●scene
僅かに残されていた夏の気配もようやく息をひそめ、時折ひやりとした風が街を横切るようになった今日このごろ。
小さなくしゃみと共に、少女は目を覚ました。ついこの間、パジャマも長袖に変えたばかりだというのに、妙に身体の芯が冷え冷えとしている。
それに、天井の様子もなにかがおかしい。好きな男性アイドルのポスターを枕の真上の位置に貼っていたはずが、上下逆さまになっているし、遠いのだ。
――あぁ。
寝ている間に上下反転して、タオルケットも蹴飛ばしてしまっていたのだと、ようやく気が付いた。
ベッドからずり落ちていたタオルケットを拾い上げ、時計を探った。ライトを点ければ、8時にセットしておいた目覚まし時計は、まだ午前4時をさしている。
けれど、なんだか目が冴えてしまった。また、眠れるだろうか。どうにも中途半端な時間だった。
こんな時間に起きているなんて、彼女にはめったにない事だった。外は、どのくらい暗いのだろう。それとも、もううっすらと明かりがさし始めている頃なのだろうか。
何となしにカーテンを開いて、窓の外を見た。
2階の窓から、家の庭を見下ろして――その光景に、心臓を跳ね上がらせた。
何年か前、小学校に入学したとき、少女の父親が作ってくれた犬小屋がそこにある。
その手前に広がった赤黒い水溜まりの中に、頭の無い生き物が棄てられていた。
犬。
嘘だ。あれは。まさか。
「いやあぁぁぁ! マロン!! マロンーー!!」
その隣には、胴から切り離された愛犬の頭を、まるでごみかなにかのように無造作にひっつかんだままの青年が佇んでいた。少女のあげた叫び声に反応し、男がぐるりと2階の窓を向き直る。
未だ晴れない夜の闇に紛れ、男の顔はよく見えない。けれど、声は少女にも、はっきり届いていた。
――君も眠れないんだ。じゃあ、殺してあげる。
●warning
「大変です! 皆さん、どなたかイヴにお力を貸してください!」
イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)が何やら血相を変えて廊下を駆けていた。
「イヴのお友達のエクスブレインさんが、六六六人衆の事件を察知したって仰ってるんです。今日の夜なんです……もう、時間がなくって。すぐ来れる方、いらっしゃいますか?」
その言葉に何人かが足を止めたのを見て、イヴはすこし安堵の表情を浮かべる。けれど、すぐに緊張した面持ちに戻って、こう切り出した。
「お相手は六六六人衆の序列第五七九位で、天童司狼さんという方です。……あっ、ダークネスにさん付けするのって、なんだか変かもしれませんけどっ」
「落ちつけよ」
「は、はいっ。でで、でも、天童さんとっても強いんです。10人で戦っても勝ち目があるかどうか……」
イヴはしょんぼりと肩をすくませた。
六六六人衆は、組織内における己の序列を僅かでも上げるため、日夜暗闘を繰り返す殺人者の集団だ。けして群れないが、その分個体能力は非常に高い。
灼滅者たちも情報は噂に聞いている。けれど、いざ戦いとなるとやはり皆表情を強張らせた。
イヴの話によると、こうだ。
天童司狼は不眠症の招くストレスに耐えかね、殺人という形でそれを発散すべく闇に堕ちた男。
深夜になると殺人衝動が高まり、半分夢遊病のような状態で街を徘徊しているという。
今日の夜、通りすがった民家の飼い犬を惨殺したところを飼い主の少女に目撃され、夜明けのまえに一家もろとも殺害してしまうらしい。
天童の直前に現場に出向き、庭に隠れて待ちかまえるという形で虚をつくことが可能だ。
戦闘に持ち込むのに、小細工は必要ない。
彼らの望みは『皆殺し』。殺人は道楽。あるいは、習慣。
息をするように、人を殺すのだ。
「お父さん、お母さん、娘さんにわんちゃん。皆さん、何の罪もない方たちです。イヴ達は、六六六人衆に立ち向かうにはまだまだ力不足かもしれませんけど……助けてあげたい、って。思うんです」
勝つことを目標にしていては、とても応戦しきれないだろう。
けれど、それ以外の策をとるなら或いは。
あっさり突破できない相手と踏んだなら、天童は退散するかもしれない。
