汝の隣人を愛せよ

    作者:カンナミユ


     ソフトクリームをぺろりとなめ、少女は周囲を見渡した。
     ここは雑誌でも取り上げられるほどの観光地。家族連れやカップル、学生達が楽しんでいる。
     そんな様子を少女はのんびり眺めているのだが、この少女がヒトならざる存在だと誰が気付けようか。
     
     ヒトならざる存在――『天使教皇』。
     
     邪悪な人格からようやく解放され、『天使教皇』は趣味のお忍び観光を楽しんでいた訳だが、ただ楽しんでいるだけではない。
    「コルベイン様を復活させたいけど……具体的にどうしたらいいかな」
     そう、コルベイン派のダークネスである彼女は蒼の王を復活させる手段について頭を悩ませていたのだ。
     とはいえ、自身が口にしたように具体的な案は思いつかない。どうすればよいのやら。
    「まずは散り散りになっちゃったコルベイン派の再集結を目指さないとだよね……」
     あれこれ考え、ソフトクリームをぺろり。
     そしてふと、思いついた。
    「そうだ! 北征入道と接触して『蒼の王の遺産』と『御子』を譲ってくれるようにお願いしてみようかな!」
     恭也と一緒だった仲間が残っていそうな、朱雀門高校に行ってみてもいいかもしれないし。
    「ここの観光も一通り済ませたし、そろそろ行こうかな」
     ソフトクリームを食べ終え立ち上がると、アンケートに答えて欲しいと頼まれた。若い男からの簡単な質問に答えた最後に名を聞かれ、
    「わたしは柩、比良坂・柩だよ」
     そう、わたしこそが柩。本物の比良坂・柩なのだ。
    「世界が平和でありますように!」
     にこりと笑い、『天使教皇』――いや、柩はたっと駆けて行った。
      

    「『汝の隣人を愛せよ』か……」
     神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は資料を手に、ぽつりと口にした。
     彼が手にする資料は大淫魔サイレーンの儀式塔の破壊作戦に参加した比良坂・柩(天使教皇・d27049)――仲間を助ける為に闇堕ちし、ダークネスとなった彼女に関するもの。
    「闇堕ちした柩が観光地に現れる事が分かった。今はまだ闇堕ちしたばかりで完全ではないが、いずれは完全なダークネスとなってしまうだろう。そうなってしまえば、もう救う事はできない」
     闇堕ちした柩の元へ向かって欲しいというヤマトに灼滅者達は頷き応え、
    「神埼先輩、闇堕ちした柩さんはどんなダークネスになったんですか?」
     集まった灼滅者の一人、三国・マコト(正義のファイター・dn0160)が問えば、ヤマトは手にする資料を開く。
     説明によればダークネスとなった柩の外見は闇堕ち前よりも幼い。頭上に冠する宝冠は神の代理人である証であり、身に纏う法衣は『混濁王』と呼ばれるダークネスから与えられたもの。そして手にする杖は自身の魔法力を集束させ強化する性質を持つという。
    「闇堕ちし、ダークネスとなった柩はコルベイン派のダークネス 『天使教皇』を名乗っている。どうやら彼女はお忍びと称して各地を観光するのが趣味らしく、接触できるのも最近話題になったばかりの観光地だ」
     そこは色とりどりの花が花壇を彩り、軽やかな曲と共に時を告げる噴水が人気の公園。そこで柩は名物のソフトクリームを食べており、接触できるのもソフトクリームを食べ終え移動しようとしている時だ。
     『天使教皇』の目的は蒼の王コルベインの復活。
    「蒼の王の復活を目論んではいるようだが、これといった具体案はないらしく、ひとまず散り散りになったコルベイン派を集める事と、北征入道との接触しようとしているらしい」
     いずれかの地にいるであろう北征入道との接触が難しいようなら朱雀門高校へ向かう可能性もある。
     そして資料をめくるヤマトは闇堕ちした柩は『愛』を絶対の価値基準とし、人間・灼滅者・ダークネスの全てに対して平等に接すると灼滅者達に話した。
    「全てに対して平等に接するという彼女だからこそ、灼滅者とも仲良くできたらいいと思っている。そして、もしダークネスだからという理由だけで無差別に灼滅するのが灼滅者の方針だとしたら、いずれ決着を付けないといけないかもしれない。そうも思っているようだ」
     灼滅者と対峙すれば彼女は必ず問うだろう。それに対する言葉と行動も考えるべきだとヤマトは話す。
     彼女は戦いは嫌いだが苦手という訳ではなく、眷属や同族を守る為なら躊躇なく力を振るうという。そして、身の危険を感じれば逃走を図ろうともするだろう。
    「『天使教皇』は自らの事を比良坂・柩と呼称している。これは元人格こそが邪悪な人格だと考え、自分こそが本物の柩であるという事からのようだ」
    「邪悪な人格?」
     何が彼女を邪悪とさせているのかと首を傾げるマコトにヤマトは話す。
    「サイキックを駆使してダークネスを灼滅する事によって、お前達はしばらくの間、闇堕ちの危機から逃れる『癒し』を得られる。これがお前達が『灼滅者』と呼ばれるゆえんだが……柩は自らが癒しを得る為だけに多くのダークネスを灼滅してきた。これが元人格こそが邪悪な人格だと言う理由だな」
     説得は受け入れないという強い意思を持つダークネスの奥底にある柩の魂へ言葉を届かせるのは容易ではないだろう。
    「容易ではない。だが、全く届かない訳ではないと俺は思うが……お前達次第だろう」
     そう言うヤマトを前にマコトはごくりと息を飲む。
     もし奥底にある柩の魂に言葉が届かなければ、彼女は完全なダークネスとなってしまうだろう。
    「もしその時は……」
     説明を終えたエクスブレインは資料を閉じるが、多くを口にしない。
    「結果がどうなろうとも、お前達の手で解決を……頼んだぞ」
     ヤマトはただそれだけを言い、真摯な瞳を向けるのだった。


