岩浪漫

    作者:atis


    「よっし、完登!!」
     歓喜の声が、こだまする。
     そこは、禁足地とされる霊山の一角。
     絶壁の岩壁の頂上で、男が両手を天に突き出す。

     周りの景色を一通り楽しむと、男は岩壁の下で命綱を持ってくれている仲間の所へと降りてきた。
    「さすがっす、健人さん! 難易度むちゃ高いじゃないすかぁ!」
     命綱を持つドレッドの男が、興奮と崇拝の目を健人へと浴びせる。
    「意外と余裕だったな。……次はどこの岩場行く?」
    「この辺りなど、どうじゃろうか?」
     白髪の男が地図を広げる。

    「そこって、入っちゃだめな地域でしょお? いぃの?」
     女が健人の顔を覗き込む。
    「あー、大丈夫大丈夫! 岩は皆のものだろ?!」
     誰も登った事の無い岩って、ロマンだしな。
     力強く言い切る健人に皆安心し、重いロープをかつぐ。
     そして、登岩用具をガチャガチャ言わせながら、岩場を軽やかに移動していった。

    「岩場が、お前達を呼んでいる……時が、来たようだな!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が自信満々な表情で、集まった灼滅者達を見回した。
    「一般人がソロモンの悪魔に闇堕ちした。山石・健人(やまいし・けんと)、高2だ」
     ヤマトが現場地図を取り出した。
     地図に赤丸をつけ、ガリガリと何かを書き足すと、灼滅者達へ渡す。
     そこには上半身が逆三角形の男と山が、大きく描かれていた。

    「健人は強いロッククライマーだ。元はただの岩と山と自然の好きな少年だったが、クライミングが上達するにつれ、もっと難しいルートを、誰も登った事の無い岩を登りたい。そう強く願うようになったんだな」
     向上心は良い事だが、そこをソロモンの悪魔につかれた様だ。
    「今や普通の岩場は登り尽くしたとかで、入山禁止や禁足地、土地の者が岩登りを禁止している様な所ばかりを登りたがるようになっている」

     しかもだ、とヤマト。
    「健人は、自分のロッククライミングの強さに憧れ、崇拝している仲間を増やしつつある」
     赤信号、皆で渡れば、なんとやらだ。
     クライミングジムや野外の岩場で、岩登りへの好奇心や向上心を持ったそこそこ登れそうな人を見つけては、仲間にしていっている。

    「だが健人は『ソロモンの悪魔になりかけ』の段階だ。うまく行けば、闇落ちから救える」
     普通なら、闇堕ちした時点で『完全なダークネス』になるはずだが、健人にはまだ元の人格が残っている。
     と言う事は、健人は灼滅者になる素質を持っているのかもしれない。
     元人格の、岩や山や自然を愛する気持ちが、完全なダークネス化を踏みとどめているのだろうか。
    「まあ、このまま放置すれば、健人が完全なダークネスになるのは時間の問題だな」
     もし救えないなら、被害が広がる前に灼滅を頼む、とヤマトは付け加える。
     
    「だがお前達、心配するな! 俺の脳に秘められた全能計算域(エクスマトリックス)がお前達の生存経路を導き出す!」
     机をバンッと叩き、椅子から立上がるヤマト。
     健人を救うにも、一度戦って倒さなければならない。
    「健人は配下として、クライマー4人を連れている」
     ドレッドは子持ち、白髪は古希を迎え、女は成人、文系は中3だ。
     ちなみに、『女』以外は男だ。

    「5人とも皆サイキックで攻撃してくるが、それぞれの心に響く言葉掛けをすれば、戦闘力を落とせるぜ」
     配下の4人は、倒せばソロモンの悪魔の呪縛が解けて、一般人に戻る。
     安心して倒せばよい。 

    「この日の正午前、健人達は岩場の頂上で昼飯を食べている。岩場は高さ20m程度だが、箒があれば楽勝だな」
     ヤマトは集まった灼滅者達の中に、魔法使いの姿を見つけてニヤリと笑う。
    「もちろん岩をクライミングしてもいいが、戦闘には間に合わないかもな」
     覆いかぶさる屋根のように、大きく手前へとせりだしている岩壁だ。
    「ああ、ちなみに現場は登ってもいい岩場だ。命綱をかける為の金属の用具は岩についてるぜ?」
     健人達が登った直後だからな、とヤマトは無駄に説明する。
    「岩場は森に覆われた山の一部にある。山にある切り立った崖を思い浮かべて欲しい」
     それも、屋根のように頂上付近がせり出した崖だ。