なんといっても、彼は朝が何よりも苦手だから、とイヴは言う。
「お願いですっ。もちろん、皆さんだけをそんな危険な目にはあわせません。イヴも一緒に行きます!」
争いは好きではない。強くもないけれど、皆の役に立ちたい。
何よりもそれを願う魔法使いは至極力強くそう言い、灼滅者たちを見つめる。
誰からともなく――行こう、と声が上がった。
参加者 | |
---|---|
風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155) |
薫凪・燐音(涼影・d00343) |
風嶺・龍夜(闇守の影・d00517) |
影道・惡人(シャドウアクト・d00898) |
禄此土・貫(ストレンジ・d02062) |
左藤・四生(神薙使い・d02658) |
逆霧・夜兎(深闇・d02876) |
楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757) |
●1
午前3時50分。濃藍の空に抱かれ、世界は眠る。
深い静けさに覆われた街は、肌を焦がす濃密な緊張感で満たされていた。
「とても……静かですね」
「うん。なんか、すっごい殺気を感じるよ……一体何人手伝いに来てるんだろー?」
左藤・四生(神薙使い・d02658)が少々緊張した面持ちで、少女の邸宅の庭に足を踏み入れた。禄此土・貫(ストレンジ・d02062)がそれに続く。
効果範囲が被らないよう少しずつ位置をずらしながら、辺りに何重にも張り巡らされた殺界はイヴを支援する灼滅者達によるものだ。
自宅に居る者も妙な悪寒に襲われ、家に籠らざるを得ない程。加えて、その末端には道路工事やガス漏れ事故を装い迂回を促す一団が控えている。
イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)にとっては、初対面では無い者の姿も多かった。あまりの人数だったため加勢は断ったものの、イヴは感激に瞳を潤ませていた。
二人が犬小屋に近づくと、少女の飼い犬であるコーギーのマロンが起きた。
「わん、わんっ!」
「わわっ、吠えないでマロン君ー」
「眠ってくれませんね。やはり、人にしか効かないんでしょうか」
魂鎮めの風の効果が出ないと、四生が告げる。寝てくれなければ、例え死角に移動させても戻ってきてしまうだろう。
浅い戦歴。実践の不足からくる不手際を誰が責める事が出来ようか。相談は充分に為されていたし、今後を考えれば試した価値はあった。
けれど時間が無い――薫凪・燐音(涼影・d00343)が腕時計を見やり、思考を巡らす。
だが燐音にも咄嗟の妙案ばかりは浮かばず、諦めるしか無いかと決めかけた時、イヴと風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)が袴姿の少女を連れ、走ってきた。
「間に合ったか。俺達の級友が犬を一旦預かる」
「うん。いろはに任せて。怪我には気を付けてね」
「気遣いすまんな。だが、まともに戦わない戦いは俺の得意分野だ。六六六人衆にどこまで通じるか、試してみよう」
「はいっ。イヴも風嶺くんを見習ってまともに戦わないで頑張ります!」
「うむ。何か違う気もするが、頼もしいな。期待しているぞ!」
小屋には代わりにコレを繋いでと、いろはは異様に犬好きな少年から託されたダミーの犬人形を逆霧・夜兎(深闇・d02876)に差し出した。
「……ああ、君はあの時の」
何か思いだしたのか、夜兎は軽く苦笑を浮かべつつそれを受け取る。
おもちゃで気を引き、いろはは犬を抱えて敷地外に走って行った。これで大丈夫だろう。
「所でよォイヴサン。俺ァちとさッきッから気になッてンだが」
「はい、何でしょう?」
「こいつァ、どちらサンで?」
楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)が怪訝な顔で指差したのは、シルクハットに蝶ネクタイ、黒のベストを着た紳士的な……黒猫。の、着ぐるみ。
