トロンプ・ルイユの階段

    作者:那珂川未来

    ●騙し絵の中にある現実
     古めかしい格子窓の向こうに輝く、真鍮製の六灯シャンデリアの細工が見事で。片桐・巽(ルーグ・d26379)が、そのアンティークショップに足を踏み入れたのは偶然だった。しかし――必然があるとするなら、それはある意味宿命でもあった。
     そのシャンデリアは勿論、使い込んだドアベルの渋みも、燻銀のオルゴールも、くすんだアンティークゴールドの額縁も。巽の興味を引くには十分で。小物のひとつひとつの時代を想像し、小さな時間旅行を楽しむ中。店の奥に設えられたカウンターにて、困ったような声と切願する声が交差している。
    「うち、あんまりいわくあるものは置かないようにしているんだ」
     そういったモノで客足を引こうとはしていないんだよと、最初はやんわり断っていた店主の口調が段々きつくなっているのだが。
    「いや、そこをなんとか。マスターのひろーい交友関係の中に、こーゆーのが好きそうな人いるでしょ?」
     全く気にする様子なく頼み込む青年の口調や態度、そして見た目からいっても。お調子者で、深く考えずに行動する様なタイプであることは明らかで。おだてられたか、はたまた単純に奇怪なモノを前に調子に乗ったか、いわくつき絵画をタダで譲り受けたもののやっぱり怖くなって売りに来たらしい。
     盗み聞きする趣味など無いが、こうも小さな店内では嫌でも聞こえてしまうから。取り込んでおられるようですし日を改めて来るのがよいでしょうかと考え、そっと店を後にしようとした。
     だが、ちらと見えたその絵にはっとした。
     奇才と言われたマウリッツ・エッシャーの絵を、きっと誰もが一度は見たことあるだろう。流れ落ちているはずの滝の水が昇っている騙し絵や、魚がいつの間にか鳥に変化しているという、トロンプ・ルイユ(騙し絵)を。その手法を使った、永遠に上昇と下降を続ける階段を進み続ける人々の絵――ある意味死後の世界の様な不気味で救いようのない世界を描く『あれ』のいわくは本物だ、と――。
    「お取り込み中のところ失礼致します」
     上品な所作で挨拶をする巽は、
    「よろしければ、そのトロンプ・ルイユ、私に譲っていただけないでしょうか?」
     トロンプ・ルイユって何って顔している青年は、本当に考えなしに貰ったのだろう。数秒ののち、絵の事を差しているのだと気付いて。二つ返事で了承するわりには、ちゃっかりお金をせしめようとする青年へ、店主は顔にあからさまな軽蔑すら浮かべ何か言ってやろうとしたのだが、言い値をあっさり出してしまう巽から金を受け取るなり、とっとと店を出ていく青年の背に、大きな溜息一つ。
    「あんた、いいのかい? その絵。ここらじゃ奇妙な噂がたってるんだ。手にしたその日の深夜零時に、無限の口を開いて飲み込むってな」
    「人を、食べるのですか?」
    「食うっていうか、絵の中に取り込んで、永遠に彷徨う続けるほら、あれだよ。ペンローズの階段と同じさ」
    「成程。しかしご主人。確かにこのトロンプ・ルイユは永遠を描いているようですが――」
     巽は上品な微笑み浮かべ。
    「無限はあくまで有限の中に閉じ込められているのですよ」
     丁寧に礼をして店を出るなり、巽の顔はやわらかで紳士的な青年から、秩序に厳しい執事の顔へと。
    「さて――早々に協力いただける方を探さなければいけませんね」
     店主に聞いた細かな話からいっても。
     これの都市伝説が発動する条件からいっても。
     この町の何処か人気のないことろで零時を向かえるのが最善である。それは何とでもなりそうな気がするものの――。
     都市伝説の特性が厄介だろう。飲みこんだ人間の時の一部を切りとり、永遠にそこを彷徨わせる。
     普通の人間なら、特殊な世界に閉じ込められた時点で死を意味する。
     しかし灼滅者であるならば。それを灼滅する方法があるはずなのだ。巽が言った通り、その人の人生という有限の中にある、思い出という無限を切り取っているだけなのだから。つまりは、その人間以上の事は出来ないし、その人間の知らぬことは知識としてない。
     そもそも、もとより偽物。幾重にも浮かび上がる騙し絵の中にある真実を突き止め、灼滅するのみだ。
    「永遠にその場所を彷徨い続けるというペンローズの階段――さて、この階段が連れゆく先は、『いつ』でしょうね……」
     それがいつであろうとも。
     絵画である以上は。
     階段である以上は。
     カタチあるもの、いつかは壊れるのだから。


