●とおくのおおかみ
中部地方のとある休火山。山頂にほど近い岩場から、突如炎が吹き上がった。周囲を一瞬にして燃え上がらせた炎は赤々と燃え盛る。その中心に立つ影は――馬よりもまだ大きい体躯を持つ事を除けば――狼に似ていた。太い四つ足で踏みしめられた岩が、ぴし、と音を立ててひび割れる。大狼は、ゆらめく熱量とともに空へ向かって咆哮した。
『ォォォオオオオオ――――ッッ』
高く遠く、遙か棚引く雲間に吸い込まれるかのように、響く。山の木々は炎に炙られたかのように激しく揺れ、大地が微かに鳴動する。
遠くから迫り来るような地鳴りに紛れるように、獣の荒い息が炎となって吐き出された。揺らぐ炎の一旦は、獣の毛並みから直接燃え上がっている。紅蓮と橙の絡まり合った火炎は、頭頂から背中、そして尾まで続くたてがみのようだった。それはまるで獣の心を表すかのように荒々しく踊る。たてがみから産み出されたひときわ濃い炎が、周囲を明々と照らし、容赦無く焼き焦がす。
炎の中、翡翠色に輝く狼の眼光が、遠く空を見上げた。意思を宿した瞳で、まっすぐに彼方を見据える。
――トドケ、トドケ、ガイオウガ二!
獣は、己の尾を追うようにぐるり、とその場で一回転した。落ち着き無く火炎混じりの呼気を吐く。再び空へ向かってとおぼえする大狼に呼応して大地の力が集う。その炎は、長く眠りについていた火山を目覚めさせようとしていた。
●おおきなとおぼえ
「サイキック・リベレイターを使用した事で、イフリート達の動きが活発化しているようです」
不安そうな表情で、園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)は続けた。
「日本全国の休火山の一部で、イフリートの出現が予知されています」
現れたイフリートは、休火山に眠る大地の力を活性化させ、その力をガイオウガの復活に使用する為、山頂地域で炎の力を使用しているようだ。このまま、放置すれば、ガイオウガの復活が早まるだけでなく、活性化された大地の力により、日本全国の火山が一斉に噴火するような事態が発生してしまう可能性がある。
「その前に、休火山に出現したイフリートを、灼滅して欲しいんです」
現れるのは巨大な狼型のイフリート。攻撃力が高く、巨体に見合わぬ素早さを有している。ファイアブラッドのサイキックと似た力を使う事が分かっている。
「イフリートの目的は、ガイオウガの為に大地の力を集める事です。だから、その邪魔をする者を、絶対に許さないと思います」
眉根を寄せた槙奈が、心配そうな顔を一層曇らせた。イフリートは、決してその場から逃げる事無く全力で抗ってくるだろう。
「このまま放置すれば、全国の火山が爆発してしまうかもしれません。それを防ぐためにも、灼滅しなければ……」
槙奈がどこか哀しそうに、瞳を揺らした。
参加者 | |
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エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742) |
時浦・零冶(紫刻黎明・d02210) |
向陽・英太(春色ひだまり・d03488) |
渡橋・縁(神芝居・d04576) |
塚地・誇(空の蒼を・d19558) |
七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540) |
マギー・モルト(つめたい欠片・d36344) |
神無月・優(殺意に彩られたラファエル・d36383) |
●おおかみのこえ
長く静かだったはずの山は、不安めいたざわめきでひっきりなしに木々が揺らいでいた。その中心にいるのは、イフリート。巨体は炎に包まれ、遠目からでもハッキリと見える。遠く咆える狼の声がするたびに、固い地面がわずかに揺れる。ころころと落ちてゆく小石を塚地・誇(空の蒼を・d19558)が視線だけで見送り、もう一度山頂へと目を向けた。
(「綺麗な狼……」)
ごくごく小さな呟きは、大地の唸りと木々のざわめきにかき消された。
灼滅者達は、静かにイフリートへと忍び寄っていた。幸いにも大地の力を集めるのに気をとられており、予想よりは容易に近づけそうだ。――足場の悪さを除けば、だが。
