鬼怒川宇奈月温泉怪人

    作者:空白革命


    「くらえっ! 江戸から続く歴史ある町並みビーム!」
    「なんの、モダン建築から繰り出す絶景風呂ビーム!」
     二つの破壊光線が中空でぶつかり合い、激しい衝撃波を生みながら爆ぜる。
     カラーリングや装飾の異なる二つのご当地怪人が、衝撃波を防御しつつ顔を上げた。
     温泉マークのついた饅頭にも似たフルフェイスヘルメット。そしてボディスーツとマントというオーソドックスなスタイルだが、どちらも歴史を背景にもつ強力なご当地怪人だ。
    「フッ、さすがは鬼怒川温泉怪人。わがライバルよ」
    「貴様もな。宇奈月温泉怪人。だが知名度なら私が上! トウッ!」
    「地形的有利を舐めるな! トウッ!」
    「「私は、貴様を倒してより強力な温泉怪人となるのだ!」」
     二人は空中でキック体勢をとると、流星のごとくぶつかり合った。
    「「温泉饅頭キック!」」
     交差爆発。
     両者着地。
     そして同時に立ち上がり……。
    「温泉業界を……任せた、ぞ」
     鬼怒川温泉怪人は膝を突き、爆発四散した。
     飛び散ったサイキックエナジーはまるでそうなることが当然であるかのように宇奈月温泉怪人へと流れ込み、ヘルメットには温泉マークが二重に表示された。
    「貴様の願い、受け取ったぞ。鬼怒川」
     

     サイキックリベレイターの影響でガイオウガの力が高まり、イフリートによる事件が多く発生している。
     だがそんな中で……。
    「ご当地怪人に、これを利用しようという動きが起きている。ご当地幹部『緑の王・アフリカンパンサー』がガイオウガの力を利用し、合体ダブルご当地怪人を生み出すようになったようだ」
     アフリカンパンサーはガイオウガの身体の一部を持っている。おそらくこれが影響し、新たな能力となっているのだろう。
    「合体ダブルご当地怪人はライバル関係にあったご当地怪人を戦わせ、勝利者に二体分のガイアパワーを集中させて強力な力をもたせたものらしい。ガイオウガに行くはずのパワーが奪われるのはいいことかもしれないが、ご当地怪人に流れるんじゃ話は別だ。こいつを倒し、企みを阻止してくれ」
     
     今回の合体ダブルご当地怪人は宇奈月鬼怒川温泉怪人。略して『宇鬼泉怪人』だ。
     湯ノ花ビームや温泉まんじゅうキックといったオーソドックスな攻撃に加え、温泉効能によるバトルオーラを使う武闘派である。
     それが二倍のパワーを獲得したとなればとてつもない強敵だが……今は決戦のダメージが残っている段階。倒すことは可能なのだ。
    「戦うのは決戦が終わった段階を一応、勧めておく。前段階に乱入すると結託される上に、シチュエーション的にかなり厄介な底力を発揮する筈だ。どのみちどちらかが倒れれば合体してしまうしな。だが……」
     ニトロはにやりと笑って首を傾げた。
    「あえて不利な道を選んで、熱いバトルを感じたいってんなら……俺は後者を薦めるね。そこは、話し合って決めてくれ。全てはお前にかかってるんだからな」


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)
    蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)