    参加者
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    織部・霧夜(ロスト・d21820)
    ユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)
    片桐・巽(ルーグ・d26379)
    本間・一誠(禍津の牙・d28821)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ

    ●騙し絵
     過去もない。
     未来もない。
     無限の上昇と下降を繰り返す、そこは時の止まった絵の中の世界。

    ●明鏡止水
     荒野に一人の男が立っているのを見とめて――有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)は顔を歪めた。
     相手は自分だった。残忍な目つきと哄笑、闘争衝動を隠すことなく放出していた。
     怖い、というのが正直な感想――同時、この不毛を生みだしたのは目の前の自分だと悟る。
    「僕は認めたくない。衝動に駆られるまま、殴って蹴って壊して傷つけて――それじゃただの戦闘狂じゃないか」
     雄哉が正統派の構えを取れば、闘鬼は大胆な構えで応えせせら笑った。
     ぶつかり合った鋼の拳圧に大地が吹き飛んだ。影の顎と数多の閃光、大気を奔る衝撃に朽木が浚われ。
    『楽しいなぁ』
     闘鬼の嬉々とした顔に、嫌悪浮かべ雄哉は、
    「こんなの僕じゃない……! 『理由なく戦う』のは嫌だ!」
     否定を鋼鉄拳に乗せ、鳩尾したたかに狙ってゆく。
    『いつまで理論武装してる気だ? 素直になれよ!』
    「うるさい! 自分が満足するためだけに戦うなんて僕じゃない。だから、倒して乗り越える!」
    『違う。あんたは単純に戦いたいんだ。叩き潰しにかかる選択肢選んだ時点でよぉ!』
     心外だった。しかし真理にも聞こえた。
    「もうこれ以上僕を苦しめるな!」
     迷いが決定的隙となりカウンターくらって、雄哉は背中から大地に落ちる。
     鈍色の空を見上げながら、軽い眩暈と共に自身を問うたなら、まざまざと感じる衝動。

     ――ああ、本当は戦いが楽しいんだ。楽しくて仕方ないんだ。

     滾る闘争心に蓋をして、隠して、潰そうとしても。
    「もっと戦おうぜ。俺を満足させろ!」
     湧き上がる衝動止められず、雄哉は飲まれた。
    『ハッ、ありのままの自分を否定した、あんたの負けだ』
     闘鬼の嘲笑すら、今は雄哉の耳に届かない。

    ●甘い忘却
    「無限の階段って面白そうだにゃ~☆」
     殺雨・音音(Love Beat!・d02611)の足取り軽やかに。うさ耳揺らしながら降りてゆくその先に豪華な扉、独りでに開いて手招きする様に。
     コレどんな仕掛けなのかにゃ~なんて音音が呑気に考える暇もなく、
    『お帰りなさいませお嬢様』
     ぞろぞろ溢れだす美男美女がお出迎え。
     しかもそこはお伽噺のお城の様に可愛くて、もふもふ動物までいっぱい。
    「もしかしてココって天国~? ね~……」
     当り前のように振り返って、誰かに尋ねようとしたけれど。
    「あれあれ~?」
     そこに、誰がいたというのだろう。
     自分の行動に謎を感じても、寄ってくるウサギもふもふしつつ七色ジュース飲んだなら。
     もともと深く考えない音音は、イケメンお勧めの流行りの衣装を並べられ、すっかり疑問も忘れて。
    「えっへへへ~、ネオンがイイ子だからご褒美なんだね♪」
     されるがまま甘えてしまう音音は、まるで、不思議の国に訪れた少女が、口にしてはいけないものを口にしたばかりに、鍵が取れなくなってしまったかのよう。
     大事な弟との楽しい時間を切りとられ、他人にすり替えられ。愛の無いキラメキの中彷徨って――くるり。振り返る。
     音音の大好きなものたくさん。けれど与えられるだけで共有する誰かはいなくて。
    「寂しいよう~……」
     料理黒焦げにしても笑ってくれたり、優しく頭を撫でてくれたり、抱き締めてくれたり――大事な何かを忘れる、そんな瞬間を切り取られた世界で。
    「帰りたい~……」
     何処へ?
     血縁であるという事実以上の、世界一大事な誰かから貰った大切な鍵も、今は何処かに転がって――。

