シリウスのたてがみ

    作者:菖蒲

    ●Crest
     あたたかな場所に隠れ潜むのはもうやめた。
     気配がする、あの方の――おのれの心を薙がせる焔の王『ガイオウガ様』の。
     言葉にすること無くとも、その想いを膚からひしりと感じさせた灰の毛並みに焔を纏わせたイフリートは喉をぐるると鳴らす。
     一等星にも似た青白い奇妙な色の瞳は己がガイオウガの眠る鶴ヶ岳を見据えている。
    「ガイオウガ」
     目が覚めたと言うなれば、ソレはどれ程の幸運であろうか。
     やわらかな土を踏みしめ、一歩一歩と鶴ヶ岳を昇り往く。闇に紛れることなく一等星の様な輝きを持った我が親愛なる王――アオボシは歓喜に踊る様に走り往く。
    「今こそ、今こそガイオウガの御許に――! おのれを力としてください!」
     それは叫びにも似た、イフリートの想いだった。
     ぐ、と己の胸に差し込んだ一撃がどろりと焔を産み出した。震える両の脚が力なく地面へと落ちてゆく。
     焔がイフリートの身体を包みこみ、地面へと吸い込まれる様に彼は消えた。
     

     大淫魔サイレーンとの戦闘の後、第二の目標としてイフリートを照射した武蔵坂学園には僅かなどよめきが広がっていた。
    「まずは、サイレーンとの戦闘お疲れ様なのよ。あと、大切な選択もお疲れ様」
     サイキック・リベレイターの照射により、ガイオウガの復活を感じとったイフリート達が鶴見岳へと向かっていると不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は資料をぎゅ、と抱き締めて灼滅者達を見回した。
    「鶴見岳に向かったイフリート達は、ええと……山頂で自死して、ガイオウガの力と合体しようとしてるみたい、なの」
     武神大戦獄魔覇獄での敗戦、アフリカンパンサーに敗北した事を受け、日本各地で息を潜めていたガイオウガ派――イフリート達は鶴見岳で復活しようとするガイオウガの力に合体し、ガイオウガの力を急速に回復させようとしている事が推測された。
     自死、という言葉に些か不快感を抱く真鶴は資料へと視線を落とす。金の瞳は不安げにゆるりと揺れた。
    「一番大切なのにはガイオウガと合体を繰り返せば力を急速回復して、完全な状態で復活しちゃうかもしれないことなの」
     武蔵坂への大打撃に成り得る可能性がある――淫魔の様に、首領が目覚める前に力を削げたなら有利に闘いを運ぶ事が出来ただろう。
     しかし、そうなる前に『ガイオウガが復活』してしまえば戦況の悪化が想定される。
    「みんなにお願いしたいのは鶴見岳でイフリートを迎撃して欲しいの」
     ――ガイオウガとの合体を、防がなければならないのだ。
     鶴見岳に向かっているのは灰の毛並みと鋭い角を持ったイフリートの青年だそうだ。その性質は普通のイフリートと違わぬ暴虐さを所有しているが、ガイオウガには忠誠を尽くして居るのだと真鶴は告げた。
    「名前は、アオボシ。彼は夜の闇の深い時間に鶴見岳に現れるの。
     だから夜に山頂に程近い場所で待ち伏せすれば彼とは会えると思うの」
     ガイオウガの為に己を与えるという目的に程近い場所。そして、忠誠心の塊であるイフリートにとって、その場所から撤退せずその力の限り戦い続ける事が考えられる。
    「イフリートを灼滅する事が出来たら、ガイオウガの力を増す事を阻止できるのよ。
     あ、でもね、合体する事でガイオウガの一部になるイフリートは、その知識とか経験とか……気持ち、も。ガイオウガに伝える役割もあるみたいなの」
     眠りから目覚め、周囲の状況をしっかりと把握する為に。
     学園に友好的なイフリートであれば、ガイオウガへの伝言を頼む事が出来る可能性もある。その選択肢を取るには迎撃し友好を深めることや伝えたい内容を確実に理解して貰う必要があるだろう。
    「灼滅か――言葉は、悪いけれど利用させて貰うか、なの。
     キチンと言葉を伝える為にはそれなりの備えが必要になると思うのよ」
     相手は理性を喪った獣。友好を深め、どの様な言葉を発するか一つひとつを想定しなければならないだろう。
    「えと、それから……わたし達と強い絆を持てるイフリートなら説得することもできるの。
     ガイオウガの影響が強い場合は不可能だから、手加減攻撃とかでダメージを与えてイフリートとしての力を弱めなきゃならないの」
     ガイオウガと一つになる――多くのイフリートの語った事象がどういうものかを今になって初めて理解できる。
    「自分を殺してでも力になりたいって、どんな気持ちなんだろう?
     ……わたしたちも、日常を護る為に何かを選ばなくちゃならないのね」
     だから、いってらっしゃい――どうか、より良い未来の為に。


