カピバラ型炎獣、鶴見岳に咆吼す

    作者:夕狩こあら

     まだ山の稜線も白まぬ鶴見岳。
     闇黒に隠れる山頂を目指し、赫灼と燃ゆる四脚にて大地を踏みしめた炎塊――イフリートは、宝玉の如き紅瞳をやや細めつつ、特徴的な齧歯を見せて言ちた。
     何も温泉に浸かって安穏に目を細める――普段の表情ではない。
     己が運命を悟った灼眼は鋭く研ぎ澄まされ、
    「我レ、刻下……ガイオウガノ御許ニ!」
     顎を持ち上げて紫黒の闇に咆哮した炎獣は、己が纏う業火を最大限に迸らせると、凄まじい火球となって生命そのものを燃やし始める。
    「我ガ存在ハ焔ニ朽チヨウトモ……ッ!」
     其れは自死――。
     自ら望んで命の灯を燃やしたイフリートは、勇み立つ四脚より大地に熔け、大いなるエネルギーに吸収されると――頓て、消えた。
     
    「サイキック・リベレイターの照射によって、ガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かってるッス」
     2度目の照射を丸眼鏡のレンズ越しに見守った日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、同じ方向を見つめて暫し黙する灼滅者達の張り詰めた空気――闘志に触れて気合を入れつつ、言を重ねた。
    「今回、自分が予知したカピバラ型イフリートは、単体で鶴見岳に向かい、その山頂で自死を図って、ガイオウガの力と合体しようとしてるッス」
     イフリート達がガイオウガと合体を繰り返せば、ガイオウガの力は急速に回復し、完全な状態で復活してしまう懸念がある。
    「それを阻止する為には……」
    「鶴見岳でイフリートを迎撃し、ガイオウガへの合体を防がなければならない、って事か」
     灼滅者自身が導いた答えに、ノビルは力強く頷く。
    「カピバラ型イフリートが現れるのは、日の出を間もなく控えた未明。鶴見岳の山頂で迎撃すれば、奴は撤退せずに最後まで闘う筈ッス」
     ノビルの予知によって迎撃できる為、捜索の必要はない。
    「イフリートを灼滅できれば、ガイオウガの力の増大を阻止する事ができるッス。
     ただ、合体してガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるみたいなんで、学園に友好的なイフリートであるのならば、ガイオウガへの伝言を伝えて、敢えて阻止せずにガイオウガとの合体を行わせるという選択肢もあるかもしれないっすよ」
     この場合、迎撃ポイントで接触した後、イフリートとの友好を深めたり、伝えたい内容を確実に理解して貰う準備が必要となる。
     また可能性は極めて低いものの、強い絆を持つ者が説得する事で、ガイオウガの一部となる事を諦めさせる事も出来るかもしれない。
    「どちらもガイオウガの影響が強い場合は不可能なんで、手加減攻撃などでダメージを与え続けて、イフリートとしての力を弱める事が必須になると思うんス」
     無論、戦い方を選ぶのは炎獣と相対する灼滅者だ。
    「連中が語っていた『ガイオウガと一つになる』っていうのは、こういう事だったんすね……」
     灼滅するか、合体を行わせるか、説得して阻止するか。
     どれを選んだとて信じている、とノビルは敬礼を捧げ、戦場へと向かう背を見送った。


    参加者
    花檻・伊織(蒼瞑・d01455)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)
    日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)

