炎、月下に猛る

     煌々と月が世界を照らす夜。
     夏の熱を含んだ風にまぎれ、深緋の炎を散らして獣が疾駆する。
     ざっ、と開けた場所へ出ると足を止め、ぶるりと身を震わせたその時、獣の姿が不意に揺らぐ。
     まとう炎と同じく深緋の髪を揺らし、炎を閉じ込めた瞳がじらりと周囲を見回した。
     その肢体はしなやかで逞しく、しかし女の柔を損ねていない。
     義理堅く剛毅な性格が表れた顔もまた端整で、直前まで獣の姿であったことを忘れれば、女性ながら併せ持つ男性的な美しさに見惚れてしまうだろう。
     ヒトの姿を取った炎獣はふうっと息を吐き、豊かな胸に指を這わせた。
     柔肉の奥にあるモノ――魂へ。
     時は来た。ああ、今この時こそが悲願成就の時。
     だが。
     ふと、脳裏に姿がよぎる。彼女へ声をかけた、あの姿が。
     迷ってはいけない。自らの成すべきことを為さねば。
    「ガイオウガヨ、ワガタマシイヲミモトニササゲン!」
     絶吼と共に肌へ触れた手のひらから炎が迸り、あっという間に麗人の姿を包んでいく。
     イフリートはヒトの形を失い、巨大な炎の塊となると、まるで雨がそうなるように地面へと吸い込まれた。
     そして後には、静寂。
     
    「サイキック・リベレイターによるガイオウガの復活を感じ取ったイフリートたちが、鶴見岳に向かっているんだ」
     あどけなさの残る顔に今は無表情に近い真摯を浮かべ、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は集まった灼滅者たちを見回し告げた。
     姿を消したイフリートは鶴見岳に向かっており、鶴見岳山頂で自死し、ガイオウガの力と合体しようとしているようだ。
    「イフリートたちがガイオウガと合体を繰り返せば、ガイオウガの力は急速に回復し、完全な状態で復活してしまうかもしれない」
    「それを阻止するためには、鶴見岳でイフリートを迎撃し、ガイオウガへの合体を防がなければならない、か」
     後を継いで白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が渋い顔で口にした。
    「みんなに迎撃してもらうのは、トキワ……遥凪は知ってるかな、道後温泉の時の」
    「ああ……」
     淫魔により篭絡されかけていた手負いのイフリートだ。義理堅く剛毅で誇り高く、そして戦いを好み色事に疎い。
     エクスブレインは資料を取り出しはらはらとめくる。
    「トキワが現れるのは、日が沈んでしばらくしてから。場所は鶴見岳の山頂の……ええと、この辺り。開けているし月明りもあるから、灯りは必要ないと思う」
     能力はイフリートと、あと無敵斬艦刀に近い能力を持っているよ、と続けた。
     イフリートを灼滅することができれば、ガイオウガの力が増すことを阻止することができるだろう。
    「ただ、合体してガイオウガの一部となるイフリートは、その経験や知識をガイオウガに伝える役割もあるみたいなんだ。だから、学園に友好的なイフリートなら、ガイオウガへの伝言を伝えて敢えて阻止せずにガイオウガとの合体を行わせるという選択肢もあるかもしれないな」
     この場合は、迎撃ポイントで接触した後、イフリートとの友好を深めたり、伝えたい内容を確実に理解してもらうといった準備が必要となる。 
    「あと、可能性は低いけど、強い絆を持つものが説得すればガイオウガの一部となることを諦めさせることもできるかもしれない」
     この場合も、ガイオウガの影響が強い場合は不可能なので、手加減攻撃などでダメージを与え続けて、イフリートとしての力を弱めることが必須になるだろう。
    「強い絆を持つ者の説得か……」
    「うーん……あ、でも」
     眉間に皺を寄せる遥凪に、日向がぺちりと両手を叩く。
    「好戦的だけど相手を尊重する性格みたいで、ちゃんと話をする態度で接すればきちんと話を聞いてくれると思う。あの戦いの結果がどうなったのか。それから……自分の殺気に立ち向かった少年のことが気になっているみたいだから、そこから切り込むことはできる、かも?」
    「ああ、彼女はあの淫魔を気にかけていたからな」
     応えて、それからいっそうに眉間の皺を深くした。
    「……私からは何とも言えないな」
     目を閉じ首を振る遥凪に、日向は何も言い返さなかった。
    「イフリートとは少なからず縁があるけど、ガイオウガの力となるのは阻止しなきゃいけない。思うところはいろいろあるだろうけど、後悔のない結果になるように願ってるよ」
