夜の水辺に炎が映る

    作者:立川司郎

     そろり、と闇の中で巨体は移動をはじめた。
     近くで見れば、その体に白と黒の模様があった事が分かっただろう。本来この島根の山中に居るはずのない巨大な白虎は、無言でそろりと山肌を進む。
     頭を向けたのは、山の頂に囲まれた火口湖と言われる池である。
     しんと静まりかえった登山道を進む虎は、次第に早足となった。待ちかねたように、駆けだして水辺に到達したとたん……白虎は咆哮を上げた。
     雄々しい咆哮は山肌を駆け抜け、キャンプをしていた人々の耳にまで届く。
     -ガイオウガ……俺ガチカラヲ、オ届ケシマスゾ!-
     白虎はチカラを迸らせ、周囲を炎で包んでいった。
     
     
     夏の暑さが増す7月。
     相良・隼人は道場にあぐらを書いて座り込むと、白い扇子で仰ぎながら、口を開いた。
     暑さにだれているのか、多少見た目がはしたないのは注意するべきか。
    「さて、サイキック・リベレイターの使用は各々承知していると思う。これによりイフリートが活性化していて、日本全国の火山でイフリートの活動が予知された」
     イフリートが出現すると思われるのは、最近あまり活動していない火山であるという。
     隼人が言ったのもそういった、以前であれば休火山と称されていた……島根県太田市にある山の一つである。
    「イフリートはこういった火山の力を活性化させて、その力をガイオウガの復活に使おうと、山頂付近で炎の力をぶっ放してるらしいぜ」
     放置すればガイオウガの復活が早まるだけではなく、その活性化した力によって山々が噴火する事にもなりかねない。
    「この山は登山者が多い山だ。噴火、なんて事になる前にイフリートを片付けてきてほしい」
     そう言うと、隼人は地図を出した。
    「イフリートの名前はサン。このサンという白虎が居るのは、山の頂に囲まれた火口の側だ。体つきは普通の虎より一回り大きいくらいの白虎だが、とにかく体力とパワーが並外れてる」
     煽ればすぐに突撃してくるような典型的なパワー系ファイターだが、まともに相手をすれば、前衛がだいぶん痛い目に遭うことになるだろうと隼人は話す。
     サン達イフリートの目的はガイオウガの為に大地の力を集める事で、その邪魔をするならば死力を尽くして戦うだろう。
     彼らに撤退という言葉はない。
    「こいつらも主の為に戦う身……恨みはないが、放置して火山をむやみに活性化させる事はだけは見逃せねェ。みんな頼んだぜ」
     本来なら、登山客で賑わう山。
     イフリートにより犠牲者を出す事だけは、あってはならないのである。


    参加者
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    不動峰・明(大一大万大吉・d11607)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)