    ■リプレイ


     ――其は黎明。
     払暁を前に紺青を濃くする鶴見岳に、篝火が揺らめいた。
     狭霧に冷える闇の中、己が赫光に翠嶺を暴いて屹立した炎塊――カピバラ型イフリートは、独り寂寞に言ちる。
    「時ハ来タ」
     魂を捧げるに相応しい孤高。
     大地の化身、開闢の焔と邂逅せんとする今、痛いほどの沈黙に耳を塞がれた巨獣は、漸う細めた瞳をカッと瞠って命を燃やし始めた。
    「今コソ、がいおうがノ御許ニ――!」
    「はいストップストップ」
    「ニ……ッ!」
     迫る緊要とは対照的に、気さくな佳声が自死を遮る。
     声主は月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)。殺意の欠片も見せぬ蒼瞳に、運命に酔い痴れた自我が一気に引き戻された。
    「貴サマ、何ヤツ!」
     我独りと思っていた処にひょいと声が掛かったのだ。
     初撃は吃驚より出た、謂わば脊髄反射の灼弾であったが、
    「オヲッ!?」
     ――我が前に爆炎を。
     その囁きに解放を得た紅焔は、同属を想わせるエネルギーに軌跡を手折り、赤き流星を大地に散らした。
    「ちょっと話してかない、それこそ冥途の土産に。少しくらい時間、あるでしょ?」
    「ナ、ニ――」
    「あの……がいおうがさんの所へ行かれる前に……お話したいんです……」
     更に声を重ねたのは深草・水鳥(眠り鳥・d20122)。
     極度に人見知りする性格だが、大好きなカピバラを前に精一杯声を張っているのだろう、キュッと握り締めた手を胸に押し当てて幼気に、
    「、ッ! 小娘ガ何故ソノ名ヲ――!」
     こくり、と首肯を一つ。
     忽ち剥き出る齧歯を前に、如何なる怒気にも耐えようと護符は舞い、
    「ニンゲン風情ガ軽々シク語ル名デハナイ!」
     猛る炎獣は四脚を踏み締め、次撃は明らかに敵愾に満ちた鋭爪を振り翳した。
    「――人間、か」
    「ッ!」
     蓋しその憤怒は少女の華奢を裂くより先、皮肉を零した綱司・厳治(窮愁の求道者・d30563)の、【デオントロギアの指輪】が撃ち出す魔弾に拒まれ――、
     舌打つ間もない。
    「オレ達は灼滅者だ」
    「名乗レ!」
    「アスカ」
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)――と、劒の如き凛然が告げる。
     その雄渾は偽りなき力を示し、
    「クッ……! 此レガ噂ニ聞キシ灼滅者……つおイ!」
     痛撃に楔打たれた邪獣が不意に前肢を戻せば、それが【不死者殺しクルースニク】の刀背打ちと知って更に息を飲む。
    「、ドウイウ事ダ」
     圧倒的鏖殺の技量を持ちながら、防ぎ、往なすだけの不可解。
     彼等が他のダークネス勢力と比肩する存在とは知りつつ、我が身を狩るでなく現れた懐疑は深まるばかりで、
    「あなたとお話がしたいのです」
     敵意はない――。
     そう言って歩み寄る丸腰の海川・凛音(小さな鍵・d14050)にさえ哮り立つ。
    「貴サマ等ト話ス事ナド!」
    「先ず、あなたの合体を止めた事をお詫びします」
    「ッッ! 何処マデ知ッテイル!!」
     疑念は怒気と混ざって昂ぶり、迸る烈火は小柄な躯を屠らんと闇に躍るも、花弁の如く翻る身かわしと手刀は捉えられず、
    「戦う意思はないのだが……ガイオウガの影響は削がせて貰う」
     無構えにて正対した日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)は、荒々しく迫る魁偉にそう断りを入れると、蹴撃を落として大地に縫い留めた。
    「がいおうがト一ニナル身ヲ如何スル!」
     超重力に圧し込まれた灼眼は気焔を吐くが、
    (「まずい…………予想以上に可愛い」)
     視線を合わせた青眼が言ちぬのは、偏に萌えた為。
     体長3mに威圧されぬ処か、彼女はこのビッグサイズの愛嬌に胸を締められたらしく、
    「俺達は見送りに来たんだ」
     代わりに声を差し入れたのは、闇より浮かびし花檻・伊織(蒼瞑・d01455)。
    「君の合体に付き添う」
    「何ダト!?」
     反駁に放たれた炎の波濤を鋭槍の旋廻に蹴散らした彼は、その麗顔を赫光に彩りつつ、至極分かりやすい言を以て、短く、端的に答えた。
    「……分カラヌ、分カラヌ……!」
     灼滅するでもなく、合体を阻止するでもない。
     炎は噴き上がる儘、闇雲に暁闇を白ませるイフリートの逡巡を捉えたか、
    「あんさん、よくお聞き」
     羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)の確かな語調は、今の緊迫によく沁みた。
    「あんさんも知っての通り、ガイオウガはんはお強いやろう。だからこそ、御仁が危険なんや」
    「危ケン、――!」
     零れた炎は三味線が弾く幽玄に御され、時が止まる。
     須臾、
    「……自分の命は安くとも、ことガイオウガとなれば話は別ね」
    「あの耳、詳しく聴きたがっているようだ」
     彼等を支援すべく、回復と強化に据わった槇南・マキノ(ご当地の中のカワズ・dn0245)と西場・無常(特級殲術実験音楽再生資格者・d05602)は、明らかに変化を見せる炎獣の表情を伺うと、
    「皆、頑張って」
    「灼滅するだけでない道を、微力ながら支えさせて貰うぞ」
     凶獣が説得に傾くよう「音」を操り始めた彼に、力強い頷きが添えられた。


