緋炎の豪勇、命燃ヤス時

    作者:御剣鋼


     ――早朝5時頃、大分県鶴見岳。
     朝焼けの中。一体の獣が緋色の残光を引きながら、力強く鶴見岳山頂を目指していく。
     否。只の獣ではない。5メートルはあろう漆黒の体躯には、朱色の縞模様が刻まれ、赤々と燃えるタテガミからは、見事な角が2本生えていた。
    『バルトロン、シロガネ、虎次郎、クロキバ……ツイニ、コノトキガキタゾ』
     仲間の悲願を叶える想いで登頂を終えた獣はブルっと体を震わせ、小さく小さく縮んでいき、半獣半人の少年の姿をとる。
     イフリート――ヒイロカミは迷うことなく山頂に立つ。そして、力強く握った剣斧を逆手に構えた時、不意にその動きが止まった。
    『武蔵坂ニ、借リ……返セナカッタナ』
     脳裏に浮かんだのは『武神大戦獄魔覇獄』のこと。他にも一緒に肩を並べて共闘したことや、街中で遊んだことなども、次々と蘇ってきて……。
     少年の口元が僅かに緩んでしまったのも一瞬、すぐに真一文字に結ぶ。
    『武蔵坂……強クナッタ。ダカラオレモ、アイツラ以上ニ、命ヲ燃ヤサナイト』
     山頂に向けて大きく深呼吸すると、より一層強くガイオウガの気配が感じられて……。
     武蔵坂の言う通りに生き続けた今、悲願が叶う。ただそれだけのこと。
     もう、何も難しく考えることはないのに、自然と力が入った。
    『オレハ、オレノ全テヲ、ガイオウガニ捧ゲルッ!!』
     ――血も肉も、知識も記憶も、想い出も、全てッ!!
     激昂の叫びをあげるや否や、炎を纏った剣斧が迷いなく小さな身体を貫く。
     喉元から腹まで斬り裂いた身体から激しく炎が吹き出し、瞬く間に業火に包まれた躯は、炎の塊に変わっていく……。
     そして、鶴見岳の大地に抱かれるように、ふわりと地面に吸い込まれていった。
     
    ●緋炎との決戦
    「ガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かっていることは、既にご存知の方も多いかと存じます」
     里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は資料を配り終えると、今もイフリート達が鶴見岳山頂で自ら命を断ち、ガイオウガと融合しようとしていることを告げる。
    「このままイフリート達が融合を続けていった場合、ガイオウガの力は急速に回復し、完全な状態で復活する可能性がございます」
     それを阻止するためには鶴見岳でイフリートを迎撃し、ガイオウガとの融合を防がなければならない。
     視線を上げた執事エクスブレインは、この依頼で対応するイフリートの名を告げる。
     ――ヒイロカミ、と。
    「ヒイロカミと武蔵坂の繋がりは長く、共闘が2回、交流も同じくらいでしょうか。他にも先代クロキバ不在の際には自ら仲間の連絡役を買っており、武神大戦獄魔覇獄では将の1人をつとめ、黒牙の力の継承を巡る戦いには、継承候補の一人として参戦しております」
     最初は血気盛んな子供に過ぎなかったイフリートも、灼滅者と交流し、数々の戦いに参戦し、仲間や友の屍を越えて茨の路を進む中、武蔵坂の灼滅者に対しては、敬意と畏怖に似た想いを強く抱いているという。
    「クロキバと共に軍艦島を攻めた後、道後温泉でいけないナースに籠絡されかけた事件では、灼滅者の介入に対して冷静にその場を離れておりますね」
    「いろいろあったし、武蔵坂を憎いと思っているのかな……」
    「報告書を見るかぎり、負けたり散々なのは自分達が弱かっただけだと吹っ切れております。むしろ、武蔵坂には一目置いている節があり、命を見逃して貰った借りを返していないことを、気にしているようでした」
     ヒイロカミが鶴見岳山頂に現れるのは、早朝の5時頃。
     少し足場は悪いけれど戦いに支障はなく、炎獣が居れば灯りも不要になるという。
    「この時間帯に山頂で待ち構えていれば確実に接触することが出来ます。悲願を目前にしたヒイロカミも避けたり撤退しようとせず、死力を尽くして戦おうとするでしょう」
     有力イフリートの1体を灼滅することが叶えば、ガイオウガ勢力の拡大阻止に大きく貢献することができる。
     しかし、ヒイロカミに対しては、それ以外の対応策が2つあるという。
    「ガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割があるということが、判明しております」
     これまで接触してきた灼滅者達の尽力もあり、友や先代クロキバが倒れた今も、ヒイロカミは武蔵坂に対しては穏健派であり、中立的な立場だ。
    「武蔵坂と関わりが深いヒイロカミにガイオウガへの伝言を伝え、敢えてガイオウガと融合させる選択肢も、あるかもしれません」
     その場合、山頂で接触したヒイロカミに更なる友好を深める働きかけや、伝えたい内容を確実に理解して貰うための準備が必要になってくるだろう。
     そして、3つめの対応策は……。
    「可能性は低いですが、ヒイロカミと強い絆を持つ方が説得することで、ガイオウガの一部になることを、諦めさせることができるかもしれません」
     ガイオウガの影響が強い場合は説得は通らないので、まずは手加減攻撃などでダメージを与え続け、イフリートとしての力を弱める事が必須になる。
    「特に、彼を説得したことがある灼滅者様の声でしたら、より強く届くかもしれませんね」
     幸い、ヒイロカミと武蔵坂が結んだ絆は強い。だからこそ、決して不可能なことではないと、執事エクスブレインは付け加えた。
    「今のヒイロカミは、仲間の屍と茨の路を乗り越えてきた戦士であり、武蔵坂をよく知るダークネスでもあります。戦いは厳しいものになりましょう」
    「人間形態では何度か打ち破っている相手とはいえ、油断しない方が良さそうだな」
     人払いは任せろと胸を張ったワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)に、執事エクスブレインは微笑み、深く会釈する。
    「皆様の武運を心よりお祈りしております、いってらっしゃいませ」