    参加者
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    神之遊・水海(うなぎパイ・d25147)

    ■リプレイ


    「柩ちゃん!」
     たっと駆けていくその姿を祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は見逃さなかった。
    「ここにいたんやな」
    「探したぞ」
     迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)と東雲・悠(龍魂天志・d10024)も声をかければ、その足はぴたりと止まる。
     優しい風に銀糸を揺らし、振り向くのはヒトならざる存在――天使教皇。
     サイレーンの儀式塔を破壊する作戦において闇堕ちし、コルベイン派のダークネスとなった比良坂・柩の姿は戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)が知るそれとは少し異なった。
     にこにこと笑う表情は幼く、灼滅者達に囲まれるように集まられてもさして気にする様子もない。
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は天使教皇がどう呼ばれるのが好きかと考えるが、
    「はじめまして、灼滅者のみんな。わたしは柩、比良坂・柩」
     その言葉にどうもと軽く声をかけた。
    「ボク達は話がしたいんだ、柩さんと」
    「貴方の時間を私に下さい」
    「いいよ、わたしも話しがしたいと思ってたから」
     謡と共に声をかける七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)は天使教皇が灼滅者との対話を望んでいる事を確認し、
    「御神さん、レジャーシート、パラソルもお願いします」
     鞠音から促された御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)は頷き適当な場所へばさりとレジャージートを広げると、日よけにとパラヲルも広がる。
     そして鞠音が最初に座り、お茶会の準備をする様子を目に柩を含め全員が座れるよう引率の先生よろしく白焔が席を割り当てれば、灼滅者とダークネスはひとつ同じ場所に向かい合う。
     蔵乃祐と炎次郎が人払いにとESPを発動させる中、全員に配られるアイスティーを受け取った神之遊・水海(うなぎパイ・d25147)の瞳の先にあるのは、救いたいと願う存在。
     何があっても、ダークネスの内から彼女を救ってみせる。
    「貴方も、如何です」
    「ありがとう」
     行き渡る中、鞠音はアイスティーを差し出し、受け取ったダークネスはにこりと微笑んだ。
    「さて、何から話そうかな」
     

