炎獣は山頂を目指して

    作者:海乃もずく

    ●つどう炎
     月のない夜。鶴見岳の山腹を、ヒョウに似た輝くシルエットが駆け上がる。
     走るたびに舞う炎の欠片は、オレンジレッド。
     俊敏な足取りで山頂に到着したイフリートは、山頂からの景色を瞳に焼きつけるようにぐるりと首を巡らせ、天を仰ぎ咆吼する。
    『オレハ、ガイオウガト、ヒトツニナル!』
     イフリートの足下から、明るい色の炎が吹き上がり、またたくまに全身を覆い尽くす。
     やがて炎の塊と化したイフリートは、地面へと吸いこまれていった。 
     
    ●火焔合一
     ガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かう姿が予知によって捉えられた。
    「鶴見岳の山頂に着いたイフリート達はね、自分の意志で命を断って、ガイオウガの力と合体しようとするんだよ」
     天野川・カノン(高校生エクスブレイン・dn0180)は、ベッドの上に鶴見岳の地図を広げる。
    「このままイフリート達がガイオウガと合体し続けると、ガイオウガの力はどんどん回復して、復活のときには完全な状態になってしまうかもしれないよ」
     カノンの説明に耳を傾ける鈴森・ひなた(高校生殺人鬼・dn0181)が、考え込む表情になった。
    「それで、問題のイフリートを灼滅するなり、接触して何らかの働きかけをするなりをする必要があるわけですね」
    「うん。ガイオウガが現状のまま完全体になるのは、わたしたちにとっては望ましくないからね」
     
    「今回予知したイフリートの名前はエンジュ。かなり昔に一度だけ、共闘したことがあるね」
     接触ポイントは、鶴見岳の登山口からなだらかな斜面を登った先にある、大きな岩がゴロゴロしている涸れ谷だという。
    「少し足場は悪いけど、戦闘に問題はないよ。夜の接触になるけど、イフリート自身が炎を発しているから、光源の問題も大丈夫」
     戦闘では、エンジュはファイアブラッドと、ライドキャリバー相当のサイキックを使う。得意技はキャリバー突撃相当の体当たり。
    「それで……私たちは、どういう行動が考えられるでしょうか」
     ひなたの問いかけに、カノンは指を3本立ててみせる。
    「方針は3つかな。一番シンプルな方法は、エンジュをを灼滅すること。そうすれば確実に、ガイオウガの威力拡大をを阻止できるからね」
     2つ目の方法は、ガイオウガへの伝言を伝えた上で、敢えてガイオウガとの合体を行わせることだという。
     合体してガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるという。つまり、学園に友好的なイフリートが合体すれば、ガイオウガへの働きかけになりえるかもしれない。
    「かつてエンジュと共闘は成功しているし、友好的な関係は築けるかも。ただ、この場合、迎撃ポイントで接触してから友好を深める働きかけや、伝えたい内容を確実に理解してもらうための準備が必要だよ」
     ――エンジュは、『あの時』に食べなかったクッキーのことが、少し気になっているらしいと、カノンは言う。
    「3つ目は、ガイオウガの一部となる事を諦めて欲しい、って説得する方法」
    「できるんですか、そんなこと?」
     ひなたが不意をつかれたように問い返す。カノンはうーん、と首を傾げた。
    「正直、どうかなあ。確率はすごーく低いよ。最低でも、もともとエンジュとゆかりのある人が説得しないとダメみたい」
     この場合、ガイオウガの影響が強いままでは説得どころではないので、手加減攻撃などでダメージを与え続け、イフリートとしての力を弱める事が必須になるという。
    「……ガイオウガと一つになるって、どんな気持ちなんでしょうね」
     説明を聞き終えたひなたが、ふと呟いた。地図を畳み直しつつ、カノンが答える。
    「少なくとも彼らにとっては、それは当たり前のことなんだと思うよ。そこにトクベツな感慨があるのかは、わたしには、よくわからないな」


    参加者
    日向・和志(コメディ限定フェニックス・d01496)
    辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715)
    巳葦・智寛(蒼の射手・d20556)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    午傍・猛(黄の闘士・d25499)
    未崎・巧(緑の疾走者・d29742)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)
    加持・陽司(炎の思春期・d36254)

