイカ漁だとわかっているから、つい二人は顔を見合わせ笑う。知らなければ、もう少し風情を感じられたのかもしれない、と。
     潮風を受けながら、ゆるゆると青に抱かれてゆくその横顔に見惚れ。
    「篠介君、このまま時が止まってしまえばいいのにって思うことありますか?」
     依子の問いに目丸くして――けれど風に髪を絡ませながら、澄んだ藍の世界で微笑む彼女の笑顔は、妙に神秘的で。
    「ああ、今な」
     差出された手を強く握り。
    「珍しいものや綺麗なものは、やっぱり分ち合いたいもんじゃ」
     止まる事など無くても。共に在る真実。
     世界の何が変わっても、同じ時、君の隣で。

     カメラと三脚を持って、魔法のように移り変わる透明な藍色に出会いに。
    「やっぱりキレイだ――」
     引き込まれた様に見あげていた才葉が呟きながら、その空へ近づくように歩いてゆくから。朱那はその背にカメラを向けた。
     シャッター音に才葉が振り返れば。纏う極彩色に、相反する陰り。
    「浮かぶサイワの黒い影が、なんだか深い藍に融けてしまいそうで――」
     まるで朱那の方が、天も地もない大気の中落ち続けている様な危さを見せていて。
    「あたし達、これから何処へ向かうか分かんないケド……どんな世界になっても、消えんといてな」
     ほんの少し弱気を見せる朱那。
    「うん、……消えない。だからシューナも、消えないで。言葉は、確かな約束には成り得ないけれど」
     明日さえも見えない、そんな幾つもの岐路と迷う間もない現実の中にあろうとも。
     願う想いは同じ。ただ、未来にキミが笑っている世界があればいい、と。
    「……ん。いるよ、ここに」
     誤魔化す様に、からり笑う朱那。
    「一緒に映ろう」
     その為にこうやってきたのだからと。才葉は朱那を連れて。
     あの藍の輝く空をバックに、今在るという証を。

     和泉と治胡は欄干から、海と大地が生み出した杯のような地形を臨む。
    「にしても当然だがカップル多いな」
    「んだな、デートスポットっぽい」
     ジュース飲みつつ、色気も何もない二人は微妙に肩身狭い、気がする……ので。
    「和泉は可愛い彼女とかいねーのか、モテそーだし」
     たぶんきっと色気のありそうな話をしてみる治胡。
    「彼女? いや、いねーけど。そう言う治胡は?」
     あっけらかんと告げる和泉は、今のところ空いているココにはハルがいますみたいな顔して。
    「はァ? 俺のコトはどーでもイイだろ」
     ベッタベタな居ないアピールするものだから、和泉は奥手だななんて意味深にによによしていたら――訪れる藍。
    「完全に日が消えたな――空の青と海の青、ブルーモーメントに染まってより綺麗に見えるな」
     街明かりがまるで宝石箱みたいだと和泉。治胡も感嘆漏らし。
    「宝石箱か……違いない」
     町の光と自然の灯の共演――まるで硝子の杯に宝石が満たされてゆくような夜景はまさに、百万ドルの輝き。

     鮮やかなコントラスト。夜深は空の不思議に目を煌めかせて。
    「……一番好キ、青色。あくたん、瞳の色、でスが……なンて」
     はにかむように笑い、見上げてくるあどけない瞳を、芥汰は優しく受け止めながら。
    「……俺も、夜深の瞳色が一番好き」
     勿論全部好きだけど――言われて、ふにゃりと笑う夜深のいとけなさがまた可愛い。
     互い全身に纏う深い青も、僅かな時間だけの神秘ともなれば――その色も好きと確かに言えると芥汰は思う。
    「暗クなテきテ……あ。あくたん! ハート、探さなキャ!!」
     はっと気付いて、欄干から身を乗り出さん程。めらり、ハートを必死に探す夜深は、芥汰への愛を試されているのよと言わんばかり。
     夜深の一生懸命なところにふわっと幸せ感じつつ。芥汰も、輝きの草原から四つ葉のクローバーならぬ幸せのハート探し。
     煌めく世界を順になぞりながら、
    「あの辺、ハの字、違ウ、かナ?」
    「ああ……ほんと、その隣はきっと「ー」だから――」
     二人の指先が辿る行方は――微笑みあう二人だけの秘密。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月6日
    難度:簡単
    参加:29人
    結果:成功!
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