    ■リプレイ

    ●温泉街に明日はあるか
     熱海鬼怒川宇奈月越後湯沢。全国津々浦々の温泉街は今から遡ること三十余年前に絶世の栄華を誇っていた。
     時はバブル遊びの時代。金を持て余した会社員たちがわんやわんやと遊びに通い、人もごちそうもいくらあっても足りない始末。
     しかし、時は経ち、平成の世も末かというこの時勢……。
    「決着を、つけよう」
    「温泉街の、未来のために」
     二つの温泉街怪人は、いま決着の時を迎えようとしている。
    「温泉か。別に気持ちよくは入れればどちらでもいいんだけどな」
    「鬼怒川は知ってたけど、宇奈月は知らなかったなの」
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)と羽刈・サナ(アアルの天秤・d32059)は物陰に隠れ、怪人たちの様子をうかがっていた。
     同じく物陰にいた蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)がバッと振り向く。
    「とんでもない。どちらも素晴らしい温泉なのです。その温泉パワーが合わさったら、どんな恐ろしい怪人が生まれるか……しかし、わたし達は負けないのですよ」
    「おさらいするけど」
     手元の小石をもてあそぶ立花・環(グリーンティアーズ・d34526)。
    「勝った方……というか予測によれば宇奈月温泉怪人が相手のパワーを吸収して合体ダブルご当地怪人になるんですよね。私たちはその後に戦いを挑むと」
    「そう。いずれサイキックリベレイターを打つであろうご当地怪人にこれ以上力を与えるわけにはいかない。確実に灼滅する」
     キッと振り向くシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)。
     ヌッと振り向く靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)。
    「そして皆さんの靴下をわたくしがカレーの具にして食べる」
    「やめて」
     ノーサンキューポーズで押しのけられて、蕪郎は寂しく自前の靴下をもぐもぐした。
     一旦脳内から追い出して話を戻す、雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)。
    「しかし……わざわざ相手のご当地にいく心意気、粋ですねえ」
    「しかも派手だ。おい、そろそろ決着がつくぞ」
     天方・矜人(疾走する魂・d01499)が合図を出した。
     お互い温泉饅頭キックを交差させ、決着をつけた二人の怪人。
     やがて生まれた宇奈月鬼怒川温泉怪人略して、宇鬼泉怪人。
    「そこにいるのは分かっている。出てくるがいい」
     彼はダブルになった温泉マークを光らせ、ゆっくりと振り返った。


     場所は廃墟のホテル。ゆっくりと振り向いた宇鬼泉怪人は、ファイティングポーズをとって手招きした。
    「来い。俺は逃げも隠れもせん」
    「上等――ヒーロータイムだ!」
     矜人はロッドを出現。くるくると回転させると、拳を中心に雷を纏わせて突撃した。