    参加者
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    穂都伽・菫(煌蒼の灰被り・d12259)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)
    氷月・燎(大学生デモノイドヒューマン・d20233)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    上里・桃(スサノオアルマ・d30693)

    ■リプレイ


     月は、地球から見れば太陽の次に明るく白く光る星なのだという。
     月の如く、蒼褪めた髪を夏の温い風に遊ばせて白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は鶴ヶ岳をカンテラで揺らした。
     覚束無い足元を冴え冴えと照らした月は、星々の輝きさえも隠してしまう。まるで、星を呑み喰らったかの様に明かりは降り注いでいた。宙には天蓋、足元には大地の鼓動を感じ上里・桃(スサノオアルマ・d30693)は緊張を解す様に息を吐く。
     頭上で揺れた獣の耳がぴくり、と動き何処からともなく聴こえる息遣いとのそりとした足音に備える様に尻尾が赤い羽織の中で揺れた。
     遠く、峠を昇る宿敵の姿をその両眼に捉えた中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)はケミカルライトを握りしめる指先に力を込める。幼い頃から胸中で温め続けた『正義』という言葉――銀都にとって己の正義は誰かにとっての悪である事は重々承知の上だ。
     ガイオウガの元へ向かわんとし、命を投げ売ろうとするイフリートを止めたいと願った仲間達は『自死』という言葉に嫌悪感を感じているのだろうかと穂都伽・菫(煌蒼の灰被り・d12259)は夏の月を見上げた。
     灰に僅かな光りを差して蒼銀の如く輝く菫の髪先を擽ったのは僅かな自尊心。
     卑下する訳でもなく、蔑ろにするわけでもない。もしも、菫が『彼』だったならば、好んでその心を差しだす事位分かり切っていたのだ。真白のカソックに身を包みシンデレラを眺めたリーアは彼女の肩にそっとその掌を置いた。
    「不思議だよねえ。好きだから死んじゃうってえ」
     冗句めかして、ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)はこてりと首を傾ぐ。
     痩躯に刻み込まれた傷は全て己が己の為に付けた標。陶器の様な真白の肌を月に晒して彼女は含み笑いを押さえきれないと口元を緩めた。
     ガイオウガの為に死ぬ。
     もしも、この場に現れたイフリートがチャシマであったならばアイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)は迷うことなく親愛の言葉をかけた事だろう。
     脳裏に浮かんだ猫イフリートの姿。アイリスが出会う日もそうは遠くもないだろうが――今は、この場へと近寄ってくるイフリートの対応が先決だ。
     鼻を鳴らして、氷月・燎(大学生デモノイドヒューマン・d20233)は「説得しようとしても、相手はダークネスなんやなぁ」と怪しげな関西弁を流暢に漏らした。
    「アイツは、死のうとしてるんやんな?」
     戦闘を回避し、ガイオウガを知る機会に彼を利用しているのかもしれない。
     漠然とした不安を拭えないまま、燎は死に場所と鶴見岳を選んだイフリートと対峙した。


