ヒノコ、再び

    作者:J九郎

     イフリートの首魁たるガイオウガの眠る、鶴見岳の山頂。
     そこに今、巨大な犬のような外見をしたイフリートが姿を現した。
    「ガウッ、『ガイオウガ』ノチカラ、感ジルゾ……」
     そのイフリートー―ヒノコの全身からは、気持ちの昂ぶりを現すかのように絶えず火の粉が舞い散り、周辺の草木を燃やしている。
    「クロキバ、ムカシ言ッテタ。『ガイオウガ』ト一ツニナルコトコソ、イフリートノ本懐ダッテ」
     ヒノコの全身から飛び散る火の粉が、次第に大きな炎の塊へと変化し、その炎はヒノコ自身の体をも、焼き尽くし始めた。
    「ガウッ! ヒノコモ、今コソ『ガイオウガ』ニナル!!」
     もはや自身が炎の塊と化したヒノコは、次第に地面に吸い込まれるように、その姿を消していく。
     まるで新たな力を得たことに歓喜するかのように、山が震えた。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。ガイオウガの復活を感じ取ったイフリート達が、鶴見岳に向かっていると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……イフリート達の目的は、鶴見岳山頂で自ら命を絶って、ガイオウガの力と合体することみたい」
    「合体って、ガイオウガにはそんな力があるずらか!」
     叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)が目を瞠ると、妖はこくりと頷く。
    「……このままイフリート達がガイオウガと合体を繰り返せば、ガイオウガの力は急速に回復して、完全な状態で復活してしまうかもしれない。これを阻止する為に、鶴見岳でイフリートを迎撃して、ガイオウガへの合体を防いでほしい」
    「そんで、オラ達はどんなイフリートを止めればいいんだべか?」
     ねね子の問いに、妖は集まった灼滅者達を見回した。
    「……みんなに止めてもらいたいのは、ヒノコというイフリート。何度か武蔵坂の灼滅者の前に姿を現したことがあるから、この中にも会ったことがある人もいるかもしれない」
     最初にヒノコが姿を現したのは、セイメイが死体をアンデッド化しようとしていた事件の時のこと。以来、竜種化を阻止したり共闘したりと、武蔵坂の灼滅者達と関わりを持ってきた。
    「……ヒノコは、夕暮れ時に、獣道を通って山頂を目指すはず。迎撃できるポイントは、そこになる」
     そのポイントなら、ヒノコが撤退するような心配はないのだという。
    「……ヒノコを灼滅すれば、ガイオウガの力が増す事を阻止する事はできるはず」
    「うーん。でも、せっかく友好的なヒノコを灼滅するっつうのはかわいそうな気もするんだべ」
     ねね子の言葉に、妖はしばらく視線を宙にさまよわせた。
    「……実は、ガイオウガと合体するイフリートには、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるみたい。だから、ヒノコにガイオウガへの伝言を伝えて、敢えて阻止せずにガイオウガとの合体を行わせるという方法もないわけじゃない」
     そしてさらに、言葉を続ける。
    「……あと、これは最も困難だと思うけど、強い絆を持つものが説得する事で、ガイオウガの一部となる事を諦めさせる事ができるかもしれない」
     ただし、ガイオウガの影響が強い内は合体を諦めさせることは困難であるため、手加減攻撃などでダメージを与え続けて、イフリートとしての力を弱める事が必須になる。
     さらに、もし説得に成功した場合には、他のイフリートに裏切り者として粛清されてしまう可能性があるため、保護する手段も考える必要があるだろう。
    「……これまで何かと縁があったヒノコと敵対するのは気が重い人もいると思うけど、ガイオウガの力の一部となるなら、止めないわけにはいかない。……でも止める方法は決して灼滅することだけじゃないってことも、覚えておいて」
     妖がそう締めくくると、ねね子達灼滅者は強く頷いたのだった。


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)

    ■リプレイ

    ●再会
     炎のように山が赤く染まる夕暮れ時。鶴見岳の獣道を、ヒノコは山頂目掛けて疾走していた。
     が、ある地点でその足が止まる。それは、森の中で点滅する光に気付いたから。そして、鋭いイフリートの嗅覚は、周囲に潜んでいるであろう人間の匂いを嗅ぎつける。
