終焉に至る炎獣

    作者:六堂ぱるな

    ●死出の旅
     最後の数歩を確かめるように、ゆっくりと山頂へ歩み寄る。
     日没近い今、額の小さな角は見えにくい。顔の一部と首から両肩にかけてだけ白い漆黒の毛皮は、犬に詳しい人ならシベリアンハスキーだと思っただろう。
    「我ガ身、我ガ力、全テヲ捧ゲル」
     こんなに簡単に答えがわかる日がくるなんて。
     あの日、灼滅者に止められたのは正しかった。
    「ガイオウガ……今コソオ側ニ」
     目も眩むような炎が噴きあがった。
     漆黒の獣を覆いつくすほどの炎が放つ熱量で、岩が赤々と照らし出される。
     自らの炎に焼かれながら、獣はそっとその場に丸くなった。
     姿が揺らぎ、大地に吸い込まれるように消えていく――獣の名を、シラミネといった。
     
    ●永久に共に
     ガイオウガが復活した。
     それを察知したイフリートたちが鶴見岳に向かっている。埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)が察知したのもそんな一体だった。
    「ガイオウガの力と一つになるための自死だ。イフリートたちがこうした合体を繰り返せば、ガイオウガは完全な状態で復活してしまうかもしれない」
     完全復活を避けるなら、ガイオウガと合体させない術を考える必要がある。
    「諸兄らにはこの対処をして貰いたい」
     地図を広げて彼が現れる場所に印をつけ、玄乃はファイルへ視線を落とした。

     イフリートの名はシラミネ。
     当初は灼滅者を見下していたが、灼滅者に協力し竜種イフリートを討伐するに至った。
     クロキバと共に軍艦島を攻めた後、傷を癒していた道後温泉でいけないナースに籠絡され、灼滅者の介入でその場を離れている。
    「第一の選択は灼滅。灼滅すればガイオウガとの合体は避けられ、力を増すこともない。第二の選択は、学園に友好的なイフリートならガイオウガへの伝言を伝えて、合体させてしまうという手だ」
     ガイオウガが力を増すのは避けられないが、灼滅者に友好的なイフリートの経験や知識が伝わることで、ガイオウガに学園に友好的な印象を持たせる。
     この場合友好的に話し合い、伝言を託して見送ることになるだろう。
     そして、と難しい顔で玄乃は告げた。
    「成功する可能性は低いが、第三の選択。強い絆がある者の説得で、ガイオウガの一部となることを諦めさせる。勿論、ガイオウガの影響下では話が通じない」
     イフリートにとってガイオウガとの合体は当然の行為だ。攻撃してイフリートとしての力を弱らせなくては説得に取り掛かれない。
    「シラミネはこの場から撤退はしない。彼とどう向かい合うかは諸兄らの自由だから、悔いなき道を選んでくれ。そしてもちろん、無事に戻って貰いたい」
     灼滅者に地図を渡し、玄乃はいつものように深く一礼した。


    参加者
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    城・漣香(焔心リプルス・d03598)
    焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ

    ●意志は覆るか
     日暮れが近くても、その巨大な獣を見失う心配はなかった。
     イフリートの目は炎が噴き出しそうに紅い。竜種と化そうとしていた時と比べてさえ、別もののような雰囲気だと津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)は感じていた。
    「お久しぶりですねシラミネ、僕の事覚えてますか」
     ガイオウガとの合体なんて、させられない。
    「今日は止めに来ました、折角出来た友達を失うのは寂しいですからね」
    「ガイオウガ様トヒトツニナル!」
    「うん、多分当然なんだよな。でも……一緒にいられないのかな、オレたち」
     愛機エイティエイトを伴って焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)が語りかけた。
     答えず唸るシラミネの横へ、森田・供助(月桂杖・d03292)がゆっくりと回り込む。
     ひとりじゃ見えないこともある。それを知ってるシラミネを失いたくない。
    「お主がシラミネ殿でござるな? 拙者達は武蔵坂学園の灼滅者にござる」
     サイドをとりながら話しかけたハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)も、シラミネの動向に注意を払っていた。ハリーの方へ目を向けたシラミネが唸る。
    「シラミネ殿がガイオウガと一つになる事を望んでいるのは知っているでござる、だがその前に拙者達の話を聞いて欲しいでござる!」
    「邪魔スル者ハ焼キ喰ラウ!」
     シラミネが鼻の頭にしわを寄せて咆哮した。苛立って漆黒の毛が逆立っている。
    「灼滅者と協力して戦った事は覚えてる?」
     話を聞いて貰うまでは何処にも行かせない。過去よく似たイフリートと共闘している堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が声をかけた。
     その時のイフリートも、シラミネも、どちらも失いたくない。
    「話ハナイ!!」
     黒い毛皮から炎が上がった。熱量が本気を物語っている。
     種族の本能が囁く使命、というものを城・漣香(焔心リプルス・d03598)は知らない。
     戦うことでわかるんだろうか――不安と迷いを抱えた漣香の前に、つき従っていた煉が庇うように立つ。
     シラミネの後方を塞いで立ちながら、若桜・和弥(山桜花・d31076)は息をついた。
     仲良くできるならその方が良い、とか。個としての形は失いたくない、とか。
     そんなのは私の個人的な考えであって。それがイフリートの価値観、シラミネの価値観より正しいという訳はない。そう理解しているけれど。
     和弥と並び立ち退路を断つ片倉・純也(ソウク・d16862)は、無言のまま炎獣の背を見つめていた。
     諸々全てを考え彼が辿り着いた結論は、個体の存在の確保。だからここにいる。
     純也のサポートに来た氷月・燎は、唇を結んでシラミネを見つめた。ボール遊びが好きだと聞いたからあれこれ持ってきているが、そんな空気になるのか見当もつかない。
    (「ダークネスの選択か……どうなんのかなあ」)
     宮之内・ラズヴァン(大学生ストリートファイター・dn0164)が交通標識を構えた途端、炎が風を巻き上げて全方位へ、灼滅者めがけて迸った。

    「説得、上手く行くと良いでござるな」
     待ちうけている間に、ハリーはシラミネと既知の二人にそう言った。
     その結末はどちらに流れるのか。

    ●狂乱の炎獣
     炎の前にエイティエイトが滑りこみ、その向こうから純也の放つ光の刃がシラミネに突き立った。怯んだ一瞬、供助が生み出した風の刃が唸りをあげて飛来し切り裂く。
     前衛たちを守るべく交通標識に警戒色を灯しながら、漣香は煉に指示を飛ばした。
    「毒と封じ込めを交互にだ。顔は晒すな」
     煉が滑るように距離を詰め、シラミネの力を封じ込めにかかる。逃れようと跳び退くシラミネを追い、朱那が滑らせた鋼の糸が花のように開いて絡め取った。
     身をよじるシラミネの脚の腱を、かき消すように姿の消えたハリーが死角から断たんと斬りかかる。ざっくりと切りつけられ、シラミネが怒りの咆哮をあげた。
    「ごちゃごちゃしたことは後回しですね」
     妖の槍を構えて陽太は呟いた。時間制限がないだけ竜種化の時よりはマシだ。螺旋を描く刺突が深々とシラミネの体を抉る。
     燃える血の糸を引いて穂先が抜け、空隙に和弥が踏み込んだ。黒い毛皮のはるか奥まで、稲妻閃く重い拳撃を叩きこむ。
     注意が逸れた一瞬にサイドに回った勇真はクルセイドソードを振りかぶった。
     シラミネから手を出してきて安堵した一方、正気とは思えないシラミネに不安もある。どうあれ、弱らせなくては話せない。
     斬撃でシラミネがよろけると同時にエイティエイトが突撃をかけた。塞がりかけていたいくつかの傷口が開いて炎が噴き上がる。
     ラズヴァンも交通標識に黄色い光を灯し、漣香の加護がもれた前衛たちをカバー。
     包囲が解けないことに気付いたシラミネが、ぐるりと首を巡らして勇真を見た。地に爪をたててわずかに身を屈めた瞬間、無数の炎弾を勇真めがけて放つ。
    「大丈夫か、焔月!」
    「平気だよ!」
     皮膚がひりつくほど巨大な雷撃を撃ち放つ供助に、轟然と降り注ぐ炎の雨を凌いだ勇真は応じた。すぐさま絡みついたダイダロスベルトが傷を癒し、盾の加護を与える。