     表情は変わらない。警戒心を露わにしたイフリートの燃える鬣へと視線を向けて片倉・純也(ソウク・d16862)は「アオボシだな?」とゆっくりと、それこそ『子供に諭すよう』に声をかけた。
    「ああ」
    「俺は片倉純也。武蔵坂学園の灼滅者だ。……ガイオウガの戦士と見て声をかけた」
     僅かに頭を垂れ、武器を地面へと置いた純也は戦意と敵意がない事を表す様にアオボシへと向き直る。
     燃え滓の様な灰の毛並みを風に揺らしたイフリートは未だに警戒を解かずに「せんし」と言葉を繰り返す。
    「同じく、武蔵坂学園の灼滅者で人狼の上里桃と申します。ガイオウガを知る為に来ました」
    「ガイオウガを? すれいやーが……」
     何の用だと、その表情から嫌疑が醸し出される。信仰ともとれるガイオウガへの思いを掲げた彼ならば最もな反応だろうと菫は大きく頷いた。
    「あなたと闘うつもりはありません、邪魔もしません。だから、どうかお話しさせてもらえませんか?」
     桃の自己紹介に続き、菫も己とリーアについて説明する。足元で心絵が揺れ、霞み消える。武器は敵対の証だろうとモットーとした彼女は礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
    「私達は沢山の脅威と関わってきました。だから……その話しを、したいんです」
    「うん。悪意も、敵意も、何もかも、ないわ。ヤナもスミレも、お話しが、したい」
     ジェードゥシカと己の事を紹介し、夜奈は月白の帯に指先で触れる。
     袖で指先を隠し、夜奈は複雑な心境を飲みこむ様に唇を引き結んだ。ガイオウガとその派閥のイフリート達――彼らが夜奈の中での優先順位が低く、且つリベレイターが『自死』へと追い込む一手となったのではと彼女は花瞼を落とす。
    「アオボシ……名前はあってる?」
    「ああ、おのれはアオボシという」
     たどたどしく、ガイオウガが為に言葉の勉強をしたのだという彼は大人びた口調で幼い子供のように思考を吐露する。『灼滅者』は敵ではないのか――イフリートにとって、脅威ではないのかと問い掛ける様にアオボシは声を震わせた。
    「はなしをきこう」
    「ああ。まずは自己紹介だな! 平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都だ。
     アオボシ、話しを聞いてくれるだけでとても嬉しい。一先ずは、攻撃も無しだ、よろしくな!」
    「あやしければ、すぐにこうげきする」
     獣の呻き声が咽喉元から漏れだす。銀都は大きく頷き、照明を岩の上へと置いた。
     一時的な休戦に応じたのは、灼滅者達が折り目正しく応対したからだろう。無論、武器を足元へと置いて対話に来たのだと交渉を開始した行為は危険と隣り合わせだ――相手が、ダークネスであるという事を考えれば、灼滅者とて不安が感じられる事だろう。
    「ああ、それでええ。邪魔しにきたんや無い事と、アオボシとガイオウガに知っておいてほしい事があるって事だけ、理解してくれれば嬉しい」
     焔の灯りに照らされながら、目映い火が僅かに燻ぶっている様子に燎はゆるりと目を細めた。
     これから死にゆく獣。否、それは元はと言えば人であったのかもしれない。
     唇を僅かに湿らせて、燎は「アオボシ、納得してくれたか」と問い掛ける。毅然とした彼はガイオウガの為になるという言葉に大きく頷くのみだ。
    『ガイオウガの為』――それは、ある意味で存在意義なのかもしれない。だが、彼がこれから向かうのは予想もしない無だ。燎の心で死と言う漠然とした概念が恐怖となって首を擡げているのだ。