    参加者
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    ミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)

    ■リプレイ

    ●緋炎の豪勇
    「こんな状況でもなければ手放しに喜べたが」
     ――早朝、鶴見岳山頂。
     珍しく人の姿をとったセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)の瞳に、緋色の炎が飛び込んで来る。
     初めてみるヒイロカミの獣形態は、遠くでも良く見えた。
    「チャンスは一度っきりだ」
     自分が炎獣と初めて出会ったのは、彼が灼滅者のことに眼中などなかった頃。
     あの時は、ちっぽけな炎だった自分も対等に張れる程強くなり、再び彼の運命を変える機会に恵まれた。
     ――それを無駄にしたくない。
     時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)は、拳をぎゅっと握る。
    (「必ず止める、止めてみせる……」)
     狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)と彼の縁は、黒牙の力を巡る戦いでイフリート側に協力した時だけ。
     けれど、刑にとって救いたいと思うには、そんな些細な縁でも十分だ。
    「ヒイロカミくんの意思を尊重していきましょう」
     枉名・由愛(ナース・d23641)が振り向くと、支援のために集まった仲間が頷く。
     同時に。灼滅者達の存在に気付いた炎獣も、互いの間合いで足を止めた。
    『武蔵坂カ……』
     炎獣の瞳には一刻も早く進みたいという思いが、ありありと浮かんでいて……。
     それでも、王の膝元での撤退は許せないのだろう、逃げる素振りは見せない。
    「やぁヒイロカミ、覚えてるかな♪ 武蔵坂学園のミーシャだよ☆」
     以前キミと共闘して、友達になりたいと言った。
     そう明るく挨拶するミーシャ・カレンツカヤ(迷子の黒兎・d24351)に、彼は覚えていると返す。
    「久しぶりね、豪勇さん」
    「あの頃より更に強くなられみたいで」
     神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)が軽く挨拶したあと、瞳を細めて笑い掛けた仙道・司(オウルバロン・d00813)は、用件を短く告げる。
    「お話があります。聞いて下さい!」
    『断ル。オレハ急イデル』
     司の言葉から、簡単に通らせてくれないと悟ったのだろう。
     炎獣の体が一回り膨らむと、羽衣のような炎が体を覆い、臨戦態勢へと転じる。
    「黒牙の力を巡る戦いで見掛けたよ」
    『覚エテナイ』
     戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)の言葉にも、ヒイロカミは素っ気ない。
     死にいく自分に対話など無用だと言うように、炎獣は開戦の咆哮を轟かせる――!

