還る運命は

    作者:聖山葵

    「みぃ」
     鶴見岳の山頂に前足をつけた炎の猫は人型に転じると目を伏せ。
    『クロキバ……』
     今は亡き慕う相手の名を口にし、猫のモノとなった手にチャシマと言う名で呼ばれるイフリートの少女は視線を落とす。
    『……ワカッテル、ガイオウガ、復活、ミナノ願イ』
     自分に言い聞かせるように呟いたチャシマは腕を下げ、ここには居ないことを承知ですれいやーと小さく呼びかける。
    『すれいやー……チャシマ、ガイオウガ、一部、ナッテモ……』
     イフリートの少女はそこで言葉を止めた。そして、強い意志によって迷いを断ち切るかの如く叫ぶ。
    『今コソ、ガイオウガノ御許ニ!』
     同時に繰り出した腕の先、鋭い爪が己の胸を貫き。
    『みぃ……』
     崩れ落ちた少女は炎の塊へと変わり、地に吸い込まれ消え去ったのだった。
     
    「久しぶりだな、だがそれはいい……」
     君達の前に姿を見せた座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)は、サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かっていると告げた。
    「イフリート達は鶴見岳山頂で自死し、ガイオウガの力と合体するつもりのようだ。もしこのイフリート達が合体を繰り返せばガイオウガの力が急速に回復し、完全な状態で復活してしまうかもしれない」
     これを阻止するなら鶴見岳でイフリートを迎撃し、ガイオウガへの合体を防がねばならないわけだが。
    「少年……」
     君達と共にその場にいた鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)をちらりと見るとはるひは言った。
    「鶴見岳へ向かうイフリートの中にチャシマの姿もあった」
     と。
    「え?」
    「知らない者もいるかもしれないので、説明しておこう」
     チャシマとは元々源泉を守る臆病な猫型のイフリートであり、源泉防衛で自分を守ってくれた灼滅者に好意を持つに至った。
    「獄魔覇獄で我々に仲間を倒され、その後も色々あったが、未だに灼滅者へ好意はもってくれているようだ」
     だが、同時にクロキバ派イフリートでもあるチャシマからすれば、ガイオウガの復活は仲間達同様に悲願でもある。
    「この境川上流にあるポイントを必ず通る。ここで待っていれば確実に接触出来るだろう。そして、ここで迎撃すればチャシマが撤退することはない」
    「はるひ姉ちゃん……」
    「少年、今のは単純に灼滅によってガイオウガとの合体を阻止しようとした場合の話だ」
     何か言いたげな和馬を手で制すとはるひは更に言葉を続ける。
    「合体してガイオウガの一部になるイフリートは経験や知識をガイオウガへ伝える役割もあるらしい。友好的なイフリートであるなら、合体を阻止せず、ガイオウガへの伝言を伝え敢えて見送ってやると言う選択肢も存在する」
     この場合、迎撃ポイントでの接触後、友好を深めたり伝えたい内容をチャシマへ確実に理解して貰う必要がある訳だが。
    「けど、はるひ姉ちゃん……それって」
    「どちらにしろチャシマというイフリートは居なくなるな。だが、演算によるとこのどちらかがもっとも無難なのだよ。一応、強い絆を持つ者が説得することで合体を諦めさせることも出来るかも知れないが、可能性は低い」
     おまけにガイオウガの影響が強い状態では不可能な為、手加減攻撃などでダメージを与え続けイフリートの力を弱めることが必須になる。
    「一応、チャシマには『灼滅者達の為に一度だけ戦う』と言う約束をまだ果たしていないという負い目があるが、これを武器にするだけで説得出来るかというと微妙なところだ」
     また、もし説得が成功したとしても他のイフリート達からチャシマが裏切り者と見なされ狙われる可能性が残っている。
    「首尾良く説得出来たなら安全の為に学園に連れてくる必要があるかもしれない……難易度が高い上にやることも多い」
     だが、君達が最後の選択肢を選ぶつもりであるならそれも覚悟の上だろう。
    「私に出来るのは情報提供だけだ、だから選択権は君達にあると言わせて貰おう」
     いずれの選択肢を選ぶとしても後悔はせぬようにと言い、はるひは君達を送り出すのだった。
     


    参加者
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    野良・わんこ(死んだ不死鳥・d09625)
    聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)
    東屋・紫王(風見の獣・d12878)
    園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)
    アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)
    清浄・利恵(華開くブローディア・d23692)
    十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)

