漆黒のメモリア

    作者:篁みゆ

    ●黒髪欲しい
     そこは路地を一本入った所にある、ビルの前。集まった者たちを前にして、石井・宗一(中学生七不思議使い・d33520)が口を開いた。
    「よく来てくれたな。俺が調べた結果、このビルの屋上で都市伝説の発生が確認された」
     宗一が言うには、都市伝説は空が夕日に染まる頃にビルの屋上にいる、長い黒髪の女性を狙い、その髪を切り落とすのだという。そしてそのまま、長い黒髪の持ち主も殺してしまうとか――。
    「誰か囮を立てて都市伝説を呼び出す必要があると思う。もしちょうどいい囮がいなければ、カツラを使ったり女装する必要もあるな」
     宗一が調べた所、このビルがある場所には一つの噂があるという。
     ビルが立つ前、ここには一軒家が立っていて、幸せな家族が住んでいた。高校生の一人娘は美しい長い黒髪を持っており、それが自慢だったという。
     だが、両親が結婚記念日のディナーに出掛けて少女が家にひとりだったある夜。家は全焼し、彼女は命はなんとか助かったもののやけどが酷く、長い黒髪を失ってしまったという。動けるようにまではなったが黒髪は戻らず、失意の彼女は家の焼け跡で、悲しみが癒えるか試すように適当に声をかけた少女の髪を切り落とし、自らの命を断ったとか。
    「この都市伝説はその少女の噂が独り歩きして具現化したものなのかもしれないな」
     黒髪に執着する彼女は、こちらが敵意を持って接すれば敵意を返してくるだろう。だが、黒髪を恋しく思う彼女の心を満たせば、敵対せずに済むかもしれない。
    「現在確認できているのは、ハサミととナイフを使って攻撃してくるということだ」
     殺傷能力はどちらも高そうである。断斬鋏と解体ナイフのサイキックを使ってくることが予想できるだろう。
    「あとこれは余談だが……このビルにはぬいぐるみや人形を扱う店が入っているようだ。動物のぬいぐるみも人間の人形もどれも精巧で、本物を見ているような出来なのに値段は高くないらしい」
     しかも、例えば飼い猫の写真などを持っていけば、出来合いのパーツを組み合わせてセミオーダーでぬいぐるみや人形を作ってくれるという。簡単な喫茶スペースがあるので、待っている間も退屈しないだろう。
    「終わったあとに寄ってみるのもいいかもしれない」
     宗一はそう告げ、説明は終わりだと閉めくくった。


    参加者
    天束・織姫(星空幻想・d20049)
    石井・宗一(中学生七不思議使い・d33520)
    矢崎・愛梨(中学生人狼・d34160)
    七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)

    ■リプレイ

    ●夕焼けの屋上へ
     ビル内に入ると、少しは暑さが緩んだ気がした。夕方とはいえ日差しはまだ強く、避けると体感温度が下がる。この暑さだ、目的の階がたとえ2階であろうとも、階段を使おうとする者は少ない。すぐそこに文明の利器、エレベーターがあるのだから。
     灼滅者たち4人がビルに入った少し後に入ってきた一般人が、エレベーターの前を素通りして奥へと向かう彼らを少しだけ不思議そうに見つめて、すぐに目をエレベーターの階数表示へと戻した。この客とてエレベーターの奥に何があるのか知らないだろうし、彼らがそこに向かおうとも咎める理由も義務もないのだから。従業員入り口にでも向かったのかな――何か思ったとしてもそのくらい。偶然すれ違ったくらいの他人に向ける興味など、そんなに濃くないものだ。
     これが5階までエレベーターへ向かってから階段へと向かったのならばまた違っただろう。店員の目に触れて不要に声をかけられる可能性も上がる。だか彼らが1階から階段を上ることを選んだのは、この場では正しい判断だった。
    「都市伝説か……。ちょっと哀しいね……」
     階段をのぼりながらぽつりと呟いたのは矢崎・愛梨(中学生人狼・d34160)。内気故に一対一で話すのはかなりの苦手ではあるけれど、独り言のように呟いたそれは、うまく言葉に表しきれなかった思い。