     巧みに繰り出す棒術を、手刀や蹴りで弾いていく宇鬼泉怪人。
    「決着早々悪いが、倒れて貰うぜ!」
     素早く後ろに回った明日香が抜刀。繰り出された斬撃を、宇鬼泉怪人はオーラを纏った手刀で弾いた。
    「トゥ――温泉ショット!」
     宇鬼泉怪人は跳躍して距離をとり、矜人たちめがけてオーラの弾を連射した。
     温泉の熱いオーラが迫る。
    「とっておきだ、味わいな!」
     矜人は手のひらを突き出し、電撃を放射した。
     オーラと相殺……かと思いきや、より強力なオーラが矜人へと殺到した。
    「ぐおっ!」
     それ以上の追撃をさけるために、矜人を引っ張って離脱させる明日香。
    「強化されたご当地怪人にタイマンはってどうすんだ!」
    「くっ、1+1は2以上だったか……回復を」
    「任せてくだサァイ!」
     蕪郎が両手でサムズアップ。
     高速で腰を前後に振ると、来ていたツナギを内側から引き裂いた。
    「ソオオオオックス、ダイナマイツ!」
    「な゛の゛オ゛!」
     光を放つ蕪郎。靴下を頬張るみずむしちゃん(ナノナノ)。
     その光が矜人のダメージをぬぐい去り、尚且つ追撃のオーラショットを打ち払っていく。
     独特な射撃姿勢をとる榛名とサナ。
    「あなたを野放しにはできないのです。いくら温泉愛があろうとも、世界征服をもくろむなら阻止して見せるのです!」
     榛名が掲げた両手を中心に、大量の影技ブレードとギロチンが出現。
     それらが宇鬼泉怪人へと殺到する。
    「邪魔があることは重々承知! 私は宇奈月の……いや宇奈月と鬼怒川の……いや全ての温泉を世界の頂点とするのだ!」
     殺到する大量の刃を打ち払いながら突撃してくる宇鬼泉怪人。
     サナは割り込み、天秤を翳した。
     すると彼女の衣装が一新され、豪華なウェディングドレスへと変貌する。
    「だめなのっ」
     天秤の周囲に弾丸が次々と生まれ、次々に宇鬼泉怪人へと放たれる。
     それまで蓄積していたダメージも相まって、宇鬼泉怪人は大きく吹き飛ばされた。
    「今です、ご当地ビーム!」
     菖蒲の放ったビームを、空中ガードで受けきる宇鬼泉怪人。
    「くっ、このくらいのビームなど……!」
    「来るなら宇奈月にすれば良かったんです。鬼怒川なんて遠征しすぎですよ!」
    「それに、あの力はガイオウガのために用意されたもの。利用はさせない」
     シャルロッテはさらしを変形させると、空中へと解き放つ。
     解き放たれたさらしはそのまま環へと巻き付き、強固な鎧に変化した。
     宇鬼泉怪人が反撃にと放ったオーラを弾くほどの頑丈さだ。
     眼鏡をチャッと直す環。
    「更に攻めます、プリンセスモードッ!」
     環の衣装が一段豪華なものにチェンジ。きらめいたエプロンやスカートをひらめかせ、マグロランチャーを担いだ。
    「マグロ乱れ打ち!」
     ビームや毒液が次々と放たれ、宇鬼泉怪人へと叩き込まれる。
     あがる土煙。思わず環が『やったか?』と脳内で呟いたぐらいに、あたりは静かだった。
     がらり、と砕けた壁が落ちる。


