構造色の裏側に

    作者:那珂川未来

    ●構造色を得た人の顔
     森田・依子(緋焔・d02777)は、とある大学のキャンパス内を歩いていた。明確な証拠も根拠もないまま、あるダークネスの手掛かりを追って。生物学・昆虫学を学べる所なら、手かがかりはあるのではと踏んでいたから。
     夕暮れ時だからだろうか。生徒の数はかなりまばら。
    (「そうね。七月も末……大学のテスト期間もそろそろ終わりだもの。早い人なら夏休みに入っていてもおかしくない……」)
     木の傍のベンチに腰掛けて、次の目的地を選ぼうとしたその時に。
    「十分遅刻だ。呼んどいてこれはねぇよ深山。時は金なりだぜぇ?」
     その声にはっとして。木の影を利用し、探る様にそちらを伺えば。
     ベンチにいるかなり立派な体格の大学関係者と思しき人物が、これまた立派な体格なのだが、研究に人生を注ぎこみ過ぎているといかにもわかる不健康が全身から滲み出ている人物へと、時計を指差しながら文句を言えば。
    『ああ、悪いね。没頭してしばらく約束を忘れてたよ』
     醜くたるんだ肉を振るわせ、脂の浮く顔を歪ませるこの男は――。
     依子は絶句していた。いかにも自分の知識を鼻にかける独特な雰囲気もそのままなのだが。
    (「……深山、なの……?」)
     ダークネス形態と――そして今ダークネスカードによって浮かぶ人間であった頃の姿の共通点が何一つないから。肌の吹き出物も、きつそうな体臭も、体のあちこちが不摂生による病気で軋んでいるとわかる。けれど能力は「本物」だ。単騎で挑んで勝てる見込みのない悔しさ――六六六人衆序列五二八深山・挵で間違いないと。
     けれど現在バベルの鎖の予知に引っ掛かってはいない、それはお互い様の様だった。でなければ依子もこんな事態に陥っていない。
    (「でもきっと、戦闘を意識すれば鎖に触れてしまうかも」)
     仕掛けるべきか。深山がここで殺戮を起こさぬ保障とてない。
     仕掛けぬべきか。単純にあの一般人に会いに来ただけかもしれない。
     連絡を取ろうかどうか、指先が鞄の中の虚空を彷徨う。幸いこの調査に付き合ってくれた仲間が、近くにいるのだから、深山があの一般人と別れた後はチャンスでもあるのだ。しかし――。
    (「もしも深山のターゲットがあの人だったら……?」)
     そうなれば、自分は深山の手で人が殺されるのを傍観したことになる。
     そんな事は、依子の中では許せないこと。これ以上の犠牲を出さぬため、長い時間調査してきたそれすら否定してしまいそうで――。
    「――成程、今度はそっちか。相変わらずだなぁ、深山は」
     和やかに話している男性の声が、依子の耳に鮮明に届く。
    「けどそれができたら、人を見た目で判断できなくなるわけだ」
    『そう。全部光が悪い。色を認識させる刺激そのものだ。比べて闇は平等だよ。全て実力でその力量を示せる』
    「ははっ。まぁなぁ。肌身をもって知ったよなぁ。見た目で判断する奴はクソくらえだ。結果を見栄えする方が発表する方がいいとかわっけわかんねぇ。人間が出来ているかどうか、そういう意味では確かに色は無い方がいいかもしれんなぁ」
    『……やっぱり僕は神戸のこと好きだな。君だけは色があろうとなかろうと、人の実力を正しく評価するんだろう』
    「どうかねぇ? 案外俺も場合によっては身内の欲目はあるかもしれんぜぇ? でも透明になった後どうするよ? 人間て奴は、自分を認識しているからこそ自我ってモンを保ってられるんだ。自分の存在を認識できなきゃ狂うぜ?」
    『そういう奴らは滅べばいい』
    「かー、相変わらず過激だなぁ。こりゃ一生独身だな」
     冗談交わしているように、男性はカラカラ笑っている。まさか隣の男が人を何人も殺しているなんて思ってもいないらしい。ある意味能天気で鈍感なわけだが――それもあるのかないのか、深山がこの神戸という男性に一定の感情を抱いているとわかる。
     意を決した。
     送信ボタンに触れ、仲間へと知らせる。殺める雰囲気を纏ったなら、自分が飛び出すしかないくらいの気持ちで。
     深山の性格なら、少数なら舐めた態度を取ってくるだろう。
     だが逆に、それを利用すれば人の危険を回避しつつ仕掛けられるかもしれない。依子自身感じているのは、深山は自論を語ることは好きだろう。なら自身の過去はどうだろか。深山を怒らせるような発言があるとするなら、きっと姿の違いすぎる闇堕ちした姿に絡むのでは、と。
     そして、深山自身がこの神戸という一般人を遠くへ逃がしてくれるのではないか、と――そんな普通なら考えなれないようなことを、依子は予感がしたから。
     仲間が揃うまで待つか。それとも今ここで上手く気を引くか。この一時の判断が大きく左右する。
    (「……深山。此の世は、色彩があるからこそ美しいものなのよ」)
     全てを透明にして。人の心の中の美醜をさらけ出したところで――。
     色を無くした世界では、感動も、好奇心も、想像力も、それらも全てが無になるのだと依子は思うから。
    「――今日こそ、貴方を止めてみせる」
     木陰に隠れたまま、依子は決意を固める様に、ぐっと胸を押さえた。