あっそれは風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155)さんですと、イヴがフォローを入れる。
「ちゃんとした殲術道具でこだわりの着ぐるみですから。大丈夫です!」
「はー、殲術道具ねェ」
「だ。使えんなら構わねぇだろ」
影道・惡人(シャドウアクト・d00898)も『ザウエル』と呼ぶライドキャリバーに跨りながら、自身の武器の封印を解除する。仲間達もそれに続いた。
時間を確認した夜兎が四生と燐音に目配せし、音の遮断を促す。
「そろそろだな。此処から暫く、お喋りはなしだ。それじゃ、始めようか」
不敵に笑った。3時55分まで、あと少し。
●2
天童司狼は、その家の庭を覗きこむと浅く傾げた。
確かに犬の鳴き声を聞いた気がしたのだが、今は妙に静かだ。見ればリードが犬小屋の中に伸びている。
「幻聴かなあ。まぁ良いか」
殺っとこ、とりあえず。
互いに死角となる家の塀の影で、灼滅者達はその呟きを聞いた。相手の表情も姿も窺い知る事は出来ない。唯、街灯で生じた長い影だけは確かに門を破り、庭へと突き出ていた。
息を潜めながら、燐音が空色のフードに手を掛けた。角を隠す為――その覚悟は口に出さず、ひそりと胸に秘めて往く。
影が一歩、足を踏み出した。
「任務、開始だ」
闇の隙間を通すような声で龍夜が囁く。
その僅かな合図を逃さずに、彼らは動いた。午前3時55分。
突如現れた灼滅者達を見て、天童は伏しがちな瞳を一瞬大きく開いた。ぼさぼさの金髪に、大き目のフリースジャケット。歳は20代前半に見える。
動きを縛らんと、月媛の影と龍夜の鋼糸がほぼ同時に放たれる。完璧に隙をついた筈だった。しかし天童は、それを遥かに凌駕する速度で反応した。
否、端から小屋を狙うつもりであったのか。辺りに満ちていた殺気が春風とも思える程の黒い殺意が、後衛に向かう。盾衛と月媛が、咄嗟に割って入る。
「……あー、びっくりしたぁ。君達、新人さん?」
「YES! エントリィナンバァ六六七、楯守盾衛とユカイな仲間達でィす!! なァンつッて。一般人てのは、おカユみてェなモンでよ。歯応えねェし、味も素ッ気ねェ。どうせ喰うなら歯応えも味もある方が良いッてモンで……好みの違いッてヤツかねェ」
「んー。でも犬嫌いなんだよね。煩いじゃん」
「一つ、人の心を捨てて。二つ、不埒な悪行三昧。三つ、醜い貴様の所業、止めて見せようにゃんこさん。そうね、にゃんこさんは紳士だから六六八でもいいの。でも、この道は譲らないわ。しばしにゃんこさんと愉快な仲間たちにお付き合い頂戴な」
「ほわぁ……元気な子達だなぁ。気配を隠すのは中々上手かったね。でも、こんな大勢で来たら反則負けだよ?」
影と糸の束縛にも動じず、天童は欠伸をしながら、些か子供っぽく眉を下げた。
「まぁ。眠れないなら、皆楽にしてあげるよ……」
「ぁ? うっせーよ。行くぜヤローども」
言い切るより先に、惡人とザウエルの一斉掃射が天童の動きを阻んだ。敵の目的が、過去が、行動原理が何であれ、関心を持つ必要は無い。余計な思考に行動を鈍らせられるのはごめんだ。だから『物』として対処する。
「前衛、もっと前出てブチ当たってけ! なるべく家から離せよ!」
「貫さん、大丈夫ですか。今回復します」
「ごめん、有難う。頼むよ」
惡人の後ろで、四生が光の輪を小さく分ち始める。『驚いて思わず出てしまった』殺気がこれ程――序列五〇〇番台の力を身を持って知った貫は、闘志を穿つ悪寒に戦慄した。六〇〇番台との戦いですら重傷者が出たと聞いている。
「流石だな、でも、僕達が皆を支えなくちゃ……気合入れないとね」
「ええ。僕も、及ばずながら力になれれば」
常より争いを苦手とし、今の己の力で勝つ事は叶わぬ相手とも心得えながら、四生はそれでもイヴの手伝いを願い出た。
勝てないから戦わない、という訳にはいかない。平穏を重んじるからこそ、理由を分かち合えた。
(「顔も名前も知らない女の子だけど、そんなの関係ない。絶対に、彼女の日常は守ってみせる」)
その為に仲間を支える。光輪の盾は貫の傷を塞ぎ、防護壁を展開した。立ち直った貫も月媛に癒しの光輪を放つ。