    「岩を登りきった所が丁度広場になっている。戦闘に十分な広さはあるぜ。岩場だけに少し足場が悪いがな」
     崖から足を滑らすなよ、と笑うヤマト。
    「健人は闇堕ちするほど、岩や山や自然が好き過ぎたんだ。強いロッククライマーだしな」
     ヤマトは片手をあげ、スタイリッシュにポーズを決める。
    「できるなら、健人を闇堕ちから救って学園に連れ帰ってくれ……!」
     頼んだぜ灼滅者たち……!
     そう力強く激励し、ヤマトは灼滅者達を送り出した。


    参加者
    草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)
    ナイト・リッター(ナイトナイトナイト・d00899)
    伝皇・雪華(冰雷獣・d01036)
    神楽山・影耶(堕ちた天使ッ子・d01192)
    風早・真衣(Spreading Wind・d01474)
    立風・翔(風吹き烏・d03511)
    桧・悠悟(龍卦灼滅門仮免許皆伝・d04854)
    淳・周(赤き暴風・d05550)

    ■リプレイ

    ●魔法の箒
     山岳地帯の森は、すでに色づき始めていた。
    「岩・山・自然が好きすぎて闇堕ち、なぁ」
     立風・翔(風吹き烏・d03511)が、山中にそそり立つ絶壁の前で足を止める。
     頂上がせり出している高さ20mくらいの岩壁が、灼滅者達を日陰で覆う。
    「そもそもこんな岩を登れるなんて」
     草壁・那由他(小学生魔法使い・d00673)が岩壁を眺め、無表情な顔を呆然とさせる。
     足も手も、こんなツルツルの岩壁のどこに置けと言うのだろう。
    「アタシとしてはクライミングもいいんだが遅れるわけにはいかないしな!」
     淳・周(赤き暴風・d05550)が岩壁の感触を確かめ、上を見上げる。
     ……登りたいな。
     闇堕ちした健人達がロッククライミングしたままの、命綱用の金属用具が秋晴れの空に光輝く。
    「意外と清々しい目的な奴もいるもんだな。とは言え、まだ『なりかけ』の内に止めてやらないとなぁ」
    「ソロモンの悪魔か……宿敵じゃない」
     やや冷めた目で、杖で肩を叩く神楽山・影耶(堕ちた天使ッ子・d01192)。
     幼い身ながら、相変わらずのしぐさだ。
    「まあ、本ッ当に欠片も関係ないってわけじゃねーけどな」
     気がつけば影耶の隣に、風早・真衣(Spreading Wind・d01474)が空飛ぶ箒を持って佇んでいた。
    「真衣先輩。申し訳ないけど現地までよろしく!」
     こくり、頷く真衣。
     この岩壁、空飛ぶ箒なら楽勝だとヤマトが言っていた。
     2人乗りなら、なんとか届く高さだ。
    「連中にきっちり落とし前つけて、ちゃんと更生させようなぁ」
     伝皇・雪華(冰雷獣・d01036)が、空飛ぶ箒にまたがった。
     ナイト・リッター(ナイトナイトナイト・d00899)がシャラリと銀髪をかきあげ、ウキウキと雪華の後ろに乗る。
     箒に乗るなんて、楽しみで仕方が無い。
    「頼むぜ雪華、お前の箒さばきを見せてやれ」
    「ほな行こかぁ」
     雪華の箒が舞い上がる。
    「し、失敗したらごめんなさい」
     那由他が桧・悠悟(龍卦灼滅門仮免許皆伝・d04854)を乗せ、箒の柄をぎゅっと握る。
    (「箒の実力は人並み、たぶん、大丈夫」)
     力むくらい、大真面目に全神経を集中させる。
     一瞬のちに、ふわり箒が宙に浮かぶ。
    「そっちが壁を登るなら、こっちは空に駆け上がってやるさ!」
     周を乗せた翔の箒も、一直線に岩壁の頂上へ。
    「ヒュウ♪ 景色でも楽しみながら気楽に飛べって、絶景だぞ?」
     悠悟の歓声。
     眼下には、黄金秋色の田園風景。
     遠く高い山々の稜線が、秋晴れの空に浮かび上がる。

