銀と炎

    作者:文相重邑

     山頂に程近い岩場に、悠然と佇む巨大な狼の姿があった。月明りを受けた毛並みは銀色に輝き、山頂を睨む双眸は赤い。
    「大地ニ眠ル炎ヨ、ガイオウガノ御為、今コソ目覚メノ時ゾ!」
     不意に吹いた風に、なびく銀の毛並みから一筋の炎が流れた。さらに一筋、そして二筋と、見る間に数が増えていく。
     やがて夜空を照らすまでになった火焔をまとい、狼は山頂に向かって跳んだ。
     群れ咲く草花が一瞬のうちに灰になっていく。山鳴りが聞こえ、狼の呼びかけに応じ、火山が目覚めようとしていた。
    「……草ヨ、花ヨ、許セ」
     山頂に降り立った狼が、そう呟いた。
     
     教室に灼滅者達が揃ったのを確認すると、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が話し始めた。
    「サイキック・リベレイターを使った事で、イフリート達の動きが活発化しているようです」
     姫子によれば、日本全国の休火山の一部で、イフリートの出現が予知されている、という。
    「山頂近くに現れたイフリートは、休火山に眠る大地の力を活性化させ、その力をガイオウガ復活に使うために、自らの炎を解き放っています」
     このまま放置してしまうと、ガイオウガの復活を早めるだけでなく、活性化した大地の力によって、日本中の休火山が噴火するという事態を招きかねない。
    「皆さんにお願いしたいのは、このイフリートの灼滅です」
     姫子が、用意していた資料を配り始めた。
    「向かって頂くのは、高山植物が多くみられる山で、人の出入りはほとんどありません。山頂は開けた場所で、戦いの場として十分な広さがあります」
     姫子が資料を見ながら続ける。
    「イフリートはギンオウの名で知られる巨大な狼で、主であるガイオウガに絶対の忠誠を誓っています。炎を操り、退くことを知らず、ガイオウガ復活の邪魔をする者を許すことはありません。命が続く限り、戦いをやめないでしょう」
     灼滅者達を見渡しながら、姫子が続けた。
    「厳しい戦いになると思います。それでも、このような形での火山活動の連鎖は、絶対に阻止しなければなりません」
     もしそうなれば、多くの命が失われることになってしまう。
     灼滅者達一人ひとりの目を見つめた後、姫子は、どうかよろしくお願いしますと言って、頭を下げた。


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●炎
     風に乗り届いた、草花に許しを願う声は微かで、幻のようだった。その声の主は山頂近くにうずくまり、体から炎を噴き上げている。
     風に揺らぎ、勢いを増していく炎を見定め、灼滅者達は歩みを早め、やがて火焔に身を包んだ巨狼と対峙した。
     水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)が一歩、前に進み出た。炎に照らされた黒髪に、赤い瞳が映えている。同じ色の目をした巨狼に、紗夜が問いかけた。
    「君、名前は?」
    「ギンオウ……ト、呼バレテイル」
    「へー、ギンオウ君か。確認なんだけど、今、ギンオウ君がしてること、やめてもらうわけには……いかないんだよね?」
    「イカヌ」
     そう答えたギンオウの赤い眼が、紗夜の隣に立った狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)へと向けられた。
    「あの。気持ちは、分かりませんけど……自分の種族のために、何かをしようとされているのは、分かります。……でもあなた達の行動で起きる被害は、見過ごせません」
     静かな目で、ギンオウが翡翠を見返した。
    「我トテ、退ケヌ。ガイオウガヘノ忠義ヲ、示サネバナラヌユエ」
    「そうですか……」
     言葉が続かなくなり束の間、降りた沈黙を、大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)の声が退けた。
    「立派な忠義だが、こちらにも負けられない理由がある」
     左手に下げている刀の柄に右手をかけ、腰を落とす。
    「絶対の忠義、命が続く限り戦いをやめない、ねぇ……上等じゃねぇか」
     切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)が刀を抜き、片手で突きつけるようにして構えた。ギンオウの体から噴き上げる炎が勢いを増していく。
    「できることなら……いや、今更、言葉にしたところで、何も変わることはない、か」
     これが悪い夢だというのなら。囁くように、そう、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)が言葉を継いだ。
    「此処で、終わりにしよう……『真白なる夢を、此処に』――」
     定められていた言葉が、セリルに殲術道具をまとわせた。手にした Eirvito Gainstoul の白銀の穂先が、炎を映し赤くきらめく。
     ギンオウが、灼滅者達へと一歩、踏み出した。炎が拡がり、草花が焼け落ちていく。その進路を塞ぐように、峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)が動いた。
    「草花に許しを求める、か。私は、お前を討つのに許しを請うたりはしない。……さぁ、『狩ったり狩られたりしようか』――」
     言葉と共に空を掴んだかに見えた右手には、ブラッディクルセイドソードが、左手にはウロボロスブレイド・運命裂きが握られている。
     山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)が、毅然と顔を上げた。
    「この山に住む動物や、昆虫や、それだけじゃない、多くの人の、命の、大切な日常が、身勝手な理由で奪われていいわけがない。だから――」
     両腕に構えた雷神の籠手を、透流はギンオウに向けた。
    「私は、あなたと戦う」
     ギンオウがまた一歩、灼滅者達との距離を詰めた時、乾いた笑い声が響いた。
    「戦うしか……ねぇんだな」
     震える手を隠しながら、穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)が今度は小さく笑った。視線の先には、大切な人の形見でもある、ライドキャリバー、クトゥグアの姿がある。
    「……いいじゃねぇか。正義も悪もない、勝った奴が、最後まで立ってた奴が正しいってことだろ!」
     クトゥグアに飛び乗った白雪が、エンジンを吹かす。轟音が響き、遠くで飛び立つ鳥達の羽音が聞こえた。