    「貴方は愛と対話と、その力で何を為すのですか?」
     話を切り出したのは鞠音だった。
    「コルベイン様の復活だよ。散り散りになったコルベイン派の再集結を目指してるんだけど、ひとまずは北征入道と接触して『蒼の王の遺産』と『御子』を譲ってくれるようにお願いしてみるつもりなんだ」
     アイスティーをこくりと口にし、天使教皇もまた、こくりと一口。
    「ダークネスも灼滅者も平等にって、お前の本心はどうなんだ?」
    「わたしの本心?」
     続き悠から問われた天使教皇は瞳を向れば、
    「俺にはお前にとって都合のいい相手にだけ愛って言いながら利用してる様にしか見えないぜ」
    「それはあなたが思ってるだけだよ」
     あっさり返し、アイスティーをこくり。
    「わたしは利用なんてしていないよ。全てに平等の愛を向ける事がどう利用に繋がるのかな?」
    「お前こそ、都合のいい思想に現実逃避しているだけじゃないか」
     首を傾げる姿に蔵乃祐は言う。
    「現実逃避?」
    「ダークネスは人間の絶望から生まれる。だから自分の生まれた理由。欲望の成就を望む。蒼の王は自分の願望を、同族に強要していた」
    「そんな事はないよ。あなたがそう思ってるだけ」
     天使教皇は言葉を続けた蔵乃祐にきょとんと幼い瞳を向けるだけだった。
     説得は受け入れないという強い意思を持つダークネスを前に、炎次郎が口にするのは共にした依頼の事。
    「シャドウの依頼で悪夢に苦しむ娘に『心を強く持て、幻に負けるな』って言うた。それは比良坂さんの言葉やで。俺はあんたの心の強さは知っとる。後は素直になってくれればええだけや」
    「……それって、わたしの中にまだいる『邪悪な存在』へ向けてるの?」
     あの時の柩の姿を胸に炎次郎は話すが、少し間をあけて返ってくるのは冷たく、感情を落とした声。
    「無駄だよ。わたしはあの存在を認めない。……あの邪悪な存在は」
     エクスブレインが説明したように、天使教皇は柩を『存在な邪悪』とみなしている。低く発せられたその声に、思わず炎次郎は息をのんだ。
     説得は受け入れないという強い意思を持ち、柩を憎む存在へどう言葉をかければいいのか。
     仲間達を、そして救うべき存在を前に三国・マコト(正義のファイター・dn0160)は固唾をのむ中、
    「灼滅者『比良坂柩』が邪悪と言うが何故そう思うのか」
     白焔の声に、天使教皇は向く。そして、
    「あなた達、灼滅者はダークネスを灼滅する事によって『癒し』を得るよね? あの『邪悪な存在』は、その癒しを得る為だけに多くのダークネスを灼滅してきた。あなた達灼滅者は、ダークネスだからという理由だけで無差別に灼滅するの?」
     優しい風と共に、静かな声が響く。
    「全ての存在を愛する前にまずは自分を大切にするべきやろ」
    「確かにわたしはダークネス、人間、灼滅者全てを平等に愛してるけど……それはわたしが聞いた質問の答えじゃないよね」
     そう言われてしまい、炎次郎はぐっと拳を握りしめる。
     ダークネスからの問いは灼滅者達にとって難しいものであった。
    「俺にとっちゃダークネスは敵だけど、もしお互い無理なく歩み寄れる方法があるなら探してみたいとは思う」
    「ダークネス、一般人、灼滅者の諍いは絶えぬけど、分り合える世をボクも望むから……」
     悠は言い、アイスティー口に様子を伺えば、不必要な殺戮を嫌う謡は言葉を選び、
    「だからこそ、ボクは己が力が許す限り、選んで殺す。悪事や害意ある者、友人を脅かす者を」
    「絶望より生まれし存在を肯定し、人への悪意を滅する事が灼滅者の存在理由だ」
     蔵乃祐も自分の意思を口にした。
    「……そうだね。確かにわたし達ダークネスにはそういった存在もいるよね。悲しいけど」
     灼滅者達の言葉を聞き、天使教皇は瞳を伏せる。
     友人達の言葉を耳に、彦麻呂の中には様々な思いが巡っていた。
     天使教皇の考えは全面的に同意だった。天使教皇の事も好きか嫌いかで言えばむしろ好きだし、無差別に灼滅するなら灼滅者だって滅ぶべきだとも思っている。
    「ダークネスにだって生きる権利、救われる権利はあると思う」
     彦麻呂は真摯な言葉と瞳を向け、
    「わたしは人間、ダークネス、そして灼滅者の全てを平等に愛している。だからあなた達とも仲良くしたいと――」
    「灼滅者はダークネスを討たねば堕ち、つまり死ぬ。生存競争に善悪は無かろう」
     白焔の一言にダークネスの言葉は途切れた。
     全員から言葉が消え、数瞬。
    「……それがあなた――ううん、灼滅者達の方針なんだね」
     小さく発せられる、はっきりとしたその言葉は交渉の終わりを意味していた。
    「ダークネスを生きるために殺すことを悪とするなら。私たちは、全員死にます」
     鞠音は言うが、交渉が決裂してから言っても意味はない。ダークネスの瞳は寂しげだった。
    「アイスティーありがとう、おいしかったよ」
     それだけ言うと、立ち上がる。
    「あなたたちの事はよく分かったよ。わたしは灼滅者とも仲良くしたかったけど……」
     手には杖、そして魔力を纏うダークネスの心は決まっているようだ。
    「今日この時が柩さんを救う最後の刻ならば、残念だけど逃す訳にはいかない」
     言いながら謡は立ち上がり、周囲を見れば、雄哉と共に人払いと避難に動いていたマコトから、天使教皇が保護しているという眷属はこの場にいないと返ってくる。ひとまずは眷属との戦いを心配する必要はないだろう。
    「生きている者と死んだ者はどうしようも無い隔たりがあるんだけどね。それを無視して平等に愛するだなんて言うノーライフキングの主張はただの子供の我侭なのよ……本当の比良坂さんを返してもらうわ!」
     そして、様子見をしていた水海も立ち上がり、びしっと指差し言えば、ダークネスはにこりと笑うだけ。
    「比良坂・柩はわたし。本物も偽者もないよ。……じゃあ、決着をつけよう」
     