    ■リプレイ

    ●夕暮れの再会
    「ええと……この辺りかな?」
     川を辿るように進めてきた足を止め、アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)が見回した周囲の景色は、はるひが言葉で説明した指定ポイント周辺の景色そのままで。
    「後は、ここでお待ちしていれば良いのでしたよね」
    「チャシマちゃんと直接会ったことはないです。だから、だから会った人は何卒よろしくお願いします!」
     米田・空子(ご当地メイド・d02362)が呟けば、改めて野良・わんこ(死んだ不死鳥・d09625)が幾人かの同胞に頭を下げる。
    「勿論だよ。チャシマに、融合を思い止めて貰いたいと思うのは私もだからね」
     頷き応じた十文字・瑞樹(ブローディアの花言葉のように・d25221)も倣うように首を縦に振った他の灼滅者も全てを夕日が鮮やかなオレンジに染め上げていた。
    (「いやぁ、うん。ちょっと来なきゃいいなぁ、とは思っていたけど……」)
     まるで一枚の絵画のような光景の中で、遠目にこちらへ向けて進んでくる人影を認めたアイリスは一瞬、顔を曇らせる。
    「アイリス姉ちゃん……」
    「大丈夫。頑張って説得いきましょうか」
     胸中を察したのか、名を呼んだ鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)に笑顔を作ってみせると弟にでもするかのようにポンポンと軽く頭を叩き。
    「久しぶり……」
     向き直って知覚したのは、聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)の声。立ちはだかるよう行く手を塞ぐ形で久しぶりと声をかけたのは、清浄・利恵(華開くブローディア・d23692)。
    『すれいやー……』
    「お久しぶりです、チャシマさん。エンミちゃん、ですよ」
     足を止めたイフリートの少女、チャシマへ今度は園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)が温泉で出会った時のように挨拶する。
    「しばらく行方が分からず心配していたから……無事で良かったよ 本当に」
     そして、瑞樹も喜びを露わにすれば。
    「お久しぶり、チャシマ。あたしのこと覚えてる?」
     四人に続く形で、アイリスは問いかけた。
    「みぃ」
    「ノーライフキングのゾンビに対して共闘してから大体、三年振り、だね。あの時は名前、分からなかったけど、あの後に起きた君に起きた報告書を読んで知ったよ」
     返答は即座だった。鳴くと同時に大きく縦に首を振るチャシマに口元を綻ばせ、笑いかけ。
    「チャシマ、君のことをずっと探してたんだ」
     次に口を開いたのは、東屋・紫王(風見の獣・d12878)だった。
    『チャシマ、探ス?』
    「少しだけ話がしたい」
     一瞬、きょとんとしたイフリートの少女が自身を探す理由に思い至るよりも早く、柔和かつ真剣な目をして瑞樹は告げ。
    『話?』
    「チャシマ、ガイオウガとの融合……するのか?」
     首を傾げたチャシマに忍魔が切り出した直後、沈黙は産まれた。
    『……スル』
     もっとも、それも長く続く類のモノではない。短くはあるが、予想されていた答えを灼滅者達は聞き。
    「簡潔に言うね、ガイオウガとの融合を止めて学園へ来て欲しい」
    『ッ!』
     紫王の告白にチャシマの肩が跳ねた。
    「邪魔をする訳じゃない。話を聞いてほしいだけだ」
    「チャシマちゃん、話を聞いてください!」
     直球だからこそ瞬時に理解したイフリートの少女がそれ以上の反応を見せるより早く、忍魔とわんこが声を被せる。
    「ガイオウガの力を奪ったアフリカンパンサー、大地の楔を狙っているナミダ、ソロモンの大悪魔達もガイオウガを狙っていると情報を掴んだ」
     君がガイオウガになれば、君もイフリートたちも皆利用されてしまうかもしれないと利恵は危惧を伝え。
    「ガイオウガさんは、たくさんのダークネス達に狙われています」
    『狙ワレテイル』
     空子の言葉を反芻しつつイフリートの少女は動きを止める。
    「ガイオウガの為に命を捧げるのは、立派な事だろう」
     合体を否定せず、むしろ賞賛しつつも忍魔はでもと続けた。

