託された幼子

    作者:聖山葵

    「姉ちゃ、ご飯まだ?」
    「もうすぐよ、少し待っててね」
     幼い女の子にほほえみかけると、少女は左手を庇うように隠しながらのれんをくぐった。
    「……どうしよう」
     少女の左手にある指は親指を除いた四本が水晶と化していて、指の水晶化は徐々に掌や手の甲まで侵食してきている。
    「おじさん、おばさん」
     きっかけは、死体を見たこと。用事があるからと預かった幼い女の子を帰しに隣の家を訪れた少女が目にしたのは、変わり果てた隣人の姿で。
    「僕、どうしたら……」
     人前に出せぬ左腕に目を落として台所の窓から隣の家を見る。
     そこに、居るのだ。人ではなくなった隣人夫婦が。
      
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしている」
     集まった灼滅者達にエクスブレインの少年はそう告げた。
    「通常なら闇堕ちしたダークネスはすぐさまダークネスの意識にのっとられて人間の意識はかき消えちまうんだが、今回は元の人間の意識が残ってるみたいなんだな」
     つまり、ダークネスの力を持ちつつもダークネスになりきっていない状態。
    「もちろん、これを完全なダークネスになっちまうのは時間の問題だ」
     その前に灼滅者の素質があるなら救出しないなら完全なダークネスになる前に灼滅して欲しい、と言うことなのだろう。
    「闇堕ちしかけてるのは、用宗・唯。両親が旅行で一人留守番してたとこで隣の娘さんを預かってたみたいなんだが」
     何らかの理由で隣人夫婦が命を落とし、夫婦の死体は既に唯の眷属となってしまっている。
    「当然、預かってるこの夫婦の娘が一番危険な場所にいる訳なんだが」
     少女が人の意識を保っていられたのは、その隣家の娘のおかげでもあった。
    「『姉ちゃ』と唯をかなり慕ってる。まぁ、そのせいで唯は命が奪えず、危うい均衡が続いてた訳だが」
     このままゆけば、唯の左手を見られるかゾンビとなった両親を目撃してしまうことでこの均衡はあっさり瓦解する。
    「そいつは避けなきゃいけねぇ。ちなみに預かってるって女の子の名前は『かなめ』って言うんだが」
     二人の運命を左右するまさに要なのは何かの皮肉だろうか。
    「闇堕ちした奴を救うなら一度戦ってKOする必要がある」
     そして、闇堕ち一般人と接触し、人間の心に呼びかけることで戦闘力を下げることも出来る。
    「今回の相手は眷属まで居る上に要救助者までいるんだ、説得は必須だろうぜ」
     説得するならやはりかなめに関したものが無難か。
    「接触タイミングは唯とかなめ、二人の位置が一番離れる飯時が良いだろう」
     唯が食事を作めれば換気扇の音などから外にいても確認は可能で。
    「唯の家の呼び鈴を押せば、出てくるのは間違いなくかなめだ」
     人目を避けようとする唯と違いかなめには人目を避ける理由が無く、ここ二三日両親と会えず寂しい思いをしているのだ。
    「上手く保護すればそこで身の安全は確保できる。ゾンビになった両親と対面させない為にもそのまま避難させるのも手ではあるな」
     かなめが居た方が説得の効果はあるだろうが、戦いに巻き込まれる可能性もあるのだから。
    「どちらも一長一短だ、故にこれについてはお前達が決めると良い」
     どちらにしても、戦闘になれば隣家から二体のゾンビが増援として現れ、襲ってくる。増援のタイミングは戦闘開始から一分後。
    「増援は台所の勝手口を開けて用宗家へ入ってくる。ちなみに、俺の情報通りに事が運べば戦場は台所だ。全員収まる程度の広さはあるが、横に並んで戦えるのは三人が限界だ」
     それを踏まえて立ち位置を考えるようにと言うことだろう。 

    「だいたいこんなとこだな。俺に出来るのは情報提供して頭下げるぐらいだからな……頼む」
     自嘲気味に口元をつり上げると、少年は頭を下げた。


    参加者
    高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)
    リリー・スノウドロップ(小学生エクソシスト・d00661)
    永瀬・刹那(清楚風武闘派おねーちゃん・d00787)
    藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035)
    更科・由良(深淵を歩む者・d03007)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    鈴村・紗雪(中学生魔法使い・d07916)
    摂津・アキラ(高校生エクソシスト・d09264)