     エクスブレインは神妙な面持ちで灼滅者たちを見ながらそう告げ、いってらっしゃい、と送り出した。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    羽柴・陽桜(波紋の道・d01490)
    森田・依子(緋焔・d02777)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)
     

    ■リプレイ

    ●コトバアワセ
     その疾駆は木々も避け、夏の熱気が触れまとうことを躊躇う。
     ざっ、と開けた場所へ出ると足を止め、
    「ダレダ」
     グルル……と低く唸りながら炎獣は振り返った。気配を察して。
     果たして。姿を見せたのは、年若き灼滅者たちである。
    「初めましてね。あたしは玉城曜灯」
     真っ先に進み出てスレイヤーカードを解除し、正面に堂々と無防備に立って、玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)は、内心の迷いを表さずに名乗る。
    「あなたの名前、実は知ってるんだけど、あなたの口から教えてくれない?」
    「……ナニ?」
     奇妙な問いにイフリートは灼滅者たちを見やる。武器を所持している者もいるが、少なくとも敵意は向けていない。
     両手を挙げ、攻撃の意思がないことを伝える久織・想司(錆い蛇・d03466)を一瞥し、どう動くべきかと警戒をしながらひとりずつの動向に注意する炎獣に、片倉・純也(ソウク・d16862)が名乗った。
    「武蔵坂所属、片倉純也。そう時間はとらない、会話を希望する。警戒するならこの場、急ぐなら道中で問題無い」
    「あの時の無礼の詫びと、これからのことを望みたいんだ」
     彼に次いで躊躇いがちに請うた白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)に、炎獣のまとう炎が揺れた。
    「アノトキノスレイヤーカ」
    「遥凪だ。白嶺・遥凪」
     名乗りを受け、足踏みしぶるりと身を震わせたその時、獣の姿が不意に揺らぎヒトの姿となる。
    「シッテイルトイッタナ。ダガナノロウ。トキワトイウ」
    「トキワ、初めまして。武蔵坂学園の灼滅者っす。少しお時間頂きたく」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)は改めて灼滅者として名乗り、武器を少し離れた場所へと向けた。
    「(昭和新山の件が気にかかるっすね。両方にいい顔をして、最後に両方敵に回さなければいいんすけど。ま、これは交渉の場では顔色にも出しちゃいけないっすけど)」
     ポーカーフェイスを努めようと思いながらも、相手に警戒を与えないように努める。
    「武器はここへ刺しておくっす。自分らに害意があるかはバベルの鎖で視てくださいな」
     そう主張する灼滅者に、深緋の髪を払い、炎を閉じ込めた瞳で値踏みするように見つめるイフリート――トキワへ、森田・依子(緋焔・d02777)はそっと一礼をした。
    「トキワさんですね。私、森田と申します」
     武器は構えず無手の両手を上げ、会話に来たことを示す灼滅者を、真意を問うような視線が射る。
    「あなたが向かおうとしている道を邪魔にしに来たのではなく、その前にひと時お話がしたくて来ました」
     お時間をいただけませんか。丁寧で礼儀正しく乞う彼女に続き、居木・久良(ロケットハート・d18214)が真っ直ぐにトキワの目を見て名を名乗り、
    「俺は戦うつもりはないしできればトキワさんの手伝いがしたい。俺にはイフリートの友達がいるから」
     ゆっくりと心を込めて話す少年に燃える瞳を向け、それから灼滅者たちを見回した。
     その視線に剣呑な色はない。
    「オマエタチハ、アノトキノスレイヤートハチガウ。ナラバワタシモ、アノトキトチガウ」
    「……すまなかった」
    「ナニヲアヤマル?」
     謝罪の意味を問われ、遥凪は声を喉から絞り出すように答えた。トキワは静かに頷く。
    「オマエハワルクナイ。オマエタチモ」
     あの場にいなかった者を咎めることはしないと。
    「ハナシタイコトガアルノニ、キカナイノハヨクナイ」
     まったく裏のない言葉に羽柴・陽桜(波紋の道・d01490)がそっと息を吐いた。
     彼女の心にはある青年の姿がある。想い人ではない。かつてこのイフリートと対峙した時のこと、それを気にかけている。
     エクスブレインは『好戦的だが相手を尊重し、話をする態度であればきちんと話を聞く』と言っていた。
     少なくともトキワは話を聞くだけの態度を取っている。であれば彼女たちもまた聞いてもらうための態度で臨まなければ。