    ●赤
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     殲術道具を解放した翡翠の両脇を、前衛を担う灼滅者達が駆け抜けていく。呼び出した無敵斬艦刀を低く構え、翡翠もその後を追う。
    「向カッテクルカ……ソレモヨカロウ」
     ギンオウの背中が裂けた。火焔が噴き、翼の形を取ると、山肌を掴む前足の爪が赤熱し、破魔の力を帯びた。
    「私は、もっと強くならなくちゃ、いけないんだ!」
     影を宿した雷神の籠手で、透流が打ちかかった。横殴りに打ち込んだ一撃が、ギンオウを捉える。緋色の瞳孔が一瞬開き、ギンオウが、何かを見たのか、視線が外れた。
    「真っ向勝負か。悪くないな!」
     血染めの刀身が、破邪の光を帯びていく。右手一本で軽々と剣を操り、清香がギンオウに容赦のない斬撃を送った。剣の輝きが清香を照らし、守護の力を与える。
    「必ず、あなたを止めて見せます!」
     氷柱が飛んだ。ギンオウの前足を撃ち抜き、突き立ったまま凍らせていく。
     声の聞こえた方へとギンオウが視線を向けると、巨大な刀を体に引きつけるようにして構えた、翡翠の姿があった。
    「全てを、断ち切るまで」
     炎に照らされ、長く伸びたセリルの足元の影が揺らぐ。そして弾けるように影が幾条もにも枝分かれして地を伝い、ギンオウを捕らえた。
    「とりあえず、いけ!」
     村正の掛け声に応じ、巻きつけられていた包帯がギンオウ目掛け、鋭く伸び、体を封じる氷柱ごと刺し貫いた。浅くはない傷口から、炎が噴き上げる。
     身じろぎをしながら、ギンオウが縦横に攻撃をしてくる灼滅者達と、距離を取ろうとした時だった。
    「遅い。目の前だ」
     蒼侍が死角となる位置から、刀で横薙ぎに払う。村正が狙った前足に斬撃を重ねられ、ギンオウの体が傾いた。
    「侮レヌ……ム!?」
     爆音が響いた。
     クトゥグァが、ギンオウの側面から全速力での体当たりを仕掛けのだ。その背に乗っていた白雪が振り落とされ、斜面を転がり落ちていくかに見えたその刹那、凄絶な笑みを浮かべ、体勢を強引に整え、手にした狂犬ツァールで斬りかかった。
     回転する刃の轟音が、ギンオウの帯びていた破魔の力を、砕いていく。間合いも何もない、捨て鉢なその一撃を放った白雪が、猟犬ロイガーと合わせた二刀をギンオウに突きつけ、声を出して笑った。
    「さぁ、俺を殺して見せてくれよ!」
    「……自ラ、死ヲ望ムカ」
    「ここは、押すよ!」
     影に捕らわれ、足を狙われ、動きの鈍ったギンオウの眼前に、炎の花が咲いた。
     ただ一人、最後方に控えている紗夜が、蝋燭を掲げていた。灯されている炎は、花のようにも見える。
    「火ニ、火ヲ撃ツカ。ナラバ我モ、火デ応エヨウ!」
     ギンオウの大音声が響き、まとう炎が猛る。
    「火トハ、コウイウモノノコトヲ言ウノダ!」
     噴き上げた火焔が渦を巻き、前衛の灼滅者達を一瞬で薙ぎ払った。