    ●ほんとうのチャシマに
    「力を奪ったアフリカンパンサーや他のダークネスが、またガイオウガを狙う」
     それはガイオウガの力と合体するつもりならば、捨て置けない情報の筈であり。
    『アリガト。チャシマ、ガイオウガ、伝エル』
     だが、ガイオウガの影響下に有るからか、自身への説得ではなく忠告兼伝言と受け取ったらしい。話は聞いたとばかりにその場を去ろうとし。
    「いくらチャシマでも、やはりガイオウガの影響下にあるままではやはり説得は無理か」
     わかっていた事ではある。
    「チャシマ……」
     一度瞑目してから目を開け、紫王は殲術道具を手にする。
    「ガイオウガの力の影響を断たせて貰うよ」
    「みぃ?」
     だが、言われた方は力の影響など自覚症状も無いのだろう。不思議そうに首を傾げ。
    「チャシマさんが空子たちと一緒にいていただけるなら、友達として、ガイオウガさんを助けるお手伝いさせていただきたいです。わたしたちがチャシマさんに勝てたら、考えてみていただけませんか?」
     代わりに口を開いたのは、空子。
    『チャシマニ、勝ツ……』
     殲術道具を持ち出し、戦いを挑む理由としては後者の方が理解しやすかったのだろう。
    『チャシマ、誓ッタ……モウ二度ト負ケナイ』
     炎で身体も隠せそうな程の四角い盾を作り出し、盾を持たぬ猫の手を握り締めて言った。
    『すれいやー、通ス。チャシマ、戦イタクナイ』
     本心、なのだろう。人型に至る程力を得た理由は、恩人である灼滅者達を守るためなのだ。
    「出来ません。もっとお話を……したいから」
     だが、遥香を含む灼滅者達とて言葉の届かぬイフリートの少女をそのまま通すことも出来なかった。
    『アアアアアッ』
     悲痛な叫びと共に河原の砂利を蹴ったチャシマは右腕を振りかぶる。
    「ぐっ」
     握り込んだ拳で紫王の身体が宙に舞うも、その一撃は。
    「手加減、攻撃……」
     鋭い爪は内に曲げ、攻防一体のヒーターシールドさえ使わない。
    『すれ』
     灼滅者達に通せもしくは退けと言おうとしたのだろうか、その身体へ射出された幾つかのダイダロスベルトが突き刺さった。
    「東屋さん」
     ほぼ同時に、空子がハンドメイドの指先に集めた霊力を撃ち出し、仲間を癒やす。
    「チャシマちゃんごめんなさい! ちょっと痛いですけど我慢してください!」
     そして、どこか精彩を欠いた動きのチャシマへ謝りつつ赤色標識にスタイルチェンジさせたごぼうを振りかぶり、わんこが肉迫する。
    (「誰にも奪えなかった『縁』と『絆』……『彼』はそう言った。それはきっと、ボクらの間にだってあるはずだ、チャシマ」)
     だからボクはそれを信じる、と寄生体と全身を軽装鎧のように同化した利恵はイフリートの少女を殴った感触の残る縛霊手を握り込みつつ、説得を続ける。
    『ハアアアッ』
     だが、戦いは激しさを増しつつ、続いた。顔を歪めつつチャシマの投げた長方盾は回転しながら幾人かの灼滅者達を削るように斬り裂いて飛び。
    「強いね……いや、それはわかっていたことかな」
     竜種イフリート相手に共闘した時のことを思い出しつつ利恵はポツリと漏らす。酷い話ではあった。守りたいと思って得た力が守りたい相手に向けられているのだから、ただ。
    「あたしはチャシマと一緒にいたい。灼滅者? ダークネス? 関係ないね」
    「仲良くするのが駄目なら仲良くできるように頑張るの! 私は今までスレイヤーだからとかダークネスだからとかで今まで戦ったり仲良くなったつもりはないぞ! 仲良くなりたかったから仲良くなって、戦うべきだと思ったから戦ったんだ!」
    『ッ、すれい、やー……』
     かけられる言葉への反応は徐々に、徐々にではあるが変わり始めていた。応援の灼滅者も含む自身へ向けられた説得にイフリートの少女の瞳が揺れ。
    「今、他の灼滅者達がヒノコやヒイロカミ、アカハガネの所にも説得に向かってる」
    「今は融合を待って、ガイオウガを狙う脅威からガイオウガと共に在るイフリートたちを守らないか? ボクたちはその為に君達に力を貸すことを約束する」
     説得は再開された。