    ●アーカーシャの命数
    「オレの過去、か――」
     狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)は無機質な階段を、血の記憶に逆らうかのように昇ってゆく。
     先に居るのは両親か、今まで殺してきた誰かか。抱える空虚を満たすかの如き鮮血の記憶を馳せながら、最後の踏み面を鳴らした時。そこは一軒家になっていた。
     ここは、と刑が懐かしさ、或は戦慄を覚える暇もなく。

    「■■■」

     ポニーテールにした黒髪揺らし、前髪に隠れていない灰色の左目を喜びに輝かせながら。息を飲む刑の様子などお構いなしに胸へと飛び込んでくる少女。
     頬にキスをしてくる感触に呆然とするしかない。日常的な会話さえ、耳には入らなかった。
     けれどこれは騙し絵であるのだと、罪悪感を噛みつぶす様に必死に歯を食いしばって。
    「これより……宴を開始する――!」
     おおと絶叫をあげながら、殺刃器『断波』へおびただしい闇の鎖を纏わせて。
    「殺すだけだ。殺人だけが、オレの取り柄なのだからな」
     振り上げ、捉えながら。自分に言い聞かせる様に呟く。
     殺人技巧を操る刑が、目の前の少女を追いつめることなど造作もない。けれど、その刃が決定的な瞬間を与える事はなかった。

     殺せる訳が無い。
     だって。
     だって、この少女は――。

     刹那、少女の唇が綻ぶ。

    「■■■」

     そう言葉を紡ぐその笑顔が眩し過ぎて。
     ただその思い出が美し過ぎて。
     刑から悲鳴にも似た絶叫が響いた。
     零れる殺刃器『断波』は、雫と共に床へと落ちる。
     どうしようもない空虚を背負い、泣きながら少女を抱きしめたなら。少女の漆黒は洗い流されるように銀へと変わり――もう一度殺せようか、自分と同じ髪色を持つこの少女を。

    ●断つ花、濁り無く
     懐かしい手摺の感触を右手に。
     兄を羽交い絞めにした強盗ごとその胸を貫いた感触は、今も橘・彩希(殲鈴・d01890)の左手に在る。
     先を下りる兄の背、見紛うはずもなくて。
    「覚えているかしら? お兄ちゃんを殺したのも、階段を下りた先の出来事だったわ」
     きしりと踏み面を鳴らし。その背へと、歌う様に語る彩希。
     一族を継ぐ争いに拗れてゆく兄との歳月、一歩一歩に重ねる様にしながら。
    「お兄ちゃんが私を見てくれなくなっても、私はずっとお兄ちゃんのこと好きだったのよ」
     きしり。
     きしり。
     相変わらず兄が振り返ることはなく。ただ延々と降りるだけ。
     このままずっと階段が終わらなければ、兄を殺さずに済む、けれど――。
     焦燥。
     渇望。
     もう一度見てほしいと願っているのに。
    「お兄ちゃん。もう、やっぱり私のこと見てくれないの?」
     死ぬ瞬間になってようやく自分を見てくれた――刹那が永遠であるならば、この寂しい気持に意味はあるのか。
     静寂に咲く、左手の花逝。
     漆黒を引きながら舞うと同時、振り返る兄の顔は彩希と鏡映し。
     海色が海色とぶつかり合い、彩希の微笑は、艶やかに色を増す。

     ――お兄ちゃん、とても嬉しいわ。

     儚げな風貌は、まるで母親の面影に似ているけれど――嗚呼、しかし。花断つ血脈が求めるものは無常。
     兄の技巧を尽くした小太刀の一閃さえも。鮮やかな笑みを湛え綻ぶように翻る彩希の、花逝が閃けば。
     ひとひらさえ容赦なく手折り、咲き誇る深紅すら縊り、後に咲くは鮮血の花。
    「もう見てくれないならやっぱり要らないわ――」
     私を見てくれる人のところへ帰るわねと告げて。虚空を見つめ動かぬ兄へと振りかえることなく、現へ歩む。