     獣は本能で理解る。
     ――彼等が己より強いと。然も、遥かに。
    「ダガ……分カラヌゾ!」
     一たび殺意の波動を覚醒すれば、己が身など容易く塵と変えられる連中だ。
     その力は、一方的に向けられる敵意や疑心といった、荒ぶる激情を受け止めてあしらう、謂わば『余裕』の様なもので伝わり、
    「我ガ邪魔ナラバ、ソノ爪ヲ立テルガ良イ!」
    「灼滅しに来たのではありません」
     炎の拳打を全て精確な閃光百裂拳に相殺しつつ、害意ははないと繰り返す凛音の、決して急所を穿たぬ拳が、理解を得るその瞬間まで懇々と語る。
     時に玲は興味深い言葉を投げて意識を引き付け、
    「君は元クロキバ派かな? それともアカハガネ派? 武蔵坂学園って聞いたことない?」
    「炎繰ル者ヨ……! 我ガ種ノ勃興ヲ何ゆえニ知ル!」
     クロキバと聞けば激情に鼻をスンと、アカハガネと聞けば躊躇いがちに口をモグモグと。
     そして武蔵坂と聞けば烈火の爪を振り翳して襲い掛かる――成程、この炎獣は種の歩みを幾許かにも知っていると察しがつく。
     その猛爪を愛機メカサシミの鉄楯に庇わせた彼女は、陰より進み出るまり花を霊犬キントキと共に護りつつ、
    「ガイオウガはんは、今やいろんな勢力に狙われてはる」
     各ダークネス勢力も、名前くらいは知るであろう幻獣に、現実を伝えた。
    「その力を、悪しきに利用しようとせんとする連中がぎょーさんおるんや」
     体表より漲る紅炎を、七不思議奇譚『夜雀の怪』――雀群の羽撃きに散らしつつ、或いは翼猫りんずの肉球に弾きつつ。
    「あんさん、それを許せますかぇ?」
    「……ッッ、許セル筈ガなかロウ!」
     奥ゆかしい京訛りは、真意を伝えんと滔々と流れる。
     具体性が信憑と信頼を増すかと明日香は言を補い、
    「ソロモンの大悪魔達が、大規模召喚を行う糧として、ガイオウガの力を狙ってる」
    「ナ、ニ……!」
    「潜伏中のアフリカンパンサーも、ガイオウガの力を狙って動き出しているぜ」
    「……小癪ナアッッ!」
     聞けば怒り、猛然と振われる灼熱の爪は彼女が創痍と受け取る。
     憤怒もまた感情と、身に預かる斟酌は深く、
    (「白石先輩、あまり無理をしないで」)
    (「あぁ、理解ってる」)
     自ら展開した吸血鬼の紅霧と、マキノが覆った夜霧に深手は逃れたものの、兇獣に届けた情報は、種としての侮辱に炎を燃え上がらせた。
    「がいおうがニ仇ナス者ハ何人タリトモ許サヌ!」
    「――だろうな」
     命を捧げるくらいだ、と荒れ狂う巨躯に言を添えるは厳治。
     至極真っ当な怒りは否定せず、彼は側面に構えた刃より間近に焦熱を浴びて聞く。
    「スサノオの姫……ナミダさんも、何か作戦を準備している……みたいです……」
     水鳥は水面を揺蕩う美しき旋律に仲間を癒しつつ、彼等の種族が危機に瀕している事を諭し、
    「すさのお……!! 彼奴ガ……!」
     知り得る限りの情報を与える事が信を得る――取引の切り札とはせぬ、打算なき姿勢が漸うイフリートの凶暴を削いでいった。
    「……おしエヨ。教エヨ、灼滅者!」
     このままでは大地に還れぬと、憤怒ではない要求を叫んだイフリート。
     灼滅者の呼び掛けがガイオウガの影響から離したか、強き「個」の意志を見せ始めた炎獣は、全身の炎を逆立てて愈々猛る。
     硝子を隔てた水眸に、如実な変化を捉えた優奈は、
    「もふもふさせてくれれば――」
    (「いやいや、目的を忘れるな……」)
     不意に漏れそうになる本音をコホン、と咳に払い、
    「望む儘に教えてやる」
     と、仁王立つ赫灼めがけて天翔けた。
     闇覆う天蓋に燦然たる炎が躍れば、漆黒の大地に颯と滑るは月白の三つ編み。
    「死ニユク我ヲどうこうスルト言ウナラバ、先ずハ従エテ見セヨ!」
    「――影響は弱まったようだね」
     炎の色が違う、と狂獣の瞳に鋭き闘志を認めた伊織は、
    「君の意志がそう求めるなら――俺も全身全霊、誠意を見せるよ」
     全ての魔力を解放し、天地より炎と爆轟を合わせて巨体を仰け反らせた。
     凄絶なるコンビネーションは、刹那、闇黒を白ませ、
    「ぐッッ……おッ! ……嗚嗚ヲヲオオォッッ!」
     満身を疾駆する激痛に絶叫した炎獣は、その耳に透き通る笛の音を聴いた。
    「戦いは終わりだ」
     勝負あり――と殺伐たる闘争の幕引きを伝えるは無常。
     熱き猛風が砂塵を巻いて駆け抜けた後は、涼風が静寂を運び、
    「……強キニ服スハ、我ガ本能ニシテ矜持」
     敗北なくして従えぬは獣の性か、或いはダークネスの運命か。
     炎獣の一本気は中々に厄介だが、灼滅者の「力」を痛感した今は何とも潔く、
    「コノ身ハすきニシロ」
     よろめくまま腹を見せたイフリートは、従順の裡に四肢を投げ出した。