    「ガウウウ……」
     警戒し、唸り声をあげるヒノコの前に、待ち構えていた灼滅者達が自ら姿を現した。ここで無駄に警戒させても、意味はない。
    「私の推理が正しければ、貴方がヒノコさんですね」
     さっそく星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)が、びしっと人差し指をヒノコに突きつける。
    「いや、推理するまでもないって。顔見知りだし」
     手にライトを持った中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)は、綾にそう突っ込むと、ヒノコに向き直った。先ほどヒノコが見た光は、注意を惹くために銀都が用意してきたライトの光だったようだ。
    「平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都だ。いつぞや共に戦ったこと、覚えているだろうか」
     大剣『逆朱雀』をかざして銀都が問えば、
    「ガウッ、ヒノコ、オマエ知ッテル! ソノデカイ剣振リ回シテタ!」
     ヒノコが、すぐさまそう応じる。その様子に、居木・久良(ロケットハート・d18214)は少し安堵した。ガイオウガの影響を強く受けているとはいえ、記憶を失っているわけでも暴走しているわけでもない。ヒノコは、ヒノコだった。だから久良は、ありったけの笑顔で、
    「久しぶり。また会えて嬉しいよ」
     そう挨拶する。
    「やあヒノコくん、あんりだよ、覚えてる?」
     続けてヒノコに声を掛けたのは、廣羽・杏理(ヴィアクルキス・d16834)だった。
    「ガウッ、オマエタチトハ何度モ会ッテル。ヒノコ、覚エテル!」
     灼滅者の中でも最も関わりが強かったであろう久良と杏理の姿に、ヒノコはすっかり警戒を解いたようだった。その様子に少々心苦しさを覚えながら、杏理は言葉を続ける。
    「僕ら、君を止める為に話に来たんだ」
    「ガウ?」
     ヒノコは、意味が分からないというように首を傾ける。
    「ヒノコ殿、我等はヒノコ殿に、ガイオウガとの合体を諦めてもらいたいのです」
     ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)が、単刀直入に本題を突きつけた。
    「ガウッ? 『ガイオウガ』ト一ツニナルノ、イフリートニトッテ当タリ前ノコト。オマエタチ、ナンデソレ止メル?」
     ヒノコは本当に理解できないという様子だ。
    「以前、互いの好きな物とかしたい事とか、仲間や友人の事を語り合いましょうと約束しましたね」
     対するホテルスが語るのは、道後温泉での出来事。
    「我輩はヒノコ殿とそうやって語らう機会が永遠に失われるのは嫌です。我儘かもしれませんが、友としてヒノコ殿に生きていてほしいと思っているのです」
     ホテルスの言葉に、ヒノコはしかし首を強く横に振った。
    「クロキバ、言ッテタ。『ガイオウガ』ト一ツニナルコトガ、イフリートノ本懐ダッテ」
    「ならば、一つ聞かせてもらえますか?」
     続けてそう声をかけたのは、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)だった。
    「あなたは私達と話して、一緒に何かをして、楽しいと思いますか?」
     なつみの問いかけに、ヒノコは素直に頷く。
    「ガウッ! オマエタチト一緒ニ戦ウノハ楽シイシ、オマエタチノ持ッテクルモノハオイシイゾ」
    「ガイオウガと一つになるって事は、そういう事が出来なくなるって事ですよ」
     なつみがそう返すと、ヒノコの動きが止まった。
    「分かってほしいな。君とは別れたくないんだ」
     久良も、ここぞとばかり言葉を繋ぐ。
     うんうんと考え込み、必死で理解しようとするヒノコ。
     皆が息をつめて見守る中、やがてヒノコの出した結論は、
    「ヒノコ、ソレデモ『ガイオウガ』ト一ツニナリタイ!!」
     それは、願望とか使命感とかいう次元ではない、いわばイフリートにとっての本能のようなもの。特に、ガイオウガの影響の強いこの鶴見岳で、その本能を言葉だけで留めることは困難なことを、灼滅者達は感じ取っていた。
    「……分かったよ。止められたくないなら、まずは喧嘩だね」
     やがて杏理が、そう結論を出す。
    「ガウ? ケンカスルノカ? ナンデ?」
     戸惑うヒノコに答えたのは、垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)だった。