    ●コタエアワセ
     座って話さないかとの提案を、イフリートは少しの迷いの後に受け入れた。
     久良が用意してきたサンドイッチを広げると、興味を持ったかすんすんと顔を近付ける。
    「この国の葡萄で造った葡萄酒をお持ちしやした。血のように赤いこの酒を飲みつつ、共に語らいやしょう」
     ギィがトキワへの手土産だと取り出したワインのボトルに、仲間たちの視線が集まった。
     もちろん、感心ではない。
    「自分らは葡萄の汁っすけど、酔ったところを襲う気は無いんで念のため。そもそも、バベルの鎖がある以上、酔わないでやしょうし」
    「オマエハノマナイノカ」
    「残念ながら自分では飲めないっすけどね。味わいはまろやかで芳醇な香りが特徴との事」
     どうぞと差し出すが、不審げな表情でボトルを見はするものの、トキワは受け取る素振りすら見せない。
    「ジブンタチガノマナイモノヲ、ワタシニノメト?」
     今この場に集まった灼滅者はひとりの例外もなく未成年者だ。
     未成年者の飲酒は認められておらず、それを踏まえて自分たちは飲まない飲めないと彼は言うが、その事情を知らないイフリートにとっては不審以外の何物でもなかった。
     想司は不意打ちに備え身構え、気分を害したなら申し訳ないと純也がすぐに謝罪し説明すると、いぶかしむ様子はあったが一応納得はしたようだ。
     そちらはどうなのだとサンドイッチを示すトキワに久良は手に取って一口食べて見せた。
    「一緒に食べようと思って持ってきたんだ」
     言いかけた彼の食べかけを、彼女は一口で食べてしまう。
     スパイスを効かせてさっぱりとした味付けのそれは少し刺激が強かったようで小さくむせ、同じものを食べれば毒はないと言った。
     その様子にくすりと笑い、
    「学園の人が前にトキワさんに会ったときの話を聞いてきたよ。できればトキワさんが気にしてる人を呼べれば良かったんだけどね」
     イフリートは黙って先を促した。
    「でも、彩瑠さんから伝言を預かってきた。「トキワ自身が見て、感じた事を大切にして、想う道を進んで欲しい」って」
    「サイル?」
     不意に出た名前に首を傾げるトキワへ遥凪が補足する。
    「あの時いた、着物を着ていた……」
    「アノヒラヒラカ」
    「ひらひら……うん」
     間違いではないだろう。
     トキワは息を吐く。
    「オシエロ」
     何をとは言わない。何もかもをかもしれない。
     ひとりを除いてあの場にいた者はおらず、唯一いた遥凪は押し黙っている。
    「あたしが知る限り」
     口を開いたのは陽桜だった。
    「あなたが心を寄せていたその方は、もうこの世界に居ません」
     燃える瞳が灼滅者を見据え、その視線をまっすぐに受け止めた。
     彼女自身は直接知らない。だが嘘はつかない。報告書を通して知るのみの話をする。そう決めていた。
    「あなたは、それを聞いて心穏やかでないだろうと思います。その方がいない理由を作ったのは、あたし達と同じ組織の仲間ですから」
     あの時は、イフリートを篭絡しようとする淫魔を灼滅しなければならなかった。
     だからこそトキワは今ここにいて、あの淫魔はここにいない。
    「あたし達は、残念ながら、一枚岩ではありません。抱く想いは様々です。その場にいなかったあたしは、いえ、例えそこに居たとしても、その方々の内面を代弁することはできません」
     今この時この場にいる灼滅者たちも、目的は同じでも心中は決して同じとは言えない。
    「でも、あたしはその時の事のみで、あたし達の全てを決めてほしくないと、思います」
     彼女が見たのはすべてのうちのたった一度。彼女自身が言うように、あの時と違う。
    「少なくとも今。あたし達は、あなたと話をしたいと思ってきました。だから、話をさせてください」
     あたし達に、チャンスをください。
     訴える陽桜の真摯な表情に、イフリートはすぐに応えなかった。
     そしてその様子に、曜灯もまた表情をやわらげられない。
    「(陽桜ネ……どうして突然……)」
     懺悔にも似た憔悴を見せる幼馴染。
    「(ううん、今は依頼に集中よ)」
     ダークネスとだって認めあえる事を証明したい。
     トキワの事を知りたい。イフリートの事を知りたい。
    「あたしはトキワの事が知りたいの」
     同じように、イフリートへと訴える。
    「あなたはどうやったら自分を伝えやすい? あたしたちは何をしたらあなたに信じてもらえる?」
     瞳を真っ直ぐ見つめて臆せず抵抗せず出方を窺う曜灯に、トキワはふんと鼻を鳴らした。