「いくよ。守りを固める!」
各自の得意分野を活かし、攻撃の一切を棄てた彼らの陣形はディフェンダー・ジャマー・メディックのみで構成される。鉄壁と言うべき構えだったが、その覚悟を持ってしても敵は遥か天上の月に座する獣。遠吠えひとつが壁を軋ませるのは、そもそも同じ地を踏んでいないから。
「ナノ……」
「しっかりな。お前も大事な回復役だぞ」
怯えるナノナノを励まし、夜兎は捕縛網を張る。攻撃はゆらりとかわされ、糸は空を縛った。
(「六六六人衆……本当、厄介な相手だな。今回は、なかなか面倒な仕事だな」)
巡る思いとは裏腹に、口元に込み上げる笑み。さえざえと醒めた頭に敵の、味方の動きの一つ一つを刻みこんでいく。
綱渡りの攻防に、冷えた高揚が満ちる。この窮地を楽しむ為には、瞬きする間も許されない。
●3
猛毒の塗付された手裏剣の乱舞が、前衛の壁達を襲った。
間に合わない。燐音が並外れた集中力で創り出した相殺の十字架も、照準を定めるには及ばす光線は空を切る。
半端な躊躇いは、犠牲と苦しみを生む。後悔しない為の熟考と、覚悟は重ねた。
毒でじわじわ相手を攻め、力尽きそうな者から順に止めを刺す。天童の戦法を読み、得意の術式攻撃に対する抵抗を備える作戦まで彼らは詰めてきた。
燐音のパーカーに血が滲む。悔しい。それでも壁は厚い。敵わない事ではなく、至らなさを歯痒く思う。
「きついね、流石に……」
貫が呟く。四生と2人がかりの清めの風で、なんとか毒を祓い終えた。味方の攻撃は半分程度しか当たらず、大したダメージにもならない。天童は眠そうに眼をこすっている。
しかし、その間にも縛りの技は少しずつ、確実に積み重なっていく。彼らの絞った知恵は、及ばぬ力を確実に埋めるものだった。
「ふわぁ……何かだる」
「ちッ。寝てンじゃねェや、この寝ぼすけサンがァ! 燐音サン、次は一発ブッ込ンじまえ!」
眠れる狼に狂犬が齧りついた。盾衛の放った矢は燐音の傷を癒し、感覚を研ぎ澄ます。呼吸、足音、視線。もう何一つ取り溢さない。片腕に力を籠め、強化を穿つ異形と化す。
「有難う。でも私にもしもの事があったら、どうか捨て置いて下さい。他の皆の治療を優先して」
決断が遅い所為で命が奪われて堪るか。護られる事など始めに棄てた。心臓が止まるまで、牙をむく。
大丈夫です。後ろで聞いていたイヴが囁く。
「イヴのお友達が、皆の為に頑張る思いは何よりの力になるんだよって言ってくれました。燐音さんは、大丈夫です。一緒に帰りましょう」
「そう、かな。……じゃあ私も、もう少し頑張ろうかな」
「くっ、流石にやる。だがさせんよ。俺達は絶対にここを通しはしない。通りたくば、俺達全員を倒さねばならんぞ!」
迫る龍夜と、夜兎の糸から逃れようとした天童がバランスを崩す。燐音の拳が鳩尾に入り、ザウエルに乗った惡人が体当たりざまに至近距離からの射撃を放つ。
「オラッ、ボケっとしてんじゃねーよ!」
ザウエルに跳ね飛ばされた天童の身体は道路の反対側まで吹っ飛び、電柱に叩きつけられた。
「……痛ったー……でも。有難う」
ちょっと目が覚めた。その呟きの直後、狼のような鋭い咆哮が闇に響く。
「あら、お早う。にゃんこさんのモーニングサービス、受け取ってね?」
左手のステッキをくるくる回しながら、月媛が飛びかかる。動きはフェイントだ。ふわふわの肉球を備えた右手が天童にパンチを喰らわせ、眠れぬ夜の悪夢を再び呼び戻す。
拳を叩き込んだ手応えに骨が軋む、その感覚のなんと甘美なことか。黒猫紳士の下で少女は嗤う。この痛みを、糧とする。
「クルクル狂々、ブッ散りやがれェ!」
「頭、痛い。なんだよ君達は……」
螺旋の威を加えた盾衛の槍が、ふらついた天童の足を貫く。焦燥と頭痛に頭を押さえ、天童が苛立った声を上げた。状態異常が多すぎて祓いきれていないのだ。
好機だった。相変わらず攻撃が空振る事も多い。それでもその一つ一つに全力を賭し、灼滅者達は攻撃を畳みかけた。
「もうすぐ4時になります」
魂鎮めの風を使うためには一旦戦線を離れねばならない。一瞬迷う四生に、貫が声をかける。