     どこか、ダークネスの如く傷を負った外見に、へらりと浮かべた無垢な子供の様な笑顔はアンバランスさを感じさせる。イフリートを見詰めるハレルヤは人好きする笑みを浮かべながら「えっとぉ」と首を傾いだ。
    「アオボシは、ガイオウガのコトが『好き』、なんだねえ」
    「応」
     大きく頷き、当たり前だと言う様にアオボシは尻尾をぱしりと動かした。ハレルヤは「うんうん」と小さく頷く。
     他者との協調を得意としないと自負するハレルヤにとってイフリートの交渉は中々に難しい物があったが、彼女にとっての『信念』は決まっていた。
    「勿体ないなあ。こんなにキレイなのに、なくしちゃうなんて……」
    「おのれが、キレイか」
     たどたどしく、しかし、流暢に。アオボシはハレルヤの言葉を理解して反応を返す。
     勿体ないの言葉に僅かに表情を曇らせる彼へハレルヤは「キミは、ボクの知らない物を持ってるカラ」と笑みを零した。
    「誰にでも出来る事じゃないよお。誰かの為に死ぬなんて――ネェ、スミレ」
    「……はい。大切なものに命を賭ける。私だって、いつだって守りたい物の為にこの身を賭けています。
     だから、せめて私達の所有する情報を、持っていって欲しいんです。ガイオウガのために」
     これは、自己満足ではないのだとハレルヤと菫は云う。灼滅者の所有する情報はガイオウガにとっても有益だと、アプローチをかけて。
     自己紹介と共に「あたし達はクロキバやチャシマ、アカハガネたちと交友があった」とアイリスはイフリート達との関わりを口にした。
    「あたしは、情勢を考えてガイオウガと友好を結ばせて貰いたいと思ってる。
     武蔵坂にも様々な考えを持っている人がいるから、個人として――となるけど」
    「ガイオウガとむさしざかが『友好』を個人とむすんで益があるか」
     それは、組織規模の戦いであるとアオボシが把握しているからこその返答だったのだろう。
     アイリスの表情が僅かに曇る。出来得るならば、友好を結んだチャシマ達縁故のあるイフリートと闘いたくないとその一心で彼女は声を震わせた。
    「ああ。学園のイフリートの対策を統一しなくては難しいのはわかる。
     学園は一般人被害を抑える様に動くが、王が既知の戦士たち同様人命を気にしてくれるか……それが気がかりなんだ」
     だからこその、停戦。だからこその、友好。
     純也はアオボシがどうして王を思い慕うのかが知りたいという。復活時のエナジーを狙われるという現象が差し迫っている事だろう。だからこそ、『守る手立て』として自身らを手足と使う事を提案した。
    「おのれにはガイオウガの本心はわからん」
    「そんなに好きなのに?」
    「このましいあいてのおもいを、皆はわかるものか」
     吐き捨てる様に、眠りについた麗しの王の名を呼ぶアオボシは、彼は強大な力を所有した王者だからこそ、理由など無いのだと鬣を風に揺らす。
    「ガイオウガ様が悪事に加担するのだけ、止めて欲しいんだ」
     悲痛な銀都の言葉に「おのれ一体では微力だろうが」と何処か戸惑った様に言葉を漏らした。
     確かに、その想いを感ぜられることだろうが、ガイオウガそのものの方針を変えるには自分だけでは難しいとアオボシは呟く。
    「尊敬する人を悪者にしちゃいけない。……それに、友達になりたいんだ」
     アイリスが言う友好と銀都のいう友達。その二つに何処か戸惑いのまま首を振りアオボシは黙り込んだ。
    「アオボシは、死ぬのは怖くないんか?」
    「応」
    「……お前がそんなに忠誠誓ってるんやから、ガイオウガはええ奴なんやろなあ」
     ガイオウガの素性を探るが為、戦闘を回避したという目的意識の中、どんな奴なんだと燎はアオボシへ問い掛ける。
     王は、まるで一等星の様な人だと。
     アオボシが告げた言葉に夜奈は「アオボシは星の名前なのね」とぽつりと漏らした。
    「冬になれば、よく空を見て探すわ。すぐ見つかる位、まぶしく輝く青い星。
     シリウス――焼き焦がすものという意味の、イフリートのあなたにぴったりの名前ね」
     柔らかな声音は僅かに、その感情を吐露させた。流れる蒼銀の髪を見詰めてアオボシは頷く。
     素敵な名前だと微笑む桃に彼は名を褒められた事からか彼女へと話しを促した。
    「アオボシさんが言う様に、学園は様々な思考があって、私達が話しを聞くだけです。
     イフリートに憾みを持つ人だって居ます。戦おうとするかもしれません……けど」
     イフリートを標的に選んだことは学園の総意ではないと桃は云う。
     ただ、断言できるのは武蔵坂は仲良くなったダークネスに優しいのだと桃は付け加えた。
     クロキバ、ラブリンスター、天海。彼らは何れも学園とは友好的な位置づけだったのだ。
    「ガイオウガさんと、仲良くなりたい。傷つけあいたくはないです」
    「そう。それに、学園は沢山の情報を、もってるよ。
     白の王・セイメイを討ち取った。もう彼は居ないし、羅刹も勢力図から言えば力を弱めてる。
     それに、サイレーンを含む淫魔も居なくなった――ソロモンの悪魔やアフリカンパンサー、スサノオの姫がガイオウガを狙ってる」
     桃の言葉を捕捉する様にアイリスは己の持ち得る情報全てを口にした。
     1月に怒った大規模召喚。ソロモンの大悪魔18柱を相手に10柱を灼滅したと菫は云う。
     弱体化している相手全てを灼円つ出来た訳でもない――全力で戦った学園の成果はそれだけなのだと。
    「相手はそれほどまでに、強力なのですよ。貴方達が強いのは重々承知しています。
     でも、同時に油断した者の末路だって沢山見てきました。護りたく、ないですか……?」
     大切な人を、手を伸ばして。アオボシはゆっくりと目を伏せる。
     闘いを選ぶこと無かった灼滅者達の横をすり抜けて、のそりとその巨躯を揺らしながら。
    「ねえ、キミがどう思ってるかしらないけどボクはキミのこと好きだって思うよお」
     真似事かもしれない。それでも――死んでも良い程に、その想いを汲める相手がいるのはどの様な感覚なのだろうか。