(「不意をつこうって言い出したのはオレだけど、ちょっと悪い気がしないでもないんだよね」)
ちょっとだけ困ったように眉を寄せて、エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)がひとり胸の中で呟いた。
(「ワルイことしたいわけじゃないだろーし、ガイオーガ起こそうとしてるのオレたちだし……」)
ここからは、イフリートの揺らめく尾がよく見える。山が低く唸り始めているかのような、不穏な音が辺りに満ちている。火山が目覚めるまで、猶予はあまりなさそうだ。
(「……けど、人間が住めない地球にされても困るしなー。ゴメンね!」)
胸中のちょっとしたもやもやに決別し、軽い口調のまま小さく謝罪したエルメンガルトが振り向くと、準備万端の仲間達がいる。目線だけで頷き合って、再びイフリートの背中へと意識を戻す。ふと、時浦・零冶(紫刻黎明・d02210)が手元の懐中時計に眼を落とした。
(「ガイオウガに力を与えんとする炎の狼ね……さて、どんな時間になるかな」)
意識がそれたのは一瞬で、すぐに蓋を閉じてポケットに捻じ込む。
飛び出したのはほとんど同時だった。
エルメンガルト、そして渡橋・縁(神芝居・d04576)が真っ先にイフリートへと肉薄する。縁の手にしたダイダロスベルト『八色雷公』がひるがえる。二人同時に放たれたレイザースラストは、狙い違わず炎の狼を撃った。
「?!」
突然の攻撃に、イフリートは実に獣らしい驚愕の声をあげた。しかし慌てて身を翻すのも間に合ない。七夕・紅音(狐華を抱く少女・d34540)の妖の槍、妖祓刀『桃華』がしなやかな腕から突き出され、炎を割って穿たれる。
「何ダ?!」
急襲に狼狽え、咆える。その真正面に立った神無月・優(殺意に彩られたラファエル・d36383)が、眼鏡を外した。下から現れた、畏怖を抱かせるほどに鋭い目がイフリートを見据える。
「『さぁ、美しく散らそうか』」
解除コードと共に優の背で白い翼が炎に揺れる。すぐさま襲いかかろうとしたイフリートの爪は、しかし優の両脇から飛び出した誇とマギー・モルト(つめたい欠片・d36344)によって阻まれる。間髪いれず、零冶と向陽・英太(春色ひだまり・d03488)から伸びた影がイフリートへと襲いかかった。二人がかりの影縛りに絡め取られ、避けようもない近距離からエアシューズを加速させた誇の蹴りを、そしてマギーの斬撃を喰らう。続けざまの攻撃に耐えかねて、イフリートが巨体を素早く後退させる。
「ナニモノ……ッッ、灼滅者カッ!!」
苛立ちまぎれに大きく振られた尾から、炎が宙に跡を引く。熱が一層上がる中、イフリートと灼滅者は向かい合った。
「誰かの為に頑張りたいって気持ちはヒョーカしたいんだけどね!」
「でもそうさせてあげるわけにはいかない理由が、私たちにもあります」
「おれたちの世界を守らせてもらう、よ」
返答はなく、イフリートは強靱な四肢で大地を蹴ると灼滅者達に向かって飛びかかった。
●おおかみのつめ
イフリートに蹴られた岩が砕け、炎を上げた。灼滅者たちの皮膚を熱気が引っぱたく。一瞬気圧されかけたところに容赦無く叩き込まれた一撃。イフリートの巨大な爪は、誇が己の片腕を異形へと巨大化させ受け止めた。攻撃の重さと炎の苛烈さで一瞬息を詰める。おもわず、小さく零した。
「……熱っ」
攻撃の瞬間に生まれる隙を逃さず、エルメンガルトが妖の槍『一輪花』をねじ込んだ。続けざまに紅音と零冶の雲耀剣が同時に振り下ろされ、その隙に距離をとった誇の傷を、優の放ったヒーリングライトが包む。休む間もない攻撃でよろけたイフリートの体をマギーの鋼糸が絡め取ろうとするが、巨体に見合わぬ速度で避けられた。しかし。
「だめだよ、逃がさない」
避けた先で英太の放つ影縛りに再び捕らわれる。
「動かないでくださいね」
きっ、と大狼をにらみ据え、縁がダイダロスベルト『八色雷公』を構えた。赤茶色の髪が、炎の照り返しを受けて一層赤く揺らめく。
「当たると痛いですよ」
言うが早いか、射出された帯が続けざまにイフリートを貫いた。苦痛の声を上げながらも、イフリートの眼光は覇気を失わない。
「ッガアァァッッ! 邪魔、スルナ!」