    ■リプレイ

     無言で進む自分達の足音以外には、虫の音色と風にそよぐ草木の音色。
     自然が奏でる音に包まれ、空井・玉(リンクス・d03686)はふと顔を上げた。深い闇に浮かぶ幾多の星々は、静かに瞬いている。
     空を覆い尽くす星の渦に、玉は目を細めた。
    「夜空が綺麗だ」
     同じように空を見上げていた小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)が、そう言った。
     玉は彼の言葉に、小さく頷く。
     イフリート退治でなければ、もっとゆっくり見て登山を楽しめるんだろうな、と葵は落ち着いた口調でそう皆に話していた。
     道さえ迷わないようにすれば、美しい星空を眺めながら暑さからも逃れて山登りが楽しめる。
    「夜の登山に目覚めたか? ……明日にでもまた行こうとか言うなよ」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)がちらりと葵に言葉を投げると、葵はふと笑った。
     それは肯定なのか、否定なのか。
     空を覆い尽くす闇と光。後尾を歩いていた灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)も、思わず足を止めて目を輝かせた。なんて美しい空なんでしょう……とひみかが呟く。
     登山の疲れも吹き飛ぶ光景だ。
     とはいえ、登山があまり難儀ではなかったのは、皆体力があるのもそうであるが、途中で力を解放したからでもあった。
    「かなり上ってきましたけど、どの辺りでしょう」
    「もうすぐそこだ」
     ひみかを気遣うように振り返り、不動峰・明(大一大万大吉・d11607)が道の先を指した。道の向こうが、うっすらと明るくなっているのが分かる。
     おそらく隼人から聞いたように、イフリートが体中を燃え上がらせて力を活性化させているのだろう。
     後ろを振り返り、玉は後続から一般人が上ってきていない事を確認した。
    「後ろは心配ないよ。念のため、最後尾に私が付こう」
    「じゃあ、オレが前な」
     玉が言うと、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が前に足を踏み出した。
     明かりは明やダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)も所持し、戦闘中でも使えるように据え付けてある。明かりの問題からも、向こうから気づかれている可能性は高い。
    「気をつけていけ」
     明が言うと、布都乃は分かってると短く答えた。
     月に照らされた湖畔には、明々と火が点っていた。炎を吐き出しながら、その地に眠る力を吸い上げていくイフリートの姿がそこにある。
     四肢をしっかりと地に付け、炎を迸らせる。
    「よう」
     立ち尽くすイフリートに、布都乃はひょいと声を掛けた。まるで友に掛けた声のように、軽く邪気がない。
     暑いのに精が出るじゃねえか。
     布都乃は、そう言うと水辺に腰掛けた。
    「ほら、お前も涼みながら話しでもしねぇか?」
     布都乃が話しかけると、明とダグラスは殺界を形成しはじめる。深夜は人が居ないと聞いているが、キャンプ場には居ると聞いている。
     玉は周囲に視線を配り、人気がないか確認していた。
    「……俺ぁ話すこたぁ無え」
     そう言い、ダグラスは少し離れた様子をうかがう。
    「戦意は高いな。……イフリートはかなり警戒している」
     身構えてこちらを睨み付けるイフリートのサンを見て、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)がダグラスに小声で言う。むろん、皆何時攻撃されてもいいように注意は向けている。
     武器は持っていなくとも、邪魔になっているのには違いない。
     その、こちらに対する警戒がピリピリとエアンにも伝わってきた。
    「お前はガイオウガに力を送っているようだが、ガイオウガとはお前にとってどんな存在なんだ」
     御伽がサンに問いかける。
    『ガイオウガハ最モ強イイフリート! 何故ソンナ事ヲ聞ク!』
     叫ぶなり飛びかかってきたサンの攻撃を、玉のキャリバーが割って入って止めた。キャリバーが動くのと同時に、玉の体も反応する。 
    「近づく者は敵と見なす、という事か。やはり話は通じない」
    「待て、お前達の事情を知るチャンスをオレ達にもほしいだけだ! ……それに、これ以上ここで力を使われると、多くの人が困る」
     布都乃の言葉に、サンはもう耳を貸さない。
     強力な爪の一撃を、布都乃は縛霊手で受け流そうとするが、サンの力は容易に布都乃をなぎ払った。