    「アタシはヒノコとはこれから先も色々お付き合いしたいんだよ。でもヒノコはガイオウガと合体したいんだよね。だから、どっちにするか決めるために喧嘩するんだよ!」
     そして毬衣は、『おいで、アタシの獣!』と叫びスレイヤーカードを解除、戦闘態勢をとった。
    (「さて、このままイフリートと決戦……なんてことにはなりたくないけれど……共闘って方向に持っていけないかな?」)
     柿崎・法子(それはよくあること・d17465)は一歩下がって戦闘に備えつつも、そう願わずにはいられなかった。

    ●喧嘩
    「ぐーっと溜めて、がぅー!」
     毬衣の先制のアッパーカットが、ヒノコの顎に炸裂した。
    「ガウッ! ヨク分カラナイケド、ヒノコ前ヨリ強クナッタ! ケンカ、負ケナイッ!!」
     ヒノコも、ガイオウガの所を目指すなら、灼滅者達を振り切る必要があることを理解したのだろう。反撃に転じる。前脚に炎を宿し、薙ぎ払うように毬衣目掛けて振るえば、その攻撃を、なつみがオーラを纏わせた手刀で受け止める。
    「どうしました? あなたがガイオウガと一つになりたいという意志は、その程度なのですか?」
     なつみはそのままヒノコの前脚を逸らすように受け流すと、懐に飛び込み盾状に展開したオーラを叩きつけた。
    「ガウッ! ヒノコ、マダ本気ダシテナイ!!」
     挑発に乗ってなつみに攻撃を集中させるヒノコの様子に、ここが好機とばかりに綾が仕掛ける。
    「私は初めましてですが、貴方の事は知っていますよヒノコさん。夢中になると周囲が見えなくなるようですね」
     過去に読んだ報告書の記述を思い出しながら、綾は捻りを加えた妖の槍を、ヒノコの背中に突き刺した。
    「もっとも、あくまで喧嘩ですから、灼滅するつもりはありません。安心してください」
     素早く槍を引き抜き、飛び退きながら綾が付け加える。
    「こうやってると、共闘した時のことを思い出すよな。できたらまた一緒に戦いたいぜ」
     銀都は強風を巻き起こすほどの回し蹴りで、ヒノコの纏う炎を吹き飛ばしながら、そう呼びかけた。だが、ヒノコは戦いに集中しているのか、答える様子はない。
    「もう少し弱らせないと、話をすることもできなそうだね」
     法子がダイダロスベルトを、盾役を担うなつみに鎧のように纏わせつつ呟く。
    「なら、今は全力で殴り合うずら!」
     叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)は、銀色の爪でヒノコに切りかかっていき、
    「突き込むんだよ!」
     毬衣も、拳に力を込めて打ち出していく。
    (「ガイオウガと一つになりたい意思を阻むことは、きっとイフリートである彼の邪魔をすることなんだろうね」)
     ガンナイフを巧みに捌きヒノコに肉薄しながら、杏理は心の中で葛藤していた。
    (「それでもと思ってしまうことは、灼滅者として歪んでいる気がする……」)
     それでも。それでもヒノコに消えてほしくないと願うのは、エゴにすぎないのだろうか。

    ●勝敗
     両者とも本気の攻防が続く中、やがて久良が声を張り上げた。
    「みんな、そろそろ切り替えて!」
     後方で誰よりも注意深くヒノコの様子を見守っていた久良は、ヒノコにかなりのダメージが蓄積したことを確認していた。このまま今まで通り戦えば、万一にもヒノコを灼滅しかねない。それでなくても、瀕死にまで追い込まれて、それでヒノコが話を聞いてくれなくなっても困る。だから、
    「我が父祖ホトブロートの子ホテルよ! 友と共にありたいと願う我が想いを貫く為に我に力を!」
     ホテルスが、それまで構えていたミミングスの剣を、鞘に納めた。この先は、刃をヒノコに向けることはしない、その誓いの証として。
    「ガウッ、ヤル気ナクシタカッ!」
     ヒノコが、さっそくホテルスを鋭い爪で切り裂こうとする。だが、
    「みなさんは、あなたと戦いたいんじゃなくて、話がしたいんですよ」
     そこへ、なつみが割って入った。ヒノコの鋭い爪を、両掌で白刃取りのように受け止める。ヒノコと絆を持つ仲間達が語り合う時間を稼ぐことが自分の役目と、そう定めて。
    「もう喧嘩は終わりにしよう。ヒノコくんと話したいことが、いっぱいあるんだ」
     久良が、あえてオーラを乗せずに徒手空拳でヒノコに殴りかかる。
    「アタシたちとの喧嘩、楽しいよね? アタシは、ヒノコともっと遊びたい!」