    ●血戦
    「全ては儚く消え去るもの……」
     でも、それを許せるかどうかは別問題だ。
     武装を解除したミーシャは、逝かせたくない思いを込め、網状の霊力を叩きつける。
     獣の本性を剥きだした炎獣はミーシャの一撃を紙一重でかわすと、身に纏う炎を鞭のようにしならせて、後列を薙ぎ払った。
    「それがヒイロカミくんの本当の姿なのね、失望はさせないわ」
     由愛は、彼が命を賭けた想いを否定することはできない。
     だからこそ、自分達も共に歩めることを示してみせようと、立ち上がる力をもたらす旋律を響かせる。
    (「ボク達の戦い方をよく見てますね」)
     中衛から距離を狭めた司は、中段の構えから繰り出した斬撃で緋色の爪を狙う。
     力を削がれた炎獣が怯んだ一瞬に竜雅が滑り込むように肉薄し、渾身の力で斬艦刀を振り下ろした。
    『オマエノ戦イ方、見タコトアル』
    「それは嬉しいな」
     斬艦刀から繰り出した重い一撃を受け流されながらも、竜雅は口元を緩める。
     顔は忘れているかもしれないけれど、一緒に共闘したという記憶は、体に刻まれていたのだろう。
    「気魄系の攻撃は効きにくいですね」
    「此方も連携を意識していこう」
     蔵乃祐が槍の先から冷気のつららに変換した妖気を撃ち出し、獣形態で戦う炎獣に礼を尽くさんと鳥人の姿をとったセレスの木槍が、螺旋の如き捻りを描く。
     蔵乃祐とセレスの氷と螺旋の軌道を追うように、華夜が炎獣の懐に身を滑り込ませた。
    「神命、合わせて」
     華夜が繰り出した格闘術に合わせて、霊犬の荒火神命が刃を振う。
     一閃。右前脚に斬撃が深く食い込まれ、激しい火花が鮮やかに吹き出した。
    「殺意は無い、話を聞いて欲しい」
     刑は影の鎖で炎獣の左後脚を絡めとりながら呼び掛けるものの、相手は攻撃を緩める気配はない。
     反撃に転じようとした炎獣が後脚に力を込めた刹那、司の指輪から放たれた魔法弾が動きを阻害し、タイミングを合わせた竜雅が魔力の奔流を勢い良く叩きつけた。
    「少しは消耗してきたな」
     セレスが木槍の代わりに構えたナイフの刃がジグザグに変形し、炎獣の背を乱雑に刻む。
     怒りの咆哮をあげた炎獣は身に纏う炎を一点に集中させると、由愛に狙い定める。
     華夜が影で作った触手で動きを絡めとり、その隙に距離を狭めた刑がクロスグレイブを豪快に振り回した。
    「さあ、楽しみましょう?」
     ヒイロカミに遠慮は見られない。
     執拗に後列を襲う炎の奔流に片膝をつきながらも由愛は微笑み、もう一度味方を鼓舞しようとギターをかき鳴らした。
    「最初見たときよりももっとずっと立派になったね、とっても凛々しいよ、カッコイイ」
     果敢に挑む炎獣にミーシャも瞳を輝かせ、指先に集めた霊力で即座に由愛の傷を癒す。
    (「ダークネスの外見は、必ずしも実年齢とは一致しない。でも……」)
     蔵乃祐には、眼前の炎獣が年相応の子供にしか見えない。
     仲間が炎獣に贈る賞賛に、彼とはほぼ初対面になる蔵乃祐は、不思議に思いながらも影を伸ばした。
    「もう一息です」
     炎獣の猛攻に対して灼滅者達は状態異常中心の攻撃で、着実に手数を減らしていく。
     さらに、ほぼ同人数の灼滅者が支援に回っているため、安定した火力のまま炎獣の体力を削っていき。――そして!
    『マダダ……マダ、オレハ、戦エル!』
     華夜の乱雑な斬撃を受けて後脚にも深手を負った巨体が、どぅと地に崩れ落ちる。
     口元から洩れる獰猛さとは反対に、金の瞳からは徐々に興奮の色が消えつつあった。