    ●独翔の森
     じゃらりと、古の鎖の音。
     見上げれば懐かしき故郷の色の中、慈愛を湛えたその顔は相変わらずうつくしく、名を呼ぶ声はやさしかった。
     本間・一誠(禍津の牙・d28821)の育ての親にあたる人ならざる者――鬼子母神『芙蓉』。
     自分を育てる為に人を喰って力を得ていた彼女に、釈迦の諭しはなく。代わり振り下ろされた灼滅の刃。
     そうか、と一誠は独り納得する。最も幸せだった時であるからこそ、トラウマになりえるのだと。
    「もう一度逢えて嬉しいよ」
     ニセモノでもいい。こみあげる思い。
    『ああ……我が子や』
     七日間必死に探し、ようやく見つけたかのように。抱きしめるその腕は、間違いなく母親のそれ。

     ――大切な人だった。

     だからこそ。
    「どうか、想いを受け止めさせて」
     そこに言葉では尽くせない想いがどれだけ詰まっていただろう。
    「あなたが育ててくれた証で、立ち向かってみせるから」

     ――これは、過去との決別だ。

     愛し育てるために罪を喰らい続けた芙蓉は、巣立つのを寂しく思うような哀を浮かべたのも一瞬。行くというのなら、立ちはだかる鬼になる。
     幻狼の爪と、鬼の爪。八葉綻ぶ湖面に、吉祥果の波紋揺れる。
     一閃、一閃、瞬く残光の中、一誠は頂いたすべてをさらけ出しながら。
    「ボクは生きるよ。あなたとの想い出を胸に、ひととして、生きぬいてみせる」
     誰かへの想い。誰かの為の柩。この時の歪みの階段へと、白炎の様に綻ぶ弾丸を。
    「さようなら、おかあさん」
     はじめて呼ぶ、母と。
     過ぎ去りし時の理を正す様に迸った氷塊に穿たれ、故郷の色を身に綻びだした氷華に反射しながら。芙蓉はあの時と変わらぬ呼び方で、消えゆく瞬間まで子の幸を願い続け。
    『いとし子や――』
     嗚呼、どこまでもうつくしいあなたは、最後の瞬間まで母であったと。

    ●紅玉の確率
     階段の先に居たそれを、織部・霧夜(ロスト・d21820)は無言のまま興味深げに見つめて。
    「なるほど、よくできている」
     霧夜が余裕げに荘厳な細氷を纏っているなら。相手は拒絶と諦めの地吹雪を吹かせているように見えた。
    『愚かだな』
     それは、随分とくだらないものを懐へ寄せているものだと嗤っていた。
     面白そうな目をしたのも僅か、珍しく不敵な笑み零す霧夜。
    「……負ける気は、しないな」
     どうあがいても偽物は偽物。故に躊躇う必要性は皆無。
     霧夜の視線が、静かに片桐・巽(ルーグ・d26379)へと流れる。
    「巽」
     幾分後ずさった様に感じて名を呼んだ。
    「大丈夫です、霧夜様」
     巽にとって唯一無二の存在の声に、集中力を取り戻してから、
    『巽。縁側を御覧なさいな、綺麗――』
     柔らかで品のいい微笑を浮かべ、名を呼ぶ女性の姿を、巽は真っ直ぐと見つめていた。
     何もかも生前のまま。しかも敵意ではなく愛情を向けて来るあたり残酷。
    「全く、悪趣味な都市伝説ですね」
    「何が見える?」
     巽よりも一歩前に出ながら尋ねる霧夜へと。
    「……母です。幼い頃に失った……。霧夜様には、何が見えていらっしゃいます?」
    「俺には『俺自身』が見えるな。……随分と覇気のない顔をしている」
    「ご自身の……」
     自分が仕える前のお姿だろうかと、興味覚えたものの、それは奥へとしまい。
    『巽――こっちに来て頂戴』
     今は母の誘惑と。
    『どうせそいつも裏切るに決まってる』
     過去の自分からの絶望を砕く事。
     霧夜と巽は相手の手口を容易く読んだ。巽を亡き母で釣り、過去の霧夜はそれを裏切りと嗤い、最後には二人仲良く殺す。
    「随分と舐められたものだ」
     そんな愚策にかかる馬鹿と思われたのが心外だと言わんばかりの顔で。
    「ええ……私もそろそろ、不愉快になって参りました」
     執事であるという以前に、巽の中にある思いに、過分な火種を撒いた事は間違いない。
    「在るべき場所へ還してやろう」
     透明度の高い蒼白い炎をその手に浮かべた霧夜が、先陣を切って跳躍する。
     受けて立つ投影から膨らむ紅蓮にも似た一撃は、孤高であるが故の無慈悲な威力。
     けれど衰える事のない足さばきで、霧夜は地に踵を喰いこませ。その勢いに流れるまま繰り出すレーヴァテイン。
     弾けた紅へと巽の鋭い黒の斬撃が生命を手折る線を描いた。着地ざま、即座吹き上げる紅蓮の刃。連なる魔弾が胸を穿てば。
     ぐにゃり、二つの記憶を揺るがされ、入り混じる投影の声。
    『その新しい執事も利用してるにすぎない』
     巽は霧夜の過ぎ去りし軋みを見、
    『巽、お帰り――』
     霧夜は巽の悲しみを見る。
    「お前が何を言おうと、巽を信じると決めた……その心が変わることはない」
     霧夜は凛として言い切った。それ以上一体何があるというのか。
     母の死によって生まれた、失う事の怖れと入り混じる自己抑圧。あくまで執事たる立ち位置を崩さぬよう――そこに、巽自身無意識に周囲に敷いた一線はあったのだろう。そこへ、一個人として見てくれる主からの信頼を強く感じ。
    「執事であろうと無かろうと『俺』は霧夜様の傍に居ると決めた」
     応えたいと思う気持ちこそ、嘘偽りのない真実だから。
     巽の幻想影樹に編み込まれる麗しき新芽が綻べば。ぱっと咲きゆく鮮血へ、無常な冬を突きつける霧夜の終焉を呼ぶ氷の一撃――その無限を飲みこんでゆくものは、まるで美しき庭園の四季ような棺だった。
     たった数パーセントの巡り合いから生まれた紅いキセキ――それこそが永遠と名打つにふさわしいと。