     榛名と菖蒲は、ぎゅっと手を握って目を背けた。
    「その効能(ちから)があれば、世界平和だって望めたはず」
    「宇奈月には宇奈月の良さがあった。それを混ぜてまで、突き進む覚悟なんですね」
    「そうだ……その通り……」
     崩れた壁の向こうには、大きな写真が飾ってあった。
     とても古い、しかし豪華な額縁に入った写真だ。
     陽気な男たちが肩を組み、ビール瓶を翳している。彼らは二種類のハッピを着ていた。鬼怒川と宇奈月、それぞれの文字が刺繍されていたハッピである。
    「しかし現代、温泉街は生き残れない」
     菖蒲が咄嗟に防御姿勢を組むが、シャトルバスの如く高速で走る宇鬼泉怪人の膝蹴りによってホテルの外壁ごと突き破って野外に飛び出した。
    「バブル崩壊後の日本! 温泉地という都合上交通の便が悪ければマイカー旅行率の低い現代では死活問題!」
     一緒になって野外に飛び出した宇鬼泉怪人を追いかけるべく矜人と明日香、そして蕪郎が飛びかかる。
    「いざ来てくれても出せるものといえば温泉とそこそこの高級料理。周辺娯楽施設は撤退していく現状!」
     連続パンチによってリーチを稼げず、払われる矜人たち。
     地面に着地した彼らに一拍遅れて、榛名と環、そしてサナが壁の穴から跳躍。空中から狙いをつけてビームを連射するが、宇鬼泉怪人は高速の反復横跳びで回避した。
    「慰安旅行客の激減から提供するサービスの方向性は多様化を求められる。しかしそれを考えるべき経営者たちは皆老いている!」
     打ち出されるオーラショット。シャルロッテが間に割り込みラビリンスアーマーを展開するが、さらしを貫いてオーラが彼女に直撃した。
    「変化が必要なのだ。再び栄華を、などとは言わん。せめて温泉街が温泉街のまま、末永く存在する世界にせねば……!」
    「それでも、渡さない」
     シャルロッテはギラリと目を光らせた。
     天に手を翳し、天魔光臨陣を発動。
     周囲の仲間たちを奇妙な光が包んでいく。
     光を受け、環は今再びマグロランチャーを構えた。
    「そこです、玉露ビーム!」
    「ぐおっ!?」
     心安らぐ玉露の香りが宇鬼泉怪人を覆っていた温泉オーラを打ち払った。
    「これは、九州温泉協会推奨――『玉露の香り湯』の力! まずい!」
     咄嗟にオーラを練り直す宇鬼泉怪人。だがそれが隙となった。
    「くらいな――スカル・ブランディング!」
     急速に距離を詰めた矜人がロッドに激しいエネルギーを漲らせ、宇鬼泉怪人のボディへと叩き込む。
     ホテルの外壁に叩き付けられる宇鬼泉怪人。
     そこへ追撃とばかりに明日香がギルティクロスを発射。オーラのナイフが宇鬼泉怪人の身体を外壁へと縫い付けた。
    「く、こんな所で……私が……!」
     苦し紛れに放ったオーラショット。
     しかし、残像を作りながら高速で反復横跳びする蕪郎によって全てしゃぶり尽くされた。
     どころか宇鬼泉怪人のはいていた靴下までいつのまにかスリとられ、蕪郎の両頬に詰まっていた。
    「もももふも、もふも!」
    「NANOOOOW!」
     オーラのダメージが腰のフラインドと靴下の味わいに吸収され、蕪郎とナノナノの回復によって打ち消されているのだ。
    「宇奈月怪人さんは、アウェーなのに勝って、すごいの」
     サナは天秤をそっと胸に抱くと、影をざわつかせた。
    「終わったら、宇奈月の温泉にもきっと行くの。だから――」
     目を瞑るサナ。影の中から飛び出した巨大な影業ワニが宇鬼泉怪人へ食らいつく。
    「ぐあああああああああああ!」
     片腕をとられた宇鬼泉怪人。
     残る腕でビームの構えをとる。
     迎え撃つは菖蒲と榛名だ。
    「湯ノ花の芳ばしい香り――けれどわたしの蓬餅愛は負けないのですよ!」
     榛名の背景に広がる青々とした野原。
     よもぎの香りに包まれて、榛名は巨大なビームを発射した。
    「蓬餅ビーム!」
    「よもぎだと? これは関西温泉協会の――ぐうっ!」
     よもぎは薬草湯としても使われ血行促進は勿論切り傷などの殺菌作用と精神ストレスの解消にも役立つ有能な温泉素材なのだ。
     宇鬼泉怪人の残り少ないパワーがみるみる削られていく。
     だが最後の力を振り絞り、宇鬼泉怪人はビームを放った。
    「薙ぎ払ってやる、宇鬼泉湯ノ花ビーム!」
    「貫いて見せます――」
     菖蒲もまたビーム発射姿勢をとり、自らに湯ノ花の香りを纏わせた。
    「鬼怒川温泉ビーム!」
    「何ッ!?」
     菖蒲のビームは宇鬼泉怪人のビームを打ち破り、激しい爆発をもって宇鬼泉怪人を吹き飛ばした。
     ホテル内に転がる宇鬼泉怪人。
     ガラガラになったホテルロビーや遊戯室。その中で、宇鬼泉怪人はゆっくりと頭をおこし、そして力尽きた。
    「一生に一度でいい……温泉に、来て……く……」
     ヘルメットが地面につく。そして、宇鬼泉怪人はサイキックエナジーの粒子となって崩壊した。

     暫く、誰も口を開かなかった。
     あらゆる意味で人がいなくなり廃墟となったホテルが、全国の温泉街が抱える現状を訴えているように思えたからだろうか。
     それとも、サイキックリベレイターによってうつろうこの世界の未来を案じたからだろうか。
     だが一つ、ハッキリとした事実がある。
    「帰りに温泉、寄っていこうぜ」
     温泉街がかつての栄華を喪ったとしても、温泉は今もわき続けている。
     全国の様々な場所で、人々を癒やしている。
     今日の戦いでおった疲れを落とすように、世界の悲しみや痛みも、もしかしたら……。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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