    ■リプレイ

    ●炎の豹
     自死させないこと。灼滅しないこと。
     会話を試み、バトルごっこを持ちかけ、ガイオウガの力を弱め、説得する。
     そして、それから――。
    「エンジュさん……仲良くなりたいっすね!」
     加持・陽司(炎の思春期・d36254)の目が、楽しみで仕方がないというふうに輝いている。
    「加持くん、本当にエンジュくんに会いたいんやねえ」
    「だって豹っすよ豹! 格好良いじゃないっすか!」
     陽司の態度に、久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)の口もとにも笑みが浮かぶ。
    「遠くで光って見える、あれがそうかな」
     富士川・見桜(響き渡る声・d31550)が斜面へと目をこらす。
     闇が覆う、真夜中の鶴見岳。遠くからでも、疾走するオレンジレッドの輝きはよく見える。
    (「絶対に止めるんだ。ちゃんとあの時のクッキーも用意したから。あの時の人にも来てもらったから」)
     見桜はぎゅっと拳を握る。
    (「私はその絆を守るためだったら、命を賭けられる」)
     ここには、見桜たちのほかにもう1人が来ている。説得の切り札となる人物が。
     獣をかたどる炎は、灼滅者達の少し手前で足をとめた。大きな岩の影から、じっとこちらをうかがう気配。
    「エンジュ、オレたちと楽しいことしようぜ」
     未崎・巧(緑の疾走者・d29742)が軽い口調で呼びかける。何も持たない両手を広げてみせ、丸腰のアピール。
    『……楽シイ、何?』
     威嚇のうなり声が混じった、舌足らずな声が返ってきた。
     日向・和志(コメディ限定フェニックス・d01496)が帽子のつばを持ち上げ、エンジュの方向へにやりと笑う。
    「俺たちとゲームだ、エンジュ。俺たちと戦って勝ったら、ガイオウガと一緒になる。負けたら学園まで来て、一緒に美味しい物を食べる。どうだ?」
     現れたエンジュは、事前情報のとおりヒョウに似ていた。赤い目が細められる。考えてはいるようだ。
     しかしやがて、エンジュは興味を失ったように和志から視線をそらした。
    『俺、先、行ク』
    「待って待って、エンジュ!」
     慌てて辰峯・飛鳥(紅の剣士・d04715)が手を伸ばす。
    「ごめんね、引き止めて。でも、折角だから少し付き合ってよ。同じイフリートのよしみでさ」
     飛鳥の声に、去りかけたエンジュの足がとまる。
    「お前自身がガイオウガの血肉となるに相応しいだけの力を持っているかどうか、まずは俺たちと戦って試してみてはどうだ? それからでも遅くはあるまい」
     巳葦・智寛(蒼の射手・d20556)の言葉に、再びエンジュは鼻の頭にしわを寄せる。
     その時まで、状況は膠着しているように見えた――智寛が次の言葉を発するまでは。
    「それとも、怖気づいたか?」
     ……反応は劇的だった。
     エンジュの体が、一回り膨れたように見えた。炎が膨らみ、四方にはじける。
    『怖気、ナイ! 戦ウ!』
     全身の毛をぴんと立て、臨戦態勢へ転じたエンジュに、灼滅者達も戦いの構えをとる。
    「怒った、とは、違いますね……ムキになったって感じでしょうか」
     鈴森・ひなた(高校生殺人鬼・dn0181)も距離をとりながら、バベルブレイカーを構える。飛鳥が、額に手を当て嘆息した。
    「バトルごっこの予定が、本気のバトルになっちゃったよ」
    「構わねぇさ、せっかくやる気になってくれたんだぜ」
     に、午傍・猛(黄の闘士・d25499)は己の拳をぶつ会って不敵に笑う。
    「どれ、一つ力比べと行こうじゃねぇか! 思いっきり派手にやろうぜ、エンジュ!」