    ●思いと思い
    「ダークネスや灼滅者という以前にクロキバ殿やキミは共闘した仲間。だから私個人としても仲間の手助けをしたいんだ」
     瑞樹から滴った滴で、河原の石が斑模様に変わる。
    『仲、間……』
    「空子、チャシマさんと仲良くなりたいです。よかったら、空子とお友達になっていただけませんか?」
    「わんこはチャシマちゃんが大好きです。直接会ったのはこれが初めてですけど、それでも好きなんです!」
     反芻するイフリートの少女へ次に呼びかけたのは空子で、続いたのは、わんこ。
    「クロキバを庇って殴られた優しい女の子、温泉で、君の恩人から俺を守ってくれた。灼滅者を守る為に強くなってくれた。この絆をガイオウガにくれてやりたくは無いんだ」
     佇むチャシマを見つめたまま、紫王もチャシマへ呼びかけ。
    「チャシマさんがいなくなると思うと……胸にぽっかり穴が開いたみたいになる。これは、園観ちゃんがチャシマさんを『スキ』だから。チャシマさんにもわかるんじゃないかなって……どうですか?」
     イフリートの少女へ問いかけた遥香は、鳥井さんと和馬を呼ぶ。
    「え?」
    「言いたいこと、あるんじゃないですか?」
    「けど、オイラ……」
    「やー、鳥井さん。……男の子なら、シャキッとしなさい!」
    「っ……うん!」
     遥香に活を入れられた和馬はチャシマの元に歩み寄ると言った、学園へ来て欲しいと。
    「ガイオウガでは動きが目立ち、敵に見つかる可能性が高い。チャシマ達の力が必要になる時が来る。もう一度、灼滅者と共に戦ってほしい」
     忍魔も訴え。
    「チャシマとは、灼滅者やダークネス関係なく、友達でいたいんだ……」
     続けて本心を吐露する。
    「あたしはチャシマだから一緒にいて欲しいんだよ。理由? チャシマが好きだから、それ以外になにがいるの?」
     アイリスの視界に、声の届く位置にイフリートの少女は居て、ガイオウガの影響も弱まっていた。
    「仲良くなろうって思った人と別れるのって辛いんだぞ。……その人に何もできないって辛いんだぞ、チャシマちゃん。私は今スレイヤーの使命でなくて私としてここに来たぞ。一人の友達として、仲間としてきたつもりだよ!」
     そして、チャシマに声をかける灼滅者は九人ではない応援に駆けつけた灼滅者も確かにそこに居て。
    「ラブリンちゃんとその淫魔とも仲良くやっています! チャシマちゃんとも出来ないわけがありません!」
    『アリガトウ。チャシマモ、すれいやー好キ』
     止まらない灼滅者達の言葉にイフリートの少女は微笑む、泣き笑いのような表情だった。
    『ケド、チャシマ……伝エタイ。クロキバ、ガイオウガノ為、色々シタ。上手クイッテナクテモ、全力尽クシタ』
    「チャシマ……やっぱり」
     アイリスは知っていた。チャシマがクロキバを好きだったことを。アイリス自身もクロキバは好きだった。だから、推測出来た、チャシマが次の言葉を発す前に。
    『ヒノコ、ヒイロカミ、アカハガネ、すれいやー達ノ所ニ行ク。クロキバノ事伝エラレルノチャシマダケ』
    「けれど、融合すればキミは消えてしまう!」
     それは嫌だと瑞樹は言った。続いて、ガイオウガの復活がキミ達の願いであるから無理やり止めたくもないとも。
    『気持チ、嬉シイ。ケド、チャシマモ譲レナイ』
    「っ」
    「そんな、チャシ」
     瞳に宿る強い意志に幾人かが説得の失敗を悟った直後だった。
    『サッキ、チャシマニ勝テタラ……言ッタ』
     ちらりと空子の方を見たイフリートの少女は再び炎で大きな盾を作ると身構える。
    『前、すれいやーノ為、戦ウトチャシマ言ッタ。ダカラ、チャシマ、すれいやーノ為、すれいやート戦ウ』
    「それで、いいのですか?」
    『イイ』
     遥香が問うも、チャシマは首を縦に振るだけだった。
    『すれいやー勝ツ、チャシマすれいやート一緒ニ行ク、チャシマ勝ツ、ガイオウガノ御許行ク』
    「チャシマ……」
     それはチャシマなりの譲歩であり、約束の清算なのだろう。だが、幾人かの灼滅者からしてみれば、想定外の申し出でもあり。
    「受けましょう! チャシマちゃんと一緒に帰れるかも知れないんですよ?」
     即座に応じたのは、わんこだった。
    「だが、それでは私達がチャシマの願いを無理に止めることになってしまう!」
     しかもイフリートの少女は既に弱っているというのに。瑞樹もチャシマに消えては欲しくなかったが、受けると言うことはまた互いに傷つけ合うことでもあるのだ。
    『守レナイ約束スル、コレ、ソノ結果。ダカラ、チャシマ……戦ウ。すれいやー、気ニスル、ナイ』
    「……わかった」
     向き直り忍魔は虎杖を構える。
    「重たいもの責任を軽々と担いで、共に笑い、泣いてやるのが、友達なんだ……」
    「悔いが残らないのが一番、園観ちゃんはそう思いますから」
     チャシマさんが望むなら付き合うのですよと遥香も言い。
    『アリ、ガト』
     帯びた炎を弱めながらもチャシマは微笑む。空子が自分達が勝ったならと条件提示しなければ、幾人かの灼滅者がチャシマの申し出を受けなければ、おそらく、イフリートの少女はガイオウガの元へ旅立っていた。
    「君は優しくて……人に近い、って考え方は違うかな。人にも悪いやつは居る。ひょっとしたらダークネスと人の垣根なんて本当は無いのかもしれない」
     慕う相手と自分達の間で揺れ、尚戦うことを選ぼうとするチャシマを見つめ、紫王はポツリと漏らした。