    ●銀
     主人の意を汲み、クトゥグァが機銃でギンオウの足元を狙う。
    「その程度……かよ……」
     傷口から炎が揺らぐ。肩で息をしていた白雪は、それでも間髪を入れずに踏み込み、狂犬ツァールで炎で赤く輝く銀の毛並みごと、削り斬った。
    「白雪君!」
     紗夜の手から、護符が飛ぶ。白雪の傷を癒し、体に巻きつく炎が、守護の霊力で打ち払われていく。
     戦場を、不意に静寂が支配した。戦いと戦いの狭間に現れたその静かさを埋めるように、ギンオウの咆哮が、空を衝く。体を封じる影が霧散し、まとわりついている氷が砕け、傷が癒えたが、十分ではない。
    「もっと、強くなって、あなた達、ダークネスを、私は……だから、あなたを……倒すよ!」
     透流の、雷神の籠手にロケット噴射の加速を乗せた一撃が、ギンオウを吹き飛ばす。大地に爪を立て、その衝撃にギンオウは辛うじて耐えた。
    「お前は、私を満たしてくれた。礼を言う。ギンオウ」
     守りを固め、深い傷を与える斬撃を、清香が放つ。味方への攻撃を、二刀の構えで幾度となく受け止めてきた清香も、無事ではない。
    「戦い以外の道は、なかったのでしょうか……あなた達、イフリートとなら」
     翡翠が、目を閉じ、無敵斬艦刀を高く掲げた。
    「でも、あなたとはここまでです」
     目を見開き、高く跳ねた勢いを重い刀身に乗せ、真っ直ぐ、振り下ろしたその一撃は、ギンオウの体の中心を捉えた。地に屈しそうになりながらも、持ちこたえ、翡翠を見据える目は、まだ、戦う意志を失っていなかった。
    「そろそろ、本当の、終わりだ」
     祈りの歌声が、辺りを満たしていく。旋律が最高潮に達した時、セリルの放った光の砲弾が、ギンオウに、落ちた。ギンオウの体を、氷の縛鎖が再び掴む。
     そのギンオウの前後から、迫る二人の人影があった。
    「主人想いの、たいした奴だと思うぜ、ギンオウ!」
     村正が刀身を収めた刀を腰だめに低く構え、走る勢いを殺さず柄に手をかける。
    「イフリートは……斬る!」
     同じ構えを見せていた蒼侍が、ギンオウを挟み、村正と交差した。動きを止めた二人が、それぞれに残心を見せ、抜いた刀を鞘に戻す。
     どちらの一撃が早かったのか。それを知るギンオウの目からは、既に命の光が失われていた。体を包む炎が消え、銀の毛並みが、白み始めた空の明りを吸い、少しの間だけ光り、やがて全てが跡形もなく消えた。

    ●白
     山頂に開いている噴気孔の数は、多くはない。朝の陽差しの中、立ち上る湯気は白く輝いて見える。
    「火山は、問題なさそうだな」
    「ああ」
     火山の様子を見に山頂へと登ってきた蒼侍よりも先に、戦いのあと、駆け出していた村正が、平らな場所を選んで石を集めていた。
    「何してるんだ」
    「ん? あぁ、これを、こうやってさ」
     その隙間に、腰に差したままの刀を抜き、突き立てる。どうよ、という顔をして、村正は蒼侍を見た。
    「忠犬、ここに眠る……ってな」
    「……墓標か」
    「ああ。強かったよな。あいつ」
    「そうだな」
     村正が目を閉じ、黙祷を捧げ始めると、蒼侍もそれに習い、目を閉じた。
     白雪が、二人の様子を少し下った場所にある岩場に腰かけ、見上げていると、クトゥグァが近づいてきた。戦いの時とは打って変わった優しげな表情で、クトゥグァを撫でていた時、
    「白雪君?」
     紗夜が白雪を呼び止めた。
    「はい……お、おぅ、なんだよ?」
    「そろそろ帰ろうよ」
    「帰るのか。よし、行くぜ、クトゥグァ!」
    「いや、山を降りる時は、乗ったら駄目だよ。危ないよ」
    「そ、そうか」
     勢いよくまたがったクトゥグァから、膝を閉じるようにしながら降りた白雪を見て、紗夜が首を傾げた。
    「二人とも、何やってる! 行くぞ!」
     二人よりさらに下ったところには、清香の姿がある。
    「次の戦いは、すぐだ。急ぐぞ」
     清香が背を向け、山を降りていく。白雪と紗夜がその後を追うのに、透流と翡翠が並んだ。
    「これから、どうなっていくんでしょうね」
    「狩野さんは、どう思う?」
    「さぁ……でも」
    「でも?」
    「戦い以外の道があればって、やっぱり思ってしまいます」
    「そっか。でも、戦わないといけなくなったら」
    「それは。戦うしかありません」
    「私も、そう思うよ。どんなに強くても、絶対に、負けない。勝つ。うん」
     女達を、待っていたセリルが優しく出迎えた。
    「みんな、揃ったみたいだね。じゃあ、戻ろうか」
    「あの、上にいる二人は」
     山頂に見える人影を、透流が指さした。
    「男の子は、いいのよ。二人で、話したり、話さなかったり、色々とあるんじゃないかな」
     白雪が、山頂を見上げた。そこにいる二人の姿から、ふと、兄のことを思い出し、深く息を吸って、その思い出を振り払った。
    「帰ろうぜ、さっさと。男なら、帰り道ぐらい自分でどうにかするだろ」
     そう言って、思い出の中の兄を真似て、笑った。
    「うん。そうね」
     セリルがかけたその言葉は、どこまでも優しかった。

    作者:文相重邑 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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