     ずぶん!
     構えのないその一撃は軌跡すら見えない。
     天使教皇は白焔の蹴撃を跳び、炎次郎が放つ除霊結界さえも軽々と越えると、
    「貴女に好意あれど、柩さんへのそれには及ばぬ。済まないね」
    「いくよ!」
     謡の包帯と水海のダイダロスベルトが閃き、腕を裂く。
    「くっ……」
     法衣は裂け、晒される腕から血が流れるが、それも一瞬。傷口を水晶化した腕を動かし、ぐるりと杖が動く。
    「邪悪な存在、灼滅者め!」
    「させへん!」
     灼滅者達へと向く攻撃を炎次郎は防ぎ、蔵乃祐もまた防いだ大鎌を翻し、天使教皇へと向けるが、彦麻呂の動きに迷いがあるのを感じたのだろう。
    「ひこまろ」
    「大丈夫、ありがと」
     頷き応えれば、得意の得物を構えた悠は宙を舞う。
    「雪風が、敵だと言っている」
     天空から振り下ろされる槍を避けきれなかった天使教皇の体を鞠音の魔剣が捉え、マコトと白焔の攻撃に肩口が水晶化する。
     水晶化させ、力を増大させる儀式を施しているというダークネスへと炎次郎はレーヴァテインを叩きつけ、謡は思案する。
     力を増大させる相手と戦いを長引かせる訳にはいかない。短期決戦を目指そうとするが――、
    「声を」
     白焔は言う。
     決着をつける前に声を届かせねば。天使教皇の内にある柩へと。
     届かねば、いずれ柩は消え、天使教皇は完全なダークネスとなる。それだけは、絶対に迎えてはなならない結末。
     灼滅者達が望む結末は、ただ一つ。
    「貴方は――そこに居ますか?」
     黒髪をなびかせ、鞠音は天使教皇――いや、柩へと声をかけた。
     