    ●そして
    『すれいやぁぁぁぁッ!』
     足下の小石を蹴り散らし、イフリートの少女は飛び出す。毛並みは汚れ炎は弱々しく、それでも瞳に籠もる意思の色だけは強く。
    「それが君の意思だと言うなら、ボクは――」
     青い軽装鎧を纏ったような姿で、利恵は立ち塞がり。
    「くっ」
     猫の手による殴打に二筋の溝を両足で削りながら利恵が吹っ飛ばされる。一撃が長方盾でないのは、作り出す力すら残っていないのか、それとも。
    「白玉ちゃん、清浄さんに」
    「ナノッ」
     ナノナノの白玉ちゃんは主の命ですかさず利恵を癒やし。
    「半歩は譲って貰ったんだ、なら……残る半歩は俺達が」
     詰めると忍魔は前へ飛ぶ。ガイオウガの影響を削ぐべく繰り出したような鬼気迫る斬撃は使えない、威力を殺せるよう虎杖を緩く握ったまま振りかぶり。
    『クゥッ』
     殴られたチャシマが蹌踉めく。
    「チャシマ、合体はアフリカンパンサーが掠め取って行ったガイオウガの力を取り返してからでもいいんじゃない? だから、さ……」
    「もういいだろう? ガイオウガが、復活するまでの時間で良い……その間私達と一緒に闘ってくれないか?」
    『……チャシマ、マダ、戦エル』
     傷つく様を見ていられなかったのか、幾人かの灼滅者が声をかけるも、イフリートの少女は首を横に振った、だが。
    『ハァ、ハァ、ハァ……すれ、いやー』
    「チャシマ……」
     互いに相手を斃すつもりがないのであれば、結果は明らかだったのだ。灼滅者が一人として倒れない状況ではチャシマが一度殴れば、数発殴られることとなる。
    『チャシマ、ワカル。すれいやートガイオウガ守ル、イフリート、トッテ、良イ』
    「なら――」
     説得は実を結んだかと思われた、直後。
    『ダカラ、コレ、チャシマノ、我ガ儘』
     人の姿が崩れ、イフリートの少女は巨大な炎の猫へと姿を変える。
    「チャシマ……わかったよ。なら、その我が儘、受け止めてみせる。この身に傷を受けてでも」
    「みぃ……みいっ!」
     人の言葉ではなく、鳴き声で炎の猫は利恵に応じ、四つ足で地を蹴った。オレンジの景色の中ぶつかる焔と蒼。
    「うぐっ」
     先程の再現、ではない。四つ足の分勢いがあったか、仰け反る形で利恵の上体が反った。もっとも、それだけでもあり。
    「チャシマちゃん、ごめんなさい!」
     突進で無防備になった身体を晒すイフリートに灼滅者達の反撃を防ぐ術はなかった。
    「ふみぃっ、みぃぃっ」
     吹っ飛ばされ、炎の猫は数メートル河原を転がって止まり。
    「……チャシマ、わかってた筈だよね? あれで一人倒せても、まだ他のみんなが居るって」
    「チャシマさん……」
    「み……ぃ」
     灼滅者達の視線が集まる中、微かに顔を上げ弱々しく鳴き声をあげたチャシマはそのまま崩れ落ちる。
    「それは置いておいて、急いで癒やしましょう。手加減してたからまだ息はあるでしょうし。ほら、鳥井さんも」
    「あ、うん」
     縛霊手の指先に集めた霊力を撃ち出しつつ遥香が促せば、和馬も倒れ伏した炎の猫に近寄ると、自らの背を切り裂き、炎の翼を顕現させ。
    「とりあえず、思いとどまっては貰えたと見て良いのかな?」
     歩み寄ったアイリスは炎猫のままのチャシマの頭にそっと触れ、呟く。
    「おそらくは……」
     勝負には勝ったのだ。ならば、勝者としてすることは一つ。
    「急いで学園に戻ろう」
    「そうですね」
     傷ついた身体を押し、数人でチャシマの身体を持ち上げると一行は来た道を引き返し始めたのだった。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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