    「オマエタチハ、ハナストキニソンナニイワナケレバイケナイノカ」
     唸りに似た低い声が言う。
    「コトバガオオスギルト、ナニヲイイタイノカワカラナクナル」
     彼女の理解力が足りないということだけではないのだろう。
     遠回しに言うよりも、シンプルに言うほうが伝わることもある。
    「立派な最期だった。人でもダークネスでも立派な人っているよね」
     神妙な顔で久良が言う。彼も先の依頼に参加した人物を知っている。
     トキワはふたりを交互に見やり、くいと顔を上げた。
    「オマエタチニワタシガキキタイノハソレダケダ。ツギハワタシガコタエヨウ」
    「えっ」
     あまりにもあっさりとした言葉に、灼滅者たちは呆然とイフリートを見た。
     喉を鳴らしてトキワは灼滅者たちを見返す。
    「マモレナカッタノハ、ワタシガツヨクナカッタカラダ」
     弱肉強食の言葉を知っているかは分からないが、その理屈は分かっているようだ。
    「モウイナイ。オマエタチヲコロシテモモドラナイ」
     だからせめて最期だけは知りたかったと告げて陽桜へと手を伸ばす。
     灼滅者たちがにわかに緊張する中、桜色の髪を払い除けて額に口づけをした。
     あの時していたように。獣がそうするように。
    「オマエタチハドウスルノカワカラナイガ、ワタシニハシンジルトイウコトダ」
     顔を離しての言葉に、触れられた場所に手をやる。
     信じてもらえないかもしれないと不安だった彼女に、お前たちを信じるとイフリートは言った。
     このイフリートは、灼滅者を信じると。

    ●ココロアワセ
    「ワタシニハナシタイコトヲハナシテクレ」
     促すトキワに、誰から切り出すかと灼滅者たちは視線を交わす。
    「正直に言う」
     純也が伝わりやすいように簡潔に言う。
    「山に来たイフリートの一部が残ってくれた。灼滅者の中には友を失わずに済んだと喜ぶ者もいる」
     イフリートの忠誠を集めながら詳細の公開のないガイオウガ。
     彼らと協力可能か知るためにもどんな存在か知りたい内心、イフリートやガイオウガとは何かを知らないままでは、動くに危険と考えていた。
     聞いて欲しいのはここからだ、と強く真摯に告げる。
    「残った者もガイオウガを強く想っている。ものの見方を増やし、復活した後の助けとなれる手段を探す、別角度から王を支える同朋とは思えないだろうか」
    「ダガ、スレイヤーハダークネスヲタオス」
    「無差別に倒すわけではありません」
     純也の言葉にいぶかしむトキワへ、なだめるように依子が応えた。
    「確かに私たちは、貴方がたの主が目覚めることを知って来ました。ですが、学園はその力を「狙って」はいません。そして、逆にそれを狙う勢力もいます」
    「ム……」
     トキワが灼滅者を警戒するように、他にも狙う勢力がいてもおかしくはない。
     困って唸るイフリートを説くため続ける。
    「学園は、目覚めた後イフリートに無闇に「奪うため」の戦を挑む気はありません。基本、ダークネスの同士の災禍に巻き込まれる無関係の人を守る為であり、避けれる戦は減らしたいのです」
    「トキワは灼滅者や武蔵坂学園をどう思っておられやすか? 同胞を狩る敵?」
     ギィが問う。
    「もしそうなら認識を改めてほしいっす。ガイオウガ復活の――」
     言いかけた彼を純也が制する。
     復活のきっかけを作ったのは武蔵坂だと言いたかったのだが、これには誤謬がある。
     ガイオウガ復活がサイキックリベレイターによるものであるのは確かだ。しかし、サイキックリベレイターの目的は、彼が言わんとしたことではない。
     目標を定め先手を打って攻撃する。それがサイキックリベレイターの目的である。その点に触れずに説明すれば騙すことになるし、説明したら間違いなくトキワの不興を買うに違いない。
     どちらにせよ、説得内容としては不適切だった。
     代わりに、人と共にあってほしいと。
     人が苦しんでいれば救い、襲われていれば守り。それが自分の望みだと告げた。
     言葉を遮ったことに不審げな表情を向けるトキワへ、依子は言い訳がましくならないよう注意する。
    「こちらの危険となることは言えぬこともありますが、嘘は言いません」
     目覚める前の強大な王にそれだけは伝えたかったのだと自身の胸に手を添えて訴える。
    「(私にもイフリートがずっと中に在るけれど、種の全てのために殉ずることはできない)」
     でも。
    「(戦士に敬意はある。蝙蝠のような現状、嘘は言わない)」
     意志を固める彼女に、イフリートは喉を鳴らした。