    「自慢の美しい長い黒髪を失ってしまった少女の都市伝説さん――確かに『髪は女の命』と言う言葉もあるから、よっぽど悲しかったのだろうな」
     その呟きを拾ったのは、先頭を行く石井・宗一(中学生七不思議使い・d33520)だ。俺は男だから、その辛さをわかってあげることはできないが――申し訳無さそうに続けるが、同調できずとも喪失の痛みを想像することはできた。
    「元になったであろう噂は、とても悲しいわね。自分が同じ境遇だったらと思うと心が痛いわ」
    「そうね……大切にしていたものを突然喪う、というのは、時に身を裂かれるより辛いかも知れないわね」
     天束・織姫(星空幻想・d20049)は、もし自分に鋏が向けられたら、と考える。自分の髪は黒髪ではないのに、恐怖を抱いてしまうかもしれない。織姫の言葉に答えた七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)。彼女のその言葉には、なにか深い含蓄のようなものがうかがえた。
    「あと、1階だね」
     踊り場の壁の階数表示を見て、愛梨が小さな声で告げる。階段では声が響くので、店舗や客の一般人に気づかれないためだ。確かに階数表示は5/4となっており、あと半分のぼれば5階、その上が屋上のはずだ。
     足音もなるべく殺して、5階から屋上への階段をのぼっていく。慎重に行くのは、やはり足音を聞き止めた一般人が階段の方を意識してしまうという面倒を避けるため。がやがやがや、繁盛しているのだろうか、店舗の方から声が聞こえてくる。壁を隔てているためか、詳しい内容までは聞き取れないが。
     今のうちに――四人の灼滅者たちは階段を登り切る。灯りの届かぬ暗がりには鉄製の扉が有り、針の穴ほどの隙間から外の光が少し、差し込んでいた。
    「開けるぜ?」
     ドアノブに手を伸ばした宗一が仲間たちに確認する。彼らが頷いたのを確認して、宗一はドアノブを回した。鍵はかかっていない。ギギッ……と蝶番が音を立てた時に少しばかりドキッとしたが、階段に響いたその音もきっとお客のおしゃべりなどの雑音がかき消してくれるだろうと祈りつつ、ゆっくりと扉を引いた。
    「――っ」
     暗いところに急に光が差し込んできたものだから、誰もが一瞬、瞳を閉じた。そして静かに瞳を開けると、屋上の柵の向こうには美しい夕焼けが広がっていた。
    「炎、みたいだね……」
     愛梨の小さな呟き。ああ、もしかしたら、だから都市伝説の少女は夕方に現れるのだろうか。夕焼けが、自分の黒髪を奪った炎の情景に似ているから――。
    「七夕さん、お願いできますか?」
    「ええ」
     織姫の声掛けに紅音が、殺界形成を使用しながら屋上へと足を踏み入れる。宗一は、いつでも紅音を庇える距離を保って彼女の後について屋上へと出た。織姫も愛梨も、近すぎず遠すぎずの距離で屋上のコンクリートを踏みしめていった。
     都市伝説の少女は、夕刻に屋上にいる長い黒髪の女性を狙うという。近くに他の人がいてはいけないなどという制約などはないようだから、これであとは都市伝説を待つだけだ。何気なく、四人とも夕日の沈む方向を見つめていた。
     生ぬるい中に少しの涼を孕んだ風が、屋上を抜けていく。紅音の長い黒髪が風にのって、ふわりさらりと揺れた――その時。
    「綺麗な、黒い髪ね」
     この中の、誰のものでもない声が、ビルの下の喧騒に混ざってなお朗々と聞こえてきた。四人は声の主を探す。声の主が現れた場所は一同の背後、一同が背を向けていた屋上の柵に軽く寄りかかるようにしている。夕日に染まったワンピースを着た彼女は、つばの広い帽子をかぶっていた。
     すっ……背筋を伸ばしたまま一同へと向かう彼女。彼女の瞳には黒髪の主――紅音しか映っていないのだろうか、宗一や織姫、愛梨のそばを彼女は悠然と歩いて行く。
    「こんにちは。こんな所で何してるの?」