    ■リプレイ

    ●幼き者
    「だぁれ?」
    「リリーなのです。要ちゃん、遊びませんか?」
     呼び鈴を鳴らして十数秒後、扉の向こうから聞こえた誰何の声にリリー・スノウドロップ(小学生エクソシスト・d00661)はそう応じた。
    (「この頃寂しそうだったから遊んでみたかったという理由でいけるかな?」)
     ご飯の時間まで遊ぶのであれば不自然はないはず、と扉の向こうの少女を遊びに誘ったリリーは、自分を関係者だと思いこませるサイキックも用意している。
    「んー、いいよ」
     台所で調理をしていた唯に止める暇は無く。がちゃりとドアを開けて顔を出したのは、小学生にもなっていないであろう幼い少女で。
    「お姉ちゃ、ご飯まで遊んでくるー」
    「はじめましてなのです」
     家の奥から聞こえた声にそう叫びながら、出てきた幼い少女ことかなめにリリーは微笑みかけた。
    (「私も寂しい思いはよくしてたから……」)
     内心の思いを隠して。両親の居ない寂しさを共感出来るリリーにとってかなめは放っておける存在ではなかったのだろう。
    「一応、うまくいったみてぇだな」
     難しい顔を崩さず、腕を組んだままで作戦の第一段階成功を見届けた藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035)は横目でリリーに手を引かれる少女を見送ると他の仲間達へと向き直った。
    「かなめさんを引き離したうえで説得、ね」
     頷いたのは、桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)。
    「行きましょ」
     女子力高いチームでちょっと嬉しい、と崩していた表情を戻し、歩き出す摂津・アキラ(高校生エクソシスト・d09264)の向かう先はかなめが出てきた用宗家の玄関で。
    「失敗は許されないもの。慎重に行きましょう」
    「ええ」
     理彩を含む二人に同意しつつアキラの背中を追い抜いた鈴村・紗雪(中学生魔法使い・d07916)は、声に出さず呟いた。
    (「放っては置けないのよ、闇落ちは私も経験があるだけに」)
     実際は無言のまま、玄関のドアを開けた仲間に続く紗雪の背をアキラは眺め。
    「終わったらスイーツでも食べに……と言いたいところだけど」
     立ち止まると、一度だけ振り返る。
    「リリーお姉ちゃ、侍女ね」
     今までの寂しさを埋めるようにはしゃぐ小さな少女の笑顔を見て、俯いたのは一つの疑問から。
    「かなめちゃんのご両親は、何故亡くなったのかしら?」
     エクスブレインの少年は何らかの理由としか二人の死因について触れなかった。
    「事故か、殺されたか……何にせよ、嫌な事件ね」
     いずれにしてもこのままかなめに両親の死を隠し続けるのは難しい。
    「アキ、何をしておる?」
    「はぁい。ごめんなさい、今行くわ」
     戸口の更科・由良(深淵を歩む者・d03007)に呼ばれて我に返った突入組の最後の一人が用宗家へと足を踏み入れ。
    「っ、あなた達誰?!」
     台所では一部の灼滅者達が既に唯と接触していた。