    参加者
    羽柴・陽桜(波紋の道・d01490)
    森田・依子(緋焔・d02777)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    高城・時兎(死人花・d13995)
    月屋・優京(戯僻事・d15388)
    ハノン・ミラー(蒼炎纏いて反省中・d17118)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)

    ■リプレイ


     茜を浴びながら、渡り廊下に濃い影を落とす月屋・優京(戯僻事・d15388)は、インバネスコートの裾を靡かせつつ送られた連絡に目を通した。
    「見つかったようですね」
     足を止め。過ぎた中庭へ視線流して。
     画面を見つめる羽柴・陽桜(波紋の道・d01490)の顔にあどけなさは消えた。
     固く結んだ唇の奥、黒い苦みを噛みしめたかのように、その表情にひりひりとした感情が渦巻いているように見える。
    (「誰のこころも……心の中にある感情の色も気にする事もないなら、感情に飲まれる事も、嫌悪する事もない――」)
     見えるものに対する心ない悪意に晒されたのだろう相手に、感情覚えて。
    (「――言葉じゃないことばは、きっと刃物よりいたいの」)

     ひたり――。

     少し思い出して。陽桜は、ぎゅっと胸を押さえた。
    「陽桜ちゃんっ」
     もたもたしてられないねと顔を向けるレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)。
    「うんっ、絶対に助けよーね!」
     ぐっと拳握って応える陽桜。
    「さて、鬼の居ぬ間になんとやら――でしょうか」
     優京は人の形をした敵を屠ることに内心罪悪感を抱きながらも。
     人の灯絶やさぬよう、滑る様に向かうは誰かの息吹の聞こえる所。