    「もう、いくの?」
     怜悧な瞳に僅かに差し込んだ翳は、アオボシにも察せられた。
     死なないで、と口にしないだけで夜奈は『死』を求めて欲しくないと友人の様に話すのだ。
    「おのれに情けをかけるか」
    「別に。ヤナは、よわいままでいたくないし、ほかの目的があるから」
     祖父を殺した仇。彼女の想いをくみ取る様に、露軍の様相をした祖父が肩へと触れる。
     ここで死なないでと止めたならばアオボシは牙を剥く事だろう。ならば、その言葉を発さないまま、終わりにしよう。
    「これ、友情の証で……」
     そっと差し出す銀都へと視線をくべたアオボシの瞳は、深い夜の色をしていて。
     間近で見つけられた銀都が肩をびくりと揺らした。友達になりたいと――その言葉に了承は返って来ずとも、彼が死にゆくならば手向けとして渡したいのだと彼の信念たる『正義』と描いたバンダナを差し出して。
    「おのれはガイオウガがいればいい。ゆうじんにはなれん」
    「それでも」
     声を震わせる銀都に背を向けたアオボシを見遣って純也は彼が心酔しているのはファフニール等の例から漏れたものなのだろうと感じた。
    「アオボシ、よく聞いてくれた。ありがとう」
    「かまわない」
     不意、と顔を逸らせるアオボシは己が為にガイオウガへと心酔し、己の為に死にゆくのだろう。彼の性質と自身が何処か似通った気がして純也はその姿を見送った。
     焔の獣は決して理性的では無かったのだろう。只、ガイオウガという存在が彼を律した。
     死に至るその瞬間まで、目を逸らさないと桃は出来得る限りの『敵意』と戦意を捨て去る様に脱ぎ捨てた赤い組み紐へと視線を落とす。
    「死んでしまうのよね」
     死は必ず訪れる――メメント・モリの言葉を口にする事の多いアイリスにとって漠然とした死は身近なモノなのだと感じさせる。
     死は何時だって隣合わせだ。生存戦争が為の一手で何時の日か、誰かが死ぬのかもしれないとアイリスは瞬いた。
    「助けて、くれるのだろうか」
    「わからない、けど……」
     彼が死を選ぶことに違いはない。様々な想いを受け取るであろうガイオウガがどの様に感じとるのか、桃には未だ分からない。
     灰の毛並み、一等星の様な輝き。
     彼の名を「シリウス」と呼んだ夜奈の言葉にイフリートは嬉しげに雄叫びを返す。
     彼が敵味方どちらであれど――手を伸ばしていたい。追い掛ける様に、追い抜けるように、誰にも負けぬスピードで時は流れていくから。
    「スミレは、誰かの為に死ねる?」
     何気なく問われたハレルヤの言葉に僅かな目配せを一つ返して菫は頂上を見遣る。
     煤けた灰の毛並みを覆った焔の色がその両眼に焼き付いた。
     ――そして、星が一つ燃え尽きる様に消えて行った。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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