    ●器の中の道標
     階段を下りた先。刹那囚われる、崩壊を続ける建物の中。ユリアーネ・ツァールマン(ゴーストロード・d23999)は、目の前にたなびく純白の主へ、ゆっくりと視線を向ける。
    「……やっぱり、あなたでしたか」
     白衣纏い長剣を携える青年は、ユリアーネにとって師であり、兄や親でもあるような存在。
     病院崩壊時、師匠が命を掛けてくれたからこそ今自分の命が此処に在る、その楔は、今もこの刹那に自分を磔ているのだと感じるには十分。
    「ねぇ師匠。私さ、今でも時々思うんだよね。あの時もう少し私が強かったら、って」

    『――』

     師匠の唇が動くが聞こえない。ただ焼け落ちる天井が更なる紅蓮を巻き緊迫感を煽ったのは、あの瞬間に違うことなく。
    「けど、今更どれだけ強くなったところで、あなたにまた会えるわけじゃない」
     わかっていても「何か」を変えられるんじゃないのかという幻想――向かい合ってみてはっきりと騙し絵でしかないことを感じ、ユリアーネは青白き硝子のような片翼広げ、捻じれた螺旋を砕くべくDouble Helixを手に。
    「飲まれるつもりはない……倒すよ、師匠」
     師匠の操る剣先が、火炎を巻くそれよりも早く懐へと放たれた。
     けれどあの時よりも早く。
     あの時よりも的確に立ち位置を選びとれるから。
     無駄ない身の捻りで剣先をかわし。いつもは唇に紡ぐもの達の力は借りず。己が技巧を駆使して解き放つワイルドハントの仄蒼い炎が、的確に死点を定めてその無限の灯を切り取って――。
     慣れ親しんだ『病院』が崩壊してゆく様を、ユリアーネは見る。
     床が抜け、全てが崩れ落ちてゆく中。或は記憶の中へと吸い込まれゆく最中なのか。
     ただ、上昇も下降もわからぬこの世界へと手を伸ばし、
    「……思い出を振りきって進めるほど私は強くないからさ。だから、糧にさせてほしい」
     私の七不思議として。
     私が未来へ進んでいくための――。

    ●帰還
     消えゆく絵画を眺めながら、いかに無限とは絵空事であるのかという皮肉めいたものを感じずにはいられない。
     けれど、無限という世界が仮にあったとしたらそこは、無限という言葉そのものがない場所だろう。
     何も壊れず、失わず、成長さえしない。無限にある塵芥と同じように、全てが全く意味も価値も無いものになり下がるのだから――。
     

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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