「ここは僕だけで凌ぐよ。早く行ってあげて!」
「……はい!」
時計の針が、午前4時を刻む。
バベルの鎖自体に、隠蔽や目くらましの効果は無い。
家の前で誰かが暴れている? そう見た少女は恐る恐る窓を開けたが――間もなく心地良い風を受け、眠りに落ちた。
●4
状態異常は重なり続け、強化はブレイクで崩される。天童の苛立ちは臨界点に達し、本来の彼とは違う力押しの強引な攻めを見せ始めていた。
「……もうさぁ。ぶっちゃけ飽きたよ、君達真面目に戦ってくれないし死なないもん。でも、僕にも六六六人衆的立場ってあってさぁ」
最終的に、回復手である後衛を崩す事を彼は選んだ。最も割を喰ったのはサーヴァント使いの惡人だろう。他の者より攻撃に耐えれる回数は少ない。
「……ぁ? ンなもん、知るかよ。怒りに流された時点で、テメーの負けだ……!」
勝つためには、己の身ですらモノと見る。殺気を受けながらも惡人はザウエルをけしかけ、最後の特攻を仕掛ける。ザウエルは主人の意志に添うように、躊躇わずただ前へ走った。己が銃を撃つ衝撃には耐えたが、ザウエルの体当たりの反動で身体が宙に投げ出された。
「ちッ……後は任せるぜ」
落車し、倒れた惡人の隣で夜兎のナノナノも消えた。続けざま手裏剣爆弾を投げようとする動作を、今度は見逃さない。
「気まぐれで奪うなど赦さない。勝つ事が退かせる選択肢なら、やるだけの話です」
燐音が十字架の光線で手裏剣を撃ち落とす。絶句する天童に向け、イヴが狙いすました黒の弾を放った。
「こんなもの……!」
「風嶺くん!」
漆黒の少年は強く頷き、糸を弾く。弾を躱した天童の背後に龍夜が回り込んでいた。
「おっと、大人しくしてて貰おうか。中々楽しませてもらったが……これで、終わりだ」
サーヴァントを討たれては良い気はしない。夜兎がその横から糸の結界を巡らせ、冷たく笑う。
「ゆくぞ。捕縛業の参、蜘蛛糸」
死角より闇に放たれた無数の糸は、天童が負った傷口をジグザグに切り裂いた。龍夜が用意していたそれは、この状況下において決定打となる一手。天童に積み重なっていた数々の呪詛が、その一撃で致命的な量にまで膨れ上がり、重く伸し掛かる。
「……もー……いい加減に死ねよ!」
子供じみた癇癪を起こす天童に、龍夜は愛用の刀を突き付けながら言う。
「倒れんよ。俺は、俺達は倒れん。この力で何を成すか、成せるか。これから探さねばならんのでな」
「そうなんだ。君の剣からは死のにおいがするのに」
「…………」
「殺人鬼になれば楽だよ? 皆殺せばいいだけ。……眠くなってきた。僕帰る」
くるりと踵を返し、天童は来た道をすたすたと引き返し始めた。その背中に盾衛がそっと影を伸ばす。
「何。しつこいな六六七くん」
即座に振り返った天童の怪訝な顔を見て、盾衛は三白眼をニィと歪めて舌を出す。
「おー怖。ンだよ、まだ余力あンじャン先輩。味見はココまで、またのお越しをー。次はお預けなしで喰い合おうや……眠れねェくらいハゲしくよ?」
犬め。手を振る盾衛に、天童は冷ややかな笑みで応じた。
「眠れぬ夜は、夢の中まで追いかけて喰らってやる。次はもっとしっかり殺し合おうよ……んん。じゃ、おやすみ」
狼の背が見えなくなるまで灼滅者達は立ち尽くしていた。やがて誰からともなく地に身を投げ出し、天を仰ぐ。
勝った。守り切った。疲労感と高揚は、まだ当分彼らを眠らせはしないだろうけど。
遠い民家の切れ目の向こうから、仲間達が救護に駆けてきたのが見えた。
空の端から、少しずつ朝の気配が滲みだし始める。
作者:日暮ひかり |
重傷:影道・惡人(シャドウアクト・d00898) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年10月20日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 28/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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