    「オマエタチニモマモルベキモノガアルノハワカッテイル」
     納得はしていないが理解はしていると頷く。
    「モイ……モリタ、ダッタカ。シンジテイイノカ」
     燃える瞳で射られ、その身に炎宿す少女は自身の体の燃える血を見せ、
    「私は人のそばにあり守り生きると決めた。貴方がたからすれば半端な獣ですが、決して「嘘」は言いません」
     戦いはいつも状況によって移ろう。全ては無理でも、わかりあいたい。
    「信じれると思った部分だけでいい。持っていってはくれませんか」
     まっすぐに見返す。
     数瞬の沈黙。
    「メヲソラサナイノナラハンパモノデハナイ」
     イフリートは目を細め笑うように喉を鳴らし、依子も微笑み返す。
    「ムサシザカガクエンノコト。ガイオウガヲネラウモノガイルコト。イイタイコトハワカッタ」
     言って、ふいと笑みを消す。
    「ツマラナイカ?」
    「え?」
     言葉が向けられたのは想司だった。
     対話一辺倒には内心否定的だが、邪魔はせず方針に従う彼はあまり言うことがないと説得を仲間に任せ、自身は不測の事態に備え常にトキワの様子を窺っていた。
     それを彼女は感じ取っており、だが戦うのは得策ではないと判じて仕向けなかったようだ。
    「(どんな人格であれダークネス、争いもなしにカタ付くとは思わない)」
     そう考えていたのだが、存外に物分かりがよかった。
     イフリートは喉を鳴らして笑い、深緋の髪が揺れる。
     次の瞬間、
    「!」
     ガッ!!
     巨大な炎の牙が激しい勢いで振り下ろされ、想司は反射的に身を翻す。
    「トキワ!?」
     突然のことに灼滅者たちが制止しようとする中、イフリートの哄笑が響いた。
    「オマエノハナシヲキイテイナイ。オマエノコトバハ『ソレ』ダロウ?」
     それ。血の濁りに似た闘気が想司の元で滾る。
     お前の言葉も聞きたいと促すイフリートに、殺人の空想者は応えた。
     地を蹴り、武器と化した殺意を振るう。
     一合、二合。得物がぶつかり合いその身に傷を負うごとに、互いに笑みを浮かべていく。
     それが彼らの『言葉』だった。
     ず、あっ! 一閃にイフリートは身を躍らせて避けると、胸を走る白々とした傷を撫でる。
    「トキワ、あなたの戦う姿はキレイね」
     呆と曜灯が口にした称賛に浮かべた笑みは獣ではなく穏やかな女性のそれで。
    「どう、わかってくれたかしら?」
    「オマエタチノコトバハウケトッタ。ガイオウガニモツタワルダロウ」
     微笑み、ふいと足を向けた。その後を灼滅者たちも追う。
     向かう先は山頂へ。
    「あの時のあの場には、あたしの知人が居合わせていたそうです」
     イフリートの背に陽桜が縋る。
     恐らく、心に留める相手ではなかったと思う。でも気にかけていたと続けた。
    「あえて名は伝えません。直接言えばいいのに馬鹿ですよね。でも憎まれ役が必要な事もあるって譲らなかったんです」
     あの時の事もあるが、あえて憎まれ役になる者も居た方がいいと言ったその知人を思い浮かべ、
    「ソウ。バカナオトコダ」
     笑う言葉にはっとした。
    「最後に1つ、今迄其方が見た中で勧めの景色はあるか」
     歩を進めながらの純也の問いに、トキワは喉を鳴らす。
    「セカイハオマエタチガオモウヨリモウツクシイ」
     さわりと灼滅者たちを風が撫でていく。それは優しくて。
    「そうだ、俺と友達になってくれないかな。できればでいいんだけど」
     久良の求めには応えずただ微笑む。
    「トキワ、ガイオウガと合体してもまた会えるわよね?」
     その言葉に、最期を飾ってもらおうとギィが差し出した常盤緑の内掛を軽く肩に羽織り笑った。
    「ダイチハツネニオマエタチトトモニアル」
     打掛の端に炎がともり赤く染めていき、その姿をも隠していく。
    「さよなら」
     久良がかけた別れの言葉に応えるように炎が揺れる。
     ――……。
     聞こえたのは、何だったか。
     イフリートはヒトの形を失い、巨大な炎の塊となると、まるで雨がそうなるように地面へと吸い込まれた。
     そして後には、静寂。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年8月11日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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