     サンにとって今大事なのは、力を貯めてガイオウガに届ける事。それ以外念頭に無いという様子のサンは、話し合いをしようとする灼滅者達を邪魔者と見なした。
     荒々しいイフリートの気配に、ダグラスが息をつく。
    「エネルギーを貯める事しか頭に無えようだな」
    「……ここで炎を使う事だけはおやめください」
     ひみかもギターを手にして、ビートを奏でる。
     広がる音色は、警戒音。
     仲間に注意を促しつつひみかも声を掛けるが、サンは喰って掛かる。ひみかの側で、彼女の愛猫は凛とした姿勢でサンをにらみ返した。
     自身の守りは、右舷に任せておけばいい。
    「お聞き頂けないのでしたら、致し方ございません」
     ひみかはサンの攻撃を受けている明に向け、符を放った。炎をまき散らして暴れるサンの攻撃で、明の体も焼き付いていた。
     符が傷に張り付くと、明の痛みが和らいでいく。
    「助かった。……赤槻、私が回り込む」
     サンの後方に回り込もうと明が動くと、サンが視線を動かした。即座に、ダグラスが下から拳を捻り上げる。
     一瞬体勢を崩すも、うなり声を上げて振り返ったサンの牙が、ダグラスの肩口にメリメリと食い込んだ。
    「ぐっ……」
     牙が肉を裂き、燃え上がる炎が傷口を焦がす。
     爛々と光る目を見て、ダグラスは痛みをこらえながら少しだけ笑っていた。ああ、テメェがガイオウガの為にすべてを尽くすというなら。
    「俺は……ダークネスを倒す為にすべてを尽くす」
     ダグラスが拳を叩き込むと同時に、反対側から葵も拳を叩き込んだ。
     サンを挟み込んだダグラスと葵の双方から繰り出される拳に圧倒され、姿勢を低くしてサンが耐えようとする。
    「いったん下がれ! ……サヤ、頼む」
     ダグラスへの攻撃を庇うように立った布都乃が、ちらりと相棒のサヤに視線を向けると、サヤはふわりと翼を広げてダグラスの元へと向かった。
     サヤのリングが光り、ダグラスの傷をふさいでいく。じっと見上げる黒猫の瞳は、彼に無理は禁物だと言っているようだ。
    「こいつは、俺たちとサンの全力の勝負なんでな」
    「そうまでしてガイオウガにこだわるのは、何でなんだ。それを教えてくれ」
     サンに語りかけようとする布都乃に応えようとせず、サンは炎を吐き出した。夜空に明々と燃える炎が、周囲を焦がしていく。
     玉はキャリバーに、傷の深いダグラスを庇うように指示すると、サンの様子をうかがった。
     炎による攻撃もそうだが、一撃のダメージがかなり重い。
    「力業は通用しない。まだ幾分、影の方が使いやすいか……」
     玉はサンが布都乃に飛びかかるのを見越して、影を放った。地を這うように影がサンに忍び寄り、絡みつく。
     足を拘束されたサンが、影を睨み付けた。
    『ググッ……貴様ラニ邪魔ハ……サセナイ』
    「そう、イフリート達にも事情があるのだろう。だが、私達にも見過ごせない事情があるのでね」
     玉は静かにサンに言う。
     ここに居る8人でさえ、皆イフリートに対して意見はバラバラだ。だが、少なくともサンを放置しては行けないという点においては、一致している。
     ……そうでなければ、ここに来た意味はないが。
    『灼滅者……ガイオウガ様ノ邪魔ハ……スルナ!』
     怒気を放ち、サンが全身から炎を巻き上げた。
     巻き上がる炎は、先ほどよりも強く……熱い。それがサンの意思なのか、ガイオウガの意思なのか……。
     炎は、湖畔を彩る程に強く燃え上がる。
     火から目を庇うように手をかざし、はっと御伽が前を見る。イフリートの炎からダグラスと葵を守り、布都乃と明が盾になっていた。
     左右には、右舷と玉のキャリバーのクオリアが囲む。