    ●闇道開拓
     大岩壁の頂上からの眺めは気分がいい。
     こんな難易度の高い岩壁を登った後なら、なおさらだ。
    「……次はどこの岩場行く?」
     健人の声。
     Tシャツの上からも、締まった筋肉が浮かび上がる。
    「この辺りなど、どうじゃろうか」
     昼食をとりながら地図を広げる。
     闇堕ちした健人を神の様に崇拝する、ロッククライマー達が雄大な景色へと目線を移した時だった。
     そこには、翔の空飛ぶ箒に仁王立ちをした周。
     腰まで届く赤髪をヒーローマントの如く風に舞わせる。
    「山を荒らす不届き者はアタシが倒してやるよ!」
     周は箒を蹴るやクライマー達めがけ、ヒーロー登場と宙返りして颯爽と飛び降りる。
    「やっぱり人数が揃ってますね」
     那由他も崖から落ちない様注意しつつ、そっと着陸する。
    「あの、こういうのって、くら……クライマーズ何とかって言うんですか?」
     ちょっと違うような気もしつつ、クライマー達に問いかける。
    (「彼らは、本来の彼らとは違ういけない事をしてるんですよね」)
     ロッククライマー、とやらのことはよくわかりませんけど……と真衣も着陸。
     箒に何故か横乗りしていた影耶も、崖上に降り立つ。
    「岩登りも他のスポーツも、ルールを守って挑むからこそ楽しいんじゃないのか? 何でもありで上手くやってもつまらないぜ」
     翔が健人達へと歩み寄る。
    「『ルール』守ってるぜ? 身体ひとつで落ちずに登るってな」
    「岩から落ちなくても、アンタ闇に堕ちてんだよ!」
     瞬間、健人の結界糸が前衛に張られる。
    (「あいつが、文系か」)
     華奢だが、やはり鍛えられた筋肉質だ。
     周がレーヴァンテイン、ナイトがシールドバッシュで文系へ無言で速攻をかける。
     次の瞬間、文系とドレッドが突如凍る。
    「あなたたちは、岩登りを通して自然を楽しむ人たち……なのだと思います。決まりごとを破ったりと、ただ欲望を満たしてるのはダメ……です」
     真衣がぽつりぽつり。
    「挑戦したい、という気持ちは大事だと思います」
     真衣のライドキャリバー・ぜんじろうが凍った2人へと機銃掃射する。
    「でも、ね。今のあなたたちは……喜びや感動ではなく、自然と言う相手を捻じ伏せようとしているように見えます」
    「いきます!」
     刹那、那由他の魔法の矢が文系へと連続して襲う。
    「あなた方のやっている事は間違っていると思います!」
    「安全も危険も無視する奴らに、自然も岩もおとなしくしてると思うか? 自分だけは大丈夫なんて、絶対にありえない!」
     影耶の杖から魔法の竜巻が巻き起こる。
     樹々や砂や道具を巻き込みながら、文系とドレッドを竜巻が襲う。
    「死んだら、もうそこで終わりだ! お前のあこがれてる奴に、永遠になれないんだ!」
     文系は、よろり膝を地面につく。
     自分が神の如く崇める健人へと目線を走らす。
    「健人はんの強さに憧れたゆうけど、あんたはんの言う強さってなんなん? ルール無用のもんなん!?」
     雪華の拳に雷が宿る。
     そしてアッパーカットを殴り込まれた文系は、樹の幹へと激突し意識を失った。

    ●ドレッドと古希
    「我龍……纏成ッ!!」
     悠悟がスレイヤーカードを天高く放り上げるや封印解除。
     長柄矛タイプの龍砕斧を、天高く掴む。
     龍因子が、青龍偃月刀似の龍砕斧から解放される。
     巨漢に近いドレッドに翔のバスタービームが撃ち込まれ、重ねて翔ライドキャリバーが突撃する。
     ドレッドが一瞬氷に影響されたが、体勢を立て直す。
     反撃とばかりに前衛へと、ドレッドのフリージングデスが襲いかかる。
    「俺の仲間はやらせない! 特にレディーへの攻撃は許さないぜ」
     銀髪碧眼のナイトがウインクしつつ華麗に登場。
     だが、前衛の人数が多すぎる。庇いきれない。
     周に、クライマーの女の魔法矢が突き刺さる。
     古希のクライマーからも前衛へフリージングデスが放たれる。
    「俺の仲間ハぅっぐ」
     両手を広げ、仲間の前に飛び出るナイト。やはり庇いきれない。
     そこに健人からも畳み掛ける様にフリージングデス。
     ……ゴはッ。
     前衛の先頭で半氷浸けになる銀髪のナイト。
     ぐりりり……とツララを垂らしながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
     ナイトの鬼気迫る表情にやや後ずさりしつつ、周が炎の翼で前衛達を包む。
    「レディーへの……攻撃は許さなぃッ!」
     シャウトするナイト。
     真衣のシールドリングが雪華の盾となる。
     ドレッドに那由他の魔法矢が突き刺さる。
    「そんな事をすれば、悲しむ人がいると思いませんか!?」
     那由他が力の限り、言葉を投げる。
    (「子どもがいるんだよね」)
     お尻の下まである黒髪が揺れる。
     説得は不得意だけど、伝わって欲しい。
    「そうだぜ、その兄ちゃんに媚びる情けねぇ背中を子供に見せるつもりか?」
    「ぁあ? 子供も健人さんのファンだけど?」
     っすよね、健人さん? と振り向いて笑い合うドレッド達。
    「閉嘴ッ! そういう問題じゃねぇッ!!」
     龍砕斧に緋色のオーラを纏わせる悠悟。
     中国拳法系の動きで龍砕斧を操る。
    「子供は親の背を見て育つ、そうだろ? 親父ッ!」 
     振りかぶるや渾身の一撃を、ドレッドに叩き込む。
     ドレッドは白目をむいて、岩上に身を沈めた。