     積み重ねた時間と経験。それは全て個のものだと、純也は思う。シラミネが一つになることを望むとしても、それはガイオウガのものではない。
     だからシラミネが手放すと言うのなら、当初は灼滅しようと思っていた。
    「シラミネ、聞こえるか」
     右腕の傷跡が裂け、青黒いデモノイド寄生体がサイキックソードを呑みこんだ。実体を持たない光の刃がシラミネの脇腹を深く切り裂く。
     応えはなく、影を操ってシラミネの脚を縛める勇真の表情が沈んだ。
     かつて光の軍勢に加わろうとしたイフリートに説得を試み、灼滅したことがある。あの時は洗脳もあったけれど、諦めでなく、違う生き方の相手だとわかるからこその覚悟はあるつもりだ。
    「こちらでござるよ! ニンジャケンポー、螺穿槍!!」
     エイティエイトの機銃で跳び退ったシラミネを変幻自在のバク転とバク宙で翻弄し、地を蹴って一転、加速したハリーが槍の刺突を喰らわせる。
     シラミネとは初見の彼にとって、知己の者たちの説得が上手くいくよう、一刻も早くシラミネの狂乱を鎮めたい。
     まだ道は半ばだ。

    ●底にまで届く声
     常に行く手を遮る朱那にシラミネは業を煮やしていた。掲げた指輪から放たれた魔法弾に眉間を撃ち抜かれて転げた途端、供助の手で渦をまいた風が襲いかかり腹を切り裂く。鮮やかな炎がしぶきとなって散った。
    「シラミネ。話を聞いてくれ」
    「ガイオウガ様、ノ……!」
     跳ね起きざまに純也に喰らいつこうとした瞬間、飛び込んだ煉が代わりに大きな口に咬み裂かれた。煉を振り回そうとするシラミネの延髄に、軽々と地を蹴って舞った和弥の日本刀が突き刺さる。反射的に開いた口から煉が逃れた。
     彼の誇り、幻獣種としての使命を蔑ろにするつもりはないが、漣香は思う。
    (死んででもやるべき使命って、オレにはわかんないよ。わかんないから知りたいんだ)
     放ったダイダロスベルトが供助に巻きつき、傷を癒す。傷ついた体をおして、煉は毒まじりの風を巻き上げた。
    「また、ボール遊びを一緒にしたいんです!」
     槍を捌きながらシラミネの突進をかわし、陽太が唸りをあげる風の刃を叩きつける。
    「シラミネ殿が弱ってきているでござる、気を付けるでござるよ!」
     ハリーの叫びが一行の足を止めた。
     喘鳴を洩らしたシラミネが、燃える血を滴らせながら立ちあがる。その目の狂乱は鳴りを潜め、既知のものには見慣れた緋色の瞳だった。
    「……陽太ニ、勇真……純、也カ! 何故シラミネノ邪魔スル!!」
     シラミネが弱ったことで、ガイオウガの影響が断ち切れたのだ。

     ぐるぐると唸るシラミネへ、まず和弥が声をかけた。
    「こんにちは、初めまして。少し、お話をしよう」
    「今殴ッテタノ、スレイヤーダロ!」
    「シラミネ。仲間や王のため何ができるか考えて出した、お前の意志の邪魔をしにきたんじゃない。少しでいい、話をしよう」
     熱意をこめた供助の言葉にシラミネが口をつぐんだ。漣香は状況から攻めてみる。
    「ソロモン、スサノオ、ご当地とか、いろんな勢力がガイオウガを狙ってるんだ。ガイオウガ一人に力が集まっちまうと、狙われた時に危険だろ?」
    「ガイオウガ様強イ。ミンナ蹴散ラスカラ大丈夫」
     シラミネの小学生のような返答に呆気にとられる漣香の肩をぽんと叩き、ガイオウガの力には触れずシラミネの気性や誇りを刺激しないよう、供助が口を添えた。
    「此処にいる俺らはイフリート達と協力できれば、と伝えたくて来た。王が復活した時、傍で常に彼のために動ける仲間、しかも他の勢力と協力できる奴がいるのは凄く頼もしいと思うんだ」
    「シラミネにはさ、橋渡し役として隣に居てほしいんだ。ガイオウガが復活した時の力になってもらえたらって」
    「ガイオウガ様ノ敵ガ多イナラ、シラミネモ行カナイト」
     勇真の意図は伝わっているが、シラミネの結論は結局そこへ落ちつく。
     情勢やら何心配なことは確かにあったが、それよりも何よりもシラミネが心配だった陽太は長い溜息をついた。話を聞いていた純也が口を開く。
    「そのまま行けば、知り合いが呼び掛けても答えられない。恐らく皆には悲しく寂しい事で、俺にはただ残念だ。今一番良いことの、先を探す気はないか」
    「寂シイ? 残念ナノカ?」
     シラミネが不思議そうに振り返った。