    ●抗う者
    「っ、あなた達誰?!」
     永瀬・刹那(清楚風武闘派おねーちゃん・d00787)が台所に足を踏み入れた時、見知らぬ男女の乱入に家主の少女は軽いパニックを起こしていたようだった。
    (「仲のいい二人に悲劇なんて起こさせません……」)
    「安心なさい。私達はかなめさんを助けに来たのよ」
     拳を握りしめ、切り出すタイミングを計る中、理彩が最初に口を開く。
    「そして貴女自」
    「っ、かなめは?」
     ただ、言葉を遮ってまで問いかけてきたのは、理彩にとって少々予想外だったのかもしれない。裏を返せば、それだけ心配していると言うことなのだろうが。
    「大丈夫、かなめちゃんは無事ですよ」
     故に高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)は刹那の言に続く形で本題に入った。
    「その手……只事ではないって判ってるでしょう?」
    「っ」
    「このままではかなめちゃんを傷つける結果になる」
     残酷だが違いようのない事実を、勘志郎は今更手を隠そうとした少女に突きつける。
    「僕は……」
    「判るわ。私も同じような経験をした事がある」
    「自分が自分でなくなる感じ……怖い、わよね。アタシも経験あるから、不安はすごくよく分かるの」
     苦悩するように顔を歪めた唯へ、理彩とようやく台所にたどり着いたアキラが語りかけながら見るのは己の過去か。
    「私達はあなたを助けに来ました」
    「闇に飲み込まれようとしている現状から、唯さんを、ね」
     刹那と紗雪が語り始めたのは、灼滅者達がこの場に赴いた理由。
    「僕、もうこのまま……」
    「私と違って、貴女にはまだ救いがある。まだ誰も手にかけていないもの」
     理彩は淡々と事実を指摘しつつも口の端へ微かに笑みを浮かべる。
    「かなめさんを殺すまいと今まで我慢していたのよね? ……よく頑張ったわ。その心があったから、貴女は人でいられる」
    「全てが遅すぎる……などと諦めるにはまだ早いのじゃよ」
     唯が口を開いたことでアキラ同様聞き手に回っていた由良も加わり、説得は順調に進んでいた。見知らぬ侵入者との対面で緊張していた唯の纏う空気は徐々に穏やかなものに変わっていたのだ。
    「僕……っあ?!」
    「ま、そうそうすんなりいくわきゃねぇよな」
     ただ、この状況を好まぬ者が居ることは、純だけでなく場の灼滅者達は全てが認識していたことだろう。
    「腕が勝手……に」
     おそらく人間の意識に反して掲げられたであろう唯の左腕が水晶のような材質の十字架を降臨させ。
    「出てきたわね」
     十字架の撃ち出す光線をかわしつつ、理彩は霧を展開する。
    「そりゃ、抵抗はしてくるわよね……けど」
     勘志郎も縛霊手に内蔵された祭壇を展開し、構築された結界は唯を捕らえた。
    「……大人しくしてもらおうかしら」
    「く、あぅ」
    「大丈夫。必ず良くなって、元のアナタに戻れるわ。アナタが、気をしっかり持っていてくれれば」
     悲鳴を上げる少女から目をそらさず、説得を続けながらアキラは魂の奥底に眠るダークネスの力を一時的に自分へ注ぎ込む。
    「聞く機を逃してしまったのじゃが、終わったら聞かせてはくれぬか?」
     闇と抗う少女へ語りかけつつ由良が撃ち込むのは魔法の矢。
    「『かなめ』の事をどうしたいか、唯自身がどうしたいかを、のぅ」
     内なる闇に抗い会話する姿勢だった少女がこのまま闇に飲まれるはずはないというどこか確信めいた笑みで由良は矢の軌跡を見送る。
    「まだ戻れる。まだ助かる。あきらめちゃダメ」
     丁度説得を続ける紗雪がバベルの鎖を集中させて見ていたのと同じ、一人の少女へ進む矢の軌跡を。
    「はっ! そんな程度で悩むんじゃないよッ! 世の中にゃもっと変わった奴が居る!」
    「くあっ」
     純の作り出した糸の結界の中で撃ち出された矢は唯の左肩に突き刺さり。
    「かなめちゃんを傷つけたくない、守りたいという心があるなら……あなたに芽生えた闇に『めっ!』てしてください!」
     死角から刹那が斬りかかったところで、勝手口のドアノブはがちゃりと音を立てた。