     影耶のジャッジメントレイが雪華を救う。
    「あかん、思ったよりやりよるわ」
     雪華がバベルの鎖を瞳に集中させる。
     翔のバスタービームが、翔ライドキャリバーの機銃掃射が古希を襲う。
     真衣のライドキャリバー・ぜんじろうが女へと機銃掃射する。
     女が、くびれの美しいクライマーボディから魔法矢を雪華へ放つ。
     バックステップで矢に貫通させない雪華。
     敵味方や周辺状況へも気を配る。
     古希が再びフリージングデスで前衛を包む。
     『古希』といえば70歳。
     だが筋肉ブロックが全身にはっきりと浮かぶ逆三角のしなやかな身体。
     闇堕ちした健人に強化されたのは最近のこと。
     それまでの古希の人生が形作った肉体美だ。
     思わず感心している後衛へと、健人のフリージングデスが襲いかかる。
     真紅の周が古希を指差す。
    「アンタ山登り、何年やってる?」
    「もう70年近いかのう……こやつと出会って、なお面白うなったわ」
     健人と顔を見合わせて笑い合う古希。
    「確かに山登りは楽しいだろうが山への畏敬、忘れてねえか?」
    「……畏敬、のう」
     過去の様々な出来事を思い出すかの様にアゴに手をあて、山を見上げる古希。
    「バチ当る前に思い出せよ!」
     両手に集中させたオーラキャノンを、古希へと貫通させる周。
     古希はゆっくりと辺りの景色を見回して、その場へ崩れる。
    「古希!」
     崖から落ちかけた古希を健人が間一髪で引き戻す。

    ●闇の亀裂
     ナイトが片手を胸にあて、片膝を岩盤についた。
    「お嬢さ……あなたを一目見たその時から、俺の心は釘づけだ」
     女へと、銀髪碧眼を煌めかせる厨二騎士。
    「……ぁりがと?」
     その告白まがいの言葉にちょっと後ずさる女。
     だが芝居がかった身振りや台詞が、銀髪碧眼によく似合う。
     思わず綺麗、と思った女。
    「好きだ! 山を愛する貴方の姿に惚れました!」
     叫ぶと同時にWOKシールドを展開し、シールドバッシュで女へと突っ込んで行くナイト。
     息の合った那由他の、魔法の矢が女を貫く。
    「ぅそ、つ、き!」
     女はそのまま、苔むした岩のベッドへ横たわる。