     できるかぎり優しい声色をと気遣いつつ、紅音は少女に話しかける。少女はゆっくりと、紅音との距離を詰めていった。
    「……!」
     すれ違いざまに彼女の右手に見えた鋏に、織姫は自分が狙われているわけでもないのに少しだけドキリとした。そんな思いを振り切るように頭を振って、手帳を取り出す。
    「探しているの。私の黒髪、もう戻ってこないから」
     彼女が左手で帽子をとった。その下から現れたのは、焼けただれた頭皮。痛々しいその様子は話を聞いた時から予想はできたはずだ。それでも実際に目の前にしてみると、想像するのとは違う衝撃がある。
    (「彼女が長い黒髪をしていたら……絶対似合うでしょう」)
     織姫は顕になった彼女の素顔と、あったはずの黒髪――在りし日にそうであった姿を強く、強くイメージする。そしてゴーストスケッチを発動させた。美術の授業を思い出し、彼女の似顔絵を書き始める。織姫の美術の成績はかなりいいほうだ。ある程度描き進めば、彼女の想いと実力に比例したスケッチが出来上がることだろう。
    「ねぇ、あなたのその髪、ちょうだい?」
     少女が手放した帽子が、屋上の床を滑っていく。そしていつの間にか、その左手にはナイフが握られていた。彼女の視線の先には、紅音だけ。いつ彼女が紅音に飛びかかってもおかしくない。宗一は彼女の予備動作を見極めるべく、緊張を高める。
    「あなたの行為で悲しむ人がいるの。放っておけない」
     横から愛梨が言葉をかけた。少しでも少女の気を逸らせればと思ったのだが――少女は紅音へ向かう足を止めない。ただ、紅音とて、ただ接近されているのを黙って立って待っているわけではなかった。『朽桜一振』を鞘から抜き、逆の手で首の後で髪を束ねる。
    「……それで、貴女が満たされるのなら」
    「七夕先輩!!」
    「紅音ちゃん!!」
    「七夕さん!!」
     紅音以外の三人が思わず彼女を呼んだ。しかしそれは制止にはならなかった。
     ザシュッ――……。
     襟元で切られた長い黒髪。その束を紅音は少女へと差し出す。
    「これが欲しかったのよね」
    「あ、ぁ……あぁぁぁぁぁ……」
     少女が絞りだすような声を上げてその場で膝をついた。顔色は蒼白である。紅音はその少女の前で膝をついて、再び切り落とした黒髪を差し出した。
    「貴女にあげるわ」
     大切にしていた黒髪を失い、自らの命を断った少女――彼女を思えば、自分の黒髪など切っても惜しくない、それが紅音の思い。対して少女は、激しく狼狽しているようだった。段々と、絞り出された声に嗚咽が交じる。万が一を警戒していた宗一は、彼女の両手から鋏とナイフがこぼれ落ちて消えたのを見て、警戒を解いた。
    「今まで、誰も……いな、かっ……」
     ほろほろと涙を零しながら両の手で、大切なものに触れるように少女は紅音の髪を手にとった。
    「……私、ため、……自分……髪……」
     自らの髪を切るという紅音の行為は、奪うことで満ちていた少女の心を一瞬で満たし変えてしまったのだった。嬉しさで打ち震えていた彼女。だが次第に何度も謝罪の言葉を唱え始めた。髪を失う辛さは、彼女が一番良くわかっているからだ。
    「いいのよ。貴女が満たされたのなら、私も嬉しいわ」
     紅音の言葉に、少女はそれでも謝罪の言葉を続ける。それはきっと、どれだけ奪っても、自分の髪は戻らないことにようやく気がついたから。
    「自分は男だから的外れな事を言うかもしれないけど」
     宗一が少女の隣に片膝をついた。少女は泣き顔をそっと彼に向ける。
    「髪は女の命と言うから、火事の時に身代わりになって君を助けてくれたのでは?」
    「……身代わり……」
     その発想はなかったのだろう、少女が目を見開いた。
    「わたしもそう思います! もしかしたら『髪だけで済んでよかった』なんて言われたかもしれないけど、大切にしてくれたお礼に、髪が守ってくれたんじゃないかな?」
     愛梨も宗一の意見に賛成だ。頷く少女に、織姫もゆっくりと近づいていく。