    ●燻る炎
    「狂舞も言ったが殺す意思はない、落ち着いて話を聞いてほしい」
    『……ワカッタ』
     落ち着きを取り戻し始めたヒイロカミに、セレスがゆっくり話し掛ける。
     今なら話に耳を傾けてくれそうな雰囲気に、今度は竜雅が問い掛けた。
    「まだやり残した事があるんじゃないか? アフリカンパンサーにやられっ放しのまま、ガイオウガの力を取られたままでいいのか?」
    「クロキバが倒せなかった敵でも、イフリートと灼滅者が協力すれば勝てます」
     今は生きて、自らの手で誇りを取り戻して欲しい。
     竜雅と蔵乃祐の申し出に、ヒイロカミは暫く黙し……。
    『オレニハ、武蔵坂ノ全テガ協力シテクレルトハ、思エナイ』
     ――だからこそ、ガイオウガと1つになって、確実に俺達の敵を倒すッ!
     戦意が失われかけた瞳に再び闘志が宿り、炎の鞭が前衛を容赦なく薙ぎ払う。
    「そういえば、獄魔覇獄の共闘の橋渡しをしたのは、ヒイロカミさんでした……」
     前方から届く熱風の余波を司は片手で防ぎながら、唇を結ぶ。
     武蔵坂が共闘を断った前例をその身をもって知った炎獣に、力を借りたい、力を貸したいと言うのは、酷だ。
    「共闘に関わる話はしない方が良さそうだ」
    「そうね、スサノオとの交渉もどう転ぶかわからない現状では、止めた方がいいわね」
     共闘を持ち掛けることは説得として正しいし、良い手段だと刑と由愛は思う。
     けれど、今の武蔵坂の状況で話を持ち掛けるのは、双方にリスクしかないだろう。
    「慎重に体力を減らして、再度説得をしましょう」
     華夜を始め、諦めるものはいない。
    (「融合がイフリートの本懐なのは百も承知だ」)
     消えて欲しくないという思いが何処まで理解して貰えるかわからないのは、竜雅も織り込み済みだ。
     ――あとは。
     武蔵坂との交流で少しでも人間というものを理解してくれるようになっているのなら、それに賭けるしかない、と思った時だった。
    「その覚悟待って欲しいな、ヒイロカミ」
     後方から仲間に癒しを送り続けていたミーシャが、半歩前に踏み出したのは……。

    ●揺らぐ炎
    「ガイオウガ復活が悲願なのは知ってる。キミが自分の身を捧げれば、仲間への示しはつくけれど……クロキバでも果たせなかった事があると思うんだよ」
     真摯な眼差しで見つめるミーシャを、ヒイロカミは視線だけで威嚇する。
     そんなミーシャの援護をしようと、御伽、摩耶、采が前に出た。
    「よう、ヒイロカミ。久しぶりだな。俺らのこと覚えてるか?」
    「ムサシンジャーだ。大きくなったな、見違えたぞ」
     瞳に鮮明に映った3人の名をヒイロカミが呟くと、御伽は懐かしさに瞳を細め、想い出を懐かしむように呼び掛ける。
    「ヒイロカミ、お前がガイオウガの力になりたいってのは分かる。けどな、クロキバがいない今の状況じゃ、ガイオウガの力を狙う敵も多いんだ」
    「ガイオウガの一部となったら、出来へんこと知ってますで。彼の隣でかっこ良く戦えるのは、ヒイロカミさんしかいませんで」
     御伽がガイオウガが復活したあとを支える必要性を訴えると、采もヒイロカミのままでいることを優しく説いていく。
    『ガイオウガノタメニ戦ウ、カッコイイ……』
    「信じてる人に力を託すのもカッコいいけど、信じてる人を守り抜き戦う姿はもっとかっこいいと思うわよ?」
    「亡くなった仲間の分まで、一人の戦士として、戦いの行方を見ませんか? それはガイオウガさんの役に立つ事でもあります」
     華夜と司も言葉を重ね、セレスも彼が理解しやすいように、口を開く。
    「確かにガイオウガは強いのだろう、だが一人に全てを背負って貰うのは、大変だ」
     クロキバの代わりを頑張ろうとしていた、ヒイロカミならわかるはずだ。
     そう、口を閉じたセレスに、ヒイロカミはぎこちなく頷いた。
    『モット、俺ヲ頼ッテ欲シカッタ』
    「そうだな。そういう風に意見を言ったり、共に支える配下も大切だ。でも、皆が合体したら、そのような存在もいなくなる」
    「ガイオウガと合体すれば、ガイオウガが強くなる代わりに、守る者が減ってしまう」
     そうなれば、それだけガイオウガが危険に晒されてしまう。
     幾らガイオウガが強くても、倒されてしまう可能性が高くなると刑が告げると、ヒイロカミは怒ることなく俯いた。
    (「いけそうですね」)
     蔵乃祐も言葉を掛けるものの、ヒイロカミに響く様子は見られない。
     自身にある強い想いや考えを言葉に乗せても、彼は蔵乃祐のことを知らなすぎたのだ。
    (「生きて欲しいと願うのは、わたしたちのエゴかも知れないけれど」)
     重ねた思い出と一緒に、後悔は残り続けるもの。
     だからこそ、由愛は今できることに全力を注ごうと、説得に回った味方の分も回復に帆走していて。
    「ヒイロカミだからこそ出来る事、もっと色々あるんじゃないか?」
    『オレダカラ、出来ルコト……』
     今出来ることは、融合だけではないはずだ。
     直哉の後押しに、ヒイロカミは難しそうに「ウーン」と、眉間を寄せる。
    「キミ自身の手で蹴りを着けよ? その方がずっともっとカッコイイと思うの」
    「ガイオウガの戦士は、主を守らなきゃ。選ぶのは自分だから、後悔しないでね?」
     ――ガイオウガではなく、キミはキミとして戦って欲しい。
     ミーシャの力強い呼び掛けに、ミカエラも積極的に前に出ると、そっと言葉を乗せて。
    「おまえに伝えたいことはたくさんあるが、もう少し簡単にした方が良さそうだな」
     武蔵坂の総意に関わる内容では、ヒイロカミは納得しない。
     摩耶は周囲を見回すと、清々しい笑みで口を開いた。
    「簡単に言えば、私は、おまえが好きだということだ。そして、ここにいる皆もな」
     ――おまえが消えると、私達は悲しい。
     その言葉にヒイロカミはここに集った全員を見て、初めて瞳を瞬かせた。