    ●幻獣種の理想
     ガイオウガの復活を望む者が、こぞってガイオウガと一つになってしまったら。蘇った時、傍には誰か残るのだろうかと和弥は考えていた。
    「シラミネがいるから話ができる。退屈なら一緒に遊ぶ事もできるし、意見が割れた時は喧嘩だってできる。君がいないと、できなくなる。それが嫌で、皆はやって来たの」
    「王やイフリートをどう助け役に立つ? 忘れているかもしれないが、シラミネが考えて動き結果を出した事はある。あれはとても助かった、ありがとう」
     灼滅者と友好的な、ガイオウガの中に送りこむに向いている個体なのはわかっている。けれど、純也はかける言葉を全力で噛み砕いて備えてきた。
    「経験を積み、今以上に成長する様子が見たい。考える事は苦手と言うが……」
    「……考エル、苦手。ガイオウガ様ガ決メル」
     ありがとうと言われて上がりかけた尻尾を下げて、シラミネは純也の言葉を遮った。
    「イフリートとしてやなく、シラミネ自身がしたい事……誰かの為でなく、シラミネが自分の為にやりたい事ってあらへんのかな」
     燎の言葉にも、シラミネはぐいぐいと頭を振る。
    「シラミネノ望ミナンテナイ!」
    「相変わらずの、わからずやっぷりですね」
     いっそ清々しく陽太が微笑んだ。あるべき理想に己を嵌めようとするシラミネには、結局突き詰めて問うしかない。唸り声をあげて跳びかかるシラミネをいなし、陽太が顎をかち上げるようにアッパーを打つ。
    「今ノ本気ジャナイ。シラミネノ覚悟、馬鹿ニシテルノカ!」
    「それ以上傷ついたら死ぬかも知れないんだぞ! 折角の友達を失ってたまるか!」
     陽太の剣幕にシラミネがびくりと跳び離れた。それでも精一杯の力で灼滅者たちに立ち向かう。灼滅者と入り乱れるシラミネへ、燎は声を張り上げた。
    「ガイオウガの復活は悲願やろうけど、一度考えてくれへんか? お前が自分の意志で、迷いなくガイオウガのとこに行く決めるか。いままで見て聞いて知ったことから、違う答えを見つけるか」
     『せねばならぬこと』より『したいこと』に誘われているようで、シラミネは何度も頭を振った。

     炎がより強く永久に燃え続けるように、そう在ろうとするイフリートは嫌いではない。まっすぐすぎて己の価値や立ち位置が見えていないことが供助には恐ろしくもあった。
     シラミネの鼻面を叩いて断言する。
    「力が集えばより大きな火になる。それは凄いよな。でも他の奴じゃなく、今のシラミネだからできるやり方もあるんじゃないか」
    「君がやっと見つけた事、止めるのイヤだよね。ホントは応援したい。シラミネ達と、誰も消えなくて済む、違う道を探したい」
     破れかぶれに振り回される前脚をぎりぎりで避け、背筋の伸びた朱那の身体は流れるようなハイキックをシラミネに捻じ込んだ。
    「助け合うのも力になるんだって、シラミネはもう知ってるハズやない? 助け合うのは、お互いがちゃんと居なくちゃ出来ないんだ」
    「朱那殿の話を、ちゃんと聞くでござるよ!」
     シラミネが向きを変えるたびにその前を塞ぎ、ハリーが肘打ちを喰らわせる。
    「共闘するなら、シラミネと一緒に戦いたいんだ。それと、さ。単純に一度一緒に戦った、遊んだやつが居なくなるのは嫌なんだ」
     クルセイドソードを避けた脇腹に勇真の拳がしたたかに入り、脚を引きずって退くより早く、陽太渾身の拳がシラミネの頭を打ち据えていた。
    「僕は、シラミネが、大好きなんだ!」
     交渉をしようという頭はなかった。想いの丈をぶつけるしか出来なかったから。
    「……ワカラナイコトバカリ、言ウ」
     体力を使い果たしたシラミネの体が鶴見岳の斜面にどうと倒れ伏し、灼滅者たちは手を止めた。弾む息を抑えつけて漣香も精一杯を訴える。
    「なぁ、一度は竜種になるの、やめたんだろ? それならシラミネのままで、ガイオウガやオレ達と歩けないか? オレはまだ、お前に会ったばかりだ」
     戦ってみてもわかったのは決意の強さだけで。それでも生きてほしいと思うのは、こいつともっと話したいからで。己の腹に飼う闇とも共存して行きたい。
    「なぁ、一緒に生きてみようよ」
    「考えてくれないか、シラミネ」
     傍らへ歩いてくる勇真を見上げ、シラミネが低く唸った。