    「どっせい!」
     水海は変化させた腕を振り上げ、がつんと打ち合い火花が散り。
    「柩ちゃん、聞こえてる? 柩ちゃんは思い残した事とか、もう無いの?」
     蔵乃祐が攻撃するのを目に、彦麻呂は語りかけるがその心境は複雑だ。
     天使教皇に対して好感こそあれ敵意は全く無く、邪悪な存在だという柩も大事な後輩。
     どちらも救いたい。でも、どちらかを選ばなきゃいけないなら――。
    「お願い教皇ちゃん! 柩ちゃんを返して!」
     今の自分は灼滅者であり先輩だから、柩を救う方を選ぶ。
     悲痛な思いと共に、彦麻呂は仲間達に続く。
    「俺は灼滅者が大事なんやない! 比良坂さん、あんたが大事なんや! 同じ仲間として……せやから、全部に愛を注ごうとして1人で抱えこむのはあかん。誰かを愛する前に自分を愛さな。やり方がわからんのなら、比良坂さんの仲間や友達の好意に甘えるだけでもええんやで」
    「比良坂、お前も早く戻って来いよ」
     炎次郎も必死に声をかけ、それに続くのは悠だった。
    「前、俺が闇落ちした時、言ってくれたよな。知り合いが減るのは寂しいって。俺も同じだ」
     言いながら悠は自らが闇落ちから救われたあの時の事を思い出す。
    「俺が闇落ちした時も声をかけてくれて戻って来れた。だから今度は俺が助ける番だ」
     早く戻って来いと悠は向ける得物と共に声を放つ。
     戦いと共に彦麻呂は必死に声を向けられるが、それは果たして柩に届いているだろうか。
     エクスブレインは容易ではないと言っていたが、容易ではないだけだ。届かない訳ではない。
    「あなた達がどれだけ言おうと無駄だよ!」
     体のあちこちが水晶化し日の光を受け輝き、天使教皇は笑う。
    「わたしは返さない。あの邪悪な存在を再び呼び戻すなんて、絶対に認めない!」
    「邪悪だなんて言わないで、教皇ちゃん!」
     攻撃を捌く天使教皇に彦麻呂は悲痛な声をあげ、戦いと声が続き。そして、灼滅者達は気付く。
     ダークネスは逃げようとしている。そして、何か――恐らく眷属を呼び出そうとしている事に。
    「死者は触れられること無く眠るもの。勝手に呼び戻すなど無恥の極みだろう」
    「偽善者が。愛も平和も借り物の理想を正当化する道具でしかない。傲慢なノーライフキング。それがお前の本性だ」
     白焔と蔵乃祐は言うが、ダークネスは暗く笑う。
    「あなた達の魂胆はみえてるよ。そうやって挑発して留まらせて、わたしを殺すんでしょ? あの邪悪な存在と同じように」
    「させるか!」
    「逃がさない」
    「きゃあっ!」
     何かを発動させようと動く天使教皇の腕を悠は穿ち、鞠音によって足が水晶化する。
    「く、っ……」
     それでも逃げようと動く姿に攻撃は続き、
    「だめ!」
     退路を断つ謡の体当たりでよろめいた隙を逃さず、水海は天使教皇の身体を掴んだ。
    「離してよ!」
    「離さない!」
     振り上げる杖が頭を打ち、血が流れても水海は掴んで離さなかった。攻撃が自身に集中し、意識を失いそうになっても必死に耐えた。
    「帰ってきて比良坂さん! 一緒に武蔵坂へ帰ろう!」
     帰ろう。ただそれだけを願い、叫ぶ。
    「大淫魔サイレーンは倒したけど、まだ終わってない! 比良坂さんを救出して武蔵坂に帰るまでが闘いです!」
     しがみつき、必死に声を上げる水海の姿に蔵乃祐は、共に戦ったサイレーンの儀式塔破壊作戦の事を思い出す。
     チームは違えど同じ東塔を攻略していた中での警報。柩からの連絡。そして――。
    「増援を食い止めていた彼女達を、見殺しにして先に逃げたのも僕達だ」
     闇堕ちして増援を食い止めなければ儀式塔破壊担当だったCチームはどうなってしまっただろう。想像も付かないが、録でもないことになっていたのだけは確かであった。
    「あなたのおかげで私は依頼達成できたし助かった。あなたのおかげで大淫魔サイレーンを倒すことができた。だから屈しないで、必ず助けてみせるから!」
    「帰ろう、比良坂さん」
     血を流す水海の言葉に蔵乃祐が続き、
    「戻ってきてください!」
     体調を心配するマコトに頷き応え、雄哉も戦いながらも必死に言葉をかけた。
    「もう、助けられなくて後悔するのは、嫌だ……!」
     サイレーン灼滅戦後、一時的に無気力になった影響で思うように動かない身体の雄哉は、それでも戦い声を上げる。
    「あなたが皆を逃がすために闇堕ちしたって聞いた。その覚悟は、誰にも否定させない。でも、ビフロンズと戦った時、厳しい状況でも最後まであきらめなかったじゃないか」
     雄哉の心にあるのはあの――年明けのソロモンの大悪魔との戦い。
     冷たく暗い廃工場で共に戦い、そして、二人は結末を見る事なく倒れた。
    「だから、戻ってきて……お願い」
    「比良坂さん、武蔵坂に帰ろう」
    「帰ってきてくれ!」
     ふり絞る声に蔵乃祐と炎次郎も必死に声をかける。
    「うるさいうるさいうるさい! わたしは……わたしは絶対にあの邪悪な存在を認めない!」
    「必死に生きる事は邪悪ではない筈だ」
    「彼女は目的が何であれ。ダークネスに真っ向から向き合っていた。お互いを平等だと認めていたからだろうが」
     叫ぶダークネスへと謡と蔵乃祐は言い、
    「大丈夫です、私を求めてください」
     鞠音は手を差し出した。
    「邪悪だとかそういうのはどうでもいい。俺は何時もの比良坂に帰ってきて欲しいんだ。俺の我儘だが貫かせて貰うぜ」
    「わたしは……!」
     真っ直ぐな、ひたむきな悠の声にダークネスは首を振り、
    「死を弄べば冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
     ざ、ん!
     白焔は人型の悪夢となり、放つ一撃は脳天を直撃した。
     