    ●本気交じりの戦闘ゲーム
    「戦闘準備!」
     飛鳥の鋭い声に、横一列に並ぶ智寛、猛、巧が、各々のスレイヤーカードを構える。
    「いい? エンジュを灼滅しないように気をつけてね!」
    「言われるまでもない」
    「おうさ! 心配すんな!」
    「段取りはちゃーんとわかってるって!」
     飛鳥の念押しに、智寛、猛、巧の3人がそれぞれの言葉で応える。
    「それじゃ、行くよ!」
    「「「「着装!」」」」
     飛鳥の号令一下、彼らは同一規格の強化装甲服を身に纏う。
     紅の剣士・飛鳥。蒼の射手・智寛。黄の闘士・猛。緑の疾走者・巧。パーソナルカラーに塗り分けられた装甲服が、イフリートの炎を反射して輝く。
    「ダークネス討伐分遣隊、状況開始!」
     4人は一斉に地面を蹴る。
    『Grrrr……!』
     人の声を発するのをやめたエンジュが、大きく咆吼した。
     炎をまとった鋭いかぎ爪が、飛鳥に激突する。
    「ぐっ……!」
     装甲服の胸部パーツが大きくひび割れ、衝撃が飛鳥を後退させる。
     イフリートの全身から勢いよく炎が吹き出す。その瞬間、横合いからの弾幕と、大地の揺れがエンジュの動きを阻んだ。
    「牽制射撃をかける。悪いが足を止めさせてもらうぞ」
    「加減には気をつけねぇとな!」
     智寛が構える『MGR-09 九式多目的機関銃』から、たて続けに弾丸がばらまかれる。猛の『RH-07 七式推進装置搭載型粉砕槌』が大地を揺らし、エンジュの体勢を崩した。
     そこへ巧が回り込む。
    「後ろががら空きだぜ!」
     解体ナイフを振り下ろす――と見せかけて、エンジュの反撃をバックステップでかわす。巧の姿がおぼろに溶け、夜霧が広がる。
     視界を遮る霧の中から輝く飛鳥の光刃。エンジュの背へと切りつける。
    「このままみんなが死んでいくなんて、絶対に見過ごせない! キミはここで止める!」
     『PLBG-11 拾壱式光刃刀』を握りしめる飛鳥の装甲服は、焼け焦げでくすぶっている。
    「あああ、皆さんもエンジュさんも気をつけてっすよー!?」
     ダイダロスベルト『Code:Tornado』が陽司を起点に展開され、飛鳥の装甲を補強していく。エンジュまで回復しかねない勢いの陽司の横を、シーアクオンに変身した雛菊が駆け抜ける。
    「いくよ蒼穹……穴子神霊剣ッ!」
     紫と白を基調にしたヒーロー姿の雛菊は、穴子の焼ける香ばしい臭いを漂わせる。エンジュがひくひくと鼻をうごめかした。
     穴子型クルセイドソード『蒼穹のアナゴストライク』が、穴子のオーラをまとって非物質化、イフリートの霊的防護を貫く。
    「加減する余裕なんてないんよ……エンジュくん、元気やなぁ」
    「さすがに本気を出したイフリートだな」
     雛菊の言葉に返す和志は、上段に構えた日本刀を、真っ直ぐに振り下ろす。強烈な斬撃に、エンジュが身をよじる。炎がぱっと散った。
     霊犬の加是も浄霊眼を使い、戦線の維持に尽くす。根気よく続けた攻撃は、少しずつエンジュを弱らせていく。
    「倒してしまわないように気をつけてね」
     見桜は、注意深くエンジュの様子を探っている。炎の噴出が一回り小さくなったイフリートは、大幅に動きを鈍らせている。
     巨大な刃を利き腕に戻し、腕から吐き出されたクルセイドソード『リトル・ブルー・スター』を、見桜は構える。サイキックを乗せず、したたかにエンジュの鼻づらを殴りつけた。
    「エンジュくん、話をしてもいいかな?」
    『ダメ! オレ、マダ、戦ウ!』
     エンジュは戦闘続行の意思を見せる。ただ、言葉で返事をするようにはなった。
    「それなら、もう一撃くれてやるぜ!」
     いつの間にそこにいたのか、物陰から巧が飛び出した。エンジュが反応するが間に合わない。のど元を狙うガンナイフ。
    「そこまで!」
     和志の制止に、巧の刃が空中でとまる。
     エンジュもしばらく動きをとめていたが、やがて悔しそうに一声うなると、素早く岩の陰へと引っ込んでいった。
    『俺、マダ、戦ウ……』
     返す声は、いかにも悔しげ。とはいえ、このまま戦闘を続ける気はなくなったようで、飛鳥達は強化服のマスクを外し、ほっと息をついた。
     見桜はエンジュの隠れた岩へ向け、言葉を続ける。
    「エンジュくん、ちょっと話を聞いて欲しいんだ」
    『……』
     エンジュはじっとこちらをうかがっている。
    「君に会ってもらいたい人がいるんだ」