     炎と燃えて流れる紅血が大地を焼くより先、凛音と水鳥が駆け寄る。
    「手荒なことをしてごめんなさい。今、手当をしますね」
    「本当にごめんなさい。今すぐ治してあげるの……」
     巨躯に走る深き創痍を、繊麗なる手に触れて癒す二人に、イフリートは怒りもせず、抗いもせず――ただ不思議な顔で温もりを受け取っていた。
    「……手荒な真似となった事を詫びよう」
     済まなかった、と差し出る優奈の癒しも木漏れ日の如く優しい。
     手厚い回復に支えられた炎獣はそっと首を傾げ、
    「何故……我ヲ癒ス……」
     全く灼滅者というものが分からぬ、と齧歯に炎の吐息を隠した。
     そうして僅かにも疑問を残した顔貌は固いままであったが、
    「一緒に食べよう。美味しいよ」
    「スイカ! タベル!」
     否、更なる歩み寄りが完全にそれを取り払った。
     伊織がクーラーボックスより取り出した夏の風物詩、スイカに空腹を煽られたイフリートは、ここに個体としての「素」を暴いて頬張り、
    「ウンメェ!」
     ほう、と恍惚に細む瞳を見た一同は、暫し美味なる時間をシェアした。
     食を共にする卓に敵はなし、という事か――無常がコーディネートした夏らしいBGMも瑞々しさを増し、
    「……デモ、ナンデトメタン?」
     闘いにて通じ合い、食物を共有してすっかり馴染んだイフリートは、耳をピクピクと動かしながら訊ねた。
    「うちら、大事な話を伝えに来たんや」
    「ダイジナ? ハナシ?」
    「……これからガイオウガの一部になる貴方に、言いたい事があるの」
     まり花とマキノはそっと頷きを合わせて口を開く。
     唯の伝言役として彼の「個」を扱わぬよう、極力、言葉を選びつつ―ー。
    「戦闘中に俺達が言った事は全て本当だ」
     覚えているか? と念を押す厳治が言わんとするのは、「他ダークネス勢力に狙われている」という如何ともし難い事実。
    「そろもん……ごとうちかいじん……アト、すさのお……」
     言を紡ぐほど顔を険しくする炎獣を隣に、玲はスイカの種をプップッと飛ばして淡々と、
    「くれぐれも気をつけてってこと」
    「…………ヲン」
     復活した際に見るであろう光景に注意を促す。
    「オマイラハ? オマイラモネラッテルンカ?」
     その問いには明日香が答え、
    「武蔵坂の灼滅者は、一般人に害をなす行動をしない限り、ガイオウガに敵対しない」
     条件付きではあるが、不可侵を約束する――その瞳に虚実はない。
     この時の彼女の言、「武蔵坂学園」とは言わず、「武蔵坂の灼滅者」と言うあたりに秘めた意志を感じるが、確かな語勢は頼もしい。
     他勢力と同盟を結ばぬ気高き種、その孤高にすり寄らぬも配慮だろう。
    「オレモ、オマイラ、テキニシタクネェ。ツオイシ」
     彼等の周到なる心配りに気付いたか分からぬが、本能でそれを受け取ったイフリートはコックリと頷くと、
    「がいおうがトヒトツ、ナッタラ、カナラズツタエル」
     と、漸う明けゆく紫の穹を眺めた。