    ●緋炎の決意
    「ボクはキミという存在に居なくなって欲しくない」
     ――ガイオウガではなく、武蔵坂と多くの絆を結んだ、ヒイロカミが好きだ。
     ――もっと一緒に遊びたい、仲良くなりたい、獣姿もふもふしたい。
     だからこそ、ここで終わりになんてして欲しくないッ――!!
    「ヒイロカミ、キミ自身を失いたくないの、キミが大好きだから!」
     一目惚れに似た告白と共にヒイロカミの前脚に抱きつく、ミーシャ。
    「ボクもヒイロカミさんに死んで欲しくない、貴方と一緒にまた遊びたいんですっ!」
     司も理屈ではなく、想いがあって此処に来たんだと叫ぶ。
     死んで欲しくない。ヒイロカミを気に入って、好きで、ずっと一緒に居て欲しいからここに来たのだ、と。
     そして、もう一度、この言葉を。
    「今度こそお友達に……なりましょう?」
    『オレハ、ダークネス、ナノニ……』
     真剣な瞳で見つめる司とミーシャに、困惑したヒイロカミは周囲を見回す、が……。
    「……ぐだぐだ言ったが、私もヒイロカミにまだ、そのまま生きてほしいんだ」
     虎次郎には届かなかったからこそ、セレスには思うものがある。
     いなくなるのは哀しいこと。できることなら、生きて新たな道を選びとって欲しい。
     そして、セレスは願う。――願わくば、友として共に歩んでいければ、と。
    「オレはもう、知っている人を失いたくないんだ」
     もう、小さな縁すら諦められなくなっているほどに……。
     刑の言葉は淡々としていたけれど、そこには深い罪悪感のようなものが感じられて。
    「もう一度一緒に戦おうぜ」
     竜雅は最初の出会いで仲間を傷つけた敵は自分の手で倒さないと気が済まない、ヒイロカミの気骨を知った。
     そんな芯の通った奴だからこそ、あの時、種族の壁を超えて共闘したいと思ったのだ。
    「ヒイロカミさん、これだけの人が集まったの、なんでやと思います?」
     困惑したままのヒイロカミに、采は微笑む。
     みんな、これからも一緒に居たい、遊びたいのだ、と――。
    「合体を止めるつもりはないわ、それは大切なことなのでしょうから」
     でも、お別れが寂しいというのも本音だと、由愛は微笑む。
    「だから最後に確認させて欲しいの。ヒイロカミくんに、クロキバの遺志を受け継ぐ気はあるかしら?」
    『遺志ハ武蔵坂ガ継イダハズダ。……話シタイコト、コレデ終ワリカ』
     由愛の質問を聞いて我を取り戻したのだろう、炎獣に戦士の貫禄が戻る。
    「あとは、ヒイロカミ次第です」
    「納得出来ないなら、止めはしないわ」
     皆で最初に決めたのは、ヒイロカミの意志を尊重すること。
     全員が与えられた役割をやり遂げたことを信じて、蔵乃祐と華夜は言葉を結ぶ。
     既に、戦いの剣戟は鳴り止んでいた。
    『ガイオウガト、一ツニナリタイ想イハ、変ワラナイ』
     ――けれど、でも。
     辿々しく言葉を零した炎獣はブルっと体を震わせ、小さく小さく縮んでいく。
     少年少女達が知る半獣半人の姿をとった少年は、何かを決心するように顔を上げた。
    『誰カヲ失ウ悲シミ。一緒ニイタイ想イ、ワカル。……オレモ、タクサン失クシタ』
     かつて、そこに在るだけで、疎まれた。
     自らも制御出来ない力を持て余して、涙し、そして全て失った。
     そんな己の炎と力を全て受け止めてくれた居場所と恩人も、今はなくなってしまった。
     ――だから。
    『オレハオレノママ生キル。ソレガ、ガイオウガト『ミンナ』ノタメニ、ナルノナラ』
     裏切り者とか、無様だと罵られようとも構わない。――クロキバなら、きっと。
     その意味を皆が理解する前に少年は立ち上がり、山頂とは反対方向へと歩き始めた。
     