    ●再会と話し合いと
     ……エンジュは、その人間のことは、ほとんど覚えていなかったようだ。
     ただ、食べ物の甘いにおいは覚えていたふうで。
    「エンジュさん、お久しぶりです。あなたと話がしたくて、来ました」
     声には覚えがあったのか、心地よさげに目が細められる。声というより……優しげなその話し方を覚えていたのだろうか。
    「ガイオウガと一つになると、あなたは消えてしまうんですよね。きっと、イフリートにとっては格好良い事なんですね」
    『クッキー、モット』
     話を遮ってエンジュが言うと、深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は、困ったように目を細めた。
    「ごめんなさい、それで全部なんです」
     ――再会は、2年半ぶり。
     言葉を交わすのは、初めてといってもいい。
    『クッキー、モウ、ナイ?』
     とはいえ、エンジュがどこまでそのことを理解しているのかは、わからないが。
    「わたしもね、カップケーキ持って来たんだ。オレンジジュースもあるよ」
     飛鳥がごそこそと荷物を取り出しながら言う。
    「水花ちゃんのクッキー、おいしかった? おいしいと思ってくれたら嬉しいな。その気持ちをどうか忘れないでね」
    「ほい、折角だ。これも食ってみ?」
    「たこまんじゅうもあるんよ」
     和志がパフェを渡し、雛菊が一口サイズのカステラ焼きをエンジュの前に広げる。
    『タコマン……?』
    「タコ型のカステラ生地に、黒豆と白あんが入った明石名物なんよ」
     じっと見つめ、においをかぎ、エンジュは食べ始める。
    「世の中には貴方が知らん、多くの美味しい物がある。学園に来てそれらも知ってみない?」
     追加のたこまんじゅうを渡しながら、雛菊が口を開く。うんうんと飛鳥が頷き、次いで、真剣な表情になった。
    「ねえ、エンジュくん。仲間を犠牲にすることを、ガイオウガは本当に望んでるのかな?」
    「自ら命を絶つことは、お前達イフリートの誇りを汚す事にはならないのか」
     カップケーキをアルミカップごと咀嚼するエンジュへ、飛鳥と智寛は、話しかける。
     猛がエンジュの傍らにかがみ込む。
    「無理強いはしねぇさ。だがな、お前さんの爪は、牙は、炎は、何のためにあんのか。もうちっとよく考えてみな」
    『オレ、ガイオウガ、一ツ、ナリタイ』
     顔を上げたエンジュは、たどたどしく単語をつなげる。
    『一ツニナル、ウレシイ。スゴイ。カッコイイ』
     話すエンジュは得意そうでもあり、誇らしげでもある。飛鳥達は顔を見合わせた。
    「でも、こうやって一緒に飯食うってのもなかなかできない経験だ。悪くないだろ?」
     続いてパフェに集中しているエンジュへ、和志が続ける。
    「また再戦しようぜ、エンジュ。今日はたまたま俺たちが勝ったが、次はわからないからな」
    『再戦、ムリ。ガイオウガ、行ク』
     かぶりを振るエンジュに、巧と陽司が代わる代わる話しかける。
    「まあ、そうしたいのもわかるんだけどさ。やっぱみんなでワイワイできるほうが、オレは楽しいと思うんだよな」
     エンジュは巧の持つキャンディーに顔を近づけ、ばくっとくわえ、バリバリ噛み砕く。
     ガイオウガとの敵対の意思はないこと。ガイオウガと一つになる以外の生き方もあること。わかりやすい言葉で、彼らは順々に話していく。
     その間ずっと、エンジュは熱心に食べ続けていた。
    「自分はエンジュさんのこと、もう友達だと思ってますからね!」
    「これからも水花さんと友達でいてほしいし、できれば、私とも友達になってほしいって思っているよ」
     陽司の言葉に、見桜が続ける。
     用意されていた食べ物を全て平らげたエンジュは顔を上げた。困惑した表情だった。
    『デモ、ヤッパリ、ガイオウガ、一つ、ナリタイ』
     エンジュの言葉に、何人かが顔を曇らせた。