     闇に撫でられてゆく芝生の上を渡るように、森田・依子(緋焔・d02777)とハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)の速度は緩やかに。
     ベンチの上にある塊が近づくたび――依子の緊張と覚悟は加速し、ハレルヤの興味と羨望が深くなる。
     挨拶しながら猫の目のように彩をきらめかせるハレルヤ。視線をあげたその顔へと、依子は名を呼び、瞳に含めた色彩を向けたなら。
     挵は淀んだ目で見返していた。間が悪い、とでも言いたげに、唇を歪めている。
    「お、知り合い?」
     そんな中神戸が空気読まずに。
    『違うし。只の潰し合う関係でしかない』
    「そういう時はライバルって言えよ。だから誤解も多くなるんだぜ?」
     どうも神戸という男は、挵の毒舌も素敵に解釈しているらしいが、無意味に突っ込む理由もない。
     席をはずしてほしいと重々しく挵が言葉を吐き出すものだから、神戸も長年の付き合いからか腰をあげた。
     建物内にその姿が吸い込まれるまで無言で睨みつけていた挵が、ようやく口を開く。
    『忌々しいな、こんなとろにまで出てくんなよ』
     依子は普段と変わらない様子で受け止めながら。
    「私もここで深山に会う事になるとは、思っていませんでした――愚か、と思いますか? 無謀に姿を現わした私達が」
    『ああ。無謀もいいところだね』
    「あの時あなたは、理解しようと思った事すらないと言っていましたが――ほんの少しあなたを知って、私は逆に聞いてみたくて来ました。変態(メタモルフォーゼ)させたいと、あなたが実験を始めたきっかけ。あなたが求めるものは何なのか」
    「だって聞いちゃったからさあ。ヒトに色が有るとか無いとか――実験でもしてるのお?」
     人懐っこい表情をしていても、ハレルヤの目の輝きは研ぎ澄まされた狂気と興味そのもの。
    「生き物が変わってく姿ってうっとりする。変化って意味ならあ、ボクもそうだしい」
     標本も積み木も同じと歌う様に語るハレルヤに浮かぶ、彼女が人造であるとも言うべき『手術』の縫合痕。
     挵は鼻を鳴らした。
    『どういうつもりか知らないけど――ま、時間潰しに付き合ってやるよ』
     人を人とも思っていないくせに、まだ近くにいるかもしれない神戸の目だけは気にしているのだろうか。返答はあっさり。
    『遺伝子なんかに左右されないたった一つの因子を持つ生命に変態(メタモルフォーゼ)出来ないか。それは闇堕ちによる変態じゃない。お前らの人間のまま闇堕ちさせる技術も面白いが、それは酷く不安定だから僕好みじゃない。例えば――』
     懐から最初の接触で行っていた――人の焼死体で作ったダイヤモンドを取り出して。
    『とある透明人間化の理論、液化、沸騰、蒸気にしてからの再加熱、再冷却による結晶化を実践したけれど――まだまだ改良の余地があってね』
     語られる話は荒唐無稽な理想、透明故の脆弱ではない何かを探す残忍な実験の数々――そもそも、人間に実践する内容ではない。
    (「あの人たちはいったい何の話をしとるんだ……」)
     こそりと様子を伺って。気を引く事に成功している事を頼もしく思う傍ら、あの男から何を引っ張り出しているのか、ハノン・ミラー(蒼炎纏いて反省中・d17118)は少し気になって。キラリ光る輝石が見えたなら、ドキリとする胸の内。
    (「初対面であんなこと言っちゃったけど――だって会ったこともない人間の価値なんてほいほい測れるかっての……」)
     ひとつひとつを気にしていたら身が持たないのは当たり前のこと。それをここぞとばかりに嗤う挵の、嫌味だとしても。ハノンの心に今も残っているのは、彼女の中の罪悪感に食い込んだ、悪意というものの性質の悪さだろうか。
    (「――せや。今日ここで殺せば憶えていようがいまいが一緒や」)
     透明になるのは、たった一人だけでいい。


     七月も末。夏休みと、夕刻であることが避難の易さを後押ししてくれた。
    「此処は立ち入り禁止ですよ」
    「……すぐ、離れてほしい」
     莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は、一緒に避難を手伝ってくれるサズヤを頼もしく思い。そして窓から見える依子の姿を心配して。
    (「――思い悩んでるの、知ってる」)
     依子が優しい人だから、特にこの時代のうねりの中に翻弄されて、疲れていそうで――。
     危げな役をさせているからこそ、早く合流を目指そうと。想々はサズヤと視線をかわしあいながら、疑問を投げかける学生を王者の風で一蹴して。
    「大事なのは中身。その意見には同意できるけど……こころの色なんて、透明にはならんげんよ」

     また別の棟では。傍から見れば、女性陣に群がられるアイドル的な存在の図、にしか見えない古賀・聡士(月痕・d05138)の背を付ける様にして足早に進む高城・時兎(死人花・d13995)。
    (「聡士がラブフェロモンて……」)
     その光景に内心くすり。時兎にはどこかしら面白味を感じていたのを悟ったのか、聡士は肩越しに小首傾げながら尋ねる仕草。
     無言無表情で、時兎が遠い挵の後ろ姿を一瞥しながら、

     ――思い切りヤれる相手、かな?