吹き上がる炎が、影を無理矢理引きはがす。狼は、最も近くにいたエルメンガルトへと牙をむいた。
「っっ!」
噛みつかれ、苦痛の呻きが喉から漏れる。イフリートの牙は、流れる血すら乾く程の炎をあげる。
「あっ、あつっあついマジで熱い!! 助けて!!!」
傷口を押さえ、エルメンガルトが大慌てでイフリートから距離をとる。すかさず、マギーのウィングキャット「ネコ」のリングが光り、紅音の霊犬「蒼生」もかけよった。
まだ火山は眠ったままだというのに、イフリートの炎であぶられた戦場は灼熱地獄になりかけていた。汗を拭う暇もなく炎を受け止め、いなし、それでもまだやまない攻撃をかろうじてかわす。皆、喉の渇きを覚えていた。滴っているのは汗か、血か。炎が揺らめく向こうにあるのは、凶暴な眼光。決して退くことを選ばない獣の目。
(「今回は、必ず灼滅しないといけない敵ということだ……」)
誇の胸の奥底が、ちくりと痛む。仕方ない、仕方ない。そう自分に言い聞かせる。
「……あ、暑い」
どこか平素な声でぽつりとつぶやいた彼女の体を、マギーの起こした浄化の風が包む。
「……イフリート、っていうのと戦うのは初めてだわ」
黒髪が張り付いて一層白く見える額を傷だらけの腕でぬぐう。
「あんまり暑がりな方じゃないと思ってたけど、これはなかなか大変ね……」
「……氷で炎を相殺出来たらいいのにね」
ふ、っと赤い瞳を細めた紅音が、瞬く間に生みだされた冷気のつららでイフリートの燃えさかる体を貫く。
「グオオォォ――――ッッッ」
恐ろしげな咆哮が響く。鋭い爪が遮二無二振り回され岩を抉り燃え上がらせ、灼滅者を薙ぎ払おうとする。
「させるかよ!」
躍り出た零冶が、その身で巨躯を受け止めた。炎の中、視線だけで送られた合図を違うことなく受け取ったエルメンガルトの手から、光の帯が放たれる。
「追いつけ、レイザースラスト!」
鋭い攻撃を受けたイフリートの巨体が、弾かれたように横転する。しかし炎を帯びた狼は、岩場に鋭い爪を立て、再び立ち上がった。
●おおかみのめ
イフリートの炎は灼滅者達を焼き焦がそうと何度も何度も襲いかかった。
「もう、痛いじゃないですか」
縁は切り裂かれた腕を抑え、言った。『痛い』で済まない傷口には、イフリートの炎がまとわりついて消えない。闘いの中、灼滅者達の受けた傷は決して浅くなかった。だがそれは向こうも同じだ。赤い毛並みのどこからか滴っているのだろう血が、大地に点々と跡を残している。時折苦しそうな息をこぼすイフリートの炎は、初めに比べるとずいぶん勢いが弱い。それでも、大狼は一歩も譲ろうとしなかった。
(「イフリートはまっすぐで、彼らなりの信念があって動いている」)
そんなことは、よく分かっている。けれど、自分たちだって退く訳にいかないのだ。縁がぐっと、奥歯を噛みしめる。再び縁を打ち据えようとする巨腕は、マギーが受け止めた。
「あなたも、必死なのね」
体を蝕むイフリートの炎で、白い頬が紅く染まる。
「でも……わたしたちも同じなの。ひとを守りたいから、戦わなきゃいけない。……全力で」
「ウルサイッ! ガイオウガノ、タメ! 邪魔ヲ、スルナ!」
「………死して主の為に、か。美しいお話だねぇ、非常に面倒くさい」
言いながら、優の元から夜霧が広がってゆく。ただひたすらガイオウガのために、あきらめる事を知らないイフリートは立ち向かってくる。
「ガイオウガ……大地の化身……。目覚めさせることでどうなるのか、気になるところではあるわね」
紅音が振り下ろした日本刀『朽桜一振』が、イフリートの炎を断ち切る。蓄積されたダメージなど無いかのようにクールな横顔のまま、吐息のように続けた。
「まぁ、流石に火山噴火は洒落にならないわね」
「ええ。火山が噴火なんてしたら、どれだけの被害があるかわからないわ」
紅音の言葉に頷きながら、負った傷を気にもとめずにマギーが鋼糸を構える。糸が、獣の四肢を捕らえた。絡め取られたイフリートに、すかさずエルメンガルトが螺穿槍をねじ込み、誇のクルセイドスラッシュが追い打ちをかける。咆哮をあげ、イフリートが身を捩った。まとわりつく鋼糸を無理矢理振り切られた衝撃で細身の体がはじき飛ばされかけ、けれどすぐに、零冶と英太によって危なげなく受け止められた。