    ●向かう先には
    「そんな、エンジュさん……」
    「わかった。お前さんがそう決めたなら、仕方ない」
     食い下がろうとした陽司たちを留め、和志が答える。
    (「ガイオウガと一つになる、ってのは自分を無くすってことだ。並の決心じゃできない」)
     エンジュの出した結論がガイオウガと一つになることなら、その覚悟に敬意を示し、送り出してやりたいと、和志は思う。
     霊犬の加是がぶんぶんと尻尾を振って、エンジュをじっと見つめていた。
    「本当はな、お前さんにはガイオウガの外から、ガイオウガを守ってほしかったんだが……」
     せめて気持ちよく送り出そうと考えていた和志は、去りかけたエンジュが戻ってきたことに、口をつぐんだ。
    『水花』
     迷うそぶりを見せていたエンジュは、覚えたばかりの名前を呼ぶ。
    『水花、サミシソウ。オレ、イナクナル、サミシイ?』
    「え?」
     ぱちりと目を見開いた後、水花は頷いた。
    「はい。私はもっと、あなたの事が知りたい。そして私達の事も、知って欲しい」
    『……』
     ぐるぐると、エンジュが意味もなくその場所を回り始める。
    『皆、オレニ、イテホシイ?』
    「わたし達も、水花さんも、貴方に生きて貰いたいんよ」
    「せっかくこうして戦えたんです、自分はエンジュさんに生きてもらいたいっすよ!」
     雛菊の言葉に、熱心に陽司が同意する。
    『オレ、ガイオウガ、一ツニ、ナリタイ。タクサン、迷ッタ。ソレデモ、ヤッパリ、一ツニ、ナリタカッタ。……デモ……』
     たどたどしく話すエンジュ。やがて足を止め、灼滅者を見返す。
    『オ前タチ、サミシイ、嫌ダ』
     飛鳥が息を呑む。その言葉が意味するところは。
    「エンジュ、残ってくれるの!?』
    『オレ、残ル、オ前タチ、ウレシイ?』
     ――エンジュは、自分の希望より、こちらの希望を優先しようとしている――。
     それはとても、重要な決断。
     見桜は大きく息を吸い込む。これから口にする言葉で、思いの丈が真っ直ぐに伝わるように。
    (「私の声が、エンジュくんの心に届くように」)
    「友達は多い方が楽しいし、嬉しい。エンジュくん、一緒に美味しいものを食べに行こう」
     エンジュは見桜を見返し、そして、頷いた。
    『……オレ、山、降リル』
     返事を待たず、エンジュは山頂とは反対側へと歩き始める。
    「エンジュ。それで、いいんだな?」
     和志が問う。エンジュは足をとめ、一度だけ山頂を見返し、和志へと視線を移した。
    『イイ』
     短い答え。それははっきりと、彼の意思を示していた。
     智寛が、寄りかかっていた岩から身を起こす。
    「結論は出たな。それでは、戻るとするか」
    「エンジュさんは、ひとまず学園に来てください。できるだけ、不便はないようにしますので」
     ひなたが重ねてエンジュへと声をかける。
    「エンジュ、しばらくよろしくな。学園にも楽しいことはたくさんあるぜ」
    「俺たちなら、いつでも相手になるぞ」
    『次、負ケナイ』
     巧と猛の言葉に言い返しながら、エンジュは山を下っていく。
     後に続きながら、ほっとした様子で飛鳥が言う。
    「一度はどうなることかと想ったけど、うまくいったね。本当によかったよ」
    「自分は仲良くなれるって信じてたっすよ!」
     確信に満ちた陽司の言葉が、全員の耳に心地よく届いた。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 24/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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