     残るは健人、唯1人。
     影耶のフリージングデスが健人を凍らせる。
     真衣のシールドリングが雪華の盾となっていた。
    「健人はんはなしてロッククライミングを始めたん!?」
    「なんで……?」
    「ただ単に岩を登りたい、ってだけやないんやろ!? 登ることで自然と一つになるとかあったんとちゃうん!?」
    「自然と……一つに」
     目を見開く健人。
     今まで見て来た感じて来た景色が、健人の眼前を通り過ぎる。
     指に手に足に伝わる、岩肌と重力。
     強風に煽られれば、必死で岩壁に身を沈めて。
     岩壁に身体ひとつでいるからこそ、感じられる大地の鼓動……。
    「そうだ……意のままになる事なんて、何一つない」
     ……だから。
     雪華の鋼鉄拳が健人を撃ち抜く。
    「岩や山への挑戦ってのは己を誇示する手段じゃねぇ。自然と真剣に向き合い克己する、対話みてぇなモンだ。違うか?」
     悠悟の龍翼飛翔が健人を薙ぎ払う。
    「そうだ……オレは」
     岩と自分と。呼吸音と重力と心だけの世界。
     岩壁で踊る、静と動の筋肉のリズム。
     繊細極まるバランス移動。
     汗で滑る指先、岩から外れかかる足先に耐えて、少しでも上へ。
     無理だと思った岩面を、手で足でアゴで掴めた喜び……。
     同じ岩場でも。一度だって『同じ』だった事なんて、ない。
    (「隙有り!」)
     翔がライドキャリバーを足場に空へと躍り上がるや、バスタービームを健人へ撃ち込む。
     ひらりと着岩する翔。
    「ナイス相棒! ……って、あれ?」
     俺、キャリバー間違い? ごめんいやほら、同じポジションに居るもんだからつい。
     思わず謝る翔を横目に、ライドキャリバー2台が健人へうなりを上げて突撃する。
    「山は浪漫だよな! 自然に対し人間が持てる力で挑む……」
    「ああ、浪漫だ! お姉さん、わかってるな!」
     高速で操る鋼糸で悠悟を切裂きつつ、真紅の周へと笑う健人。
     登る、登る、登る、登りたい。
     岩を。
     岩を、山を、自然を。
     健人の動きがピタリと止まる。
     悠悟と周の顔を、交互に見る。
    「……そうか、対話か」
     クライミング。
     オレの心技体すべてを懸けた、純粋対話。
     この、大自然との。
    「だからこそ人間だけで超えるべきで、悪魔なんかに好き勝手やらせていいもんじゃねえ」
    「悪魔……?」
    「そうだ。さっさと目ぇ、覚ましやがれ!」
     周は健人へと凄まじい閃光百烈拳を叩き込む。
     ナイトの赤きオーラの逆十字が健人の精神を損傷していく。
     真衣、翔、那由他の魔法矢が絶妙なコンビネーションで次々健人に突き刺さる。
    (「説得、効いてそうだな」)
     健人の様子に、影耶は攻撃を手加減し始める。
     心の奥底の『何か』を思い出しかけ、ふらふらと立ち尽くす健人。
     その健人の前には雪華と悠悟。
    「大自然への畏怖を忘れたお前らじゃ、オレ達って壁は絶対登破できねぇよっ!」
    「せや! きっちり落とし前つけて貰わんとなぁ!」
     悠悟は中国拳法系の動きで練り上げた気を、荒狂う龍の如き雷に転化していく。
     雪華の闘気も雷へと変換されて拳に宿る。
     雪華と悠悟が、健人の懐へと飛び込んだ。
    「龍卦灼滅門が絶技……その闇に刻めっ! 雲 龍 雷 把 掌 !!」
    「雷よ! 悪しきモンを貫けぇっ!!」 
     裂帛の気合と、勁力抜群の掌打に乗せ、健人を打ち徹す。
    「オレ……」
     忘れてた。
     灼滅者達は、風に乗ってそんな声が聞こえた気がした。

    ●光
    「どうかあなたの笑顔をもっとみせてくれ」
     私たちと戦った記憶など、美しいあなたに必要ない。
     苔むした岩に横たわる女に吸血捕食をするナイト。
    「ぁたし……一体」
     曖昧になった記憶と共に、うっすらと瞳を開ける女。
     ソロモンの悪魔の呪縛が解け一般人に戻ったドレッドも古希も文系も、身体をさすりながらよろりと身体を起こす。
     那由他が、眼下に広がる絶景にため息をこぼす。
     学園に来るまで、太陽も月も、見た事が無かったのに。
     気がつけば、隣に健人が立っていた。
    「……大自然の強さを、甘くみたんじゃないでしょうか」
    「オレほんと、岩馬鹿。今回は、ありがとうな!」
     那由他に輝く笑顔で頭を下げる健人。

    「アタシ、クライミングしてきていいか?」
     道具、借りていい? と周。
    「いいぜ! てか、オレも行く! せっかくだし、皆もどう?」
     楽しいぜ? と心の底から嬉しそうな健人。
     人懐っこい笑顔が眩しい。
    「山石様を灼滅者として迎え入れられて、良かったです」
     真衣が漆黒のストレートヘアを風に広げ、夢見る紫瞳でわずかに微笑む。
     周と健人はすでに崖から下へと、クライムダウンし始めている。
     自然を利用した変形トップロープ形式で、ドレッドと古希が命綱を持っている。 

    「オレ、箒で空から応援するわ」
     悠悟の声に、ナイトがいそいそと飛んで来る。
     崖の端に腰掛けていた影耶も立上がる。箒はやっぱり何故か横乗り。
    「何これ、きっつー!」
     周の叫び声と笑い声がこだまする。
     
     一面の緑の海にかすかににじむ、紅と黄色。
    「あー、風が気持ちいいー」 

     世界は、なんて美しい。 

    作者:atis 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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