「オオオオオ――――ッ!」
自らの傷を癒すため、イフリートは再び咆哮した。それに呼応するように、火山がわずかに鳴動する。
「殺生は好きではないが……火山の噴火はお断りだ。話が通じない相手なら……仕方がないか」
「恨んでくれて構いません、それが私の誠意です!」
優の轟雷、縁の神霊剣が容赦無くイフリートを打ち据える。休む間もなく、低い姿勢のまま死角へと回り込んだ零冶の手が閃いた。紫の瞳が、炎を受けて不思議な色合いに揺らめく。
「ガイオウガよりも、まずは自分の身を案じるべきだな」
黒死斬で容赦無く切りつけられ、イフリートの足がふらついた。
「きみは、きみたちの大事なもののために戦うのかもしれないけど」
体勢を崩し、それでも唸るのを止めないイフリートの正面に、英太は向かい合うように立っていた。炎の色に負けない赤い毛並みの中、翡翠に光る両眼をまっすぐ見据える。その色から、なにを知ることができるのだろうか。
「おれには、おれの大事なものがあるからここを退くことはできない」
相手に、何より自分に告げるように英太は呟いた。ファイアブラッドの宿敵と言われる、イフリート。業火をまとう獣を前に、穏やかな表情のままの英太からもまた、揺らめく炎が吹き上がる。灰味がかった茶色の髪が、自らの炎にあおられてふわりと跳ねた。巨大な顎が噛み砕こうと飛びかかってくる。ほとんど同時に、英太の手にした日本刀が炎をまとう。そのまま、イフリートに向かって渾身のレーヴァテインを叩きつけた。
●おおかみのひ
イフリートの割れた爪からは、血が滴っていた。苦しげに上下する体躯に纏っていた炎は、もはや見る影も無い。無念さをにじませた唸り声をひとつあげると、耐えかねたようにどうと倒れた。灼滅者達を見据える翠眼にはまだ力がみなぎっているが、体はもう限界だ。
「ココ、マデ、カ……」
喉奥で低く呻り、イフリートは諦観したように目を閉じた。
「悪くない戦いだった……名だけでも教えてくれるか」
零冶が声をかける。わずかに目を細めたイフリートが、小さく口を動かして微かな声でささやいた。かき消えそうな言葉を聞き取ろうと、一歩近づく。次の瞬間、イフリートが巨体を跳ね起こして飛びかかった。
「!」
「零冶さんっ!」
縁が悲鳴じみた声で名を呼ぶ。紅音の得物が閃き、マギーの鋼糸が放たれる……直前、はっと目を見開いて足を止めた。各々の得物を手に一歩前に踏み出しかけた灼滅者達も、すぐに気がついた。押し倒された胸の上に、巨大な、ひび割れた爪が伸し掛かる。そこに、力強さはなかった。間近にある翡翠の輝きだけが、炎の強さを宿していた。
「ロクショウ……覚エテ、オケ」
ふ、と笑うように一度吐息を吐いたイフリートが、砂が崩れるように幾百もの炎のかけらになった。蛍のように散った火が、どこか名残惜しげに灼滅者達を撫でてゆく。燐火のような光には、すでに熱は無い。火山に消えてゆく光を見送る間、だれも言葉を発しなかった。
「……祈るくらいは、しても、いいですよね」
沈黙ののち、縁がぽつりと言った。それぞれに、守りたいものがあり、互いに、一歩も引く事はできなかった。穏やかな瞳に複雑な色を浮かべた英太が、イフリートのいた場所をじっと見た。その隣に立った優が黙祷する。エルメンガルト、それから誇が、まだ座ったままの零冶へと手を差し出した。
「おつかれさま。……熱かった、ね」
「ああ……熱かった」
零冶はいっそ、そっけなくすら聞こえる声で応えた。
「ホントにな! とっても熱かった!」
神妙な顔で頷くエルメンガルトが力のこもった感想を述べるのが妙に可笑しくて、皆の緊張が少し緩む。紅音が、誰ともなしに呟いた。
「……他勢力に影響を及ぼすガイオウガ……せめて、話の解る存在であるといいのだけれど」
灼滅者たちは、何も起きなかったかのように静寂に包まれた火山をもう一度見上げ、それから帰路についた。
作者:さめ子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年7月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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