    ●少年と共に
    『チカラト炎ジャナクッテ、オレガイルッテ言ッテクレタコト、ウレシカッタ』
     ――ありがとう。
     そう短く呟いたヒイロカミは一度だけ山頂を見返すと、山を駆け下りていく。
     あっという間に小さくなろうとした背中に、采と竜雅は即座に言葉を掛けた。
    「ヒイロカミさん、武蔵坂学園で武者修行しませんか?」
    「学園にいる方が、敵と戦う準備も整えやすいぜ?」
     采が微笑むと、彼の足元の霊犬も尻尾揺らして、お誘いのお願いを……。
     竜雅が重ねた言葉にも、ヒイロカミは満更でもなさそうに、足を止めた。
     何よりも、次々掛けられた「一緒に行こう」という言葉と熱意が、心地良かったから。
    「一緒に生きましょう、わたしは貴方のことが大好きよ」
    「一緒に行こうヒイロカミ」
     戦いの前に目線の位置にあった太陽は、既に高く昇っている。
     手を差し伸べた由愛とミーシャに、ヒイロカミは瞳を柔らかく細めて、首を縦に振る。
     沈黙が落ちたのも一瞬、瞬く間に大きな歓声が包み込んだ。
    「ヒイロカミさん、念のためにこれを……」
    『ヨシ、武蔵坂マデ競争ダ!』
     司が差し出した変装用の服を見るや否や、ヒイロカミは勢い良く山を駆け下りて行く!?
     まるで、鬼から逃げる子供のように……。
    「そういえば、前に服は「チクチクスル」と嫌がっていたな」
     摩耶が呟いた一言に、しまったッと崩れ落ちる司。
    「まあ、人間形態で走っている辺り、分別はしてくれてるみたいだな」
    「ふふっ、成長してるわね、豪勇さんも」
     周囲を警戒していたワタルと華夜が急いで追い掛けると、少年の好物と思われるココアを準備していたセレスと御伽は、顔を見合わせ苦笑する。
     そんな光景を直哉とミカエラが嬉しそうに、刑が満足そうに眺めていた。
    「上手くいったな……」
    「先程の決意を見る限り、怒られても平気そうですね」
     刑が短く洩らした言葉にも、喜びが籠められていて。
     自分達が示し、ヒイロカミが決断した『路』は、新たな茨の道かもしれない。
     ――それでも。
     これからの未来か可能性に繋げられたことに蔵乃祐は安堵し、晴れ渡る夏の空を見上げたのだった。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 10/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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