     振りきれない。
     見知った灼滅者の顔が、共に過ごした時間が、そして『ガイオウガと共に歩む』という言葉が、我が身を捧げようという本能にさざなみをたててかき乱す。

    ●共に歩む
     その言葉は不意に、シラミネの牙の間から押し出された。
    「……一緒ニイテモイイ」
    「ホントか!」
     勇真の表情がぱあっと明るくなった。
    「ガイオウガ様ノ役ニ立ツナラ、ソウスル。スレイヤーガシラミネヲ必要ナラ、共ニイル」
    「……ありがとな、うん、ありがとう」
     少しでも言葉が届いたら、より響いたら。そう願っていた彼にとって最上の返答。
     噛みしめるように呟いて勇真が抱きついた途端、シラミネがギャンと鳴いた。
    「っと、ごめん、痛かったか。あ、果物食うか」
    「食ベル」
     即答のシラミネに、治療ついでに『クリーニング』で綺麗にしながらハリーが謝罪する。
    「すまなかったでござる、しかしこうするしか話を聞いて貰えぬ故、許して欲しいでござるよ」
    「ワカッテル。シラミネ興奮シテタ」
     心霊手術を施しながら、漣香は気になることを確かめることにした。
    「なぁ、さっきの話だけど。オレたちの学園に来てくれるか?」
    「一緒に道を探すっつって、放りだすのもなんだしな」
    「武蔵坂学園に来て、みんなで出来ること考えてみよ?」
    「安全性を考慮するならば即時同行願いたい」
     やはり治療をしながらの供助に続いて朱那も口を添え、うっかりいつもの物言いに戻ってしまった純也のフォローには慌てて燎が入った。
    「ああその、このまま別れてどっかの勢力に狙われても難やから、一緒に学園来へんかって話なんやけどな」
     傷を舐めながらのシラミネの答えは拍子抜けするほど明快だった。
    「行ク。ガイオウガ様ノオ役ニ立テル事、知恵貸シテ欲シイ」
    「一緒に考えましょう。ボール遊びもありますしね!」
     安堵の息をつく漣香の後ろで陽太が声を弾ませた。ボールと聞いてシラミネの尻尾がぴっと立ち、純也が思い立って提案する。
    「学園に来るのであれば文字も練習してみるか」
    「アノ模様カ……」
     話の最中、状況が状況なのでアレなんですけどもとか思いつつ、和弥は治療しながらシラミネの毛皮に手を伸ばした。巨体を包む硬い毛質の黒いオーバーコート。その下には柔らかくて白いアンダーコート、モフり出すと止まらない二層構造のふわもこ毛皮。
     モフモフしまくる和弥を首にぶら下げて、シラミネは勇真が持ってきたリンゴやブドウを綺麗に食べ尽くした。勇真と燎が持ってきた各種ボールをあぐあぐしてストレスも解消。
    「日が落ちるな。そろそろ下山しよう」
     皆の治療が済むと天を仰いでラズヴァンが立ち上がった。急げば真っ暗になる前に麓へ着けるだろう。シラミネを加えた一行で下山を始める。
     ふと、足を止めたシラミネが名残惜しげに鶴見岳の山頂を見上げた。
    「傷は大丈夫でござるか?」
     気遣いながらも、ハリーはシラミネが衝動的に駆け出さないか注意していた。
    「コレシキノ傷、平気」
    「学園に着いたら、居心地のいい場所探しましょうね!」
    「改めてよろしくな、シラミネ!」
     陽太と勇真にシラミネが真っ黒い鼻を寄せた。
    「ヨロシク頼ム」 

     終焉のためにやってきた一頭の炎獣が鶴見岳を下りた。
     新たな道を模索していくことになるのは、彼も灼滅者も同じ。
     これからのことは、どうしていくかで決まっていく。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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