     着ぐるみ姿の毬衣は、ヒノコに全身をぶつけるように体当たりを仕掛けた。
    「ガウッ! ヒノコ、マダ負ケナイ!」
     猛るヒノコの全身から、火の粉が無尽蔵に飛び散り、灼滅者達に降りかかる。しかし、
    「その様子じゃ、実際は大分弱ってるみたいだね」
     直後に法子の放った聖なる風が、火の粉を吹き飛ばしていった。
    「私の推理が正しければ、この一撃で喧嘩は終わりです!」
     そして、舞い散る火の粉の中を、綾が駆ける。気付いたヒノコが飛び退ろうとするよりも早く放たれた掌底が、ヒノコの鼻頭を強打した。
    「キャウンッ!!」
     ヒノコは悲鳴を上げて跳び上がり、そのままドウッと地面に倒れこんだのだった。

    ●ヒノコの選択
    「ガウ……マタ負ケタ。ヒノコ、情ケナイ」
     法子と綾に傷の手当を受けながらしょんぼりしているヒノコに、クッキーを手に持った杏理が歩み寄っていく。
    「さあ、喧嘩が終わったら仲直りするものだよ」
     差し出されたクッキーを、ヒノコはすぐさま平らげ始めた。その様子を見守りながら、杏理は口を開いた。
    「本当は、君の意思を止めたくはない。でも僕、ヒノコくんがいなくなってしまうのが嫌だ。もっと一緒に食べたり、遊んだりしてみたい」
     クッキーを頬張りながら、ヒノコは真面目に杏理の言葉に耳を傾けている。一時的とはいえ、ガイオウガの影響が弱まっているのは間違いなさそうだった。
    「ガイオウガ殿の元にヒノコ殿が行かれた方が学園からすればありがたいのかもしれません。ですが我輩はヒノコ殿と言う友に居てほしい! ヒノコ殿と語らいたいのです!」
     ホテルスがそう説くと、
    「ガウ、オマエタチ、ヒノコノ……トモダチ?」
     ヒノコが、やや自信なさげに問いかける。
    「当然なんだよ! アタシはヒノコとお肉食べたり、話したり、一緒に過ごしたい! アタシ、ガイオウガも大事だけど、ヒノコのことも大事だから!」
     毬衣がそう言って牛ヒレ肉の塊を取り出し、ヒノコに差し出した。
    「ガウウ……」
     反射的に肉に齧りつきながらも、ヒノコはヒノコなりに、精一杯考え込んでいるようだった。
    「俺もヒノコくんがいなくなったら悲しいな」
     そう言ってヒノコの前に立った久良は、ヒノコの目をまっすぐに見ると、懐から手品のようにヤキイモを取り出した。
    「実は俺、手品なんかよりもずっと、料理が上手なんだよ。学園に来てくれたら、絶対にヒノコくんに美味しいものをごちそうするよ」
     手品もヤキイモも、久良とヒノコが初めて出会った時の、大切な思い出だ。
    「それに、あなたに消えてほしくない人は、他にもいますよ」
     なつみの声に振り向けば、そこにはヒノコにも見覚えのある灼滅者達の姿があった。
    「私のことも……覚えてる?」
     最初にヒノコに声をかけたのは、リステアリス・エールブランシェ。久良と共に、一番最初にヒノコと出会った灼滅者だ。
    「私、は……灼滅者。でも、ダークネス、になったら……たぶん、私はヒノコとの……思い出、覚えていられない……」
     たどたどしく、でも懸命に。
    「ヒノコは、ヒノコとして、私たちとの……思い出、覚えていてくれる? 私は、自分が、自分じゃなくなる……思い出を忘れてしまう……それが、一番……怖い。だから、一緒に……帰ろう?」
     持てる限りの言葉を尽くして、そう呼びかけた。
    「ヒノコ殿、久しいの」
     次いで、倉丈・姫月が、ヒノコに語り掛けた。
    「聞けば自身を犠牲に捧げるおつもりと聞いた。悪いことは言わぬ、止められよ。今だ情勢は定まらず、一体の強大な個によって全てが決する期ではない。なりより貴殿は武蔵坂との絆を結んだ者。貴殿が居なくなるのは悲しい」
    「オレ、ヒノコの気持ち少しだけ分かるよ。大事な存在の為に、力になりたいって気持ち」
     そう告げたのは、黒谷・才葉だ。
    「死んじゃってもいいって思えるくらい、ヒノコはガイオウガが大切なんだな。でもごめん。オレはヒノコに生きて欲しい。生きて、傍でガイオウガの力になることだって出来るよ」
     あの時繋いだ命と絆を失いたくない、そんな思いがヒノコに届いてほしいと、願いを込めて。
     そんな才葉の言葉を継ぐように、堀瀬・朱那がヒノコと目を合わせる。
    「一緒に戦ったの覚えてる? 協力する事、助け合う事、守り合う事……楽しい事。一人じゃ出来ない事、色々したよね。ガイオウガと一つになる、それはキミ達にとってきっと何より大事な事。けれど、ヒノコ達が望むのと同じ位、ヒノコに生きてほしいって人が沢山いて、ミンナが助け合って強くなれるなら、あたしはその方がずっと楽しいと思う。だって誰も、居なくならないから」