     鋭い齧歯がスイカの皮まで味わった頃、水鳥がそっと声を掛ける。
    「あの……少しもふもふさせて貰えませんか……?」
    「モフモフ?」
    「、えっと」
     こうです、と伸びた手は体毛を優しく撫でて梳かし、心地好い感触に眼を細めた炎獣は、大地に伏せて身を任せる。
    「あなた、もうすぐがいおうがさんの所に行くのね……」
    「オン」
     聞いて金瞳は寂しそうに、
    「もっと早く出会っていたなら、一緒に温泉で、背中の流し合いが出来たのに……」
     声色に滲む親しみの感情――その切なさに、炎獣は更に瞳を細めた。
    「温泉と言えば俺もいくつか回った事がある」
    「ホントカ?」
     伊織は喜々と振り向く無垢に嫣然を零し、
    「天然湯を自分で掘る温泉とか、山奥の秘湯とか……」
    「イオリ、コアダナ! オレモスキダ」
     饒舌に語り出す獣もまた温泉が好きなのだろう。苦笑気味に付け足される「どっちも覗き魔絡みだったけど」という言には、隣のマキノが思わず噴き出していた(タネも零れた)。
     そうして打ち解けた頃に、暁は光条を差し入れて闇を裂き、
    「……今更聞くのもなんだが、本当に良いのか?」
    「やっぱり合体する?」
     光を見詰めた儘の灼眼に、優奈と玲が改めて問えば、
    「ウン。イイ」
     清々しい答えが闇を払っていく。