    ●ふたつのたたかい
    「リリーお姉ちゃ?」
    「何でもないのです」
     微かに聞こえたドアの音で、リリーは自らに課せられた役目の半分は果たしたことを知る。
    (「私は私の出来ることをするのです」)
     かなめに両親の姿を見せる訳にはいかないからこそ確認出来たのは音だけだが、二体の眷属が加わったことで戦いはいっそう激しさを増していることだろう。
    「お姉ちゃ、ボールであそぼ?」
     戦いの先に待つものは、無邪気にボールを抱えた幼い少女へ何をもたらすのか。
    (「私は当時幼くて、良くしてくれる孤児院のお兄様が居たから――」)
     両親の居ない寂しさも乗り越えられた。
    (「要ちゃんもこれから真実を知って乗り越えないといけない……」)
     その為には、唯に生き残って貰いたいと闇に抗い勝って貰いたいとリリーは思う。
    「お姉ちゃ、ボールいくよー」
    「たっ?!」
    「よそ見しちゃだめー」
     飛んできたゴムボールがぶつかって、我に返ったリリーが見たのはぷぅとふくれたかなめの顔。
    (「私は要ちゃんを守ってみせるのです」)
     家の外で、心だけは共に戦う灼滅者が居る一方。
    「さて、ジョウブツさせねぇとな!」
    「グッ、ガァァッ!」
    「うぐっ」
     台所での戦いは苛烈を極めていた。かなめの父親だったものは、純に鍛え抜かれた拳を叩き込まれてよろめきつつもすぐさま純を殴り返し。
    「さあ、目を閉じなさい。一」
    「アアアアッ」
    「くっ」
     納刀したまま居合いの間合いに入ろうとした理彩は、もう一体の眷属の攻撃から慌てて身をかわす。
    「どうあっても邪魔するつもりみたいね」
    「おじさん、おばさん……うっ」
    「二人の面倒もこっちで見わ、貴方は抗って」
     自身を守ろうとする眷属達へ思わず目をやってしまう唯を叱咤しつつ勘志郎が再び結界を構築し。
    「結界展開、動きを止めます!!」
     更に刹那も唯の眷属達へ除霊結界を重ねる。
    「悪いわね」
     負ける訳にはいかないから、と紗雪が行使した死の魔法は動きの鈍った眷属二体を凍り付かせた。
    「さてと、誰も彼も皆頑張って居るのでのぅ」
     頑張ってみぬかと呼びかけながら由良は再び魔法の矢を放つ。
    「流石に一人……と一匹足んねぇとちょっときついか」
     霊犬のストレルカがリリーの元に戻っていってしまったのは、是非もない。主あってのサーヴァントなのだから。
    「とは言っても、かなめちゃんにこの光景見せる訳にはいかないじゃない?」
     これも灼滅者達が選んだこと。
    「すまない、僕とかなめの為に……」
    「はいはい、良いからアナタも頑張んなさい」
    「っ」
    「穏やかに受け入れられるといいわね、ご両親のこと」
    「ああ、そうだね……うっ」
     やりとりだけなら、静かな会話だった。唯の左腕が裁きの光条でアキラを狙い、アキラが降臨させた輝ける十字架の撃ち出す光線で唯の身体を貫いていなければ。
    「何だかやばそ? サポートするわねっ」
    「悪ぃな」
     眷属の一体とほぼサシで殴り合っていた純は口元を拭うと感謝の言葉を口にし。
    「今度こそ、一刀で、貴方の中の闇を断つ!」
    「ぐあっ」
     理彩の居合い斬りが唯の胴に真一文字に傷を刻む。
    「あなたがいなくなったらかなめちゃんも悲しむわよ」
     暖かな光で味方を癒しつつ紗雪は尚も説得を続け、灼滅者達は感じていた。唯の攻撃から鋭さが消えつつあることを。
    「大事なもんが何か思いだせ! まだ覚えてるだろ!」
    「あ……僕は」
     説得が功を奏し、唯の戦闘力ががくんと落ちたことで戦いの趨勢はもはや決していたのだと思う。
    「そのまま眠って居なさい、薄汚い死者の王」
     影を宿した日本刀で殴りつけるように理彩が峰打ちし。
    「ぐっ」
    「行きますよ、桜花繚乱・吹雪舞!」
     いつの間にか懐に飛び込んでいた刹那が拳へオーラを纏って連打を放つ。
    「僕……は」
     まるで桜が散るように。力を失った唯の身体は台所の床へ崩れ落ち。やがて戦闘は終わりを迎えるのだった。

    ●確信
    「死因は……誰も悪くない、家庭の事故死辺りが適当かしらガスか何かでつい先ほどに死んだように、と……」
    「……さすがにそのままの姿をかなめちゃんには見せられないものね」
     理彩が死因を偽装する様を勘志郎は複雑な表情で見ていた。
    「お逝きなさい」
     純が二人の冥福を祈る中、偽装作業は完了し。
    「……んっ」
    「彼女を救えて良かったわ」
     目を覚ましかけ微かに呻いた少女に振り向いて、勘志郎はようやく笑みを見せる。
    「……闇に堕ちて大事な人を忘れるのは、とても辛いから」
    「そうね、それに――」
     勘志郎の言葉に同意しつつアキラは横たわる男女の亡骸へ目を落とした。
    (「死別の悲しみで、闇墜ちする人間もいるもの……アタシみたいに」)
     唯が闇落ちから救われたことでかなめが両親の死を乗り越えられるのかはわからない。
    「……っ、僕……は?」
     だが灼滅者達が二人の少女を救ったのは事実で。
    「ご両親は……眷属と化してしまったら今の主人たる唯さんを助けても、死んだ者は還らない……のですよね」
    「ええ、けどね」
     合流したリリーの沈んだ顔に頷きつつも唯の抗う姿を見ていたからこそ幾人かの灼滅者には確信めいたものがあっって。
    「たぶん、大丈夫よ」
    「それより、無事に終わったんだしスイーツでも食べに行かない?」
     沈んだ空気を吹き飛ばすようことさら陽気にアキラが一つの提案をして。
    「ま、いずれにしてもここに留まる意味はなかろう。帰るとするかのぅ」
     灼滅者達は帰路へとつく。
    「お姉ちゃ、ご飯ー」
    「あ、ごめん。もうちょっと待ってて」
     勝手口から漏れてきた少女達の声を聞きながら。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