     手応えを望む高揚感潜ませた微笑を、時兎へと零した聡士は。

     ――せっかく見つけたんだから見逃すなんて手はないよね。

     二人に狂おしい程求める赫が見えたのは、きっと気のせいではない。


     自分の知識と主張に迷いのない挵の根底にあるもの――淀みなく、透き通った心の世界。
    「深山……たぶん、あなたが『最後』に見た世界は、人の醜い欲と差別に塗りつぶされていたのね――」
     依子は予感して、納得する。
     けれど――。
    『だから僕が醜いと思うものは、淘汰されるべきだ』
     それを認めることなどできようか。極端な優生思想など。

     今はまだ、影に隠れ。優京は天を仰ぎながら。
     例え訪れる闇の時間になろうとも。今の世界に色のない場所など存在するのだろうか。
     宇宙(そら)が。
     星(いのち)が。
     ある限り燃え盛る、生きるそのものに色があるというのに――。
     機は満ちて。跳ねる音がしたのも一瞬。逢魔時に映える紅ノ月魄。その正体を知るものは、今はハレルヤと依子だけ。
    「お話中にごめんねぇ?」
     鋭く月を描く聡士の斬撃。その現を終わらせる様に、時兎から音もなく駆ける黄昏、貫く様に。
     ギリギリで感じ取ったのかダークネス形態へ戻る挵であるが。弁論寄りの意識に傾いていたところへの多角的な攻めは、全てかわせるわけもなかった。
     黄昏引けば覆うは暗夜。『丑の刻』が囀る音、サズヤから。援護を受けた想々のベルトの先端が、幾つもの光を引いて――次いで顕わる優京の鬼の手が、砕くが如く降り落ちる。
     赤のひとひら浚う様に。不摂生な肉の塊に突き刺さる、蒼き刃はハノンのもの。
    「久し振りといえばいいのかな、覚えているかどうかもしらんけども」
    『さすがクソ虫。蛆並みの早さで湧くもんだよ!』
     奇襲されてすら、人を嘲るしかできない挵の哄笑へと、
    「たまにゃディスカッションに付き合ってやるぜ。深山ァ!」
     今回ばかりは相手の土俵の上で楽しんでやっかと笑う錠の刃も楽しげに。
    『偉そうに。醜いものは潰してやるよ!』
    「すでに性根の腐った奴に言われたくないです」
     嫌味っぽくハノンは言ってやって。刃を光に変え、やや前のめり気味になっているのは、前回の悔しさを払拭したい気持ちが強い故か。
     一度対峙した人達の思いは、それこそ十人十色。言うなれば挵も限りなく透明に近い理想とどこまでも狂った暗黒を持っているはずだから――。
    (「気持ちを、支えてあげれるように――」)
     陽桜は、野の花のように素朴だけど生きる強い意志を持つような、そんな黄色の輝きを前衛陣へと送ったら。錠が以前共にしたハノンへと送るのは、傷を封鎖する様に伸びるダイダロスベルト。
     レキが身の丈以上の十字架を振るうならば。回避点を読んで仕掛けるのは、今まさに風に乗るかの如き跳躍で迫る優京。
    「胡蝶よ惑え、夢うつつ――」
     陽桜から放たれた、桜花のように綻ぶリングの障壁の中を軽やかに翻りながら。零す言の葉に導かれるように舞う、烏揚羽の様なビロードの闇。 依子が振るう銀の先端が空を切るものの、奇襲の流れを衰えさせない影の炎が、挵の中のトラウマを浮かび上がらせる。
    『ふん。調子に乗るなクソ虫が』
     燐を纏う拳のその威力と、操るベルトの先端は、容易く抜けられる様を、想々は目の当たりにしながら。
    「この世を透明にしたって、誰かの優しさや、愛しく思う気持ちに、貴方の心の醜さは敵わない」
     紅蓮の炎を、想々が撃ち出せば。聡士が困った様に笑いつつ、月の輝きに凍てつく雫を舞わせ。
    「しかも攻撃がいちいちいやらしいもんねぇ?」
     鏖殺領域に次ぐ炎がとにかく面倒であるのだが。それ、同じポジションの聡士が言う? みたいな目を時兎は流しながら。相棒から解き放たれた、煙る氷弾の三点バーストに溶け込むようにしながら滑り込み。