    「今、私には、あなたがこんな風に見えています」
     手帳の、先ほど描いていたページを少女に見せた。もし戦闘になってしまったら完成を祈るしかないと思っていたが、無事に完成を待つことができた。
     その手帳には、美しい黒髪の少女が、明るい笑顔で微笑んでいる絵が描かれていた。
    「私……私の、黒髪……」
     織姫がそのページを破って渡すと、少女は紅音の髪とともにそのスケッチを胸に抱いた。
    「ありが、とう――……」
     詰まるように告げられた御礼の言葉。彼女の身体が段々と透けていくことに気がついて。
    「……次は、倖せに」
     もう二度と、黒髪の女性を襲う都市伝説としてなんて顕現しなければいい、その思いを込めて紅音が呟く。いのちを大切にしたい、その思いで手を合わせた。そのそばで宗一が手を合わせて黙祷するのに倣い、織姫も愛梨も瞳を閉じる。
     次に瞳を開けた時、そこには彼女の姿も紅音の切り落とした黒髪も、織姫のスケッチも残ってはいなかった。

    ●ぬいぐるみと人形
    「すごい、精巧で素敵ですね」
     目の前の人形を見て、織姫は思わずため息混じりで告げた。
     四人は階段をそっと降りて、五階にあるお店へと寄ることにした。ちょうど他のお客が帰ったところらしく、四人はそれぞれ興味の赴くままに展示スペースと喫茶スペースを行き来していた。
    (「でも、流石にゼロがたくさん……」)
     ある程度の大きさで精巧な人形ほど、やはりお値段は張るようだ。ぬいぐるみも大きければそれなりのお値段になってしまう。だがこの店には比較的リーズナブルなものも置いてあるので、学生でも十分手の届く値段のものもたくさんあった。
    「ペンギン、色んな種類があるね。クマも。迷っちゃうよ」
     愛梨は手にちょこんと乗るサイズから10cmほどの大きさまでのペンギンがずらりと並んでいるのを見て、思わず頬をゆるめた。この前にクマのぬいぐるみも見てきたが、そちらも毛質から毛色、大きさまで多種多様で、迷うなという方が無理だ。
    「黒い狼も黒猫も白い犬もあったけど……この子、蒼生そっくり、かわいい」
     紅音は色々とぬいぐるみを中心に見ていたが、目についた犬のぬいぐるみが、これがもう霊犬の蒼生そっくりで。これは連れて帰らなくてはと思うほど。他の人の手に渡るなんて考えられない。
    「ここは……ペガサスとかユニコーンとかが展示されているんですね」
     喫茶スペースに足を踏み入れた織姫は、椅子に座って冷たい麦茶を飲んでいる宗一に声をかけた。
    「ドラゴンとか、実在しない生き物のコーナーみたいだぜ」
    「作家さんは素晴らしい世界観を持っているのね」
     まるで絵本や神話の世界に迷い込んだよう。じっくりその世界観を堪能した後、織姫はふと宗一に尋ねた。
    「石井さんは何か買われるのですか?」
    「俺はセミオーダーを頼んだんだ。完成待ちだな」
    「そうなんですか。出来上がりが楽しみですね」
     思わず時間を忘れて見入ってしまい、ようやくそれぞれ買う物を決めた頃、店員がトレイにぬいぐるみを乗せて宗一の前へとやってきた。
    「いかがでしょう?」
     女子三人も、彼が何を頼んだのか横から覗き込んで。
    「かわいい!」
     思わず愛梨が声を上げた。
     トレイの上には、学ランを着たかわいらしい三毛猫が乗っていたのである。
    「イメージ通りだぜ」
     宗一は満足気に声を上げる。
     それぞれが素敵なモノを見つけて、素敵な空間を堪能したのだった。
     ビルの外に出ると、炎のような夕焼けは消えていて、一番星が瞬いていた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月28日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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