     サンの攻撃で焼かれた仲間に、ひみかが静かに歌声を送る。
     夜空の下、静かに声が流れて仲間の体に届いてゆく。ひみかの歌声は、炎を沈める落ち着いた歌声であった。
     右舷がしっかり守ってくれているのだから、ひみかもひみかで、仲間を支えなければ。そう、右舷を信じて力を尽くすひみか。
    「わたくしが出来る限り、治癒いたします。赤槻様、ご無事ですか?!」
    「こんなもんじゃ倒れねぇよ」
     布都乃は笑ってひみかに答える。
     サヤがリングを、布都乃が光を翳して傷の深い仲間の傷を癒やしていく。その間にもサンは攻撃を続け、立ちはだかる灼滅者達を蹴散らそうと声を荒げた。
    「そういうのは嫌いじゃないよ。でも、今ここを活性化されては困る」
     エアンは軽くエアシューズで地面を蹴ると、サンを見つめた。
     ちらりとエアンが視線を送ると、玉が影を放つ。空に飛び出すように跳躍したエアンから放たれた蹴りがサンの白い体を蹴り飛ばすと、体勢を崩したサンを玉の影が捕らえる。
     玉はしっかりと影で縛り上げる。
    「今度は、放さない」
    「炎は効きが悪いか」
     エアンがエアシューズから火花を散らすが、炎の延焼が悪い。炎を使うだけあって、サンに炎は相性が悪いのかもしれない。
     だったらこっちか、と御伽がすかさずモノリスの銃口を向けた。
     閃光が迸り、モノリスから放たれた力がサンを白く霜で覆い尽くしていく。苦しそうにうめくサンへ視線をやり、御伽は葵に声を掛けた。
     ああ、と応えて葵が拳を握る。
     ダグラスと葵、集中砲火の攻撃を受けてサンは身を伏せた。
    「サン、聞け」
     御伽がサンを見下ろしながら声を掛ける。
     その傷口からは、炎が上がっていた。
    「俺もお前と同じファイアブラッド。……俺はこの力に誇りを持っている」
     サンもまた炎を宿し、それを誇りに思って居るはずだ。誰よりも、ここに居る御伽がよく分かっている。
     だからこそ、ガイオウガがどんな存在なのか聞きたかった。
     誇り高き獣がそこまで思う、ガイオウガについて。
    『ガイオウガハ、最モ強イイフリートダ。我ライフリート全テニトッテ、至高ノ存在』
     だから、ガイオウガの意思こそイフリートの意思だと。
     サンは雄々しく咆哮すると、力をみなぎらせた。炎が吹き出し、傷が癒えていく。しかし、まだ玉の影による拘束は解かれていない。
    「まだ動くってのか……たいしたもんだぜ。空井、押さえるぞ!」
     ダグラスがバベルブレイカーごと、サンに食らい付く。一撃で押さえられなくとも、二度三度……繰り返せば。
    「クオリア、機銃掃射だ」
     玉はクオリアに指示し、モノリスを構えた。
     三者の射撃を受けてもなお、サンは拘束を解こうと暴れ回る。爪が明の体を抉るが、明は狙いを定めながら後方の仲間を庇い続けた。
     腰からすらりと抜いた刀を、中段に構える。
     サンの攻撃から守る明の影から飛び出し、エアンは蹴りを叩き込んだ。
    「不動峰!」
    「……」
     明はエアンに応えるように、刀を振り下ろした。自然なお前から振り下ろされた明の一閃は、鋭くそして重かった。
     一刀の下にサンの腕を切り落とし、地に伏せる。
    『ガイオウガノ元ニ……!』
     その言葉は、御伽の心の内の闇に掛けられたものであっただろう。しかしその声は、届く事はない。
    「俺たちにも、お前にとってのガイオウガのように力になりたい奴らがいる」
     御伽はサンに言うと、モノリスから白光を撃ち込んだ。
     咆哮とともに炎を放つサンの攻撃の後ろに、ひみかの歌が流れる。傷つき、炎をチリチリと上げていた御伽の傷も、明の火傷も癒えていく。
     その前に立った葵が、更にモノリスから力を放った。サンは息も絶え絶えで、何とか這うように立とうとしている。
    「君のガイオウガに対する強い畏敬の念は伝わってきたよ」
     葵が力を振り絞った一撃をサンに叩き込むと、最後に布都乃が鮮血の十字を背後に作り出した。
     赤いオーラが、サンを斬り裂く。
     最後に、ガイオウガを……見る事が出来ただろうか。

     果たしてイフリート達にとって、ガイオウガとは一体どれ程の存在なのか。御伽は無言で空を見上げて思案していた。
     こうしてそこに立っていても、ガイオウガの意思は感じられない。
     布都乃はそれが『絶対の王』だと思っていたが、イフリート達は漏れなくガイオウガに対して一定の感情を持っているように感じられた。
    「……こうまで忠誠を受ける王ってのも、ある意味凄ぇとは思うぜ」
     ダグラスが言うと、布都乃も頷いた。
     イフリートなら、それが分かるのだろうか。
     今それを御伽に聞いても仕方ない話だと、ダグラスにも分かっている。
    「我が身を捨てても構わないほどに、ガイオウガが大切なんですね」
     ひみかはそう言いながら、布都乃の傷を見た。
     前衛に立っていた布都乃や明は傷は深かったが、戦いさえ終われば後は癒えるのも早い。どうやら、重傷を負った者は居なさそうだ。
    「皆さんご無事のようで安心致しました」
     ひみかはふわりとマントを揺らして、立ち上がった。
     側で見守っていた右舷が、ふと空を見上げる。炎が消えた湖畔が、月明かりで輝いていた。目を細めて、右舷はキラキラ輝く池を見つめる。
    「綺麗ですね……本当に」
    「……暑いな」
     ぼつりと出たエアンの色気のない一言に、ひみかは抗議の視線を送る。無言で見守っていた明は、たまに声を掛けてそっと明かりを消した。
     暗闇を照らすのは、ただ月と星の明かりのみ。
     火は消え、ここは薄明かりに包まれた。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