     化生の爪が如き腕が、醜いイロを引きずり出す様にうねった。
    「闇は平等……至極正論。ケド――」
     下衆の鮮血握りつぶしながら、幽玄映す瞳が問う。
    「……色、在るクセに……矛盾抱えて、楽し?」
    『言ったけど? 僕が醜いと思うものだけ淘汰するべきだってね』
     蔑みを返す挵。
    「無彩ならば美醜も存在せぬと?」
    「意味わかんないね」
     優京から羽ばたく闇色、藍空染め上げる幻想的な影の中。輝いたのは、ハノンが解き放つ光刃。
    『透明な世界に、そもそもそんな価値観は存在しないんだよ』
    「笑止」
     一陣の風が優京の掌の上を抜けたかと思えば。
    「彩無くともお前は醜い。その性根、その理想――気付かないか、貴様が謗るものの全てを貴様自身も持っている事に」
     舞い上がるカミの風。瞬き始めた星明かりを拾うかのように、神秘を纏い。
    『そんなもの。僕が気づいてないとでも? 僕もクソ虫も大概醜いもの抱えてるじゃないか』
     煙る蝶の鱗を腕にしながら。淘汰されるもののリストに「自分」も含まれていると言いたげに。
     攻撃手の損傷を全て押さえるくらいの勢いで遮り続けるハノンを守るよう、陽桜が展開する桜花の輝き。添える彩りは、錠の風が奏でる癒しの旋律。芽吹きを思わせる輝き過ぎれば、サズヤが涙のように、川のように、五月雨の青を流す杭の先端を定めて少しでも挵の利を崩さんと。
     そんな中を突き破って懐に飛び込んだのはハレルヤ。ねじくれたような縛霊手に寄り付かせた金糸雀色の光の様に靡く縫合糸。
    「ダークネスもヒトも穢れってことならじゃあボクは? ボクが人間してるのは人間の中にいるから。ボクは何? 人間の皮を被った何かかなあ」
     括り上げようとしながら覗きこんだ金色の目は無邪気なまま、笑う。
     純粋な人ではなくなって。
     痛みも無くなって。
     切って繋げて壊して組み立てても何にも変わらないツミキみたいなカラダ。
    『思考能力もないのかクソ虫。お前は人間の皮かぶってるから人間しているんじゃなくて、痛覚無くして生きているかどうかもわからないせいで肉と精神の統合性が取れていないだけだろ。目の前が夢か現かもわからないお前が現実知るのに適してんの、残った触覚だけじゃあな。分解したくなる気持ちはわからんでもないけどさぁ!』
     相手を切った手応えだけがヒトである頃の痛覚思い起こすのにちょうどいいもんなぁと笑う歪んだ挵の悪意なんて、どこまでハレルヤの内面を見透かせたのだろうか。
    「うふっ。やっぱり面白いよねえ、ダークネスって!」
    『お前も大概愉快だよ。Hgb、Ca、メラニン、全部ぶっ壊して透明に変態させたら、内臓悲鳴上げていようが笑ってそうだもんなあ?』
     鮮血の向こうから、けらりと笑う金色。群れる炎の大群が迎え撃つ。
     それを絶滅させるかのように、聡士が雹を呼びながら、
    「いやあ、口が悪いねぇ。時兎といい勝負じゃない?」
     意地悪な顔向けて来るものだから。
    「は? 俺もっと可愛いでしょ」
     一緒に巻き込まれたい? と黄泉路に咲く様な壱師の中から希薄な表情向けて来るものだから、冗談に聞こえない。
     トラウマ引きずり出されて癪に障ったかのように、振り下ろしてくる蟲一撃を、依子は日之影を用いすれすれで受けながら。鍔迫り合う向こうの秀麗な顔を見据え。
    「確かに私の中にも、沢山醜いものが詰まってます」
     柔らかな白を靡かせるInvisibleに映るは、赤々と輝く血炎の獣の影。
     猛り。
     うねり。
     それは決して美しいものではないけれど。
    「けれどね。何方もあるから、なの。醜いものも、美しいものも、あるからこそ人は人であるのよ。全て透明にしても、自ら伏せた目で見えるのは空虚だけ」