    「オレタチ、ダイチノクサビニ、ナルカラ」


     稜線を輝かせて昇る太陽にも勝る、光熱の塊。
    「その性質、種として破綻してない?」
     細腰に手を当てて合体を見送る玲は、柳眉を顰めてそう言ったが、
    「いやまあ、主人に対する忠誠心なのかもしれないけど……うーん」
    「コレガ、オレタチ」
     同属の者に注がれる瞳は穏やかで、安らかで。
     玲はふう、と吐息すると、『その瞬間』まで聢と見守ることにした。
     ――もし許されるなら。あなたの最期の炎を見届けさせて頂けますか?
    「ヒトリデ、イク、ダッタケド」
     凛音らの想いを聴き入れたイフリートは、無常に荘厳なる旅立ちの曲をリクエストし、耳に届く勇壮なる音に意志を固めると、その身を灼熱に包む。
     眼を灼かんばかり眩さに輝いた躯は白熱と姿を変え、
    「ガイオウガはんからも要求があれば言うてや。うちらに出来る事なら……」
     真摯に向き合う、と声を添えたまり花の、美しい緑瞳に映る光の揺らめきは、微笑んだようにも見えた。
    「ガイオウガさんが復活したら、改めてお話合いができたらいいなと思っています」
     復活を待つ――と約束する凛音に、形を失い始めた獣は幾度も肯いて光を零し。
     軅て神々しい光の球となり、言葉を失い始めるイフリートを前に伊織は咲って、
    「名前があるなら教えて欲しいな」
    「ナマエ?」
    「君がガイオウガの一部になっても、憶えておくよ」
     暫し黙した熱塊は、そっと、言ちる。
    「カピフリリエル……トモダチ、オレノコト、カピやん、イウ」
    「じゃあオレ達もカピやんって言おう」
     明日香が小気味良く口角を持ち上げれば、
    「アスカ、イイヤツ」
     こちらも笑って時を惜しむ。
     優に種を超えてくる彼等に対し、またも驚いた表情が知られたか、
    「ダークネスと解り合いたい、とびっきりの変わり者達だろう?」
     優奈は細指に眼鏡を持ち上げてそう言うと、
    「だが、本気だと伝えてほしい。君も信じてくれ」
    「――ワカッタ。ツタエル」
     種を超えた変わり者の個体として、幻獣もまた契を交わした。
     厳治は暁に融け始める光を前に淡然と、
    「……言い残す事はあるか?」
     彼に伝言を託すだけでなく、託されんとその輝きを見詰め、
    「ヒトツニ、ナル、サビシク、ナイ。
     ……デモ、オマイラト、ワカレル、ソレダケ、サビシイ」
     この言葉に爪先を弾かれた水鳥は、ギュッと白光を抱き締めた。
    「カピバラさん……カピやんのこと、絶対忘れないよ……」
    「ミドリ」
     熱い、熱い命を抱擁して零れそうになる想いは、止め処なく溢れて乾きもせず。
    「気をつけてお行き」
    「可能なら、その道が……双方の、更なる一歩となることを願う」
     まり花より婉然を餞に、無常より冀望を託された光は、言葉なき「是」に一際輝きを増して、燦然と広がり、煌きに融けて。
     軈て――消えた。
    「……ありがとう」
     優奈が間際に囁いた謝辞は、使者となった事に対する礼か、或いは。
     旭日に影を暴いた一同は、戦友が旅立った後もなお頂に留まり、彼が見詰めた方向に視線を合わせ、暫し沈黙を捧げたという。

     ――また逢えると信じて。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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