    「柩ちゃん! 柩ちゃん!」
     得物を下げ白焔が見下ろす中、彦麻呂は膝をつくダークネスへと駆けた。
     致命的なダメージを受けて倒れた天使教皇はまだ、かすかに息がある。まだ、声は届く筈だ。
    「柩ちゃんが正義だろうと悪だろうと別に構わない。ちゃんと平等に、私があなたを愛してあげる。だから……!」
     ――返して。
    「帰ってきて、比良坂さん……!」
    「柩さん、帰りましょう」
     必死の水海の声に、切実に願う鞠音の声に彼女は何を思うのだろう。
    「……嫌い」
     愛が全てだと、全てが平等だと言い続けたダークネスは、最後まで邪悪な存在達を邪悪な存在としか見なかった。
     賛同の思いと共に好意すら覚えていた存在を殺さねばならぬという深い矛盾を胸に、謡は瞳を伏せる。
    「済まない、本当に」
    「わたし、は……」
     灼滅者達に囲まれる中で謡の声を聞き、小さく動く唇はそこで止まった。
     天使教皇の内にある魂へ思いが届いたのなら、姿はこのまま留められる。
     届かず、ダークネスであり続けたのならば――。
     灼滅者達に静寂の時が訪れる。
     そして、意識を失う寸前、水海はかすかに、だが確かにその声を聞いた。
    「……ボク、は」
     その声に白焔の口元がふと和らぐ。
    「比良坂!」
    「おかえりなさい、柩さん」
     自分達の努力が最良の結果となった事に悠は心から喜び、鞠音も構えていた魔剣を下げる。
    「幻に打ち勝てたな。ほんまに良かった」
     すと手を差し出す炎次郎の背に軽やかな曲が流れると、爽やかな水の音が響き出し、雄哉は最良の結果を迎えた事に安堵する。
    「さあ、帰ろう。柩を学園に連れ帰るまでがサイレーンとの闘いだからな」
     蔵乃祐は水海を担げば、東塔攻略チームの闘いが幕を閉じるのもあと少し。
     
     一人増え、灼滅者達は公園から消えていく。
     軽やかな曲は灼滅者達を労うかのように流れ、見送るのだった。

    作者:カンナミユ 重傷:神之遊・水海(ロミオ・d25147) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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