     そして最後に、穂照・海が一歩前へ出た。
    「あの時、キミがまた会いたいと言ってくれた事は覚えている。キミはヒノコであることをやめて、それでいいのかい? ……ガイオウガとひとつになったら、キミはもうヒノコではなくなってしまう」
     海はヒノコとしっかり顔を合わせて。
    「僕達はキミを友達だと思っている。だから生きていて欲しい。そして、これからも友達でいては駄目だろうか?」
    「ガウウウ……」
     ヒノコのことを知る灼滅者が、これだけやってきてくれたことに、ヒノコは心揺さぶられているようだった。それは、イフリートの本能すら揺るがすほどに。
    「貴方は寂しくないですか、彼らと二度と会えなくなるのが」
     ここぞとばかりに、綾がヒノコに問いかける。
    「そして、貴方に会えないと悲しむ人達がまだ学園にはいます。だからガイオウガとの合体、考え直していただけませんか」
     綾の言葉に迷うヒノコの傍らに、いつの間にか法子が立っていた。
    「色々動いていると、どうしても知り合いが居なくなる場面を見てしまってね」
     法子は一人語りをするかのように、ヒノコの反応も見ずに先を続ける。
    「……もうあんな思いは嫌なんだよ。『人も灼滅者もダークネスも居なくなっていくのを見るのが!』止められるならば止めてほしい! ボクはその為に来た!」
     急に声を張り上げた法子に、びっくりした顔を向けるヒノコ。
    「ガウ……居ナクナルノガ嫌、ヒノコモ分カル。ヒノコモ、クロキバガ居ナクナッテ、スゴク寂シカッタ」
    「寂しさを知ってるなら、考えてみてくれ。ガイオウガのとこに行くのはいいが一つになったらどうなる? そうしたら、ガイオウガ様は独りになっちまうだろ」
     銀都の言葉に、ヒノコはハッとしたように目を見開く。
    「ガイオウガに寂しい思いをさせちゃいけねぇ。俺達とヒノコみたいな、友達がいたほうがきっと楽しいからさ」
     それに、と銀都は照れ臭そうに言葉を続けた。
    「俺はな、ヒノコのことが気に入って……ま、好きなんだよ。だから消えてほしくないんだ」
    「ヒノコノコト、好キ? ヒノコガ、クロキバノコト、好キダッタミタイニ?」
     ヒノコのクロキバへの思いは、友達に対するものというより、親や師に対するものといった方が近いだろう。でも、似た感情を共有できるなら、きっと想いも届く。
    「ヒノコくんはクロキバのことが本当に好きだったんだね。だったら、クロキバが果たせなかったこと……彼の遣り残したことを、僕らと一緒にやらないか? 他のイフリートも学園に来ているんだ。君にも来てほしい、お願いだよ」
     杏理のその言葉は、ヒノコにとって思いもよらなかったことのようで。
    「ヒノコガ、クロキバノヤレナカッタコト、スル……?」
     それからヒノコは必死に頭を働かせて、皆から言われたことを理解しようとした。
     たぶん、生まれてから一番考えて。
     だって、これまでヒノコの生きる道は全部クロキバが決めてくれたから。
     だからクロキバが居なくなって、クロキバを継ぐことも出来なかった時、ヒノコに残された道はクロキバの遺した『ガイオウガと一つになる』という道だけだと思いこんだ。
     でも、他にも道があるのだとしたら。
     合体せずにガイオウガの力になれるのだとしたら。
     なにより、『友達』と別れないで、寂しい思いをしないでいいのだとしたら。
     長い葛藤の末、ヒノコが俯けていた顔を上げた。
    「ガウッ! 分カッタ。ヒノコ、オマエタチト一緒ニ行ク!」
     ヒノコが考え抜いて出した結論に、久良は泣きそうな顔で笑って、
    「ありがとう、ヒノコくん!」
     ヒノコの首筋にかじりついた。
    「ヒノコ殿の居場所は、事前に学園に交渉してありますのでご安心を」
     ホテルスが、そう言って一礼し。
    「友達になった記念だ。このイフリート焼きをあげるよ」
     法子は学園祭での炎血部名物をヒノコに差し出した。
    「ガウッ!? ヒノコ、共食イシナイ!」
     ヒノコの頓珍漢な反応に、一同から笑いが上がる。
     暖かな雰囲気の中で、皆、こんな関係がずっと続くことを願うのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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