     闇の中に光があるからこそ、それは光であると言えるのだ――そう、依子は漠然と感じながら。けれど反発しあい、容易く溶け合う事も出来ない事も肌で感じながら。
    「深山、人を透明にしてもあなたの目指す世界には決してならない」
     押し返し、突き刺す日輪の先端がどす黒い血を噴出させたなら。
    「時々、私もこの醜い心ごと闇に溶けてしまいたくなる――だけどそれでは、色彩溢れる世界に生きるだいすきな人達を守れないから光を求めるの」
     合わせるように、想々の手の中に咲く蝋燭の牡丹。八方綻ぶ赤い花弁に、続く輝きは時兎の晩秋思わせる黄昏の帯。
     斬撃に退いた身体へと、聡士の一閃が蟲の顎とぶつかり合う。
     嘲笑と共に、髪の毛と一緒に散った鮮血ひとひら。けれど聡士見送るのは赫よりも鮮烈な、手応えの主。
    「楽しそ、だね……聡士。ちょと、妬ける」
     迸った蝶の群れに、時兎はまかれながらも。三角関係(?)を頂点から砕く様に放つ矛先。
    「やだなぁ、それを言ったら時兎もじゃない? 浮気だ、浮気」
     なあんてと、どんな時でも微笑とスタンスは変わらない。命刈り取る鋭月の行方だって。
    『いい加減、潰れろよ』
     血が止められなくて苛々しているのか、挵から煙るほどの爆炎が噴き上がる。
    「ぐッ」
    「――ッ!」
     果敢に熱を遮るハノン、攻撃手の損傷を全て押さえるくらいの勢いで。 依子も二人分受け止めたものだから、熱傷激しく。
     咄嗟サズヤと錠が癒し飛ばし、陽桜がそのスレスレの意識を繋ぐように手を伸ばしつつ、
    「世界は透明ではなくて苦しい事も多いです。でも、そんな世界だからこそ尊いのかも。守らなくてはいけないのかも――だから、今は。あたしは、あなたの手からこの世界と人を――」
     護りたいその願い。その決意。願いの核を。今、陽桜の手から咲く温かな光に、強さを乗せて。ハノンの意識を繋ぎ、その蒼の刃を無もう一度振るわせることができたなら。
     挵はざっくりと首を割って。ちぎれそうな手足で現にしがみつくような有様でも。
    『ゴキブリ並みのしぶとさかよ。本当醜いクソ虫どもめ』
     嘲るのをやめることはない、その、真っ暗で醜悪なイロを消してあげるように。
    「今此処で、貴方を殺してあげる」
     共に連携する依子の信頼を肌で感じ、翻る炎に頼もしさを感じながら。想々は巨大な恐竜の顎を繰り出しながら思う。
     何故――友情は歯止めになりえなかったのか、と。
     押し潰した影の下、そこには無残に散った蟲が一匹――。


    『……全くお前らは、最初っから居たなら神戸を人質にして容易く成すこともできただろうに……血だらけになってまで、馬鹿かよ。僕が逆の立場なら間違いなくそうするね』
     人のカタチをした器の中、消えゆく生命の色へと。
    「私たちは、人を守りたいんです……この世界とひとを守ろうって」
     そんなこと、出来るわけない。あなたとは違うのだと、陽桜はこの複雑な六六六人衆の深層を、その溶けゆく欠片に見た気がした。
     水晶体すら透明になって、もう目も見えていない挵は「そう」と呟いたあと、口元を歪ませ――それは今までとは違う、嘲笑ではない、慣れない表情を無理矢理作るかのような。
    『お前らを最後に褒めてやるとするなら、一切僕の見た目にふれなかった。お前らは、神戸と同じように僕に向き合ったんだろう、そりゃ僕が負けるに決まってる――』
     色を失う。
     それは無に変えると同じで、その真理こそ、死そのものではないか。
     そういう意味では、挵は正しく六六六人衆であったのかもしれないと。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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